『勝たせ舟』  
 
  「しっぽ鍋がおいしい季節ですね」  
ある日の放課後のことである。  
2−へ組生徒である包帯の少女あびるは、  
愛しの教師、糸色望に寄り添った。  
   
 「存じませんが」  
 「暇でしたら、食べに行きませんか?」  
 
 本日の彼女は、聊か積極的である。  
 「私たち、付き合っているというのに、全く進展がないじゃないですか」  
 
 とあることから、影武者を用意させられた望。  
その偽望はあびるの心を掴み、彼女はその彼に告白してしまった。  
そして、彼は承諾した。  
本物の望になっても、彼女の思いは変わらず、彼に恋慕の情を寄せていた。  
 
 「残念ですが、小森さんが夕食の準備をする頃合だと…」  
 この言葉にあびるは不機嫌な顔をする。  
それは、そうだろう。恋敵の名前を出されたのだから。  
この発言に、望はさすがに、拙いと思った。   
 
 「私、もう限界かもしれません。先生は普通の生徒と同じようにしか  
  扱ってくれないし、せめてキスの一つしてくれないと…」  
 
 望は、己の身の危険を感じた。  
もし、これ以上彼女の機嫌を損ねたら、犯されるかもしれない。  
 
 「そうですね。しっぽ鍋。いいですね」  
 このままじゃ、この生徒と一緒にあんなことをしてしまう雰囲気になる可能性が高い。  
何とかしなければ…。  
 
 「鍋はみんなで食べるのが、一番おいしいですよ」  
 
 これは苦肉の策だった。  
 
 「変な噂が立つと困るでしょう? 私もあなたと食事がしてみたいですが、  
  二人きりというのは危ない。みんなでどうでしょう?」  
 
ということで…  
 
 
 宿直室には、多くの人が集まった。  
まず、あびる、望と彼について来たまとい。そして、ここにずっといた霧。  
そして望の妹である倫。その他、放課後残っていた千里や可符香、晴美、愛、芽留などが  
鍋に参加した。  
 
 「今日は、交がちょっと命兄さんのところに帰ってるので  
  残念ですが、楽しみましょうね」  
 
 望はそういうのだが、すでに陰険なオーラが大量発生してしまっている。  
まず、望の隣の席の座を奪い合い。霧とまといは、バチバチ火花をとばした。  
加賀愛は、『私なんかが、これをとってしまったら、皆さんが食べることができません』  
と一切食べなかったり(何しにきたんだ)カエレは『私のいた国では』と、  
文句を言ったり(だからどこの国だよ)千里は鍋奉行で、いちいちうるさいし、  
マリアは、生肉を食べるし…。  
 絶望した! 普通に鍋に食べることのできない人々に絶望した!!  
 
 
 「やっぱ、醤油だけいれるのが、いいですね」  
と、日塔奈美。  
 
 「普通」  
 「普通っていうなー!」  
 
 
 食事も無事に(?)済んで、みんなが帰るころ、晴美が口を開いた。  
 「せっかくなんだから、みんなで遊ばない?」  
 「どうしようか?」   
 
 「あなたたち、そろそろ帰ったほうがいいですよ」  
  と望。もう空が暗いのだ。帰ったほうがいいだろう。  
 
 「そうね」  
 あびるが賛同する。やはり彼女はその気なのだろうか。  
 「あなたたち『は』帰ったほうがいいわ」  
 (いや、あなたも帰ってくださいよ)望はそう心の中でつぶやいた。  
 
結局ゲームすることになった。  
 
 「こういうときは王様ゲームなんてどうかな」  
晴美が提案する。  
 
 「どうしようなあ」  
 「ちょっとなあ」  
 「まあ、いいけど?」  
   
 いろいろ意見が出たが、結局王様ゲームに決定してしまった。  
   
 「私の国の王様ゲームは…」  
 
 カエレは日本のルールが合わなかったようで、お帰りになりました。  
 
 「日塔さん。下校しなくていいの? 夜になると…」  
 「そ、そうね」  
 過去のトラウマによって、奈美は夜の学校を嫌い、  
下校することにした。  
 「王様ゲーム? オーサマっテ?」  
 「国で一番偉い人のことよ。その王様が命令するのよ。関内さん」  
 「マリアの国、一番偉い人、命令してタ。お腹すいてた人かラ、  
  食べ物奪ってタ、美人な女、つれさっタ。その両親泣いてたヨ」  
 
 一同号泣。  
 
 「じゃあ、辛いこと思い出しちゃうから、関内さんは、  
  参加しないでいたら?」  
 「じゃ、そうするヨ。バイバイ!」  
 
 「倫?」  
 望は、妹がどうして、他の生徒たちを帰らせようとしているのか気になった。  
どうしたというのだろう。  
 
 「音無さんも参加しませんか?」  
 
 どうやら、勘違いだったらしい。しっかりと誘っているではないか。  
 
 メルメルメルメル  
 
 『誰が参加するか! お前らの間抜け面眺めてるよ』  
 
   
 
 結局参加するのは6人になった。  
 
まず、ちゃぶ台の上にくじが置いてあり、それを望と生徒たちが取り囲む。  
 
 南には望。後ろに参加はしないが、まといがべっとりくっ付いている。  
東には倫が一人。北には可符香とあびる。その後ろに芽留が携帯をいじくっている。  
西には晴美と千里。千里は乗り気ではなかったが、晴美の一言によって、参加することになった。  
 
 『うまくいけば、自然に先生とキスできるかもしれないよ』  
 
 
 「えー。では、予め言っておきますが、恨みっこは無しです。  
  この勝負が終わったら、何もかもさっぱり忘れるように!」  
 「いいですよ。じゃあ、皆くじを引いてー!」  
 
 「王様だーれだ?」  
 
一回目 王様は望。  
   
 「では、3番の人、最近あった絶望的な話をしてください」  
 「盛り上がるゲームでなんでそんな…」  
 「仕方ないよ。絶望先生だもん」  
 
 3番の晴美が語る。  
 
 「そうですね。この前、とてもいいカップリング見つけたんですよ。  
  その少年漫画! 男二人の行動が一々怪しくて、絶対、コレ狙ってる!  
  と思って、次の新刊はコレだって決めたんですよ!!」  
 「ハイハイ、落ち着いて、息が荒いですよ」  
 「そしたら、最新号で…片方が…敵の目を欺くため、男装していた王女様だったんですよーー!  
  絶望した! 乙女の心を踏みにじる漫画に絶望し…」  
 「ハイ! 次いきましょう」  
 
 二回目 王様は倫  
 
 「1番の人は、王様とキスしてください」  
 
 「マジで?」  
 「っていうか『王様と』というのは、ナシなんじゃ…」  
 「禁止だよね。っていうか自分で罰ゲーム?」  
 「ちょっと、一番私なんですけど…」  
と望。  
 「アリですよ。王様の命令は絶対ですよ!」  
倫は、兄の顎を擡げて、強引に口付けをした。  
 「ちょ…」  
 「あははは、お兄様かっこ悪い!」  
 
 この行為に、あびる、千里、まとい、霧の4人の殺意が倫に向けられた。  
倫はそれを鼻で笑った。  
   
 「次いきましょうか。先生」  
あびるが静かに言った。絶対に怒っている。  
 
 三回目 王様はあびる  
 
 「じゃあ、1番、2番、3番、4番、5番の人で○○○を持っている人は、  
  私と○○○をする。なければ、首吊り」  
   
 空気が一瞬止まった。  
 「個人が特定できてしまいますよ。禁止です!」  
と望。  
 「男の人、先生しかいないんだから」  
と可符香。  
 「よくそんなアレな発言できるね」  
と晴美。  
 「お前が言うな!」  
と千里。  
 やはり、あびるは欲求不満のようだ。  
 
 四回目 王様は晴美  
 
 「5番の人は、猫耳つけて、セクシーポーズ!」  
 晴美は常備している猫耳をちゃぶ台の上に置く。  
   
 「5番…私です」  
と望。  
 
 「いい、先生、いい!」  
 あびると千里は、彼のセクシーポーズを凝視した。  
 
  (おかしい。何で私ばかり!)  
 
 
 「ちょっと、失礼します。用事を思い出しました。すぐに戻ります」  
 「私、ちょっと、風に当たってくるね」  
望と可蒲香は、そういって部屋を出た。  
 
   
 
 「いますか? まといさん」  
 「ええ」  
 望は、廊下にまでついて来たまといに話しかける。  
   
 「先生!」  
 続いて可符香がついてくる。  
 「きましたね」  
 「このゲーム。少し変ですね」  
 「わかります? 仕込まれているみたいなんです」  
 先ほどの倫と晴美。対象を狙ったかのように、望にしている。  
 
 「そこで二人とも協力してほしいのです。  
  おそらく、黒幕は藤吉さん。でも、どうして番号がわかるのでしょうか。  
  倫も怪しいですし…」  
 「それを探れというわけですね。糸色同士!」  
 「そうです。それが指令です」  
 
5回目 王様は千里  
 
 「じゃあ」  
 千里はもじもじする。  
 「2番は…王様に…『好き!』というのでどうでしょうか?」  
 望はこの発言に、にやりと笑う。  
 「もっと欲張ればよかったのに…」  
 晴美は、千里だけに聞こえる声で言った。  
 
 
 「好きだよ! 千里ちゃん」  
 
 可蒲香の明るい声が響いた。彼女は2番のくじを見せる。  
 これに一番驚いたのは、千里だった。そして倫も晴美も少しばかり驚いていた。  
二人の目線が芽留に移った。その芽留も首を横に振った。  
その瞬間をまといは見逃さなかった。  
 
 「交換したんですよ。彼女と…」  
望は、まといに小声で言った。  
 「わかりましたよ。いいですか」  
まといが望に耳打ちする。  
 
 「よく聞いてください。やはり仕組まれてます。  
  まず、あのケータイ女! 彼女が風浦さんと小節さんの番号を見て、それを藤吉さんに  
  教えたんです。  
  ウィンクした回数がその数字。倫さんと藤吉さん。そして木津さんの  
  三人で情報を交換しあって、先生の番号を知ったんです」  
    
 「なるほど。それで、倫がああやったんですね。ってことは、倫は私と…いやいや、  
  それはともかく、その4人がグルだったんですか。流石ですね常月さん」  
 「暗号解読は得意ですから」  
 「あとで、ご褒美あげますよ」  
 まといの、望を抱きしめる腕が強くなった。  
 
 6回目 王様は望  
 
 「では、1番の人、流行っている最新のギャグをやってください」  
 「え?」  
 仕返しとばかりに、望が選んだのは妹の倫だった。  
 「王様の言うことは絶対ですよ」  
 
 「ぅ…。じゃあ、やりますわ。なんでだろ〜なんでだろ〜!」  
 
 
 メルメル『古いんだよ!』  
 
 「ぅ…お兄様の馬鹿!!」  
   
 倫はそういうと、顔を赤面させて部屋を出て行った。  
 「私をからかった罰ですよ」  
 
 「倫ちゃん、帰っちゃったね。じゃあ、私、こっちに移動するよ。  
  あびるちゃん。狭いでしょ」  
 可符香は、北から倫がいた東に移動した。  
 これでは、芽留が可付香の番号を見ることができない。  
可付香は、望とアイコンタクトをとった。  
 そして、彼女は芽留だけに聞こえる声で囁いた。  
 
 「もう、バレバレだよ」  
 
 芽留は小さな悲鳴をあげて、部屋を出て行ってしまった。  
 
 7回目 王様は晴美  
 
 「ごめんね。千里。もう先生の番号わからないわ」  
 「うー。いつまでたっても、私は先生と…もう!!!!」  
千里のイライラは募る。  
 「これをやるしかない!」  
   
 千里の額に第三の目が浮かんだ。  
 
 「気のせいでしょうか? 千里さんの額に…目があるような」  
 「あの使い捨て一発ネタが、二次創作で復活!」  
 「可符香さん。そういうこといわないの」  
 
 「見える! 見える! 先生は5番! さあ、晴美! 何をいうかわかってるよね!」  
 「千里、落ち着いて。千里は何番なの?」  
 「コレよ」  
 千里は一本だけ指を出す。  
 「『1番と5番がキス』…でいいかな?」  
 「うん。お願い! ああ、これで先生と…」  
千里はうっとりとする。   
 
 「早くしてくれませんか」  
 あびるが冷たく言い放つ。  
   
 「うん。じゃあねえ、1番の人は大声で、好きな人を下の名前で叫んでください!」  
 
 晴美のこの発言に、千里はびっくりした。  
 「えっ? キスじゃないの?」  
 「1番の人ー! 誰かなー?」  
 晴美は意地悪そうにニヤニヤする。  
 
 「一番は、千里だね」  
 「ぅ…」  
 「王様のいうことは絶対だよ」  
 「の…の」  
 「ほら、大きな声で!」  
 
 
 「の! のぞ… 望!!」  
   
 千里の声が狭い部屋に響いた。  
千里は顔をこれ以上ないぐらいに真っ赤にしてる。  
恥ずかしさのあまり下を向く。  
 「…千里さん」  
 望は、少し照れながら、やさしく千里を見つめるものだから、  
千里の恥ずかしさは増幅し、耳の先まで赤くそまった。  
 
 「うっ…うっ。…うなー!!!」  
 千里はいきなり立ち上がると、我を忘れて暴れだした。  
 「うな! うな! うなーー!!」  
 千里は走りながら部屋を出てしまった。  
 
 「あちゃー。やりすぎたかな」  
と晴美。  
 「ごめんね。先生。ちょっと千里を止めてくるよ」  
 「私もいきましょうか」  
 「いいよ。あの状態の千里を止められるのは、私しかいないから」  
 晴美も続いて、部屋を出て行く。  
 
 王様ゲームに残っているのはあびる、望、可符香の三人しかいない。  
 
 「これではゲームになりませんね。お開きにしましょうか」  
 望はそう言って立ち上がろうとしたが、動けない。  
ちゃぶ台の下を覗くと、いつの間にかあびるの包帯が、自分の足に絡まっていた。  
 
 「ひぃ」  
   
 「いいじゃないですか。続けましょうよ。先生」  
あびるがにっこりと笑う。  
 
 そのときだった。宿直室の戸が開いたのは…。  
 
 「あら、糸色先生」  
戸を開けたのは、望が密かに恋心を抱いていた新井智恵先生だった。  
 
   
 
 「王様ゲーム? ふふ。面白そうね。私もご一緒してよろしいでしょうか?」  
 「え? まあ、でももうそろそろ終わろうとしていたところでして…」  
 
 まといとあびる、そして台所掃除していた霧が『帰れオーラ』を出しているのにも  
かかわらず、智恵はちゃぶ台に腰を下ろす。  
 「じゃあ、ちょっとだけ、やりましょうよ」  
 
8回目 王様は智恵先生  
 
 「じゃあ、2番は…この首輪つけて、王様に向かって『ご主人様!』といいなさい!」  
 「智恵先生! それでは女王様ゲームになってしまいます」  
 「ご主人様ー!」  
 
 望はやけにうれしそうに、智恵の言うとおりにした。  
 
 (何よ先生、デレデレしちゃって!)  
 まといとあびるが嫉妬する。  
 
 「2番、私なんだけど…」  
と可符香。  
 
 
 9回目 王様は望  
 
 「あ、私が王様ですね」  
 「先生! 私、2番です」  
あびるが、自分のくじを見せる。  
 「報告したら、意味ないでしょう」  
 (何を期待しているんでしょう。彼女は…)  
 
 「じゃあ、2番の人は、恥ずかしかったことを話してください」  
   
 「先生…じらしすぎです」  
あびるが、不満そうに言う。  
 じらすも何も、こちらには、その気はないというのに…。  
 
 「恥ずかしかったこと…イベリアトゲイモリとアカハライモリのしっぽを  
  間違えたことです」  
 「そ…そうですか…。では次で終わりにしましょうか」  
 
10回目 王様は可符香  
 
 「先生、私2番です」  
 「あびるさん。今回の王様は風浦さんです」  
   
 「先生は何番ですか?」  
 「言うわけないでしょ」  
望はそう言って小さく指を1本立てた。  
   
 (1番ですか)  
   
 可符香は、にやっと笑う。  
 
 「じゃあ、誰かと誰かが口付けというのはどうでしょうか?  
  1番さんと…」  
 
 (私と?)  
 望は驚いた。  
 
 
 可符香は、ここで考えた。  
 (先生と誰にしようか)  
   
 (あびるちゃんが2番。となると智恵先生が3番)  
 あびるを選んだ場合。先生は包帯から解放され、  
あびるに襲われる可能性は少なくなる。彼女の機嫌もそれなりに  
戻るだろう。  
 
 3番の智恵先生を選んだら、先生はとても喜ぶだろう。  
でも、他の生徒、特にあびるの反感を買うだろう。  
 
 選択肢の中には『王様』というのもありだ。  
つまり、自分とだ。  
 
   
 「先生とキスかあ」  
可符香は呟く。  
 「ちょっと、いいかもね。ああ、でもどうしようか」  
 
 自分、先生が、そしてみんなが幸せになるには、どうすればいいだろうか。  
 
 可符香はあれこれ考えて、ようやく結論を出した。  
2番、3番、そして王様。  
この三つの中から、一つを選び声に出す。  
 
 「キスしてもらうのは、1番と…」  
可符香の声が部屋に響いた。  
 
 
 END  
 

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