ニャマリ…
休み時間のことである。
『2−へ』の女子生徒の一人。藤吉晴美がなんもないのに、
笑みを浮かべていた。
「また、思い出し笑い? 気持ち悪い」
その彼女の友人である木津千里は、呆れていた。
どうせまた、妄想しているんだろう。
「そんな、酷いこと言わなくても…。ちょっと、面白い話があってね」
「次は、どんな漫画? いや、言わなくてもいいけど…」
「それが、今回は漫画で妄想してたんじゃないのよ」
晴美は得意げに言う。
「ちょっと、参考資料を求めて、サイト巡っていたら、
ジョーク集みたいなサイトに着いちゃってさ」
「ジョーク?」
「千里は聞いたことあるかな? 有名なアメリカン・ジョークみたいなんだけど」
「どんなの?」
千里は、少し興味を持ち、晴美の話に乗った。
いつもの頭の痛くなるマニアックな話ではなく、一般的で面白そうな内容だったからである。
「えっと…各国の人々を乗せた大型の船が、事故を起こしてしまった。
乗客がパニックにならないように、全員を海に飛び込ませる必要があった。
船長は船員にこう言ったのです」
「『アメリカ人には、『海に飛び込めば、英雄になれますよ』
イギリス人には、『海に飛び込むのが紳士です』
ドイツ人には、『上官が、飛べ込めと命令してます』
イタリア人には、『美女が溺れています』
ロシア人には、『ウォッカが流されています』
そして日本人には、『みんな飛び込んでますよ』」
「ふぅん。なかなか面白いわね。国民性が出てるね」
「日本人は他者と同調しやすいというのも、そのとおりだしね」
「でもきっちり、全世界の国を出すべきね」
「そんな無茶な…小説より長くなっちゃうよ」
「晴美の場合、何かな? 『BL本が流れてます』とか?」
「…ぅ。飛び込むかも」
「飛び込むなよ!」
「じゃあ、千里は何かな? 『先生が溺れています』だったら、
飛び込んで助ける?」
千里は、晴美の発言に赤面する。
「それは、常月さんでしょう!」
「そうね。じゃあ、他の人たちはどう?」
「芽留ちゃんには、『船は圏外です』だね」
「携帯が壊れると思うけど…」
「小節さんには、『海蛇が泳いでいます』」
「しっぽがあれば、なんでもいいけど」
「加賀さんには、『船にいては迷惑です』」
「あり得る。あり得る」
「マリアは?」
「『亡命のチャンスです!』」
「なるほど…そのジョークは『ステレオタイプ』ですね」
少女二人の会話に図々しく入り込んできたのは、担任の糸色望だった。
「ステレオタイプ?」
「皆が共通して持っているイメージです。
「西洋人からした日本人は、皆メガネで出っ歯でカメラ持ってるとか、
悪の組織のトップは、シャム猫撫でて、ワイン飲んでいるとか、
腐女子はメガネだとか、ブロンド女は、パンツ見せても平気な破廉恥だとか、
他国からきた人は、語尾がカタカナになるとか、漫画キャラは、
名前が性格を現すとか…
絶望した! 現実とは違うステレオタイプに絶望した!」
「まあまあ、そう嘆くことないじゃないですか」
「当てはまっているの…結構あるけど…」
「まあ、逆に何のイメージをもたれないというのも、悲しいものですけどね。
千里さん。あなたなら日塔さんを、どうやって海に飛び込ませますか?」
「…いい答えが見つかりません」
「でしょう? 特徴は、ありすぎても、全くなくてもならないのです」
その砌、奈美は自分が話題にされているとは露も知らずに、I-podを聞いていた。
「そういう先生は、どうなんですか?」
「私ですか…」
「『海に飛び込めば、絶対に死ねます』とか?
いやいや、それじゃあ先生、意地でも船に残りますね」
「私はですねぇ…『木津さんがいる』これだけで、
思わず飛び込んでしまいますね」
この発言に、一瞬、時が止まった。
「えー! 先生…わ…私が…」
「どうしました? 木津さん?」
そんな…そんな…そんなー!!!
(ここからは、千里の脳内の中の出来事です。決して現実ではありません)
「海の中に私は一人。あれ? 先生? 船から飛び込んでくる!?」
ザバーン!!!
「先生!」
「あなたがいるから、思わず飛び込んでしまいましたよ」
「もう、先生ったら…って何するんですか」
「抱きしめさせてくださいよ。この広い海で二人、誰も見てませんよ」
「ちょっと、ヤダ! せんせ…」
「美しい髪ですね。しっとり濡れてて…いいにおいだ。
高いシャンプー使ってるんでしょうね」
「もう、先生ったら…っ! いきなりキスしないでくださいよ」
「キスだけではすみませんよ。ほら!」
「きゃあ!」
「いいですね。服が濡れてて色っぽい」
「そ…そんなに胸…揉まないでぇ!」
「ふふ。本当に揉み甲斐がありますね。あなたの胸は…」
「もう、皆と同じこというんですから。『大きい大きい』って、何度言われたことか」
「私の手に余りますよ。もっと激しくいきますよ!」
「ああん。だめ! せんせぇ!!」
(千里の脳内の出来事終了します)
「木津さん?」
「そんなに揉まないで!!!」
千里は望に平手打ち一発食らわせると、教室を出て行ってしまった。
「揉む? なんのことやら」
望は、ヒリヒリ痛む頬を押さえ、呟く。
「ちょっと、言い過ぎましたかね。でも千里さんと一緒にいると、
被害を被ってばかりなんですから、離れたいと思ってもいいじゃないですか?」
「え? 先生? 千里と一緒にいたいんじゃないですか? 海に千里がいるから、
飛び込むんでしょ?」
「まさか! 逆ですよ。『船に』木津さんがいたら、海に飛び込むといったんですよ」
「あらあら」
苦笑いを浮かべる晴美。
「千里には、黙っておこう…」
おまけ
宿直室にて
「ねぇ。交くん。私、乗船してて『船が開放的になります』って言われたら、
思わず海に飛び込んじゃうかも」
「海のほうが開放的だろ!」