侵入者を告げる警報が鳴り響き、兵士たちがバタバタと行き交う足音が聞こえてくる。  
「…みなさんでしょうかね。」  
牢屋の壁に背を預けたまま、先生はぽつりとつぶやいた。  
その両手両足は電子ロック式の枷で繋がれ、これではまともに歩く事もままならないだろう。  
「そうみたいですね…… ああ…… 私はずっとこうしていたかったのに。」  
鉄の扉に耳を当てて外の様子を伺っていたまといは呟きながら先生のそばにすわり、  
その肩に両手をまわして体をすりよせる。  
先生は何も答えず、困ったように眉を少し寄せて鉄格子の嵌められた小窓へと視線を送り耳をすます。  
 
遠く。地上の方から爆音らしき音が聞こえ、独房の天井が少し揺れた。  
 
 ◇ ◇ ◇   
 
薄重ねの軽合金が焼けるキナ臭い匂いが立ち込めている。  
カエレの構えるハンディカムのレンズから照射された鋭い光が一点に収束し、ドアの隙間の部分に焼き目を入れている。  
その焼き目に沿って、芽留の持つ携帯のアンテナドリルが耳障りな音を立てて合金板を切り裂いてゆく。  
切り終わると同時に奈美のグローブを嵌めた手が扉を跳ね開けた。  
 
その先には細長い通路があるのみで、兵士たちの姿は無い。  
三人は顔を見合わせて頷くと、通路へと滑りこむ。  
「…みんな無事かなぁ。」  
ぽつりとした奈美の言葉に、芽留は携帯を確認して首を振った。  
『何も 連絡はねーな』  
「連絡してるヒマがないんでしょ。ブツブツ言ってないで行くわよ?」  
カエレに促されて、窓もないような長い通路を小走りで一塊になって進んでゆく。  
 
やがて通路は突き当りを見せ、そこは直角な曲がり角になっており、  
その先から複数の駆けてくる足音が聞こえ、三人は思わず足を止めてそれぞれ身構える。  
気配を隠す様子も無く、通路の先から現れたのは三名の武装した兵士達だった。  
彼らは通路の先に三人の姿を捉えると同時に急停止し、抱えていたアサルトライフルを腰溜めに構えた。  
窓もない一本道の通路には逃げ場もなく、向けられた銃口に奈美とカエレは僅かに恐怖の表情を浮かべ身を引く。  
兵士達の指がトリガーにかけられる。  
芽留は── 背後で素早く携帯のボタンに指を走らせ、それを握りしめた手を、二人の間から突き出した。  
 
芽留が携帯を突き出すのと。  
兵士達が引き金を引いたのは、ほぼ同時だった。  
 
発射された無数の弾丸は正確に彼女らを狙い撃ち、襲い来る鉄の弾はかわす事は不可能だろう。そう見えた。  
 
──が、弾丸の群れは彼女達にまで届く事は無く、まるで途中で気が変ったかのように射線をそれ、壁に床に  
天井に、真新しい弾痕を作ってゆく。  
 
驚愕の表情を浮かべ、半ばパニックを起こしながらも兵士達は引き金を引き続ける。  
が、その銃弾はどれも同じような運命を辿るのみで、ただの一発も彼女達には当たらない。  
 
弾倉がカラになったのだろう。不意に弾幕が途切れる。  
 
慌てて弾を補充しようとするが、それよりも早く肩に構えたカエレのレンズから強烈な閃光が放たれ、兵士達  
の目を焼いた。  
 
「ぐあっ!?」  
目を押さえ呻き声を上げる兵士たち。  
内一人がヤケを起こしたように、銃を振り上げながら見えない視界を彼女達の方向へと突進してゆく。  
「おおおおおお……! うぐべあっ!?」  
だが、目潰しが放たれたと同時に飛び出していた奈美の右ストレートがカウンター状態で決まり、兵士は二回  
転ほどキリもみながら鈍い音を立てて床へと落ちる。  
さらに間髪いれず、状況が把握できていないもう一人の腹に、奈美は左のブローを差し込む。  
目を剥いて、兵士の体勢が前のめりに崩れ、  
そのアゴへと、十分に勢いをつけた大振りの右アッパーが突き刺さった。  
       
兵士の体は宙に浮き、狭い天井へもろに顔面でキスをし、折れた前歯と共に床へ叩きつけられた。  
やや視力が回復したのか、壁を背にして焦りながらナイフを抜こうとしていた最後の一人は、壁に張り付け状  
態でパンチの連打を浴びせ、あっさりと黙らせる。  
 
兵士達が完全に沈黙したのを確認すると、奈美は後ろの二人にグローブを嵌めた手で親指を立ててみせた。  
一つうなずき、倒れた兵士達をよけながらカエレは進み、少し遅れて、携帯のバッテリーを交換し終えた芽留も続く。  
 
が、二人を先導するように少し前を進む奈美の足が止まる。  
訝しげにカエレと芽留が視線を通路の先へと送った瞬間──  
「うあ!?」  
悲鳴と共に奈美が跳ね飛ばされ、その体を何とかカエレは両手で受け止める。  
「何!? 一体!?」  
咄嗟にガードしたのだろう。  
顔の前で交差された奈美のグローブには焼け焦げたような跡が付き、白い煙を上げている。  
 
重い足音を立てながら、それは、ゆっくりと三人に近づいてきた。  
 
 ◇ ◇ ◇   
 
晴美は曲がり角から顔を半分だけ覗かせ、先の様子を伺う。  
「何にもいないナ?」  
そのすぐ下からひょっこりと顔を出したマリアは、通路の先へと伸びる連絡橋を指で示した。  
「そうねー。向こうの建物の方が大きいし、先生が居るとしたらあっちよね。」  
「テキも、ウヨウヨしてるだろナ。」  
「まあ……ね。」  
晴美は一つ苦笑して、マリアと共に連絡橋へと足を進める。  
 
「ん? なにこの音?」  
突如聞こえてきたバラバラという機械音に晴美は眉を寄せるが、辺りにはそのような音を出している物はない。  
「…何の音?」  
「マリア知ってル。これ、ヘリこプターの音ネ。」  
「へ? ヘリ!?」  
思わず声を上げた晴美の目前、橋の下から勢い良く浮き上がってきた機体はローターから強い風を撒き散らし  
ながら空中で停止する。  
「せ、戦闘ヘリ!? ──AH-1コブラぁ!?」  
晴美の叫び声が合図であるかのように、連絡橋に狙いをつけた20mm機関砲が火を噴いた。  
「ウソでしょ!?」  
咄嗟にマリアを抱えて前方に転がる。  
毎分680発もの速度で連射される機銃は、橋の床も手すりも順次粉砕しながらじりじりと二人を本館の方へと  
追い詰めてゆく。  
晴美は床を蹴り、トンボを切って機銃の追撃をかわしながら本館へ通じる鉄扉へと体当たりをかける。  
 
だが、その防火扉を思わせる扉は分厚く、さらに鍵も掛っている様子で晴美の体当たりにはビクともしない。  
「ちょっ……!? マズイって!」  
ドアノブを何度も回してみるが、やはり扉は開く様子はない。  
機銃の音が途切れた。  
振り向くと、ヘリがその機体を僅かに回転させた。  
その両翼に搭載されたミサイルポットには、装填された十数本のM261ハイドラロケット弾が目にはいる。  
 
晴美の顔が引きつった。  
もしあんなものが一斉掃射でもされたら、自分達は連絡橋ごと跡形もなく消滅してしまうだろう。  
 
「お?」  
その晴美に抱えられたままのマリアが、のんきな声を上げて、ヘリの背後── 別館の屋上を視線で示した。  
つられて目をやると、そこにはマリアと同じ褐色の肌をした短髪の少女が、巨大な筒を肩に担いでこちらに向  
けて構えているのが分かる。  
「あの子は──」  
     
無表情に指揮装置を覗き込んでいた少女は、おもむろにそのミサイル── FGM-148ジャベリンの発射スイッチを入れた。  
砲身から飛び出したジャベリンは、次の瞬間にロケットモーターが点火され、一瞬でマッハ1.2まで加速して  
空中を突き飛び、ヘリの機体後部へと突き刺さった。  
 
耳をつんざく轟音が鳴り響く。  
 
対戦車ミサイルの直撃を受けたコブラは一瞬で火の玉と化し、四散しながら中庭の方へと墜落して行く。  
再び爆音。そして散った火の玉は黒煙を吹き上げながら更に粉々に散らばってゆく。  
 
 
「やったネ。」  
無邪気な笑顔で屋上の少女に手を振るマリアの横で、晴美は力が抜けたのかへたり込んでしまう。  
「…助かった。ありがと、マリア……の友達?」  
「ハルミ、ちょっと伏せるネ。いまから道作るョ。」  
「道……?」  
首をかしげながら屋上へと目をやると、少女がミサイルの砲身を放り、替わりに対戦車ライフルを担いでいる  
様子がわかった。  
慌てて二人が場所を開けると同時に、銃声が鳴り響き通路を塞いでいた鉄扉は耳障りな音と共に弾け飛んだ。  
 
 ◇ ◇ ◇  
 
鋼鉄の様な装甲に包まれた拳から繰り出される一撃を防ぐたび、そのあまりに重い衝撃に奈美の腕は痺れ始め  
、次第に感覚が無くなってくる。  
反撃しようにも、万一相手の攻撃を避け損ねたらそこでアウトだろう。  
どうしても防戦一方となり、じわじわと後退しながら突破口を見出せないままになっている。  
「…こんな小娘たちに侵入を許したとはな。」  
感情は込められていない。が、間違いなく人間の声だろう。  
全身を鋼の装甲に包んだその相手は、わずかに露出した口元を忌々しそうに歪ませて言葉を放つ。  
 
突然その顔面に向けてカエレが一点収束した光線を放つが、それは相手の皮膚の表面で弾け散り、効果がある  
ようには見えない。  
「ちょと! どうすればいいのよこんな奴!?」  
声を荒げるカエレに、芽留は首を振った。  
おそらく彼女達の攻撃手段では、この相手に傷を入れることは困難に思える。  
 
相手が攻めあぐねている状況を把握したのだろう。  
その装甲人間は構えるとまず先頭にいる奈美へと襲いかかる。  
「死ね!」  
先ほどよりもずっと重い一撃を防ぎきれず、グローブのガードが弾かれてしまった。  
 
次は防げない──  
 
その言葉が奈美の脳裏に浮かんだ時、  
立て続けに響いた銃声と、銃弾を弾いた鋼の音が響きわたり、その衝撃で装甲人間は数歩後ずさってしまう。  
 
射撃は天井からだった。  
通気口らしき蓋と共に、チャイナドレスに身を包んだ長身の娘が通路へと降り立つ。  
「あ…… だれ?」  
「だれでもいいわ。こいつは引き受けるから。……行きなさい!」  
一方的に言い放ち、空になった拳銃を投げ捨てたその娘は両手にトンファーを構えて、装甲人間へと飛びかかる。  
次々に繰り出されるトンファーの連打を素手で弾きながら、装甲人間は娘の喉元へと拳を繰り出す。  
片手のトンファーでそれを受け流し、すくい上げる一撃をガラ空きの顎へと放った。  
鈍い金属音がする。  
効いている様には見えないが、少なくとも娘以外の人間に構っている余裕は無くなった事は分かる。  
 
「誰かは知らないけど── 悪い! 行かせてもらうよ! ほら、今のうち!」  
「わ…… わかった!」  
『骨は拾ってやるぜ』  
めいめいに言葉を残しながら、三人は通路を奥へと駆けていった。  
      
左右から、微妙にタイミングをずらしたトンファーの連打を、装甲人間はあえてガードせずにその身で受け止める。  
鉛でも叩いているような硬い感触に娘は顔をしかめた。  
「むん!」  
気合の声と共に、鋼の拳が灼熱して真っ赤に染まり、娘の銅へと一撃が入る。  
「!?」  
声にならない悲鳴を上げ、娘の体が衝撃で宙に浮く。  
何とか着地はしたが、腹に食らった一撃はかなり効いたのだろう。口元を押さえて数回咳き込んでしまう。  
 
チャイナドレスの腹部、焼け焦げたその部分に一瞥をくれると、装甲人間は舌打ちしてみせた。  
「…ち。ボディアーマーか。ならば──!」  
言うなり間合いを詰め、娘の体をサバ折りに抱え込むと渾身の力を両腕に込める。  
「!?」  
ミシミシと嫌な音を立て軋み始めた骨への激痛をこらえると、娘は相手の頭を鷲掴みにした。  
「? それでどうする!」  
侮蔑の表情を浮かべたのだろう。  
歪ませたその口元に、娘はためらう事なく自分の口を重ねる。  
 
何が起きたのか── どういうつもりなのか──  
おそらく最後の瞬間まで理解できなかっただろう。  
 
鈍い破裂音とともに、彼の頸椎を砕き、首筋の辺りに小さな穴が貫通した。  
細く、血を噴き出しながらゆっくりと重い音を立てて床に倒れて行く。  
 
娘は横に顔を向け、短い息と共に口中に仕込んだ短針銃の砲身を吐き出した。  
 
倒した相手へはもう目もくれず、投げ捨てた拳銃を拾い上げると素早くカラの弾倉を外して入れ替え、目線の  
位置に構え直して、ゆっくりとその場を後にした。  
 
 ◇ ◇ ◇  
 
「ここが制御室?」  
「だろうね。さ、開けるよ。」  
『グズグズすんな パンツ要員』  
芽留の言葉に顔をしかめるカエレだったが、何も言わずにハンディカムを取り出して構える。  
ロックを焼き切ろうとレンズを調節したカエレだったが、ふと、不審そうな表情を見せた。  
「…ちょっと。ロック── ってか、このドア。開いてるじゃない。」  
「……あ。ホントだ。」  
いささか不審な点を感じながらも、奈美はそっとドアを開けて中の様子をうかがう。  
 
「なに…… これ……」  
呆然とした奈美の声に、カエレと芽留も中を覗きこむ。  
 
ここは基地全体の電子系統を管理している場所なのだろう。  
それなりに広い部屋を半ば埋め尽くすように配置された機械。  
そして、おそらくここを持ち場としているであろう、兵士や情報官たち。  
 
全員が一目で戦闘不能と分かる状態で倒れていた。  
目立った外傷は見当たらないが、ある者は泡を吹いて白目を剥いて。  
もしくは自分の首を自らの手で締めあげた状態で。  
さらには、数は少ないが、同士討ちがあったかのように揉み合った状態で倒れている者。  
 
形状は様々だったが、ここで何かがあった事だけは確かのようだった。  
 
     
「こ…… これ何かヤバくない?」  
身を引きながら呟く奈美の肩を、ぽむ、と叩き、可符香はにっこりとほほ笑んで見せる。  
「でも、いまのうちですよ? ここが事実上の本丸みたいなものです。」  
「…それは、まあ…… って!? カフカちゃん!? いつからそこに……!?」  
ひきつりながら問う奈美に、可符香は部屋の奥のモニターを指差してみせる。  
「あれがこの基地の制御システムです! さあ!」  
「…いや、答えになってな……」  
 
「これさえ抑えればいいワケね?」  
『意外とチャチだな』  
そんな奈美の横を通り、カエレと芽留はモニターの方へと向かう。  
「ええ!? それはスルーなの!?」  
困惑顔で叫ぶ奈美を尻目に、芽留は接続ケーブルを取り出すと、自分の携帯と制御システムとを繋ぎ、携帯を  
操作してゆく。  
 
真剣な目で画面を見ていた芽留だったが、やがてコクリとうなずくと送信ボタンを押し込む。  
 
その瞬間、すべてのモニターが一瞬ブラックアウトし、すぐに画面が切り替わり一つの画像を表示する。  
英国紳士を思わせるシルクハットと髭の模様。  
それがすべてのモニターを支配し、芽留は少し嫌そうな顔をしながらもブイサインをして見せた。  
 
『乗っ取ったぜ これで やりたい放題だ』  
「芽留ちゃんのお父さん……?」  
『言うな』  
不満そうな顔でケーブルを抜き取る芽留に替わり、カエレがメインモニターを見ながらキーを叩く。  
「あのダメ教師、どこに居るのかわからないから、とりあえず全部の電子ロック解除するよ。…あとは自分で  
逃げてくるだろ。」  
面倒くさそうに言い放ち、ロックを解除したのだろう、制御盤のランプが一斉に赤く染まる。  
 
三人をよそに、後ろの方で何やら別のシステムを操作していた可符香が、すいっ、と間に割り込み制御装置の  
片隅を指差す。  
「ここもロック解除されたみたいですよ? なんでしょうね?」  
そう言いながら強化ガラスで作られた小さな戸をスライドさせ、中にある毒々しい赤色のボタンを露出させる  
「…これって、もしかして……」  
「なんでしょうね?」  
青い顔の奈美が言葉を言い終わらないうちに、可符香は無造作にそのボタンを押しこむ。  
 
一瞬の沈黙。  
そして次には、警告ブザーと共に非常灯が赤く点滅し始め、人工音声のアナウンスが流れ始める。  
 
 ──自爆システムが作動を開始しました。総員、速やかに退避してください。  
 尚、この自爆システムは解除する事ができません。  
 
 ──自爆システムが作動を……  
 
『どう見ても ヤバい ボタンだろ!?』  
「何やってんのよ! 訴えるわよ!」  
「黄金パターンですよ! 少年漫画の。」  
「わけの分からない事言うなぁ!」  
 
文句だか苦情だかを言い合いながら四人は制御室を飛びだした。  
三人からの批難を受け流しながら走る可符香は楽しそうにも見える笑顔を浮かべている。  
その手に隠し持っていたMOディスクを、みんなには見えないように制服の中へと滑りこませたようだった。  
 
 ◇ ◇ ◇  
 
突然のドアロックの解除。  
そして続けて鳴り響く、自爆のアナウンス。  
 
事情を知らなくとも、異常事態が起きている事は分かった。  
そして又と無い脱出のチャンスである事も。  
 
 
まといは手足に枷を嵌められ歩くこともままならない先生を背中に担ぎ、脱出路を求めて通路を軽快に走っていた。  
おそらく兵士たちの間でも混乱が起きているのだろう。見張りや巡回の者はいない。  
 
「常月さん…… 意外と力持ちなのですね…」  
「ディープラブの力ですよ、先生。」  
まといは背中の先生にチラリと微笑む。  
「さあ、先生。もっとしっかり! ぎゅっ……! と抱きついていて下さいね。」  
「あ、はい、まあ、その……」  
少々情けないが、どの道そうするしか無い状況でもあり、落ちないようにしがみつきながら先生は遠慮がちに返事をする。  
 
その時。  
「オオオオオオオオオッ……!!」  
建物中に響き渡るような雄叫びが聞こえてきた。  
続けて硬いものの砕ける音が続けざまに響く。  
まといは足を止めて一旦先生を下ろし、用心深く周囲を探る。  
「──近づいてきてる?」  
まといの言葉通り。  
突然コンクリートの床に亀裂が入ったかと思うと勢いよく砕け散り、床下──おそらく地下だろうが、這い上  
がってくる巨大な影があった。  
 
それは通路の床に上り立つと、まとい達の前に仁王立ちになる。  
大人より頭一つ分ほどの背丈の人間── に見えた。  
だが、体のあちこちに埋め込まれた計器類やチューブ・パイプ。  
金属で作られたグローブの様な両腕を見る限り、まともな人間ではない。  
 
「侵入者と── 捕虜の始末をする。」  
開口一番のその言葉にまといは険しい顔をして身構える。  
その両腕を一つ振ると袖の中から大ぶりの出刃包丁が滑り落ち、それを左右の手に構えて、床を蹴り飛びかかった。  
 
「むうっ!?」  
左右から連続して繰り出されるまといの斬撃に、彼はたちまち防戦一方に追いやられ、腕や胴に浅く傷を負い  
オイルだか血だかが染み出してくる。  
「小娘ぇ!!」  
怒りの声を上げると同時に、その金属の拳が一瞬、陽炎のようにゆらりと揺らめいた。  
「!?」  
本能的に危険を察したのか、身をひねったまといの脇を目に見えない衝撃波が突き抜け、それは壁に当たり放  
射線状に亀裂を作り出した。  
 
その隙に間合いを取り、彼は続け様に衝撃波を放つ。  
確かに目で捉える事は出来ないが、拳の動きにさえ気をつければ、かわす事はさして難しくもない。  
 
まといは落ち着いた動作で避けながら反撃するタイミングを見計らい──  
「ぐは!!」  
背後で聞こえた先生の悲鳴に弾かれたように振り向く。  
「先生!?」  
流れ弾── ではない。  
まといを狙う振りをして、その後ろにいる動きが不自由な相手を狙ったのだろう。  
そしてもう一つ。  
動揺を誘い、隙を作りださせる事。  
「ぐうっ!?」  
まといの背中に衝撃波が直撃し、もんどりうって床に伏してしまった。  
 
食らったダメージは少なくはないのだろう。  
二人とも気を失ったまま起き上がろうとはしない。  
彼は勝利を確信し、とどめを刺すべく二人ににじり寄る。  
 
           
──と、建物が…… いや、床が鳴った。  
彼の足もとに大きな亀裂が入り、クレパスのような裂け目となって彼を飲み込んだ。  
 
 
明かりも乏しく薄暗い地下室。  
その床に着地するや否か、彼に向けて飛びかかって来る者がいた。  
風を切る音と共に振り抜かれたバットを、寸での所でガードし、押し返す。  
一瞬、猛禽類を思わせる鋭い眼光が見えた。  
その相手── 真夜は素早く地下に張り巡らされた燃料タンクやらパイプやらの影に隠れる。  
 
「貴様も侵入者か!?」  
怒りの声を上げ、彼は両腕を振りまわして真夜の隠れた辺りに衝撃波を乱打する。  
薄暗さと機械類の影を利用し、真夜は巧みにかわしてまわる。  
「ちょろちょろと!」  
いささか見境を無くしたように八方に衝撃波を撃ち続け、地下室にあるタンクやパイプは破壊され、オイルや  
燃料がそこら中から噴き出して混沌とした様子を見せている。  
 
攻撃が一旦途切れた。  
辺りの様子を探り、すでに廃棄場のような有様になった地下室を見回して、真夜の姿を探しているようだった。  
オイルの噴き出す音、壊れた機材が時おり立てる金属音だけが聞こえ、真夜の気配はない。  
 
真夜は── 彼の真上、天井に張り巡らされているパイプを手がかりに、張り付くようにしてその様子を見て  
いた。  
タイミングを見計らい、手を離すとバットを構えて落下し、頭上から襲い掛かる。  
「!?」  
風を切る音がしたのか、それともセンサーでもついているのか。  
接近する気配に気がつき、反射的に腕を振り上げてガードする。  
 
硬い音が鳴り響いた。  
 
真夜のバットは衝撃でいびつな形に変形したが、相手の腕の金属部分も嫌な音を立てて大きくへこみ、白い煙  
が上がった。  
「うおおっ!?」  
半分機械で出来ているようなその体でも痛みは感じるのか、腕を押さえてうめき声を上げた。  
 
その目の前に真夜がスタリと着地する。  
が、足がついた途端に激しくバランスを崩し、仰向けに転倒してしまう。  
重い水音が上がった。  
床には一面に漏れ出したオイルが広がり、排水設備などはないのか、すでにくるぶしの辺りまで溜まってしまっている。  
 
慌てて起き上がろうとした真夜の喉笛を鉄の指でわし掴みにされ、再びオイルが広がる床へ押し倒される。  
「終わりだ!」  
指にさらなる力がこもる。  
真夜の細い首をへし折らんかとするように絞め上げられた。  
 
目を見開き、苦しそうにもがきながら何とか指を引き剥がそうとするが、元からの力の差がありすぎるのだろう。  
鉄の指はぴくりとも動かせない。  
 
真夜は引き剥がす事をあきらめたのか手を引くと、彼は機械が埋め込まれた顔に、二ヤリと残酷そうな笑みを浮かべた。  
 
真夜は手をスカートのポケットに伸ばす。  
 
カチリ  
 
固い音が聞こえた。  
一瞬、訝しそうに眉を動かした彼だったが、すぐにその音の意味が分かった。  
        
炎が── 真夜の体の下から湧き出るように吹き出し、あっという間に床を伝い引火し、地下は炎で埋め尽く  
されて行く。  
「なっ…… なんだと!?」  
焦りの声を上げて立ち上がろうとするが、今度は真夜が彼の腕をガッチリと抱え込み、身を起こす事が出来ない。  
 
「!? き……貴様、正気か!?」  
真夜は何も答えず、ただ鋭い目を見開いて彼を見ている。  
転がっている真夜よりも、起き上がっている彼の方がより炎に炙られるのか。  
体の表面にはブスブスと焦げ目が広がって行き、埋め込まれた計器類の針は狂ったように激しく振れる。  
 
余裕を無くした表情になり、真夜の首を掴んだ手に全力を乗せ、握り潰す勢いで締め上げてゆく。  
──かはっ!  
喉が切れたのか、真夜は咳と共に口から鮮血を吐き出した。  
だが、掴んだ腕は離さず、苦しそうに目を閉じ歯を食いしばっている。  
 
ばしゅっ!  
「ぎやぁぁぁっ!?」  
風船のはぜるような音と共に、彼の体に埋め込まれたチューブが一本焼き切れた。  
真夜を掴んだ手が離れ、狂ったように全身を痙攣させながら、腕を滅茶苦茶に振り回す。  
次々と焼き切れるチューブからは白い蒸気が立ち上り、計器類は悲鳴を上げたようにひび割れ、停止する。  
 
彼の顔色はドス黒く変色し、両目が白く濁ってゆく。  
 
その視界の中、地獄のような様相となった部屋で、自らも炎に包まれながらゆっくりと真夜が立ち上がるのが見えた。  
手に持ち、構えるバットも炎をまとい、ゆらりと近寄ってくる。  
 
もう、悲鳴を上げる事も出来ず立ち尽くす。  
 
最後に視界に入った物は、高々と振り上げられた燃え盛るバットの影だった。  
 
 ◇ ◇ ◇  
 
「ああもう! 一体何匹いるのよ!?」  
思わず吐き出した文句と共に振り払われた冊子の一撃が、晴美を囲む人造人間たちの一体を薙ぎ払う。  
 
突如鳴り響いた警報の後、実験室らしき所のロックが次々と外れ、異形の者達が飛び出してきたのだ。  
かろうじて人間っぽい姿をしているが、知性は殆ど感じられず、攻撃を加えた傷跡から流れるのは黒いオイル。  
動きも、人間と大差なく、一対一ならまず遅れをとる事はないだろう。  
 
しかし問題はその数である。  
全部で一体何匹いるのか。  
廊下に溢れた者だけでも十数体。そして実験室の扉の向こうにはさらにひしめくような気配が伝わってくる。  
一体ずつ潰して行くしかないのだが、晴美の得物ではどうしても決定打に欠け、一体を倒すのに時間が掛かっ  
てしまう。  
そして、先程から繰り返されるアナウンスの内容は、そんな悠長な事をしている時間は無い事を示していた。  
 
 ──残り時間五分です。敷地内にいる人は急いで退避してください。  
 ──残り時間……  
 
「ああああ! 私にどうしろとぉ!?」  
「ヤケクソになるナー。ハルミ。」  
晴美に負ぶわれたままのマリアが晴美の頭をぽんぽんと叩く。  
「うう…… もう一か八かで中央突破するしか……」  
 
                
「──ぅぅぅぅなぁぁぁあああぁっっ………!」  
遠く── 遥か遠くから急速に近づいてくるその雄叫びに、やや諦め気味だった晴美の表情が輝いた。  
「千里ぃぃ!!」  
張り上げた声に反応するかのように、永く響く雄叫びは一瞬途切れ──  
 
「うなあっ!!」  
コンクリート壁が砕ける音と共に、声の主が晴美の居る通路に踊り込んで来た。  
吹き飛んだ壁の下敷きになった人造人間の上、まるで跪くような姿勢でスコップを高く掲げ、千里はゆっくり  
と顔を上げる。  
見開かれた切れ長の目に映っているのは、敵か、晴美たちか。  
 
何の前触れもなく── 千里が動いた。  
雄叫びを上げて、嵐の様にスコップを振り回しながら晴美の方へと突進する。  
前を塞ぐ人造人間達は、千里はスコップを振るうたび、紙細工のように粉砕され、  
バラバラになって廊下に散らばって行く。  
ほんの瞬きする程の間に通路に居た敵は残らず破壊され、千里は突進の勢いのまま、晴美の背にしている壁に  
スコップを突き立てる。  
あっさりと、まるで発砲スチロールのように壁に大穴が開いた。  
 
千里は晴美の肩に手を回し、背中にいるマリアのように自分もしがみ付いて、  
壁の穴から眼下に広がる密林を指差す。  
「跳べ。」  
「ええっ!?」  
声を上げながらも、晴美は二人にしがみ付かれたまま壁穴に足を掛けた。  
ひと呼吸おき──  
「おうりゃあ!!」  
床を蹴り、宙に舞う。  
空中で優雅に一回転してみせ、三人の姿は密林の中へと消えた。  
 
 ──残り時間三分です。敷地内にいる人は……  
 
 ◇ ◇ ◇  
 
千里達が建物から飛び下りたのが見えたのだろう。  
先に退避していた四人と、密林の中で落ち合った。  
「千里ちゃんたち! 無事だった!?」  
「こっちは平気よ。それより先生は?」  
「それが、まだ……」  
千里の問いに、珍しく歯切れが悪くカエレが答える。  
「そんな……」  
一同に重い空気が広がる。  
 
がさり  
 
茂みの揺れる音がして、ぼろぼろの姿になった真夜が顔を見せる。  
制服は焼け焦げ、手足も顔も煤で黒く汚れ、火傷の痕もいくつか見えるが、しっかりとした足取りで皆に近寄る。  
その後ろにはライフルを担いだままの少女の姿もあった。  
「三珠さん! 無事だった!?」  
「…って、どんな激しい戦いしてたのよ。」  
駆け寄るクラスメイト達をぐるりと見回し、真夜は首をかしげた。  
 
その意味を悟り、再び全員に沈黙が広がる。  
 
ただ一人。可符香だけがすました笑みを浮かべ、小さな爆発が広がり始めている建物を見上げていた。  
 
 
          
がさ! ざざっ!  
 
再び葉ずれの音がして、密林の中から長身の女性が姿を現わした。  
その肩には、未だ気絶したままの先生とまといを担いでいる。  
「先生!?」  
「無事!? 無事だった!」  
「で、誰なのよ!?」  
口々に叫びながら駆け寄る。  
 
もはやドレスは脱ぎ捨てボディアーマーだけの姿になった娘は、その場に先生とまといを下ろすと無言のまま  
背を向けて、立ち去って行く。  
「だれなの!? いや、感謝してるけどさ!」  
娘に声をかける者、先生を抱きかかえる者、まといを介抱しようとする者。  
 
そんな中、可符香は娘の背中に手を振りながら、何でもない様な顔で口を開いた。  
 
「いやだなあ。ピンチの時に現われる謎の助っ人に決まっているじゃありませんかぁ。」  
「それも王道だから……?」  
少し投げやりに言う奈美をよそに、可符香は手を振り続けた。  
 
──密林の中に消える前。  
チラリと振り向いた娘と、可符香が視線を交わした事に気づいた者は居ないようだった。  
 
 
次の瞬間──  
 
空気を震わすような轟音に、全員が基地の方を振り向く。  
その建物は、あちこちから火の手を上げながら次々と崩壊してゆく。  
 
続けてさらに大きな爆音に基地は飲み込まれ、粉々に吹き飛びながら上空に大きな爆煙が固まりとなって浮か  
び上がる。  
 
少女達から、密林中に響き渡るような歓声が上がった。  
 
 
 

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