そして、午後2時、野外プールでのイルカショーが始まった。  
3人は早めに、移動し、最前列に陣どっていた。  
司会のインストラクターの合図にあわせ、ハイジャンプを華麗に決める3匹のイルカ。  
交はイルカたちの一挙一動に黄色い歓声をあげて、興奮に体を震わせていた。  
(やはり、動物はいいですね・・・・・・・交の心に空いた穴を少しでも埋められればいいです。)  
望は、交の心からよろこんでいる様子に、今日、水族館に連れて来たことの成果を深くかみしめ、満足していた。  
 
「はーい、それでは、続いて会場のお友達にも、イルカくんたちに餌をあげて、もらいたいと思いまーす。  
イルカくんに餌をあげたいお友達は手を大きく挙げて下さ――い。」  
イルカショー恒例の観客参加イベントである。  
インストラクターが会場の子供たちに呼びかけると、多くの子供たちが手を挙げて、返事をした。  
望は交の左腕をつかんで、手を挙げさせた。  
 
「な――――――――――――っっ」  
 
「せっかくの機会です。ダメもとで手をあげてみましょうよ。」  
 
「はあ―――――――いっ」  
まといも交の右腕をつかんで、上に挙げ、交のかわりに甲高い声で返事をする。  
アシスタントの数人の女性が上の席から、選んだ子供たちを連れ、階段を下りてくる。  
選ばれる人数は10人である。  
前列の方にも、アシスタントが来た。  
ふと、こちらに目を向ける。  
 
「はいっ・・・・・・・じゃあ、そこの着物を着た君。」  
 
「ええ―――――――――――――――っっっっ」  
アシスタントは交に近づく。望、交、まといと3人で着物を着て並んでいる姿は否応なしにプールサイドでは目立ってしまう。  
アシスタントの注目を集めるには十分だった。  
「じゃあ、お姉さんと一緒に来て下さい。」  
アシスタントは交の手を取る。  
「交、おめでとう!!・・・・がんばってきてください。」  
「交君、しっかり写真取ってあげからね・・・・・・笑顔でイルカさんに餌をあげるのよ。」  
まといと望は張本人の交以上に興奮して、交を送り出す。  
交は想定外の出来事にテンパり、ぎこちない様子でアシスタントに手を引かれ、ついていく。  
交は10人の一番端に並んで、中央のステージの上に登った。  
 
子供たちはインストラクターの支持に従い、イルカがバックスピンジャンプを決めるたびに、  
魚を食べやすい大きさに刻んだものを名前を呼んで、イルカに与え、イルカの頭を撫でる。  
そして、ついに交の番がやってきた。  
 
「はいっ・・・・最後は小石川から来てくれたマジルくんです。  
シンク・・・・最後のバックスピン、1番大きく決めてね・・・・GO!!」  
3匹のイルカのうち、交が担当することになった『シンク』と呼ばれるメスイルカはインストラクターの合図に合わせ、  
華麗に大きなバックスピンを決める。  
観客から大きな拍手が沸き起こる。  
交は右手にもった餌を、近づいてきたシンクの口に伸ばす。  
 
「シンク、よくできたな。ご褒美だぞ。」  
シンクは交の手から餌を食べる。  
カシャッ・・・・・・・  
その瞬間を逃すことなく、まといが構えたカメラが捉えた。  
「よしよし、いい子だ。シンク。」  
そして、続いて、シンクの頭を恐るおそる撫でる交の姿もカメラはピンボケすることなく、きっちり捉える。  
今にいたるまで、望の盗撮写真をあまた撮りためている、まといならではの撮影技術だった。  
「はいっ、マジルくん、ありがとうございました――――。」  
会場から、盛大な拍手が再び巻きあがる。  
 
(シンク・・・・・・・・・・・・かわいかったな・・・・・・・・・)  
交は席に帰還した後も、シンクに間近で触れた感触の余韻にどっぷりつかっていた。  
 
(交・・・・・・・・よかったですね・・・・・・・・・・・今日の思い出は人生のベストアルバムに必ずのるでしょう。)  
どんな人も人生において、最も輝いていた瞬間、最も幸せな瞬間というものは必ずある。  
人生のよい思い出、美しい思い出のみを集めたベストアルバムが、  
各人ごとに作られるのであれば、今日、撮った写真の数々は、必ずそれに乗るはずだ。  
いや・・・・もちろん、今日だけで終わらせるつもりはない・・・・・交の人生はまだまだこれから、  
これから、交の人生において、今日をはるかに上回る、幸せな日をつくらなければ。  
交がもっと輝ける瞬間をこれから、数え切れないほどつくっていかなければ。  
 
望は交の幸せそうな様子を見て、安心する反面、これだけでは決して終わらせないぞと決意を固めた。  
 
イルカショーが終了した後、3人はしばらく、別れを惜しむように、館内の魚たちをもう1度見て回った後、  
売店で学校で待ってる霧におみやげを買い、午後4時を過ぎたころ、帰宅することにした。  
3人はそれぞれ、水族館の余韻をじっくりかみしめながら、電車に揺られていた。  
 
しかし、本日多くの初体験をし、これまでの短い人生で最高ともいえる、興奮と歓喜を味わった交の脳には、  
幸せな心境が大きくなればなるほど、同時に朝から1日中、感じていた、違和感と疑問が大きく渦巻くようになっていた。  
 
電車は地元の駅に着き、3人は家までの帰路につく。  
望が先頭、その後を交が歩き、殿をまといが務める。  
 
「交。今日撮った写真は明日、現像できますよ。楽しみにして下さい。」  
「ああ・・・・・・・・・・・・・・・」  
段々と大きくなっていった交の脳裏の疑問は爆発しそうになっていた。  
交は覚悟を決めて、切り出すことにした。  
 
「おいっ・・・・・・・・・・・望、ここまできておいて、難だけど、  
聞きたいことがある。」  
 
交は足をとめ、望に鋭い視線を向ける。  
 
望は交のはなつ、重苦しいオーラを感じ、足をとめ、振り返る。  
 
「どうしました。交。」  
「お前が朝、言ってた夢の話。昼聞いた時は、忘れたって言ったけど、あれ嘘だろ・・・・・・。」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
望は交を見たまま、何も答えない。  
 
「何か、まずい夢だったから、忘れたフリをしたんだろ・・・・・・・・・・・  
今日のお前が、こんなに大人らしく、しっかりしてて、明るくて、積極的で、行動力があって、優しかったのは、その夢のせいなんだろ。  
今まで、だらしなく、ネガティブで、キチンで、情けなくて、かっこ悪くてしょうがなかった、あのお前をまるで別人のようにした夢。  
そんな夢をそんな簡単に忘れるわけないだろ。」  
 
「ま・・・・・・・・・・・・・・・・交くんっ・・・・・・・・」  
まといが交を静止しようとする。しかし、交は構わず続ける。  
「なあ・・・・・・・・・今日のことは本当に感謝してるよ・・・・・・・・・・・でも、このままじゃ、気持ち悪くてしょうがない、  
今日の朝、電車のなかで、お前は本当にむなしそうな、心の底から悲しそうな顔をしていた。お前のあんな顔は初めて見た。  
どんな夢を見たか、教えろよ、望。何を聞いても、文句は言わないからさ・・・・・・・」  
交は落ち着いた重みのある声と口調で、望を威圧する。  
答えを聞くまで決して逃がさないという鋭い剣幕。  
 
望は外見の幼さからはとても考えられないほど、鋭い感性をもちあわせ、人間として出来上がっている目の前の少年に対し、  
夢を見た・・・・・だなんて、軽々しく言うべきじゃなかったと後悔した。  
しかし、交が逃がしてくれそうにないのを心底、感じ取った望は、覚悟を決めた。  
 
「逃がしてくれそうにありませんね。・・・・夢を見たなどと、軽々しく口にしてしまった私の落ち度です。  
わかりました。嘘をついてしまって申し訳ありませんでした。本当のことを話しましょう。」  
 
「ああ・・・・・・・・・・頼む。」  
交は望の顔を目をそらさずに、直視する。  
望も交の顔と真正面から対峙する。  
 
「1人ぼっちの人形の夢です・・・・・・・・。」  
 
「人形・・・・・・?」  
 
「はい・・・・・・・・周りで子供たちが楽しそうに遊ぶ声がする中、暗い部屋の中で忘れさられ、たった1人で孤独に  
部屋の壁にもたれかかる人形の夢です。  
 
彼はもともと人間だったのですが、気がついた時には人形になってしまっていたのです。  
自分も子供たちの中に加わりたいのですが、人形になってしまったため、かないません。  
彼は忘れ去られた存在で、誰も彼に気づいてくれません。  
自分の存在を外へ向けて、訴えたくても、声を出すことができません。  
そうして、寂しい思いをしながら、人形はただただ、そこで誰かが自分の存在に気づき、  
人間に戻してくれることを待つしかない・・・・  
そんな、悲しい夢です。その夢をここ5日ほど、繰り返し見ていたのです。」  
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 
交とまといは望が話した内容のあまりのむなしさと悲しさに、言葉を失い、息をとめた。  
 
「・・・・・・・・・・・・交・・・・・・・こんなことを言いたくなくて、ずっと隠してきたのですが  
私は、その人形にお前の姿を重ねたのです。・・・・・・・・  
縁兄さんとお前の母上が行方知らずになってから、  
お前はずっと寂しい思いをしてきたはずです。たしかに小森さんを始め、うちのクラスの生徒や時田や倫など周りにお前のことを気にかけ  
面倒を見てくれる優しい人がたくさんいました。  
ですが、ついこの前まで一緒に暮らしていた、顔や声をはっきり覚えている父親と母親がいなくなった寂しさは、  
どんなに代わりになる存在がいても、簡単にうめられるものではありません。  
外から帰ってくれば当たり前のようにいた両親がいなくなってしまった。甘えたくても、甘えられる存在がいない。  
その心の隙間はどうあってもうめることは難しいはずです。  
それにお前は、ここにくる前に仲良く遊んでいた友達とも別れてきたのでしょう?  
お前のまわりには、年上の人間ばかりで、気兼ねなく接することができる同じ世代の友人がまわりにいませんでした。  
同い年の友人と遊ぶ経験はとても楽しい思い出になります。・・・ですが、お前はそれができなかった。  
外から聞こえる子供たちの遊び声をただうらやましそうに聞いていることしか出来ない・・・・・・  
寂しくて、悲しくて、どうしようもないのに自分の存在をうったえようにも、声が出せない・・・・  
泣くこともできない、忘れ去られた孤独な人形のように。」  
 
望はこらえきれない悲痛な思いに段々と顔を歪めていく。  
 
「お前がそんな状況にあるのに、私はお前に目を向けてやることもせず、自分のことしか考えられず、  
今の今までお前のために何もしてきませんでした。  
あろうことか、両親と離ればなれになったばかりで、  
慣れない環境で不安でしょうがないはずのお前に意地悪をし、本人であるか証明を求めたりもしました。  
いつも世間を皮肉った、ふてくされたものの見方しか教えてこないで、生き物のことやスポーツのルールとか、夜空の星座とか  
お前の興味をひきそうな、子供らしい健全な知識を1つたりとも教えてきませんでした。  
私がまるでダメ人間なので、反面教師としてしか、人としてのありかたも教えられませんでした。  
幼稚園に入れてやることすら考えませんでした。遊びにつれてってやることもしませんでした。話相手になってやることすらしませんでした。  
お前が何かがんばっていても、ほめることすらしませんでした。お前のことを知ろうとする努力をまったくしませんでした。  
何もかも、小森さんたちにまかせっきりで、身内であるはずの私はお前のために何もしようとしませんでした。  
目の前で寂しい思いをしているまだ幼いお前をずっと見殺しにしていたのです。・・・・・・・・・・  
今のこの時期は、後の人生の根幹となる重要な時期です。  
この時期に不遇な扱いをうけ、心に傷を受けた子供は、その後もこの傷を引きずり続けます。  
その後の人生を棒にふることになることだってあるんです。  
そんなことすら気付いてやれずに、お前をないがしろにしてきたのです。  
そんな悪魔のような自分に、こんな夢を見ることで、今になって、ようやく気付いたのです。」  
 
一気にまくしたてる望の目からは、涙があふれていた。  
 
「私は最低の人間です。お前の叔父である資格はありません。・・・・・・・・・・・・。  
許してくれなんて言いません。許されることだと思ってもいません。  
・・・・・・・・・・・ですが、言わせて下さい。・・・・・・・・  
交!!・・・・・・・・今まで、お前に本当にひどいことをしてきました。すみませんでした!!!」  
 
望は交の体を力いっぱい抱きしめ、泣きじゃくった。  
 
「望・・・・・・・・・・・・そんなこと言うなよ、そんなに泣くなよ・・・・・・・っぐ・・・・・・ぐすっ  
そんなこと言わないでくれよお―――――――――――――――。」  
望のあまりに切ないまくしたてに、交も泣き出してしまった。  
 
「お前はそんなに悪いやつじゃない・・・・・・・・・たしかに、だらしなくて、ふてくされてて、情けなくて、好きじゃなかったけど、  
お前にだっていいところはいっぱいあった。皮肉だらけだったけど、いろんなこと教えてくれたし、  
フロで体や頭を洗ってくれたじゃないか、はしかにかかったとき、命おじさんのとこに連れてってくれたじゃないか。  
だるそうにしてたら、慰めてくれたじゃないか  
Wii買ってくれたし、カブト虫も買ってくれた。3人しかいないゴ○ンジャー、見つけてきてくれただろ、  
今日だって、俺が楽しめるようにいろんなことしてくれたじゃないか・・・・・・俺はホントにうれしかった・・・・・・・・・・  
お前がいてくれるだけで俺は楽しかった。さびしくなんてなかった。お前は立派な俺の叔父さんだよ。」  
交は望の肩に顔を埋めて、涙声でまくしたてる。  
 
後ろで全てを聞いていたまといも、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、望にすがりつく。  
「そうですよ。交君の言うとおりです。先生、そんな、悲しいこと言わないで下さい。  
先生は悪魔なんかじゃありません。こんなにも甥っ子のことを思っている心優しい叔父さんです。  
今日の先生、ホントに優しかった。素敵でした。誰がどう見ても、交君の本当の父親にしか見えませんでした。  
だから、自信もって下さい。先生・・・・・・・・・先生がそんなこと言ってると、交君も悲しくなっちゃうでしょ。」  
 
「うぐぅぅうぅぅぅぅうぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、常月さん・・・・・・・交・・・・・・うぐっ・・・・・・・・・  
ありがとう・・・・ございます。・・・・・・・・。」  
 
3人はしばらく、互いに抱きしめあってその場ですすり泣いていた。  
 
しばらくして、まといが切り出した。  
「先生、そろそろ帰らないと霧ちゃんが寂しい思いをしますよ。」  
「そう・・・・ですね。小森さんが夕飯の準備をして待ってくれています。急いで帰りましょう。」  
「ぐすっ・・・・・・・・・・・そうだな、霧ねえちゃんにおみやげもあるし、早く帰ろう。」  
 
 
3人は立ち上がって、帰路を急いだ。  
 
帰宅した3人を霧は笑顔で迎えた。  
「おかえり、・・・・・・・・・水族館楽しかった?」  
「うんっ・・・・・・・・・・すんごい楽しかったよ、」  
 
宿直室に帰るころには、交は霧を心配させまいと、笑顔を取戻していた。  
「そうですよ、交はイルカショーで大勢の中から選ばれて、イルカに餌をやったんですよ。」  
「へえ〜〜〜〜〜〜〜〜、よかったね、交君。」  
「うんっ・・・・・・・・・・・かわいかったよ、イルカ。」  
「私がしっかり写真におさめましたから、霧ちゃんにも、見せてあげますよ。」  
「写真いっぱい、撮りましたからね。」  
「あっ・・・・・・・・・そうそう、霧ねーちゃんにお土産・・・・・・」  
 
交はイルカのぬいぐるみを霧に渡した。  
「わあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、カワイイ―――――、ありがとう交くん。」  
「私からも、おみやげです。」望はタコのキーホルダー、  
「私も買ってきましたよ。」まといはウミガメのストラップをそれぞれ霧に渡した。  
「ありがとう、先生、まといちゃん・・・・・・・・・・・・・、大事にするよ。」  
 
霧は夕食の仕度をしながら、交に尋ねた。  
「交君、今日、先生、どうだった?」  
交は霧の質問の意図をよく理解した上で、自信をもって答えた。  
「すごく優しかったよ、いつもとは別人のように・・・・・・」  
 
交は望がフロに入っている隙に、霧に今日の望の様子を事細かに話した。  
もちろん、帰路での出来事のことは黙っていたが・・・・・・  
「・・・・・・・・・・・・・よかったね、交君。・・・・・・・先生が優しくしてくれて。」  
霧は交から聞いた望の優しい様子を思い浮かべ、心から嬉しそうな笑顔を浮かべた。  
 
 
望、まとい、交は夕食のカレーを囲みながら、水族館の思い出を霧に聞かせていた。  
その食卓風景はさながら、本物の家族のようだった。  
 
 
夕食が終わった後、望は食事中に、ふと気づいた疑問点について、霧とまといに話した。  
「そういえば・・・・・・・・・いつも、私が交と出掛けると、必ず、クラスのみなさんが『先生だけじゃ心配』と言って  
雁首そろえて現れていましたが、今日は誰1人として表れませんでしたね。」  
 
「みんな、何か用事があったんじゃない・・・・・・・・・。それに、先生はたしかに頼りないけど、  
大人なんだから、もっと自信をもったほうがいいよ。」  
「そうですよ、実際今日、先生は交君から、目を離すことなくしっかり見ていたじゃないですか。  
水族館にたくさんの親子連れがいましたけど、先生は他の親御さん方のよい鏡でしたよ。  
私後ろから見ていて、あれこそが理想的な保護者の姿だと思いましたもん。」  
「はは・・・・・・・・なんだか照れくさいですね、そう言ってもらえて何よりです。」  
 
 
霧は隠していたが・・・・・・実は今日、千里が宿直室を訪れていたのだ。  
望と交の居場所を教えられ、水族館に行こうとした千里だったが、霧に止められたのだった。  
 
「今日はせっかく、先生が自分から積極的に提案して交君を連れていったんだし、  
先生と交君の間を縮めて、心を通わせる、大事な機会だから、そっとしといてあげようよ。  
今朝の先生、今までに見たことないような優しそうな顔してたし、私の直感だけど、保護者としての自覚にあふれてた感じがした  
先生だって大人なんだし、何より、まといちゃんも一緒にいるから、大丈夫だよ。  
これも私の直感で悪いけど、今日の先生は安心して任せられる気がするの  
・・・・・・・・私からのお願い、今日は交君を先生に任せてあげて。」  
 
千里は霧の真剣な物言いに、しぶしぶ納得し、望が帰ってきたら、メールを送ることを条件に帰っていった。  
そして実際、望が直感通りの大人らしい行動をとってくれたため、うれしさで霧の心はいっぱいだった。  
 
―――――――――――――やっぱり、先生はやればできる、しっかりした大人なんだな――――――――――  
 
約束通り、霧は望が立派な態度をとったことを知らせるメールを誇らしげに、千里に送った。  
 
 
望は風呂から上がった交に、話を切り出した。  
 
「交、約束通り、明日、私とキャッチボールをしましょう。」  
「ああ・・・・・・・・ありがとう望、・・・・・・・・。」  
交は、明日もまた、望と遊べることに、底知れない喜びを感じていた。  
 
「それと、交。来月中に、お前を幼稚園に通わせようと思うんですが、」  
「ええっ・・・・・・・・幼稚園!!」  
交は望の急な切り出しに驚いた。  
 
「帰り道に言った通りです。お前は同年代の子供と遊ぶ機会が必要です。来年から、小学校に入学するんです。  
ハードランディングにならないためにも今のうちから同年代の子との触れあいに慣れておかなければいけません。」  
 
「・・・・・・・・・・・・・・わかった・・・・・・・・・・・・俺も友達つくりたいしな・・・・・。」  
交は期待に胸をふくらませ、まっすぐ、望を見返した。  
 
「よかった・・・・・・・・・まあ、お前は6歳児とは思えないほど、ませてますし、根が強い子ですから、  
行きたくないなんて、絶対に言わないだろうと思ってましたよ。  
詳細はこれから、時田や倫や命兄さんたちと相談して決めます。  
お前なら大丈夫ですよ、すぐに友達を作って仲良くなれますよ。」  
「ああ・・・・・・・・・・・そうだな。俺は子供扱いされるの嫌だからな、  
クラスで他の子が揉め事や喧嘩を起こしたら、俺が解決してやるさ!!」  
「ははは・・・・・・・・これは頼もしいです。」  
 
「望、―――――――――――――――――――、今日は、本当にありがとう、」  
交は心からの感謝を込めて、望の顔を見上げた。  
 
「いえっ――――――――――、今まで、お前のことを省みなかったことへの私の償いはまだまだ、今日から始まったばかりです。  
今日より、もっと楽しいことがこれから待ってますよ、まだお前の人生は始まったばかりです。」  
 
「いやっ・・・・・・・・・・・・お前がそこまで、自分を責める必要はないよ、1番、悪いのは俺の父ちゃんと母ちゃんなんだから  
ていうか元々、俺が無理言って、お前のとこに居候させてもらってるんだからさ、  
今までの生活だって十分幸せに感じなきゃいけないはずなんだよ。だから、そんなに自分を責めるなよ、望。」  
 
「交、お前は本当に優しいですね。・・・・・・・・ですが、私は甘やかされるとどこまでもつけあがりますよ。  
私は縁兄さんが帰宅するまで、お前の保護者でいることに決めたんです。  
お前がこの大事な時期を人並みに楽しく、寂しい思いをせず、過ごせるように全力を尽くしますよ。」  
 
「望・・・・・・・・・ありがとう・・・・・そして、これからもよろしくな。」  
交が右手を差し出してきた。  
「ええ・・・・・・こちらこそ」  
望も右手を出し、交の手をがっちりと握った。  
しばらく、2人は互いの手を固く握りあっていた。  
 
「でも、望、俺にばっかり、気を回してないで、本業をおろそかにするなよ、  
お前はあくまで教師で、2のヘの兄ちゃん、姉ちゃんたちの担任なことを忘れるなよ・・・・・・。  
あのクラス、問題だらけだからな、お前ががんばっていかないと、解決できないぞ。」  
交は釘を刺すように言う。  
 
(な――――――――――――――――――――ッッ)  
 
望は自分が見落としそうになっていた点を的確に言い当てた交の洞察力の素晴らしさに、心底、驚かされた。  
自分が担当する2年へ組の生徒  
 
今、まさに自分と同じ空間にいる・・・・・外にでるのが恐ろしくて仕方がないひきこもりの少女、  
多重債務による膨大な借金に苦悩し、日夜、生計をたてるのに必死な人妻少女、  
入国管理局からつけねらわれながら、ギリギリのラインで暮らす難民少女、  
心の中に巣食う、猛烈で、暴力的なまでの加害妄想に悩まされる少女、  
幼いころのトラウマに悩まされ、声を出すのが恐くて仕方ない少女  
本当は仲間思いの優しいいい子なのに、何事にも完璧を求めてしまうあまり、  
周りから避けられ、あげく暴走してしまう少女  
 
自分の担当する生徒が心に傷を負って苦しんでいるのに、  
今まで、心の弱さから、その傷を認められず、救いの手を差し伸べることをしなかった自分  
そんな、自分がこの子をこれから守っていくなんて、とても言える立場ではなかった。  
 
「こ・・・・・・・・・・・・これはごもっともな意見です。お前の言う通りです。『目の前で苦しんでいる子供を助けようとしない』  
というのは、何もお前に限ったことじゃ、ありませんでした。  
うちのクラスの生徒たちも苦しんでる、私の大事な『身内』です。・・・・・・・・・・  
今まで、ご迷惑をおかけした償いをこめて、全力で助け出してみせます。  
・・・・・・・素晴らしい指摘、恩に着ます。」  
 
「ああ、・・・・・でも、何だかんだ言って、あの兄ちゃんたちや姉ちゃんたちもお前のことが好きなんだよ・・・・・・・・  
お前がいろいろ考えて、動いてくれれば、ちゃんとがんばりを認めてくれるよ。」  
「はは・・・・・そう言ってもらえると嬉しいです。交・・・・・・・・」  
「じゃあ、望、疲れたし、俺はもう寝るよ。明日キャッチボール、楽しみにしてるから。」  
「はいっ、おやすみなさい、交。」  
 
ふとんを出して、寝転がった交は思い出したかのように望に向き直った。  
「そうだ・・・・・・・・・望、また、あの夢を見たら、今度はその人形は2のへのクラスの誰かだと、思えよ。  
俺はもう大丈夫だからさ・・・・・・・・・・。」  
「はいっ・・・・・・・・・・・そうします。交。」  
やがて、交は今日という日に経験した抱えきれないほどの興奮を思い返しながら、  
安らかな眠りについた。  
 
そして、眠りにつくまでの間、交の安らかな寝顔を見ながら、  
望は2のへの生徒を救うため、明日からの動向について精一杯思案していた。  
 
 
 
その夜、望はまたあの人形がでてくる夢を見ていた・・・・・・・  
しかし、それはもう、悲しいものではなくなっていた。  
部屋にやってきた魔術師によって、ネジをまかれ、  
言葉を話し、動けるようになった人形が、子供たちの輪の中に入り、遊ぶというものだった。  
自分の思いをはっきり伝え、自分の存在を示すことができるよろこび。体を自由に動かせるよろこび。  
心を通わせられる仲間がそこにいるよろこび。  
彼は心の底から幸せだった。  
気がついたら、彼はもう人間に戻っていた。  
 
人間は1人では生きていけない・・・・・・・自分以外の誰かと関わらなければ生きていけない  
しかし、自分以外の誰かと関わることは痛みをともなう。  
毎日のように傷つかなければならない時もあるだろう、  
苦しくてどうしようもない時もあるだろう  
でも、1人、忘れさられ、孤独に打ち震える人形を思えば、その苦しさをも、  
他人と関われるよろこびに変えることができるのではないか。  
もちろん、人間だけではない。全ての生物が他者との摩擦に苦しみながらも、それを共生の実感に変えていっている。  
自分以外の誰かがそこにいてくれること、自分の存在に気づいてくれる人がいること  
それはこれ以上ない、幸せであるはずだ  
望は交の未来、そして自分が救うと決めた2のへの生徒たちの未来を人間に戻ることができた人形に見出した  
 
夢はそこで醒めた。・・・・・・・望はそれっきり、もう不思議な人形の夢をみることはなくなっていた。  
なぜ、自分がこんな不思議な夢を見てきたのか、わからない・・・・・・・・・・・・  
神さまが見せてくれた・・・・・といってしまえば、それまでだろう。  
世界には、幼くして心に傷を負った子供がたくさんいる。  
彼らがいる限り、また、自分と同じように悲しい夢を見続ける人がいるはずだ  
近くにいる誰かが、彼らを救ってやらなければいけない。  
この時期をどう過ごすかが、後の人生をつくっていくのだから。  
 
 
―――――――――――――――――――――この世界に生を受けた全ての子供たちに幸あれ  
 
望は心の底から深い祈りを捧げた。  
 
 
END  
 

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