「先生ー! 先生はどうしてクラスの女子に手を出さないんですかー?」
教室によく通る声が響くと、クラスは一気に騒然としてしまう。
私の授業が珍しく軌道に乗ってくると、いつもこれだ。
「はぁ……また風浦さんですか。今かなり珍しいことに普通に授業が
進行中ですから、そういう奇天烈な発言は少し控えていてください」
とりあえず正論で押し切ります。実はあまり授業をサボりすぎたせいで
最近は保健の先生にまで白い目で見られてしまい、愚痴をこぼす相手が
いなくなってしまったんです。ですから、いま授業妨害されるのはとっても
迷惑です。というか死活問題です。そんな内容を悲痛な声で訴えてみます。
「じゃあ、先生は保健の先生が目当てなんですか!?」
授業中であることも忘れて千里さんが食いついてきてしまいました。
あまり迂闊に喋り過ぎてしまったようです。
「今言った台詞はそういう意味じゃありません。単に愚痴の相手というだけです」
「つまり、愚痴の相手をしたら、先生の好感度がアップするんですね!」
「違います!! そこ、変な風に解釈しない!! だいたい先生はいまのところ
見合いとか恋愛とかに興味はありませんから!!」
「言いましたね」「言ったね」「言っちゃった」めるめる(言いやがった)
「な、なんなんですかみなさん急に! 先生はいつも言っていることを
言い直しただけですよ!」
「シャラップ!! もしかしたら『ネ○ま!』みたいなラヴコメ展開があるかも
……と考えて単行本を手に取ってくれた読者のことも少しは考えなさい!」
木村さんがさりげなくマガジン編集長の意見を代弁しているようです。
木津千里さんのオカルト大暴走の陰で忘れられがちですが、そういえば人格系は
木村カエレさんの担当でしたね……。
「だ、だからどうしたというんですっ。恋愛するしないは個人の自由じゃ
ないですか! 先生は確かに常月さんのためにプライバシー皆無な状態に陥っている
かもしれませんが、今でもいちおう内心の自由はあるんです!! いわばこれは
ATフ●ールド!! 人類誰しもが持っている心の壁とかそういうものなんですよ!!」
「ソレハアニメダロ」関内マリアさんが鋭いボケをかましていますが先生つっこんではあげません。
「うーん、ということは……先生! 私たちが先生をドキドキさせたら先生の発言は
嘘ということになるわけですね!」「あら、そういえばそうよね」
風浦さんがまたどうでもいいところから私の発言の根底を揺さぶってきました。
「いいですよ。先生、生徒にドキドキなんてしませんから」ここで反論するとさらに
グダグダになるので、目を合わせないようにしてさらりと流します。見なければ
ドキドキなどしないのです。
「マリア、よくわからんが、わかった!」どうやら関内さんが先走っていきなり
全裸になったようです。しかし私は見ていません。
「あ、脱げばいいんですよね。空気読めなくてすみません。すみません。すみません…」
ま、まあ加賀さんが流されるのはしかたありません。ここまでは想定内です。
でも私は見てません!見てませんから!
「ちょっと!そんなんじゃ萌えないわよ!その制服貸しなさい!あとこれも付けて!
ポーズはこう!もうちょっと上目遣いに!」
どうやら藤吉さんに火が付いてしまったようです。被害者第一号は加賀さんでしょうか。
「ああ、イライラする! 本人が見てないんじゃ脱いでも誘惑してもぜんぜん意味が無いじゃない!
もっと見てもらうためのアクションを起こしなさいよ!!」
「わーい千里ちゃん本格的ーー」
木津さんまで協力を始めてしまうのですか。みなさんを止める役を期待していたんですが……。
ま、まあ私は何をされても絶対に見ませんから問題ありません。
「そうそう。やればできるじゃなーい♪」
めるめる(????)
どうやら藤吉さんの被害者第二号は加賀さんではなく音無さんだったようです。
おそらく喋らないのをいいことに幼児体型にパーツを取り付けられ、藤吉さんに
思う存分まさぐられているに違いありません。
私のケータイにその音無さんから助けを求める(?)メールが着信したようですが、
先生、見なかったことにします。
「せんせ……」耳に接するように息を吹きかけられます。
「つ、常月さん、いたんですか」「ええ、ずっと。……ドキドキしましたか?」
「し、してません。先生、教室でドキドキするほど不埒な輩じゃあありませんから!」
(先生……素敵……)背後から熱い視線を感じますが、無視します。
「ふえぇん無理です……私人前でオナニーとかしたことないですからぁ……」
「こ、こうかしら?」「そうそうそんな感じ。木津さん飲み込み速いわね♪」
今度は日塔さんが木津さんと藤吉さんに弄られているようです。ぴちゃぴちゃと
卑猥な水音が聞こえてくるような気がしますが、神聖な教室であんなことやそんなことが
行われているなんてはずはありませんから、これはきっと罠に違いありません。
そう! 罠です! 人生は罠だらけなんです! 絶望した! 目を見開いて
そう叫びたいところですが、しかし今の私にはできない相談です。
「見ないと訴えます!」
木村さんは強気すぎます。万年パンチラ娘がどんな卑猥な誘惑を仕掛けているのか
には興味がありますが、先生、見ていないのでぜんぜんわかりません。
「先生なら、触ってもいいよ……」
小森さんが教卓の下からか細い声で誘ってきますが、見ないといったら見ないんです。
とりあえず、小森さん、出席、と。見えてませんが出席簿はつけられます。
「やぁ……らめぇ……」「ほら、先生が振り向くまでキッチリ我慢しなさい!」
「もう無理ぃ……私普通の子だから……これ以上されたらおかしk……ッッ!!」
「音無さん、ここ弱いんだぁ♪」
めるめる(????ッッ!)
どうやら二人ともイッてしまったようです。ですが、先生見ていませんから
ドキドキなんかしていません。
「うーん。 先生、ドキドキしてないみたいですねー?」 いきなり風浦さんが抱きついてきて、
私の胸に耳を当ててドキドキしているか確認してきましたが、すぐに常月さんが
引き離してくれたので問題ありません。
さて、他にも生徒はいますが、まあだいたいの誘惑は乗り切ったという自信があります。
先生、持論を守り切りました。というわけで忘れないうちにもう一度主張しておきます。
「先生はいまのところ見合いとか恋愛とかに興味はありませんから!」
「そうですか。それで糸色先生、これはどういう授業なんですか?」
「マリア、保健の先生連れてきた! これでセンセイもドキドキする!」
糸色 望、心停止。