たぶん、2のへというクラスは悪くないクラスだったんじゃないかと思う。
まあ私が望むようなきっちりしたクラスには程遠いけれど、結構みんな優しくて、結構みんな仲良くやっていて、私が、そしてみんなが感じる以上に私たちはこのクラスが好きだったのだと思う。
あの日、銃火器を手にした男たちが教室に踊りこんで来た時、それが致命的なほどの災いへと転じた今になっても、私のその評価は変わらない。
「全員動くな…」
授業中の教室に響いた重苦しい声音に、私を含めたクラスの全員の視線が教室の入り口に向けられた。
目だし帽をかぶった男達がなだれ込んで来て、男達の手にしたマシンガンやら猟銃やらどこで作られたか知れないとかレフなんかが私たちに向けられた。
視界の端で、青ざめた顔で椅子から転がり落ちたマリアちゃんは、誰よりも早くその意味を理解していたのだと思う。
「…きゃあああああああああっ!!!」
絹を裂くような悲鳴を上げて立ち上がったのは、画像修正しまくりの写真でネットアイドルをやってるあの娘。だけどその悲鳴は、タタタタンと、軽い音が響いたのと同時に断ち切られる。
彼女と、その周囲の幾人かの生徒が崩れ落ちる。少し遅れて床に広がった、赤い水たまり。
それでようやく自体を把握した何人かの生徒がとった行動は、あまりに愚かだったけれど、私はそれを笑う気にはなれない。
「うあああああああああっ!!!!」
弾かれたように飛び出した木野君、だけど彼の怒りが侵入者達に届く事などあり得なかった。無造作に向けられた銃口が、また乾いた音を響かせる。
止めようと立ち上がった久藤君の行動は、あまりにも遅すぎた。倒れ伏す木野君から照準が移され、引き金が引かれた。
迫り来る銃弾を避ける術を持たない久藤君の体を、誰かが横から飛び掛り床に押し倒す。臼井君だった。銃弾は彼のわき腹をえぐり、床に着弾する。
しかし、暴漢達は彼の捨て身をあざ笑うように、床に倒れた久藤君へと再び銃口を向ける。タン、と軽い音。久藤君の太ももから赤いしぶきが弾けた。
一連の凶行を終えた暴漢達は、床の上でのたうち苦悶の声を上げるクラスメイトをゴミでも見るような目で一瞥して、私たちに告げた。
「この教室は、我々が占拠する」
私たちに、抗う術はなかった。
「…っく…あぁ…や…嫌ぁああっ!!」
「…やめてヨ…も…やめ…」
教室に二人の女性との苦悶の声が響く。暴漢達に組み伏せられ、なす術もなく陵辱を受けているのは藤吉さんとマリアちゃんだ。
藤吉さんがほとんど絶叫とも言える悲鳴を上げ続ける一方で、幼すぎる体に思うさまに男達の欲望を叩きつけられているマリアちゃんの声は力ない。
小さな割れ目を抉るようなピストン運動がめちゃくちゃにかき混ぜる。何度も腰を叩きつけられて、マリアちゃんの華奢な体が軋む。
藤吉さんの体の上を、男達の汚らしい指が、舌が這いずる度に悲鳴が上がる。暴漢はさらに藤吉さんの唇を己の唇で塞ぎ、悲鳴すら蹂躙するように口腔内を犯す。
私たちはその様子を床に這いつくばって見ている事しかできない。
銃弾に倒れ息も絶え絶えの久藤君達と、手足をロープで縛られた残りの私たちには何をする事もできない。
ただ、次の生贄に選ばれるのは自分かもしれないという恐怖に怯えながら、目の前で展開される惨劇から逃げることもできず、震え続けることしかできない。
「…うあぁ…痛ぁ…も…やだぁああああっ!!!」
「…ア…あア…あああアアアアアっ!!」
男達の腰の動きがスピードを増す。その激しさに翻弄され、マリアちゃんと藤吉さんはさらに大きな悲鳴を上げて泣きじゃくる。
「うおぅ、出すぞぉ!!」
男達の腰の動きは臨界に達し、ついには二人の体の中に暴漢たちの穢れた欲望が吐き出される。己を満たしていくその熱量に絶望しながら、マリアちゃんと藤吉さんは自らの意識を手放した。
「全ては、我々の偉大なる夜明けのためなのだ。世界人類の統一のためには…」
暴漢たちのリーダーと思しき男の、抑揚の無い声と意味不明の主張が誰もが息を殺している教室の中でやけに大きく響く。
暴漢達の人数は合わせて6人。一様に複数の重火器を持ち、陵辱に加わっている者以外は教室の前後から私たちを見張っている。
リーダーの言葉から察するに何らかの要求のためにこのクラスを占拠したようなのだが、理解不能な主張はそもそも彼らが交渉の可能な相手ではない事を示しているように思えた。
すでに木村さんと三珠さん、小節さんと加賀さんは彼らの陵辱を受け、教室の隅にまるで死体のようにグッタリとその体を横たえていた。
暴漢達は気を失った藤吉さんとマリアちゃんもそこに投げ捨てる。そして、振り返った彼らの視線に私たちは一様に縮み上がった。次の生贄は一体、誰になるのか…。
「もう、これ以上こんな事はやめてくださ……がはっ!?」
たまりかねて叫んだ先生を、鳩尾への蹴りの一撃で黙らせる。そして、再び犠牲者選びに戻った暴漢達の目と、先生のうめき声に思わずそちらを向いた私の目が合った。
カツ、カツ、と近づく靴音。その向こうで先生が、ロープを何とか外そうと、私を助けようともがき続けている。
「………次は、お前か」
私の髪の毛を男の大きな手が鷲掴みにする。強引に引っ張られて、髪の毛が何本かぶちぶちと音を立てて抜けた。
男は先ほどまでマリアちゃんと藤吉さんへの陵辱が行われていた教室の真ん中に、私の体を投げ捨てた。私の手足を縛りつけていたロープが断ち切られて、代わりに屈強な男の腕が私の体を押さえつける。
「…いや……せん…せ…」
思わず漏らした小さな声も、男達は意に介さない。ただ、自分の欲望を忠実に果たそうと、私の衣服を剥ぎ取るべく、まずはスカートに手をかけた。その時だった。
「待ってください」
聞き慣れた声に、私は押さえつけられたままの姿勢で強引に声の聞こえた方向に顔を向ける。
やっぱり、風浦さんだ。両手両足を縛られたまま、危ういバランスでひざ立ちをして、何時も通りの曇りの無い瞳で私の方を、私の周りにいる暴漢たちを見つめている。
「みなさんは、世界中の人たちを統一させるんですよね」
いつも通りの調子で話し始める風浦さん、この暴漢たちと交渉するつもりらしい。だけど、それはあまりにも無謀な賭けだ。
彼女の足がかすかに震えているのが見えた。彼女自身、自分のやろうとしている事が無茶なんだと、たぶんわかっている。
それでも、彼女はそうせずにはいられなかったのだ。木野君や久藤君や臼井君、それにさっきの先生と同じように……。
「だったら、良い考えがあります。私たちみんなで……きゃっ!?」
だけど、暴漢達の答えは最初から決まりきっている。足払いで床に倒された風浦さんの腹を、さらに追い討ちの蹴りが襲った。
「ぐっ…かはっ……きっと…うまくいきますから…」
それでも言葉を止めない風浦さんを、私と同じように髪を掴んで教室の真ん中に引きずり出す。
「風浦さんっ!!風浦さんっ!!!!」
必死にもがき、叫んで、ロープから逃れようとする先生。だけどそれも、また暴漢の蹴りの一撃で黙らされる。
「…うまく…いきますから……こんなひどいこと…やめ…」
切れ切れの呼吸の合間にも、休まずに言葉をつむぐ風浦さんの衣服を、暴漢達は乱暴に毟り取る。セーラー服を引き裂かれ、下着を剥ぎ取られて、ついに風浦さんの言葉が止まった。
「…っ…やぁ…いや…いやぁ…」
苦痛と嫌悪に声を上げる風浦さんの意思を無視して、男達は乱暴に彼女の体をまさぐる。ささやかな茂みに守られた割れ目にも遠慮なく指をねじ込み、何度もその中をかき混ぜる。
「おっと、こっちも忘れちゃいけねえな」
私の上にのしかかった男が、風浦さんの方に向けていた視線をこちらに戻して下卑た笑いを浮かべる。
「…ひっ!!」
スカートをめくりあげられて、いきなり秘所に侵入してきた男の指の感触に私は小さく声を上げた。その反応に気を良くして、男はさらに深くショーツの中に手を入り込ませる。
さらには、セーラー服の中に無遠慮に手を突っ込んで、私の胸を痛いぐらい乱暴に揉みしだく。痛みと嫌悪に漏れ出た悲鳴が、風浦さんの声と重なり悲痛なデュエットが教室に響く。
「…ひぃ…あくぅっ!…や…やめぇ…」
「…痛っ…そんな…むりやりぃっ!!!」
見ず知らずの、それもこんな最低の男達の手で、私の体が汚されていく。
(先生が…見てるのにぃ…)
視界の端に先生の姿が見える。私たちの方を見ながら、縄から抜け出そうとまだもがいている。その悲痛な表情に、私の目から一筋の涙が零れ落ちる。
それをきっかけに、ぼろぼろ、ぼろぼろと零れ出て止まらなくなる私の涙。まるで涙腺が壊れたみたいに私の顔をぐしゃぐしゃに汚していく。
やがて暴漢達は私たちの体をまさぐるだけでは足りなくなったのか、いきり立った自分のモノを取り出して、私の、風浦さんの秘所にあてがった。
「…あ…ああ…嫌…嫌ぁああああっ!!!」
ズブリ。一気に半分ほどがねじ込まれた。心も体も拒否しているのに、そんなものは全く意に介さず暴力的な質量が私の中を埋め尽くしていく。
絶望に心が真っ黒に塗りつぶされたその時、教室中に響き渡った悲鳴が私の心を現実に引き戻した。
「…いやっ!!…いやっ!!…やだやだやだぁっ!!!こんな…こんなのいやあああああああああああああああっ!!!!」
堰を切ったように泣き叫ぶ風浦さん。ぶんぶんと首を振り、全身で拒否するが、男達に二人がかりで押さえつけられて、なす術も無く男のモノをねじ込まれていく。
「…あ…うあ…奥まで…入れられた…入れられちゃった……」
やがて男のモノが根元まで挿入されると、彼女の体から一気に力が抜けた。
「…やだ…いやだよ……せんせい…こんなのいやだよぉ…」
先ほどまでの絶叫がすすり泣きに変わった。息も絶え絶えのその力ない声で風浦さんが呼ぶのは…
「…せんせ…せんせいぃ…せんせい…せんせい……」
乱暴な突き上げに呼吸を乱されながらも、一心に先生を呼ぶ。痛みから、苦しみから逃れようとするかのように、ただひたすらにその言葉を繰り返す。
「風浦さんっ!!!木津さんっっ!!!!」
先生はその呼び声に応えようとして応えられず、芋虫のようにロープから逃れようともがき、叫び続ける。
「…っあ…ひぐぅ…うあああああああっ!!!!」
「…ああ…せんせ…せんせい……っ!!!」
地獄のような光景の中で、暴漢達は一心不乱に腰を振りたくり、ただ己が快楽のみをむさぼり続ける。突き上げられ、攪拌され、激しく腰を叩きつけられる。
その度に私たちの心はヤスリで削られたように、ボロボロと崩れ落ちていく。もうこれが悪夢なのか現実なのかすら判別できない。
ただ、わけもわからぬまま犯され続けるだけ。そして、ついに暴漢達は私たちの中に欲望を吐き出した。
「……っ…いや…でてる…だされてる……」
「………や……せんせ……」
波打つ熱を膣奥に叩きつけられて、絶望が私たちの心を覆い尽くしていった。このまま意識を手放して、ほかのクラスメイトたちも同じように犠牲になって、それでオシマイ。たぶん、きっとそうだろう。
だけど、その時だった。あり得ないはずのことが起こったのは。
「うあああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」
絶叫を上げて、暴漢達に突っ込んでいく人影が見えた。見慣れた書生風のいでたちの、華奢な体で必死の体当たりをしかけたあの人の姿が見えた。
風浦さんを犯していた男が吹っ飛んだ。先生もその勢いのまま、私の近くに倒れこむ。見れば、後ろ手に縛られた両手の縄はそのままだったけれど、足を縛る縄が解けていた。
結び方が甘かったのか、それとも必死で先生がもがき続けたためなのか、それは万に一つの僥倖だった。両手を使えないまま先生がひざ立ちになり、今度は私を犯していた男に、その歯で噛み付いた。
「先生っ!!!」
男が怯んだ隙に私は体を起こした。無我夢中で先生に加勢しようとした。
だけど、そこで思考は断ち切られた。今日、何度と無く聞かされた、あの乾いた音によって。
タタン。
先生の体が不自然にのけぞり、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。床の上にまた一つ、赤い水たまりができた。
振り返ると、ゆっくりと私の方に照準されようとしている銃口。無意味で無慈悲な死神が、私の首に鎌をかけようとしている。停止した思考は、それに抗う術はなく……
「木津さんっ!!!」
叫ぶ声が、私の意識をゆり戻した。大草さんの声。それと同時に細長い何かが床を転がってくる。私はそれを掴み、何も考えずにそれを目の前の男の首に突き立てた。
「……が…は…」
深々とのど笛に突き刺さった鉛筆を、男が引き抜いた。たちまち噴水のような血流が私の全身をぬらす。振り返ると、私に銃口を向ける3人の男達。私との間にはざっと3メートルほどの距離がある。
「木津さんっ!!」
「受け取ってっ!!!」
背後から、久藤君と臼井君の声、それに続いて何かが風を切って飛んでくる音。振り返りもせず、それを掴む。私のお気に入り、土まみれの汚れたスコップ。
3メートルの距離が、一気に詰まる。引き金を引かれるより早く、一歩前に踏み出し、後端の持ち手を持った上体で横一文字に一薙ぎする。
仲良く並んだ3人ののど笛から鮮血のシャワーが溢れる。そして全身を赤く濡らしながら、先生の体当たりをくらったまま尻餅をついている男に、大上段からの一撃を食らわせる。
「…わ、我々は……」
一気に逆転した形勢に、リーダー格の男は拳銃をこちらにむけながら教室の出入り口へと後退していく。
引き戸に手をかけ、今将に教室の外に逃れようとした瞬間、私は男の顔めがけてスコップを投擲した。
脳漿まみれのスコップの先端が男の顔をまっぷたつにかち割り、男はその場にへたりこんだ。
全てを終わらせ、肩で息をしていた私。その耳に飛び込む、風浦さんの声。
「…せんせい?…ねえ…せんせい…うそですよね……」
振り返る。覚悟など出来ていなくても、受け入れるしかないから。
「…なんとかいってください…せんせい…おねがい…おねがいですから……」
既に呼吸は無い。腹部から溢れた尋常ではない出血量は、私たちにまざまざと現実を突きつける。
それなのに、先生の死に顔は、痛かっただろうに、苦しかっただろうに、悔しかっただろうに、驚くぐらい安らかで、まるで今にもいつもの調子で喋りだしそうで……
「…せんせい…わたしです…かふかです…へんじをしてください…せんせい……」
気がつけば、涙が頬を伝っていた。一人、二人、三人と、すすり泣く声が重なっていく。その真ん中で、風浦さんが先生に呼びかける声だけが、いつまでも空しく響き続けた。
結局、あの後、傷口から大量の血液を失った久藤君と臼井君までが死に、あの日あの事件で命を落とした人間は8人にのぼった。
そして、生き残ったクラスメイトたちもみな一様に何らかの精神的な問題を抱えることになってしまった。この私、木津千里も含めて。
『それでも、木津さんはあの時、あのクラスにいて良かった、そう思っているんですね?』
「はい、先生」
明るい日差しの差し込む病院のラウンジで、私と先生はあの時の事を話していた。
「先生も死んで、久藤君達も死んで、その後も何度も悪い夢を見て苦しんで、でもあの時私がいるべき場所は2のへのみんなのところ以外にあり得ないって、そう思うんです」
先生はもう死んでいるから、先生の向こうの景色が透けて見える。先生を素通りしてきた太陽の光を浴びるのは、なんだか先生に抱きしめられているみたいでくすぐったい。
「楽しかったです、とっても。みんなと一緒にいられて良かった。先生と会えて良かった。あの事は、ただ運が悪かっただけ」
『強いんですね、木津さんは…』
「本当に強かったら、先生の幻覚なんて見ないと思いますけどね…」
そう言って、私は苦笑する。
「あ、先生、千里ちゃん〜」
と、そこに待ち人がやって来た。風浦さん。彼女はここの病院の患者だ。今では入院当初の事が信じられないぐらい元気になって、開放病棟に移されている。
「何話してたんですか、二人とも」
『あの頃の、2のへの事を少し……』
「ああ、楽しかったですよねぇ。マリアちゃんとか久藤君とか、みんな元気にしてるかな」
それから3人で他愛も無い昔話に興じた後、私は病院から帰ることにした。
『それじゃあ、お気をつけて、木津さん』
「千里ちゃん、またね」
「はい、先生も風浦さんもお元気で」
去り際に私は、先生にだけそっと小声で気になっていた事を尋ねてみた。
「実際、どうなんですか?一応、幻覚って事に私はしてるんですけど、やっぱりどこかでそう思えなくて。先生は本物の先生の幽霊なんですか?それともやっぱり、私が考えた通りの…」
『さあ、私自身にもよくわからないというのが本当のところです。ま、どちらにしろ幻のようなものですから、あまり大差はありませんよ』
「そうですか……」
『幻ですから、見る人がいなくなればそれでオシマイです。木津さんや風浦さんが私を必要としているから、たぶん私はここにいられるんです』
それから先生は、晴れ渡った空のずっと彼方の方を見て、つぶやく。
『だから、私の生徒はみんな私なんていなくてもやっていける、ちゃんとした人たちですから、きっともうそろそろです。私の役目が終わるのは…』
「先生……」
やがて道の向こうからゆっくりと姿を現したバスに、私は乗り込んだ。発車するバスの最後尾の席に座り、いつまでも私に向けて手を振り続ける風浦さんと先生に、手を振り返していた。
たぶん、きっとこれが最後になる。先生の姿を脳裏に刻みつけようと、いつまでも、いつまでも、手を振り続けた。