うたたね  
 
それは窓から差し込む日差しも暖かい、ある秋の日の事。可符香は先生を訪ねて宿直室にやって来た。  
「先生、いますか?」  
可符香の声に返事を返すものは無かった。少し迷って扉に手をかけた。鍵はかかっていない様子で、可符香は扉を開けて宿直室の中へと入った。  
「先生?」  
探していた人物を、可符香はすぐに見つけた。壁に寄りかかり、片手に読みかけの書類を持ったまま、先生はすぅすぅと安らかな寝息を立てていた。卓袱台の下では、そこに隠れていたらしいまといも眠りこけていた。  
可符香は扉を静かに閉めると、音を立てないように気をつけて先生に近寄った。真正面から顔を覗き込む。幸せそうな寝顔に、可符香の頬が緩む。  
少しだけ、イタズラ心が湧いた。  
カバンを置いて、先生の隣に。先生の肩にもたれかかるようにして座る。間近から見ても、本当に平和で幸せそうな寝顔。  
(先生、起きて、私に気付いたらどんな反応するかな?)  
くすくすと一人笑いながら、可符香は先生と腕を絡め、さらに密着する。そして目を閉じた。  
狸寝入りをして、先生の反応をこっそり楽しもうという魂胆だ。  
ひとしきり先生が騒いだところで、さも今目を覚ましたような顔をして、目なんかごしごし擦りながら「おはようございます、せんせい」と言うのだ。  
(でも、先生の体あったかいな……)  
着物越しに伝わるぬくもりに、いたずらの事も忘れて、ついついさらに先生に密着しようとしてしまう。  
(あったかい。気持ちいい…)  
体から力が抜けて、先生の顔に胸を埋める形になってしまう。  
(せんせい……)  
やがてその心地よさに流されるように、可符香の意識は眠りの底に落ちていった。  
 
 
(暖かいですね…)  
最初に意識したのはそれだった。心地よい暖かさにすがりつくように何度か姿勢を変え、それからようやく薄っすらと先生は目を明けた。  
「……ん…眠ってしまっていたようですね……って、えっ?」  
そして、自分に寄りかかるようにして、すやすやと寝息を立てる少女の存在に気付く。自分の胸に顔を埋めて、眠りこける少女の姿に。  
「……どうして」  
疑問は色々と湧いたが、ともかくこの状況はマズイ。別の場所にでも寝かせてやろうと、可符香の肩を持ち体を起こしてやる。  
思った以上に軽い少女の体は、貧弱な先生の腕でも軽がると動かせた。とりあえず壁にもたれ掛けさせたところで、先生は息を飲んだ。  
「………あ」  
可符香の寝顔に目を奪われた。教師とはいえ先生も一人の男、だというのに安心しきって眠る少女の幸せそうな顔から、先生は目が離せなくなった。  
もう一度、壁を背中に座る。可符香とぴったりくっつくようにして。そして、可符香の寝顔に魅入られたままの先生は………  
 
 
(あったかい…先生……)  
眠りの中からゆっくりと意識が浮上してきて、可符香の頭に最初に浮かび上がったのは夢見心地のその思考。  
しばらくその暖かさ、心地よさに身を任せている内にだんだんと正常な思考が戻ってきた。当初の目的を思い出す。  
「そうだ、先生は……」  
眠りに落ちる前と変わらずに聞こえる安らかな寝息。どうやらまだ先生は眠っているらしい。  
ほっと安心したところで、眠りに落ちる前との違和感に可符香は気付いた。  
先生の顔が近い。それに、この肩をやさしく包み込むあたたかさは……?  
「………ふあ!?」  
先生に肩を抱かれている自分に気がついた。  
ドキドキ、ドキドキと一気に高鳴る心臓。  
太陽はすっかり沈んで、秋の冷えた空気が部屋の中にまで入り込んできている。それだというのに、自分がいるこの場所はあんまりにもあたたかくて……。  
「先生…ずるいです……」  
いたずらは大失敗。先生に一本取られてしまった可符香は身動きもできず、ただぽーっとした表情で間近に見える先生の幸せそうな寝顔を見つめ続けるのだった。  
 
 

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