「まあ、それは大変でしたね」  
「ええ、うちのクラスの生徒たちときたらまったく…」  
夕闇の押し迫る住宅街の道を、先生と二人で歩く。他愛も無い話題に盛り上がり、互いに屈託の無い笑顔を浮かべて過ごす時間。  
だけど、先生は知らない。私が誰であるかを知らない。今、自分が話しかけている相手が、隣の女子大生なんかじゃなくて、自分の担当するクラスの生徒の一人、風浦可符香である事を知らない。  
最初はほんのイタズラのつもり。我ながら回りくどいやり方だと思った。だけど、それは時を重ねるうちに、私にとって欠かす事の出来ない大事なものになった。  
「…って、私の愚痴ばかりになってますね。すいません」  
なんて、バツが悪そうに先生はそう言うけれど、クラスで起こった出来事や、みんなの事を話している時の先生の顔は、本当に楽しそうだったことを私は知っている。  
先生がどれだけ自分の生徒達のことを、2のへのみんなの事を大好きなのか、私だけが知っている。  
「そんな事ないですよ。とても、楽しいお話でした」  
「そ、そうですか」  
微笑んだ私にドギマギと照れ笑いを返す先生。私だけが知っている先生の顔。 それを独り占めにできる幸せ。  
先生が笑って、私も笑う。ただ、それだけの事が嬉しい。  
私は千里ちゃんやまといちゃん、それに他のクラスのみんなのようには出来なかったから。  
まっすぐ先生に好意を伝える勇気も持てず、毎日の大騒ぎの中のからかいやイタズラに、そっと気持ちを忍び込ませる事しか出来なかったから。  
だから、先生の前で素直に笑える今の瞬間がたまらなく愛しかった。  
「…あ、あの…」  
先生が顔を赤くしながら手を差し出してきた。私はその意味がわからなくて、一瞬きょとんとする。  
「手を…握ってもかまいませんか?」  
今度は私が赤くなる。どう答えていいかわからないまま、おずおずと手の平を先生に重ねる。きゅっと手を握った。  
「………ありがとうございます」  
先生が私の手の平を握り返す。細い指が私の手の平をしっかりと掴んで、そこだけやたらと熱くなった私の体温と、先生の手の平のぬくもりが交じり合う。  
「……照れますね」  
「そう……ですね」  
それから二人、一言も発することが出来ないまま、ただ相手の手の平の感触にドキドキと胸を高鳴らせながら、先生の暮らす学校の宿直室までの道程を歩いた。  
ふわふわとどこかに飛んでいきそうな心と体、この時間がもう少しで終わってしまう事に一抹の寂しさを覚えながらも、私の心は幸せで満たされていた。  
 
だからだと思う。私は、これから私をどんな出来事が襲うのか、欠片も思い描く事が出来なかった。  
 
「それじゃあ、ここでお別れですね…」  
学校の手前までやって来て、名残惜しそうに先生は手を離した。私も、手の平から消えていく先生の温度を惜しむかのように、きゅっと手の握り締める。  
「お仕事、頑張ってくださいね……」  
「ええ、あなたも気をつけて帰ってくださいね」  
ひらひらと手を振る先生の子供っぽい仕草にくすりと笑いながら、私は先生と別れて歩き始めた。  
その時だった。  
「…………えっ!?」  
曲がり角の向こうから突然現れたトラック。つい先ほどまでの夢見心地を引きずっていた私は、それが何であるか理解することさえ出来なかった。  
「危ないっ!!!」  
先生の叫ぶ声が聞こえて、天地がひっくり返った。宙に舞った先生と私の体は、トラックにぶつかるより早く道路の端に叩きつけられていた。  
けたたましいクラクションを鳴らして通り過ぎていくトラックを、私は先生の腕の中から呆然と見ていた。  
「危なかった……」  
危機が去って、先生は体を起こしてトラックが去っていった道の先を見つめた。そして、私の方を振り返り、  
「大丈夫ですか?怪我してませんか?」  
そう私に問いかけたところで、先生の表情が固まった。  
「あなたは……」  
信じられないものでも見たかのような先生の顔。その顔に私の心もざわめいた。何か致命的な間違いが起こった。そんな感触が湧き上がる。  
「なんで、どうして、あなたが……!?」  
それは私の中でゆっくりと形を成し、そして明確な回答として浮かび上がってきた。  
頭に手をやる。自分にはお馴染みのショートの髪は、先生が知っている『隣の女子大生さん』の物とは違う。  
周囲を見れば、ほんの2,3メートル先に私が別の私になるために使っていた重要な変装道具、『隣の女子大生さん』のカツラが転がっている。  
「風浦さん……?」  
未だ半信半疑の思いが拭いきれない様子で尋ねた先生の言葉に、私はただ、うなずく事しか出来なかった。  
 
私を助けた先生は、足首に捻挫を負っていた。肩を貸そうとして私に「大丈夫ですから」とだけ言って、先生はよたよたと宿直室に歩いていく。  
さっき、二人で手をつないでいた時とは全く種類の違う、重苦しい沈黙が私たちを支配していた。いつもなら、すぐに出てくる先生への言葉、お得意のポジティブシンキングも今は私を助けてくれない。  
たどり着いた宿直室は真っ暗だった。先生は扉を開け、天井の明かりをつけて私を中に招き入れた。  
「交は今、実家の方にいるんです」  
つまりは、私や先生に代わってこの沈黙を破ってくれる人は、今はここにいないという事だ。  
「あそこの棚に救急箱があるはずです。お願いできますか」  
「はい」  
言われるがまま、棚の上の救急箱を手に取り、先生の横に座る。  
「後は自分で出来ますから、風浦さんは……」  
「いいです、やらせてください」  
私の言葉に、先生はそれ以上反論はしなかった。  
先生の捻挫した足首に湿布を貼って、包帯を巻いていく。お互い何も言わず、言い出せず、ただ包帯の立てるしゅるしゅるという音だけが部屋の中に聞こえていた。  
先生の手当てを終えてしまうと、今度こそ本当にどうしようもなくなった。  
私には何も言えない。何も出来ない。先生の顔を見ることも、ここから立ち去ってしまう勇気も今の私にはない。  
なぜなら、私は知っているからだ。『隣の女子大生さん』としての私に先生が見せてくれた言葉は、笑顔は、何一つ偽りの無いものだった。  
全てを偽りで包み隠して先生と接していた私には、いまさら何も出来ることなんてあるはずが無い。  
「驚きました……」  
ようやく、ポツリと漏らした先生の言葉に、私の体がビクンと強張る。うつむき、体を震わせる私に、先生は言葉を続ける。  
「あなただったんですか、最初っから全部…?」  
問いかける先生の言葉に、私は言葉を返せない。喉がカラカラに渇いて、出そうとしても声一つ出せない。  
「『隣の女子大生さん』なんていなかった。全てはあなたのお芝居だった……」  
淡々と喋る先生の口調が恐くて、思わず目をつぶった。逃げ出してしまいたかったけれど、ガクガクと震える足は私にそれを許してはくれない。  
これでもう、全部オシマイだ。そう思った。………だけど  
「今日、あなたが見せてくれた笑顔も、全部、嘘だったんですか?」  
先生のその言葉が、少し寂しそうな響きを帯びている事に気がついた。  
恐る恐る顔を上げた。目に入ったのは、こちらも恐る恐るの表情で私の様子を伺う、先生の顔だった。  
「あなたと話していると、とても楽しかった。時間を忘れました。あなたの笑顔を見るのがとても嬉しかった。本当に、嬉しかったんです。あなたは、どうだったんですか?」  
それは責め問う言葉ではない事に気付いた。それが先生の、臆病な心を奮い立たせてようやく紡ぎ出した言葉である事を、私はやっと理解した。  
心臓が鼓動を早め、血液が逆流する。早く答えようと心ばかりが焦り、いつもならすらすらと言葉を紡ぎ出すはずの私の舌は無様にもつれた。やっとの思いで、私はその言葉を口にした。  
「嘘じゃ……ない…」  
そして、胸を締め付けるような感覚に背中を押され、一気に言葉を吐き出す。  
「楽しかったです。嬉しかったです。先生といられて、話せて……とっても。全部、嘘じゃないですっ!!」  
私の言葉を聴いて、先生の顔がほっと安堵の表情を浮かべた。  
「……ありがとう…ございます……」  
しみじみと、嬉しそうに先生はつぶやいた。  
「不思議ですね。何となく、わかっていたような気もします。ずっと、見ていてくれたんですね、風浦さん………」  
それから先生は優しい笑顔を浮かべ、私の方を見ながら言った。  
「教室でのあなた、『隣の女子大生さん』として私に微笑んでくれたあなた……全てが繋がった今、ようやく私にもはっきりと言う事ができそうです」  
先生は一度目を閉じ、深く深呼吸してから、おそらくはありったけの想いと共にその言葉を私に投げかけた。  
「あなたが好きです」  
零れ落ちた一つの雫が波紋を広げるように、先生の言葉が私の世界の色彩を変えていく。  
「私も…好き…先生のことが大好きです……」  
意識するまでもなく、その言葉はごく自然に私の口から紡ぎ出された。  
先生の右手が私の右手を取って、私もごく自然に先生と指を絡めた。残った先生の左腕に抱き寄せられて、私の左腕も先生の背中をきゅっと抱きしめた。  
どちらからともなく、唇を重ねる。  
 
「……ん…んぅ…あ…せんせ……」  
「…風浦さん……」  
夢中で互いの唇を味わってから、名残を惜しみつつキスを終え、額をくっつけたまま互いの瞳を見つめあう。  
「恐かったんですよ、正直な話。あなたが私に見せてくれた顔が、全部意味の無いものだったんじゃないかって……。かなりビビりました」  
少し恨めしげな調子で言う先生に  
「いやだなぁ、終わり良ければですよ、先生……」  
「毎度の事ですが、反省がありませんね、あなたは…」  
いつもの調子で私がやり返す。ただそれだけの事が嬉しい。先生といられる時間が、自分にとってどれだけ大事なものなのかを実感する。  
「ねえ、先生……」  
なけなしの勇気を振り絞ってくれた先生に、今度は私が応える番だ。ドキドキと苦しいぐらいに脈打つ心臓は、きっとさっきの先生が味わったのと同じ感覚だ。  
ただ、自分の想いを言葉に託し、先生へと伝える。  
「先生と…ひとつになりたい……」  
先生は私の言葉に少し驚いて、だけど私から眼を逸らすことなく答えてくれた。  
「わかりました。私も…風浦さんが欲しい……」  
先生の腕で優しく畳の上に押し倒される。もう一度唇を重ねて、今度はより激しく、より強く相手の唇を、舌を、口腔内を味わう。  
「…ん……んくぅ…ん……ひうぅ!」  
上着の上から先生の指になぞられる。ただそれだけで、私の背中をゾクゾクという感触が駆け抜けていく。やがて先生の指先は上着の裾から、服の中へと入ってきた。  
「…あ…せんせ…の手……あつい…っ!」  
先生の細く繊細な指先が私のお腹をなぞり、胸元へと這い上がる。先生に触れられた部分はたとえようも無い熱をもって、ジンジンと私を熱くしていく。  
そして、私の乳首を先生の指先が撫でるように刺激した。鮮烈な感覚に、思わず漏れ出る声。  
「…ひゃ…ああっ…むねがぁっ!!」  
何度も何度も、焦らすかのように、先生は私の胸に微かな刺激を与え続けた。ひと撫でされるごとに私の理性が剥げ落ちて、だんだんと声が高くなっていく。  
「…すごいです…せんせ…わたし…きもちよくて……」  
乱れていく私に呼応するかのように、先生の呼吸も荒くなっていく。  
「…風浦さん…もっと…風浦さんの体に触れたい…」  
「…いいです…先生…先生の…好きなようにして……」  
私の言葉を受けて、先生が私の上着を胸の上まで捲り上げる。ブラジャーもずらされて、ピンと立った私の乳首や上気した肌が露になった。  
「…きれいです…風浦さん……」  
先生に裸を見られていること以上に、あまりに素直に発せられたその言葉が恥ずかしくて、嬉しすぎて、ただでさえ赤くなっていた私の顔にさらにカーッと血が上っていく。  
先生の手の平は露になった私の左の方の乳房を優しく揉みながら、人差し指で先端の突起を刺激し始めた。さらに、もう片方、右の方の乳房に先生はそっと口づけて……  
「…っひゃうぅうううううっ!!!!…ひあ…あ…せんせぇっっっ!!!!」  
先生の唇が、舌が私の乳首を思うままに弄ぶ。転がされ、突かれ、吸われて、そして満遍なく嘗め回される。  
怒涛のごとく押し寄せる快感の波に、私はただ翻弄され、声を上げる。  
「…ひっ…ああっ!!…わたしの…おっぱい…へんにぃ……っ!!」  
やがて先生の指先はショーツの中まで入ってきた。私の一番敏感な、一番大事な場所に先生の指が触れる。その瞬間、私の体がばね仕掛けのように、ビクンと震えた。  
浅い部分を優しく指先で刺激してから、さらに奥に入ってきてくちゅくちゅとかき混ぜられる。絶え間ない刺激に私のアソコからとめどなく恥ずかしい液体が溢れてしまう。  
「…あ…くぅうんっ…ふああっ…せんせい…わたしぃ…っ!!」  
「…ああっ…風浦さんっっ!!!」  
先生の指先で、体の奥の奥までとろとろに溶かされて、無我夢中のまま何度もキスをした。限界知らずに高まっていく熱が、私の最も原始的な衝動を突き動かす。  
「…せんせい…わたし…せんせいのが……ほしい……」  
荒い呼吸の合間に紡ぎ出した私の言葉に対して  
「…私もです…風浦さん……」  
先生は私のおでこにそっとキスをして、  
「…一緒になりましょう……」  
そう、答えてくれた。  
 
しゅるり、しゅるりと衣擦れの音と共に、私と先生は生まれたままの姿に近づいていく。華奢な体に、抜けるような白い肌、初めて見る先生の裸身に、声も無く見惚れていた。  
やがて、全ての服を脱ぎ終えて、先生と私は正面から向き合った。  
「…本当に、いいんですね…風浦さん……」  
「…先生はすぐそれだから……いまさらそんな事言いっこなしですよ…」  
「…はは、そうですね…」  
苦笑する先生。もう一度軽くキスを交わした後、先生は私の上に覆いかぶさり、私の大事な場所に自分のモノをあてがった。  
「……愛しています…風浦さん…」  
「…私も…大好きです……」  
わずかな言葉と、微笑でお互いの意思を確認する。  
そしてゆっくりと、先生は私の中へと挿入を開始した。  
「…っく…うあ…せんせぇ……」  
恐ろしいほどの熱を帯びた質量が、私の体を押し割って進入してくる。熱と、痛みと、そして大好きな人を受け入れる愛しさが私の中で渦を巻く。  
「…辛くないですか…?」  
「…思ったよりは…へーきです……だけど、先生のすごく熱くて……」  
ゆっくりと、私を気遣うかのように先生は腰を動かし始めた。その度に、私の体の奥を先生の熱がかき混ぜて、私は小さく悲鳴を上げる。  
「…あっ…ひうぅ…せんせ…せんせいぃいいいっ!!!!」  
「…くっ…風浦…さんっっ!!!」  
体の奥で熱が暴れるたびに、私はどんどん正気をうしなっていく。熱も痛みも愛しさも、先生の全てが欲しくなって、体が敏感に反応してしまう。  
激しさを増す動き。混ざり合う汗と唾液と体温。ただひたすらにお互いの事だけを求め続けて、いつしか先生と私の間の境界線すら溶けていくようだった。  
「…ああっ…せんせいっ…好きですっ…好きぃいいいいっ!!!!」  
「…風浦さんっ!!…風浦さんっっっ!!!!」  
泣いて、叫んで、一心不乱に体を交わらせ続ける。時間も、世界も意味をなくして、先生の事しか見えなくなっていく。  
火傷しそうに熱くなった互いの体を愛撫して、数え切れないほどのキスの雨を降らせて、受け止めて、体の奥を駆け抜ける稲妻に声を上げる。  
「…せんせいっ…わたし、もう……っ!!」  
「…風浦さん…私も…いきますっ!!」  
今までで一番強く突き上げられて、私の意識も一瞬宙に解き放たれる。そして押し寄せた登りつめていく感覚に、私は大きく声を上げた。  
「…あああああああっ!!!!!せんせいぃいいいっっっっっ!!!!!!!!!」  
先生の腕が、私を強く強く抱きしめた。私も必死で先生の背中にしがみつく。体の奥で先生の熱がはじけて、波打ち、私の中を満たしていくのを感じた。  
そして、全てを終えた先生と私は、ただ言葉も無く長い長いキスをしたのだった。  
 
一組の布団の中、思いっきり先生とくっつく。手をつなぎ指を絡めて、互いの存在を確かめ合う。横を見れば、先生も私と同じようにまだ寝付けない様子だ。  
「思えば、満開の桜の下で出会うなんて、きっとあれは運命だったんですね」  
「…まあ、あの時私は首を吊ってましたけど…」  
私の言葉に、先生は苦笑する。  
「そして、私がそれを助けた。ますますもって運命的じゃないですか」  
「いや、あれは助けられたというか……」  
そう、きっと、あれは運命。  
あの日から私は、先生から目が離せなくなって、騒いで、笑って、そして随分な遠回りをしてここにたどり着いた。  
ずいぶんと不器用なやり方しかできなかったけれど、そしてこれからも不器用に苦労するのだろうけれど……。  
湧き上がる気持ちを、確かめるために、伝えるために、私はもう一度先生に向けてその言葉を口にする。  
「大好きですよ、先生…」  
 
 

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