客の入っていない喫茶店の窓を覗き込むようにして、そこにぼんやりと映し出された自分の姿を見つめている。  
ブラウスの襟が曲がっていないか入念にチェックし、スカートの裾から覗くブーツの紐も、  
左右のバランスがとれているかを何度も確かめる。  
 
ふと、気がつくと、自分の後ろにいる晴美が腕時計を覗き込んでいる姿がガラスに映り、  
もう一度身だしなみを一通り確かめると回れ右をして晴美と向き合う形になった。  
「…やっぱり、パリッとスーツ姿できめたほうが良かったかな?」  
「へ? …って、もう着替える時間ないし。それに、こんな時はあんまり気合の入ってない格好の方がいいと思うよ。」  
一瞬、驚いたように顔を上げ、すぐに少し苦笑交じりの表情になった晴美が答えた。  
「千里、ひょっとして緊張してる?」  
「──ん。少しね。」  
伺うように小首をかしげた晴美に、千里はややそっけない口調で短く答えた。  
 
友達同士でさえ卒業と同時に疎遠になる事が多いというのに、相手が教師とあってはほとんど音信不通になるのも無理はない。  
千里は無意識に深呼吸を繰り返しながら、最後に見た先生の姿を思い出してみる。  
もう何年も前の記憶だが、幾度となく思い出していた映像だからだろう。  
姿や声までもが、まだ鮮明に記憶の中から呼び出す事ができた。  
自分達を見送る先生の笑顔は、クラス全員に向けられたものだと分かってはいるのだが、  
都合のいい自分の脳が改ざんでもしたかのように、自分に向けて微笑んでくれているように思えてしまう。  
 
記憶の中の先生の姿にいつの間にか微笑み返していたのだろう。  
笑顔を浮かべていた千里に、晴美は少し困った笑みを浮かべて口を開く。  
「千里、大丈夫? ちゃんと言える?」  
「──は? 大丈夫よ、子供じゃないんだから。きっちりと、伝える事は伝えるわ。」  
おさまらない心臓の鼓動を誤魔化そうとするかのように、千里は、整った顔にちょっと強気な笑みを浮かべて晴美に返した。  
「……先生、変わってないといいね。」  
暮れかけてきた空と千里の顔を交互に眺め、微笑む晴美に、  
千里は羽織ったジャケットの袖を整えながら自分も空を眺めてみる。  
「変わってないわよ。きっと。」  
オレンジ色に染まって行く空に、商店街の方から夕方を知らせるメロディが漂いはじめる。  
少し音の割れたスピーカーから流れる曲に懐かしそうに耳を傾けながら、二人は並んで歩き始めた。  
 
 
「いたいた、先生ー!! お久しぶりですー!!」  
軽快に手を振って知らせながら、晴美の声が人通りもまばらな路上に響いた。  
交差点のそばにある街路灯の支柱に背を預けながら、  
先生は一人、手に持った案内状の紙切れを所存なげにひらひらとさせていた。  
「ああ、藤吉さん。お久しぶりですね。お元気そうで何よりです。」  
晴美に気がついた先生は、案内状を懐にしまいながら体ごと向き直り、軽く会釈をしながら晴美の方へと歩み寄ってゆく。  
「うわー…… 先生、ぜんっぜん変わってないですねー……」  
しげしげと自分の全身を眺めながらそんな事を呟く晴美に、先生は戸惑った表情を浮かべながらも  
特に何も言わず、一つ咳払いをしてみせる。  
「藤吉さんも、お変わりなく…… それで。えー……」  
語尾を引きながら軽く周囲を見回し、不思議そうな顔になった先生を見て、晴美は満足げな笑みを浮かべた。  
「…皆さんはどちらに? 先に、お店の方へ集まってみえるのでしょうか?」  
「へっへっへ ──じつは! 今日は先生を驚かそうと思って──」  
わざとなのか、変な笑い声を上げながら、晴美は両手を横に広げて一度言葉を切った。  
訝しむ先生にニヤリと笑ってみせると、その先を言葉に出す。  
「みんなは呼んでいませんでしたー!!」  
 
「えええええ!?」  
唖然と口を開いて声を上げる先生に、晴美は広げていた両手を後ろ手に組んで、  
やはりニヤニヤした笑みを浮かべたまましれっとした口調で告げる。  
「驚きました? サプライズ同窓会。」  
「いやそれ、サプライズになってないでしょう!? 同窓会を開いていないんじゃ!」  
予想もしていなかったのだろう。泡を食ったような表情の先生に、晴美はクスッと短く笑ってみせた。  
「そうですよねー。でもまあ、プチ同窓会って言うか……   
実は、どうしても先生に会って話したいって人がいるって事なんですけど──」  
意味ありげな視線を横に向ける晴美につられるように、先生も顔を横に向ける。  
 
十歩ほど離れたところにある街路樹の下。  
こちらに背を向けて佇んでいたロングヘアーの女性がそっと振り向いた。  
「……!? 木津……さん……ですか?」  
驚いた顔で尋ねる先生に、千里は軽く会釈をしてみせると、少しうつむき加減のままヒールの音を鳴らして先生の前へと歩いてくる。  
「……お久しぶりです。先生。」  
立ち止まり、再び会釈してみせる千里に、先生は戸惑ったように袖口をいじりながら、慌てて会釈を返した。  
「あ、はい、お久しぶりですね。……本当に。」  
目をそらし、そわそわと落ち着きない様子で次の言葉に詰まっている様子に、  
千里は少し肩をすくめる仕草をみせて両方の手の平を差し出して見せた。  
「大丈夫ですよ。今日は、スコップも包丁も持っていませんから。」  
「そ、そうですか。……あ、いえ! そうではなくて。」  
何も持っていない白い手の平を差し出され、先生は困り顔で頬を掻きながら苦笑を浮かべた。  
千里はゆっくりと手を下ろし、相変わらず視線をそらしたままの先生の顔を見つめ、意を決したように口を開きかける。  
「あ、あの、私……」  
だが、少し裏返った自分の声に焦ったのか、口を開いたまま頬を赤くしてそこで言い淀んでしまったようだった。  
 
落ち着きなく目をそらしたままの先生と、その先生を正面に見据えたまま言葉を続けられない千里の姿に、  
晴美は小さく苦笑を浮べて溜め息をつくと、そっと千里の背中に手を伸ばして声をかけようとする。  
「ほら、千……」  
「木津さん!!」  
晴美の手が届くかどうかという所で、突如、何かスイッチでも入ったかのように  
先生が千里の顔を正面からひたりと見据えて真剣な表情を浮かべた。  
急に目の前に近づいた先生の顔に、千里は目を見開いて硬直してしまい、その後ろで晴美も完全に動きが止まってしまっている。  
千里の顔をその眼鏡の奥の瞳に映し、一度唇を噛みしめるように強く結ぶと、そっと口を開いた。  
「申し訳なかったと思っていました。あなたが私の生徒だった頃、ずっと、あなたから逃げ回っていただけでしたから。  
あなたが自分を見失って暴走してしまった時も止めもせず…… 思えば、ひどい言葉も何度も浴びせた事もありました……」  
「な…… 何言っているんですか先生!」  
頬に血を上らせ、千里は慌てて首を左右に振って見せた。  
「それは、私の方が……! 原因が自分にあるって事くらい…… まあ、当時は分かっていませんでしたけど。  
でも、今はそれが分からない程子供じゃなくなりましたから!」  
勢い良く首を振って先生の言葉を否定し、千里は紅潮させた顔のまま、少しむくれたように唇を曲げる。  
頭を振った勢いで乱れた前髪を、無意識に元通りに撫で付けている千里の姿に、先生は安心したように微笑んだ。  
 
「…そんなに変わったように見えないのは、きっと私が、学生だった頃の木津さんを今のあなたの中に見つけようとしているからでしょうね。  
それ以外のあなたを私は知らない訳ですから。」  
柔らかく微笑んで、先生は肩の力を抜いてみせる。  
「確かに大人に…… 綺麗に、なりましたね。」  
「う、な!?」  
冗談を言っている様子もなく、真顔で告げて微笑む先生に、千里は完全に真っ赤になって変なうめき声を口から漏らしてしまった。  
 
二人の側、すっかりと蚊帳の外に取り残された感じになった晴美は、視線のやり場に困ったように目を泳がせながら一歩後ずさった。  
そんな晴美の様子も目に入らないらしく、先生は千里を見据えたまま言葉を続けてゆく。  
 
「あなたが卒業してから、正直、ほっとした気持ちがあったのですよ。  
授業中に後ろを振り返ると、座っているクラス全員の中、木津さんはいかなる時にも正面を向いて授業を受けていましたでしょう?  
…私が黒板を向いている時でも、きっとあなたは視線をそらす事はないんだな、と。常に私自身、妙な緊張感をもってしまっていたんですよ。」  
「それは…… 授業は余所見なんかしないで、きっちりと受けるのが当たり前でしょう?」  
まだ赤い顔のまま、千里はやや戸惑いながらもしっかりと返事を返した。  
先生は笑ってうなずき、言葉を選んでいるかのように一瞬沈黙し、再び口を開いた。  
 
「私の性格が性格ですから、正面からはとても向き合えなかったのです。いつも目をそらして、あなたをちゃんと見た事は無かった。  
…それを、後悔していました。……卒業して、もういないはずのあなたを、今のクラスの中に探してしまっているんです。  
いない事はわかりきっているはずでも、出席簿を持って名前を呼べばあなたが返事をする気がして。」  
段々と気が高ぶってしまっているのだろう。先生の口調は少しずつ速まり続け、いつの間にか垂れ下った両の拳は強く握りしめられている。  
「今はもう、悔やんでばかりです。なぜ、あなたとしっかり向き合わなかったのだろう。なぜ、ちゃんと見なかったのだろうと!   
そうすれば…… そうすれば、もっと早く気がついたはずなのにと! ──几帳面で、しつこくて、私の言う事言う事にいちいち口を挟んで、  
口うるさい厄介な子としか思っていなかったというのに。……あなたが居なくなってからは、何をしても全部空回りしているようにしか思えなくて。  
……私がいつも、バカな事を言った時、真面目に聞いてくれて、時には賛同してくれて。間違っている事を流さずに正してくれて、  
傷付けてしまう事も、行き過ぎてしまう事も── 全部、私に正面から向き合ってくれていたあなたが居ない事に…… 気がついて……」  
苦しそうに、臓腑の中から絞り出すように一気に告げた先生の顔からはいつしか笑みが消え落ちてしまっていた。  
そして鋭く息を吸い込むと、今度はゆっくりと、口を動かす。  
「あなたに、傍にいてほしいと… そればかりを考えるようになっていました。  
……一緒にいてほしい。あなたと一緒に生きて行きたい、と。私は──」  
凍えているように口と拳を震わせ、何かに脅えているかのような表情で、それでも目をそらさず、先生は千里を見つめていた。  
 
ただ呆然と、その言葉を聞いていた千里の表情が緩んだ。  
半開きだった口と見開いていた目は、ゆっくりと笑みの形に移って行き、頬が桜色に火照り出し──  
そのまま、切れ長の瞳から涙が溢れ出し、あっという間に頬を伝って落ちてゆく。  
 
千里の顔から笑顔が崩れた。  
目を閉じ、唇を激しく歪めてうつむく。  
こぼれた涙が次々と滴を作り、足元に落ちてアスファルトに弾かれ、散っていった。  
鳴らない笛を無理に吹いた時のような、嗚咽とも悲鳴ともつかない声が千里の喉から漏れ──  
次の瞬間、千里は踵を返し、先生に背中を向けて駈け出していた。  
「木津さん!?」  
一瞬遅れて差し出した先生の手はもちろん届かず、ヒールの硬い音を鳴らして走り、  
その姿はあっという間に路地を曲がって見えなくなってしまった。  
 
ほとんど人通りのなくなってきた路上で、いままで千里がいた場所に手を伸ばした姿勢のまま、先生は硬直してしまっていた。  
差し伸べた腕を下ろす事も忘れ、千里の走り去った方向を呆然と見つめている。  
「……せ ……先生……!」  
かけられた声の方向に顔を向けると、声の主、二人のやりとりをじっと見守っていた晴美が、顔色を真っ青にして佇んでいた。  
「藤吉さ……」  
「ごめん! 先生! ごめんなさい!! こんな…… こんな……!」  
血の気の引いた顔で唇をわなわなと震わせながら、晴美は今にも泣きそうな声を張り上げた。  
その様子に動揺を隠しきれず、先生は焦った顔で晴美の側へと歩みよる。  
「藤吉さん、木津さんは……」  
「ごめん…… 先生…… 実は、千里… 結婚を決めたの。今日、それを先生に、報告したいって……」  
             
一瞬、晴美の言う事が理解できないという様な顔を見せ──  
次の瞬間、先生は全身から血の気が引いてゆくのを、自分自身で感じとっていた。  
膝の力が抜け、地面に崩れ落ちそうになりながら、刹那、脳裏に先ほどの千里の顔がかすめ、ふらつきながらなんとか留まったようだった。  
蒼白になった顔色の先生を見て、晴美は泣きそうになるのを必死でこらえているように、しゃくりあげる声で言葉を続ける。  
「さいごに、先生に会って…… それでもう、ふっ切りたい、って…… さいごに、いい思い出に、なればと、おも……って… 私……」  
どんどんと語尾が縮んでゆく晴美の言葉を最後まで待たず、先生は地面を蹴り、走り出していた。  
 
 
どこをどう走ったのか。  
千里の姿を求めて、そう広くは無い商店街の路地を駆け回り──  
程なくして見つけた千里の後ろ姿に、先生は足を止めた。  
 
交差する路地の中心にある小さな噴水。  
申し訳程度の勢いで吹き出している水は、壊れているのか全体の半分ほどからしか吹き出しておらず、  
錆びかけた剥き出しのノズルが本来の役目を果たせずに休んでいるようにもみえた。  
小さな水音を立てる噴水を横にし、千里は閉店の準備をしていく幾つもの商店を眺めているようだった。  
 
その背中へとゆっくりと歩み寄る先生に気がついたのだろう。  
千里は自分の肩越しにチラリと振り返ると小さく微笑んでみせ、再び視線を前に戻した。  
先生の足が止まると、千里は背中を向けたまま口を開く。  
「変わっていませんね。この商店街は。…学生の頃はよく足を運んだのに、今は、足を運ぶ機会も用事も無くなってしまいました。」  
懐かしそうに話しながら振り返り、赤くなった目を笑みの形にして、笑顔を作ってみせる。  
「安心できますね。変わっていませんでしたから ──先生も、この町も。」  
明るい声で喋る千里に、先生はうなだれて力無く首を左右に振った。  
 
「晴美から聞きました? 私の事。」  
ぽつりとした千里の問いかけに、先生は小さくうなずく。  
「……どうしようもないチキンで、間の悪いまま、でしたね、私は。また、木津さんをこんな事に──」  
「やめてよ!」  
鋭い声を上げて先生の言葉を制し、千里は怒ったような顔をし、でも泣きそうに声を震わせながら先生の顔を見つめる。  
「だって、そんな先生だから、私は…… 私は……っ!」  
興奮して、再び赤くした目に涙を溜め、そこまで言いかけた所で口を閉じ、千里は唇をきつく結んで黙ってしまった。  
 
離れた場所から、店のシャッターを閉じる音が聞えてくる。  
少しずつ静かになってゆく町は、今日一日を終えて体を休めようとしている様子にも思える。  
「……私、今、幸せですよ。もうすぐ、素敵な教会で式をあげて、ブーケを投げて…… いま、新居を探してまわっているんです。  
──彼がちょっと、のほほーんとしている人だから、その分私がきっちり段取りをとって、動き回って……」  
明るい声で先生に話しながら、一瞬、喉を詰まらせたようになり、千里はぐっと喉を鳴らすと、柔らかい声で先を続ける。  
 
「彼、ちょっとトロくて、頼りなげで、気が弱くて、優柔不断で…… でも、とても……とても優しい人です。  
この人には、私がついていないとって、いつも……思って…… 私がしっかり見ていてあげないと、って……!   
そして、私が、この人を、きっちり幸せにしてあげないと! そう思って…… 仕事から帰ったら、私が毎日玄関で迎えてあげて、  
手作りの夕食を用意して、朝はしっかり糊のきいたシャツを用意して起こしてあげて、いってらっしゃい……って手を振って……   
そんな毎日を、一緒に、ずっと一緒に…… 居たいと…… 思って………… い…… るんです。」  
いつのまにか千里の声は嗚咽に変わり、止まっていた涙がぽろぽろと珠の滴となって頬を落ちてゆく。  
 
先生は、自分の目に映る千里の姿が次第に滲み、ぼやけてしまっている事に気がつき、そこで初めて頬から伝い落ちる冷たい物に気がついて袖で拭い取る。  
戻った視界に、しゃくりあげ続ける千里の姿が映った。  
先生は足を踏み出し、両手を大きく広げて千里を抱きしめようとしたが、それに気がついた千里が驚き、おびえるように身を竦ませる。  
もう少しで、千里の肩に手が触れる。  
そんな場所で、先生の腕は凍りついたように止まった。  
           
              
二人、その姿勢のまま、たっぷり10は数えただろうか。千里はうつむき、一歩、後ろに踏み出して先生の腕の中から出てしまった。  
伸ばされていた腕をゆっくりと戻し、先生は自分をあざ笑うかのように、皮肉っぽい笑みを浮かべる。  
「馬鹿ですね、私は…… どうしようもなく……」  
シニカルな笑みを顔に浮かべたままだが、それはなぜか、泣くのを我慢している子供がいるようにしか見えなかった。  
「そんな馬鹿な私の側にあなたが居てくれた事…… あなたが居てくれた時間は、本当にかけがえのない物だったのだと……  
 どうして私はいつも後になってから気がつくのでしょう…… どうして今、こんなに、胸が、焼け付くように痛むのでしょう……」  
 
先生の言葉を聞きながら、千里は自身の胸に手をあてた。  
その中で熱く焼けるように痛む物を押さえつけるように、強く、手の平を押し付ける。  
「……先生。私、幸せになります。絶対に! ……私の、運命の人は先生じゃなかった ……だから!」  
千里は唇を噛み締める先生を、いつもの強気な視線で見上げた。  
「だから、先生も、ちゃんと誰かを好きになって……! そして、きっちりと幸せと言えるようになってください!  
 くよくよ生きていたりしたら、私がスコップ持って埋めにきますからね……!」  
その言葉に、ようやく先生も表情をほぐし、少し無理をした笑顔を見せようとしていた。  
そんな先生に、千里は小首をかしげて微笑んでみせる。  
 
「……私、先生の生徒でよかったです。先生のクラスで、楽しかったです。」  
「私も、あなたが私のクラスに居てくれて、良かったですよ……」  
間を置かずに答えた先生に千里は嬉しそうに笑い、そして、ふっ、と真面目な表情を浮かべた。  
「先生…… 変わらないで下さいね ……ずっと ……ずっと ……私が好きだった先生のまま…… あの頃のままの先生でいて下さい。」  
無言のまま、しかし、しっかりと千里の瞳を見つめて、先生は頷いた。  
安堵したように優しい笑みを浮かべ、千里の瞳から滴が零れ落ちる。  
何かに耐えるように顔をくしゃりと歪ませ、千里は大きく息を吸い込んで空を仰いで口を開ける。  
 
「先生のばかあぁーーーっっ!!」  
千里の声が夜空へと響き渡り、それは暗い空へと吸い込まれるように消えていった。  
 
いつも間にか商店街の明かりは消え、街路灯の灯りだけとなっていた。  
水音を立て続けていた噴水の勢いが落ちて行き、やがて今日の仕事は終えたとでも言いたそうに止まる。  
 
急に静かになった噴水のそばで、二人は立ち尽くしたまま、泣きそうな微笑みを浮かべて、いつまでも見つめ合っていた。  
 
 
 
 
 
 

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