夕餉の我が家  
 
小森ねーちゃんがお肉の入った鍋の中にタマネギとセロリを入れる。  
オタマで鍋の中のドロってした物をすくって取り出す。  
「小森のねーちゃん もぉ昼飯作ってんだ?」  
「違うよ。これは晩ご飯だよ? 交クン」  
「晩飯って?なに言ってんだよ。まだお昼前だぜ」  
「じっくり煮込んどいて、寝かせてから食べると美味しいんだヨ」  
「ふーん。 寝かせる? って? 何をだ?」  
「ビーフシチューだよ」  
「今から作っておくと先生が帰る頃には、美味しくなってるんだぁ」  
ちぇっ。オレじゃなくってノゾムのヤツのため?  
ねーちゃん、朝からノゾムの晩ごはん作ってやってんのか?  
 
「寒っ」校門を出るなり頬に北風が冷たく吹きつけます。  
木枯らしの季節を過ぎると外套だけでは寒さがしのげません。  
仕方ないですね、もう初冬ですから。  
なにか暖かい防寒洋品でも買って帰りましょうか。  
と、思って商店街を歩いてみたところで挿しあたっては頃合の品物が見当たりません。  
「おや?」  
ふと前方にすごい人だかりですね。 なんなんです?この行列は?  
「知らないの兄ぃちゃん?大人気のロールケーキ屋だよ。今日の分はあと僅かなんだって」  
「そおなんですか?」これはいいタイミングで通りがかりました。  
どれ私も行列に参加しましょうか。  
美味しい物でも買って帰れば交と霧さんも喜ぶでしょうね。  
私の番まで残っているといいのですが・・・。  
 
クンクン。なにやらいい匂いがしてきます。 宿直室からですね。  
「ただいまぁ」  
引戸を引くと交が走って出てきました。  
「遅いぞ。ノゾム!」  
「また帰りにパチンコ寄ってたんだろっ。このボケ」  
「こらっ交!! なんて言葉使いですか!」  
「っるせぇよ」  フテっ腐れた不満顔で交が私を睨みます。  
反抗期が始まるにしてはまだ早いですが、  
最近の交は私に対してかなり反抗的で困ったものです。  
「はい交。お土産だよ」  
「わぁ。これ両口屋のロールケーキじゃん? 気がきくなノゾム。  
・・・ってオレにはそんな子供だまし通じないぜ!!」  
 
交っ!! 言うことにこと欠いてなんて外道な言いぐさですか!!  
しかしここのところ随分と交に嫌われてるようですね。  
 
「へぇ〜お土産あるんだぁ。嬉しいなぁ」  
奥から霧さんが出てきて少し空気が丸くなりました。  
そこに、交の怒りが一気に爆発します。  
「オマエが帰るまで、ご飯待っててやったんだぞ」  
「それは、それは・・・」   
そうだったんですか交。それでは私が疎まれても仕方ありませんね。  
「ねーちゃんはなんてなぁ、今日は朝からオマエのためにご飯作って待ってんだぜ」  
えっ? そうなんですか?   
このいい匂いの食事は霧さんが朝から作ってくれてたんですか?  
「いいのよぉ。交クン。ビーフシチューは朝から作らないと美味しくないもん」  
「それにあたしには先生のご飯作るくらいしかしてあげられることないから」  
「それより先生。はい着替え。早く着替えてきて」  
「あっ。どうも。すみませんね」  
霧さんは綺麗にたたまれた着物を渡してくれました。  
隣室で着替えをしていると食器の音や霧さんと交の楽しそうな会話が聞こえます。  
「じゃあ交クン。お皿はそこの使おっか。並べてね」  
「はぃよ」  
「冷蔵庫のお漬物出して」  
「うん」  
 
「おまたせ〜」  
コタツに座るとすっかり食事の用意が整っています。  
「いただきまぁ〜す」  
 
「うっめ〜な!!」  
「確かに。美味しいですね・・・」  
「あったりめ〜だろ。朝から作って、ノゾムが帰るまで寝かせてあんだぜ」  
「そんな凝った調理をされたんですか?   
いやぁ 幸せですね。 お陰でこんな美味しいものが戴けます」  
今まで考えたこともありませんでしたが、霧さんは毎日、交と私のために  
食事を作ってくれたり、着物に糊付けまでしてくれたり、してくれてたんですね・・・  
ありがたいです。霧さん。 ああ、もう、胸がジンときますよ。  
それに何ですか? この途方もないホノボノとした雰囲気は!?  
まるで、サザエさんじゃないですか?   
とすれば、霧さんが私の細君?   いや、いや・・・   
糸色家の格式ある家訓にのっとれば霧さんを細君に娶ることは不可能です。  
とすれば、なんてことだ? 霧さんは我が愛人ではないか?   
 
なんてことだ!!  絶望した!!  
細君を娶る前に既に愛人を囲っている自分に絶望した!!  
 
「ノゾム何 ボヤってしてるんだよ?」  
「なんかあったのぉ?」  
「いいえ。なんでもありませんよ・・・」  
「ふ〜んん? ねーちゃん。お代わりくれ」  
「まだいっぱいあるからたくさん食べてね」  
「あっ。私もお代わり。 戴けないでしょうか?」  
「はぁ〜い」  
霧さんがシチューをよそおうまで箸休めの奈良漬を戴きます。  
ポリポリ。  
霧さんさえ愛人で納得してくださればこのまま妻を娶らず。  
このまま三人で暮らしていくのも悪くないですね。  
 
「今日な、ねーちゃんと、これ、やったんだぜ」  
交が床に置いてある子供向けの学習本を持ち上げたとき、  
バランスを崩た交の肩がシチューのお皿に当たりました。  
はずみで皿に残っていたシチューがこぼれて霧さんの毛布にかかります。  
「きゃっ」  
「わっ。ねーちゃん ゴメン」  
霧さんは台所に毛布を洗い流しに行きました。  
「取れないね」 クスン。  
ジャージ姿でコタツに戻ってきましたが、  
霧さんは羽織る物がないと落ち着かない様子でソワソワしていました。  
 
「毛布の代わりに私の外套を羽織ってくだい」  
私は掛けてある外套を霧さんの肩に掛けてやりました。  
外套の襟元を頭にまでもっていき、いつものように体全体を覆おうとしている霧さんを制します。  
「先ほどジャージ姿まで晒してしまったんですから、なにも頭から被らなくても  
いいでしょうに」  
「ん?」  
「外套なんですから、せめて肩から被って下さい」  
「頑張ってみよかな」  
 
食事が終わって交と私はテレビを観ます。  
番組は旅番組か何かで画面には映像はSLが山間を走っています。  
「なんだあれ?変わった電車だな」  
「あれはSLと言う乗り物ですよ」  
 
「エスエル?」  
「機関車のことだよ〜」  
霧さんがロールケーキを切り分けて言いました。  
「機関車は電気で動く電車と違って石炭を燃やして走るんですよ」  
「カッコいいな〜 オレ乗りたい!! 機関車乗りに連れてけよ〜」  
「いやですよ。機関車は静岡まで行かないと乗れないんですよ!」  
画面から目を反らして評判が良いらしきロールケーキを口に放り込みます。  
「遠すぎます!! 休みはの日は部屋でダラっとしてたいのです!」  
「つまんね〜な・・・」  
交はフォークを口に咥えながらテレビの画面に釘付けでした。  
 
霧さんが洗い物を始めにコタツから離れます。  
「そろそろお風呂にしますか・・・」  
「あっ。沸かしてあるから」  
「そうですか。では交、行きますよ」  
「え〜っ。 もっと機関車見せろよ〜」  
「ダメです!! 朝起きれなくなるから!!」  
「ちぇっ!! わかったよっ!」  
交は駄々をこねても結局最後には納得する聞き分けのいい子供です。  
実の親でない私に気を遣っているのでしょうか。 可哀相な気もします。  
2人で一緒に風呂桶につかります。  
「ぷぎゃ〜」  
ゾウさんジョウロで交の頭にお湯を掛けたり、小さい体を洗ってやったり・・・。  
私にとって交との入浴は楽しい時間なのです。  
 
交を寝かせつけて部屋に戻ると霧さんがコタツで何かやってます。  
コタツの上には黄色い毛糸が積んであります。 編み物ですか?  
「何を作ってるんです?」  
「マフラだよ」  
「マフラーですか。嬉しいですね〜。でも黄色って少し派手すぎませんかね?  
できれば黒とかグレーとかの方が有難いんですよね〜」  
コタツの上に置いてある番茶を戴きながら霧さんに難癖をつけました。  
「これ先生のじゃないよ。 交クンのマフラなんだ」  
「えっ? 私のマフラーじゃないんですか? 私にはマフラーないんですか?!」  
霧さんは何かひらめいた顔をして少し意地悪そうに微笑んでいます。  
「交クン。機関車に乗りたいって言ってたょね」  
霧さんは編み物の手を休めず喋ります。  
「今月たしか連休があったね」  
「・・・分かりましたよ。連れて行きますよSL」  
霧さんが微笑みます。  
 
「先生のマフラ。色は何色にしよっか?」  
私にも編んでくれるんですね。ありがとうございます。  
交の機嫌取りと交換とは少し面白くありませんが。  
私も霧さんにマフラーを編んで戴けるなら安いもんですよ。交のご機嫌取りくらい。  
「色ですか? じゃあ、無難に黒で・・・」  
私の言葉など聞こえないフリで霧さんは被っている外套に色んな色の毛糸を  
当てながら言いました。  
「先生のコートが黒だからぁ、合わせるマフラは白なんてどぉ?」  
「白ですか・・・? 似合いますかね??」  
「うん」  
「じゃあ白でお願いします」  
 
またまた手のひらで転がされてしましました。  
そかしその感覚がまた気楽で、またなんとも心地いいんです。  
ただの甘えですかね・・・。 申し訳なくも思ってますが。  
この先もずっと、私は霧さんが居ないと生きていけないでしょう。  
贅沢でワガママなのは承知です。霧さん。ずっとこのまま私のそばに居てください。  
私の帰る場所も、落ち着く場所も、貴女がいるこの部屋なのです。  
 
気がつくと私は編み物をしている霧さんの外套を強く握っていました。  
霧さんは私の様子がおかしいのに気がつかないフリをしているようです。  
「お茶入れよっか?」  
「いえ・・・。動かないで座ってて下さい」  
本心を晒したことはありませんが、私は不謹慎にも、  
貴女を自分一人だけで独占して、貴方に自分だけを見ていて欲しくて、  
そうやって、このままずっと生きていけたらと願っています。  
貴女が消えて居なくなってしまうのが何より怖いんです。  
私はいい年して自分の想いすら口に出せない臆病な男。  
貴女を覆う布を握っているのがやっとなんですか・・・・  
わかってください。  
これが不器用な男の精一杯な愛情表現なのです。  
 
霧さんに触れ、抱きしめ、胸に抱き寄せたい。  
私は思い切って霧さんの肩に腕を伸ばしました。  
 
けれど肩に触れる寸前で手のひらを握り締め、自分を抑えました。  
 
――― 理想的な恋愛とは、相手から愛し返されることなく愛することである ―――   
「アンリ・ミヨン・ド・モンテルラン」  
私は無理やり自分を納得させました。  
 
仮にも私は聖職にある身。  
受け持ちの生徒に愛を打ち明けるなんてできません。  
自分の葛藤を押し殺して何食わぬ顔をしてみせました。  
「そろそろお風呂入らないとお湯冷めちゃいますよ」  
「んん・・・。もう少し編んでから。  
連休までに先生のマフラも編んじゃいたいんだ」  
 
霧さんの言葉で、私の耐えていた物が一気に崩れました。  
耐えられず私は霧さんを抱きしめた。  
 
――― もっとも素晴らしい恋は自分でも気づかない恋愛である ―――   
「レオ・ニコライェヴィチ・トルストイ」  
 
 
「恋に落ちていた自分に気がつきませんでした」  
 
編み物をコタツに置いて霧さんが私の腕に手を重ねます。  
初めて至近距離で見つめ合いました。  
 
「キス。していいですか?」  
 
霧さの頬に口づけをしました。  
そのまま抱きしめたままずっとストーブの燃える音を聞いていました。  
 
暖かい気持に包まれながら・・・。  
 
 
おしまい。  
 
 

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