うちの先生はモテる。
「先生っ!!」
「せんせ〜」
「先生…」
「先生ぇっ!!」
すぐに『絶望したっ!!』と叫んでは、騒ぎを起こす先生に呆れながらも、
2のへのクラスの生徒たちはなんだかんだで先生の事が大好きだった。
そして、先生の事を恋い慕う女子生徒も相当数、潜在的なものまで数えるとどれだけいることやら。
先生の周りには、そんな女子生徒たちが今日も集まり輪を成している。
ただし、相手は2のへの誇る絶望少女ばかり、相手をする先生がただで済む道理はない。
「うなっ!うなっ!!うなあああああっ!!!」
「ちょ…木津さんっ!!…落ち着いてっ、落ち着いてくださいぃっ!!!!」
ブンッ!!
スコップが風を切る音が頭上を掠める。
首を引っ込め、命からがらそれをかわした所にもう一撃、涙目の先生はほとんど転がるようにして逃げる。
スコップを振るう千里の目は完全にすわっており、的確なスコップ攻撃は確実に先生を追い詰める。
そもそものきっかけは、先生を巡ってまといと霧が争い始めた事だった。
いつになく熱烈なアプローチを先生に仕掛けてきたまとい。
そこに、どうやら今日は教室のロッカーに引きこもっていた霧が飛び出した。
二人に両袖を引っ張られて困り果てていた先生が、刺すような視線を感じて振り返った先に彼女はいた。
憤怒の表情を浮かべた千里が、片手に持ったスコップをビュンッと一薙ぎ。
そこからはもう、いつも通りの大騒ぎだ。
ふざけ半分のマリアのドロップキックを食らって吹っ飛んだり、
やみくもに謝る愛がぺこりと下げた石頭が後頭部に直撃したり、
その他、先生に恋心を抱く女子生徒たちがやんやと参加して、先生はあっという間にズタボロになった。
そして今もまた、迫りくるスコップを、かわして、かわして、かわして、かわして………
だけど、そこで先生はひとつの違和感を感じる。
いつもなら、こういう騒ぎには必ず首を突っ込んでくるあの人物がいない。
偏ったポジティブ思考で事態をより致命的な方向に運ぶ少女、
人の心の隙に付け入り場をかき乱す彼女の姿がここには見当たらない。
「……風浦さん?」
教室中に視線を走らせる。
いた。
教室の、後ろの出入り口の扉に背中を預けて彼女はどこか遠くを見ていた。
そこでまた先生は違和感を感じる。
彼女の表情、彼女の顔にいつも浮かんでいるあの笑顔が見られない。
そのかわり、ぼんやりと遠くを見るその表情は、なぜか少しだけ不機嫌そうに見えた。
それは、まるで子供が拗ねているようで…
「………あ」
ふと、彼女の視線がこちらを向いた。
二人の視線が交差する。
先生はその視線から目が離せなくなって……
「うぅなぁああああああああああああっ!!!!!!!!!」
結局、それが先生の命運を決めた。
先生が目を奪われたたった一瞬に、振るわれたスコップは先生の即頭部にジャストミート。
ホームランボールよろしく吹っ飛んだ先生は、教室の前の方の扉を突き破って廊下へ。
そこで先生を待っていたのは……
「…………」
「……三珠さん?」
先生に名前を呼ばれて、真夜の頬がぽっと赤く染まる。
そして、ビュンッという音と共に先生の後頭部に凄まじい衝撃が襲い掛かった。
真夜が血染めのバットを片手に廊下を走り去っていく後姿を見ながら、
先生の意識はブラックアウトしていった。
目を覚まして、最初に視界に入ったのは見慣れた保健室の天井。
痛む頭に手をやりながら起き上がると、ベッドの傍らには見慣れた少女の姿があった。
「風浦さん……」
時間はもう夕陽が沈もうという頃。
室内に明かりは点けられていない。
ベッド脇の椅子に座る彼女は、いつもの饒舌さはどこへやら、全くの無言である。
浮かべる表情は、教室で見たのと同じもの。
少しだけ不機嫌そうな、子供の拗ねているような表情。
「……あなたが手当てしてくれたんですか?」
自分の頭に巻かれた包帯や、体の数箇所に張られた湿布に気付いて、先生は問うた。
彼女はそんな先生の言葉には全く答えない。
そのかわり、彼女は椅子からすっと立ち上がり…
「………えっ?」
先生が起き上がったベッドの上に、先生の隣に腰を下ろす。
そして、戸惑う先生に体を預けるようにして、そっとしなだれかかってきた。
「ちょ…風浦さん…なにして…って、痛っ!!痛たたたたたたっ!!?痛いです、風浦さんっ!!」
全身打撲と擦り傷だらけの先生には、彼女の体を支えるだけでも結構な痛みを伴った。
しかし、彼女は先生の抗議の声を無視して、先生の着物の袖口をきゅっと握る。
先生は痛みを堪えながら、彼女の表情を見つめる。
拗ねる子供のような不機嫌な表情。
本当に、今の彼女はまるで小さな子供に戻ったようだった。
「……………」
先生は、もう何も言わず、彼女のするがままに任せることにした。
子供が拗ねて、泣いて、駄々をこねるのは、それ以外に相手に自分の思いを訴える方法を知らないからだ。
自分の感情や願いを筋道立てて言葉に換える術を持たないからだ。
今の彼女は、そんな子供に戻っている。
先生にはそう思えた。
ならば、出来ることはそれを漏らさずしっかり受け止めてやる事ぐらい。
「………私にも、我慢できなくなる事ぐらいあるんですよ、先生」
ぽつり、彼女がようやく呟いた。
「……先生がみんなに好かれるのは、別に先生のせいじゃないってわかってますけど……」
だけど、その声はあんまりにも小さくて、か細くて、耳を澄ませても先生には聞き取れなかった。
それでも先生には、何となく彼女がどうしてこんな風にしているのか、分かった気がした。
そっと手の平を、彼女の頭へ
「…………あ」
撫でてやる。
彼女はきゅっと目をつぶった。
その表情が少しだけ和らぐ。
彼女の腕が先生の腰に抱きついて、少し体は痛んだけれど、先生は何も言わなかった。
そして二人はそのまま、夕陽がだんだんと沈み、暗くなっていく保健室の中で、
互いに何も言わず、ずっと二人寄りそっていた。