「よくもめるめるを消したなぁ〜っっっ!!!!」  
連載時にはページ上に存在していた筈の娘・音無芽留の姿が、コミックスでは編集ミスの為に消滅してしまった。  
怒りに震える芽留パパは既存の物理法則を遥か彼方に置き去りにした超巨体で、怒りの叫びを上げた。  
その場に居合わせた望や2のへの面々もこれには圧倒されるばかり。  
芽留もまた、今まででも最大級の自分の父親の暴走にガタガタと震えるばかりである。  
だが、そんな時である。  
「よう」  
芽留の背後から、耳に馴染んだ声が聞こえた。  
【わたるっ!!!】  
芽留が振り返った先には、万世橋わたるが立っていた。  
その姿を目にした芽留の胸の内に、嬉しさと不安感がない交ぜになって湧き上がる。  
この場面でわたるが来てくれた事は心強い。  
だが、芽留の父親は娘に近付くこの太った目つきの悪いオタク少年を快く思ってはいなかった。  
ただでさえ怒り心頭の芽留パパが、わたるの姿を見てどんな行動を起こすのか?  
だが、わたるはそんな周囲の緊迫した空気など気にもせず  
「ほれ、行くぞ」  
【ふえっ!!?】  
まるで子猫でも摘み上げるみたいに、芽留のセーラー服の後襟をつかんでひょいと彼女を持ち上げた。  
【な、な、な、何しやがるっ!!はなせーっ!!!オレをどこに連れて行く気だ、このキモオタっ!!?】  
「いや、お前が言ったんだろ。今日のこの時間に迎えに来いって」  
【えっ?】  
「買い物、行くんだろ?」  
そういえば………。  
芽留は思い出した。  
今日の昼の事である。  
 
【つれてけ】  
「な、なんだ?藪から棒に?つれてけって、どこにだ?」  
【いいから、つれてけ!!】  
「だから、そういう話は具体的な場所を言ってからだな……ん?」  
あまりに唐突な芽留の発言に、わたるは戸惑った。  
だが、その内彼は思い出した。  
一週間ほど前の昼休憩、2のへで交わされていた会話の内容を。  
『夏休みに入ったら、2のへのみんなで海に行こう』  
何となくではあるけれど、その一件が関係しているように思えた。  
そこから連想される諸々と、最近の芽留の様子・発言をわたるは照らし合わせて、一つの結論を導き出す。  
「もしかして、水着でも買いに行こうってのか?」  
【…………っっっ!!!?】  
芽留の顔が真っ赤に染まる。  
どうやらアタリを引いたらしい。  
【……いやその、別に無理にってワケじゃない。ただ、出来るんならお前がいた方が何かと都合が……】  
「さっきは無理矢理にでも連れて行け、っていう風情だったぞ」  
【…………そりゃあ、まあ……お前に選んでもらいたいし……水着………】  
急にしおらしくなった芽留の様子に、わたるまで何だか恥ずかしくなってしまう。  
まあ、別に急ぐ用事があるわけじゃない。  
女子の水着選びの場に自分が居合わせるなんて、少し前には想像もしなかったが、コイツの頼みでは断れない。  
何より、芽留が自分に一緒に来て欲しいと思ってくれているというのは、素直に嬉しい話だった。  
「わかった。今日の授業が終わってすぐでいいか?」  
【お、おう!忘れたりしたら、承知しないぞっ!!】  
 
……とまあ、そんな事情だった。  
【……そういえば、そうだったな】  
自分の父親の行動が、もはや人類の範疇を遥かに越えてしまう異常事態に動揺して、  
すっかりその約束を失念していた芽留だったがようやく思い出した。  
そうだ。  
今日は、わたると水着を買いに行くのだ。  
【よしっ!すぐ行こうっ!今行こうっ!!早く行こうっ!!!】  
こうなると芽留も現金なものである。  
持ち上げられたままの状態で、手足をバタつかせてわたるを急かす。  
だが、その場に横たわる『彼』は、娘がむざむざと連れて行かれるのを傍観していられるような人物ではなかった。  
「ちょぉっと待てぇええええええっ!!!!!!」  
大気を震わす大音声と共に、芽留パパが巨大化したその体を起こす。  
「きゃあああっ!!!」  
「ちょっと、その図体で動き回らないでよぉ!!!」  
割れて砕ける地面と、舞い上がる砂埃、崩れ落ちる瓦礫の山。  
芽留の父の激情はまさに天災の如く、周囲の2のへの面々に襲い掛かった。  
「めるめるをぉ、連れて行くだとぉおおおおおおおおっ!!!!!!!!」  
ギロリ!!  
先ほどのコミックス第十二集芽留消失事件だけでも怒り心頭だった芽留パパは、  
烈火のごとく燃え上がる瞳でわたるを睨みつけた。  
だが………  
「それじゃあ、さっさと行って、さっさと選ぶぞ」  
【いや、ちょっと待て。お前、今のこの場の現状を解ってるのか?】  
「なんだ?お前が約束を忘れるから、時間が押してるんだろうが」  
父親の大暴走で今にも泣き出しそうな芽留とは反対に、わたるはまるでそれが見えていないかのように落ち着き払っていた。  
まるで、芽留の父親が眼中に無いかのように……。  
だが、それは違った。  
「おい、ちょっとそこのお前、これ以上勝手にめるめるを……っ!!!」  
「ああ、すみません」  
芽留パパの叫び声に、わたるは振り返った。  
「娘さんの事、ちょっとお借りします」  
「な…っ!?…か、借りるって!!?」  
「用事が済んだら、責任を持って家まで送りますから、心配しないでください」  
「ちょ、ちょっと待て!!!!」  
「それじゃあ、時間ももうあまり無いので、失礼します」  
戸惑う芽留パパに淡々と言い切って、わたるはくるりと踵を返した。  
そして、芽留を片手に抱えたままの状態ですたすたと去って行く。  
【……お前、思っている以上に大物なんじゃないか?】  
「………?さすがにお前の父親の前で、挨拶もなしは失礼だろ?」  
【いや、そーじゃなくて………ああ、まあいいか……】  
「それより急ぐぞ。次のバスに乗り遅れるとマズイ」  
【わかった………って、なんでさっきからオレはお前に担ぎ上げられてるんだ!!?】  
「お前の歩幅じゃ、バスに間に合わん」  
【何をっ!!デブオタの鈍足よりは百倍マシだっ!!】  
言い合いながら遠ざかっていく二人の後姿を、芽留パパは呆然と見送っていた。  
やがて、その巨体はしゅるしゅると縮んで、普通の人間並みのサイズに戻る。  
「………………ああ、……めるめる……」  
愛娘の名を呟き、深くため息をつく芽留パパ。  
完全敗北だった。  
いや、先ほどの状況の何を持って敗北とするのかはわからないが、うなだれたその姿はまさしく敗北者だった。  
「あの…そんなにお気を落とさないで……」  
見かねた望の慰めの言葉にも無反応。  
もはや、誰もその背中に声を掛けてやる事は出来なかった。  
 
それから数時間後、無事に水着を購入した芽留は、約束通りにわたるに伴われて家路を歩いていた。  
【何も、お前がカネを出す事無かったと思うぞ。小遣いなら、クソヒゲハットから嫌になるほど貰ってるしな……】  
たっぷりと時間をかけて水着を選んだ後、その代金を支払ったのはわたるだった。  
【お前もオタクなんだから、色々と入り用だろ?特に八月には例の祭りがあるし】  
「ああ。それに水着があんな高いもんだとは思わなかったからな。なけなしの資金に大損害だ」  
【それなら……】  
「でもな、今までの俺はお金だけじゃなくて、時間も行動も何もかも内向きに、自分の為だけに使ってきたんだ。  
他のヤツの事なんて考えもしなかった。………それが今は、お前の為に何か出来るのが嬉しいと思ってる」  
満足そうに、わたるは笑っていた。  
「お前は普段、金のかかる事を要求したりはしないし、たまにはいいだろ?」  
【うん……】  
「それに、お前が海であの水着を着てるところも見てみたいしな」  
最後のわたるの言葉に、芽留は一瞬、怒ろうか、それとも思いっきり皮肉ってやろうかと迷った挙句  
何も出来ないまま、真っ赤になった顔を俯けて、水着の入った紙袋をぎゅっと抱きしめた。  
やがて、道の先に芽留の家の門が見えてきた。  
芽留はそこに、一人立ち尽くす父親の後姿を見つけた。  
今日の一件がよほど堪えたのだろう、その背中はいつもより随分と力ない。  
ちらりと横目でわたるを見ると、わたるもまた芽留パパの背中を見つめていた。  
やがて、わたるは芽留の背中をそっと押した。  
『行ってやれ』  
要するにそういう事らしい。  
芽留はわたるの方に振り返り、笑顔で肯くと、そのまま父親の元へと走っていった。  
父親の強烈なハグを受けながら、こちらに手を振ってくる芽留に手を振り返してから、わたるはその場を立ち去る。  
果たして、海水浴の当日、今日選んだ水着を着た芽留がどんな表情を見せてくれるのか。  
「楽しみだな……ああ、楽しみだ」  
嬉しそうに呟きながら、わたるは家路に着いたのだった。  
 
 

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