静まり返った部屋の中に聞こえるのは、規則正しい寝息が三つ。それと、古びた目覚まし時計の秒針が刻む音。  
部屋の隅ではいつもの毛布に包まったまま、体を丸めて熟睡している少女。  
中央には先生とその甥っ子が、親子さながらに布団を並べて眠っている。  
カーテンは開けてあるものの、月も出ていない夜空は暗く光は無く、  
部屋の中は常夜灯のぼんやりした光で、かろうじて先生の顔を判別できる程度だった。  
先生の枕元に正座した状態で、まといはその寝顔を飽きる事なく眺め続けていた。  
慣れっこなのか気がついていないのか。そんなまといを気にする様子もなく、先生は変わらぬ様子で深い寝息を立て続けている。  
 
自分にとってはいつも通りの事。幸せに浸りながら、こうして眠くなるまで先生の寝顔を見つめているだけ。  
頭の中にあるのは愛しいという気持ちだけ。他の事は考えもしない。  
今までずっとそうだった。  
気を抜いているとすぐに浮かんでくる雑念を振り払い、先生の顔を覗き込む。  
だがその寝顔を見続ければ見続けるほど、どうしても重なって思い出してしまう顔。  
──双子でも無いのに、この兄弟は似過ぎなのよ。  
そう自分に言い聞かせると、短く溜め息をついた。  
……でも、本当に似ている。……そういえば、外見だけでなく、声まで、似て……  
 
その考えが浮かんだ途端、まだ新しい一つの記憶が呼び出され、慌てて頭を振るとそれを追い払う。  
決して嫌な記憶ではないのだ。  
だが、先生の口からは決して出る事のない言葉だっただけに。  
その上、自分がいつも望んで止まない言葉だけに、  
強烈に脳裏に焼きついてしまったあの出来事を思い出す度、全身がうずき、体が内側から熱くなり始めてしまう。  
 
とても先生の寝顔を見続ける事ができなくなり、思わず目をそらしてしまった。  
しかし一度浮かんでしまった雑念は消えず、まといは頬を赤らめながら、やや憂鬱そうに眉を下げ、目を薄く閉じる。  
「……先生が、一度も、私に手を付けようとしてくれないからです……」  
口の中で呟いただけのつもりが、小さく声に出していたようで、慌てて口を手で覆うと先生達の様子を伺う。  
幸いにも、無意識に出たその言葉は微かな音だったのだろう。  
身じろぎする音もなく、変わらず聞こえてくる寝息にしばらく耳を立て、誰も目を覚ました気配が無い事を確認すると安堵の表情を浮かべた。  
 
──カチッ カッツ…  
日中であれば気がつかないようなその音は小さく耳に届き、それは、光に誘われた虫が窓ガラスに当たり、跳ねる音のように聞こえた。  
さらに、間をおかずもう一度繰り返され、まといはその音に何らかの意思を感じ取り、背にしている壁を振り返るように窓を見上げる。  
「──!?」  
まといの視界に、外から爪でガラスを叩く白い指と。  
そして、自分を見下ろす形で覗き込む先生そっくりの顔が見え、思わず立ち上がった。  
 
「……なにやってるの。」  
気がつき、呟いたまといに軽く微笑みかけ、窓の外の命は挨拶をするように手の平を広げてみせる。  
まといは窓を開けようと鍵に手を伸ばし、  
立て付けの良くないこの窓が立てるであろう大きな音を押さえるように、ゆっくりと窓枠を掴みながらじりじり隙間を作ってゆく。  
やがて、肩幅の半分ほどの隙間を空けるとそこで手を止めた。  
隙間から入ってくる外の空気は程々に冷たく、澄んでいるように思える。  
「起こしてしまったかな? それとも起きていた?」  
隙間から、命の音量を押さえた声がまといに届く。  
「……先生はもう寝てしまいましたが。」  
わざとだろう。そっけなく、どこか不審者に対する態度とも言える口調で、まといは命に答える。  
命は困った表情をして笑みを浮かべ、軽く眼鏡のズレを指で直す。  
「いいんだ。様子を見にきただけだから。」  
「…様子? こんな時間に?」  
「ああ。ちょっとそこまで寄ったから。……ん? これ、どうしたんだい? 怪我でもした?」  
命は眉を寄せ、まといの頬に張り付いているガーゼを指し示す。  
一瞬間を置き、それに気がついて、まといは自分の頬にテープで十文字に貼り付けているガーゼに軽く触れる。  
「別に…… ちょっと怪我しただけです…… あ……!?」  
まといの言葉を最後まで聞かず、命は手を伸ばして、すでにヨレヨレになりかけているガーゼを摘んで端をめくった。  
「……打ち身、かな。転んだにしては不自然だから…… 誰かとケンカでもした?」  
 
「…………」  
少し目を吊り上げて、不機嫌そうに沈黙するまといに、命は首をかしげて掴んだガーゼの端を引っ張り、そのまま剥がしてしまった。  
「あ……」  
もう粘着力も衰えていたテープはすんなりと剥がれ、まといは一瞬首をすくめて驚いた声を漏らす。  
剥がしたガーゼを一瞥し、命は首を横に振った。  
「だめだ、こんな手当てじゃ… 保健室はこっちだったね? 開けてくれるかい?」  
そう言い放ち、まといの返事を待たずに、保健室の方へと歩きだしてしまう。  
きょとんとした表情でそれを見送ったまといだったが、気がついた時にはすでに命は声の届かない所まで移動してしまっていた。  
少々焦りながら窓を慎重に閉めると、誰も起きていない事を確認し、  
先生の顔を一度覗き込んでから、慌てた様子で宿直室を出て行った。  
 
 
「はい。これでいいだろう。」  
まといの頬に大きめの絆創膏を貼り終え、軟膏の瓶の蓋を閉めながら、命はイスを軋ませて立ち上がる。  
「…ありがとう……ございます。」  
まだ困惑した表情のまま、自分の頬を撫でながらまといはお礼を口にした。  
「女の子なんだから、顔のケガを適当に済ませたら駄目だよ。痕になったら嫌だろう?」  
やや説教じみた事を言いながら、命は拝借した薬瓶を戸棚へと戻している。  
まといは肩をすくめ、そんな命の横顔を改めてじっと眺めてみた。  
 
先日、心ならずとも体を重ねた時、  
命と先生の顔が重なって見えたのは、やはり単純に顔立ちが似ている事が大きな要素だったのだろう。  
確かに似ている。  
似てはいるものの、良く見ると命の方は弟に比べ、やや知性が先立ってしまった感があり、冷たい印象をうける。  
だが、医師という肩書きも相まって冷めた性格と思いがちだったが、ただそれだけの人間ではない。  
その心の内には、相手だけでなく自分までも焼き尽くしてしまいそうな程の情熱を秘め、隠し持っている。  
それを先日の事で実感していた。  
……そしてそれは自分と似る物だという事も。  
この人も自分と同じ。一度火がついたら、決して止まらない。業の深い人間なのだろう。  
いずれ自分の出した業火に身を焼かれる事が分かっていても、足を止められずに、炎の中に身を投じてしまうかもしれない。  
自分と、同じかもしれない……  
 
一瞬だけ胸を刺した物に顔をわずかにしかめたが、命がまといの方を向くとすぐに普段の表情に戻っていた。  
命はそんなまといの様子には気がついていないのか、再びイスに座ると、まといへ顔を向ける。  
「……何をしに来たのか、って話だけどね。本当は、望の方じゃない。……君の様子を見にきたんだ。」  
「──! この前の事なら…… 言ったでしょう? 私は怒っていたりしませんから。」  
やや気恥ずかしそうにうつむきながら、まといはすこし顔を赤らめ、先ほどまでとは違った柔らかい声を出した。  
うつむいたまといを正面から真剣に見つめ、命は小さく首を振る。  
「いっそ、許してくれなかったほうが…… いや、君のせいじゃない…」  
ぼぞり、と呟いて、命はその場にゆっくりと立ち上がった。  
窓から入るわずかな光以外には照明も点けていな薄暗い部屋の中、命の長身は大きな影のようにまといの前を塞ぐ。  
驚き、身をすくませてまといも反射的に立ち上った。  
暗闇の中、微かに見える命の瞳が、寂しそうな色で揺れたのがわかる。  
「…そんなに、怯えないでくれ。」  
苦しそうな命の声と共に、その手がまといの頬にゆっくりと伸ばされ、絆創膏の上から頬に触れ、指先は小さな耳たぶにさわる。  
命の掌は意外に温かく、指先で耳たぶの辺りを軽く撫でている。  
頬の温もりに気を取られたまといの前に、命の顔が静かに迫っていた。  
 
ごく自然に、まといの唇に命の唇が重ねられた。  
ときめきこそ無かったものの、  
一瞬心地よい感触に心を開いてしまいそうになったまといは、次の瞬間、両手を命の体に差し出して突き放そうと力を込める。  
重い感触があり、命の体を突き飛ばした── つもりだった。  
 
突き飛ばしたと思った所で、命は強引にまといの腕を押し返し、  
そのまま自分の腕をまといの背中にまわして、少女の体をその両腕の上から囲むように捕らえ、抱き寄せてしまった。  
命の唇がまといから離され、かわりにその背中に回された腕に恐ろしいほどの力が込められる。  
まといの華奢な体を砕こうとでも言わんばかりに、命はあらん限りの力で少女を抱きしめる。  
体がきしみ、息も吸えない程強く抱きしめられながらも、  
まといはなぜか自分の全身を締め付ける力に不思議な心地よさを感じてしまっていた。  
抵抗しようとする力が抜け、まといの口から細く息が漏れる。  
これ以上続けると本当に少女の体が折れてしまうのではないか──   
そう思える寸前に命の腕が緩み、まといは止まっていた呼吸が戻り、大きく息を吸い込んで吐き出した。  
 
締め付けていた力こそ緩んだものの、まだまといは開放された訳ではなく、命の腕は変わらずその体を抱きしめている。  
命は、まといの体を軽く持ち上げると、  
両腕に抱いたまま傍らのベッドの側までゆっくりと歩いてゆき、その上に座らせるようにまといを降ろした。  
ベッドの縁に腰掛けた状態でまといは開放され、  
反射的に立ち上がろうとしたようだったが、思いなおしたのか、目の前の命を見上げる形で睨みつける視線を送る。  
「…また私を襲うつもりですか? この前みたいに、先生の声色を真似て。それが私の泣き所だと分かっているから……!」  
挑戦的とも言える言葉を投げつけ、厳しい目で命を睨みつける。  
が、薄明かり差し込む窓を背にして影になっている命の表情に気がつき、まといは息を飲んだ。  
自分の方からは、暗い影となりはっきりとは見えない。  
しかし、たしかにまといの目には、  
自分を見つめる愛しさを交えた熱っぽい命の表情が強張り、寂しそうな笑いへと変わってゆくのを捉えていた。  
ちくり、と針に刺されたような感覚が胸の中で動く。  
命はゆっくりとまぶたを閉じ── その瞬間、その顔から表情が消えた。  
再び開いた瞳からは何の感情も感じられず、冷え切り、乾いた光を携えて、その視線は一直線にまといの目を射る。  
ぞくりとしたものが、まといの背中を走り抜けた。  
おびえの色を滲ませたまといの顔を見つめ、命の唇が笑うように歪み、開く。  
「……あれだけ望の名前を呼んで、乱れておきながら、君は一度もあいつに抱かれた事は無いんだったね?」  
「──!」  
まといの白い頬が一瞬で朱色に染まった。  
即座に反論しようと口を開いたが、よほど頭に血がのぼっているのか上手く言葉にならず、ただ口を開いたままとなっている。  
命はそんなまといに冷笑を投げかけ、そのまま覆い被さるようにしてまといをベッドの上に押し倒してしまった。  
 
パイプとクッションの軋む音が聞こえる。  
まといは頭に上っていた血が、今度は心臓へ全て集まってしまったのかと思えるほど、  
激しく打ち続ける鼓動に、目を見開き、ろくに手足も動かせないまま、  
ただ自分の体にのしかかる命の手がそのまま胸元へと進み、着物の上から胸の膨らみを掴んだ事を感じ取った。  
「──そうだよ。…これが目的で来たんだ。どうしても忘れられなかったから、ね…… 君が。……君のカラダが……!」  
鋭く言い放つ命に、まといは喉を詰まらせ、思わず視線をそらしてしまった。  
「……ご……」  
口を小さく動かし何か言おうとしたが、それは喉に詰まったまま出てこないようだった。  
まといの膨らみを服の上から弄っていた命の手がその襟元に伸び、止める間もないまま一気に胸元をはだける。  
薄暗闇の中にひときわ映えるまといの白い肌と、形のよい二つの膨らみがこぼれ、柔らかそうに小さく揺れる。  
「い、いや……! あ……っ……!?」  
声を上げて命を退けようとしたまといだったが、  
素早くその膨らみを口に含まれて先端部を舌先で転がされると、思わず体を小さく震わせて快感の声を漏らしてしまった。  
もう片手で一方の膨らみを愛撫しながら、命は空いている手でまといの帯を解き、袴を脱がせてゆく。  
「だめぇ! やめて! もうだめ!」  
体をよじり抵抗するまといの鼻先に、無表情のまま命の顔が近付けられると、ぼそりとした囁きを口からもらした。  
「……君が…… 望んだ事じゃないか。 君の誘いだという事に私が気がついていないと思ったかい?」  
「そ…… そんな、私、誘ってなんか! もう、あなたとこんな事をする気は──!」  
睨みながら頭を振って否定するまといに、命は含み笑いをしてみせ、さらにまといの肌を晒し続けてゆく。  
   
「ああ、体を許す気はないのかもしれないけどね。……どのみち一緒の事さ。君が望んでいる事はね。  
……自分の泣き所を知っている。そんな事をわざわざ口にしたよね?」  
まといの動きが凍りつき、血の気の引いた顔で命の顔を呆然と見つめる。  
命はさらに冷笑を口元に張り付かせ、やや荒い口調でまといに詰め寄ってきた。  
「あいつの気を引きたいためかい? それとも、かりそめな物でもいいから、自分を満たしたいのかい?  
 …まあ、どちらでもいいけどね。私にとっては不愉快な事に変わりない…… いや…… 愉快な事なのかな? ふ……」  
最後は独り言のように呟いて、まといの上に倒れ込むようにし、その肩に顔をうずめて互いの頬をぴったりとくっつける。  
 
いつの間にか自分がほとんど裸に近い状態まで衣服を脱がされてしまっている事にも気がついていないのか、  
まといはただ何かを待つように動きを止め、集中しているように見える。  
ややあって、唇が耳に触れるほどの間近で命の口が動き、熱い息とともに囁きがまといの耳をくすぐる。  
『…常月さん。先生はあなたと愛し合いたいです。あなたと、深く結ばれたい、です……』  
「──!!」  
それを期待し、予想はしていた。  
命の口から出た言葉のはずなのに、声も口調も先生そのものとしか思えず、  
まといは自分の体内に強い電流が走ったように全身を震えさせ、血の気の引いていた肌に赤みが戻り、火照り出してゆく。  
無言のままでいるまといの返事を待つかのように命は少し間を置いたが、何も返されない事を悟ると再び囁きを続ける。  
『もし、お嫌でしたら仰ってください…… 無理強いはしたくありませんから…』  
言葉と同時に、膨らみを愛撫していた手が下げられ、まといに覆いかぶさっていた体が離れるように軽くなった。  
「ちっ、違っ……! 待って先生……! ……っ!?」  
焦った声を上げ、命の体を抱き寄せたまといは、すぐに相手が誰なのかを思い出し愕然としたように目を見開いて硬直してしまう。  
命は顔を伏せたままで、まといの視界にはその顔は映らず、  
まといが感じ取れる物は男性にしては細めの肩と背中、そして夢中で抱き寄せた時に繋いだ片手の指が絡み合う感触だけだった。  
『常月さんの中に…… 入りたいのです。……こんな私でも受け入れてくれますか?』  
「せっ……!?」  
『あなたの奥まで、深く結び付きたい……! 常月……さん……』  
苦しそうに漏れる声とともに、まといの腿に自分との結合を求めてはちきれそうに硬くなった絶棒の感触があたり、  
頭の中が真っ白になってゆく。  
「…き……て…! 入って来て下さいっ…! 先生! 先生っ! 私は、先生のものですから!」  
まといの叫び声が上がるのを待ち望んでいたように、絶望の先端がその秘所にあてがわれた。  
すでに十分に濡れているまといの場所へあてがわれた絶棒が押し込まれ、それは一気にまといの中へと侵入してゆく。  
「あああああああっっ!! あーーーっっ! んああーっっ!」  
まといの口から嬌声が上がり、挿入された悦びを表すように眼を閉じ、首を激しく左右へ振ってみせる。  
 
──まとい。  
挿入と同時に絡みつかれるように与えられる快感に浸りながら、命は頭の中でまといの名前を呼んでいた。  
言葉には出すな、と。  
かろうじて残っている理性が、本能のままにまといを攻めようとする自分へと警告を送っている。  
命は上体を起こし、頭の中でまといの名を連呼しながら  
ひたすらに少女へと自分の腰を打ちつけ、あっと言う間に限界まで昇りつめてゆく。  
目の前では、瞳を閉じたまま、何度も何度も先生と口走りながら悦びの声をあげるまといの姿がある。  
もう一度、頭の中でまといの名を呼び、カケラほどに残っている理性に命じ、自分の口を動かした。  
『常月さん……! ああ……!』  
その声に反応し、まといは目を開いた。  
 
自分を組み敷いた命を見とめ、まといの表情が微妙に揺れ、歪んでゆく。  
嫌悪にも似たその表情に、命は一瞬顔を強張らせたが、  
まといの中から絶棒を抜き取ると、間髪入れずにその体をうつ伏せにさせ、少女の小さくて張りのあるヒップを掴んで引き寄せる。  
「……え?」  
刹那の事に状況が掴めず困惑した声を上げたまといだったが、  
次の瞬間後ろから命の絶棒で貫かれ、再び体を突き上げた快感にのけぞって悲鳴を上げた。  
ベッドの上に四つん這いにさせたまといをひたすらに攻めてゆき、  
命は自分の絶棒が今にも弾けそうな所で動きを止め、背中からまといにかぶさるようにその耳元へと顔を近づける。  
 
『常月さんの…… 中に出させてください。』  
その言葉にまといは一瞬微笑みを浮かべようとし、すぐに顔色を変えて首を振る。  
「だ、だめ…! やめて、中は駄目! お願い…!」  
逃げようともがくまといを後ろからふわりと抱きしめ、命はさらに囁いた。  
『責任をとります、私が……! 一生あなたを大事に、します…!』  
「……! …でも! わ、わた、わたし、あなたは…! 先…先生じゃ……!? 中は、キツい……です…」  
混乱状態なのか、意味の通じない事を口走るまといのうなじに命の唇が触れた。  
びくりと震えるまといへ、命は静かに口を開く。  
『愛してます。常月さん── わたしを、受け止めて、下さい──』  
「あ……っ!? あ……あ…あ……」  
まといの体温がさらに上昇し、その顔が熱く汗ばんでくる。  
一呼吸おき、まといの瞳が蕩けそうに潤みだした。  
「……先生の全部を、私の中に……下……さい……」  
夢見るようなうわずった声がまといの口から漏れると同時に、命は激しく腰を打ちつけ最後の瞬間へと向かってゆく。  
まといはもう何の抵抗も見せずに、恍惚とした表情を浮かべながら、しかし瞳の端に涙を溜めて全てを命にまかせている。  
 
まといの体温を感じながら、命はこの少女の中に自分の欲望をすべて吐き出さんと、  
それだけを思い、体の中から絶棒へと駆け上がってくる物をその先端へと導くべく、快感を貪り続けている。  
少女の中で絶棒が膨らみ、放出を迎えようとした時、それをまといも感じ取ったのだろう。  
まといの瞳から大粒の涙が零れ出した。  
無意識なのか、声もなく口を動かし続ける。  
──ごめんなさい。  
そう何度も、まといの唇が動いている様子を命の瞳は映し出していた。  
 
そして命は少女の中で絶頂を迎え、  
快感と同時に絶棒の中へと押し出されるように走り込んできた物が体外へ飛び出そうとしていった。  
 
 
なぜ、こんな事をしているのか理解するまでに、しばらくの時間を要した。  
目の前で、押さえつけてベッドにうつ伏せにした少女の、澄んだ大きな瞳からは涙が零れ続けている。  
小さな顎の上にある唇が刻んでいる言葉は誰への物なのだろうか。  
常に凛としていて、時おり艶っぽさも見せる、この愛らしい少女を今、自分は完全に征服できたはずだった。  
 
少女の中に、自分の欲望全てを注ぎ込んでいる最中── のはずだった。  
だが、気がつくと少女の白い腰と背中を背景にして、自分の絶棒が目に映っていた。  
少女の中の蜜に濡れた絶棒を軽く握り、それを小さくしごくと、一瞬だけ目の前でフラッシュを焚かれたような白い光が影を残し、  
びくびくと震える絶棒から白く濁った液体がまといの背中へと張り付いてゆく。  
放出の快感と気だるさに包まれながら、自分でも驚くほどの量をまといの背中に、腰に、解き放ち続ける。  
 
自分の背中に広がって行く物が何か、まといは理解したのだろう。  
安堵の表情こそ無かったが、呟く唇の動きは止まり、ぐったりとベッドに体を預けているようだった。  
背中に放たれた命の欲望が、その脇腹を細く流れ落ち、シーツに染みを作る。  
まといが小さく鼻をすする音が聞こえた。  
 
 
力なく裸体を横たえたまといの背中を手近にあったタオルで拭き取りながら、命はふと、その手を止めた。  
まといの体は、痩せすぎではないがそれほど肉付きが良い方ではないように見える。  
しかし、浮き出ている背骨の上をなぞりながら腰周りの方へと手を動かすと、  
余分な肉などついていないように思えるのに、ふわりとした柔らかい感触が手に伝わってくる。  
命はタオルを除けて、直にまといの肌に触れた。  
怪訝そうな顔で首を捻って振り返るまといの腰を、クッションか何かの感触を確かめるように何度も軽く押す。  
「……何を……?」  
「そうだね。…まだ、もう少しの間は、女の子なんだよね。」  
笑いながらそんな事を言う命を不愉快そうに睨みつけながら、まといは体を起こしてベッドに腰掛ける。  
脱がされた着物を胸に抱えて裸体を命から隠すような仕草を見せるまといに、命は少し意地悪そうな笑みを浮かべた。  
「望は、あまり年下は趣味じゃなかったはずだったと思うが。どうかな?  
 周りに女生徒が多いようだけど、興味は持っていそうかい?」  
 
その言葉にまといは鼻の頭にしわをよせ、キッと鋭く命を睨みつける。  
「先生は、私をとても大事にしてくれていますから! 命先生みたいに無理やり襲ったりするようなケダモノじゃありません!」  
一点の曇りもない澄んだ瞳で真っ直ぐに睨むまといの視線を受け止め、命はどこか心地よさげな表情で口を笑みの形に歪めた。  
「そのけだものを誘惑して、抱かれて、可愛い声で悦んでいたように思えたけど?」  
まといの頬にサッと血が昇る。  
「私は、誘惑なんて──!」  
「…誘惑じゃないなら、ていよく利用、って所かな?」  
わざとらしく鼻で笑ってみせる命に、まといは急に沈痛な面持ちとなり、目を伏せ唇を噛んで黙り込んでしまった。  
 
「……ごめん…なさい…」  
「…なぜ、謝る……?」  
不機嫌そうな低い声で命は吐き捨てるように言い、眉を寄せて溜息をついてみせた。  
まといはハッとしたように一度顔を上げるが、すぐにまたうつむき、言葉を探しているように目を泳がせている。  
そんなまといを、苛ついた表情で見ていた命だったが、  
やがて少し皮肉っぽい笑みをその顔に作ると、まといに顔を近づけて口を開く。  
「それで、どんな感じだったかな?」  
「…? どんなって…?」  
また唇を奪われる事を警戒しているのか、不審そうな表情で尋ね返すまといに、命は表情を変えないまま先を続ける。  
「ただ似ているだけの好きでもない相手と交わった感想はどうかな?」  
やや棒読みのまま一息に告げられた言葉に、まといは自分の言葉を無くし、その表情が止まる。  
そしてすぐに泣きそうな表情に変わり、唇がわなわなと振るえはじめた。  
「…恋人のものでない男性器が君の中に入ってきて、中で弾けようとしたね。  
そして、君はそれを欲しがり、許した。自分の中に出される事を望んだ。注ぎ込まれる瞬間になっても、君は拒否しなかっ──」  
部屋の中に乾いた音が響いた。  
語り続ける命の頬がまといの手の平で打たれ、眼鏡が外れてベッドの上に転がる。  
まといは沈黙した命の前に立ち、怒りに眉を吊り上げ、燃えるような瞳で睨みつけた。  
「──最っ低! …もう、私に話しかけないで!!」  
語気を強めて言い放ち、まといは着物を抱えたまま身を翻して部屋の戸を開けると、暗い廊下へと出て行こうとする。  
 
命は眼鏡も拾わずに、ゆらり、と立ち上がり、まといの背中に声をかけた。  
『常月さん……!』  
命の口から、先ほど自分の耳元で散々に囁かれた声色が出され、反射的にまといは足を止めてしまう。  
だが、振り返りはせずに、肩を小さく震わせながら必死に何かを耐えるように歯を食いしばっている。  
「…何を……!」  
『……どうやら私は……あなたを愛してしまったようです。』  
まといの大きな瞳がさらに大きく見開かれた。  
「…………っ…」  
どう答えればいいのか。怒りと、痛さと、僅かな喜びとが同時に頭の中を駆け巡る。  
振り向こうとしたが、どんな顔で振り向けばいいのかも分からず、躊躇すればするほど、告げるべき言葉がなくなってゆく。  
まといは抱えていた自分の着物で口元を覆った。  
 
背後にいる命の口から、低い声が漏れ出した。  
それは言葉ではなく、喉の奥で含む、笑い声。  
声を上げて笑い出すのを必死で我慢しているような、可笑しくてたまらないといった声だった。  
 
──何と言ったのかは分からない。おそらくまとい自身も判っていないだろう。  
口を覆う布の向こうから、呻きとも嗚咽ともつかない声をもらし、とうとう後ろは振り返らずに部屋を飛び出して行ってしまった。  
 
 
暗い保健室に残された命は、  
ベッドの上に落ちた眼鏡を拾い上げると、かけ直そうとはせずに片手で握りしめうつむき、肩を落としていた。  
「……何を、しているんだ! 私は……!」  
かすれた声で呟きを漏らし、片手の眼鏡をフレームが軋む音もお構いなしに強く握り締める。  
「私は……っ!」  
その手をベッドの上に打ちつけ、マットのスプリングが跳ね、乾いた音を立てる。  
命は、力をなくしたようにゆっくりと膝をつき、ベッドにその顔を埋めて頭を乗せた。  
まだ少女の温もりを残したマットに顔を伏せたまま、もう一度、握り締めた手でベッドを殴りつける。  
レンズにヒビの入る固い音が、その手の中から聞こえた。  
           
                
音を立てて乱暴に蛇口を捻ると、勢い良く流れ出した水の跳ねる音がトイレの中に響き渡る。  
着物を羽織っただけの状態で、荒い息をつきながら、まといは流れ出す水を見ていた。  
「──バカにして……! バカにして! バカにしてっ!!」  
吐き出すように何度も言いながら、シンクに溜まってゆく水に手を突っ込む。  
切れそうに冷たいその感触に一瞬身震いしてしまうが、目を閉じ、心を落ち着けるようにじっと耐えている。  
突然吐き気が湧き上がり、咄嗟に濡れた手で口を覆い、身を固くしてそれを押さえようとする。  
暗いトイレの中に、しばらく水の流れる音だけが聞こえていた。  
 
シンクの縁からあふれた水がこぼれ出した所で  
まといは蛇口を閉め、両手で水をすくって、近づけた顔に叩きつけるように何度も浴びせる。  
冷たい水に触れ続けた手が赤くなり、指がふやけてくるまでそれを繰り返す。  
 
やがて、もう水がすくえないくらいまで無くなってしまうと、ようやくまといは動作を止め、顔を上げる。  
のろのろと着物を身にまとい、何とかいつもの姿に戻ったところで、寒さに耐えかねたように身をすくませた。  
「……今夜は冷えますよ。先生。……ちゃんと温かくして寝ないと。」  
ぼそりと呟き、足早に宿直室の方へと廊下を歩いて行った。  
 
 
  □  □  □  
 
 
医院をとしての経歴はそれほど長いわけではないが、建物自体は結構年季が入っていたはず。  
窓を鳴らす木枯らしの音を耳にし、診察室の椅子に腰掛けてそんな事を考えながら、命は正面に座る望と向き合っていた。  
「…風邪、だな。まあ、まだひき始めだろう。点滴でも打っておくか。」  
命の言葉に、望はホッとしたような困ったような表情を浮かべる。  
「風邪ですか…… もしかしたら原因不明の重い病気かもしれないと思ったのですが。」  
「そうそう奇病難病の類がそこらに転がっていてたまるか。」  
そっけない声を返して望を隅にあるベッドへ促がすと、自分は点滴の準備を始めた。  
「兄さん、点滴薬を間違えたりしないでくださいよ……! 今日は看護士さんはいないんですか!?」  
不安そうに声を上げる望に、命は少しうるさそうに手を振りながら点滴をセットしてゆく。  
「安心しろ。うちの医院特製、炭酸入りの点滴を使ってやるから。」  
「そんな点滴がありますかぁ!? 死んだらどうする!」  
「…冗談に決まってるだろう。」  
溜め息をつきながら準備を完了し、なおも何やら言っている望をよそに自分の机に戻る。  
後ろの声は無視してカルテを書き進めているうちに、やがて眠ってしまったのだろう。  
望の声は聞こえなくなり診察室は静かになった。  
「…やれやれ。」  
ペンを置いて、一つ伸びをしようとした所で、ふとドアが開く小さな軋みが耳に届き、そちらに首を向ける。  
「あ……!?」  
今日は、望が一人で来た物だとばかり思っていたせいもあるだろう。  
ドアの隙間から姿を覗かせる袴姿の少女に驚いた声を上げ、命は思わず立ち上がってしまった。  
命が自分に気がつき腰を浮かせた事を見ると、まといはスッと背を向けて廊下へと消えてしまう。  
「…ちょっと、待っ……!」  
まといを追いかけ診察室を出るが、すでに廊下にはまといの袴姿は無く、かわりに階段を上って行く靴音が聞こえてきた。  
「二階へ……?」  
首を捻りながらも、一度気持ちを落ち着けようと短く深呼吸をし、すぐにまといの後を追って二階へと上がる。  
入院用の個室が並ぶ二階は、個人病院ということもあり、部屋数は少ない。  
だが、それら一部屋ずつを見てまわる必要もなく、  
命は半開きになった扉が揺れたままの部屋を見つけ、迷わずノブを掴んでドアを開ける。  
 
小さなベッドと、空の花瓶が置かれた小テーブル。ナースコールのコード。  
必要最低限のものが備えられた小さな病室の中に佇んで、まといはこちらを見ていた。  
命は病室に入り込み、無意識にドアを閉める。  
おそらく怒りの表情か冷たい視線か、  
いずれかが投げかけられるだろうと予想していたが、意外にも命に向かってその少女は微笑を浮かべていた。  
一つだけある小さな窓から入る夕日を背にし、少し影になった顔をこちらに向けている。  
入口近くで立ち止まったままの命にニッコリと微笑み、右手をゆっくりと持ち上げるように差し出す。  
オレンジ色の光を反射し、鈍く光る包丁が、その手には握られていた。  
                                   
いつの間にかまといの顔からは笑みが消えていた。  
無表情と言うには少し違う。  
どこも見ていないような焦点の合っていない瞳に暗い光を宿し、獲物を狙う冷血動物のような視線で命を見つめる。  
ゆっくりと足を踏み出し、一歩一歩近づいてくる。  
包丁の切っ先は命の喉笛に真っ直ぐに向けられており、  
もし、まといがひと飛びに襲いかかってきたら無傷でかわすことは困難に思える距離だろう。  
近づいてくるまといを無言のまま呆然と見ていた命だったが、  
刃先が自分の首まであと拳一つ分で届くといった所で、命は初めて体を動かした。  
 
まといの方へと、迷いなく足を踏み出す。  
まさか自分の方へと踏み込んでくるとは思ってもいなかったのだろう。  
刃先が命の喉に軽く触れ、まといは慌てて手を引いて包丁を下げ、唇を噛み締めて命を睨みつける。  
「本気で、刺しますよ……!」  
低い声で告げて、今度は刃を寝かして命の喉元に包丁を突きつける。  
「脅しだと思っているのなら……」  
「思っていないよ。……君の目を見れば分かる。本気で私を刺すつもりでいるのだろう?」  
口ではそう言いながら、全く動じた様子を見せない命に苛立ちを隠しきれず、まといは興奮した声を上げる。  
「殺されてもいいとでも言うの!?」  
凄むまといに正面から向かい合う命の首がゆっくりと縦に振られ、口元には微笑すら浮かんでいる。  
「…本気に……してないんでしょう!?」  
「いや。私だって死にたいわけじゃないよ。…でもね。なぜだろう。君に刺される事に……抵抗を感じないんだ。」  
愕然とした表情となったまといの手が震え、手元が狂ったのだろう、命の首筋に赤い線が一本現れる。  
ほんの皮一枚の深さではあるのだろうが、  
僅かに滲み出す血も、痛みも気にならないのか、命は涼やかな笑みを見せてまといの頬に両の手の平で触れる。  
「本当に、綺麗な…… 真っ直ぐで、強くて、澄んだ瞳だ。  
…思えば、君の瞳はいつも一貫してこうだった。何かを一心に思う強い意思を持っている、それが…… たまらなく愛おしい。」  
不思議な、透明感のある笑顔をまといに見せながら、命は目をそらす事なくその瞳の奥を覗き込み続ける。  
金縛りにあったようにそのままの姿勢で  
硬直してしまったまといの表情からはすでに怒りの色は消え、ぼんやりとした顔で命と見つめ合っていた。  
 
「なぜ…… なんだ?」  
やがてぽつりと呟かれた命の声に、呪縛が解けたようにまといは我に返る。  
「……なぜ、って……?」  
「……あいつ ……望じゃないと、駄目……なのか?」  
息を飲み、目を見開いたまといは、そう尋ねる命の瞳の奥に、暗い光が炎のように揺れている様子が見えた気がした。  
ちろり、と、揺れる物が何なのか。  
まといは半ば本能的に察してはいたが、命を見つめたまま、深く首を縦に振って見せた。  
 
命の顔がみるみるうちに苦渋に歪んでゆく。  
何かを振り払うように大きく頭を振り、目を見開いてまといに押し迫ると、そのまま、その小柄な体を壁にまで追いつめてしまった。  
まといの顔の左右を挟み逃げられなくしようとするように、自分の手を壁に押し当てる。  
「なぜ、あいつなんだ! なぜだ! なぜ駄目なんだ!」  
まといの鼻先にまで顔を迫りつけると、震える声で詰め寄ってゆく。  
驚き、怯えるように身をすくませて何も言えずにいるまといの目前まで迫り、そこで少し声の勢いを落とした。  
今までになかった程に真摯な、真剣そのものの表情でまといの瞳を見つめる。  
「……一緒になるなら、私とだ。……横取りだろうが何と言われようがいい。私の物に、なるんだ!」  
言葉を返せずに呆然としているまといの両肩を掴むと、その手に力を込めて命は言葉を吐き出す。  
「言ってくれ…… はい、と… 一言でいいんだ…… 言ってくれ……!」  
指先が食い込むほどにまといの肩を掴み、命は喉から言葉を絞り出していた。  
 
心のスイッチが切れていたように、動きを止めていたまといの目に意志が戻った。  
ただずっと呆けていたように見えたが、自分の中を駆け巡るいくつもの感情を収めようと必死になっていたようだった。  
一瞬だけ笑顔を浮かべ、すぐに曇らせた表情となり唇を噛みしめ、静かに首を左右に振ってみせる。  
「…すごく、うれしい。でも…… それは、言えません。」  
まといの肩を掴んでいた命の力が緩み、ゆっくりと離れていった。  
それを感じながら、小さく微笑み、まといは言葉を続ける。  
「以前の私は…… 告白されたから、その相手を自分が好きになって、それが恋なんだと信じていました……」  
 
命は言葉を返さない。  
一拍間を置き、まといはそのまま話を進めてゆく。  
「先生の時もそう。でも、今は、少し違ってきたんです……  
 私…… 私、いつまでも、告白されたからといって誰かを好きになるような、そんな女の子のままでいたくない……  
 先生を、ちゃんと、本当に好きでいたいって、思って。」  
まといは少し遠い目をしてみせ、命に頬笑みかけた。  
「命先生が気づかせてくれたんですよ。私が、私のためにできる事を……   
 その時から、少しずつだけどわかってきたんです。誰かを、好きになるという事の意味が変わってきたんです。  
 ……ほんの少しずつですが、気がついてきたんです。だから……」  
まといの言葉が途切れた。  
いつのまにか、肩に置かれた命の腕は下に滑り落ち、いまはまといの肘の辺りに辛うじてしがみついているだけの状態だった。  
目の前の命はもう表情もなく、ただじっとまといの言葉に耳を傾けている。  
「だから…… 言えません。……私が好きなのは命先生じゃ、ない。」  
 
命が鋭く息を飲む音がまといの耳にはいった。  
うつむき、両手で頭を抱え、激しく肩を震わせて命はその場に崩れ落ちていった。  
「命先生……!」  
床に両膝をつく命をとっさに支えようと手を伸ばすが、  
そのまといの手に構わず、一瞬早く踏みとどまった命に手首をつかまれてしまった。  
ぎりっ、と、奥歯を噛みしめる音が、命の口から漏れる。  
まといの手首を掴んだ命の手が離れ、膝立ちだった状態の命はゆらりとその場に立ち上がった。  
うつむいていた顔を上げ、正面を向いた命は両手をゆっくりとまといの顔に近づけて行く。  
「…命……先生……?」  
顔に触れようとしているのだと思っていた命の両手が自分の頬を通り過ぎ、  
首筋に触れた所で異変に気がついたのか、まといは不思議そうな声を上げて命の顔を見る。  
命の目は真っ直ぐにまといを見つめてはいたが、その瞳には何も映っていないように光は無く、虚ろな影で満ちていた。  
ゆっくりとその両手が首を包みこみ、締め付けてゆく。  
まといの細い首に命の指がめり込んでゆき、気道と血管を圧迫する。  
息が詰まり、まといは仰ぐように天井を見上げながら、  
抵抗するわけでもなく、苦しそうに喘ぎながらも口元には微笑みが浮かんでいた。  
「……ああ…… さっき、の……命、先生……は……」  
喉笛を押さえつけられ、かすれた声しか出ない状態で、まといは声を絞り出す。  
「…こんな……気持、ち…… だった、ん……ですね……」  
喘息を患ったように細い呼吸音を漏らしながら、まといは命に笑顔を作って見せる。  
 
締め付けていた命の両手の力が消えた。  
見る見るうちにその瞳に心が戻り、表情が現れてくる。  
跳ね上げるように自分の両手をまといの首から遠ざけ、  
開放されたまといは一度短く咳き込むと、喉を手で押さえて肩を上下させながら荒い息をつく。  
自分の行動が信じられないといったように呆然とまといを見つめる命に気がつき、  
まだ喉をぜいぜいと鳴らしながら、それでも微笑みを浮かべて片手を命の頬へと伸ばした。  
「……同じです。私と、あなたは。」  
まだ動揺から抜けきれていない命の頬をそっと撫でながら、まといはもう一度口を開く。  
「…私達は……同じ人間、でした。」  
そう言って、にっこりと微笑んで見せたまといに、  
命の顔は一瞬強張りをみせたが、すぐにそれは崩れ、口元を少し曲げて笑っているとも泣いてるともつかない顔を見せる。  
 
命の手がまといの背中に回され、ふわりと覆うようにその体を抱き寄せた。  
まといは今度は拒否しようとはせず、自らの両手も命の背中に回して、慈しむように腕を絡めて抱き返す。  
命の胸に顔を埋めたまといは目を閉じ、次第に落ち着いてゆく彼の心音に耳を傾けていた。  
 
ずいぶんと長い間そうしていたように思えたが、実際はほんの数分なのだろう。  
命の鼓動が落ち着きを取り戻した事をまといが実感した時、背中の両手がもぞりと動いた。  
すすっとまといの腰に回された手は、素早く帯を解いてしまい、軽い布摩れの音を立てて袴が床に脱げ落ちる。  
びくりと体を震わせて顔を赤くしながら、まといは次々と着物を脱がしにかかる命の胸の中で強く首を振る。  
「だめ……!」  
まといの制止は聞かず、命はどんどんとその着物をはだけさせてゆく。  
 
「だめっ!」  
抗う動きは全く見せないが、語気を少し強めて、まといは再び声を上げた。  
命の手の動きが止まり、片手でまといの髪に触れ、そっと撫でながら囁くように声を出す。  
「…………抱きたい。」  
「……だめ。」  
一瞬の躊躇の後、やはり拒否の返事を返したまといの頭を両腕で自分の胸に抱え込んだ。  
「…君の中で、やすらぎたい。……今日、限り…… 今だけでのものでもいい……」  
「…………」  
まといの返事はない。  
顔を赤くしたまま、心地よさそうに命に髪を撫でられ、胸に顔をあずけて考え込んでいるように見えた。  
命はそれ以上何も言わず、まといを愛しそうに抱きしめている。  
まといは言葉は返さなかった。  
が、命の胸に顔を埋めたまま、ゆっくりと、小さく頷いてみせる。  
命の腕が、するりと、まといの着物の中へと入り込み、少女の口から鼻にかかった細い声が漏れ出した。  
 
背中を壁に押し付けたまま、まといの着物をはだけさせ、剥き出しになった肩の上を命の口がなぞる。  
片手は胸元へと入れて直接まといの膨らみに触れ、もう片手は足の間を割って入るように、一番大事な部分を愛撫している。  
まといの秘所で命の手が動くごとに、次第にそこが湿り気を帯び、音を立て、まといの口から喘ぎ声が漏れる。  
膨らみを口に含み、舌で転がし、そのたびに感じて声を上げるまといに、  
命の動きが段々と激しさを増し、柔らかい膨らみを揉みしだきながらまといの秘所へと指を入れ、その中をかき回す。  
びくびくと体を震わせて、まといは命にしがみ付いて何度も嬌声を上げた。  
「まとい……」  
自然に口から出たその言葉に命はハッとしたように動きを止めるが、  
蕩けた瞳で微笑みながらまといが頷いてみせると、もうたまらなくなったのか  
何度もまといの名を呼びながら、敏感な部分を責め続けてゆく。  
 
やがて、まといが完全に上気して肌がしっとりと熱くなると、  
命はいったん愛撫する手を止め、自らの絶棒を取り出してまといの秘所にあてがう。  
それに気がついたまといの表情が緊張するかのように引き締まり、喉を一回こくりと鳴らした。  
思いがけず、不安そうな顔で  
これから結合しようとする場所を見守っているまといに、命は少なからず戸惑いを覚えて焦った声を上げてしまう。  
「…い、入れる…よ? ……いい?」  
「あ…! は、はい!」  
うわずった声を上げ、身を固くして目を閉じるまといに、命はさらに焦り顔でまといの秘所と顔とを見比べてもう一度尋ねる。  
「…いくよ? ……大丈夫?」  
まといは目をギュッと閉じ、口を横に強く結んで小さくうなずいてみせる。  
命は自分の腰を押し出して、まといの中へと侵入を開始した。  
 
まといのそこは十分に濡れており、挿入してゆくのには何の問題もないが、  
命は前回のように一気に貫く事はせずに、徐々に徐々にまといの中へと絶棒を沈めてゆく。  
「大丈夫…… ゆっくり、入って行くから…」  
「……ううん。平気です。……何だか緊張しちゃっているだけですから。……いいですよ、そのまま、一気に奥まで入っても……」  
少し緊張が解けたのか、  
まといは命の背中に手を回して侵入を促そうとするが、笑って首を振ってみせると命はゆっくりとまといの中へ自身を挿入してゆく。  
「…んっ……んん…あ… ああ……! んんんっ!! んあっ… ああぁん……」  
命が侵入してくるたびに少しずつ与えられ広がってくる快感に、  
まといは潤んだ瞳の瞼を半分閉じて、切れ切れに悦びの声を上げている。  
やがて命の全てがまといの中へ埋没し、完全に繋がると、どちらからともなく互いへと微笑みかけた。  
命は絶棒を動かさず、結びついた深さを味わうように静かに腰を動かして、微弱に与えられる快感を生み出している。  
二人とも、絡み合っている場所から積極的に快楽を求めようとはせずに、繋がった悦びを堪能しているのだろう。  
相手の頬や体に手で触れあいながら、抱き締めあっている。  
 
命の手がまといの頬に触れ、自分を見つめるまといに唇を近づけようとした時──  
それまで穏やかな表情を浮かべていたまといが突然目を見開き、弾かれたように顔を横にそむけてしまった。  
口付けを避けられた形となった命は、信じられないといった表情でまといをみている。  
「……ごめんなさい。……それは……だめ…」  
顔をそむけ、すまなさそうなまといの呟きに、命の顔が強張った。  
                   
まといの両肩を掴み、  
何の前触れもなしに激しく二度三度まといを下から突き上げると、その中を掻きまわすように腰を大きく動かした。  
「あうっ……!? あっ… いや…んん……っ!!」  
跳ね上げられながら突然激しく自分の中で暴れる命の感触に、まといはのけぞって声をあげてしまう。  
命は素早く床に手を伸ばすと、まといの帯を拾い上げ、顔の高さにまで持ってくる。  
「…何……を?」  
命が何をしようとしているのか  
理解できず訝しむまといに何も答えず、そのまま目隠しするように帯を巻きつけてまといの視界を奪ってしまった。  
「……なっ……え…!?」  
即座に両腕を掴まれ、自分では外す事ができないまといは動揺した声を上げ、命はその耳元に口を寄せた。  
『……いいんです。それでも、私の気持ちは変わりません…… 愛してます。常月さん…』  
「い…! いや!」  
もう無いだろうと思っていた命の行動に、  
まといは背筋に鳥肌が立つような感覚を覚え、次の瞬間今までになかった程の体の火照りが、あっというまに全身を駆け巡ってゆく。  
と、同時に命の腰が連続的に打ちつけられ、  
自身の中を繰り返し貫く絶棒の感触に、意識が飛びそうになるほどの快感を与えられてしまう。  
『常月さん…! あなただけを… 私はあなただけを! こんなにも……』  
「やめてやめてやめてぇぇ!! いや! こんなのいやぁ! ちゃんと、顔、見せて……っ!」  
なすすべもなく、頭の中が焼けてしまう程の強烈な快楽に飲み込まれてゆく自分に、  
まといは涙をこぼしながら必死で首を振り、絶叫に近い声を上げる。  
だが、その訴えも空しく、命はさらにまといを激しく突き上げ、その耳元で囁き、まといを責めつづけてゆく。  
『……離せません! あなたを… 離したりなど……でき…な……い…!』  
もう返事もろくに出来ない状態となり、  
心の中で押さえつけていた物が外れ、自分の奥から来る何かを感じながらまといは絶頂を迎えようとする。  
 
「兄さん? どこです? 何だか騒がしいようですが……」  
こちらに近付いてくる足音と、望の声がドアの向こうから聞こえた。  
瞬時に二人の動きが凍りつき、廊下の気配へと耳をすましている。  
「……望のやつ、目を覚ましたようだ。」  
命の言葉にまといの口元が引きつった。  
おそらく目を隠した布の下では恐怖の表情を浮かべているだろう。  
病室の壁に張り付けの状態で押さえつけているまといの顔を見て、命は一瞬だけ考えて顔を上げた。  
「──望! 呼んだか? どうした?」  
出し抜けに命が声を張り上げた。  
まといが鋭く息を呑み、何とか命から離れようとしているのだろう。  
そのもがき出した体を壁に押し付け、両腕を掴んで動きを封じ、ゆっくりと腰を動かして行為を再開する。  
「……やめて……! 先生が来ちゃ…… あっ… んっ…!?」  
再び自分の中で動き始めた命に、まといは絶頂寸前だった体が反応してしまい、思うように抵抗できないようだった。  
ノブが回る乾いた音がする。  
「兄さん?」  
軋んだ音と共にドアが開き、望が無造作に部屋の中へ足を踏み入れて来た。  
「先生! まって!」  
半ば間に合わない事は承知だったが反射的に声を上げたまといの目隠しに、素早く命の手が伸び、外される。  
視界を取り戻したまといの血の気の引いた顔と、  
一歩踏み入れた足をそれ以上動かせず、衝撃の表情を浮かべた望の視線が合った。  
 
 
「せ、先生…… 見ないで…… 違うの…! 違うの……っ!」  
「…つ……常月さ…… 兄さん…! 何を!」  
「──見て分からないのか?」  
状況が分からずに戸惑う望と、冷たい声で首だけ横を向け、まといへの行為を続ける命と。  
必死で首を振りながらも、命から与えられる快感に抗えずに苦しそうな嬌声を上げてしまうまといと。  
三人の声が、バラバラにその場に飛び交った。  
 
望の視界からは白衣で隠れて結合部こそ見えないが、  
半裸状に着物を剥かれたまといと命の絡み合う状態からみて、かろうじて二人が男女の行為を行なっていた事だけは理解できた。  
止めに入るべきか否か。  
判断する事が出来ず、青い顔をしたまま戸口をくぐった場所で立ちすくんでいる。  
                                       
「先生…… 先生……」  
まといは力の無い声で何度も望を呼び、命に押さえつけられた手を、助けを求めるように僅かに望の方へと伸ばしている。  
「望っ!」  
突如、怒気をはらんだ鋭い声で命が望の名前を呼んだ。  
「お前、この子への愛情は全く持っていないのか?」  
「そんなことないです! 先生と私は、愛し合っているんですから。」  
間髪入れず、望よりも先に反論したまといだったが、当の望は二人からは微妙に目をそらして一瞬言葉に詰まったように見えた。  
「……何を言っているのですか兄さん。」  
らしいと言えば彼らしい、肯定とも否定ともつかない言葉が返される。  
伸ばそうとしていたまといの手先が力を失くして垂れ、半開きの口からは微かな音でもう一度望を呼ぶ声が漏れた。  
消沈した表情のまといと対照的に、  
命は眉を吊り上げて望の方を向けていた首を正面に戻し、間近にあるまといの顔を見つめる。  
「──お前、自分がこの子にどれだけ好かれていたのか知っているのか?  
この子がどれだけお前の事を思っているのか知っているのか?  
一番近くにいながら、気がついていなかったとか言うんじゃないだろうな!?」  
真正面から切り込んでくる命の言葉に気負されたように、望は二人から目をそらしたまま口をつぐんでしまっている。  
「…元を正せば、この子が勝手に好きになって勝手に押しかけてきてやった事だろうがな。  
この子にとってはそれが愛情表現の全てなんだ。  
良くも悪くも一直線に、馬鹿がつくほど自分に正直に行く事しかできない。そういう子なんだ。」  
いつのまにか命は押さえつけていたまといの腕を解き、自分の胸の中に抱え込むようにまといの頭を抱きよせていた。  
 
呆然とした表情で命に抱えられながら、まといはその言葉に耳を傾けている。  
「だがな。自分がただ相手を愛するだけで満足できる人間などまずいない。  
この子だってそうだ。お前を求めて、ほんの少しでも答えて欲しくて。でもお前からの答えはなくて。  
……だから …たとえ一時のまやかしでもお前からの答えを貰えたような気持ちになるような……  
そんな行為が身に降りかかってしまったから…… 抗えなかった… その行為の中にお前を求めてしまったんだ。」  
命の声はもはや望に対してと言うより、どこか遠くの、違う誰かに対して呼びかけているようにも思える。  
──同じ人間。まといの胸の中で、先ほど命に告げた言葉がやけに何度も響く。  
「…この子はお前の為ならどんな事でも耐えるだろうな。  
お前の知らない所で何があっても、耐えて、また立ち直って、お前についていこうとするだろう。……どこまでもずっと。」  
命は一度言葉を切り、再び顔を望の方へと向ける。  
「…まだ、甘えるつもりなのか。お前。」  
一転として落ち着いたトーンの声で、命は淡々と望に投げかけた。  
 
およそ、まといとの行為の時とは別人と思えるほど冷静な表情のまま、  
しかし瞳の奥に底冷えする程の冷たい物を携えた命と、固唾を飲んで自分を見守るまとい。  
その二人へと望は顔を向けて、ぼそりと口を開いた。  
「…重いんですよ、私には。愛という物が……」  
「──お前には!」  
望の言葉が終らないうちに、それを遮って命が声を上げる。  
ぎょっとした表情となる望からは顔は背け、命は腕の中にあるまといの姿を見つめた。  
「お前には、この子はもったいない…! 私がもらう!」  
「やっ……!? あ……っ! んっ…!」  
命は吼えるような声を上げ突然激しく腰を動かし始めた。  
まといは彼と繋がったままだった事をしばし忘れていたのか、その口から驚きを交えた嬌声が上がる。  
だがすぐに、まだうずいていた体が熱を取り戻してゆき、快感のうねりが大きく全身を支配してゆく。  
腰の動きを早めながら、命はまといの耳元へと口をよせた。  
「……すまない。……このまま、いくよ。」  
「……ぁ! だっ……駄目っ…! それは嫌……! っああぁん!?」  
焦りながら体を捻って何とか抜け出そうとしているのだろうが、この体勢ではもはや無駄な抵抗に過ぎず、  
自分の中を激しく掻き回す命の絶棒に与えられる快感に、体を動かそうとする気すら抑えられていってしまう。  
「…やめて…… 中…… だめ………」  
言葉とは裏腹に、体の芯から湧き上がってくる物に飲み込まれ、  
まといは自分の意識が飛んで行こうとしている事だけ、かろうじて理解できた。  
そのまといを突き上げている命の息が荒くなり、そのまま果てようと目を閉じる。  
           
「わあああああ!!」  
突如奇声が上がり、柔らかい物がぶつかる音、続けて何かが床に叩きつけられたような堅い振動が響いた。  
「──っ!」  
「……せ、せんせい……?」  
まといの声に我に返った望の視界には、突き飛ばされた際に打ったのか床に転がって頭を押さえる白衣の背中と、  
押さえていた物が無くなり力尽きたように壁に背をこすりながら崩れ落ちようとするまといの姿が映る。  
床に崩れながらも、望の方へと真っ直ぐにまといの手が差し伸べられ──  
躊躇無くそれを掴むと、望はまといの腕を自分へと引き寄せ、半裸の少女の体を抱きとめた。  
「先生……」  
望の背中に手をまわし、まといは嬉しそうな顔でうっとりとした声を出した。  
そんなまといに安堵したようなため息を落とし、改めてその姿に気がつき、望は慌てて目をそらす。  
申し訳程度に羽織った状態の着物から、剥き出しになった柔らかそうな二つの膨らみと、  
その先にある、まだ余韻を残してぷっくりとしたままの突起が目に焼き付いてしまい、思わず顔を朱に染めてしまう。  
そんな望の様子には気がつかず胸板に頬をすりよせているまといを  
なるべく視界に入れないように、素早く床に落ちている袴や帯を拾い上げる。  
半ば押しつけるようにまといに持たせると、今度はいきなりまといの体を両腕で抱え上げて、まだ倒れたままの命を一瞥する。  
「す…… すいません兄さん! でも…… やっぱりいけないですよ、無理にこんな事するのは……! すいません!」  
それだけを告げると命の返事も待たずに、まといを抱えたまま逃げるように部屋を飛び出してゆく。  
「……ま……!」  
ようやく顔を上げた命が声を出した時には、すでに二人の姿はそこにはなく、  
医院の外へと遠ざかってゆくバタバタとした足音だけが聞こえていた。  
 
「……っ……」  
突き飛ばされた時に床で頭を打ったのだろう。  
そっとさわると小さくこぶ状の物ができており、命は少し眉をしかめ、ようやく床の上に上体を起こした。  
「まとい……」  
自然と口をついて出た呼び声に返ってくる返事などもちろん無く、  
部屋の中は静まりかえり、すでに日が落ちて暗くなりはじめていた。  
ため息が漏れ、ついさっきまで自分の腕の中にあったまといの温もりを思い出そうと目を閉じる。  
ほんの少し前まで繋がっていた事、柔らかい肌に触れていた事、  
自分へと微笑んでくれていた事が次第に現実味を失ってゆき、白昼夢でも見ていたように思えてくる。  
言葉を失くしたように呆然と誰も居なくなった部屋をみていたが、ふと、気がつくと、  
果てることができないまま一旦は治まったはずの自身が、再び活動を始めてまといを求めるように硬度を取り戻している事に気がついた。  
最初に自分自身への嫌悪感が湧き、しかし、自分の手が勝手にそれを慰めようと動いてしまう。  
もう一度目を閉じ、まといの顔を思い浮かべる。  
あのとき、緊張しながらも、命としての自分を受け入れてくれた時のはにかんだ笑顔。  
そして自分を感じてくれた時の声。  
繰り返し思い出すまといの姿に、命はそのまま自身を止める事ができず、自己嫌悪に包まれたまま自分の欲望を解放していった。  
 
立ち上がる事ができない。  
特にどこかが痛むわけではないが、体に力が入らない。立ち上がろうとする気力さえ湧かない。  
たった今、自分が汚してしまった床に一瞥をくれると、再び激しい自己嫌悪に取り付かれ、  
小さな窓の下の壁に背中を預けたまま片膝を抱えてうずくまり、空いている手で自分の髪を滅茶苦茶にかきむしる。  
「……畜……生………っ!」  
低い声で誰にともなく毒付き、やがてかきむしっていた手を止め、力なく床に落とした。  
一瞬だけ顔を上げ、口元に皮肉っぽい笑みを浮かべてみせる。  
「…ああ…… 私の事だ……な……」  
喉の奥から嘲笑するような低い呻きを漏らし、再び顔を伏せた。  
クックッ、と漏れる引きつった含み笑いに、いつの間にか嗚咽が混じってゆく。  
「……ま……とい……」  
擦れた声で喉の奥からまといの名を呼び、床に落ちた指を握り締めるように爪を立てる。  
板張りの冷たい床を引っ掻く音が、やけに不愉快に耳に届いた。  
 
                              
とりあえず適当に着物を巻きつけただけにも見える姿のまといを背負い、望は日が落ちた町を学校へと急ぎ足で進んでいた。  
しっかりとしがみ付いたまといは、満足そうな微笑みを浮かべて目を閉じ、その背で揺られている。  
二人とも特に会話を交わす事もなく、やがて校門をくぐった所でまといが口を開いた。  
「…先生。こんな格好で宿直室に帰ったら、何を言われるかわかりませんよ?」  
「──あ。……そうですね。では、どこか、人の来なさそうな場所を……」  
言われて初めて気がついたのだろう。  
足を止め、少し考えていたようだったが、すぐにまた歩き出し、校舎の裏手へと回ってゆく。  
 
「……ここなら、この時間はまず人は来ないでしょう。」  
固そうな引き戸を開け、少し埃っぽい体育用具室のマットへとまといを降ろすと、壁際にある照明のスイッチを押す。  
取って付けたような裸電球が数回点滅しながら点き、ほぼ真っ暗だった室内を頼りなげに照らし出した。  
とても室内全体に行き届くような明かりではないが、ちょっと着衣を正すくらいなら十分だろう。  
「先生は一足先に戻りますから、常月さん……」  
「先生もここに居てください。」  
背を向けて外へと踏み出そうとする望の声をまといの言葉が遮った。  
「……そんなにお時間は取らせませんから。」  
「…わかりました。」  
素直にうなずくと望は引き戸を閉めて、まといには背中を見せたまま戸板と睨みあうように立っている。  
背後ではまといが居住まいを直しているのだろう、着物の擦れる音が聞こえる。  
 
「ねえ先生……」  
「何か?」  
ぽつりと尋ねかけたまといの声に、望は振り返らないまま短く答えた。  
背中側からは変わらず、帯を解く音などが聞こえてくる。  
「先生は、恋人はバージンでないと駄目ですか?」  
まるで今夜の献立でも聞くような口調で唐突な事を聞くまといに、望は少なからず動揺し、ぎくりとしたように肩をすくませてしまう。  
「……私は、そんな了見の狭い人間に見えるのでしょうか?」  
淡々とした感じで質問を質問で返す望だったが、その後ろでばさばさと布を広げて払う音を立てながら、さらにまといが聞き返す。  
「他の誰にも手付かずの女性でないといけませんか……? 自分以外の男性が触れた女の子では、もう愛せませんか?」  
互いに相手の話には答えない一方通行のやりとりに、望は思わず苦笑を浮かべて頬を掻く。  
「…常月さん、私はそんな事は──」  
「先生は潔癖性ですよね。……だから、私は、もう愛される価値が無いほどに汚れて映るのでしょうか。」  
望が溜め息をつくと同時に、背後のまといの立てる音が止んだ。  
「……やめなさい、常月さん。」  
これ以上話を続けさせまいと、望はまといをたしなめようと振り返り、一瞬ギョッと目を見開き口を開けたまま硬直してしまった。  
 
「──では、私を抱けますか? もう、他のだれかの手垢まみれになってしまっている私を…… 抱けますか?」  
灰色がかったマットの上に褥を作ったように自分の着物を全て広げ、その上に全裸となったまといが横たわっている。  
仰向けになり、黄色い電球の灯りの下に自分の体を隠すことなく晒し、目だけで望を見上げていた。  
「…あ、え…… つ、つね……つ……」  
「目をそらさなくても平気です。私、先生にでしたら何を見られても恥ずかしくありません。 」  
仰向けに寝そべったまま、両手を左右に広げて、形のよい膨らみと、滑らかな曲線で作られている肢体を全て見せている。  
「…いや、抱くって、あなた、それは……」  
「──いままで、何人もの男の人が、何回も。……私の中に入りました。  
さっきも、先生のお兄さんに、激しく貫かれていました…… 思い出すだけで眩暈を覚えるくらいに熱っぽく……」  
顔色も変えずに話し続けるまといに、望は命との事を思い出したのか気まずそうな表情で沈黙する。  
「…でも。一度だって、遊び半分や軽い気持ちだった事は無いです。私は本気でした。いつも真剣に、どこまでも……」  
まといは頭を横に向け、望の顔を真っ直ぐに見つめる。  
「先生…… 既成事実を作ろうとか、そんなつもりじゃないですから。……ただ。」  
一度言葉を切り、まといは表情を引き締め、まだ固い顔をしている望に微笑んでみせた。  
「ただ、先生にとって、私はもう抱く価値も無い女の子なのかどうかを、教えて欲しいです……」  
                                   
しばし、沈黙が訪れ、やがて望は長い溜め息をついてまといに苦笑いをしてみせる。  
「…ずるいですよ、常月さん。私が何と答えるかなんて…… だいたいわかるでしょう?」  
様子を伺うようにこちらに視線を送る望に、まといはにっこりと笑い返した。  
「ずるい先生も好きです。臆病で日和見で心が折れやすくて逃げ上手で下手な嘘つく…… 先生大好き──」  
微笑むまといの掌が望の方へと差し出された。  
望はおずおずとその掌に自分の手を伸ばし、そっと指を絡め合わせる。  
「あまり、悲しくなるような事を言わないで下さい…… 価値が無いなんて事、もう言わないで下さい。」  
「……教えて……くれますか? …もう言わなくていいように。」  
真剣な顔のまといに尋ねられ、先生は困ったように指で頬を掻いた。  
「……答えるほか、ないのですね? 言葉でなくて、行動で……」  
「先生のせいじゃありませんよ。」  
再び頬笑み、つないだ手を引きよせるまといの上へと、望の体が倒れ込んでいった。  
柔らかい頬に望の頬が触れ、まといは自分に覆いかぶさる背中に腕をまわしてしっかりと抱きしめる。  
「うれしい……」  
涙を浮かべた瞳を閉じ、まといは望の頬に何度も自分の頬をすりよせていた。  
 
用具室の中に、少女の漏らす甘い声が細く尾を引いて聞こえている。  
唇で丁寧に胸の膨らみを愛撫され、まといは夢見心地な表情で誰憚る事なく吐息に混じえた嬌声を上げる。  
自分の肌の上を這いまわる望の唇と舌の感触が、じらすように敏感な部分を通り過ぎる度にまといの声が漏れだす。  
「…は……っ…! ん……! …先生、上手……」  
指で自分の下に敷いた着物を掴み、されるがままに望の愛撫を受けながら、まといは嬉しそうに微笑んだ。  
「…まあ、それなりに、経験は積んでいますからね。」  
冗談交じりな口調で言いながら、望は指をまといの秘所にあてがい、とろりと濡れているそこへ侵入してゆく。  
「あぁ……ん……」  
自分の中に入り込んだ望の指の感触に吐息を漏らしたまといだったが、次の瞬間、驚いたように目を見開き体を弓なりにのけぞらせる。  
「やっ!? あっ! あっ! やはああーっ!!」  
侵入した指と外にある指とで、余す事なく大事な場所を集中的に攻められ、本能的に腰を引いて逃れようとしても  
それを察知するのか望の指先はどこまでも追いかけて来て、凄まじいほどの快感をまといの秘所に発生させてゆく。  
「…くぅ! いっ、やっ! んくっ! いっ… くっ!!」  
全身が跳ね上がるような感覚を覚え、  
ほとんど自覚もしないまま絶頂を迎えたまといは激しく腰を痙攣させ、そこで意識が途切れてしまった。  
 
望の指が自分の中から抜き去られた事を感じ、まといは意識を取り戻した。  
実際は失神していたわけではないのだろうが、そう思えるほどに、自分自身がどこかに飛んでしまっていた事を実感してしまう。  
「…無理矢理いかされたのは初めてです。」  
少しすねた顔で恥ずかしそうに口を開くまといに、望は照れたように笑い、次にちょっと申し訳なさそうな顔をしてみせる。  
「──さて、本番…… と、言えれば良いのでしょうが… 私のほうが少々申し訳ない事に……」  
言葉を濁す望に、まといはすぐに理由を察したようで、  
体を起こすと、まだ袴を履いたままの望の股間を見て、そっとその中にあるはずの絶棒に生地の上から触れてみた。  
「…すみません。男として末期と罵られてもしかたありませんよね。」  
自嘲気味に口の端で笑う望に、まといは頭を振って答える。  
「先生が性欲任せに女性を抱くような人じゃない事は知っていますから。……じゃ、今度は私が先生に御奉仕をしますね。」  
少し顔を赤らめて、まといは望の袴と下着を脱がしてゆき、すぐに剥き出しになった望の絶棒を目にする。  
「…す、すみません、情けなくて。」  
へこんだような声を上げる望とは対照的に、まといはやや興奮してきたように潤んだ瞳でそれを見つめ、顔を近づける。  
「これが先生の…… 私の… ものに……」  
今にもとろけそうな声でぽつりと呟き、そのまま躊躇なく縮んだ状態の絶棒を口に含み、味わうように舌を丹念に這わせる。  
「あ…… ああ……」  
自分の絶棒に、まといの熱烈な愛撫を一身に受け、望は心地よい感覚に思わず声を上げてしまった。  
まといの温かい口の中でそれは次第に膨れてゆき、少しずつ硬さを持ち始めていく。  
 
──とても上手ですよ、常月さん。  
愛しくてたまらないといった様に夢中で絶棒を愛撫するまといにそう言おうとして、望は思いとどまり、まといの髪を撫でてそっと口を開く。  
「…先生、とても、気持ちいいですよ…… 常月さんの口の中、とても温かく……」  
まといは嬉しいような恥ずかしいような顔で目を細めるが、  
自分の口の中で小刻みにひくひくとして確かに感じているはずの絶棒が、  
未だ立ち上がったと言えるほどの硬さにはならず、少々不満気に、ちゅぽっと音を立てて一旦抜き去った。  
 
愛しそうな表情で手に持ったそれを優しく指で撫でながら、まといは思い切ったように望の顔を見る。  
「…先生、目を閉じて。……想像してみてください。」  
「え…? は、はあ…… 何をでしょう?」  
戸惑った顔で、それでも素直に目を閉じた望に、まといは一瞬ためらいをみせるが、すぐに言葉を続ける。  
「…好きな女性の事を、です。……想像して下さい…」  
まといの言葉に望は思わず小さくむせ返り、喉をゲホゲホと咳き込ませながら目を開けて、伺うような視線をまといへと送る。  
少し怯えの色をにじませた望の視線を受けて、まといは口元に笑みを浮かべ、上目使いのまま目を細めてみせる。  
悪戯している子供を叱る様に軽く睨みながら、くすっと笑い声を漏らした。  
「……私じゃなくても、いいですから。」  
「え…… あ……」  
そう言って笑いながらも少し辛そうなまといの笑みに、望は喉が塞がったように声が出なくなってしまう。  
またしても固さを失いつつある絶棒を指でゆっくりと愛撫しながら、まといは小さな声で呟く。  
「浮気は駄目。……なんて、もう、私は言えないんですから。……いいですよ、先生。」  
それだけを言うと、再び絶棒を口に含んで先ほどよりも激しく刺激し始めた。  
戸惑っていた望だったが、繰り返される少女の舌や唇の感触に身をゆだねてゆき、やがて目を閉じる。  
 
まといは、口の中で望の物が少しずつ膨らみ固くなってゆくのを感じていた。  
やがてそれは完全に立ち上がった状態となり、ちょっと誤ると喉に届いてしまいそうなほどにまで成長する。  
絶棒を咥え、それに愛撫を続けながら、まといはチラリと望の方を伺ってみた。  
集中しているのか、目を閉じ天井を仰いだ姿勢で時おり絶棒をヒクつかせながら息が荒くなってきていた。  
「…も……もうすぐ、かも、しれません…… そろそろ……」  
望はまといに自分の限界が近い事を告げるが、まといは動きを止めず、一層激しく絶棒を責め始めた。  
「あ…! あの…!? このままだと、出ちゃいますよ!? 常月…… さ…ん…!」  
まといは動くのをやめない。  
じゅぷじゅぷと音を立てて望の絶棒を吸い上げ、絶頂へと導いてゆく。  
 
望はもう、まといの口中で果てる事を決めたのか、それ以上何も言わず、再び目を閉じて近付いてくる射精感を待っている。  
まといはラストスパートをかけるように絶棒を責め──  
突然、口の動きをピタリと止めた。  
口中の絶棒が達するには未だもう少しの刺激が必要らしく、口の中で切なげに震えながらも、果てる事が出来ないでいるようだった。  
「…す、すいません……! 私、まだ……!」  
もう完全にこのままいくつもりだった望は、焦った声を上げて目を開け、まといの方を見る。  
絶棒の頭の辺りに、舌や唇ではない何かが当たる感触がした。  
 
望の目には、まといが自分の性器の頭を、前歯で挟み込んだ状態で咥えているのが映る。  
「つ…… 常月さん…!?」  
まといの瞳はどこも見ていない。  
死んだような目をして、虚ろな視線を宙に漂わせ、望のそれを噛み切ろうとでもしているように見えた。  
「常…月…さん……」  
恐怖感とともに何かが胸に刺さり、望は擦れた声を上げた。  
まといの歯に挟まれた絶棒が、早く果てたいとの抗議をするように大きく一回震える。  
その途端まといの瞳に生気が戻り、慌てて咥えている絶棒を開放した。  
                                  
どう言葉をかけるべきか分からずに望が沈黙していると、まといは潤んだ瞳で望の手を取り強く握り締める。  
「私を愛して…… 先生……! 私を……愛してください……」  
「常月さん……」  
泣き出したいのを我慢しているようなまといに、望はその髪を撫でようと手を伸ばす。  
──その瞬間、まといに力ずくで引き寄せられ、そのまま寝転んだまといを押し倒す形となった。  
「先生……さあ ……来て下さい。」  
寝そべったまといは、少し頬を赤らめながら足を開き、自分の秘所を望の眼前に晒す。  
突然見せられたまといの大事な部分を目にし、望は焦りながらどうにか平静を保とうとあたふたと言葉を選んでいる。  
まといの指が自分の秘所に伸びてそれを左右に開き、ピンク色をした中身まで見せ、望を促がしている。  
「……ちょ、ちょっと待ってください。私、もう、寸止めに近い状態でして……」  
「どうぞ。」  
望の言葉を意に介さず再び招くまといに、さらに焦った声が上がる。  
「いえ、ですから…… あなたの中に入っただけで暴発してしまいますよ…!」  
「だから、どうぞ。」  
さらっと答えたまといの両足が望の腰に絡みつき、その体が少女の方へと引き寄せられる。  
「妻と子作りをする事に、何をためらっているんですか?」  
「いや、妻って……!」  
戸惑い続ける望の絶棒に手を添えて、まといは自分の場所へとあてがった。  
 
「とうとう、先生と……」  
幸せそうな笑顔で目を閉じるまといに、望はもうそれ以上は何も言えず、まといの頬にそっと掌を寄せた。  
温かい望の手の感触にまといの頬がほんのりと紅くなり、望に絡みつかせた足でその腰を引き寄せ、自分の中へと導こうとする。  
 
時間にすればほんの十数秒だろう。  
空白に思える時間の後、怪訝そうな顔をするまといが目を開くと、バツの悪そうな顔をした望の顔が映った。  
「すみません…… また……その……」  
その一言で状況を察したのだろう。  
一応、望の絶棒に手を触れ、それを確認すると、  
この世の終わりが来たのかというくらい落ち込んだ顔の望を抱き寄せて、ちょっと残念そうに笑い声を上げた。  
「先生、本当にチキンさん。……気にしなくてもいいのに。」  
「…チキンな自分に絶望するのは、これで何回目でしょうかね……」  
暗い顔で溜め息をつく望の体を抱き起こして座らせると、まといは勢いを失った絶棒を手で撫でて望を見上げる。  
「先生…… 私、お口でご奉仕しますから。…今度こそ、安心して最後まで行ってください。」  
「……かなり、なさけない男ですね。」  
悲壮的な声を出す望に、まといはくすくすと笑いながら、絶棒に手を添えて軽く口付けを落とす。  
 
「何回でも、いいですから。 満足するまで遠慮しないでくださいね?」  
「そんなに何度もするなど無理です! ……一回で十分だと……」  
まといはもう一度小さく笑って、舌先で絶棒を軽くつついた。  
「なら…… ゆっくりと…… じっくり、愛させてくださいね……」  
そう言い、するりと絶棒を口に含みはじめる。  
再び湧き上がる快感に包まれながら、望は、一心に自分の物を愛撫してくれるまといを眺める。  
そっと手を伸ばし、その頭を撫でながら、恥ずかしそうに目を細める少女の顔をずっと見つめていた。  
 
                                    
  □  □  □  
 
 
「……そう、ですか。他に何か分かった事は……?」  
あれからまだ、数えるほどしか日は経っていない。  
まといは戸惑い顔で携帯電話の向こうとやりとりをする望の顔を、少し心配そうに覗き込んでいる。  
望はまといの視線に気がつくとチラリと一度目をやり、大丈夫だと言うようにぎこちなく微笑んでみせた。  
「ええ。……ええ。いえ、特に…… ええ、分かりました。また、何か分かったら知らせて下さい。」  
通話を切り、携帯をしまうと、望は神妙な面持ちでまといの方を向いた。  
「命兄さんが…… いなくなったと……」  
ある程度は会話の内容から推測していたのだろう。  
だが、やはり改めて伝えられるとショックが大きく、まといは唇を噛みしめてしばし沈黙する。  
「…どうして。」  
「それは、わかりません…… 倫の話では、部屋は完全に引き払っていて、  
医院の方は、しばらく頼むと言い残して後輩に預けてあったとの事ですから──  
身の回りの事はちゃんとしていったなら、思いつめて短気をおこしたというような事はないでしょう。」  
努めて冷静に説明する望だったが、まといの表情は変わらず、うつむいて肩を落としていた。  
「……あなたのせいではありませんよ、常月さん。あまり考えないほうが良いです。」  
柔らかい声でまといの背に手を回し、顔を近づけて笑いかけてみせる。  
「ね?」  
「…はい。」  
返事はしたものの、それで納得しているわけではない事は望もわかっているようだった。  
まといが返した笑みはやはりぎこちなく、不安で曇った瞳には同じようにぎこちない笑顔の望が映っていた。  
 
 
静寂に包まれた部屋に微かに聞こえる寝息と、秒針の音。  
薄暗い部屋を照らす常夜灯と、時折窓を叩く木枯らしの通る音。  
先生の寝顔を見つめて座り込み、うつらうつらとしていたまといの耳に、風音とは少し違う音が窓を叩いたように聞こえ──  
一瞬覚えた既視感が睡魔に包まれかけていた意識をわずかに刺激し、  
次の瞬間、弾かれたように立ち上がると、まといは窓の外へ食い入るような視線を送る。  
月明かりも無い暗闇、その中に見えた先生によく似た作りの顔にもう一度既視感を覚え、窓の側へと近寄る。  
近付いてきたまといの姿に気がついたのだろう。  
命の手がゆっくりと窓の前に差し出され、その手に握られている物に気がつき、まといは息を飲んだ。  
薄暗い中で鈍く光る包丁の切っ先が窓の外からまといの方へと向けられ──  
だが、すぐに命が手を翻し、  
ちょっと悪戯っぽく笑うとポケットから取り出したハンカチに刃を包み、すぐ横にあるエアコンの室外機の上に置いた。  
「……あ、それ…… 私の……」  
 
見覚えのある柄の形に、それが病院で落としてきたままだった自分の物だと気がつくと、安心したように笑みを浮かべる。  
 
どちらかともなく窓に近づき、締め切ったまま風に揺れる窓を挟んで見つめ合っている。  
命の手が窓に伸び、冷たいガラスに触れる。  
一瞬考えて、まといは窓の反対側からガラスに触れて、向こう側にある命の手と重ならせた。  
顔をさらに触れんばかりに窓に近づけ、命はまといの顔を凝視している。  
「…やっぱり、可愛いな。君は。」  
ガラスに遮られながらも、くぐもった音でまといの耳に命の声が届き、まといは困った顔で頬を赤くしてうつむいてしまった。  
 
「……君に、さよならと言いにきたんだ。」  
唐突に切り出した命の言葉に、まといは顔を上げて眉を寄せた。  
「これからどこへ……?」  
「…決めていない。でも…… 今日限りで、君の前に現れる事ができないように、遠くへ、行くつもりだよ。」  
窓越しとはいえ、あまり大きな声は出せない。  
一言一言をゆっくりと区切りながら、命は言葉を続ける。  
「私は、本当は、君の望への想いをすべて断ち切ってしまいたいと…  
そんな事ばかり考えていた。最低だ…… 君に近づける場所にいる限り、私は、君に幸せになってくれと思う事はできない。  
いつも…… 壊してしまいたくなる… 君を手に入れたいのに……」  
命は少し顔を伏せ、窓ガラスに眼鏡が軽く当たる音がする。  
「私は、いなくなるから。……もう二度と、君を穢すことはしない。追い詰める事もない。」  
まといはうつむいたまま、自分も顔を窓に近づけて、小さな声を窓越しに送る。  
 
「…穢していたのは私の方。……あなたの気持ちを知っていて、利用して……」  
「──それが私には嬉しかった。今は本当にそう思うよ。」  
まといは顔を上げた。  
ガラス一枚隔てて、すぐそばに命の顔が見える。  
「まとい…… 私には君しかいない。君以外は考えられない… 君にどれだけ嫌われても、ずっと君を想っている。私は……」  
言葉の最後はまといには聞き取れなかった。  
もう一度言って欲しいと、まといはそう言って、よく聞き取れるよう窓に耳をつけ冷たいガラスに頬を寄せる。  
命の言葉は無かった。  
代わりに、ガラス越しのまといの頬に、向こう側から何かが強く押し付けられた感触があり──  
一瞬だけあったその感触が、命の口づけだと理解した時には、もう彼は窓から離れていた。  
 
まといは顔を離し、窓ガラスに額を張り付かせてその向こうを窺う。  
暗い校庭の方へと去って行く命の後姿が見え、  
それはまばたきする間に暗闇の中へと消えてゆき、まぶたに微かな残像だけを残していた。  
力無くその場に膝をつき、それでももう一度窓の外を見つめる。  
だがどんなに目を凝らそうとも、そこには深い夜がただ暗幕のように広がっているだけだった。  
 
どのくらいそうしていたか。  
やがてまといは立ち上がると、部屋の真ん中で熟睡している先生の布団へと足音を忍ばせて近寄ってゆく。  
枕元に跪き、先生の寝顔を見つめ、ゆっくりとその上に自分の顔を覆いかぶせた。  
起こさないように、軽く触れるだけの口づけを眠っている先生と交わすと、  
まといは満足そうにその頬に触れ、先生の寝顔に優しく微笑んでみせた。  
 
 
 
「先生ー そろそろ起きないと間に合わないよ──」  
霧の声で目を覚ますと同時に味噌汁の香りが鼻腔をくすぐり、一つあくびをして、眼鏡を取ろうと枕元に手を伸ばした。  
枕元に畳んで置いてある自分の着替え。  
その横に並べて置いてあるもう一組の着替えに気がつき、上半身を起こして眼鏡をかけてみる。  
畳んで置かれたもう一組の着替えに見える物。  
見覚えのあるそれを手に取りそれを広げてみた。  
「…これは、常月さんの……?」  
呟いて記憶を手繰ってみるが、確かにこの柄の着物をまといが着ていた覚えがあった。  
状況がよく飲み込めていないものの、何か予感があったのだろう。  
傍らに置いてあった携帯に目をやると、メールの着信をしらせるランプが点滅していた。  
急いで手に取り、一件の新着メールを開き、読み進める。  
 
「──必ず、連れて帰ります ……そうですか…… 常月さん…… 行ってしまわれたのですか……」  
ぽつりと呟き、まといの残して行った着物にもう一度触れる。  
「…いつも、あなたは、一人で勝手に決めて、一人で何も言わず苦しんで…… 全部自分で何とかしようと……」  
着物に触れた手を握りしめ、強くそれを掴む。  
「どうか、無事で…… 帰ってきてください。どうか……」  
まといが抜けがらのように残して行った着物を握りしめ、何度も祈る言葉を口の中で繰り返す。  
あの夜にまといが見せた寂しそうな笑みが脳裏をかすめ、滲み出てきた涙を袖口で拭い取った。  
 
 
宿直室から廊下に踏み出し、想像以上の冷え込みに体を縮こませて腕を擦り合わせる。  
「冷えますね…… 冬ってこんなに寒い物でしたかね…?」  
体を震わせながらも、教室に向かい廊下をゆっくりと歩き出す。  
「……冗談では無く冷えますね。特に首すじや背中からも冷たい空気が浸みこんできて、寒気が…… あっ……? ……ああ。」  
廊下の真ん中で足を止め、ゆっくりと首を動かして背中を振り返る。  
「──そうでしたね。…………いないんでしたね。常月さん……」  
何かにぽっかりと穴が空いてしまったような、そんな気持ちを苦笑いで誤魔化して、正面を向いて再び歩き出した。  
 
「……早く、また温かくなって欲しいと願いたいものですね。……ねえ、常月さん。」  
窓の外、雪でも降りそうな寒空に向かい、独り言のような呟きが漏れた。  
ようやく、冬を迎え始めたばかりの季節。春は当分の間、気配すら見せないはず。  
その願いが叶うのは、まだ、ずっと先の話になるのだろう。  
 
                                                    
 

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