カチコチ、カチコチ、ひっそりと静まり返った部屋の中、時計だけが相変わらずの律儀さで時を刻んでいる。  
看護師達も全員帰宅し、現在この糸色医院で灯りが点けられているのは、この診察室だけだ。  
そして、人気のすっかりなくなった建物の中に留まっているのは、たった二人だけ。  
「それから後はもういつも通り、望お兄様ったら慌てて逃げ出して、でも結局千里さん達に捕まって……」  
「あいつも相変わらずタフだな。一体どれだけ生命の危機に遭えば気が済むんだ」  
「まあ、望お兄様の身から出た錆ですもの……ほんと、望お兄様ったら格好悪い」  
糸色医院を経営する糸色命と、その妹である糸色倫。  
二人は今、診察室の椅子に腰掛けて談笑していた。  
糸色命先生、略して絶命先生。  
この名前のお陰であまり患者の寄り付かない糸色医院であったが、それでもそれなりに仕事は多い。  
命の丁寧かつ誠実な診療を評価してかかりつけにしている患者もそれなりにはいるし、  
以前ネットで『死ねる医者』として噂を流された時にやって来た連中の何人かが何故か常連になってしまったり、  
少なくとも医院が潰れずにやっていけるだけの仕事はある。  
特にお年寄りの受けはいい。  
だって、あんまり文章の横書きとかしないし。  
名前の秘密に気付かれなきゃ、人当たりのいい若先生と認識してもらえる。  
命自身はそれなり以上に優秀な医者なのだ。  
というわけで、それなりにやる事も多く、命は遅くまで医院で仕事をする事がしばしばだ。  
「学校は、ずいぶんと楽しいみたいだね、倫」  
「ええ、望お兄様とクラスのみなさんを見ていると、ほんとに飽きませんわ」  
くすくすと、本当に楽しそうに笑う倫。  
彼女が医院に残って仕事をする命のもとに、こうして訪ねてくるようになったのは、彼女がこちらの学校に転校して1ヶ月ほど経った頃の事。  
『命お兄様…いらっっしゃいますか?』  
あの勝気な妹にしては珍しく、おっかなびっくり、おずおずと医院の扉の前でそう言ったのを今でも命はよく覚えている。  
それ以来、仕事を一通り終えた後、命と倫がこうして会話を楽しむのはすっかり毎日の習慣となってしまった。  
毎日、学校で起こったあれやこれやを、倫が楽しげに語り、命も相槌を打って、時に笑い合う。  
兄妹同士の親密な時間は、疲れた命の心と体をリラックスさせてくれた。  
いつしか命にとってもこの時間は掛替えのないものに代わっていった。  
だけど………。  
「………?…倫、どうしたんだい?」  
「あ…いえ……すみません、命お兄様。私、なんだかボーっとしてしまって…」  
時折、ぼんやりとした様子で倫の言葉が止まる。  
赤く染まった頬、さりげなく自分に向けられた視線。  
それらが意味するところに、命は薄々と感付いていた。  
倫がこうして頻繁に自分の所に訪ねてくるわけを、何となくではあるけれど理解していた。  
それは許されざる想い。  
叶う事のない願い。  
「疲れているんだろう。学校に差し支えては問題だ。今日はもう、帰った方がいいな…」  
それだというのに、こうやって口から出てくるのは、当たり障りのないその場を回避するだけの言葉ばかり。  
「……そうですわね。命お兄様も明日のお仕事がありますし、そろそろお暇させていただきますわ」  
そう言って微笑む妹の表情に、微かに滲む切なげな色。  
その全てを目にして、理解していながら、命は気付いていないふりをして妹を送り出す事しかできない。  
倫と過ごす時間があまりに心地良かったから。  
本当に、心の底から安らぐことができるから。  
目を閉じ、耳を塞ぎ、ただ凛との親密な時間に耽溺する。  
「それでは、命お兄様、おやすみなさい」  
「ああ、おやすみなさい、倫」  
迎えにやって来た時田の車に乗り込んで、倫は糸色医院を後にした。  
そのテールライトが道の先に消えてゆくまで、命は医院の前に立ったまま車を見送る。  
一人きりになった命は溜息一つ、自嘲気味に笑って医院の中に姿を消す。  
やがて、診察室の窓から灯りが消えて、辺りはゆっくりと本物の夜の静寂に包まれていった。  
 
「こら、倫、居眠りですか?」  
ポンッと教科書で頭を軽く叩かれて、倫はようやく夢現の状態から正気に返った。  
「あら、私、いつの間に……」  
「お前らしくもない。昨日、何か夜更かしでもしたんですか?」  
今、倫は自分のクラス、2のへの教室で、担任であり兄でもある糸色望の授業を受けていた。  
「そうね、倫さんらしくもない。授業はきっちり真面目に受けないと」  
口を挟んだ千里の言葉は、咎めるというよりは心配しているような調子だ。  
それだけ、倫が授業中に居眠りするというのは珍しい事だった。  
その原因は、望の指摘した通り夜更かしをした事で間違いはないのだけれど……。  
「ごめんなさい、昨日読んでいた小説があまりに面白くて、ずいぶん遅くまで起きていましたの」  
「ほほう、お前でもそういう事があるんですね」  
「そういう事ばっかりのお兄様には言われたくないですわ」  
望の言葉に憎まれ口を返しながら、倫は内心で苦笑いする。  
昨夜、ずいぶん遅くまで命と話し込んだ倫だったが、実は今日提出しなければならない宿題を多数抱えていたのだ。  
命の手前それを言う事ができなかったが、話を途中で切り上げる事も出来ず時間ばかりずるずると過ぎてしまった。  
とうわけで、帰宅してからの倫は机に噛り付いて、宿題に取り組まなければならなかった。  
宿題を全て終わらせたのが、だいたい深夜の2時ごろ。  
それから入浴を済ませてようやく就寝したのだ。  
完全に寝不足、居眠りをしてしまうのもやむを得ないコンディションだった。  
「ふう……私とした事が…」  
さすがにバツが悪くて、倫は溜息をつく。  
これまで授業中に居眠りをしてしまうまでに至った事はなかったが、命とのお喋りのために寝不足になってしまう事は少なくなかった。  
それでも、倫は命を目の前にすると、嬉しくて楽しくて、つい時間の事など忘れてしまうのだ。  
すぐ上の兄である望よりさらに幾つか年上の命。  
当時から医師を目指して勉強していた命は、忙しい合間を縫って望と倫の遊び相手になってくれた。  
昔からひねくれ者だった望はよく命に噛み付いて、喧嘩をして、だけどそれを見て倫が泣き出すと、二人は慌てて彼女を慰めてくれた。  
そこに時たま、次男の景がぶらりと顔を出したり、1年にほんの2,3度だけど長男の縁もやって来たり。  
優しい兄達に囲まれて、倫はのびのびと育っていった。  
そんな中でいつからだったろう、倫が命に対して特別な感情を抱くようになっていったのは……。  
医師となる夢を叶えるため、普段から並々ならぬ努力を重ねていた命。  
それなのに、倫や望と遊ぶときはこちらがどんな無茶を言っても、笑って付き合ってくれた優しい兄。  
その姿を見ながら、だんだんと倫の中に蓄積されていった想いは、ある事件をきっかけに明確な形を持った。  
『倫、危ないよ!早く降りるんだっ!』  
『何を言ってますの、お兄様、これぐらい全然平気ですわ!!』  
やんちゃ娘の倫は庭に生えていた大きな木に登り、その下で望がおろおろとしていた。  
あの時はまったく危険なんて感じもしなかったけれど、下から見ていた望は倫が足場にしていた枝の細さに気付いていたのだろう。  
もう少し高く、お家の屋根が見下ろせるぐらいに高く。  
そう思って倫が次の枝に手を伸ばしたとき、バキリッ、不吉な音と共に世界が反転した。  
『きゃああああああああっ!!!!』  
悲鳴を上げて、倫は真っ逆さまに落ちていった。  
だけど、地面に衝突したかと思われた瞬間、倫を襲った衝撃は思っていたより弱いものだった。  
呆然とする倫は、自分の体の下から聞こえてきた声を聞いてその理由を悟った。  
『ぐ…うぅ……倫…』  
望だった。  
彼は自ら倫の落下地点で彼女を受け止め、衝撃を和らげたのだ。  
だが、倫の掴まっていた枝を、倫の体重分の落下エネルギーを加えてぶつけられて、ひ弱な望は自分の体を支えきれなかった。  
地面に倒れた彼はさらに運悪く、庭石に頭をぶつけていた。  
みるみると望の額を流れ落ち、着物を赤く染める血を見て、倫はようやく自分のしでかした事の恐ろしさに気付いた。  
『いやあああっ!!お兄様っ!!望お兄様ぁああっ!!!』  
 
真っ青になって、兄の傍で泣きじゃくるしか出来ない倫。  
その声を聞きつけて、真っ先に家から飛び出してきたのが命だった。  
『倫、どうしたんだっ!?……これは、望…』  
駆けつけてきた命は、一目で事情を察した。  
命は望の傍に膝を付き、血まみれの弟の状態をしばし確認する。  
そして、泣きじゃくる妹の肩に手を置いて、その名前を呼んだ。  
『倫……』  
あの時の、命の真剣な眼差しを、倫は今でも瞼の裏に描く事が出来る。  
『望は私が助ける。だから、一緒に手伝ってくれるね、倫……』  
自分だって相当動揺していただろうに、命は倫にそんな様子はかけらも見せなかった。  
落ち着いた調子のその言葉が、倫に平静を取り戻させた。  
頭を打った望をむやみに動かすのはまずいと判断した命。  
望を取り合えずその場に残して、命は一旦家に戻り使用人に糸色家のかかりつけ医を呼ばせる。  
一方、倫は命に指示されて、救急箱を持って望の元に戻る。  
使用人を数名連れて戻ってきた命と共に、倫は望の応急手当を行った。  
そして、かかりつけ医もやって来て、ようやく望の手当ては完了した。  
『……………』  
全てが終わった後、倫の心の中に湧き上がってきたのは圧倒的な後悔だった。  
自分のせいだ。  
自分のせいで望お兄様にあんな怪我をさせてしまった。  
今まで抑えていた涙がじわりと滲み出す。  
もう少しで、また大声で泣きじゃくってしまう。  
そんな時だった。  
『倫…』  
命が、倫の傍らに膝を付いた。  
その顔に浮かんでいたのは、あくまで倫を気遣う優しい笑顔。  
『ありがとう。望はもう大丈夫だ、倫のお陰でたすかったよ…』  
そして、その言葉は倫の胸の奥の奥まで染み込んで、倫の中で芽生え始めていたその感情のつぼみを一気に花開かせた。  
それは、大空に焦がれる鳥のような、切なる願い。  
それは、闇夜を照らす満月の光のような、密やかで純粋な祈り。  
あの日、あの瞬間から、その想いは絶えることなく倫の胸の奥で輝き続けている。  
たとえ、それが許されぬ想いだったとしても……。  
「命、お兄様……」  
小さくその名を呟く。  
それだけで心の中に広がるぬくもり。  
いつも倫の中心にあって、今の倫を形作った大切なもの。  
それを否定する事など、倫に出来ようはずもなかった。  
 
今日の仕事も一通りが終わり、命は椅子に座ったままぐっと伸びをして、凝り固まった筋肉をほぐしていた。  
そこで、命はある事を思い出す。  
「そういえば、実家から何か届いていたな…」  
実家から命宛に送られた封筒、昨日は中身を確かめる時間が無かったのだが、何か急ぎの用なのかもしれない。  
命は早速封筒を取り出し、ハサミで封を開けていく。  
「まあ、本当に急ぎの用事なら、時田経由で伝えてくるはずなんだけど……」  
少し厚めで固い、その中身を取り出す。  
「これは……」  
着物姿の女性がこちらを向いてにっこりと微笑んでいる写真。  
どうやらそれは見合い写真らしかった。  
なにしろ地元の有力者である糸色家である。こういった話も色々と舞い込んでくる。  
糸色家の年中行事である見合いの儀ぐらいにしか参加してこなかった命だったが、  
東京で開業してもう数年、気が付けばもういい年齢だ。  
実家の支援があったとはいえ、糸色医院を軌道に乗せるにはずいぶんと苦労したが、そろそろ少しは余裕も出てきた。  
こういった事も考える時期が来るんじゃないかと、命自身考えてはいたのだけど……。  
 
「………確かに、頃合ではあるんだけど…」  
ふと、脳裏に浮かぶ悲しげな微笑。  
毎日のように自分の所にやって来る健気な妹の姿。  
その気持ちを察しているからこそ、命の胸は締め付けられる。  
「…………」  
見合い写真を開いたまま、それをどうしたものか判断がつかず、命はぼんやりと天井を見つめる。  
そんな時だった。  
「命お兄様、お邪魔してもよろしいかしら?」  
コンコン、とドアがノックされて、耳に馴染んだ妹の声が聞こえた。  
そういえば、もうそんな時間だったか。  
「あ、ああ、倫、入ってきてもかまわないよ」  
何となく見合い写真を見られるのが後ろ暗くて、引き出しにでも隠してしまいたかったのだが、つい反射的にそう答えてしまった。  
ドアを開けて入ってくる倫を横目に、命は仕方なく見合い写真を机の上に置く。  
「お疲れ様ですわね、命お兄様」  
「あ、ああ、倫も学校、お疲れ様だったね…」  
命のぎこちない笑顔にも、倫は嬉しそうに微笑み返してくれた。  
糸色家の長女として、糸色流華道の師範として、この年頃の少女としては重過ぎるぐらいの責任を負っている倫。  
望の学校に通い新たな友人が出来たとはいえ、彼女がここまで安心して笑える場は限られている。  
彼女の想いを知っている命にとっては、なおさらその意味は重たかった。  
いつも通りに倫が学校の話をして、命が相槌を打つ。  
だけど、元来聡明な彼女は命の様子がいつもとは少し異なる事にすぐ気が付いた。  
「あの、どうかされましたか、命お兄様?何だかさっきから上の空のようですけど……」  
「え、あ、いや、今日は少し忙しくてね……」  
見え透いた嘘だった。  
それならば、いつもより仕事が終わる時間も遅くなっているはずだ。  
心配そうに見つめてくる倫に、命は何も言葉を返してやる事ができない。  
部屋の中を流れていく、気まずい沈黙。  
これまで倫と過ごしてきて、こんな気持ちになる事はなかったのに……。  
「……あら、命お兄様、それは?」  
そんな時だった。  
倫が机の上に置かれたソレに気が付いたのは……。  
「あ、これは……」  
言いよどんだ命が答えるより早く、倫はそれが何であるかを見抜いていた。  
「もしかして、お見合い写真ですの……」  
倫の言葉に混じる、隠しても隠しきれない動揺の気配。  
命も、ここまで来て誤魔化せるとは思っていなかった。  
「ああ、実家から送られてきたんだ。私もいい年齢だからね……」  
手の平の微かな震えを隠しながら、机の上の見合い写真を手に取る。  
見守る倫の表情も心なしか強張っている。  
いずれそういう時が来る事はわかっていた。  
無論、見合いをしたからといって、必ず結婚するわけではない。  
けれど、それは、二人の過ごす心地よい猶予期間の終わりを告げる、微かだけれど、確かなサインだった。  
「どんな方なんですの?少し、見せていただいてもよろしいかしら、命お兄様?」  
「ああ、構わない」  
そう言って、命は倫に見合い写真を手渡す。  
「……へえ、美人な方ですのね…」  
呟きながら、写真を見つめる倫の肩は、微かに震えていた。  
多分、命が感じていたものと同じ感覚を感じているのだろう。  
突きつけられた、覆しようの無い現実。  
命と倫、二人が兄妹である事。  
二人の辿る人生のレールはどんなに近づいても、決して交わる事はありえない。  
その予感、その兆し、それをこの見合い写真から、倫は感じ取っているのだ。  
 
「もちろん、美人だからってすぐに結婚する事はないさ。どんな人も会ってみなければわからない」  
そんな言葉を口にしてみても、何だか言い訳じみて聞こえて、命の胸の苦しみは晴れない。  
(私の…せいだな……)  
目の前で、動揺を健気に取り繕おうとする妹の姿を見ながら、命は心中で苦々しく呟く。  
命が、倫の与えてくれる心地よい時間に甘えすぎたから。  
倫の気持ちを知りながら、それを見ない振りをして過ごしてきたから。  
そんな命の中途半端な態度が、結局は倫を苦しめてしまったのだ。  
(もう、この辺で終わりにするしかないんだろうな……)  
隠そうとしても隠し切れず、倫の表情から滲み出る深い深い苦悩の色。  
これ以上誤魔化し続ける事は、きっと彼女の傷をさらに大きく深く抉る事になるだろう。  
だから、命は決断する。  
「倫、そんなに暗い顔をしなくてもいいよ。別に私は今日明日に結婚するというわけじゃない……」  
「お、お兄様…私は別に……」  
命が笑顔で言った言葉に、倫は顔を上げる。  
今のままの関係がこれからも続くと、そんな希望を与えてくれる言葉を求めて、倫は命を見つめる。  
そんな倫の希望を断ち切るように、命は優しく、しかしはっきりと言い放った。  
「……それに、私が結婚したとしても、気兼ねなく来ればいいじゃないか。私たちは兄妹なんだ」  
「………っ」  
その言葉は、穏やかに、だけど確実に倫の願いを打ち砕くものだった。  
二人が結ばれることは無い。  
なぜならば、二人は兄と妹なのだから。  
その残酷な事実を、命は倫に告げたのだ。  
「………そう、ですわね…」  
微かな期待、淡い希望、多分、倫が命に対して抱いていたそんな想いの数々が今崩れ去ったのだ。  
必死に平静を装う妹の姿が、命には痛々しかった。  
「…じ、実は明日、どうしても提出しなければならない宿題がありますの。ですから、今夜はこれで……」  
ついに我慢する事が出来なくなったのか、早口で弁解しながら、倫は立ち上がった。  
「……ああ、そうか。残念だな。でも、宿題じゃあ仕方が無いな…」  
「すみません、命お兄様……」  
「謝る事はないさ。また今度、たくさん話そう……」  
なんて白々しい。  
命は心の中で毒づく。  
たぶんきっと、倫がこうして命を訪ねてくれる事はもうないとわかっているのに……。  
自分が倫を傷つけておきながら、何を言っているんだ。  
「それでは命お兄様、おやすみなさいませ」  
「ああ、おやすみ、倫」  
そう言葉を交わした後、倫は診察室を後にした。  
ドアが閉まる直前、倫の目元に光るものがみえたのは、きっと錯覚ではないだろう。  
それでも……  
「こうするしかなかったんだ……すまない、倫」  
命が呟いた言葉は、一人ぼっちの部屋の中で空しく響いた。  
 
そして、その翌日から、倫が命の診察室を訪ねることは無くなった。  
 
それから数日後。  
放課後の校舎、夕日の茜色に染められた教室の中に、倫はいた。  
自分の机に上半身を預けて、窓の外の景色を見るともなく見ている。  
教卓には担任教師の望が立って、いそいそとプリントの整理などをしていた。  
「どうしたんですか、倫?」  
望が問いかける。  
しかし、倫は答えない。  
ただ黙って、窓の外を眺めるばかりだ。  
「何かあったんですか?」  
繰り返される問いにも、倫は無言。  
「命兄さんの所にも顔を出してないみたいじゃないですか、本当に何があったんです?」  
その言葉を聞いて、ようやくピクリと反応を見せる。  
ゆっくりと顔を上げ、倫は望の方を見た。  
恐る恐る覗き込むように望を見る彼女からは、いつもの強気な面影は見て取れない。  
「何も……ないですわ…」  
 
蚊の鳴くような声でそう言って、倫はまた視線を逸らす。  
「何もないようには見えませんよ…」  
ここ数日、倫はずっとこの調子だった。  
いつも心ここにあらずといった様子で、何をやっても身が入らないようだった。  
自分が悩みを抱えている事、それは客観的に見ればバレバレであろうことは、倫も自覚していた。  
だけど、こんな話、どう相談すればいいのだろう。  
自分が実の兄を、命を好きだなんて、常識で考えれば許される話ではない。  
「それより、お兄様こそいつまで教室にいるんですの。書類のお仕事なら職員室でも宿直室でも出来るじゃありませんの」  
何となく、倫は問いかけた。  
他に仕事をする場所はあるのに、望が教室に残っている必要は無い。  
そんな倫の問いに対して、望は微笑んで……  
「職員室も宿直室も他の人がいますからね……」  
「……?」  
「相談事って、あんまり他人に聞かれたいものじゃないでしょう?」  
プリントを教卓の上に置き、望は倫の元まで歩み寄った。  
膝を突いて、同じ目線の高さで倫の顔を覗き込む。  
その優しげな眼差しに、閉ざされていた倫の心が微かに揺らぐ。  
「お前がこんな風に私の所にやって来るのは、たいがい何か悩み事や厄介事がある時です……」  
「………あ」  
「話してください。そうするだけでも、いくらか楽になりますよ……」  
望の言葉から感じる倫をただただ案ずる優しさ。  
それは、ずっと昔から変わらずに感じていたもの。  
望は、この臆病者の兄は、倫にとっては最も身近な家族であり、最初の友達でもあった。  
いつも見守ってくれていた人。  
いつも心配してくれた人。  
その変わらぬ温もりに触れて、いつしか倫の瞳からは、ぽたり、ぽたりと熱い雫が零れはじめた。  
「大丈夫です、私はここにいます。だから、焦らないで、ゆっくり話してください」  
涙でぐしゃぐしゃの目元をぬぐい、倫はうなずいた。  
 
倫は全てを望に話した。  
自分がずっと実の兄である命に抱いていた想い。  
そして、それが叶わぬものであると思い知らされたあの日の出来事を……。  
「……そうだったんですか」  
全てを聞き終えて、望はゆっくりとうなずいた。  
「……許されない想いだと、とっくに分かっていた筈なのに、たったあれだけの事で  
私の心はこんなにも乱れてしまいましたわ…ふふふ、我ながら情けないですわね」  
全てを告白して、いくばくか落ち着きを取り戻した倫は自嘲気味に笑って見せた。  
そんな倫を横目で見ながら、望は言葉を続ける。  
「そうですね…確かに、それは許されない事なのでしょう…」  
望の言葉に、倫は辛そうにうつむく。  
つい今しがた語ったばかりの言葉、自分自身が一番よく理解している事、それでもそれを改めて望の口から聞くのは苦痛だった。  
しかし、そこで望は声のトーンを若干柔らかくして  
「………ですが、お前自身の気持ちはどうなるのですか、倫?」  
そう問いかけた。  
発言の意味を理解できず、どう答えていいか分からない倫に、望はさらに続ける。  
「たとえ社会が、世間が、常識が許さないとしても、お前の想いは、命兄さんを愛する気持ちは消えてなくなるわけじゃありません。  
誰が否定しようと、それは確かに存在するんです。それは倫だけが持つ、倫だけのかけがえの無い気持ちなんじゃありませんか?」  
優しく微笑む望の瞳が、倫を真っ向から見つめてくる。  
「私なんかには何が正しいかなんて偉そうな事は言えません。でも、倫が倫の気持ちを大切にしなくちゃいけない事ぐらいなら、私にもわかります」  
自分の気持ち。  
それに向き合うこと。それを大切にすること。  
どんなに否定されようと、倫の中の命を愛する気持ちが消えるわけではない。  
そして、その気持ちに対してどんな答えを出すのか。  
それは倫自身にしか出来ない事なのだ。  
「それが悩んでも悩んでも、それでも消えないものなら、それは倫の本当に大切な気持ちなんですよ。  
恥ずかしい事なんかじゃ決して無い、それがたとえどんな気持ちだったとしても………」  
そこで望は一旦言葉を区切り、もう一度倫に問いかける。  
 
「倫、お前はどうしたいのですか?」  
投げかけられた問いは重たい。  
だけど、今の倫には答えられる気がした。  
ぽろぽろと涙を零し、喉を震わせながら、倫はその答えを口にした。  
「私は……命お兄様が…好き……」  
泣きじゃくる倫の頬を濡らす涙を、望の手の平がそっと優しく拭う。  
「私は倫の味方です。たとえ何があろうと、お前を応援し、助けます。だから……」  
倫の家族の中で最も頼りないこの兄の存在が、今は万軍の兵士よりも心強かった。  
倫の心は決まった。  
涙に潤んだ瞳で望を見上げ、力強くうなずく。  
「頑張ってください、倫。あの角メガネがお前の気持ちをないがしろにするような答えしか出せないなら、私が蹴り飛ばしてやります」  
「……ええ、ありがとうございます。お兄様……」  
兄の激励に、精一杯の笑顔で応えて、倫は教室から飛び出していった。  
 
倫が糸色医院に来なくなって何日が経ったのだろう。  
あの日以来、沈みがちになる気持ちを、命は仕事に没頭する事で誤魔化していた。  
だが、今日に限って、何故だか患者がほとんどやって来ない。  
自分自身への苛立ちに苛まれながら、机の前で患者を待ち続ける空虚な時間。  
そんな時、勢い良く玄関扉が開き、糸色医院に久方振りの来訪者が現れた。  
だが、それは患者などではなく……  
「よう、命、久しぶりだな」  
「景…兄さん……」  
診察室にずかずかと入ってきたのは、命の兄、糸色家の次男、糸色景だった。  
「兄さん、いつこっちへ来たんですか?」  
「ん、ああ、今度こっちでやる個展の件でちょっとな…」  
その作品どころか、ライフスタイルまでが常人には理解しがたい孤高の芸術家・糸色景であったが、  
それでも数少ない理解者が存在し、お陰で芸術家としての面目を保っていた。  
まあ、そんなものがいなくても、この奇人変人を絵に描いたような兄の生き方が変わったとも思えないが。  
ともかく、数少ない支持者の声に応えて開かれる個展は、そのあまりにアレな内容のために一般のアートファンにすら注目され始めていた。  
近々、アート系の雑誌に僅かにではあるが、景の事が紹介されるらしい。  
本当に、人生はわからないものである。  
「というわけで、こっちにも少し顔を出しておこうと思ってな……」  
「そうですか……」  
連絡もなしのいきなりの来訪、いかにも兄らしい行動に命は苦笑する。  
「しかし、お前、ずいぶんと浮かない顔だな」  
と、そこでいきなり、そんな風に尋ねられて命は言葉を失った。  
「何か悪いことでもあったのか?」  
「いえ、べ、別にそういうわけじゃ……」  
「なんだ…まるで、倫と喧嘩したみたいな顔してるじゃないか」  
いきなり図星を突かれて、命の表情が凍りつく。  
「ど、どうしてそんな事が…」  
震える声でそう言った命に対して、景は楽しそうに笑って  
「いや、時田から聞いただけさ。こっちに来てからずっとお前の所に入り浸っていた倫が、ぱったりとお前の所に行くのをやめたって…」  
「そ、そういう事ですか…」  
景の答えに一応納得して、胸を撫で下ろした命だったが、さらに続いた景の言葉が衝撃となって彼を襲う。  
「まあ、アイツはお前に惚れてるからなぁ。いろいろあるんだろう…」  
「ぶふぅううううううっ!!?」  
何でそんな事を知っているんだ。  
 
命の問いはあまりの驚きのために言葉にならなかった。  
だが、景は命の表情を見てある程度察したらしく。  
「ん、別に倫を見てりゃ、すぐに分かる事だろ?」  
さも当然の如く、そんな事を言う。  
倫の命への態度はそんなに分かりやすいものだったろうか?  
混乱する命に対して、景は屈託の無い笑顔を浮かべて追い討ちをかける。  
「そういえば、お前の見合いの話があったな。もしかして、アレのせいか?」  
どうして悉くピンポイントに図星を突いてくるのか。  
もはや、命の表情は今にも泣き出しそうな様子だ。  
そんな命に対して、景はニヤリと笑って……  
「ところで、お前の方はどうなんだ?」  
「え、どうなんだ……って!?」  
「お前の方は、倫の事を好きかって、そういう話だよ」  
あまりの直球ぶりにしばし言葉を失う命だったが、やがて観念したような表情で口を開く。  
「それは……私も倫の事が好きですけど…」  
「やっぱりな!」  
合点がいったとばかりに膝を叩く景を見て、命は慌ててこう続ける。  
「あ、あくまで家族として、兄妹としての話ですよ。いわゆる男女の間のあれこれとは全く別の……」  
だが、景は命の弁解を半分も聞かない内にこう言い切った。  
「同じだよ」  
「えっ!?」  
「同じだ。何も違わない。好きになったら、家族だろうと、兄妹だろうと……」  
そう言って、景はウインクなどしてみせる。  
対する命はもうズタボロだった。  
「でも、それはつまり、さっき私が言った男女のあれこれを妹相手に……って事になりますよね?」  
「ん、まあ、そうだな……」  
「実の妹に対してそんな感情を抱くなんて…そんな事が…」  
うろたえる命を見ながら、景は少しだけ真面目な調子でこう締めくくった。  
「そうさ、大変な事だ。だから、大事なんだよ、お前の気持ちが。お前が倫をどう思っているかが……」  
 
それから一時間ほど後、嵐のようにやって来た景は、嵐のように去っていった。  
取り残された命はぽつねんと、待てど暮らせどやって来ない患者を待ちながら、ぼんやりと先ほどの兄との会話を思い出していた。  
(私が…倫の事をどう考えているのか……)  
年の離れた可愛い妹。  
ほんの赤ちゃんの頃から、こうして立派に高校生になるまで、ずっと倫の姿を見てきた。  
意地っ張りで、悪戯好きで、だけど人一倍の頑張り屋である妹。  
そんな倫に対して自分が感じる好意は、あくまで家族としてのもの、その筈だった。  
(…それなのに…これは…この記憶は……)  
胸の奥から次々と溢れ出す、倫といた時の思い出たち。  
医師を目指して勉強して、最終的には蔵井沢から離れて生活するようになった自分だけれども、  
心の中には信じられないくらいたくさんの、倫との思い出が詰まっている。  
ずっと自分を見つめていた妹の事を、ずっと妹を見ていた自分の事を、誰よりも命は知っていたはずなのに。  
そしてあの日、恐らくは倫がありったけの勇気を振り絞って、糸色医院の扉を叩いたあの瞬間……。  
(そうか、あの時から私は……)  
扉の開けたとき目に入った、自分を見つめる妹の健気な眼差し。  
それを見たとき、命の中で積み重ねられてきた妹へのさまざまな想いは一つに結晶した。  
(あの時から、私は妹に、倫に恋をしていたんだ……)  
だから、あの日以来、毎日自分の元を尋ねてくるようになった倫との時間が嬉しくて、命はそれに夢中になった。  
だけど、それと同時に、自分達の間に横たわる兄妹という壁の分厚さも命は認識し始めた。  
いつかは壊れてしまう事が約束された妹との語らいの時間は、本当に楽しくて、切ないくらいに苦しくて……。  
恋は人を臆病にさせる。  
その言葉の通り、いつしか命はそれに耐える事が出来なくなってしまった。  
 
「何をやっていたんだ、私は……」  
妹のためと言いながら、結局は自分の臆病心のために倫を遠ざけてしまったのだ。  
あれほど切実に命の事を想っていた倫を、自分は受け止めてやらなければならなかったのに……。  
「倫、すまない、倫……」  
カチコチ、カチコチ、時計が刻む針の音。  
いつしか窓の外の空は真っ暗になり、看護師たちもそれぞれ帰宅して、  
だけども命は診察室の椅子に座って、来るはずの無い妹を待ち続ける。  
祈るように両手を合わせて、ただ診察室の扉を叩くノックの音を待ち続ける。  
そして、そのままどれくらいの時間が過ぎただろう。  
コンコンッ。  
「………っ!?」  
命が顔を上げた。  
期待と不安の入り混じった顔で、診察室の扉を見つめる。  
「命お兄様…いらっしゃいますか?」  
そして聞こえてきたのは、あの時と同じ言葉と、あの時と同じ声。  
命は立ち上がり、扉を開けて妹を迎え入れる。  
「命お兄様……」  
暗い廊下に立つ妹は、昔から変わらないまっすぐな眼差しで命を見つめ、  
震えだしそうな体をぎゅっと押さえつけて、言葉を紡ぎ出す。  
「命お兄様…私は……」  
そして、命は倫のその切なる想いを、願いを、自分の耳で確かに聞き届けた。  
「…私は…命お兄様を…愛しています……」  
 
望の言葉に勇気付けられて、勢い任せに倫は学校を飛び出した。  
走って、走って、まっしぐらに命の元に向かう。  
スピードで言うならば、時田の運転する車に乗った方が当然速かっただろう。  
だけど、一歩踏み出した瞬間から、倫には自分の足を止める事が出来なくなった。  
胸の内に燃え上がる感情の促すままに、倫は町の中を駆け抜ける。  
そして、ようやくたどり着いた愛しい兄の前で、倫は自分の想いを告げた。  
「…私は…命お兄様を…愛しています……」  
走ってきた勢いのまま、呼吸を整えるのも待たず、その言葉を命にぶつけた。  
「……倫」  
言ってしまった……。  
呆然とつぶやく命の言葉にすら、自分の存在が吹き飛んでしまいそうな恐怖を感じてしまう。  
それでも、たとえどんな結果が待っていようとも、今の自分にはこの選択肢以外ありえないのだから。  
命がどんな答えを出すかはわからない。  
倫はただその兄の瞳を一心に見つめて、命が口を開く瞬間を待つ。  
倫の言葉を理解した命の顔に、ゆっくりと苦しげな色が浮かび始めて、倫の心は一瞬諦めに囚われる。  
しかし、命の両手が倫の肩にそっと置かれて  
「…命…お兄様……?」  
倫を気遣うその優しい感触が伝わってくる。  
「…倫…すまなかった……」  
「…えっ?」  
そして次に命の口から発せられた言葉に、倫は少し驚いた。  
命はそれから、自らの苦悩を無理にでも押しのけるように、精一杯の笑顔を浮かべる。  
「…私に意気地がないばかりに…お前をこんなにも苦しませてしまった……」  
「そんな…命お兄様は何も……」  
「私は、お前の気持ちを知っていて、理解していて、それなのに今まで逃げ回っていたんだ…」  
そこで倫はようやく、命の顔に浮かぶ苦しげな表情の意味を悟った。  
(命お兄様は、私の事を想って、後悔して…だから、こんなに苦しそうにして……)  
「倫、お前の気持ちは確かに受け取ったよ」  
(そして今、私の気持ちに正面から向き合おうとしてくれている……)  
「倫もわかっていると思うけれど、その気持ちは誰もに受け入れてもらえるものじゃない……」  
「はい……」  
「それでも構わないというのなら、今度は私の気持ちを受け取ってほしい…」  
そして倫は見た。  
確かにその耳で聞いた。  
最愛の兄が、ありったけの勇気を込めて、倫の待ち望んでいたその言葉を告げる瞬間を……。  
「愛している。私も愛しているよ、倫……」  
そのまま、倫の体は命の暖かな腕の中に包み込まれた。  
 
まるで壊れ物でも扱うかのような、優しい抱擁。  
「本当ですのね?命お兄様、本当に私の事を……」  
命の腕の中の倫は、まるで小さな子供に戻ったかのように、何度も命にそう尋ねた。  
「ああ、あれが私の嘘偽りの無い気持ちだよ…」  
そして、命はその度に倫の耳元でその問いに答えてやる。  
倫は、今この瞬間が嬉しくて、嬉しすぎて、今にも夢のように醒めてしまうのではないかとさえ思ってしまう。  
だが、全身で感じる命の体温が、鼓動が、それが現実である事を何より雄弁に教えてくれた。  
「さっきも言ったように、この気持ちを抱いている限り、私も倫も、色んな苦しい出来事に出会うと思う…」  
「ええ、でも、命お兄様と一緒なら……」  
「ああ、倫、お前と一緒なら……」  
そして二人は、本当に幸せそうな笑顔を浮かべて、ゆっくりと互いの唇を重ね合わせた。  
倫の想いは、命の願いはついに、今ここでこうして通じ合ったのだ。  
 
強く強くお互いの唇を求め合い、きつく抱きしめ合う命と倫。  
二人の手の平はいつしか、さらに貪欲にお互いの存在を求めるかのように、愛しい相手の体を愛撫し始める。  
「…んっ…はぁ…あ……命…お兄様…」  
「…倫…もし、お前が構わないと言うなら…私は……」  
見つめ合う二人の瞳には、互いの瞳の奥に燃える情熱の炎が映し出されていた。  
二人とも、言葉にしなくてもわかっていた。  
一度走り始めたこの熱情を止める術を、今の二人は何一つ持っていないと。  
愛しい人の全てを自分の体で受け止めたい。  
その衝動は互いの気持ちを隠し通してきた時間の分だけ積み重なり、ついに見つかった突破口めがけて押し寄せようとしていた。  
「…倫、お前が欲しいんだ……」  
「…私も…命お兄様を…」  
うっとりと呟いて、命は倫を抱えあげる。  
そして、そのまま倫を膝の上に載せるようにして、命は椅子に座る。  
倫は自分の体を支えてくれる命の腕に身を任せて、自分の右腕をそっと命の肩に回す。  
「いくよ…倫……」  
「はい……」  
微かにうなずき合った後、命はもう一度倫の唇にキスをする。  
そしてそのまま、倫の首筋に、制服から僅かに覗いた鎖骨に、ゆっくりと舌を這わせる。  
熱く濡れた舌先になぞられて、倫の体がビクビクと震え、小さく声が漏れ出てしまう。  
「…あ…命、お兄様ぁ……ああんっ…」  
初めて味わうその鮮烈な感覚に、倫の理性はいとも簡単に乱されていく。  
命はさらに、倫のわき腹にそっと指を這わせ、そのままセーラー服の裾に手をかける。  
「倫、いいかい?」  
「は、はい…私…もっと命お兄様にさわってもらいたい……」  
命の問いかけに、倫がそう言って頷いたのを確認してから、命は倫のセーラー服を捲り上げていく。  
いつもは衣服に隠されて見えない、白磁のような肌が露になる。  
ブラもずらされて、倫の形の良い乳房が姿を現すと、命はその柔らかな膨らみにそっと手を触れる。  
「…ひゃ…あぁんっ…」  
ただ触れられただけなのに、倫の背中をゾクゾクと得たいの知れない感覚が駆け抜ける。  
命は倫の反応を伺いながら、繊細な手つきで倫の乳房と、その先端のピンク色の突起に刺激を与える。  
「あっ…くぅんっ!…あはっ…ひ…うぅんっ!!」  
「倫、どうだい?」  
「…ふあ…あ…きもちいい…きもちいいですわ…命…お兄様……」  
次第に肌を上気させ、息を乱れさせていく倫。  
それに伴って、命の指先の動きもさらに大胆なものになっていく。  
乳房の上にぴんと屹立した倫の乳首は、命の指先の間に挟まれて、摘まれ、こね回され、弾かれて、好き勝手に弄くられる。  
もう片方の乳首は、命の口に吸い付かれ、前歯に甘噛みされて、舌先で撫で回される。  
さらに乳房全体をもみくちゃにされて、倫の胸は燃え上がらんばかりの激感に支配される。  
「…ひゃうっ…ああんっ!!…命…お兄様ぁ…こんな…すごいぃっ!!!」  
目じりに涙をためて、声を上げる倫。  
その恍惚とした表情は、命にさらなる衝動を生み出させる。  
 
命は倫の乳房から一旦手の平を離し、そのまま背中をなぞって、倫のお尻に触れる。  
そのまま倫のスカートの中にもぐりこんだ命の手は、倫のお尻を幾度か撫で回してから、ショーツの中に侵入していき……  
「…ひっ…ひゃああんっ!!…命お兄様ぁ…そこはぁ…っ!?」  
命の指先がきゅっと閉ざされた倫の後ろの穴を突いたのだ。  
思わず悲鳴を上げた倫に、命は少し悪戯っぽく笑って…  
「おや、倫はこっちは苦手だったかい……」  
そう言って、一旦手の平を離して、今度は前方から倫の一番敏感で大事な場所に触れる。  
「…ふあっ…ああああんっ!!!」  
未だ誰にも触れられた事の無いその場所への刺激に、倫はさらに大きな声を上げてしまう。  
「…も…もう…命お兄様…少し調子に乗りすぎ…ですわ…あ……ひうぅ…あああああっ!!!」  
「ごめんよ、倫、でもお前があんまり可愛い声を出すから…」  
そんな兄の行動に、倫は顔を膨らませて怒るが、命は笑ってそれに答えつつも手を休めない。  
くちゅくちゅ、ぴちゃぴちゃと、淫らな水音を立てて、アソコを命の指でかき回され、倫はその快感に翻弄される。  
「…あぁ…ふあああんっ!!…も…命お兄様の…ばかぁ……」  
命を睨みつけて言ったその言葉も、甘い響きを帯びていた。  
命はまだ汚れを知らぬ倫のその場所を、指先でかき混ぜ、突き入れ、本数を増やして、さらに奥を刺激する。  
ビクンビクンと震える柔肉の感触は、まるで倫の感じている快感にダイレクトに反応しているようで、命の興奮はさらに高まる。  
「ふああ…命お兄様…私…もうっ!」  
「倫……」  
体中に染み渡った快感に理性を溶かしつくされて、倫は潤んだ瞳で命を見つめる。  
「命お兄様のが欲しい……ほら、命お兄様のもこんなになって……」  
そう言って、倫は命の張り詰めたモノにズボンの上からそっと触れる。  
命は布地越しでもわかる妹の燃えるような手の平の厚さに、息を呑んだ。  
「そうだな…私も倫の全部が欲しいよ……」  
「命お兄様……」  
そう言って、二人はもう一度口付けを交わす。  
そして、倫と命が正面から向き合うように体勢を変えて、いよいよ二人はその時を迎える。  
「命お兄様…来てください……」  
「倫……」  
命の大きくなったモノが倫の前で露になる。  
初めて男性のモノが大きくなったところ見て、倫は少し戸惑うが、そっと手を伸ばして命のモノに触れ  
「さあ……」  
自ら入り口の部分へと、命のモノを導く。  
命はそんな妹の背中を、絶対に離さぬようにしっかりと抱きしめて…  
「いくよ……」  
「………っ!?」  
挿入を開始する。  
ゆっくりと慎重に、狭い道を通って、命の分身が倫の体の奥に埋もれていく。  
「……あっ…くぅ……」  
初めての痛みがどれほどのものか、男である命には想像もつかないが、倫は微かに声を漏らすだけで決して痛いとは言わなかった。  
その健気さにせめて少しでも応えようと、命は倫の気が紛れるよう軽いキスを繰り返し、絶え間なく全身を愛撫する。  
やがて、命のモノは倫の中の最奥に到達した。  
「……これで…命お兄様のが…ぜんぶ私の…中に入りましたのね……」  
「ああ、倫、よく頑張ったね…」  
「まだですわ…もっと強く、もっと激しく、命お兄様を感じたい…」  
そう言って倫が軽く腰を浮かせたのに応えて、命はゆっくりと腰を動かし始める。  
「あまり無理はするんじゃないよ」  
「うふふ、命お兄様は心配性ですわね…ご心配には…あっ…及びませんわ……」  
最初はお互いを探りあうような、慎重な腰使いが、ゆっくりと、しかし確実に加速していく。  
 
命のモノが抜き差しされる度に、痛みとも快感ともつかない刺激が電流のように倫の体で弾けて、思わず声が出てしまう。  
命も、妹の中に自分の分身を包み込まれた、熱く切ないその感触に、次第に我を忘れていく。  
燃え上がるような互いの体温に理性を溶かされて、命と倫は次第に行為に没入していった。  
「…ひゃうぅっ!!…あはぁっ!…命お兄様ぁ…命お兄様ぁああっ!!!」  
くちゅくちゅと音を立てる接合部からは、初めての証の赤い色に混じって、大量の蜜が溢れ出す。  
それを潤滑油として、二人の交合はさらに強く、激しく、そのスピードを加速させていく。  
「…はぅう…ふあぁ…すご…こんなの…熱すぎて…私ぃ……っ!!」  
激しいピストンに合わせて、倫の流れるような美しい髪が踊る、踊る。  
命は、自分の体の上で、怒涛のような刺激に溺れて泣きじゃくる妹の姿が愛おしくてたまらなかった。  
踊る黒髪と、ばねのようにしなやかな肢体、命の心はその美しさに完全に魅せられてしまっていた。  
「倫…きれいだよ…倫…っ!!」  
「…ふぁ…ああ…命お兄様ぁ…もっと…もっと命お兄様ので倫の中をめちゃくちゃにしてください……っ!!!」  
涙をためた瞳で自分を見つめ、一心に哀願してくる妹の言葉を、命が無視できる筈も無かった。  
腰を打ち付けあう音が部屋中に響くほど、命はさらに激しい勢いで倫の体を突き上げる。  
「ひぃ…あああんっ!!…すごいぃ…命お兄様ぁ…私っ…きもちいいっ!!!!」  
白磁の如き倫の肌を、命の指先が這いまわり、その全身をくまなく刺激して征服していく。  
命の舌先は倫の体の上に幾筋もの軌跡を残し、倫にゾクゾクとした刺激を与え続ける。  
ただひたすらに、目の前の愛しい人の存在に溺れて、倫と命はさらなる快楽の深みにはまっていく。  
「倫、もうそろそろ出すよ……っ!!」  
「命お兄様、私も……っ!!!」  
限界へ向かって燃え上がる二人の体。  
倫と命はさらに激しくお互いを求め合い、行為を加速させていく。  
突き上げて、かき混ぜて、腰を振って、膨れ上がる熱量はついに二人の中で弾けとんだ。  
「ああ、倫、好きだよ、倫……っ!!!!!!」  
「ふああああああっ!!命お兄様…私もっ…私も好きぃいいいいいいいっ!!!!!」  
同時に絶頂に達した二人。  
弓なりに体を反らして、その激感に震える倫の体を、命は強く強く抱きしめた。  
「はぁはぁ…あ…命お兄様……」  
「倫……」  
そして二人はもう一度、長い長いキスを交わしたのだった。  
 
初めての経験に疲れきった倫が起き上がれるようになってから、命は時田に連絡をした。  
せっかく二人が一つになれたのに、また別れ別れになるのは辛いところだったが、明日の学校の準備の事を考えれば仕方がない。  
命は、倫が倒れたりしないよう、手を取って玄関の方へと先導する。  
「命お兄様、私は一人でも大丈夫ですわよ…」  
そんな命に意地っ張りの倫は不服そうだったが  
「まあ、そう言わないでくれ。本当のところ、倫の手を握っていたいだけなんだから…」  
命の言葉に顔を赤らめる。  
玄関までやって来ると、倫はいそいそと靴を履き、それから命の方に振り返った。  
そして……。  
「命お兄様、大好きですわ…」  
そう言って、倫は命にキスをして、  
「これからは、何度言っても構いませんのね…」  
本当に嬉しそうに笑った。  
「ああ、そうだね……」  
そんな倫に、命も嬉しそうな笑顔を見せる。  
そう、二人の気持ちは通じ合ったのだから。  
たとえ、これからどんな困難が立ち塞がるとしても、この気持ちを確かめ合えるのなら、きっと大丈夫。  
「私も倫が大好きだよ」  
命にその言葉を聞いて、倫は花のような笑顔を浮かべて、うなずいたのだった。  
 

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