抜き足、差し足、気配を忍ばせて、人気のない廊下を望は進む。  
目的地はもうすぐ目の前、ほとんどの電気が消されて真っ暗な学校の中で、唯一明かりの点いている場所。  
彼の受け持つクラス、2のへの教室からは室内の煌々とした光が漏れて、暗い廊下を照らし出している。  
そこから聞こえる、少年少女達の声。  
本当に楽しそうなパーティーの喧騒。  
その様子を伺いながら、望は一歩、また一歩と教室に近づいていく。  
「べ、別に寂しいとかじゃないんですからねっ!ただ、何か問題があったら、やっぱり担任の私が責任を取らされるわけですから……」  
誰に咎められたわけでもないのに、しきりに言い訳を口にする望。  
教室の明かりを見つめる彼の眼差しには、明らかな羨望の色が含まれていた。  
「ほんと、クリスマスとか興味ないんですから……私にとっては苦痛なだけなんですからっ!!」  
そんな事を呟きながら、望はじりじりと教室に接近していく。  
なんでこんな事をしているのやら、自分でも情けないぐらいだ。  
望は教室へと歩を進めながら、今日の昼の出来事を思い出す。  
 
「先生はクリスマスパーティー、参加しなくてもいいですよ」  
にっこりと笑って、可符香が言った言葉の意味を、望は一瞬理解できなかった。  
「はい?えっと、それはどういう…」  
「先生ってクリスマスにトラウマがあるじゃないですか。だから、クリスマスパーティーに参加しなくていいって、そういう事です」  
確かに可符香の言うとおり、望にとってクリスマスは素直に喜べるイベントではない。  
彼の誕生日、11月4日から、赤ん坊が大きくなって母親のおなかから生まれてくるまでの十月十日を遡ると、ぴったりとクリスマスイブに重なる。  
自分はクリスマスに浮かれた両親が勢いで作った子供ではないのか。  
学生時代に友人にそう指摘されて以来、望はクリスマスを素直に楽しめなくなってしまった。  
それは事実なのだけれど……。  
「私たちがクリスマスに向けて準備しているのは先生も知ってると思いますけど、だからって気を使って無理に参加する必要なんて全然ないんです」  
「え、ええ……それはわざわざお気遣いどうも……」  
こうもはっきりと来なくていいなんて言われてしまうと、流石に辛くなってしまう。  
彼のクラスの生徒達は年中行事などの際には望の所に押しかけて、わいわいと騒ぐのがお決まりとなっている。  
それをいきなり、こんなに素っ気無くされてしまうと……  
「会場にはこの教室を使うつもりです。もうちゃんと学校の許可も取ってありますから、先生は宿直室でのんびりしててください」  
「そ、そうですか…でも、学校を使うのなら誰か監督する人がいないと…」  
「それも大丈夫です。智恵先生も参加する予定になってますから」  
そう言われると、もう望はぐうの音も出ない。  
今年のクリスマスの集いに、望が介入する余地は全く無いという事だ。  
「それじゃあ、私もみんなと一緒に買出しに行かなくちゃならないので…」  
「あ、は、はい、気をつけて行くんですよ」  
そして、用件を伝え終えた可符香はくるりと踵を返して、望の元から去っていった。  
残された望の胸中には、なんとも釈然としない感情だけが残されていた。  
 
終業式を終えた学校の廊下は昼間だというのに静かで、そこを歩く望にさらなる孤独感を募らせる。  
「毎年ごねてましたからね、愛想を尽かされたという事でしょうか」  
望がクリスマスのイベントを嫌がるのは、ほとんど毎年の風物詩になっていた。  
そろそろ、生徒達もそんな望に飽き飽きしたのだろう。  
今年は言われたとおりに静かにしていよう。  
そう思って、望が宿直室の扉を開けると  
ふわっ  
香ばしい匂いが望の鼻腔をくすぐった。  
「あ、先生、おかえりなさい」  
宿直室の中、炊事スペースに立っていた霧が振り返って望に声をかけた。  
どうやら料理の真っ最中らしいが、コンロにかけられた大なべは明らかに望や交達だけで食べるには大きすぎる。  
「クリスマス用の料理を作ってるところだよ。パーティーにはみんなで料理を持ち寄るの……」  
霧が嬉しそうに言ってから、急にハッとなった様子で  
「あ、先生は参加しないんだったね………」  
悲しそうにそんな事を言う。  
 
「い、いえ、別にそんな事は気にしなくていいんです。どうせ、私、クリスマスは苦手なんですから…」  
「先生の分、ちゃんと置いていくから、きっと美味しいから、ちゃんと食べてね」  
「ありがとうございます、小森さん…ところで、そういえば交の姿が見えないようですけど……」  
どこにいるとも知れない兄から預かっている甥っ子の姿が見えない事に気づいて、望がたずねる。  
「ああ、交君なら先生と入れ違いに教室へ行ったよ」  
「教室へ?」  
「うん、パーティーの飾りつけを手伝うって言ってた」  
という事は、霧も交もクリスマスパーティーに参加するという事だ。  
まあ、考えてみれば当然だろう。  
特にまだ小さな交にとって、クリスマスは心待ちにしていたイベントのはずだ。  
(仕方がありませんね。今夜は一人ぼっちですか…)  
望は小さく、ため息をついた。  
 
その後も、仕事の合間に校舎を歩いているときに、家庭科室で料理をしたり、玄関からツリーを運び入れる生徒達の姿を何度も目にした。  
じわじわと望を蝕んでいく孤独感と寂寥感。  
あまりにいたたまれなくて宿直室に戻ってみると、既にそこには霧の姿はなかった。  
ちゃぶ台の上には、じっくり煮込まれたミネストローネと、ハンバーグのトマト煮込みがラップをかけられて置かれていた。  
『温めて食べてください。先生を残してパーティーに行ってごめんなさい――霧』  
置手紙を読むと、改めて一人ぼっちになった実感が湧いてくる。  
「うう、寂しいです…孤独です……ああ、もう死んじゃおっかなぁ…」  
そんな事を呟いても、かまってくれる人間は当然ゼロ。  
望は一人むなしく部屋の隅で体育座りをする。  
「ああ、でも……そうだ、一人いるじゃないですか、私の近くにいる人がまだ…」  
と、そこで望はとある人物の事を思い出した。  
「常月さーんっ!常月さーんっ!!」  
常月まとい、望に四六時中付きまとう彼女と、この孤独な聖夜を耐え忍ぼう。  
ところが……  
「常月さん?いないんですかー?」  
何度名前を呼んでも、待てど暮らせど返事が無い。  
「まさか…彼女まで……」  
常に彼女に監視されているような状況がかなりアレだった事は事実だけれど、何もこんな時にいなくならなくても……。  
和やかな時間を提供してくれる、霧や交の姿も無く、ストーカー少女にまで見放されてしまった。  
うら寂れた宿直室の片隅で、望はついに本当の一人ぼっちになってしまった。  
 
というわけで、あまりの孤独感に耐えかねた望は、自分の心に何かと言い訳をしながら、静かにパーティー会場に忍び寄っていた。  
早くあの教室に入ろう。  
それで、クリスマスなんてやっぱり楽しくないとゴネて、生徒達にからかわれたりしよう。  
さびしいのは、もう絶対に御免だった。  
「さあ、行きますよ……」  
望の手が教室の扉にかかる。  
そのままゆっくりと扉を開こうとした、その時だった。  
ガラララッ!!!!  
「えっ!!?」  
望が開くより早く、教室の扉が勢いよく開いた。  
そして、仲から伸びたいくつもの手が、望を掴んだ。  
 
「うわわわわわわわっ!!!!」  
抵抗する暇も無く教室に引きずり込まれ、尻餅をついた望が見たのは、彼のクラスの生徒達の満面の笑顔。  
「メリークリスマス、先生っ!!」  
その真ん中に立っていた少女、風浦可符香が明るい声で言った。  
「こ、これは一体どういう……って、うわあっ!!」  
訳がわからないまま問いかける望の声を無視して、誰かが望の左腕に縋り付いた。  
「ああ、やっぱり私を追いかけて来てくれたんですね、先生……」  
「つ、常月さんっ!?」  
すると、今度は望の右腕を別の誰かがぐいっと引っ張る。  
「違うよっ!先生は私のために来てくれたんだよっ!!!」  
「小森さん、お、落ち着いてくださいっ!!」  
火花をバチバチと散らす霧とまといの間に挟まれて、望はおろおろとうろたえる。  
そんな3人を見ながらくすくすと楽しそうに笑う周囲の生徒達の様子に、望の混乱は深まるばかりだ。  
「何なんですか、これは?一体何がどうなってるんですっ!?」  
再び叫んだ望の疑問に答えてくれたのは藤吉晴美だった。  
「つまり、先生は罠にはまったんですよ」  
「罠?」  
「そう、普通に誘ったんじゃ絶対に嫌がる先生を、クリスマスパーティーに参加したくなるようにする罠です」  
そう言われて望は思い出す。  
そう言えば、今日に限って霧も交も、まといさえもいなくなってしまった事。  
さらに決定的なのは、昼間に言われたあの言葉。  
『先生はクリスマスパーティー、参加しなくてもいいですよ』  
今思い出してみれば、あそこで突き放されたのが、望の調子が狂い始めたそもそもの始まりのような気がする。  
会場がわざわざ学校だったのも、望に準備の様子やパーティーの賑わいを見せるため、  
さらには望が参加したくなった時、すぐに行ける場所という条件で選ばれたのだろう。  
「というわけで、今回の件についてはみんなの共犯なんですけど、そもそものアイデアを出したのは…」  
そう言って晴美が指し示した人物は…  
「えへへ、ちゃんと先生が来てくれて良かったです」  
にっこりと笑う、風浦可符香その人だった。  
望はその可符香の笑顔に苦笑を返しながら立ち上がる。  
「そういう事だったんですか……見事、やられちゃいましたね…」  
全て彼の生徒達の手の平の上だったという事か。  
散々、寂しい思いをさせられたせいで、クリスマスに対する鬱屈が気にならなくなっているのも、恐らくは計算の内なのだろう。  
教室の中を見渡せば、クラスの普通の生徒達だけでなく、天下り様やら娘々、それにマリアの友人らしい褐色の肌の少女や、  
2のほの万世橋わたる、ついでに景と命、望の二人の兄達までが参加している。  
「それじゃあ、途中からの参加ですが、私も楽しませてもらいますよ」  
望が恥ずかしそうにそう言うと、教室中が歓声に沸き上がる。  
2のへのクリスマスパーティーはここからが本番だった。  
 
2のへのクリスマスイブの大騒ぎは、望の途中参加によってさらに加速した。  
特に望の周囲には彼を慕う女子生徒達が集まり、きゃあきゃあと悲鳴を上げながら望を玩具にしていた。  
左右の腕を掴む霧とまといに加えて、背後からあびるが望の首に包帯を巻きつけてきて、望はほとんど身動きが取れなくなってしまった。  
それを面白がって他の女子生徒、大草さんや晴美が突っつきまわす。  
さらに、その輪に入ろうと奈美が近付いて来たのだが、  
緑色に塗られオーナメントをぶら下げてっぺんに星を装備したクリスマス仕様のバットを振り上げて、  
頬を真っ赤に染めて突っ込んでくる真夜に吹っ飛ばされてしまった。  
鋭いスイングを食らって悲鳴を上げる望を見て、料理にむしゃぶりついていたマリアがけらけらと笑った。  
別の一角ではこの機会に一儲けしてやろうと商売道具を持ち込んだ美子と翔子が、  
自己流サンタスタイル(ゴーギャンの絵のような極彩色、膝からトナカイの頭が出てる)で決めた木野に  
話しかけられてどう対処していいかわからずオロオロとしていた。  
それを何故だか褒められたのだと勘違いした木野が、今度は愛のいる方に向かうと  
「す、す、すみません〜っ!!!」  
と言いながら、彼女は卒倒してしまった。  
 
訳がわからずうろたえる木野だったが、倒れてきた愛の体をキャッチできたので、その辺はラッキーだったと言えた。  
カエレはミニスカートのサンタルックだったのだが。  
「なんで下に白タイツ穿いてんだよっ!義務を果たせよ、パンツッ!!!」  
「だからパンツって言わないでよ、訴えるわよっ!!!」  
衣服の一部仕様に激怒した臼井と激しく言い争っていた。  
そんなカエレの白タイツの脚を眺めていた芳賀が、  
「白タイツってのもオツなもんだと思うけどな…」  
なんて事を呟いていた。  
クリスマスに着想を得て話し始めた久藤准の今夜のお話は、いつもの泣ける話、悲しい話ではなく幸せで心温まるストーリー。  
「もっと話してくれよ、久藤の兄ちゃんっ!!」  
交にせっつかされて、准は次々とお話を紡ぎ出す。  
周囲には、智恵先生や、芽留、万世橋、それにいつの間にか潜り込んでいた一旧など、何人もの人たちが彼の話に聞き入っていた。  
 
「ねえ、そろそろケーキを切り分けた方がいいんじゃない?」  
パーティーが盛り上がる中、そう言ってみんなに呼びかけたのは晴美だった。  
「そうね、じゃあ私がきっちり全員平等になるよう切り分けて……」  
「ひとつのケーキを全員の人数分で薄切りにするつもりなんでしょ、千里」  
「うっ……だ、だったら他にどうやって分ければいいのよっ!!」  
ケーキは各人が家で作ったり、ケーキ屋で買ってきたりしたものが十数個あった。  
打ち合わせが不十分だったせいで、みんなが気を使いすぎてこの人数で食べるには少し多めのケーキが集まっていた。  
「だからきっちり打ち合わせしなさいって言ったのに……」  
「千里、この際それはどうでも良いんじゃないの?」  
「何よ、晴美!どうでもいいわけないでしょっ!!」  
「大事なのは、誰に食べてもらえるかじゃないの、千里?」  
「えっ?」  
晴美は睨み付けてくる千里ににこりと笑って  
「千里もケーキ作ってきたんじゃない。どうせなら、先生に食べてもらいたいわよね?」  
晴美の言った通り、千里は自分でケーキを作ってきていた。  
もちろん、望にたっぷり食べてもらえるなら、それに越した事はないのだけれど……。  
「で、でも、ちゃんときっちり分けないと…」  
「いつもの押しの強さはどうしたのよ?せっかくのチャンスじゃない」  
晴美に促されて、顔を赤く染めた千里がこっくりとうなずいた。  
包丁片手に自作のケーキの前に立ち、臆病なぐらいの慎重さで望の分のケーキを切り分ける。  
「それじゃあ、残りはこっちで切り分けとくから、行って来なよ、千里」  
「あ、うん……」  
ケーキを載せた皿を持って、がちがちに固まっている千里の肩を、晴美がぽんと押してやる。  
千里はケーキを持って、女子達に弄ばれてズタボロの望のところへ。  
「せ、先生、食べてください……」  
ケーキ皿をぐいと望に差し出した。  
「あ、ありがとうございます。それでは……」  
ケーキを受け取った望は、千里の緊張が伝染したみたいにおずおずとフォークでケーキを一口分、口に運ぶ。  
「どうですか?」  
「はい、おいしいです。とっても美味しいですよ、木津さん」  
望のその言葉を聞いて、千里の顔がぱっとほころぶ。  
本当に嬉しそうな千里の顔を見ていると、望もなんだか気分が良かった。  
「そのサンタのマジパン細工も自信作なんです、ちょっと食べてみてください」  
「そうなんですか?では……」  
にこにこ顔の千里に促されて、今度はサンタの砂糖菓子を口に運ぶ。  
一口では食べきれないので、首のあたりでパキリと折ってしまう。  
すると……  
 
「うわあああ、こ、これは何ですかっ!?」  
悲鳴を上げた望に、千里は嬉しそうに笑って答える。  
「どうですか、すごいでしょう?」  
首のところで折れたサンタのマジパン細工、その断面から赤黒い何かが流れ出ている。  
「ただのイチゴシロップだと実際とは色が違っちゃいますから、再現には苦労しました」  
そのサンタは、体を流れる血液から、臓器や骨まで全て再現されていた。  
血液がわりのシロップが染み出さないように、まず外側だけを作って、内側にうすくホワイトチョコをコーティングしたそうだ。  
「そのホワイトチョコがいい感じに脂肪の雰囲気を再現して、予想以上の出来栄えでしょう?」  
「そ、そ、そうですね……」  
食べないとどんな事をされるかわからないので、望はなるべく断面を見ないようにしながらサンタの残りの部分を食べた。  
口の中で噛み砕くと、内臓を再現したグミの感触がやけに生々しく口に残った。  
「先生に満足してもらえて、私とっても嬉しいです」  
「そ、そうですか、それはなによりです………」  
ようやくサンタを飲み込んだ後では、甘くとろける筈の千里のケーキの味が何となく無味乾燥なものに望むには思えたのだった。  
 
ようやく千里のケーキを食べ終えた望は、今度は糸色家の兄妹達、景、命、倫の集まる一角に向かった。  
「ふわ〜っ!!やっといらっしゃったのれすね、おにいさまぁ〜」  
「ちょ、倫、どうしたんですか……って、お酒臭い?」  
いきなり妹に抱きつかれて、望はうろたえた。  
しかもあからさまなまでの酒の臭い、景はともかくいい大人の命がついていながら、どうしてこんな有様に……。  
「どういう事ですか、命兄さん、倫にお酒なんて飲ませてっ!!」  
「ろうもこうも…倫がぁ…呑みたいっていうもんらからぁ……」  
酔っ払ってやがる。  
仕方なく景の方をにらむと、こちらもほろ酔い加減でニヤニヤと笑っていた。  
「いや、最初は俺が呑ませたんだよ。ちょっとぐらいなら付き合ってもらってもいいかなって…」  
「いいわけないでしょう、景兄さんっ!!」  
倫に最初に酒を勧めたのは景だった。  
無論、横で見ていた命は止めようとしたのだが……  
『いいじゃありませんの、命お兄様…これくらい嗜み程度には呑めなくては糸色の女は務まりませんわ』  
そう言って、くいっと一息に倫はグラスを空にしてしまった。  
さらに……  
『さ、命お兄様も一杯いかがですか?』  
慣れない酒に頬を上気させ、上目遣いにこちらを見てくる倫の姿に、命は一発でやられてしまった。  
『そ、そうか…すまないな』  
なんて言いながら、愛しの妹が注いだ酒を飲み干した。  
『うふふ、さすが命お兄様は大人ですわね…素敵な呑みっぷりでしたわ…』  
そして、自分の方を見て微笑む倫に完全に骨抜きにされてしまった。  
後はそのままズルズルと、倫も命も酒に飲まれていったわけだ。  
「止めてくださいよ、景兄さんっ!!」  
「そうは言っても、あんなに楽しそうに飲んでるのを邪魔したくなかったしな……」  
一向に話が噛み合わない景との会話を続けていた望に、今度は命が抱きついてきた。  
「望ぅ、クリスマス、楽しんでるかぁ?」  
「ちょ、兄さんまで…やめてくださいよっ!!」  
逃れようとじたばたともがく望だが、倫と命は望むの体にしっかりとしがみついて離れない。  
「おにいさまは、じぶんがクリスマスにいきおいでつくられたこどもだから、クリスマスが苦手なんでしたわよね?」  
「そうですよ、それがどうかしましたかっ!!?」  
「悲しいぞ望、それがなければお前は生まれなかったというのに……」  
「いや、命兄さん、そういう問題じゃないですから…」  
「いやですわ、おにいさまがうまれてこないなんていやですわぁ〜」  
「私も嫌だぁ…望、そんな悲しい事言わないでくれぇ〜」  
変なスイッチが入ってしまったらしく、泣きながら縋り付いてくる兄と妹に望はもみくちゃにされる。  
「望ぅ、大好きだぞぉ〜」  
「わたくしも…おにいさまのことすきぃ〜」  
「いい加減にしてください、酔っ払いども…景兄さんも笑ってないで助けてくださいよぉ…っ!!!」  
ある意味、これ以上ないぐらい仲睦まじい弟妹たちの様子を見ながら、景は嬉しそうに笑って杯を傾けるのだった。  
 
 
暴走兄妹の魔の手から命からがら逃れた望は、教室の壁際に立って一休みしていた。  
ここに来てからせいぜい2時間も経っていないというのに、もうクタクタだ。  
周囲の騒ぎから一歩身を引いて頭を冷やしていると、可符香が小走りに望のところにやって来た。  
「楽しんでますか、先生?」  
にっこりと笑ってそう問いかけた彼女。  
「そうですね…こんなのは私も久しぶりですから、よくわからないんですが……」  
望は少し悩んでからこう答える。  
「でも、まあ、みなさんに散々引っ張りまわされたおかげで、トラウマなんて思い出す暇もなかったのは確かですね…」  
そんな望の答に、可符香は嬉しそうに微笑んで見せる。  
それから、彼女は何かを思い出したような顔になって  
「そう言えば、この後はプレゼント交換ですね」  
そう言った。  
「そうなんですか?困ったな、私は何も用意してないですよ」  
「先生はこういう形での参加だったんですから、仕方がないですよ」  
「まあ、そうですねぇ……でも…」  
すると、望は突然、可符香の肩をそっと抱き寄せて  
「あなたぐらいには、何かプレゼントしてあげたいんですが……」  
「えっ?」  
可符香が、望の意図を察する前に、望の唇が可符香の唇に触れた。  
「メリークリスマス、風浦さん……」  
「ふえ…あ……」  
ゆっくりと事態を理解して、可符香の顔が赤く染まっていく。  
「だ、誰かに見られたらどうするんですか、先生………っ!!」  
「大丈夫、こういう騒ぎの中では、案外目立たないものなんですよ」  
いつになく動揺した可符香に、望は微笑んでウインクする。  
可符香はさきほどの感触を確かめるように、そっと自分の唇に触れて、そのまま俯いてしまった。  
「ありがとうございました、風浦さん…久しぶりにクリスマスらしいクリスマスでしたよ……」  
「ど、どういたしまして…せんせい……」  
と、そんな時だった。  
「それでは、そろそろプレゼント交換を行いまーすっ!!」  
集められたプレゼントを整理する千里の横で、晴美がみんなに向かって呼びかけた。  
「おっと、そろそろ始まるみたいですね。風浦さん、あなたも行ったほうがいいですよ」  
「そうですね……でも、本当は先生にも参加してほしいんですけど……」  
「まあ、私も今はそういう気分なんですが、今更プレゼントを買いには行けませんし……」  
残念そうにそう言った望に、俯いていた顔を上げ可符香が答える。  
「いやだなぁ、先生、プレゼントならもうここにあるじゃないですか」  
「へっ?」  
そして望は気がつく。  
彼女の顔に浮かぶ笑顔に先ほどまでの恥じらいはなく、いつも悪戯を仕掛けてくる時のような輝きが瞳に宿っている事に。  
「ちょっと待ってくださーいっ!!先生も、プレゼント交換に参加するそうですっ!!」  
「ええっ!!ちょ、風浦さんっ!?」  
可符香の言葉で、教室中の視線が一気に望に集まる。  
「そのプレゼントとはなんと……」  
そして、そこで彼女が指差したのは…  
「先生自身っ!!!先生がプレゼント分を体で支払うそうですっ!!!!」  
「ふ、ふ、風浦さあああんっ!!!!!」  
驚きの声を上げた望は、いつの間にか自分の首に何かが巻かれている事に気がつく。  
それは、クリスマスプレゼントの包装に使われる、真っ赤な可愛いリボンだった。  
「ちょ、みなさん落ち着きましょう……そんな、人間を物みたいに扱う事、許されるはずが……」  
教室中の女子が、ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。  
「それじゃあ、先生、私も先生狙いでがんばりますからっ!!!」  
となりを見ると、可符香がそんな事を言って微笑んできた。  
もう、これは逃れようの無い運命であるらしい。  
糸色望の長い長いクリスマスイブの夜は、これから始まるのであった。  
 

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