芽留は元旦が苦手だった。  
別に何かトラウマがあるとか、そういう話ではない。  
いわゆる『あけおめメール』のせいだ。  
年始の挨拶を携帯電話のメールや通話で行おうとする人が多すぎて、毎年起こるお馴染みの大混乱。  
そのために毎年、年明けの瞬間からしばらく、彼女の唯一のコミュニケーション手段である  
携帯メールはほとんど使用不可能の状態に陥ってしまう。  
携帯各社もメールの送信に制限をかけたり、通話・メールを控えるように呼びかけるだけで、  
根本的な対策は打ち出せていないのが現状だ。  
今日は12月31日、大晦日。  
時間は既に23時57分、もう少しで新しい年が始まる。  
芽留はベッドの上に体を投げ出して、ぼんやりと除夜の鐘が鳴り響く音を聞いていた。  
毎年毎年、同じような無力感に苛まれ続けた芽留は、最近ではすっかり諦めモードに入って、  
年が明けてしばらくした後、確実にメールを送れるようになるまで待つのが通例になっていた。  
本当は、クラスの仲間たちに、大好きな友達達に、少しでも早く『あけましておめでとう』と、そう伝えたいのだけれど……。  
それでも、芽留が携帯を強く握って手放さないのは、今の芽留にどうしても、  
できるだけ早くその言葉を伝えたい相手がいるからだ。  
【無事に年を越せたみたいだな。一応言っといてやるぜ。あけましておめでとう、だ。キモオタ!!】  
文面だけは既に打ち込んであるメールを眺めて、芽留はため息をつく。  
(もうちょっと、うちの親父がマトモなら、直接会って伝えるって方法もあるのになぁ……)  
芽留の父親は、彼女を溺愛していた、それも間違った感じに。  
娘に近付く不埒な輩は全てぶっ飛ばす。  
本気でそんな事を考えている彼にとって、芽留と最近親密になったその人物はまさに最大の敵だった。  
『めるめる、お正月は私といっしょに初詣に行こうな』  
なんていつも以上にしつこく言ってきたのは、芽留を、彼女をアイツに会わせないためだ。  
何かと化け物じみた父親を相手に、芽留もこっそりと家を抜け出せる自信はなかった。  
【というわけで、お前の初詣には付き合ってやれそうにないから…】  
アイツにも、その辺の事情は断っておいたのだが、それに対するアイツの返事は…  
「そうか、じゃあ、仕方がないな」  
味も素っ気もない返事に、あの後、芽留はずいぶんと腹を立てたものだけど  
(やっぱり…会いたい……)  
今となっては、そんな思いがつのるばかりだ。  
しかし、親バカにしてバカ親の極致たる彼女の父親の事だ。  
我が娘を逃すまいと、どうやら家の中は結構な警戒態勢のようだ。  
その上、彼女の母にも、今度の元旦は家族3人で初詣に行こうなんて伝えておいて、  
家族みんなでの約束という既成事実で、芽留を絡め取る作戦に出ていた。  
(もう、諦めるしかないよなぁ……)  
芽留の口からまたこぼれ出る、深い深いため息。  
すっかり意気消沈した芽留は、むなしく鳴り響く除夜の鐘に耳を傾ける。  
(わたるの…バカ野郎ぅ……)  
心の中で、芽留は今はここにいない、アイツへと悪態をつく。  
百八回目の鐘が鳴った。  
年が明けた。  
そんな時だった。  
ピンポ〜ン。  
こんな時間にはそぐわない、玄関のチャイムの間の抜けた音が鳴り響いた。  
(へ……?)  
不思議に思って顔を上げた芽留の耳に、今度は父親の素っ頓狂な声が聞こえてきた。  
「誰だこんな時間に………って、お前はあああああああっ!!?」  
驚いてベッドから飛び上がった芽留は、携帯を片手に自分の部屋の外へ。  
 
一階への階段をとたたたたた、と降りて、玄関にたどり着くと、そこで待っていたのは……。  
「よう」  
【わ、わたるぅ……?】  
ごついコートを着込んで、首にマフラーなんぞ巻きつけて、芽留の待っていたアイツ、  
万世橋わたるがそこに立っていた。  
初詣には行けないっていったら、あんなに素っ気ない返事を返してきたのに、一体どうして……?  
呆然と立ち尽くす芽留に、わたるはニヤリと笑って  
「行くぞ、初詣」  
そう言った。  
【えっ!?でも、オレは……】  
「何だよ、家から出られそうにないっていうから、こっちから迎えに来てやったのに…」  
その言葉に芽留の胸が熱くなる。  
(そっか…そうだな、コイツはこういう奴だった……)  
自分が伝えたあんな言葉程度で、止まってくれるような奴じゃなかった。  
嬉しさがこみ上げて、両手でぎゅうっと携帯電話を握り締めていた芽留に、わたるが言う。  
「どうした、行くのか、行かないのか?」  
【い、行くにきまってんだろ!!】  
「それなら、さっさと準備をして来い」  
わたるに促されて、芽留は二階に駆け上がり、愛用のコートを持って再び玄関に戻ってくる。  
「め、めるめるぅ〜」  
そんな芽留の姿をおろおろと見ていた父に、芽留は  
【それじゃあ、行って来るっ!!】  
満面の笑顔でそう伝えて、そのままわたるの腕を引っつかみ、家を飛び出す。  
「お、おい、ちょ…落ち着けよ…」  
ほとんどわたるを引っ張るようにして進んでいく芽留。  
わたるはそんな芽留を慌てて引き止める。  
「大事なのを忘れてるだろが…」  
【何だよ?】  
きょとんとした芽留に、わたるは改まった顔になって  
「あけましておめでとう。……まあ、今年もよろしく頼む…」  
ぺこりと頭を下げた。  
その変に神妙な表情がなんだかおかしくて、そしてその言葉を聞けた事が何よりも嬉しくて  
【おう。あけましておめでとう!!今年もよろしくな、わたるっ!!】  
芽留は笑顔でそう答えたのだった。  
 

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