彼がうちのクラス、2年へ組にやってきたのは、新しい年度の始まったばかりの四月の出来事だった。  
新学期に伴って編入されてきたその人は木野国也という名前だった。  
最初に抱いた感想は、もともと同学年の別のクラスの生徒が編入されてくるなんて変な話だな、と思った事ぐらいだった。  
クラスのみんなも木野君の存在よりも、そもそも学校の部外者なのに平然とクラスの席に着いていた  
先生の妹、倫さんの方にばかり注目していた。  
私もずいぶんと驚いて、彼女の姿に釘付けになってしまったのだけれど  
(ああ、私のようなものがじろじろと彼女の事を見るなんて……)  
それがとてもとても失礼な事のように思えてきた私は、さっと倫さんから視線を逸らした。  
そして、目が合った。  
もう一人の新しいクラスメイトの視線と、私の視線がぶつかり合った。  
(あわわわわわ……っ!)  
失礼な行いを避けようとして視線を逸らしたはずが、今度は木野君を真正面から見つめる事になってしまった。  
ほとんど面識も無い彼の顔を真正面から覗き込むなんて、私はなんて不躾な事を。  
そう思って、私が謝ろうとしたその時だった。  
彼はにこりと微笑んでくれた。  
ぺこりと、私に向けてお辞儀をしてくれた。  
それにつられて私もお辞儀を返すと、彼は嬉しそうにもう一度笑ってくれた。  
気が付くと、いつも私の胸をきゅうきゅうと締め付けるあの罪悪感はどこかに消えていて、  
なんだか不思議な、ふんわりとした気持ちだけが胸の奥に残っていた。  
それが、私、加賀愛と木野君の2年へ組での日々のはじまりだった。  
 
4月、新学期の始まりに伴って何故だか2年へ組に編入されてしまった俺、木野国也。  
久藤を初めとしていくらか友達や知り合いはいたものの、自分一人で新しい環境に飛び込むという事で、  
それなりには緊張していた。  
朝、ホームルームが始まるまでの時間を、自分の席に座ってぼんやりとしながら過ごす。  
教室を見渡して、新しいクラスメイト達の姿を観察した。  
「………なんというか、壮観だな…」  
思わず呟いていた。  
何しろ、このクラスの連中は1年の時には、それぞれのクラスにその人有りと言われた奇人変人ぞろいなのだ。  
例えば、我が友にしてライバル、久藤准もそうだ。  
成績は優秀、人当たりの良い好人物ではあるが、奴の語るストーリーはどんな奴でも感動させてしまう事で有名だ。  
そんなお話をふとした瞬間に閃いては、速攻で話し始めるのだからたまらない。  
しかも、話を聞いている最中はこちらもストーリーに没入して止める事が出来ないのだ。  
当人に全く悪気は無いものの、これは結構扱いづらい。  
他にも、『正義の粘着質』木津千里、『DV疑惑』小節あびる、『毒舌メール』音無芽留、『女子高生主婦』大草真奈美、  
『腐女子』藤吉晴美、『人格バイリンガル』木村カエレ、『ネットアイドル』ことのん、『超ポジティブ』風浦可符香、などなど。  
ある意味オールスター、ある意味混沌の坩堝。  
アクの濃い連中が一同に会しているその様子は、一種壮観ですらあった。  
そんなクラスの中だったからこそだろうか、彼女の姿は俺の視界の中に強く浮かび上がってきた。  
後ろでくくってまとめた髪と、左目の下の泣きボクロ。  
いかにも気弱そうで、いつも困ったような顔をしているけれど、それだけじゃない。  
その瞳の奥には、いつも人を気遣う、優しい光が宿っているように見えた。  
(誰かな、あれ……?)  
久藤あたりにでも聞いてみようと思ったが、間もなくホームルームが始まってしまった。  
担任の糸色先生が2年へ組がまたしても留年する事なんかを全くクラスに説明していなかったらしく、  
それをさらっと流そうとした事を発端にやいのやいのと始まる騒ぎ。  
さらに俺の他にも先生の妹までもがさらっと編入していたりして……。  
(まあ、この様子だと俺もその口なんだろうけど……)  
なんて事を考えながら、教室内の騒ぎを眺めていた、そんな時だった。  
 
(あれ……?)  
こちらを見つめてくる視線と目が合った。  
それは、さっき俺が目に留めた優しい瞳の彼女だった。  
俺と目が合うと、ただでさえ困ったような表情が、今にも泣き出しそうなくらいの顔になった。  
(ちょ…こういう時、どうすればいいんだ?)  
とりあえず微笑みかける。  
ついでにぺこりとお辞儀をしてみる。  
訳もわからぬまま、それだけやってみたものの、自分でもこの行動に意味があるかどうかわからなかった。  
だけど……。  
(あ……)  
ぺこり。  
彼女はお辞儀を返してくれた。  
何だかそれが嬉しくて、思わずまた笑顔になっていた。  
彼女の方も、困ったような表情は相変わらずだけど、どことなく少し安心したような顔をしていた。  
(良かった……)  
俺の胸に残った、何とも言えない幸福感。  
思えば、全てはこの日から始まっていたのかもしれない。  
加賀愛。  
それからすぐに知る事になった、それが彼女の名前だった。  
 
こうして始まった2のへでの日々は、個性的過ぎる担任とクラスメイト達にかき回されて、あっという間に過ぎていった。  
相変わらず加賀さんはいつもぺこぺこ謝って、申し訳なさそうにしていた。  
だけど、クラスのみんなは加賀さんのそういう所もちゃんとわかって受け入れてあげているみたいで、少しホッとする。  
そして、それから気づく。  
(……って、また俺は加賀さんを見てたのか?)  
あんまり露骨に女の子の姿を追っかけまわすのは、褒められた事じゃあない。  
恥ずかしくなって、さっと視線を逸らす。  
だけど、我慢できずに少しだけ、もう少しだけ彼女を見る。  
(あ……笑ってる……)  
たくさんの女子達に囲まれて、いつもの困った顔で、だけど彼女は笑っていた。  
本当に楽しそうに。  
なんだか、俺まで楽しくなるようで、嬉しくなるようで、先ほどの反省も忘れたまま、俺は加賀さんの笑顔を見つめていた。  
 
ふとした瞬間に気づく視線、あの人の、木野君の視線。  
新学期の始まりの、あの時と同じ、屈託の無い眼差しが私を見つめている事に気が付く。  
その度に私はドキドキして、だけど単なる自意識過剰な勘違いなんじゃないかと考えたりして、  
どっちつかずに揺れ動く心が私を苦しめる。  
そんな思いを抱いたままの私を取り残して、時間はどんどんと過ぎていった。  
そして、季節は巡り梅雨に入ったある日の事。  
「掃除当番代わりにやってくれたんだ。恩に着るよ」  
一人考え事をしながら掃き掃除をしていた私は、その声を聞いた瞬間、心臓が飛び出るかと思った。  
(木野君だ……っ!!)  
すっかり動転して、くるくると空回りをする思考の中、何とか考える事が出来たのは……  
(そ、そうだ…私、このままじゃ恩着せがましくなっちゃう…)  
私の目下の悩みであった『恩着せがましい人』からの脱却の事だった。  
「困りますっ!」  
思わずそんな事を口走ってしまったけれど、私の悩みなんて知るはずのない木野君はきょとんとするばかり。  
 
と、そこへ風浦さんが通りかかった。  
「そこは明確に否定しないと恩に着られてしまうよ」  
「明確に」  
風浦さんの言う通りだ。  
そう思った私は、必死に考えてこう言った。  
「あなたのためにやったんじゃないんだからね!」  
明確に否定しよう。  
それだけを考えるあまり、少しキツイ言い方になったんじゃないか。  
一瞬、そんな不安がよぎったけれど、私は止まる事が出来なかった。  
「誤解しないでよね!」  
そう言って、ぷいっとそっぽを向いた。  
(…あ…あぁ…こ、これはいくらなんでも…ちょっと……)  
勢い任せの自分の発言に今更ながら後悔し始めた私は、恐る恐る木野君の方を振り返った。  
すると……  
「えっ?」  
何故だか木野君は頬を赤く染めていて、私から微妙に視線を逸らして  
「でも、とにかく、ありがとう、加賀さん……っ!」  
それだけ言うと、そのまま私の所から走り去って行ってしまった。  
(怒らせたのかな……でも、それとはちょっと違うみたいだし……)  
残された私は呆然と、木野君が去った方を見つめ続けていた。  
 
「なあ、久藤、前に話した好きな娘の事なんだけどさ…」  
「ん?」  
図書室で返却された図書の整理をしながら、俺は久藤と話していた。  
「俺、何からしていいかわからなくて、それで、彼女にプレゼントをあげてみたんだ。誰からのプレゼントかわからないように、こっそりとだけど…」  
「ああ、タラバTシャツ」  
「ぶふううううううううううううううっ!!!?」  
いきなり話の確信を突かれて、俺は思わず噴きだした。  
「お、お、お前なんでそれを……!?」  
「い、いや……その、なんていうか木野のセンスは独特だからさ…」  
内心を看破されて動揺しているのは俺なのに、何故だか久藤の方が困惑した表情を浮かべていた。  
「だから、木野が私服でいるとこ知ってる人なら、大抵気付いたんじゃないかな……?」  
「そ、そうか?」  
久藤の引きつった笑いが気になったが、ともかく俺は話を前に進める事にした。  
「とにかく、プレゼントはしてみたんだけど、それからどうしていいかわからなくて…  
…プレゼントも喜んでもらえたかどうか、本当は自信がないし…」  
「う、うん、ファッションのセンスは人それぞれだからね…」  
「そっか、そうだよな……彼女に似合うと思ったんだけど…」  
確かに久藤の言う通りだ。  
タラバTシャツを受け取った加賀さんは、どうもそれを持て余しているように見えた。  
「俺、次はどうしたらいいんだろ?久藤、お前モテるし、何かいいアイデアないか?」  
「ううん…そうは言うけど、僕は読書にかまけてばっかりで、そういう経験はあんまりだから……  
木野の方こそどうなんだよ?」  
「今まで成功した事がないから、こうして聞いてるんじゃねえか」  
どうやら久藤にとっても守備範囲の外の話だったらしい。  
それでも、俺は藁にもすがるような気分でさらに久藤に詰め寄る。  
「全く無いって事はないだろ?」  
「そう言われれば、そうだけど…」  
「やっぱりあるんじゃねえか!」  
「でも、小学生の時の話だよ……」  
「む……」  
確かにそこから高校生である俺が活かす事の出来る知識を汲み取るのは難しいだろう。  
しかし……  
「頼む。それでも構わないから、話してくれないか……」  
そう言って、久藤の目をじっと見つめた。  
 
やがて、久藤は仕方が無い、といった感じに微笑んで  
「わかったよ。あの時の事は良く覚えてる。参考になるかはわからないけど、そこまで言うのなら……」  
そう言って、久藤は話し始めた。  
 
久藤と彼女が出会ったのは、二人がまだ小学三年生の頃だった。  
当時から本が大好きだった久藤は、町の図書館に本を借りに来て彼女と出会った。  
彼女は久藤以上の読書家で、当時はまだ普通の本好きな少年程度だった久藤に色んな本の事を教えてくれた。  
それから二人は、図書館でちょくちょく出会っては自分の読んだ本についての話をした。  
いかな読書少年少女といえど、この世には読みつくせない程の本がある。  
お互いのお勧めの本を紹介したり、二人で一緒に一冊の本を読んだり、  
そうやって久藤と彼女はだんだんと仲良くなっていった。  
久藤は言った。  
「たぶん、その頃から僕は彼女の事が好きだった。ただ、それが良くわかってなかっただけで…」  
可愛らしい顔にちょっと不釣合いな大きな眼鏡。  
歯並びを直すための矯正器具を恥ずかしがって、笑うときに口元を隠す仕草が可愛かった。  
ときどき、本を読む事をやめて、じっと彼女に見入っていて、目が合ったりした事もあった。  
その時の久藤は、恥ずかしさのせいで、彼女も自分と同じように顔を赤くしている事に気が付かなかった。  
「そして、ある日言われたんだ。次の日曜日のお昼に図書館に必ず来てほしいって…」  
その話を聞いたとき、久藤は不思議に思った。  
次の日曜は改修工事のため、図書館はお休みなのだ。  
だけど、すでに彼女に惹かれ始めていた久藤は、彼女に会えるならばとその日も図書館へと行く事にした。  
彼女は図書館の横の駐輪場で待っていた。  
『来て』  
促されるまま、久藤は彼女と一緒に近くの公園へ。  
その公園の隅っこのベンチに、二人で並んで座った。  
どことなく赤い顔をした彼女、久藤の胸もドキドキしていた。  
『いい天気ね』  
彼女はちらっと空を見てそう言った。  
そうだね、と久藤が同意すると、彼女は今度ある運動会もこんな風に晴れたらいいな、と言った。  
それから彼女はぽつりぽつりと自分の学校の事を話し始めた。  
久藤もそれに合わせて、同じように学校の話で応えた。  
とりとめのない会話だけが青空の下を流れていく。  
大した事は話してないはずなのに、彼女との会話はそれだけでとても楽しくて、少しそわそわドキドキした。  
そのまま、どれくらいの時間が経っただろう。  
いつの間にか太陽は西の空に沈みかかろうとしていた。  
夕日に真っ赤に染まった公園。  
そこで彼女は急に改まった口調になって  
『ねえ、聞いてほしい事があるの……』  
なんだろう?  
彼女の放つ真剣な空気に気が付いて、久藤は彼女に真正面から向き直った。  
夕日に照らされた彼女の顔は、今にも泣き出しそうな、どこか苦しげな、何とも言えない表情をしていた。  
久藤は彼女が心配になって、『大丈夫?』と声を掛けようとした。  
その時だった。  
『好きなの…』  
彼女は言った。  
『久藤くんのこと、好きなの……』  
言い放たれた言葉を久藤が理解するまでに、それから数秒の時間が必要だった。  
ようやくその言葉の意味を理解した久藤は、呆然として言葉をなくした。  
だけど、目の前でとても苦しそうにしている彼女を見て、何か言わなければいけない、そう強く思った。  
だから、久藤は自分の胸の奥の気持ちを、そのまま言葉にした。  
『僕も、好きだよ……』  
瞬間、久藤は彼女に勢いよく抱きつかれた。  
頬に感じた柔らかな感触が、キスだと気が付いたのは、彼女の腕の中から開放された後の事。  
『ありがとう、久藤くん……大好き』  
そして、彼女の顔に浮かんだ幸せそうな笑顔を見た。  
夕日に照らされた彼女の真っ赤な顔と、きらきらと光る髪の毛の美しさ。  
久藤はただ、夕日の中の彼女の姿に心を奪われて……。  
 
「そ、それで……」  
「それで、も何も小学生だからね。前よりは意識をするようになって、仲良くなって、それだけだよ」  
語り終えた久藤は、ふう、とため息を一つついた。  
そして、昔を思い出すように図書室の外の空を見つめて、言葉を続けた。  
「その後、中学生になる時に彼女はどこか遠くに引っ越していった。何か複雑な事情があったみたいで、  
 彼女の新しい住所を知る事は出来なかった。……ちゃんとしたお別れもできなかったよ……」  
「そうだったのか……」  
「でも、彼女の事は今もハッキリ覚えてる。あの時の夕日も………。そして、これからもきっと忘れる事はないと思う」  
久藤はどこか寂しげな、それでいて少しだけ幸せそうな微笑を浮かべていた。  
思いもかけず、重たい方向に転がってしまった話に俺が言葉を返す事が出来ずにいると、  
そんな空気を吹き飛ばすように久藤は殊更明るい調子で口を開いた。  
「まあ、ともかく、残念だけど木野の役に立つ話じゃないのは確かだね」  
「あ、ああ……」  
「だから、良いアドバイスをしてあげられる自身もない。あの娘と離れ離れになってからは僕の恋人はもっぱらこいつ等ばっかりだったからね」  
久藤は整理していた本の一冊を手に取り、そんな事を言って肩をすくめて見せた。  
「そうか。変な事聞いて、悪かったな……」  
「別にかまわないよ。それより、さっさと仕事を終わらせて帰ろう」  
なんともバツが悪くて、ぺこりと頭を下げた俺に、久藤は笑顔で答えた。  
それから二人で、本の整理と片づけを終わらせて、図書館を出るときにはもう太陽は西の空に沈もうとしていた。  
何もかもが茜色に染められた窓の外の景色を見ながら、俺はふと考えた。  
小学生の頃の久藤のガールフレンド、彼女が久藤に告白した、その時の夕日もこんな風だったんだろうかと。  
 
「あ、また……」  
朝、学校の下駄箱から上履きを取り出そうとした私は、そこに何かが入れられている事に気が付いた。  
取り出して、それが何であるかを確かめる。  
【君に似合うから】  
そんなメッセージが添えられたその包み。  
これでかれこれ七度目になるだろうか。  
これは名も知らない誰かからの、私に対するプレゼントらしいのだ。  
ガサゴソと包みを開けて中身を確かめる。  
Tシャツだ。  
三つの顔と六本の腕を持つ自由の女神が胸元にプリントされ、布地全体に般若心経が書いてある。  
よくわからないけれど、とにかく私なんかには及びも付かない凄いセンスの服である事は確かだ。  
私には到底着こなせる自信がない。  
(せっかくプレゼントしていただいたのに……)  
私の胸は申し訳なさでいっぱいになる。  
だけど、それと同時に私の心の奥底で、ある一つの感情が疼き始める。  
あり得ない期待、都合のいい妄想が湧き上がる。  
これが、あの人からのプレゼントなら………。  
『でも、とにかく、ありがとう、加賀さん……っ!』  
彼の、木野君の言葉が私の中に蘇る。  
四月に、初めて目が合った私に投げかけてくれた笑顔を思い出す。  
私はTシャツを入れた包みをぎゅっと抱きしめる。  
それが何の確証も無い推測である事はわかっている。  
単なる自分にとって都合のいい妄想である事には気付いている。  
それでも、今の私にはその湧き上がる感情の波を、抑える事ができなかった。  
 
教室の、自分の席についた私はぼんやりと黒板の方を眺めていた。  
プレゼントはそのままでは少しかさばるので、Tシャツと包みに分けて丁寧に折りたたんで鞄に入れてある。  
頭の中でぐるぐる渦巻いているのは、やっぱりそのプレゼントの差出人の事。  
少なくとも、その人が木野君であるかどうかを確かめる事自体はそんなに難しくはないはずだった。  
プレゼントに添えられたメッセージの文字と、木野君の字を比較してみればいい。  
でも、その機会はなかなか訪れなかった。  
木野君の字を見られる機会がないのだ。  
今まで、木野君が、例えば黒板に文字を書くとか、私の見られる所で字を書く事はなかった。  
それならば、こっそり木野君のノートか何かを調べれば……。  
 
そこまで考えて、私はハッと我に帰り、ぶんぶんと首を振る。  
(いけない。そんな、人の物を勝手に見るだなんて、そんな事しちゃいけない……っ!!)  
プレゼントの事を気にするあまり、考えが思わぬ方向に行ってしまっていた。  
申し訳なさでいっぱいの私は机の上に突っ伏する。  
だけど、私は心のどこかで気が付いていた。  
私が、木野君のノートを開けてまでその事を確かめようとしないのは、  
それがいけない事だからという理由だけではない事に。  
私は怯えている。  
私の自分勝手な期待が、妄想が、打ち砕かれてしまう事を恐れている。  
私は、これが木野君からのプレゼントであると信じたいんだ。  
だから、プレゼントの差出人の事を深く追求しようとしないんだ。  
少なくとも、それを確かめないうちは、これが木野君からのプレゼントだという可能性も消えないのだから……。  
(ああ、私はなんて卑怯なんだろう……)  
日に日に募る想いが、迷いが、私を苦しめる。  
でも、こんな私にはそれを振り切る勇気さえなくて………だけど。  
 
だけど、そんな私の悩みはいとも簡単に断ち切られた。  
ある朝、私は自分の下駄箱の中に、いつものプレゼントとは違う何かが入っている事に気が付いた。  
それは手紙だった。  
差出人の名前は無い。  
白い封筒に入れられた便箋には、あのプレゼントのメッセージと同じ字でこう書かれていた。  
【今日の放課後、17時、図書室で待っています。】  
ドクン。  
締め付けるような胸の疼きを感じながら、手紙を手にした私は呆然と立ち尽くしていた。  
 
「やばい。ミスった……っ!!」  
「どうしたの?」  
突然素っ頓狂な声を出した俺に、久藤が少し驚いた様子で問いかけた。  
「加賀さんへの手紙、名前書いとくの忘れた…っ!!」  
「あちゃ〜」  
青ざめる俺と、苦笑する久藤。  
西日の差し込む放課後の図書室で、俺は一世一代の勝負に出ようとしていた。  
加賀さんに手紙を送り、今日、この場所で会いたいと伝えたのだ。  
目的はもちろん、俺のこの想いを加賀さんに伝える事。  
今回の計画のために、久藤は今日の放課後の図書室を俺と加賀さんだけで使えるように色々と手を回してくれていた。  
それだというのに……。  
「ああ、痛恨のミスだ〜ぁっ!!誰かもわからない奴からの呼び出しなんて、加賀さんきっと来てくれないぞっ!!」  
「大丈夫だよ、木野。彼女の性格なら、きっと来てくれるさ」  
「そ、そうかな、久藤〜?」  
「うん。だから、ほら落ち着いて。木野の勝負はこれからが本番なんだから」  
久藤が俺の方を励ますように、ポンポンとたたく。  
(そうだ。こんな事で動揺してちゃいけない。俺は、俺は加賀さんと……)  
俺はぐっと拳を握り締める。  
この日のために何度も頭の中でシミュレーションを繰り返し、彼女に伝えるべき言葉を考えてきたのだ。  
今更、逃げ出す事は出来ない。  
加賀さんを呼び出す時間の指定だって、考え抜いての事だったのだ。  
先日聞いた、久藤の小学校時代の恋の話、確かに今の俺に役に立つような情報は無いように思われた。  
でも、ただ一点だけ、汲み取る事ができたものもあった。  
「…………」  
俺は窓の外の、西へと傾いていく太陽を見つめる。  
話の中で、久藤は彼女に告白された時の夕日がかなり印象に残っている様子だった。  
夕日の中での告白。  
全てが茜色に染まった中で、愛の言葉を告げる。  
要するに雰囲気作りということだ。  
焼け石に水かもしれないが、それでもやらないよりはマシだろう。  
 
「それじゃあ、健闘を祈るよ」  
「お、おうっ!!」  
約束の時間が近付いてきて、久藤は図書室を後にした。  
一人ぼっちになった俺はもう一度窓の外を見る。  
少し雲は多いが、まあ、まずまずの空模様。  
「後は、俺次第ってわけだ……」  
パンパンと自分の頬を叩いて、俺は気合を入れなおす。  
なんとしても、加賀さんにこの想いを伝えるのだ。  
今の俺の胸の内は、燃え上がらんばかりの情熱に満たされていた。  
だけど。  
だけど、俺は気付いていなかった。  
窓の外、ゆっくりと増え始めた雲によって覆われた空が、だんだんと暗くくすんだ色に染まっていく事に。  
 
「ああ、行かなくちゃ……行かなくちゃいけないのに……」  
放課後の学校、手紙をぎゅっと握り締めた私は、おろおろと廊下を行ったり来たりしていた。  
時刻は間もなく、17時になろうとしていた。  
それなのに、私の足は図書室に向かってくれない。  
臆病な私は、図書室に向かう事を決心できない。  
プレゼントの送り主が木野君だったなら。  
そんな自分勝手な妄想を壊される事を恐れて、卑怯な私はそこから逃げ出そうとしていた。  
確かめなければ、まだずっと心地よい夢を見ていられるから。  
そんな理由で、この手紙に込められた想いをないがしろにしようとしていた。  
「すみません…すみません……っ」  
呟いて、私は廊下に膝をついた。  
だけど、そもそも届いてもいない謝罪の言葉にどんな意味があるだろう。  
それは、自分の犯した罪に図々しくも許しを求める怠惰なあり方だ。  
だけど、ただ怯えるばかりの私の心は、これ以上どんな事をしていいか、何も考える事ができなくて…。  
ふと、顔を上げる。  
先ほどまでの眩しい西日が、黒い雲に覆い隠されていた。  
そして、気が付く。  
鼻をかすめる、においの存在に  
「雨の…におい?」  
呟いたときには、雨粒が窓ガラスにぶつかりはじめていた。  
 
壁に掛けられた時計は、既に17時の50分を過ぎ、もうすぐ18時になろうとしていた。  
一人きりの図書室で、椅子に座った俺はただただ待ち続ける。  
ちらちらと入り口の扉を横目に見ては、あの娘が姿を現す事を願い続ける。  
窓の外からは急に振り出した雨の音が聞こえてくる。  
ついさっきまで辺りを照らしていた太陽は隠れて、電気を点けていない図書室の中は薄闇の中に沈んでいる。  
まるで、今の俺の心の中みたいだ。  
「………やっぱり、無理だったのかな…」  
呟いて、苦笑いする。  
手紙に名前を書き忘れたのがまずかったのか。  
だけど、それだけが理由とも思えない。  
久藤の言う通り、あの優しい加賀さんが、それだけの理由で呼び出しを無視する筈が無い。  
もしかしたら……。  
俺は想像する。  
「もしかしたら、加賀さんは全部気が付いていて………」  
最初から、全部俺のやった事だと、加賀さんは知っていたんじゃないだろうか。  
だけど、加賀さんの胸の中にある答はイエスではなかった。  
加賀さんは優しいから。  
優しすぎるから。  
きっと、それをどうやって俺に伝えていいかわからなくて。  
悩んで、悩んで、どうしていいかわからなくなって……それで…。  
「ごめんな…加賀さん……」  
今の自分の頭の中に広がっている空想が、何の根拠も無いものである事はわかっている。  
 
それが、本物の加賀さんの優しさを歪める事だというのもわかっている。  
だけど、とりとめのない不安に取り付かれた俺は、それを止める事が出来なくて……。  
久藤が人払いをした図書室に、やって来る人は誰もいない。  
だから俺は一人ぼっちのまま、不安に苛まれながら、それでも未練ったらしく加賀さんを待ち続ける。  
窓の外の雨は、しばらく止む気配はなさそうだった。  
 
折り畳み傘を叩く雨の音だけに心を集中させながら、ただひたすらに前に向かって歩く。  
辺りを包み込む雨音は、卑怯な私を責め立てているみたいだ。  
「すみません…すみません……」  
私は、逃げ出した。  
今も右手に持った、この手紙に込められた想いの重さに耐えかねて、逃げ出してしまった。  
自分にとって都合の良い、空想遊びをやめたくない。  
たったそれだけの理由で、手紙をくれた顔も知らない誰かの想いを踏みつけにしてしまった。  
だから、私は少しでも早く学校から離れたくて、一心に前だけを見つめて歩く。  
まわりの事は何も考えない。  
前へ、少しでも前へ。  
それだけを考えているうちに、いつしか私の中から周囲に向ける注意力さえ失われてしまっていた。  
それは、一瞬の出来事。  
キキ―――――――ッ!!!  
「きゃあっ!!?」  
赤信号の横断歩道に脚を踏み出しかけていた私は、猛スピードで横切った車にあおられて尻餅をついた。  
その弾みで、私は持っていた手紙を手放してしまう。  
「ああっ!!?」  
風に吹かれて、あわや水溜りに落ちようとする寸前に、私は何とか手紙を掴んだ。  
その代償として、折り畳み傘は吹き飛ばされ、私自身が身代わりに水溜りに突っ込んでしまったのだけど。  
「はぁ…はぁ……」  
そこまでするのなら、手紙に込められた願いを汲んで図書室に行けばいいものを。  
手紙をぎゅっと握り締める私の体の上に、容赦なく雨が降り注ぐ。  
今の無様な自分の有様は、私の犯した罪に対する報いのように思えた。  
道端に膝をついたままの私は、もう一度手紙を開いて、そこに書かれた文章を見つめる。  
【今日の放課後、17時、図書室で待っています。】  
この手紙の主は、今も図書室で私を待っているのだろうか?  
ぼんやりと、そんな事を考えていた私は、突然ある事に気が付いた。  
手紙の、便箋の上にうっすらと残る文字のような跡。  
いや、違う。  
これは、文字そのものだ。  
よく見れば、便箋のあちこちに残るそれは、手紙の主の試行錯誤の跡なのだ。  
きっと、私に手紙を出す事で頭が一杯になって、慌てん坊のその人は便箋を重ねたまま、  
下敷きを使うのも忘れて、何度も何度も手紙を書き直したに違いない。  
そして、私の瞳はその痕跡の中に埋もれた、たった四文字のその言葉を見つける。  
 
【好きです】  
 
それは、今私の胸の内に渦巻いている、木野君へと向かう気持ちと同じもの。  
自分の胸に手を当てる。  
この気持ちを抱えて過ごす日々の、その切なさを私は知っている。  
「行かなくちゃ……」  
中途半端にくすぶり続けていた心に、ようやく火がともるのを感じた。  
私は立ち上がり、学校からの道を振り返る。  
「待ってて…お願いします、待っていてください……っ!!!」  
そして、私は走り出す。  
道に転がった傘を拾う事もなく、叩きつける雨も意に介さずに。  
ただ、走り抜ける。  
学校へ。  
約束の図書室へと、私は走り続ける。  
 
カチコチと時計の音だけが空しく響く。  
時刻は既に18時の30分を過ぎている。  
加賀さんはまだ来ない。  
いや、きっと、正しくは……もう来ない。  
「我ながら、未練たらたらだよな……」  
窓の外は相変わらずの雨模様だ。  
通り雨かと思っていたが、結構長引いている。  
一応、学校の傘たてに置き傘はしてあるので、まあ、帰りの心配はないのだけれど。  
なんて事を考えて、学校から帰る算段をしている一方で、俺の体は椅子に縛り付けられたように動いてくれない。  
拒否しているのだ。  
心が、体が、加賀さんがここにやって来ないという事実を受け入れる事を拒んでいるのだ。  
「情けないなぁ……でも…」  
駄目になるなら、せめて、きちんと加賀さんに想いを伝えてからと、そう思っていた。  
今朝、加賀さんの下駄箱に手紙を入れた時は、こんな一人ぼっちの結末は想像もしていなかったのに。  
カチコチ、カチコチ。  
時計の針は残酷に時を刻む。  
18時50分、もうすぐ19時だ。  
そろそろ観念した方がいいだろう。  
「宿直室に寄って、先生でも茶化してから帰ろうかな……」  
ようやく立ち上がる決心をして、俺は図書室の入り口の扉へと向かう。  
ポケットに手を突っ込み、鍵を取り出す。  
いくらショックでぼんやりしていたとはいえ、施錠もせずに部屋を出て、  
今回のこの場所のお膳立てをしてくれた久藤に迷惑をかけるわけにはいかない。  
と、そこで俺は気が付く。  
「足音……?」  
こちらへ向かって来る小さな足音を聞いても、諦めきった俺の心はほとんど動かなかった。  
たぶん、先生が見回りでもしているのだろう。  
だけど、よく聞くとその足音は歩いているにしては、ペースがかなり早いようだった。  
だんだんとこちらに近付いてくるにつれて、女の子が息を切らす声まで微かに聞こえ始める。  
まさか、もしかして………。  
「…………」  
今、起ころうとしている事がどうしても信じられなくて、俺は事実を確かめようと扉に手を伸ばす。  
だけど、それよりも早く、足音は図書室にたどり着いた。  
「あ……」  
ガラララララララッ!!!!!  
俺の目の前で、勢い良く扉が開く。  
飛び込んできたのは、俺がずっと待ちわびていた人物。  
「加賀…さん……?」  
俺は呆然と彼女を見つめた。  
彼女はどうゆうわけかずぶ濡れの、ところどころ泥に汚れた格好でそこに立っていた。  
そして、その顔は、瞳は、今にも泣き出しそうに震えて……  
「木野君だったんですね……手紙…」  
「ああ……うん…」  
問われるままに肯いた俺の胸に、そのまま彼女は倒れこんできた。  
「すみませんっ…本当に…すみません……っ!!!」  
 
木野君の胸にしがみついたまま、私は全てをぶちまけた。  
私の中に渦巻いていた気持ちを、卑怯で弱い自分を、全て言葉にした。  
「…だから…私はそんな自分勝手な理由でこの手紙に込められた気持ちから逃げようとしていたんです……っ!!」  
「加賀さん……」  
「木野君は、ずっとここで待っていてくてたのに……なにに、私は……」  
木野君の手が、そっと私の肩に触れる。  
ああ、こんな時でも、木野君はとっても優しい。  
そして、それが余計に辛くて、切なくて、私の瞳からはぼろぼろと涙が零れ落ちる。  
「すみません…木野君……すみませんっ…」  
今の私の胸の内は後悔の気持ちで満たされていた。  
そうでありながら、その一方で手紙の差出人が木野君であった事を、  
どこかで喜んでいる浅ましい気持ちも私の中に確実に存在していた。  
そんな自分が悔しくて、だから、涙はいつまでも止まってくれない。  
 
そんな時だった。  
「えっ……?」  
木野君の手の平が、私の頬を流れる涙を拭った。  
そして、その手の動きに促されるように顔を上げると、少し困ったように笑う木野君の顔が私を見下ろしていた。  
「でも、加賀さんはこうして来てくれたじゃないか」  
木野君は言った。  
「だけど…私は散々自分勝手に迷って…木野君が待っていてくれなかったら…私は……っ!!!」  
「加賀さんは、怖かったんだろ?色んな事が怖くて、ここに来るのを迷っていた。それなら、俺も大して変わらないよ」  
木野君は、少し照れたように笑って続ける。  
「待ってた、って言ってくれたけど、俺も加賀さんと変わらない。ただ、怖かっただけだ。  
怖くて、ここを立ち去る気力も出なかっただけ。  
こういう事って、きっと誰だって怖いと思う。でも、加賀さんはこうして来てくれたじゃないか…………」  
「木野君……」  
「それはきっと、…加賀さんは優しい人だって事だと、俺はそう思うよ」  
木野君のその言葉は、後悔と罪悪感でいっぱいになっていた私の心に温かな光を投げかけた。  
凍り付いていた心が、再び息を吹き返そうとしているのを、私は感じた。  
いつの間にか涙の止まっていた私の顔を見て、木野君は満足そうに肯く。  
それから木野君は、何かを思い出したような表情になって  
「それで、その……改めて聞いてほしいんだけど……」  
急に自信のなさそうな声になった木野君。  
自分を必死で落ち着かせるように、何度も深呼吸をして…  
「加賀さん……」  
やがて覚悟を決めたような表情で、私を真正面から見つめ、その言葉を口にした。  
「俺、加賀さんの事、好きだ……」  
その一言が、私の胸の奥に届いた瞬間、私を縛り付けていた迷いの鎖は全て断ち切られた。  
私も真正面から木野君を見つめて、彼の気持ちに、勇気に応えるべく、自分の気持ちを言葉に変える。  
「私も…私も好きです、木野君の事……」  
私は、木野君の胸にすがり付いていた腕をそっと彼の背中に回した。  
すると、それに応えるように、木野君の腕が優しく私を包み込む。  
互いに抱きしめ合う腕にぎゅっと力を込めて、私と木野君は互いの瞳を見つめ合い……  
「加賀さん……」  
「…木野…君……」  
そのまま惹かれあうように、互いの唇を重ねた。  
 
一心に木野君と唇を重ね合わせ続け、互いの腕の中に相手のぬくもりを求める。  
雨に濡れて、冷え切っていた筈の私の体は木野君の体温と、自分の内側から湧き上がる熱が合わさり、  
火傷をしてしまいそうなほどに燃え上がっていく。  
息が続かなくなるまでキスを続けて、ようやく唇を離した私たちは、熱に浮かされた瞳で見つめあう。  
もっと木野君と触れ合っていたい。  
もっと木野君の体温を感じていたい。  
今まで感じた事もないような激しい衝動が、自分の中に渦巻いているのを感じる。  
見つめる木野君の瞳にちらちらと輝く炎。  
たぶん、きっと木野君も今の私と同じ気持ちなんだ。  
「加賀さん…俺…もっと加賀さんの事を……」  
「…あっ…木野君っ……」  
木野君の腕に、ぎゅうっと力が込められる。  
私もただただ夢中になって、木野君の体をぎゅっと抱きしめる。  
全身で互いの体温を、肉体を、その存在の全てを感じて、私たちの興奮はさらに高まっていく。  
「加賀さん…」  
「いいですよ、木野君…私も木野君をもっと感じたい」  
私の言葉に促されて、木野君の手の平が私の体の上を愛撫し始める。  
 
恐る恐る、私の反応を伺いながらも、木野君の手の平は次第に私の全身を撫で回し、蕩かしていく。  
「あっ…くぅん…はぁ…はぁ…木野…くんっ…」  
木野君の指先に、手の平に触れられて、私の体が燃え上がる。  
うなじに、背中に、わき腹に、木野君の手の平が触れた軌跡が、火傷のような疼きを伴って私を苛む。  
もっと、木野君に触れられたい。  
もっと、私の体をこの疼きで満たしてほしい。  
そんな衝動に促されて、私は知らず知らずのうちに、木野君の手を取っていた。  
「加賀さん……?」  
「…木野君…お願いします…ここも…木野君の手で……」  
私は木野君の手の平を自分の胸元に導く。  
木野君の手の平は、最初はためらいがちに、壊れ物を扱うような手つきで私の胸を揉む。  
「…あっ…ふあ……ああっ…」  
その微かな感触だけで、次第に荒くなっていく私の呼吸。  
それに呼応するように、木野君の愛撫もだんだんと大胆になっていく。  
それは胸だけにとどまらず、激しさを増した木野君の愛撫に、私の全身が翻弄される。  
「…木野君…ひぅ…ああんっ…木野くぅんっ!!」  
「…ああ…加賀さん……っ!!」  
首筋や鎖骨にキスされて、乳房を揉みしだかれ、乳首をこね回される。  
お尻や太ももの内側にまで木野君の手の平が伸びて、撫で回される感触で私の全身に電流が走る。  
今まで、誰かにもされた事のないような行為の数々。  
普段だったら恥ずかしくて想像もできないような事を受け入れられたのは、  
きっとその相手が木野君だったからという、ただそれだけの理由なのだろう。  
「ああっ…や…ふああっ!!…あ…ひあああっ!!!」  
痺れて、感じて、乱れて、いつもの私は溶けてなくなり、ただひたすらに木野君の熱に溺れていく。  
やがて、木野君の指先はスカートの内側へ、下着の奥に隠された私の一番敏感な場所へと向かう。  
「…加賀さん…い、いいかな…?」  
「はい…私も…木野君になら…してもらいたいです…」  
木野君の手の平が、私のショーツの中に滑り込んでいく。  
脚の付け根の間、木野君の指先はそこにある茂みを撫でて、その一番奥へと到達する。  
そしてついに、木野君の指先がその場所に触れた。  
「…ひあっ…ああああああ―――っ!!!!」  
背筋を通って、全身を駆け巡る電流。  
ビクビクと体が痙攣して、私は思わず大きな声を上げてしまった。  
「加賀さん…だいじょうぶ?」  
私の激しすぎる反応見て、心配そうな視線を送ってきた木野君に、私はこくりと肯いて答える。  
それを受けて、再び木野君の指先が動き始める。  
くちゅくちゅと、浅い部分をかき回されるだけで、いやらしい水音が聞こえてくる。  
その度に、全身を駆け抜けていく甘い痺れに、私は何度も声を上げて、木野君の体に縋り付いた。  
「…ひゃあぅっ…くあああっ!!…あ…あああんっ!!」  
次第に奥へ奥へと侵入してくる木野君の指。  
抜き差しされるごとに私の内側から溢れ出た液体がしたたって、図書室の床に小さな水溜りを作る。  
私の頭は強すぎる刺激にすっかり痺れ切って、もう何も考える事が出来ない。  
もっと熱く、もっと強く、木野君を感じたい。  
そして、どうやらその気持ちは木野君も同じだったようだ。  
「加賀さん……」  
呼びかけられて、私は木野君の顔を見上げる。  
「加賀さん…俺……」  
木野君が全てを言い切る前に、私はそれを理解した。  
木野君の瞳を見つめて、ただ一度、私は肯く。  
「加賀さん…好きだ…愛してる……」  
「木野君…私も…好きです…」  
木野君の手が私のショーツをゆっくりと下にずらしていく。  
そして、露になった私の大事な場所に、木野君の大きくなったモノがあてがわれる。  
自分の恥ずかしい場所を始めて男の子に見られて、男の人の大きくなったモノを目にして、  
恥ずかしさとも興奮とも判別できない感情が、私の胸の鼓動をバクバクと早めていく。  
 
「…いくよ…加賀さん…」  
「…はい…木野君……」  
互いに肯き合う私と木野君。  
愛しい人と一つになれるという期待と、初めての行為に対する不安。  
二つの感情に心をかき乱されながらも、私たちはついに最初の一歩を踏み出した。  
ゆっくりと、木野君の分身が私の中に入ってくる。  
私の体が木野君を受け入れていく。  
「あ…痛ぁ…ああっ!」  
「か、加賀さん!?」  
突然襲ってきた引き裂かれるような痛みに、私は思わず悲鳴を上げた。  
それに反応して、木野君の挿入が止まる。  
「だ、大丈夫です。これぐらい平気ですから…お願いです、続けてください、木野君……っ!」  
私には痛みよりも、木野君と一つになれるこの時間が終わってしまう事の方が恐ろしかった。  
木野君の背中をぎゅっと抱きしめると、それに促されたように木野君が私への挿入を再開する。  
「…あっ…くぅ……ああっ…」  
私のお腹の中で、痛みと熱が暴れまわる。  
木野君を受け入れているという実感。  
その存在感に、私の胸は締め付けられるような気持ちでいっぱいになる。  
痛くて、熱くて、切なくて、そして幸せで……。  
形容しがたい感情の嵐が心に吹き荒れて、私は無我夢中のまま木野君にささやいた。  
「動いてください…木野君っ!!…私…もっと、木野君の事を感じたいんですっ!!!」  
「わかった…わかったよ、加賀さん……」  
木野君の腰が前後にゆっくりと動き始め、それにあわせて私の中の木野君も動き出す。  
まだ初めての痛みの消えない内側の壁を擦られるたびに、痛みと熱が怒涛のように私に襲い掛かる。  
「…はうっ…あああっ…くぅ…あああああんっ!!…木野君っ!!…木野くぅううんっ!!!!」  
何度も声を上げる私を慰めるように、木野君は繰り返し私にキスをしてくれた。  
繋がり合った部分も、幾度となく交わすキスも、抱きしめ合う体も、全てが灼熱の中に溶けていくようだった。  
溶けて、溶け合って、混ざり合って、木野君と一つになっていくようなそんな錯覚を覚える。  
いや、きっと間違いなく、今この瞬間の私と木野君は、巨大な熱の本流の中で一つになろうとしていた。  
「ああっ!!加賀さんっ!!加賀さんっ!!」  
「…ひあああっ!!…木野…くぅんっ!!!…あ…きゃううううっ!!!」  
やがて激しい熱と痛みに混ざって、迸る電流のようなものを私は感じ始める。  
小さな稲妻が体中の到る所で弾けて、その度に視界が真っ白になって、さらに私は木野君との行為に没入していく。  
弾ける刺激に頭の芯まで痺れ切って、さらに大胆に木野君を求めてしまう。  
「…や…きゃああんっ!!…ひあぁ…ああああっ!!!」  
木野君に何度もキスをしてもらい、こちらからも何度もキスをせがんで、  
その回数はもう数え切れないほどだ。  
木野君が動くたびに繋がり合った部分から駆け上がってくる刺激は、  
もはや痛みも熱も痺れも一体となって私を蕩かしていく。  
「木野君っ…木野君っっっ!!!!…私っ…私ぃいいいっ!!!!」  
「加賀さんっ!!…俺ももうっ…!!!」  
愛しさが、快楽が、巨大な一つの津波となって私と木野君を飲み込み、はるか高みへと押し上げていく。  
そしてついに、高まり続けた熱の渦の中で、私と木野君は限界を迎えた。  
「…ああっ!!加賀さんっ!!加賀さん――――っ!!!」  
「ふああああああっ!!!!ああっ!!木野くぅううううううんっ!!!!!!!!!」  
木野君の熱が体の奥で弾けるのを感じながら、私は絶頂へと上り詰めた。  
 
全てが終わって、俺の腕の中で力尽きた加賀さんの姿を見ながら、俺は窓の外の雨音に聞き入っていた。  
薄暗い図書室の中、淡々と降り続ける雨の音だけをBGMに見つめる加賀さんの姿は、  
言葉に出来ないくらいきれいだった。  
そして、俺はある事に気が付く。  
(ああ、そういう事だったのか……)  
久藤が、彼女に告白された時の夕日を、そしてそれに照らされた彼女をとても鮮明に覚えていた事。  
それは夕日の美しさとかとは全く別のものだったのだと。  
互いの気持ちを通じ合わせた、そんな瞬間だったからこそ、  
それは世界で一番きれいな夕焼けに変わったのだ。  
無音の静寂より、もっと静かで優しい雨音のメロディ。  
それに包まれて愛しい加賀さんをこの腕に抱きしめるこの幸せ。  
(たぶん、これからきっと、俺は雨の日が好きになるんだろうな……)  
そんな事をぼんやりと考えていた時、加賀さんがうっすらと目を開けた。  
「木野君……」  
その顔に浮かんだ微笑に、その優しい声に、応える様に俺は加賀さんの唇にそっとキスをした。  
 
私たちが帰る時になっても、雨はまだ降り続いていた。  
私が傘をなくしてしまったので、木野君は相合傘で送っていくと言ってくれた。  
一つっきりの傘の下、木野君と並んで歩く私の心は、幸せに満たされていた。  
だけど……  
「加賀さん…ちょっと…」  
「どうしたんですか?」  
木野君が困ったような表情で私の方を見てきた。  
「相合傘なんだからさ。そんな傘の外の方にいられたら、意味がないんだけど……」  
「あっ…いえ…これは……」  
木野君の傘は折りたたみ式で、二人で入るとどうしてもはみ出してしまう。  
それが申し訳なくて、私はなるべく傘の外側に出ていたのだけれど……。  
「加賀さん、俺にそんな遠慮しなくてもいいんだぜ。  
なんていうか、その、もう俺たちは……恋人同士…なんだから…」  
木野君が顔を真っ赤にしながらそんな事を言った。  
言われた私の方も、赤面するしかない。  
そのまま言葉を返せずにいた私だったけれど、  
しばらくした後、落ち着きを取り戻しようやく自分の思いを口にする。  
「でも、木野君がずぶ濡れになったりしたら…私、申し訳なくて…」  
「それが加賀さんの気持ちってわけか……」  
私の言葉にしばし思案顔になった木野君は、それから突然私の肩を抱いて  
「それじゃあ、こういう解決策はどう?」  
私の体を抱き寄せて、狭い折り畳み傘の下に強引に二人の体を収めた。  
「木野君……」  
「け、結構、いいアイデアだと……思うんだけど…」  
私の肩を、体を抱き寄せる、木野君の腕の力強さ、優しさ。  
木野君の腕の中、私の心は今まで経験した事もないような幸せでいっぱいになっていた。  
わたしはそんな木野君の気遣いと優しさに  
「ありがとうございます、木野君…」  
そう言って、精一杯の笑顔で応えたのだった。  
 

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