冬のある休日、いささか時代錯誤のような袴姿の青年が、コンビニ袋を提げて猫背で歩みを進めていた。  
 
「さ、寒い…これのどこが小春日和なんですか・・・ああ、背中にもカイロを貼るべきでした」  
大人気なく今朝の天気予報にケチをつけている男――糸色望は高校の教師を務めているのだが、  
先日ふと自分が学生時代に書いた同人誌を読み直し、再び創作意欲が沸き、ペンを執ったのだった。  
それはつい3日程前のことだが、早くも煮詰まってしまい、気分転換にと外にでかけたのだった。  
しかし、数日間部屋に籠もりがちだった体には、だいぶ和らいだとはいえ、まだまだ寒い冬の風は厳しい。  
望はただただ、温かい宿直室のコタツを頭に描いて歩調を早めた。  
   
「あ、お帰りなさい」  
そんな望を宿直室で出迎えてくれたのは、小森霧でもなく、甥の交でもなく、予想にもしてなかった風浦可符香だった。  
「え、風浦さん?な、なんでここにいるんですか?」「先生そろそろ煮詰まってらっしゃるかな〜と思って様子を見に来たんですよ」  
望が再び同人誌を書こうと思ったのは、以前、  
藤吉と一緒に臨んだ同人会で、『石ころ』が全くとして売れず(まぁそもそも場違いだったのだが)、  
意気消沈していた自分に光を差し込んでくれた可符香の存在も理由の1つだった。  
お世辞でも、自分の作品を「わたしは好きですよ」と笑顔で受け入れてくれたのは嬉しかったのだ。  
だから望は可符香にだけ、また作品を書き始めたことをそれとなく伝えたのだった。  
というわけで、もはや彼女に読んで欲しいが為にまた同人誌を書き始めたと言っても良かった。そんな自分の煮詰まるタイミングを読まれていたことは恥ずかしかったが、気に掛けてくれたことは純粋に嬉しかった。  
 
「そうだったんですか・・・ははは・・・恥ずかしながら、図星です。・・・そういえば交はどこに居るんでしょうか?」  
「交くんなら、さっき倫ちゃんと出掛けましたよ」  
「そうですか。ああ、じゃぁ丁度良いですね。あんまん2つしか買ってなかったので。あ、お茶でも淹れますね」  
そう言って、望はやかんを火にかけた。  
「ありがとうございまぁす。あ、わたしも差し入れ買ってきたんですよ。えっと・・・」ガサガサッ  
「ピノに、雪見だいふくに、パピコに、ガリガリ君に・・・」  
「全部アイスじゃないですかぁ!?いや、でもありがとうございます・・・でもせっかくですが、交と後で頂きますね。  
しかしなぜもこうピンポイントで・・・」  
「やだなぁ、先生。あったかいおこたで食べるからおいしいんじゃないですか。あ、アイス冷凍庫に入れておきますね」  
「あ、どうも。はあ、そういうものなんですかねぇ・・・」そう言って、2人はコタツに入った。  
 
「・・・・・・」「・・・・・・」「あ、先生小説の方はどうなんですか?」  
「え?あぁ・・・まぁあまり捗っては、ない、ですね・・・」「そうですか」「はい・・・」  
望は可符香の問いにぎこちなく返しながらも、頭の中では別のことでいっぱいだった。  
 
と言うのも、可符香のことを考えながら筆を進めると、どうしても稚拙な恋愛モノになってしまうのだ。  
それは今まで望が書いてきた作品にはない傾向であったし、とても気恥ずかしいことだった。  
さらには、今こうして小説のモデルの張本人とも言える人物を目の前にしているのだから、たまらなく恥ずかしい。  
(ああ・・・もし「どんなお話ですか?」なんて聞かれたらどうしよう・・・)  
そんな心配でいっぱいで、望は沈黙の気まずさに気付かなかった。  
 
(それにしても・・・先生やっぱりちょっと疲れてるなあ)  
一方で、本来その疲れを癒すために来た(という名目で会いに来ただけだが)可符香だが、  
やや隈がかかった目元を見ると、やはり心配になる一方・・・言葉尻がややぞんざいな望を 少し、からかいたくなった。  
 
「先生、わたし1本アイス頂きますね」「え、あ、どうぞ…」  
『まったく、自分で食べたいから買ってきたんじゃないですか?』いつもなら、そんな風に皮肉な言葉が返ってくるはずなのに、やはり生返事だ。  
「このミルクのやつが、わたしちっちゃい頃から一番好きなんですよ〜」「はぁ…」なおも生返事。  
 
(・・・こうなったら・・・)  
「先生・・・ちょっと立ちあがってください」「え?こ、こうですか?」  
「はい。それから、コタツに座って下さい」「え、行儀悪いですよぉ」「いいからいいから〜」  
(せっかくコタツで暖を取れたのに・・・)  
望はしぶしぶとテーブルに腰掛けた。可符香は望の足の間に体が収まるように、ぺたんと座り込んだ。  
「角度はこんなもんかなぁ…」可符香はアイスの銀のフィルムを剥がしながらそう言った。「??風浦さん?いったい…」  
すっかり小説の話題からそれて望は安心したものの、いつも以上に謎の行動をとる可符香に戸惑った。  
「先生はただ見ててくれればいいんです」にっこりとそういうと、可符香は棒を両手で持ち、ちろちろとアイスの先を舌先で舐め始めた。  
「・・・!?ふ、風浦さん!?」ついに望は彼女の意図に気付いてしまった。  
その瞬間に顔がかっと赤く火照るのが自分でもわかった。  
「あ、貴女・・・わるふざけは・・・」しかし、望は思わず彼女の口元に見入ってしまって、『やめなさい』と続けることが出来なかった。  
「ん・・・ちゅ、ちゅっ、ちゅぅ…」可符香は望の視線に気づき、満足し、先端を丁寧に舐め続けた。紅い舌が踊る。唇がアイスでてらてらと濡れている。  
先端がだいぶ溶けてくると、可符香はアイスをすーっと深くまで口にくわえた。しかし、まだ溶けかかっていない部分は、思っていたより太さがあったらしく、やや眉をひそめながら、またすーっと口から取り出した。  
そして、「ふぅ・・・」と可符香は軽い深呼吸のようなため息をついた。  
「も、ほんとに、風浦さん、やめてください・・・」これ以上からかわれては、本当にやばい。  
しかし、可符香はそんな説得力のない望の言葉をまるで無視して、再びアイスに唇を近づけた。  
今度は頭の角度を変え、側面を這うようにゆっくりと、舌の真ん中で舐め上げていく。右の側面の表面が舌の温度で溶けかかると、次は左の側面を。  
そうして丁寧に溶かして、くわえやすい太さになると、可符香はアイス全体を口にゆっくりと抜き差し始めた。「んぅ…ちゅぶ、くちゅ・・・」ぐちゅっぐちゅっという音を立て、  
時々のどを鳴らしすすりながら、少しずつ出し入れのスピードを上げていく。もちろん、棒を両手でしっかりと持ち、アイスを動かさずに頭だけを振って。  
激しく頭を動かしたせいか、スカートもずれ、真っ白な太ももが、半分以上さらけ出されている。  
そんな教え子の様子は、健気なようにも見えた。一生懸命に舐め続ける少女の頭を無意識になでながら、望は目の前の光景を、  
脳に焼き付けるかのように、視覚と聴覚で味わった。そして彼女の舐めているアイスがどんどん溶けていくのに反比例して、袴の下が疼くのを感じていた。  
「じゅるっ・・・ぐじゅ・・・じゅる・・・ごくん・・・」アイスを全て食べ終えると、可符香はほんのり頬を赤らめ、心なしかぼうっとした目で望の顔を見上げた。  
望は彼女の唇から、顎を伝って垂れていく一本の白い筋を、服に付いてしまわないように指ですくいとった。  
すると、可符香はその指をも口にしゃぶり、アイスを完全に舐め取った。  
 
そして、とどめとばかりに「おいしかったです。ごちそうさまでした」と口角を上げて言い放った。  
「あの・・・風浦さん・・・私、「さて、わたしそろそろお暇しますね。」…え?」  
さっきまでの熱を帯びた表情がまるで嘘だったかのように、可符香はそそくさと帰る準備を始めた。  
「え、ちょ、あの・・・」「じゃぁ、先生お邪魔しました。小説、楽しみにてますね。頑張って下さい。さようなら、また明日」  
「え・・・あ・・・」望はあっけにとられたまま、ふわりっと去っていく彼女を何も言えずただ、見送った。ドアの前で靡いたスカートだけが残像となって、頭に残った。  
床にはすっかり冷えてしまったあんまんの入ったコンビニ袋。まだまだ冷めそうにない袴の中の自身。  
「え、私、どうすればいいんですか・・・」未だ濡れている、ぬるい熱を帯びた人差し指を見ながら、望は一人ごちた。  
部屋の奥のやかんが立てるシュンシュンという音だけが、やけに響いていた。  
                                   
―――終―――  
 
 

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