毎日、日没近くの時間になると、西の空に沈んでいく夕陽を眺める彼女の姿をよく見かける。  
その日によって場所は違うけれど、彼女がいるのは決まって高い場所だ。  
学校の屋根の上、高い木の枝、どこかの教室の窓枠に腰掛けている事もある。  
少しでもバランスを崩せばたちまち転がり落ちてしまいそうな危なっかしい場所で、  
彼女は足をぶらぶらさせながら、ただずっと西の空がだんだんと赤く染まっていくのを見ている。  
鼻歌を歌いながら、実に楽しそうな様子で、ただ一心に空を見つめているのだ。  
そうでなくても、やたらと高い場所や危ない場所に行きたがる彼女の行動を、僕も、クラスのみんなも、最初は随分とハラハラしながら見守っていた。  
彼女の身体能力、すばしっこさやバランス感覚の良さを知った今となっては、そこまでの心配はしていない。  
(勿論、彼女の行動に慣れたというだけの話で、なんだかんだでやっぱり心配なのは今も変わらないのだけれど……)  
そうして、ハラハラした気持ちが落ち着き始めたからだろうか。  
僕はだんだんと、夕焼け空を見つめる彼女の横顔に、不思議と惹かれるようになっていった。  
朗らかな笑顔を浮かべて、空の向こう、遠く遠くを見つめる彼女の瞳を、いつの間にか僕もじっと見つめるようになった。  
彼女は遠い国からやって来た。  
褐色の肌と小さな体。  
年齢は不詳だけれど、彼女の外見を見れば僕たちと同じ高校に通うような年齢でない事はわかる。  
愛らしい姿の影には平和なこの国に生きる僕なんかには想像も出来ないような壮絶な記憶を宿している。  
だけど、彼女はいつだって、変わらぬ笑顔で笑うのだ。  
最初は僕自身が子供好きだった事もあって、学校に紛れ込んできた小さな女の子を世話するような気持ちで関わった。  
だけど、今、その認識は徐々に揺らぎ始めている。  
夕焼けを見つめる彼女の瞳の深い色に、僕の心が揺れ始めている。  
最近は暑くなってきたからだろうか、日光に焼けた屋根ではなく太い木の枝に腰掛け西の空を見つめる彼女、マリア。  
それをじっと見つめている僕の事を、久藤准というクラスメイトの事を、彼女はあの深い色の眼差しで一体どんな風に見ているのだろう?  
 
本を読む事。  
物語を語る事。  
それらは僕という人間の中心を為す柱となっている。  
特に、物語を作りそれを人に聞かせる行為は、僕自身にも制御できない部分がある。  
普段は人に頼まれて、誰かのリクエストに応えて物語を話す事も多いのだけれど、  
それと同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に、何かの瞬間に生み出されたインスピレーションに従って衝動的に物語を作ってしまう事が多い。  
去年のクリスマスの頃には、クラスメイトの日塔さんに『石田純一に靴下の話したら』と言われた瞬間、  
湧き上がる衝動に背中を押されるまま、道のど真ん中で物語を話し始めてしまった。  
何とも迷惑な話だけれど、こればっかりは僕自身にも止める事が出来ないのだ。  
一応、僕の話す物語をクラスの仲間や先生、その他の多くの人たちは喜んでくれるけれど、  
流石に暴走して話してしまった場合には後で随分と後悔してしまう。  
そしてもう一点、僕の話にはある特徴が存在する。  
それは、主役クラスの登場人物が物語り上で命を落としてしまう事だ。  
僕自身は、そういった死にまつわるイベントを意図的に盛り込んで、物語を盛り上げようとする事もある。  
だけど、基本的に物語というのは生き物だ。  
いかにキャラクターを入念に作り込み、計算高く配置する事でストーリーを作るのだとしても、  
やはりそれらのキャラクターたちはそれが計算によるものであれ、何であれ、それぞれの個性を持ち行動する生きた存在であると僕は考える。  
最後に主人公が死んで感動させる、そんな話を作るために、あらかじめそういった性格に作られた登場人物だったとしても、  
その最後の死の瞬間まで、彼・彼女は自分の信じるままに行動する。  
その結果が死であったとしても、それは登場人物達が彼らの生を全力で生きた結果なのだと、僕は考えている。  
だから、これまで僕は僕の物語が、みだりに登場人物を死なせるような話であると指摘されても、自信を持って話し続けてきた。  
だけど、その自信が最近になって危うくなり始めている。  
その原因は、彼女の、関内・マリア・太郎の存在にある。  
 
「どーしタ、准?続きハ話してくれないノカ?」  
「ああ、ゴメン…どこからだっけ?」  
そんな僕の思考を、当の彼女、マリアの声が断ち切った。  
「オオツノジカの柳太郎が池に落ちたところからだよ。だいじょーぶか、久藤のにーちゃん?」  
いつも通りみんなの前で物語を披露していた筈が、いつの間にか考え事をしてしまっていたらしい。  
窓際に寄りかかって話をしていた僕を、周囲を取り囲んで座っていた聴衆達が少し心配そうに見上げてきていた。  
僕はその中で、一番最初に声をかけてきたマリアの姿を見つめる。  
「ホントにどーしたんダ?准、様子がヘンだゾ」  
「いや、何でもないよ。柳太郎が池に落ちたところの続きからだったね」  
僕は死を語る。  
だけど、彼女に比べて僕はあまりに死を知らない。  
彼女が時折口にするシニカルな言動や、過去を臭わせる数々の発言。  
彼女は僕なんかの想像もつかない様な深く暗い世界を通り抜けて、今を生きている。  
「オオツノジカの柳太郎は三日間も水を飲んでいませんでしたから、それはもう喉はカラカラです。  
柳太郎は喜び勇んで池の中へ飛び込みました。その池が、実は少し進むと一気に深くなる事なんて知りもしないで……」  
僕は後ろめたいのだ。  
背中に刃物を押し当てられたかような、ヒリヒリとする死の実感と共に生きてきた彼女に、軽々しく死を語る事に罪悪感を感じているのだ。  
彼女はいつも楽しそうに僕の話を聞いている。  
実際に尋ねてみても、彼女は僕が拘っている『死』に関するアレコレなど、気にしてもいないだろう。  
僕は話したいように物語を話して、彼女もそれを聞いて楽しんで、そこにはきっと何の問題もないはずだ。  
だけど、目の前の彼女の笑顔と、夕陽の沈む空を見つめる彼女の瞳の色がないまぜになって、僕はひどく混乱してしまうのだ。  
だって、あの瞳は、間違ったやり方で触れてしまえば、瞬く間に砕け散って消えてしまいそうで……。  
「オオツノジカの柳太郎は走ります。池で助けられた恩を返すため、走って、走って、ひたすら走り続けます」  
たぶん、惹かれているのだろう。  
「走り続けて疲れ果てた柳太郎ですが、進行方向に凍った池を見つけます。『しめたっ!!池の氷の上を走れば、もっと早く子グマ達のところに行ける!!」  
いや、もっと端的に言うのならば、僕は恋をしたのだ。  
「柳太郎は勢いよく氷の上を走ります。思えばここは昔柳太郎が溺れた池、子グマ達と出会った池。  
あの時、柳太郎が溺れた池が、今は最高の近道になっているのです。ところが………」  
僕なんかよりずっと遠い場所を見つめて、それでも無邪気に笑う小さな女の子から目を離せなくなった。  
色んなモノを心の内側に秘めて、それを映したかのようにくるくると変わる彼女の瞳の色に、僕は魅せられてしまった。  
だけど、だからこそ、僕は思うのだ。  
「ところが、もう少しで岸に辿りつくというまさにその時、柳太郎の足元の氷が音を立てて割れました」  
こんなにも無知な僕が、実感としての死すら知らない僕が、平然としてその死を扱う物語を語る。  
そんな事が許されるものだろうか?  
いいや、事はそれだけに限らない。  
彼女がこれまで通り抜けてきた地獄を受け止めるには、僕の無知はあまりに致命的なのだ。  
「『もう少しで薬を届けられるのに……』もがけばもがくほど、周囲の氷は割れて、柳太郎の体は池の中に沈んでいきます。  
だけど、柳太郎は凍えた脚を必死に動かし、せめて岸まで薬を持っていこうと、冷たい水の中で脚を動かし続けます。そして……」  
まさに息を呑む、といった感じの表情で物語のクライマックスに聞き入る彼女。  
だけど、僕は自分の語っているモノの意味さえ、ろくに知りはしないのだ。  
遠すぎる。  
彼女の世界と、僕の世界は、あまりにも遠く離れすぎている。  
「『柳太郎、ありがとう、キミのおかげで兄さんたちはすっかり元気になったよ。キミともうお話したり遊んだりできないのは、とてもとても辛いけれど…』  
柳太郎の亡骸を囲む子グマ達はみな、ぼろぼろと涙を流していました。だけど、無事に薬を届けた柳太郎の顔はどこか安らかに微笑んでいるようでした」  
物語が終わり、万雷の拍手が僕を包む。  
その中には、彼女の、マリアの拍手も混ざっている。  
僕は、油断するとすぐに顔に出てしまいそうな自嘲的な感情を笑顔の仮面で押さえつけて、彼らの喝采に応えたのだった。  
 
今日モ学校が終わっタ。  
昼休みには准が得意のお話ヲ聞かせてクレテ、ミンナでそれを聞いタ。  
この国に来てカラノ毎日は、イツダッテ楽しい思い出でイッパイで、ダカラ、マリアもあの国にイタときの事を忘れそうにナル。  
日本人は優しい。  
クラスのみんなモ、マリアにたくさん良くしてクレル。  
お腹が空いテ死ぬ事モ、日本デハぜんぜん心配しなくてイイ。  
一緒に日本にやって来タ、同じ家デ暮らすミンナも親切デイイ奴らばかりダ。  
今のマリアはトテモトテモ幸せで、あの頃、村を焼け出されてジャングルをさまよった時が本当にウソみたいダ。  
今、マリアは学校の校庭の隅っこに生えた木に登って、夕焼けを見てル。  
世界中どんな所デモ、空は同じ空なハズなのに、生まれ故郷の村で見た夕焼けと日本で見ル夕焼けは少し違って見えル。  
先生にこの事を話したラ、  
「専門じゃないのでよくわかりませんが、やっぱり空気が違うと空の見え方も違うものなんでしょうね」  
ッテ、教えてくれタ。  
マリアにはあんまりよく解らなかったケレド、本当に遠い国に来たんダッテ、それだけは解るような気がシタ。  
遠い国、生まれ故郷とは大きな海を隔てタ、少し前までは行く事になるナンテ想像もできなかった国。  
夕陽でさえも、マリアの国とは違う国………。  
ポロリ、マリアの頬を突然涙が零れていっタ。  
「ア、アレ………?」  
ポロポロポロポロと、マリアの目から涙が流れ落ちてイク。  
拭いても拭いても、止まってくれないソレは、いつしかマリアの顔を覆いつくして、ぐしゃぐしゃにシテしまった。  
マリアは日本にいて、クラスのミンナや、仲間と一緒にいられて、本当に幸せ。  
ダケド、それでいいのカナ?  
燃え盛る炎と、絶える事無く撃ち込まれ続ける銃弾の嵐に、マリアの村は壊された。  
デモ、マリアは運よく生き延びて、今はこの国で元気に暮らしてる。  
ソレナノニ、ソレでいいはずなのに、時々トテモ悲しい気分になる。  
そんな時、マリアはある人の名前をつぶやく。  
いい人ばかりの日本人の中でも、とびきり優しい人。  
マリアが2のへにやって来てから、ずっと良くしてくれる人。  
アノ人が話してくれたお話を、寝る前に何度頭の中で繰り返したか、モウわからないくらいだ。  
「准…。准……」  
呟いた名前が胸の中に染み込んでいく。  
ずっと必死で生きてきて、これがどういうキモチなのかも良くわからないケレド、  
たぶん、きっと、マリアは好きなんだ。  
准のコトが、大好きナンダ。  
 
とぼとぼと下校途中の道を歩いていると、後ろから声を掛けられて、僕は振り返った。  
「おい、久藤っ!!」  
「あ、木野、どーしたの?そんなに走って…」  
「いや、どーしたのって言われると、アレなんだけどよ……」  
僕に聞き返されると、木野はなんだかバツの悪そうな表情をして、視線を逸らせた。  
「……その、な…昼にお前がいつものお話してただろ。あの時のお前の様子がなんだか妙だったから……」  
やっぱり昼間の僕の様子がおかしかった事は、誰が見てもわかる事だったらしい。  
それを木野が心配してくれたのが嬉しくて、僕は彼に少し微笑んだ。  
「…いや、一応、何かあったんじゃないかって気になっただけだから!あくまで、一応、だからっ!!」  
しきりに『一応』を、木野は強調する。  
わざわざ木野の方から心配してくれて、コッチは嬉しかったのに、どうして木野はあんなに恥ずかしがってしまうのだろう。  
まあ、それが木野らしいといえば木野らしいのだけれど。  
「で、やっぱり何かあったのか……?」  
「うん……何かあったっていうか、悩んでる事があるんだけど……」  
僕は、走って追いかけてきてまで、僕のことを心配してくれたこの友人の厚意に甘えてみる事にした。  
「僕のお話では、ラストによく登場人物が死んじゃうよね……」  
「ああ、俺もどれだけ泣かされたかわからないな」  
「でも、それを語る僕は、死ぬっていう事について何も知らない」  
僕はそこで一拍置いてから、自分の考えている事を木野に伝えた。  
「僕が今まで触れた死は、おじいちゃんと親戚の伯父さんの葬式、それから道端で車に轢かれた猫や犬ぐらいだ」  
無論、今の日本人の死に関する経験なんて似たり寄ったりで、大した差はないだろう。  
だけど、僕はそんな人間としては、死を語りすぎているのではないか?  
知りもしない事を、延々と口にし続けるのは、無責任な態度ではないのか?  
 
僕の話を一通り聞いてから、木野は真面目な顔で口を開いた。  
「なあ、久藤……ダンテって実際に地獄に行ったのか?」  
「えっ!?」  
木野が言っているのはおそらく有名な『神曲』の事だろうけれど、どうしてだしぬけにそんな事を言うのだろうか?  
「紫式部は色んな女性と付き合いまくったりしたのか?」  
「それは…ないだろうけど……」  
「夏目漱石って、猫になった事があるのか?」  
「……………」  
だんだんと、木野の言わんとしている事が僕にもわかりはじめた。  
「実際に見た物しか書けないんなら、作家なんてとうにいなくなってるさ」  
「でも、それじゃあ、間違ったお話を作ってしまうかもしれない」  
「間違っててもいいじゃねえか」  
そこで、木野は僕に向けてニヤリと笑って見せた。  
「確かに『死ぬこと』について、俺もお前もよく知らないし、だから間違った事を言ってしまうかもしれない。だけどだ!!」  
木野は僕の肩をぐいと掴み、力強い表情でこう言った。  
「そのお話の中でお前が言おうとした事まで間違いだって言うのは、少しおかしいんじゃないか?」  
心の奥で、僕を縛り付けていたロープが千切れる音を、確かに聞いた気がした。  
そうだ、完璧な知識は持っていなくても、それでも表現し得るものは存在する。  
どんな作家だって、そうやって物語を編み上げて来た筈なのだ。  
間違って、迷って、それでも生み出された作品に込められた魂は、だけど決して恥じ入るようなものじゃない。  
そもそも、いつも彼女は、マリアは僕の話を聞き来てくれていたじゃないか。  
彼女から見れば、僕の死に関する観念は稚拙な部分もあるのかもしれない。  
それでも、お話に込められたモノを、彼女はしっかりと受け止めてくれていた。  
「というわけだ!!お前も納得できたみたいだし、これで万事解決だな!!」  
僕の表情が晴れていくのを見ながら、ふんぞり返って木野がそう言った。  
本当に助かった。  
木野がいなければ、僕はずっと思考の迷路をさまようハメになっていたかもしれない。  
………だから、僕は思い切って、もう一つの問題についても木野に相談してみる事にした。  
「ああ、ありがとう。よく解ったよ……でも…」  
「でも……なんだ?」  
「問題の核心は、実は別のところにあるんだよ」  
怪訝な表情の木野の耳元に口を近付け、僕は自分が彼女に対して抱いている気持ちについて打ち明けた。  
目を丸くして、呆然と僕を見る木野。  
「マジ……なのか?」  
「うん、マジ」  
「本当の本当に、マジなのか?」  
「本当の本当に、ウソ偽りなく完璧に、マジ」  
木野はゆっくりと空を仰ぐと  
「うそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」  
これ以上ないくらいの大声で、そう叫んだのだった。  
 
「本気、なんだな……」  
「うん。自分でもちょっと信じられないけど………こういう事、ほとんど無かったから……」  
僕のマリアに対する感情、それを抱く事となった今日までの経緯。  
僕がその全てを打ち明けたのを聞いてから、木野は難しい顔をして腕を組んだ。  
「あの目が、ね……」  
「うん?」  
「色んなものを見たり聞いたりしたとき、キラキラって輝いて、一瞬だけとてもとても深い色が見えるんだ。  
それがとても綺麗だったから………なんて、こんな抽象的な理由しか言えないのが、自分でもどうかと思うけど……」  
「いーや!そりゃあ、やっぱり好きって事なんだろ。そこだけは自信持てよ、久藤」  
木野の言葉はいつになく優しく頼もしかった。  
「俺は、お前がそういう気持ちならそれは悪い事じゃないと思う。長期戦で考えるなら、アイツがもっと大きくなるまで待つのもアリだし」  
それから、木野は名探偵よろしく、顎に手を当てて、うむむ、と考え始めた。  
「周りからの非難とか、そういうのが激しいのは当たり前として、もう一つやっかいな問題があると思うんだ」  
「どういう事?」  
「お前とマリアの今までの関係そのものだよ」  
 
今までの僕と彼女の関係は、小さな子供と、それの面倒を見る年上の男子、それ以上でもそれ以下でもない。  
そんな関係の中で、いつの間にか僕がこんな感情を抱いてしまう事など予想もしなかった事だ。  
さらに言うなら、子供にとっては一つの年の差さえ大きな壁になってしまう。  
恋愛はその二人が互いに対等の立場で、足並みを揃えて歩いていくものだ。  
マリアはどんな大人にだって遠慮なしに大暴れするけれど、年齢の壁から感じる抵抗感はそれとはまた別のモノだ。  
見てきたものや経験したものの違いだけじゃなく、僕と彼女はその立場においても遠く離れた場所に立っているようだ。  
「要するに、向こうがお前をそういう対象として見るかどうか、つまり、スタートラインに立てるかどうかもわからないんだ」  
「ううん………」  
この分析に、僕も木野もすっかり途方に暮れてしまう。  
冷静に考えれば、やはりその可能性は高い。  
しかも、この場合、年月が経過してもそういう立場の隔たりだけは残っていたりするものだ。  
彼女の成長を待つにしても、これはどうにかしなければならない問題だ。  
「そうだっ!!」  
突然、木野が叫んだ。  
何かアイデアを思いついたらしい。  
「どうしたの、木野?」  
「年の差の年齢といえば、一番身近に最高のサンプルがいるじゃねえか!!!」  
 
「で、こんな所に呼び出して、一体何の用ですか?復讐ですか!?恫喝ですか!?それとも単なるストレス解消にひ弱な担任をフルボッコですかぁ!!?」  
木野の言う最高のサンプルというのは、糸色先生の事だった。  
宿直室でこの話をするのはマズイという事で、僕たちは先生を校舎の裏まで連れてきたのだけれど、  
臆病で警戒心の強い(って書くと、なんだか森の小動物みたいだ)先生は、それだけで若干パニくってしまっている。  
まあ、確かに、先生は10歳以上も年の離れたウチのクラスの女子達の多くから熱烈な好意を寄せられているけれど……  
「どうやったら先生みたいに、年下の女子生徒からの好意を受けつつ、しかもまるで教師じゃないみたいな雑な扱いを受ける事ができますか!!?」  
「ひ、ひどいっ!!!木野君、それはあんまりですっ!!!確かにそんな感じの日常を送ってますけど、何もわざわざ口に出して言わなくてもっ!!」  
涙目の先生と、真剣な表情の木野が言い争う。  
一方の僕はすっかり蚊帳の外だ。  
そもそも、先生の今の境遇って、先生自身の性格や行動のせいである割合が高いわけだから、果たして僕の参考になるかどうか……  
と、その時、先生が何かを閃いたような表情を浮かべ、こう言った。  
「あれ?それって何だか物凄く年下の女の子、木野君の年齢なら下手したら幼女ぐらいをターゲットにした発言に聞こえるんですが……」  
「ギクゥ!!」  
「って、何を青ざめてるんですか!?まさか、木野君、あなたは加賀さんが好きなのだとばかり……」  
「いやいやいや、それは違います。何ていうか、あくまで一つの参考として先生の話が……」  
木野がどうしてこんな事を聞こうとしているのか、それに先生はおぼろげながら感づいたらしい。  
それでも木野は僕の事を何とか隠そうとしてくれていたが、僕はついに覚悟を決めた。  
「先生っ!!」  
「は、はい?どうしたんですか、工藤君……?」  
「お、おい、久藤、早まるなっ!!」  
木野の声が聞こえたけれど、僕は止まるつもりはなかった。  
これはやっぱり、僕自身の問題だ。  
「木野が先生に相談してたのは、僕に関する事なんです……」  
「工藤君に…?」  
それから僕は、先生に全てを打ち明けた。  
「ふむ……」  
僕の話を聞き終えた先生は、そう呟いて目を閉じた。  
しばらく、そのままの状態で何事かを考えていた先生はゆっくりと瞼を開き、まっすぐと僕を見つめた。  
いつもの先生とは違う、真剣な眼差しだ。  
「なるほど、それで年の差がどうとかと、そんな事を私に聞いたわけですね」  
「はい」  
「それなら、工藤君には是非知っておいてもらいたい事があります」  
それから、しばしの沈黙の後、先生はその事を口にした。  
「年の差を気にする以前に、おそらく、そもそも関内さんの年齢はあなた達が考えているほど幼くない、と私は考えています」  
「そ、それって、どういう……?」  
「彼女自身から私が聞いた話からの類推に過ぎませんが、関内さんの年齢は………」  
 
 
その日のマリアは、仲間たちの待つ我が家に帰る事も無く、どこかのビルの屋上からぶらぶらと脚を垂らして、眼下に広がる夜景を眺めていた。  
 
生き残った理由はカンタン。  
マリアが臆病だったカラ。  
マリアより少し年上の男の子や、マリアと同い年の女の子達は、勇気を振り絞って家族を助けに村に行って、二度と帰って来なかっタ。  
生き残ったのは、震えながら生まれ故郷が焼き尽くされていくノヲ何もできずに見ていたマリアと仲間の6人ダケ。  
ミンナミンナ、死んでしまった。  
それからの事はよく覚えてイナイ。  
村を焼いたヤツらから逃げたくて、必死でジャングルの中を歩き回った。  
喉が渇いタラ泥水を飲んで、村のオトナたちが教えてクレタ食べられる木の実や、虫、トカゲでお腹を膨らませた。  
ダケド、ある日、イツモの食べられる木の実を見つけて、喜んでかぶりついた仲間が一人、食べたばかりの木の実を口から撒き散らしナガラ死んだ。  
ソレハ、マリアが知っている食べられる木の実とよく似た、毒のある別の木の実ダッタ。  
ジャングルの中を歩いているウチに、マリアたちはいつの間にか自分達の知っているコトの通じない場所までやってきたミタイだった。  
ソレカラハ、何を食べるにもビクビクして、コレを食べたら死ぬんじゃないかと怖くてタマラナクテ、ソレデモ泣きながら色んなモノを食べた。  
そうしている内に、タクサンタクサン下痢をして、仲間がもう一人死んだ。  
ジャングルの中を、ドッチを向いているのかモ解らないママ、たくさん歩いた。  
マリア達の敵は、毒のある食べ物の他にも、村を焼いたのと同じようなタクサンの武器を持ったコワイ奴らがイタ。  
人が住んでるトコロにはその跡が残ってるカラ、それを避けてイツカ安全な街や村にたどり着けると信ジテ歩き続けた。  
だけど、そんな場所に着くヨリ早く、マリア達はある日、鉄砲を持った怖そうな男に会ってしまった。  
マリア達は全員でソイツに飛び掛った。  
鉄砲を使わせないヨウニ、最初に手を踏みつけて鉄砲を蹴っ飛ばした。  
ダケド、全員子供で、しかもロクに何も食べてなかったマリア達は軽々と男に吹き飛ばされた。  
それから、ケホケホと咳をしながら立ち上がってから、マリア達は気付いた。  
マリア達はその時合わせて五人、ダケド立ち上がったのは四人。  
「ア、アアア――ッ!!!!」  
その一人は、お腹からドクドクと赤黒い血を流しナガラ、地面に倒れてイタ。  
男は右手に刃こぼれだらけのナイフを握っていた。  
ジリジリと、マリア達は男に追い詰められた。  
男は、マリア達をさんざんに痛がらせてカラ殺すつもりみたいだった。  
男がナイフを振り上げて、モウ駄目だ、ミンナがそう思った瞬間。  
タタタタン!!!  
そんな音が聞こえて、男はマリア達の方に向かって倒れタ。  
ナイフにさされた仲間が、最後の力で鉄砲を撃って、マリア達を助けてクレタみたいだった。  
引き金を引いたときには、もうその仲間は死んでいたミタイだった。  
残された鉄砲は一番仲の良かった、マリアのトモダチの女の子が持つようにナッタ。  
それからも、飢えと乾きに苦しんデ、ジャングルをあるく生活が続いた。  
ゲリラにも何度も出会って、何度も死にそうな目にアッタ。  
そして、運命の日、お腹が空いてもう一歩も進めなくなったマリア達は、木の根元に生エテイタ毒キノコを見つけた。  
ソレがドレダケ恐ろしいキノコで、どんな事があっても食べちゃイケナイ事は村のオトナ達に何度も言われていたケレド、  
マリア達はモウ一歩も歩く力がナクテ、生きるタメには何かを食べなければイケナカッタ。  
結局、マリア達はキノコを食べた。  
二人が死んで、マリアとトモダチの女の子だけが残った。  
マリア達が小さいけれど平和な村にたどり着いたノハ、その次の日だった。  
『もう少しだったノニ……』  
そう言いながら、マリアはトモダチと二人でタクサンタクサン泣いた。  
それからマリア達は、大きな街のスラムで暮らすようになった。  
そこもヒドイ場所だったケレド、ジャングルをさまよったアノ生活にくらべれば天国だった。  
毎日のヨウニ聞こえる銃声も、村を焼いたアイツラのマシンガンのコトを思えば、まるで子守唄だった。  
お腹が空くコトも多かったケド、毒のある食べ物はなかった。  
悪いヤツはタクサンいたけど、イイヤツも少しはイテ、マリアとトモダチの女の子はそんな人たちの仲間になる事ができた。  
それからの生活はズット幸せで、日本に来てからはモット幸せだった。  
ダケド………。  
 
 
「ウアアアアアアッ!!!!!」  
「いやぁ、助けてぇええええっ!!!!」  
目を閉じると、頭の中であの時燃え上がっていた村が、ジャングルの中で次々に死んでいった仲間の顔が浮かび上がる。  
ダカラ、マリアはずっと考えている……。  
「いいのカナ?マリア、こんなに幸せでいいのカナ?」  
ミンナミンナ死んだノニ、マリアだけ幸せで、本当にいいのカナ?  
震えてる手の平で、ギュッとスカートの裾を握った。  
 
 
「関内さんの育ってきた環境は劣悪そのものでした。彼女の出身国の人間が経験した中でも最悪の部類でしょう。だから……」  
「ああ、そういう事なんですね……」  
先生の説明で、僕にも大体の事はわかった。  
僕が肯くと、先生は辛そうな表情で続けた。  
「命の糧である食料も得られない状況で、マトモに成長なんて出来るハズがないんです。  
ほんの子供にしか見えない彼女ですが、あなた達との年齢差は考えている以上に少ない筈。  
そして、普段があんな調子だから気付きにくいですけど、過酷な環境を生き抜いてきた彼女の心も我々が考えるよりずっと大人です」  
それから先生は僕の肩に手を置いて、僕の顔をじっと覗き込みながら言った。  
「今、私は工藤君の存在が関内さんの支えになるのなら、それでいいと思っています。……全く以って、教師失格ですが……  
ただ、覚えておいてください。彼女とあなたの間の距離は、単なる年の差なんかよりずっと深くて遠いものです………」  
「はい……」  
僕が真剣な顔で返事をすると、先生はようやく少しだけ安心したような表情を見せた。  
「でも、結局具体的にはどうすればいいんだよ?久藤とマリアの間がそんなに遠いんなら……」  
そこで、木野が少し途方にくれたような様子でそう言った。  
すると、先生はにこりと笑って  
「それなら、私より、私の周囲のあの娘達の方が参考になるんじゃないでしょうか?」  
「はあ?」  
「辿りつきたい場所が遠いなら、走っても、歩いても、這ってでも、どうやってでもそこに辿り着けばいい。  
論より証拠、行動あるのみ、やってみるしかないでしょう!!工藤君なりのやり方で少しでも関内さんの近くに寄り添うんですよ」  
 
結局のところ、僕がマリアに感じていた距離のいくらかは、僕自身の心が作り出してしまったものだったのだろう。  
最初から、心のどこかで届かないと思い込んでいたから、余計に彼女を遠く感じる事になってしまったんだ。  
やり方はわからない、彼女の胸の内も相変わらず全く見えない、でも、僕は僕なりに彼女の少しでも近くにいようと考えた。  
 
ある日の放課後。  
「こらーっ!!マ太郎、待ちなさーいっ!!!」  
「待てないヨーっ!!!!」  
木津さんに追いかけられたマリアがこちらに走ってくるのが見えた。  
彼女が何かをやらかしたのか、それとも、木津さんが例の如く暴走しているのか、どうにも話が見えなかったのだけれど……  
「木津さん、片手にパンツもってるね………」  
「あ、ああ…なるほど……確かに、きっちり穿いていてほしいところだからな……」  
気恥ずかしくて、その場にいた僕と木野は下を向いてしまった。  
だけど、これが良くなかった。  
「准ーっ!!国也ーっ!!ソコ、危ない、ドイテよーっ!!!」  
全速力のマリアは僕たちへの激突コースを辿っていた。  
この時僕達が取るべき行動は下を向く事なんかじゃなくて、彼女に道を譲る事だった筈なのだ。  
だが、時既に遅し……  
「ウワァ――――――ッッッ!!!!」  
僕達二人と、マリアは思い切り正面衝突してしまった。  
遅れて反応した僕はようやく事態を悟り、激突で吹き飛ばされた彼女の体に必死で手を伸ばした。  
そして、間一髪、僕の両腕は廊下に叩きつけられる寸前でマリアの体をキャッチする事ができた。  
「ア、アウウ〜……って、アレ?…准、どーシテ?」  
「いや、僕達が避けてればぶつからなかったんだし、マリアに怪我をさせるのも嫌だからね…」  
僕がそう言うと、フッと彼女の頬に恥ずかしげな色が浮かんだ気がした。  
そのまま思わず、彼女の顔を見つめてしまったのだが  
 
「マぁ太郎ぉ――――っっっっ!!!!」  
木津さんの叫び声が間近に聞こえてきた。  
「マ、マ、マ、マズイヨーっ!!!」  
それに反応して、マリアは僕の腕の中から飛び出した。  
木津さんに追いかけられて、彼女の姿が廊下の向こうに消えていく。  
それを見ながら、僕は先ほどマリアが見せた赤い顔を思い出す。  
恥ずかしかったのかな?  
やっぱり、女の子だものな。  
よくよく考えれば、僕はマリアの存在をどこか遠い物のように思い込んで、そんな当たり前の事にさえ気付かないでいたんだ。  
少し、ほんの少し、僕はまた彼女に近づけた気がした。  
「何を感動してるかよくわからんが、こっちの事も少しは気にしてくれー」  
僕の背後で、ひっくり返ったままの木野がそう言ってうめいた。  
 
千里からヨウヤク逃げて、マリアは学校の校舎の屋根の上で一休み。  
シンゾウがまだドキドキしてるのは、キット千里との追いかけっこダケのせいジャナイ。  
「准……受け止めてくれタ……」  
アノ瞬間ダケ、まるで時間が止まったミタイだった。  
准は驚いてるマリアの顔をじっと見つめて、ソノママ時間が止まってしまうんジャナイカと思った。  
だけど、スグに千里が追いついてきたせいで……  
「ウ〜……バカバカバカッ!!千里のバカァ〜!!!!」  
アノママが良かった。  
アノママ、准の腕の中にいられたら良かった。  
だけど、モシ、ズット准の腕の中にいたら、アノ後、マリアは一体どうなっていたんダロウ?  
ずっと考えていると、グルグルグルグルと頭の中を、色んな想像がウズマキみたいにかき回す。  
アノ後、准の手で抱き起こされて、ソノママ、准の腕に抱きしめられて、ソレカラ、ソレカラ……  
「う〜にゃぁああああああああああっ!!!!!!」  
いつのまにか、自分がスゴク恥ずかしいコトを考えてる気がして、マリアは大声で叫んでしまった。  
と、その瞬間……  
「見つけたわよ、マ太郎〜」  
「ウワッ、千里ダヨ!!?」  
屋根の上までヨウカイみたいに這い登ってきた千里に追いかけられて、マリアはまた走り出した。  
ダケド、マリアの体の中にはサッキまでと違う、なんだかウズウズしてくる不思議な感じでイッパイになってイタ。  
 
まずは相手を知ろうとする事、自分の事を知ってもらう事。  
人と人との距離を詰める方法なんて、まあ、そんなにあるものじゃない。  
僕は、相手の心をグイと鷲掴みにして引き寄せてとか、そういうタイプじゃないから、前よりマリアと話すようにするしか方法はなかった。  
実際、これまでの僕はマリアを対等な存在というより、庇護すべきものとしてしか見ていなかったのだと思う。  
同じ目線に立って言葉を交わすと、今までよりたくさんの彼女の表情を見ることができた。  
「あのコンビニの裏の鍵、カンタンに開くから食べ物手に入れ放題ダヨ」  
「でも、それだと競争率も激しいんじゃない?」  
「うん、ダカラ、これはマリアと准だけの秘密ダヨ!」  
人差し指を口の前に立てて、シーッとやる彼女に合わせて、僕も人差し指を立てる。  
彼女の視線で、町の景色が色を変える。  
「僕のおすすめの本はこれかな?」  
「分厚くないカ?」  
「でも、読みやすいし、面白いよ」  
「ウゥ〜、マリア、頑張って読んでミルヨ」  
僕がよく知っていた筈の世界でさえ、彼女といると少し違って見えてくる。  
どこか隔たりのあった他人行儀な関係から、少しずつ彼女に近付いている事を実感する。  
「上手くいってるみたいじゃん」  
「まあね」  
話しかけてきた木野に、僕は笑顔で肯く。  
「しかし、まさかお前がロリに転ぶとはなぁ」  
茶化した様子で木野がそう言う。  
「違うよ。僕が好きなのは、マリアだよ」  
だけど、僕がさらりと答えたその一言を聞いて  
「ホント、言うようになったよ、お前」  
木野も嬉しそうに笑ってくれた。  
 
最近、准とタクサン話せるようになってスゴク嬉しい。  
マリアは自分の家で准の選んでクレタ図書館の本を読んでる。  
「准のウソツキ、全然読みやすくナイヨ〜」  
わからない漢字や言葉がタクサンで、ページはなかなか進まない。  
デモ、面白い本だっていうのは、准の言ってたとーりダッタ。  
ペラリ、ペラペラ、何度も同じページを繰り返し眺める。  
わからないトコロは明日、准に教えてもらおう。  
先生の授業も悪くはナイケドやっぱり退屈。(これは先生には秘密ナ)  
准ならきっと楽しく判りやすく、マリアのわからないトコロを教えてクレル。  
そうやって、明日のコトを考えているダケデ、今は嬉しくて楽しくて仕方なくなる。  
ダケド、ふっとある言葉が、マリアの中で引っかかった。  
『明日』………。  
今日の次にやって来る日。  
ダケド、村の中で焼かれたミンナや、ジャングルの中で死んだ仲間には二度とやって来ない日のコト。  
「あ……うぁ……あああっ……」  
手の平の中で、准の選んでくれた本が震えル。  
息が苦しくナッテ、目の端に涙がニジンデ、頭の中を色んなコトがぐるぐると回る。  
「ドウシタ、マリア?」  
一緒に住んでいるオトナの一人が、心配そうに声をかけてクレタ。  
でも、今のマリアには答えられない。  
ミンナは死んだ。  
ダカラ、ミンナはもう幸せにナレナイ。  
ソレなのに、マリアだけ幸せにナッテル。  
いつの間にか、マリアは准の選んでくれたアノ本を投げ出していた。  
膝を抱えて、震えながら、マリアは何度も何度も呟いた。  
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ………」  
何度も何度も、家族に、仲間に謝り続けた。  
 
「ゴメンネ、准、この本、マリアには難しすぎたヨ」  
いつも通りの笑顔でぺこりと頭を下げながら、マリアは僕にこの間図書館から借りた本を渡した。  
それから彼女は逃げるようにして、僕の前から駆けていった。  
それ以来、僕はマリアとじっくり話をする事ができないでいる。  
マリアは休み時間になると、楽しそうに声を上げながら校舎の中を走り回るようになった。  
彼女らしい気まぐれならば問題はないのだけれど、なんだか今の彼女の行動には彼女らしくない痛々しさがあった。  
放課後、学校の帰り道で僕と木野は彼女の変化について話し合った。  
「………避けられてるのかな?」  
「……もしかしたら、そうなのかもな。でも、マリアはお前と一緒にいて、いつも楽しそうにしてた。多分、何か理由があるんじゃないか?」  
僕も木野と同じ意見だった。  
だけど、その肝心の理由が僕には見当もつかない。  
彼女が経験してきた世界に比べれば、僕の見てきたものはあまりに薄っぺらだ。  
少しずつ少しずつ、彼女との距離を縮めてきたつもりだったけれど、結局は届かなかったという事だろう。  
わかりもしないで無責任に言葉を発すれば、それは結局相手を傷つけてしまう。  
彼女を苦しめている原因が僕ならば、今はきっと静かに彼女から離れる事が最善の策なのだ。  
 
「帰ろうか、木野」  
「いいのか、アイツ、多分まだ学校にいるぞ?」  
「今の僕に出来る事はないよ」  
そう言って、足早にその場を立ち去ろうとしたのだけれど……  
「もしかして、また自分には相手の事がわからないから、何もしない方がいいなんて思ってるんじゃないだろな?  
そんな事、人間同士なら誰だって同じようなもんだろう?」  
木野が言った。  
「そうだね。でも、マリアと僕の間の溝は、きっと普通より深くて大きい。一般論じゃどうにもならないよ」  
「……………」  
木野の沈黙は、おそらくは同意の意味だろう。  
僕だって、出来ることがあるなら彼女に何かしてあげたい、力になってあげたい。  
「でも、その溝は前よりは狭く浅くなった筈だろう?」  
それでも、木野は諦めないつもりらしかった。  
「その分だけ、ほんの小さな、つまらない事でも、前よりはマリアの事をわかってやれるようになったんだろう?」  
「それは……そうだけど…」  
「それで十分なんだよ。前も言ったろ、きちんと相手を理解できていなかったとしても、お前の話にはお前の心がこもってて、  
きっとそれだけで意味がある。前よりもマリアに近づけたんなら、きっともっと、お前の言葉はアイツに届くよ」  
「木野………」  
「それからお前、まだ肝心な事は一つも言ってないだろ?」  
木野はニヤリと笑ってこう言った。  
「行って来いよ。伝えて来い。お前が腹の内をさらけだせば、お前とマリアの間の溝とやらだって、もう少しは埋まるだろ?」  
「ああ……」  
それから木野は僕の鞄を強引にぶんどって、  
「コイツはお前の家まで責任持って届けとくから安心しろ!!」  
そう言って、駆けて行ってしまった。  
残された僕は、くるりと踵を返し学校へと戻る道へと視線を向けた。  
行かなければ、彼女の、マリアの所へ。  
 
真っ赤な太陽が西の空に沈んでイク。  
マリアは教室の窓に腰掛けて、それをボーっと見ていタ。  
空の赤の中に、死んでいったミンナの姿が繰り返し横切った。  
「准には悪かったケド、これでいいんだよナ」  
呟いてみると、今のマリアは准から遠ざかったんだと、改めて身に沁みて胸が苦しくナル。  
太陽はドンドン傾いて、教室はドンドン暗くナル。  
ダケド、マリアはいつまでも、この窓から離れる気分になれなかった。  
俯いたまま、ぷらぷらと揺れる自分の足を見ている、そんな時間がどれだけ過ぎたダロウ。  
ガラガラガラッ!!!!  
突然、教室の扉がイキオイ良く開いた。  
そして、廊下の暗がりのムコウから、マリアの良く知っているヒトがゆっくりとコッチに歩いてくるのが見えた。  
「准……」  
准はイツモ通り優しく笑っていた。  
准から離れナクチャ、そう思うのダケド、マリアの体は全然動いてくれない。  
ソノウチ、マリアの近くにまでやって来た准は、マリアの座っている窓に手を掛けて  
「よっと……!」  
「あ……」  
窓枠を乗り越えて、マリアと同じように、窓の外に足を向けて座った。  
ウデがくっつくぐらい近くに座って、准がマリアの事を見下ろしていた。  
ソレカラ、窓の外の空を見て  
「綺麗な空だね……」  
そう言って、笑った。  
その笑顔を見ただけで、今まで胸が苦しくてイッパイだったのが、ウソみたいに消えてなくなった。  
一瞬、准が隣にいるのが嬉しくて、准に抱きつきたくて甘えたくて、そんな気分でイッパイになったケド……  
(駄目ダヨ、だってミンナは……)  
ミンナの事を思い出してガマンした。  
ソレなのに、今度はマリアの両目からぽろぽろと涙が零れ出して、瞼をぎゅっと閉じても止まってくれなくナッタ。  
ダケド、その涙の流れたアトを、そっと優しい感触が拭った。  
准の手の平ダ。  
マリアは今、准が側にいてくれて、ホッとしていた。安心していた。  
でも、マリアにはそんなマリアが許せなくて、頭の中がグルグルで、ワケがわからなくって、  
必死で准のソバから離れようとしたそのときに……  
 
「あっ……!!?」  
マリアはバランスを崩して、窓の外に投げ出されそうにナッタ。  
ダケド、そのマリアの腕を准の手の平が、強く優しく、しっかりと掴んでクレタ。  
「マリアぁああああっ!!!!!」  
准が力いっぱいにマリアを引き上げる。  
マリアと准はソノママ、もつれるみたいにして、教室の中に転がり込んだ。  
「あ……准……准…」  
助けられたマリアは准の腕の中にイタ。  
そこはあったかくて、ホッと安らいで、ダカラ、マリアは今まで堪えていたものがガマンできなくなって……  
「…准っ!…ウワアァ……准っ!!准っ!!!!」  
涙と鼻水でグチャグチャの顔を、准はその胸で受け止めてクレタ。  
優しくてあたたかい両腕で、震えるマリアのカラダを抱きしめてクレタ。  
そのヌクモリの中で、マリアは思い出した。  
昔、ずっと昔、マリアの村が焼かれて無くなるよりも前。  
ジャングルの中で味わった地獄の記憶のせいで、思い出せなくなっていた昔のコトを思い出した。  
食べ物はそんなにナカッタけど、家族がいて、トモダチがいて、ミンナが笑い合ってたころのコトを。  
ミンナが幸せだったころのコトを………。  
突然奪われ、消え去ってしまったケレド、幸せはアソコにあった。  
ミンナの笑顔がマリアに教えてくれる。  
マリアが幸せにナルのはぜんぜん悪いコトじゃないって……。  
マリアは幸せの中で笑っていてもいいんだって………。  
(ミンナ、アリガト……)  
そうやって、ヨウヤク泣き止みはじめたマリアの頭を撫でながら、准が優しく語り掛けてきた。  
「マリア、今日、僕は大事な話があってここに来たんだ……」  
准の言葉が気になって、涙で濡れた目を擦って顔を上げると、ソコにはマリアの事をまっすぐ見つめる准の顔があった。  
そして、ソレカラ准が言った言葉は、マリアの考えもしないモノだった。  
「僕は、マリアの事が好きだ……」  
最初、言葉の意味がわからなくて、まだ日本語がよくわからなかった頃みたいに、准の言葉だけを頭の中で繰り返した。  
ダケド、それに被せるように、准の言葉が続く。  
「マリアの事、ずっと見てたんだ。ずっと、綺麗だなって思ってた。………いつの間にか、好きになってた」  
マリアの心臓の音がドンドン大きく早くナル。  
頭の中がカーッと熱くなって、カラダがふわふわと浮かびあがりそうだった。  
准が、マリアの事を『好き』?  
「僕はマリアの事が大好きだよ…………マリアは僕の事、どう思ってる?」  
准はマリアにそう尋ねた。  
その答えは一つっきりだってわかってるノニ、マリアの頭はグルグル回って、上手くその言葉が出てきてくれなくて……。  
ダカラ、マリアはその気持ちを伝える一番の方法で、准に応えた。  
「准……っ!!」  
「マリア……っ!?…ん……あ…マリア……」  
重なった唇をゆっくりと離すと、照れくさそうな准の顔が見えタ。  
ソレを見てると、マリアもやっと自分の気持ちが言えそうな気がしてきた。  
「准……」  
「うん?」  
「マリアも准のコト、好きだヨ……」  
ソレを言われたときの准の嬉しそうな顔を、マリアは一生忘れないと思っタ。  
 
「准、好きだヨ……大好きだヨ……」  
今まで言えなかったコト、伝えられなかったキモチ、それを口にしながらマリアは准に何度もキスをする。  
「マリア…僕も好きだ……」  
そう言いながら、准の右手が制服の上カラ、マリアの左胸を撫でる。  
准の手の平に触られると、カラダが痺れて、頭のナカがとろけそうで、何度も准の名前を呼んでしまう。  
マリアも必死に手を伸ばして、准のカラダに触って、思い切り抱きしめる。  
准のカラダはマリアの知ってるオトナの男の人より細いけど、それでもやっぱりガッシリしてて、  
大きな木にしがみついてるみたいに安心デキル。  
キスをして、キスをして、またキスをして、数えきれない、一生分ぐらいのキスをスル。  
舌も口のナカもとろけそうで、息が苦しくなっても、それでも准のキスが欲しくて次をねだる。  
「はぁはぁ……准……准…」  
「ああ…マリア……」  
 
「ああ…マリア……」  
准の腕はマリアのちっちゃな体を何度もツヨク抱きしめた。  
ソレは少し痛いぐらいに強いチカラが込められていて、キット准もマリアの事をずっと抱きしめたかったんだと思っタ。  
准の手のひらが、ユビが、マリアの体中に触れる。  
平らなオッパイの先を准のユビが撫でると、それだけで体中が痺れてマリアは崩れ落ちそうになってしまう。  
おへそに、クビに、脚に、准のユビが丁寧に触れて、それから何回もキスをする。  
「ふあっ…あああっ…うアァアアアアアッ!!!!…アアッ…准っ!!!」  
ビリビリと、マリアの体じゃないみたいに、全身がケイレンして踊る。  
准に触られてると思うダケで、カラダがスゴク敏感になって、准の息ひとつ、動作ひとつにも反応してシマウ。  
体中にキスマークを残されて、体中をキモチヨクされて、まるでマリアが溶けていくミタイだった。  
マリアが溶けて、准も溶けて、混ざり合ってヒトツになってしまうみたいだった。  
「…ッアアアアアア!!!…マリア…モウ…ワケわかんないヨ…うアアアッ!!…准っ!!!」  
「マリアっ!!…僕も…頭のナカ…マリアの事だけでいっぱいになって……っ!!!!」  
准からデモナク、マリアからデモなく、まるで磁石がくっつくみたいに何度もキスをシタ。  
准の指は太ももと太ももの間から、ゆっくりとマリアの一番熱くナッテル場所に近付いていく。  
ソコを撫でられたトキ、マリアの頭のナカで白い火花が散った。  
「…ックゥ…ヒアアアアッ!!!…ソコぉ…ふああああっ!!!!」  
「あ…だ、大丈夫?…」  
「…はぁはぁ…ううん…平気ダヨ……それより、准のユビでもっとタクサン、ソコを触って……」  
准のユビがちっちゃく閉じられたソコを何度も撫でて、浅いトコロに入ってきてくちゅくちゅとかき回す。  
サッキまでよりずっと凄い刺激に、マリアはただ必死に准にしがみついて、声を上げるダケになる。  
「……クアアアアッ!!…アアッ!!…准っ!!…准っ!!!!」  
頭の上までデンキみたいのが駆け上がってきて、ソレがマリアの体中を気持ちよく痺れさせてしまう。  
そのイキオイと、気持ちよさがあんまり凄くて、恥ずかしいハズなのに、マリアの声はドンドン大きくなってイク。  
ドレダケそうしていたかワカラナイ。  
いつの間にか、マリアは准にぐったりとしたカラダを抱きしめられていた。  
少しダケ、意識がトンダみたいだった。  
ダケド、マリアの体も、心も、まだこれぐらいでは止まってくれないみたいだった。  
マリアの髪を撫でながら、マリアの顔を見下ろしていた准の耳元に、そっと口を近づけて、ドキドキしながらこう言った。  
「准……欲しいヨ…」  
「えっ…!?」  
「准が欲しい……ヒトツになりたい……」  
准は少し驚いたような顔をしてから、ゆっくりと肯いた。  
それから、准がマリアに優しくキスしてくれた後、ついに准とマリアがヒトツになる時がやってきた。  
 
「マリア…いくよ……」  
「うん…准…来てもイイよ…」  
ゆっくりと、准の一部がマリアの体の中に沈み込んでくる。  
熱くて、おっきくて、マリアの中を埋め尽くしていく准の感触。  
それだけで、心も体もどこかに吹き飛ばされてしまいそうで、マリアは准のカラダに必死にしがみついた。  
ソレカラ、奥まで入ったところで、准はゆっくりと腰を動かしハジメタ。  
「大丈夫……マリア?」  
「ウン、…少し痛いけど、へーき……准がマリアの中に来てくれて、スゴク嬉しい……」  
モウ一度、准はマリアとキスをして、だんだんと腰の動きを早めていった。  
准が動く度に、マリアのお腹の中で熱さのカタマリが弾ける気がした。  
優しく、激しく、准がマリアのカラダをかき混ぜるたびに、マリアは大きく声を上げてしまう。  
「ふぅ…アアアアアッ!!!…アアンッ!!…准っ!!…准―――っっっ!!!!」  
「マリア…綺麗だよ…マリア……っ!!!」  
ズンッ!ズンッ!!  
准が動くたびに、衝撃の波がマリアの全身を貫いていく。  
目に見えるスベテは涙でぐしゃぐしゃに濡れて、気持ちよさと熱さのナカで息もドンドン荒くなっていく。  
マリアの汗と、准の汗が絡み合って、混ざって、マリアは准の、准はマリアのカラダの色んなトコロに触れて、その全部がどんどん熱くなってイク。  
 
洪水みたいに押し寄せる准の感触に、頭の中まで真っ白にされて、マリアは何度も准の名前を呼んだ。  
准はそれに応えてマリアの事を呼んでくれて、それからマリアの唇や、体中のあちこちにキスをしてくれた。  
マリアもお返しに准のカラダにキスをして、准のカラダを強く強く抱きしめた。  
熱いのも、気持ちいいのも、マリアが准を好きなコトも、准がマリアを好きなコトも、  
全部大きなナベのナカでかきまぜられて、ヒトツになっていくみたいだった。  
そして、マリアと准のナカでぐるぐる回っていたそれは、ドンドン熱く激しくなっていって、破裂寸前にまで膨らんでいった。  
「…マリアっ!!…僕は…!!!」  
「准っ!!…あああっ…マリアも…もう……っ!!!!」  
准の熱がマリアのお腹の奥をズンと強く突くのを感じた瞬間、マリアの中でギリギリで繋がっていた糸が切れるの感じタ。  
その途端、怒涛のように押し寄せた熱くてたまらない何かがマリアと准を押し流していった。  
「くあああっ!!!マリアぁあああっ!!!!!」  
「…ふァアアアアアアッッッ!!!!准っ!!…准っ!!!…准――――っっっっ!!!!!!」  
ぎゅっと抱きしめあいながら、マリアと准の心と体は高い高いところまでとばされていった。  
 
僕とマリアが互いの思いを確かめたその翌日、僕達がしたのは一度は図書室に帰したあの本をまた借りる事だった。  
そして、今は放課後、マリアが本を読んでいてわからなかったという部分を、図書室の席に二人並んで教えてあげているところだ。  
「なー、准、ここ、どういう意味だ?」  
「……夏目漱石…ああ、これは人の名前だよ。少し昔の日本の、小説家の名前」  
「うー、漢字って、どれも同じみたいで難しい……!!!」  
「それはこれから少しずつわかっていけばいいよ、マリア……」  
それからしばらく二人で、少しずつ少しずつ本を読んで、気がつけば下校時間になっていた。  
「もうそろそろ帰らなきゃね。マリア、僕の説明で参考になったかな?」  
「うん、また新しいところを呼んで、明日准に質問スル!!」  
図書室の鍵を閉めて、くるくると踊るように歩くマリアの後について、僕は廊下を歩く。  
僕とマリアの間にある溝は、きっと多分消えないもので、それはどんな人にしても同じ事なのだろう。  
だけど、大事なのはその溝がなくなる事じゃなくて、その溝が少しずつ埋まって、少しずつ二人の心が近付いていく事なんだ。  
傍にいようとする事、寄り添おうとする事、近くにいる事じゃなくて、近くにいようとする事が、きっと二人の世界を変えていく。  
人は死ぬときにはみな一人だなんて言うけれど、僕はそれを信じない。  
かつて、自分に寄り添おうとしてくれた誰かの気持ち、ただそれだけで孤独の闇はきっと晴れてしまう。  
「おーい、准!!早くしないと置いてくゾーっ!!!!」  
廊下の先で、彼女の呼ぶ声がする。  
だから僕は走っていく。  
心と体を少しでも近くに、二人で一緒に行きていくために………。  
 
 

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル