「ただいま、―…え、先生?」
千里が図書館から帰宅し、家の戸を開けると、そこには担任の糸色望の姿があった。
「おや、木津さん」
「どうして、先生がうちにいるんですか?」
「ああ、多祢さんとお話していたんですが、もうお暇しますよ」
さらりと言って下駄を突っ掛け、千里の横を通り抜けようとする。千里は強く唇を噛んだ。
この熱い中、わざわざ姉のために家を訪ねてきたのだ。家庭訪問に来るからと思い、千里が今か今かと待っていたときですら家の戸をくぐらなかった望が。
「いつもいつも女の子を勘違いさせていると思っていたけど、きっちり責任を取るどころか、今度はお姉ちゃんとなんて!」
気付けば、参考書が何冊も入った手提げバッグを望の後頭部めがけて、思い切り投げつけていた。後ろで倒れる音が聞こえたが、構わずに階段を駆け上る。自室に飛び込むと、床に蹲り涙を拭う。
また、やってしまった。
「木津さん!」
少しすると、部屋をノックする音と共に望の声が聞こえた。
返事をせずに立ち上がり、慌てて手の甲で涙を拭く。泣いているのを見られるのは嫌だった。
「木津さん、開けますよ?」
「か、勝手に開けないでください!」
しかし、止める間もなく扉が開き、望が入ってきてしまった。
「先生、もう帰るんじゃ無かったんですか?」
「木津さん、これ、外に放っておいたら盗られてしまいますよ」
望が手にしていたのは、さっき投げつけたバッグだった。反対の手で、自分の後ろ頭をさすっている。早く謝らなければと思うが、顔を見ると、さっきの悔しさが再びこみ上げてくる。
「…お姉ちゃんの部屋、とっても汚かったでしょ」
「はあ、それは確かに」
「それに、髪もボサボサだし、服も適当だしっ」
「木津さんは、お姉さんの事が嫌いなんですか?」
「嫌い、では無いですけど…」
「私も上の兄弟が多いので、反発してしまう気持ちは分からなくもありませんが。でも、多祢さんはあなたの事をとても心配していますよ」
「っ…どうしてお姉ちゃんは名前呼びなのに、私の事は苗字のままなのよ……」
情けなくも、一度は拭いた涙がまた零れそうになる。
姉が帰ってこなければ良かった。その前だって望が振り向いてくれていたわけではないのに、そんな事を思ってしまう。
「木津さん、…いえ、千里さん」
「今更、結構です!」
千里は、ぷいっと望へ背を向けた。自分はいつでもきっちりしていたいのに、望の事になるとおかしくなってしまう。
本当は、さっきの事を謝りたい。
名前を呼んでくれた事も、こんな状況にも関わらず胸が弾んだ。
意地を張れば張るほど、自分が我侭な子供のようで、どんどん望は離れてしまうのに。
「…本当にあなたは、仕方ないです。世間様から見たら、私も十分に仕方ない人間でしょうが、千里さんには敵いませんよ」
呆れた声が思ったよりもすぐ傍で聞こえて心臓が跳ねる。背中が温かい。
望に、抱き締められている。
そう気付いた瞬間、肩が強張ってぴくりとも動けない。気持ちも混乱している。望は姉に心を寄せてしまったのではなかったのか。何故、今更抱き締めたりするのか。
「私は、多祢さんがあなたを思い心を砕いている事に、共感したのです。私も、肉親のようなそれとは違いますが、あなたの事を放っておけないと言いますか、その」
望の言葉の歯切れが悪くなる。腕の力だけが強くなって、腕を動かす隙間も無い。
「先生、い、痛いです」
それに、少し怖いです。いつもの先生じゃないみたいで。
続けてそう思ったが口には出せなかった。千里にとっては、追いかけても、いつも逃げられてしまうのが常になっていて、望の方から歩み寄られる事にはひどく戸惑ってしまう。
「生徒としてではなく、それ以上に、あなたに好意を持っています。…好きです、千里さん」
「え! で、でもっ。お姉ちゃんの事綺麗だって…」
「綺麗だと思いましたよ? でも、一言でも好きだなんて言いましたか?」
「でも、私また先生に酷い事を…」
「それこそ今更ですよ」
「でも、でも―」
「もう、『でも』は結構です」
体を反転させられて唇が重なる。千里は、反射的に瞳を伏せた。唇の間を探られて、柔らかい舌が入ってくる。
「ん、んんっ……」
歯の裏側や、上顎を丁寧になぞられて、完全に望のペースだ。とても、きっちりなんて出来そうにない。襟元を掴んで体が倒れないようにしているのが精一杯だった。
舌先同士を擦り合わせられると、甘く声が零れる。
「ん、ふ…ぁ…」
「はぁ、…千里さん、嫌でしたか?」
唇を離し、大人びた雰囲気を纏いながら望が声をかける。しかし、千里は顔を真っ赤にして、強く望の襟元を引いた。
「い、いつからなんですか?!」
「え?」
「いつから、私のこと好きだったんですか?! きっちり教えてください! …そうじゃないと、先生の言う事、まだ信じられません」
「ええと、そうですね。あなたと保健室で一緒に寝たときくらいからでしょうか」
望は、困ったように笑った。
「信じられないでしょう?」
「信じ…られるわけないじゃないですか!」
「あの時から、あなただけは、他の女性に対してのものとは何か気持ちが違うと思っていたんですが、よもや、それが恋愛感情だとはすぐに自覚出来なかったのですよ。十程も歳が離れた女性とに恋をするとは…」
「…本当に、本当なんですね?」
「はい、本当ですよ」
千里は望の首に腕を回してぎゅっと抱きついた。こんなに近くで触れる事は無かった望との身長差を改めて意識する。
「さっきは、酷い事をしてすみませんでした。まだ痛いですか?」
「はは、もう慣れましたよ」
後頭部に触れるが、望は軽く笑って千里の長い髪を撫でた。
「外、暑かったでしょう。首の後ろ、汗をかいてますね」
「っ、せんせい、何して…」
望の唇が千里の首筋を辿る。ぞくりと肩を竦めるが、肌に触れる熱は退かなかった。
「髪、こんなに長いのに上げないんですね」
「私、きっちりしていないと嫌なので…。先生は、結った髪の方が好きなんですか?」
「いえ。ただ、こんなに綺麗な肌なのに汗疹が出来たりしてしまっては勿体無いと思いまして、ね」
自分が、望からこんなに甘い言葉を貰う日が来るなんて。
いつの間にか、望の手は千里のシャツの内側へ潜り込んでいた。
心も体も溶けそうになりながら寄りかかっていると、飾り気のないシンプルなブラジャーがずり上げられる。
嫌ではない。寧ろ心地がいい。
それなのに、千里はつい、服の上から望の手を押さえ込んだ。胸はコンプレックスなのだ。
クラスメイト達の豊満な体を見る度に、内心気にしてきた。
望はそっと手を退くと、畳へ座って千里の手を引いた。
「横になりましょうか、木津さん。…あ」
「木津で良いです。もう、名前の事なんて気にしてないですから」
千里は小さく笑い、畳に横たわった。髪が床に散らばり、膝丈のスカートが太股にまとわりつく。
望は、千里の膝を立てさせて足の間に腰を収め、自分よりも小さな体を組み敷いた。遠慮なくシャツを下着ごとたくし上げ、控え目な膨らみの先端に吸い付く。
同時に、片膝で千里の足の付け根を刺激するとすぐに濡れた声が上がった。
「あ…! せんせ…い、っ…」
「ん、気持ち良いですか…?」
「あっ、ぁ…はい……っ、ん、あぁっ! だめ…」
かり、と乳首に歯を立てられた千里の腰が揺れる。望は顔を上げ、今度は唇にキスを落とすと、下着越しに指で割れ目を辿った。下着は既にしっとり濡れていた。
一度、腰を引いてずり下げ、伸びてしまうのも構わず足首から引き抜く。小さな抵抗の声が上がるが、甘えたように弱々しいものだった。
望は袴の紐を引き、千里の膝の裏に手を入れ、軽く腰を上げさせる。
「せ、先生…?」
耳に唇を触れさせる望の手付きが最初の穏やかなものから荒々しいそれに変わっている事に気付き、千里は不安げに名前を呼んだ。その間にも、望は絶棒を取り出して千里の腿を大きく割り開かせていた。はしたなくスカートが捲れ上がり、明るさの下に秘部が晒される。
「す、すみません。どうしたんでしょう、何だか余裕が無くて」
はっとしたように望が手を止めるが、千里の目には勃起した男性のものがはっきりと映っている。千里は、にっこりと微笑み自ら太股を軽く閉じて、誘うように望の腰を挟んで擦り合わせた。
「…先生、嬉しいです。先生がちゃんと興奮してくれて」
「当たり前じゃないですか、私はまだ現役なんですからね」
冗談めかして頬にキスをしてから、望は小さな入口に絶棒を合わせた。濡れた箇所は、たいした力を加えずとも、にゅるりと男性器を受け入れ包み込んでいく。
「っ…、木津さん、大丈夫ですか?」
「ぁ…あぁぁっ、はぁ、せんせ、だいじょうぶ…です…」
根元まで収めて息を深く吐く。耐えるような千里の目尻には薄く涙が浮かんでいたが、鳥肌が立つような快感に、望の腰はすぐ動き出してしまう。
「やっ、ぁああっ、あん、せんせい、せんせいっ!」
「ん…、はぁ、すみません、でも、気持ち良い……、木津さん…っ」
千里は、想像以上の圧迫感に、ひっきりなしに声を上げていた。しかし、内側から引っ張られるような違和感は、次第に疼くような快感に変わっていき、だんだんと自らの腰も望に合わせて動きはじめた。
「え、あっ、や…こんなっ、ああぁっ、わたし、ごめんなさいせんせえっ」
「良いんですよ、っ…あなたも気持ちよくなってくれたみたいで、嬉しいです…」
「ひゃっ、あ、せんせい、なんだか、奥が、おくがあつくて…ぁああっ、あっ」
望を受け入れている千里の内壁は、入口から奥の方まで大きく収縮し、まるで絶棒を吸い絞るかのように締め付けた。
「はぁっ、イキそうなんですね、…私も、そろそろ限界です…」
望の腰の動きが激しくなり、千里の奥を何度も突き上げる。寄せては引いていた快感の波が受け止めきれない程の強い波になり、引く事無く持続する。初めての行為に、千里の頭は真っ白になっていた。
「ああっ、もっと、せんせっ!! っ、ん、あぁ、もうダメ…っ、…あぁッああああッ――!!」
「ッ、……千里さんっ―…ぅ…っく…!は…!」
望はすんでのところで腰を引こうとするが、千里の太股ががっしりと細腰をホールドして離れない。深く繋がったままの状態で白濁を吐き出すと、くったり千里の上へ体重を預ける。
「はぁ、はぁ……先生…」
「すみません、あの、中に出してしまって…」
「良いんです。…でもその代わり、こ、今度こそ…きっちり責任を取ってもらいますからね?」
「はい、もちろんですよ…」
望は、柔らかく微笑んで千里の唇を啄んだ。
互いに、幸せそうに相手へ腕を絡めて強く抱き合う。
夏の温い風が窓から吹き込んで、二人の汗ばんだ肌をそっと撫でた。
end.