その日、2のへの面々は海水浴にやって来ていた。
思い思いに泳ぎ遊ぶ生徒達の姿を、少し離れた場所から望は見ていた。
「先生、みんなの所へは行かないんですか?」
「ん?ああ、風浦さん」
振り返ると、可符香の水着姿が目に入った。
「高校生の体力について行く自信はありません。精々のんびりさせてもらいますよ」
「先生ももうお年ですからね」
「そこは何かフォローしてくださいよ。『何言ってるんですか。先生もまだまだ若いんだから、こういう時はしっかり遊ばなくちゃ』とか」
「何言ってるんですか。先生もまだまだ若いんだから、こういう時はしっかり遊ばなくちゃ」
「…………泣いてもいいですか?」
言葉だけでコテンパンにされた望の横で、可符香は楽しそうに笑う。
涙目の望はそんな彼女の姿を見て、ある事に気付いた。
「………水着、新調されたんですね」
「えへへ、気付いてくれたんですね」
白を基調としてパステルカラーの花がアクセントとなったワンピースの水着。
眩しそうに目を細める望の前で、可符香はくるりと回って見せた。
「どうですか?」
どうですかも何もない。
申し分なかった。
その水着は彼女に完璧なまでに似合っていていた。
だから、望は感じたそのままを言おうとして
「風浦さん、その水着……」
「似合ってるとか、きれいだとか、可愛いとか、素敵だとか、そう言ってもらえると嬉しいです!」
言おうとした内容の全てを、片っ端から彼女自身に叩き潰された。
「え……!?」
望の目の前で、可符香が笑う。
確信犯だ。
向こうから質問を投げ掛けておいて、こちらが何か言うより早く、予想され得る答を全て自分で言ってにして潰してしまう。
「あう……う……」
「……もしかして、似合ってませんか?」
ちょっと不安そうな顔をしてみせるのもわざとらしい。
素直に「きれいですよ」とでも言えばいいのだろうが、変なところで意地っ張りな望にはそれができない。
「風浦さん……あの…その……なんというか……」
「まっさきに先生に見てもらいたかったのに、残念です」
ぐるぐると望の思考が空回りする。
脳内辞書に一斉検索をかけて適切な言葉を何とか見つけようとするが、望の中では何か言わなければという焦りばかりが蓄積して
「ふ、ふ、風浦さん……っ!!」
「はい?」
「好きですっっっ!!」
出てきたのは、こんな言葉だった。
少しばかり焦りすぎたのだ。
完全に使用する場面を間違えた台詞に、望も、可符香も凍りついた。
「あ……うぅ…はい……うれ…しいです………」
「ああ…そうですか……それは良かった……よかったです……」
互いに赤面して、二人は俯いてしまった。
空も海も相変わらず青く、そこに響く2のへの面々の声はこのひと時を満喫しきっている様子だった。
そんな中、時間に取り残されたみたいに硬直した二人が金縛りから解かれるには、
そして、互いに面と向かって話せるようには、まだしばらくの時間が必要なようだった。