霧がゴソゴソと物を探っている。
今日は土曜日で、朝から掃除を手伝う望。
久しぶりの休日は、宿直室の大掃除をして過ごす。
きっかけは霧の提案で。
ただでさえ宿直室は狭いのに、望の私物が多すぎると。
普段から世話になっている霧には言い訳も出来ず。
望は嫌々ながらも、部屋を着実に綺麗にしていった。
溜めに溜め込んだ新聞紙をまとめて運び。
その時、霧の姿に気が付いた。
押入れの中に頭を突っ込み、お尻がこっちに向いてる。
包まっている毛布は霧の背中を守っているが、お尻にまでは届いてない。
何を探しているのか、望には分からないが。
その可愛らしく、美しい下半身。
それが何を意味するかは、分かる。
昼間からそんな事を考える自分を、聖職としてどうかとも思うが。
雄としての本能は、それが正しい事を示している。
すっと立ち上がり、ゆっくりと近づく。
あと1メートル。
50センチ。
もう少し、…。
「あったー!せんせぇ、あったよ♪」
「へっ…!?な、何があったんですか?」
慌てて伸ばしていた手を引っ込める。
それと同時に霧が押入れから顔を出した。
少し焦っている望には気付かず。
霧は自分の探し物を見せてくれた。
あまりに無邪気な、その笑顔に望はすっかり毒気を抜かれてしまった。
「ほら、全座連から送られてきたんだよ。座敷童子のストラップ」
「座敷童子の、ストラップ…?」
「うん。これに座敷童子が願いを込めると、持ち主が幸せになれるんだって」
「へぇ…、それはまた珍しいものですね」
「ずっと前に送られてきたの。忘れちゃってた」
「…まぁ、忘れても仕方がないものですね」
「はい、せんせぇ♪」
「えっ…!?頂けるんですか?」
「うん、せんせぇの為にいっぱいお願い込めたから。きっと効くよ」
「ありがとうございます、小森さん」
受け取った望はじっくりとそれを眺める。
金色に光る座敷童子は毛布に包まれおり、どう見ても霧だった。
長く伸びた髪と、微笑んでいる瞳。
望はそれを鞄に付けると荷物をまとめだした。
「どぉしたの?せんせぇ…」
「掃除も終わりましたので、少々気晴らしに出掛けてきます」
「分かった、帰りは何時頃になるかな?」
「はっきりとは言えませんが、夕方には戻ります」
「いってらっしゃい、せんせぇ」
そうして、宿直室の出口まで霧が見送る。
掃除も終わり晴れ晴れした気持ちの望は、ランラン気分で校庭を行き。
校門を抜けようとした、その時。
望の足元に大きな石が、落ちていた。
それに気付かずに歩き続け。
結果として、望は派手に転んだ。
両手を前に伸ばし、うつ伏せに倒れる。
丁度その手に革張りの感触。
望が握り締めたまま起きて確かめると、それは財布だった。
中身を開いてみれば札束がぎっしり。
(こ、これが小森さんの力………!?)
いくら望がボンボンに育っていようと、財布にぎっしりの諭吉は見たことがない。
さすがにネコババする勇気もなく、望は真っ直ぐに交番へと持っていった。
大した距離でもなく、望の足でも5分しか掛からない。
「すみません!落し物なのですが…」
声を掛けてみるが、すでに先客が居る様子で。
中から話をしているのが聞こえる。
とっととこの場から離れたい望は、勝手に中へと押し入る。
そこには一人の警官と、紳士の姿をした中年が。
「すみません、落し物なのですが」
「今、それどころじゃないんだよ…って」
「あー!それは…、わ、私の財布」
「へっ…!?そうでしたか。学校の前に落としていらっしゃいましたよ」
「糸色先生は人間の鑑ですな。生徒たちの立派な手本になられますよ」
「本当にありがとうございます。いやー、これがないと何もできませんでしたよ」
「いえいえ、当然のことをしたまでです」
「貴方は何て素晴らしい人だろうか。これはほんのお礼です」
「そ、そんな、お気になさらないで下さい」
「いえ、どうか受け取って下さい」
「そ、そうですか。それでは遠慮なく」
ラッキーボーイ望は、お礼として一割を頂いた。
この場合は10万円を指す。
(こ、これが小森さんの力………!?)
元金を手に入れた望は先程を上回るルンルン気分で、商店街に向かう。
目指すのはただ一箇所。
新規オープンを先週から始めたパチンコ屋。
早く来ようと思っていたのだが、なかなか機会が無く。
今日まで先延ばしされていたのだ。
入り口までスキップで、早速店内に入る。
ガヤガヤとうるさい場所だが手馴れた望は全く気にせず。
取り合えず落ち着こうと、適当な場所に座る。
(まぁ、10万もあれば、いつかは当たりが来るでしょう)
軽い気持ちで始めた望だが。
すぐにまた霧の力を思い知ることとなる。
望が座ってから2時間。
望の周りには数え切れないほどの箱の山。
そして、それらの全てがパチンコの玉で埋め尽くされていた。
自分がパチンコを楽しむことも忘れて、野次馬が集まる。
望は笑いが止まらなかった。
調子に乗った望は、時間も気にせず打ちまくった。
打った。
打ちに打った。
打ちまくった。
どれだけ時が経とうと、自分の力を信じて止まない望は。
店を潰す勢いで玉を弾き出した。
刻々と流れる時間は、霧の心を蝕む。
(せんせぇ…、まだかなぁ)
望は気付かなかった。
鞄に取り付けられたストラップの表情が悲しみに染まるのを。
その瞬間から、望の台にはぱったりと当たりが来なくなり。
望の後ろに積み上げられていた玉は、あっという間に無くなった。
すっかりしょげた様子の望と、満足顔の店員。
あれだけあった富の象徴は、いまや両手いっぱい分しかない。
このまま続けても勝利はないと考えた望は、残っている玉を全てチョコレートに変えて店を出た。
帰路を急ぎ、霧の元へと。
宿直室の前に来ても、ストラップは悲しんだまま。
しかし、それには気付かないまま。
「ただいま戻りました」
「あっ…!おかえり、せんせぇ」
「すみません、小森さん。遅くなりまして」
「ううん、そんなに待ってないよ」
「それはそうと、お土産があります」
「えっ…?本当に?」
「ええ、コレです。小森さんが喜ぶだろうと思いまして」
「チョコレートだ♪ありがと、せんせぇ」
「いえいえ、どういたしまして」
それから望は、今日一日だけで何があったかを霧に話して聞かせた。
普段からは考えられない強運の出来事を全て話して聞かせ。
最後に問いてみる。
「…小森さん、やはり今日あったことはこのストラップと関係があるんでしょうか?」
「へっ…、わ、分かんないよ。そんなすごい力は多分、師範代くらいじゃないと…」
「しかし、今日に限ってあんなに良いことが立て続けに起こるとは。何か運命を感じませんか?」
「ん〜…、私せんせぇのこと大切に思って願いを込めたから」
「…!?あ、ありがとうございます」
「えへへ、またお願い込めとくね」
「ふふっ、お願いしますね」
少女のその嬉しそうな瞳を見ては、望に遠慮など出来なかった。
夕ご飯のことも忘れて望は、今日の出来事の感謝の意を込めて。
霧が自分にしたように、霧の幸せを願いながら。
毛布の上から霧を抱きしめた。
望に身を任せて、寄り添う霧。
鞄のストラップは、幸せそうに微笑んでいた。
end