図書館を一人歩く木野。
週末の休日に久藤を誘って、此処に来ている。
活字離れした現代っ子はほとんどおらず。
高校生と思しき人は、二人だけ。
わざわざ用意されている雑誌のコーナーも、利用されず虚しい。
眼鏡をかけた爺さんや婆さんが、あちらこちらに座って本を読む。
その間を縫うように、木野は歩き続けた。
読もうと決めていたライトノベルは見当たらず。
右往左往と探し廻る。
本棚ばかり見つめていて、歩いていて。
周りに気が付かない。
本棚の角を曲がるとき、人の姿が。
そのまま激突してしまう。
手に持った本を地面にばらまく少女。
二人の間に、バサバサと渇いた音が響く。
「あぁ…、すみません!すみません!」
「いやっ、こちらこそすみません。って、加賀さん?」
「えっ…!?木野くん」
「奇遇だね、こんなところで会えるなんて」
「わ、私ごときが図書館なんて高尚なところに来てしまってすみません!」
「本を落としてしまったね、ゴメン」
木野が拾い上げた本は、『素直に謝る五十の方法』と大きく書かれていた。
木野から本を受け取り、大袈裟に謝る愛。
それをなだめてから、また会話に戻る。
「ところで、加賀さん。本借りて帰るの?」
「いえっ、私なんかが借りて汚してしまったら申し訳ないので、読んでから帰ります」
「そっか。それじゃ、一緒に席取らない?」
「えっ…!?そんな!木野くんにご迷惑をおかけしてしまいます!?」
「俺なら平気だから。それに一つの椅子に座ったほうが、他の利用者に迷惑にならないで済むよ?」
木野の言葉に悩んだ愛。
だが最後には、木野くんのご迷惑でないなら、と承諾する。
図書館の隅に用意されている長椅子。
木野がそこに座り込むと、隣に愛がやってくる。
怖ず怖ずと座り、木野の様子を窺いながら、本を開く。
意外と細かい字で書かれたハウツー本に困惑するが、せっかく取ってきたのだか
ら読もうと努力を繰り返す。
ライトノベルを片手で携え、黙々と読み続ける木野。
その端正な横顔を一瞬眺めてから、愛は視線を落とした。
相変わらずの細かい活字を、目は受け取ることを拒否しだし。
うつらうつらと頭をもたげる愛。
そんな姿を横目で確かめて、萌えている木野。
少し頬が朱い。
愛が眠たそうにしてるだけでも変な気を起こさせるのに。
とうとう愛の頭は、木野の肩に収まった。
夢の中では謝っていないのか。
幸せそうな寝息が、木野の耳に届く。
もはや、ライトノベルを読んでいるような場面ではない。
現実に、ライトノベルのような場面を迎えているのだから。
どう対処すればよいか分からない木野は、ただ動かないで、精一杯。
しかし、大体10分も経てば、状況に慣れる。
肩で眠る愛の顔を観察したり。
手に持つ本の内容を追うことも可能に。
愛がいつ起きるか分からないので、じっとしたまま本を読む。
(加賀さん、疲れが溜まってるのかな?普段からあんなに謝ってるのに、こんな本を読んでたら余計に疲れるだろうに…)
静かな図書館の中。
ぺらっと、ページをめくる音が耳の奥で響く。
流れていく時の重さを、片手が。
本を持つ左手が、感じる。
徐々に痺れて、疲れていく右手。
それは、幸せの証明なのか。
木野は軽く微笑んでから。
ゆっくりと本を読み続けた。
「はっ、私は…」
「あ、加賀さん。起きた?」
「き、木野、くん?」
「加賀さん、寝ちゃったから…。起こしたほうがよかったかな?」
意識を覚醒させてから、理解をするまで、しばらく時間がかかる。
ようやく、自分が木野の肩にもたれていたのを理解して、顔を赤くして謝る。
「すみません!すみません!」
「そんなに気にしないでよ」
「私ごときが木野くんの肩を借りるなんて…」
「よく眠れた?」
「えっ…?あっ、はい…」
「そっか♪」
恥ずかしさに顔をうつむかせる愛。
そんな可愛らしい姿にドキドキしてしまう木野。
なんだか、図書館でデートしてるみたいだと。
イメージが頭をよぎる。
しかし、そんな甘い時間も一時でしかなく。
閉館時間が迫っていた。
館内に流れる、蛍の光。
人の歩く音や、本棚に書物を戻す音。
少しずつ騒がしさを取り戻す図書館。
幻想的な空間は、人で溢れかえる生活空間になり。
そんな中で木野と愛は、二人佇んでいた。
勇気を出して愛から一言。
「そ、それじゃ、私帰りますね。今日は本当にすみません」
「だから、気にしないでって」
「す、すみません。では、また明日、学校で」
「あっ、ちょっと待って加賀さん」
何か自分に不手際があったかと思いビクビクしながら振り返る。
申し訳なさそうにしている黒い瞳は、潤みながら垂れ下がる。
そんな彼女らしい一面に、可笑しさを感じながら、木野も一言。
「また、…一緒に来ない?」
「そ、そんな、木野くんにご迷惑をかけてしまいます!」
「俺は、迷惑だなんて思ってないから」
「…!?」
「加賀さんにピッタリな本とか、紹介してあげられると思うし…」
「…そ、その」
「…?」
「木野くんの、ご迷惑でないのなら…」
「よかった、じゃあまた学校でね」
「はい、ありがとうございます」
愛と別れてから外に出る木野。
こんな日もあるもんなんだなぁ、と空を見上げる。
真っ赤に染まっている夕焼け空。
まるで、自分が久藤に恋心を打ち明けた日のようだ。
ベランダからグラウンドを眺めていても、考えていたのは愛のことばかりで。
そんな自分を久藤は後押ししてくれたっけ。
優しい奴だよなぁ、と思いふけたとき。
木野はようやく、図書館に誰と一緒に来たのかを思い出した。
そんな、木野の幸せな一日。