「さて、今日は何ページからでしたっけ‥‥」  
一応教師であるからして、授業はちゃんと行わねば、と  
先日の授業内容を必死に思い出す望だが、全く思い出せない上に  
人間、一つの事に集中しようとすると雑念が入る物である。  
このままでは千里にどやされてしまうので何が何でも思い出そうとしていると、背後からの声に気付く。  
「先生、今日は現国の93ページからです」  
「いたんですか」  
「はい、ずっと、ちなみに先生の雑念の内容に関してですが、今日安いのは鶏肉です」  
「なっ‥‥私の心を読みましたね!、というか、何でそんな細かい所まで覚えてるんですか!」  
いきなり出てきたまといに対して、最もであろう疑問を投げかけると、  
得意げにメモ帳を見せながら返してきた。  
「先生の事は全部記録してますから、先日お風呂でどこを先に洗ったかとか」  
「見てたんですか!」  
「ずっと、昨日は胸からでしたね、一昨日は‥‥」  
「そんな事公開しないでくださぁぁい!!」  
高らかに望に関する事柄を読み上げるまといを制止しながら歩いていると  
チャイムが鳴り、既に遅刻確定で教室に向かって行くと、  
教室の前には人だかりができていた。  
「おや、なんの騒ぎですか?」  
「先生、やっと来ましたね。」  
見ると、そこにはにのへの生徒達の殆どが  
集まって、なにやら呆れているような、困っているような感じで話し合っている。  
「これは‥‥‥あぁ、皆さんそろって遅刻ですか?」  
「そんなわけ、無いでしょ! きっちり、5分前に着たけど、入れなかったんです。」  
「ほら、これですよ」  
可符香が指した教室の窓には、内側から紙が張られており、そこには  
『対象内に入れるまで立てこもってやる! by対象GYI』と書かれていた。  
対象GYIは元々は三人が自虐で作ったグループだが、  
いつの間にやら対象外な扱いを受けた男子達の慰めあいの会となっており、  
その規模も大きくなっていたようだ。  
 
「せんせー、これどう思います?」  
「困りましたね、引き篭もりは小森さんの特権なのに」  
「うん、私の特権なのに‥‥」  
奈美の問いかけに対して、一歩ずれて返す望と、  
ワンテンポ遅れて消火器入れの中から出てきてそれに答える霧。  
「そう言う、問題じゃ無いから!」  
「無理やり連れ出そうとしたら爆破するとか言ってるんですよ! 説得してください」  
「何で私が!」  
嫌そうにする望に対して、「教師でしょう!」と一同の声。  
大衆に屈して、仕方なく説得に向かい、教室の入り口をノックする。  
すると、中から「誰だ!」と声が返って来た。  
「あー、担任の糸色です、ここを開けなさい!」  
その声に、ざわざわとする教室内部だったが、  
やがて静かに扉が開いた。  
「先生ー、頑張ってくださいねー!」  
望が中に入ると、直ぐに扉は閉められ、  
その後、少ししてから  
何となく手持ちぶさたな生徒達は聞き耳を立てだした。  
「全く、何でいきなり立てこもり等と‥‥」  
「いつも対象外対象外と言われている気持ちが先生に分かるか!」  
「そうだそうだ!羨ましい生活しやがって!」  
「え?、え?」  
「いつも帰ったら同棲相手が家に居たり‥‥」  
「隣の校舎の女の子がラヴレター渡しに来たり!」  
「あげくの果てには奪い合いの選手権だと!?」  
「あの‥‥話を‥‥」  
「大体、普段から愛されすぎだろ!」  
「何がですか!」  
「皆揃って『愛しき』先生、『愛しき』先生と……」  
「それは最早こじつけですから!、確かに私は『糸色』ですが……」  
「とにかく!お前に俺たちの気持ちが分かるか!クラスの女子殆ど持って行きやがってー!」  
「うわあああん!出てけよー!」  
「あ、ちょ!、わっ!」  
その後、直ぐにぺいっと望が廊下に投げ出され、  
倒れ込んだ姿勢からそうっと顔を上げると、  
明らかに冷たい周りの視線が辛くなって目を背ける望。  
 
「‥‥先生、ちょっと失敗してしまいました」  
「でしょうねー」  
「っ、そもそも!貴方たちが『対象外』とか言い出したからでしょうが!」  
周りからの冷たい視線に涙目になりつつも、  
ビシッと指差して反抗する望。  
「誰かが認めれば済む話なんです!」  
「そう言われても‥‥」  
「ねぇ‥‥」  
望の言いたいことは分かるものの、それを誰がすべきかと  
顔を見合わせる女生徒達。変にフォローして誤解されても困るのだ。  
やがて、責任のなすりあいが始まった。  
「丸井!、この前、誰でも良いって言ってたわよね?、なら、きっちり範囲に含めなさい!」  
「えぇー!?、部長ー、それって職権乱用ですよー!」  
「貴方!いい加減先生の事は諦めなさいよ!」  
「嫌だよ、そっちがせんせの事諦めてよ!」  
突然大喧嘩が始まり、慌てて制止する望に対し、  
ならどちらを選ぶのかと問い詰めるまといと霧。  
「先生、私ときっちり籍を入れる話はどうしたんですか‥‥?」  
「先生、私を選んでくれましたよね?」  
「先生」  
そこに、千里、あびる、楓、真夜とどんどん増えて行き、  
集結した女生徒に追い詰められていく望に対して彼女たちの意見は一つ。  
「先生、誰を選ぶんですか!?」  
「ひっ‥‥」  
逃げ道を探すも、周りは殆ど包囲されているに等しい状況で、  
無理に駆け抜けても普段オフエアバトルで鍛えられている彼女に叶う筈も無い、  
どうせ猟奇オチならば‥‥と望は最後の賭けに出る。  
「藤吉さん!私を連れて全速力で走ってください!」  
「はい!?」  
自分は関係無いとばかりに同人誌を読んでいたのに、  
突然の名指し指名に当然「無理ですよ!」と言う晴海に、望が交渉を持ち掛けた。  
「逃げ切ったらあなたの趣味に全面協力しますから!」  
 
「協力!?‥‥つまり、ネコミミでメイド服やウェディングドレスもアリアリですね!?」  
「はい!?、それは厳し‥‥って目がイッちゃってます!」  
一人ぶつぶつと呟く晴海に、もしかしてスイッチかと青ざめる望と、  
じりじりとにじみよる女生徒達、どうやら、あの手段に出たせいで  
猟奇モードに入っていて、とても話を聞いてくれそうに無い。  
もう自分終わったな‥‥と、ちじこまる望の手首を誰かが掴んだ。  
「その条件超OKです!、しっかりつかまってください!」  
「藤吉さ‥‥って貴方、まさかそこから飛ぶ気じゃ無いでしょうね!?」  
言うが早いか、猛スピードで駆け出したかと思えば開いていた窓から飛び降り、  
情けない悲鳴を上げる望とは反して、かなりの高さであろうに余裕で着地する晴海。  
あっけに取られていた女生徒達も、影が小さくなるに連れて我に返る。  
「‥‥あー!、逃げられた!」  
「晴海の奴‥‥!、追うわよ!」  
先導する千里に続いて、女生徒達は次から次へと学校の外へ  
走って行き、後には男子生徒と一部の女子だけが残った。  
「‥‥加賀さん‥‥」  
「‥‥元気だせよ、な」  
愛まで流れに乗って一緒に行ってしまったので  
大分落ち込んでいる国也と、慰める青山。  
「先生いいなー、あれだけモテるとエロティックな事も選り取り見取りなんだろうなー」  
それと、全く空気の読めない上に何が言いたいのかイマイチ掴めない芳賀。  
そんなこんなで、男子達がぼーっとしていると、  
教室の扉が開いた。  
「あれ、出てきたんだ?」  
「‥‥あのやりとり見ていたら、俺たちのやってる事ってちっぽけなんだ‥‥」  
「あぁ、今日はもう帰ろうぜ同志よ‥‥」  
どうやら、自信と戦意を完璧に叩き潰された  
『対象GIY』なる方々が出てきたらしい。  
「‥‥やる事もないし、僕達もみんなの所に行く?」  
准が読んで居た本にしおりを挟み、パタリと閉じて  
面白いものでも見に行くかのように切り出した。  
 
――丁度その頃、望達は――  
「大分引き離せましたね、助かりまし‥‥た?」  
窓から飛び降りた時は思わず「死んだらどーする!」と毒気づいたが、  
見る見る内に離れていく校舎に(ちなみに、望は動きやすさの問題で晴海の肩に  
荷物の様に担がれている体制である)  
全く追いつけそうな気配の無い女生徒達を確認して、  
ほっとして礼を言う。  
「ふぅ‥‥ありがとうございました」  
「いえいえ、お安い御用ですよ」  
「それで‥‥あの、そろそろ降ろして頂いても大丈夫ですが‥‥?」  
引き離せたというのに未だにガッチリと担がれている望は、  
少し困惑して晴海の顔を見上げる。  
「先生‥‥趣味、付き合ってくれるって言いましたよね?」  
「言いましたが‥‥それより貴方目がイってますってば!」  
「そうですか?、それより、私の家に招待しますね、親もお兄さん達も、皆旅行中ですから」  
「はぁ‥‥」  
何故招待なのだろう、というか何故こうも都合良く家族が留守なのかと思う望だったが、  
横でまたぶつぶつ言っている晴海を見て次第に状況が掴めて来た。  
「!、藤吉さん!もう十分なので下ろしてください!」  
「‥‥糸色先生、お持ち帰りぃ〜♪」  
「その台詞は色んな意味で危険ですから!いやああああ!!」  
それから半刻程前、  
千里達の方では作戦会議が行われていた。  
「‥‥これは、急いで追わないと大変な事になるわよ!」  
「大変な事?」  
焦る千里に、大変な事になるという状況が  
イマイチ掴めない他生徒達。  
「あの晴海の目は危険ね‥‥このまま行くと、拉致監禁じゃ飽き足らず犯すわね、間違いなく」  
「さらっと言ったナ」  
「なら、議論するより追った方が良いんじゃない?」  
奈美から追いかけよう、と言う意見が出たが、  
それは千里が直ぐに否定した。  
「晴海の脚力よ?、ましてや暴走中で本気の。追いつける訳が無いじゃない。」  
走って追いつくのは不可能なので、  
それ以外の方法を考えるが中々思いつかなくて  
皆してあーだこーだと言いあっていると、千里が一人右往左往している人影に気付いた。  
「先生ー!、‥‥先生ー‥‥」  
「そこの貴方!」  
「何よ!私は今忙しいの!」  
望から離されてしまいオロオロとするまといに、  
千里がふと思いついたかのように疑問を投げかける。  
「そういえば貴方、普段一緒に居るけど先生の位置とか、分かるの?」  
 
「そんなの‥‥分かるに決まってるでしょ!、現在地から進行してる方角まで全て!」  
帰ってきた答えに辺りが騒然となり、  
ぽかんとした様子でまといが周りを見渡す。  
「分かるの!?」  
「発信機くらい付けるわよ?」  
「何でそれを早く言わないのよ!、先生は今どこに!?」  
「えっと‥‥○×商店街の裏から、北東の方角へかなりのスピードで移動中!」  
千里にまくし立てられ、あわあわとしながらもディープラウの力で  
望の大体の現在地をさらさら述べるまとい。  
「○×商店外から北東?その方角にあるのは‥‥‥晴海の家!」  
「藤吉さんの家、今は家族は留守らしいよ、連絡網で回ってきたの」  
千里が結論に到ると同時に、今まで大人しく聞いていた可符香が  
自分の携帯の『藤吉家現在家内全員留守』と言う文字を見せた。  
「‥‥晴海は、真っ直ぐ家に帰るわね、幸い晴海の現在地からは遠いわ、先回りよ!」  
そう言うと、千里は鞄からメモ帳を取り出し、すらすらと地図や文章を書いていった。  
それから少しして、回りに指示を出し始める。  
「作戦完成よ!、日塔さん、風浦さん、貴方達はここ!、家から少し離れた所で晴海を説得して!」  
「了解ー!」  
「えぇー!?」  
「‥‥日塔さん、大人しく作戦遂行するのと、肉片になるのどっちがいいか。」  
「行ってきます!」  
嫌がった事により千里を魚目モードにさせてしまい、  
冷や汗をかきながら逃げるように目的の場所まで向かう奈美と  
楽しそうについていく可符香。  
「次!、小節さんは日塔さん達が失敗した時に拘束作戦!説得が通じなきゃ力ずくよ!」  
「ん‥‥分かった」  
「そして、私が最終決戦を挑むわ、晴海に勝てそうなの私だけだし。」  
「マリア達には何もないのカ?」  
「そうね‥‥それじゃあ、私についてきて。」  
作戦も決まった所で、全員目的地へと向かう、  
しばらくすると、晴海が第一作戦地点の付近にやってきた。  
『こちら千里!こちら千里!晴海がもうすぐ着くわよ!』  
「‥‥こちら奈美、了解しましたー‥‥」  
千里からの連絡が途絶えると、とことん乗り気じゃない奈美は  
深く溜息をつくと、説得に使う台詞を考え、ようやく思いついた台詞に「普通」  
と言われ軽くヘコむと言う繰り返しである。  
心なしか、ありがちな説得用の台詞を次々と言えば言うほど飽きてきたのか  
可符香の目が冷ややかになっている気さえしてくる奈美であった。  
そんな事をしていると、遠くの方から物凄い速さで接近している  
足音と話し声が聞こえてきた。晴海の到着だ。  
「お持ち帰りー!」  
「だからそれは色々とマズイですから!」  
路地を通り抜けようとする晴海の前に、  
奈美と可符香の二人が立ち塞がる。  
 
「おや、風浦さんに日塔さん、奇遇ですね」  
「ですねー♪」  
「いや!、奇遇じゃないから!救出作戦ですよ」  
早速ずれてる先生と、それに合わせる可符香に  
ビシッっと突っ込む奈美。  
「救出作戦ですか?、それは有難いですね!」  
「私達のお仕事は説得ですよ?」  
そう言うと、さらさらとお得意の人の心を  
掴む説得を開始する可符香に、基本相槌オンリーの奈美。  
「と、言う訳で、お持ち帰るより‥‥」  
ある程度説得に試みてもただブツブツと何かを呟いている晴海を見て、  
可符香が『あぁ、これ無理だな』と道を空けるのと、  
晴海が進行ルートを塞いでいた奈美をはるか上空に吹っ飛ばすのはほぼ同時であった――  
「日塔さーん!、貴方何てベタな吹っ飛び方を!」  
「まぁ、奈美ちゃん普通ですから」  
「普通って言うなああぁぁぁぁぁ」  
とかいいつつも、体に染み付いてる普通さのせいで  
吹っ飛んだ空から『キラーン』と擬音まで流れてくる。  
それを思わず見届けた後、晴海は再び走りだした。  
「‥‥‥行っちゃったかぁ」  
小さくなっていく二人を見て、  
自分の携帯を取り出し千里と連絡を取る可符香。  
「こちら可符香、対象の説得に失敗しました!」  
『失敗?、貴方でも駄目だったの?』  
「藤吉さん、暴走してて話聞く気も無かったの」  
『そう‥‥第二作戦に行くしか無いわね』  
――場所は変わって、第二作戦の路地、  
ここではあびるが待ち構える事になっている、が‥‥。  
『こちら千里!こちら千里!、小節さん、何やってるのよ!?、普通に通り過ぎたわよ!』  
「こちらあびる、頑張ってるけどまだ到着して無いよ」  
『‥‥ごめん、貴方の運動能力みくびってたわ。』  
あびるが辿り着く前に晴海が通りすぎてしまった事により、  
第二作戦まさかの不発、最終策で挑むしか無くなった。  
「そろそろ到着する頃ね‥‥」  
千里がまといの発信機で位置を確認していると、  
足音が聞こえてきた、ラスボスのおでましだ。  
「う‥‥藤吉さ‥‥もう少しゆっくり走ってください‥‥」  
望は乗り物酔いなのか何なのか既にかなりグロッキーだが、  
そんな事はお構い無しに作戦は続行される。  
「晴海!止まりなさい!」  
「!、千里‥‥!、そこをどいて!私は約束通り着せ替えたり色々スケッチしたりするの!」  
「‥‥貴方とは、一度、キッチリ勝負したいと思ってたわ。」  
どちらも一歩も引く気は無いと見て、  
じりじりと距離を詰める二人と、それを見守る者が多数。  
やがて、晴海が眼鏡を置いた瞬間二人が同時に飛んだ。  
ここから常人の目では追えない戦いが開始する――。  
「流石ね、晴海‥‥」  
「千里こそ‥‥」  
どれ程の時間が経過したか、二人共既にボロボロで、  
まさに次の一撃で決着が着くと言う所だった、が、  
ここでまといがハッとしたように叫ぶ。  
「ちょっと 先生は!?」  
「え?‥‥あれ?」  
 
――生徒達が先生を捜索してる頃、  
とあるやたらにゴミの溜まっている公園では――。  
「ふぁぁ‥‥ここも汚れちゃったなぁ‥‥体質だねぇ…‥」  
通称キタ姉こと多祢がベンチに座って  
まったりと買って来たカップ酒を飲んでいると、  
突然ドサッという音と共に横の木が大きく揺れた。  
何事かと見に行くと、着物を着た男性‥‥望が  
枝にぶら下がっているでは無いか。  
「‥‥望様?、あぁ、望様はゴミじゃ無いので大丈夫よぉー‥‥」  
酔ってる事もあって、自分は何か幻覚でも見てるのだろうと思い込む多祢だったが、  
やがて望の重量に耐え切れなくなった枝がミシミシと悲鳴を上げ出したのを聞いて、  
まさか本当にと慌てて枝の下に回ると、待っていたかのように枝が折れた。  
「っと!‥‥ちょっと重たいなぁ‥‥」  
何とか抱きとめる事に成功し、大丈夫かと顔を覗き込むが、  
どうにも目覚める気配が無い。困ったように抱きかかえたままぼーっとする多祢だったが、  
その内、「これって‥‥」と何か閃く。  
「これって‥‥俗に言う、んー‥‥あ!」  
いい例えが中々浮かばずにむぅ‥‥と考え込んだ後、  
閃いた!とでも言うようにポンッと手を合わせる。  
「望様、お持ち帰り〜」  
そう言うと、ふむ、と満足気な顔をして  
ふわふわと帰路に着く多祢であった――。  
 
この勝負、キタ姉の一人勝ち!  
 
糸冬  
 

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