午前5時過ぎ。  
望はふと、目を覚ました。  
宿直室の居間に置かれたちゃぶ台。  
向かい側では霧も寝ている。  
机の上に広げられた書類。  
霧の前には勉強道具が置いてある。  
難しい数式が連なったルーズリーフ。  
霧の上半身に下敷きにされている。  
自分の書類には、涎のあとが。  
どうやら仕事の途中に寝てしまったらしい。  
昨夜の状況を明確に思い出していく。  
 
(そうだ、昨日は…)  
 
甚六に催促されて、溜まっていた書類を引っ張り出した。  
溜めたプリントが多過ぎて、中々終わらない。  
布団で待っていた霧が様子を伺いに来る。  
 
「どしたの、せんせぇ…?」  
「あぁ、小森さん。すみません、急ぎの書類がありまして…」  
「そか、…じゃあ、私も一緒に勉強しててもいいかな?」  
「えぇ、構いませんよ」  
「えへへっ」  
 
霧の笑い声まで鮮明に思い出した。  
そうして、二人で作業を始めたのだった。  
気付かないうちに寝てしまい、朝を迎えた望。  
自らの腕を枕にしている霧。  
長い髪が顔にかかり、少し眉をひそめた。  
退けてあげようと思い、手を伸ばした。  
さらさらの黒髪に触れる。  
手の甲で触れる。  
そのまま、頬を撫でた。  
柔らかく女の子らしい頬は、しっとりとしていて。  
あまりに魅力的だった。  
無防備に眠る少女が、純粋すぎて。  
自分が抱いた感情を恥じり、クスリと笑う。  
無意識に触れていると、少女の頬は意外と冷たいことに気がついた。  
温めようと思ったわけではないが、何故か手を離さない。  
じっ、と見つめる。  
何かいい夢でも見ているのか。  
霧は甘えるように望の手に頬を擦り寄せた。  
起きているのではないかと、一瞬驚く。  
止められない電気信号は、手をビクリと動かす。  
寝ぼけ眼で、霧が意識を取り戻した。  
自分の頬にあるものに触れて、何か確かめる。  
それが望の手だと気づくと、顔を赤らめて飛び起きた。  
 
「あっ…、あれ?せんせっ…?」  
「おはようございます、小森さん」  
「えっ…、うん。おはよ…」  
 
状況が把握できない霧に説明する。  
昨日は仕事をしながら寝てしまったことと。  
霧をそれに付き合わせたことを謝罪した。  
しかし、起き抜けでボーっとしているのか。  
霧は自分の頬に手を重ねたまま、その温かさを確かめていた。  
 
「あの、小森さん…?」  
「へっ…!?な、何?」  
「大丈夫ですか?具合でも悪いんでしょうか?」  
「い、いや…、大丈夫だよ、ただ…」  
「…?」  
「びっくりしちゃって」  
 
開けていた窓から風が染み込む。  
流れる寒さは、霧の体を冷やして。  
徐々に頬の熱を奪う。  
寝ているときに毛布がずり落ちてしまい、今の霧には残酷な状況で。  
一度だけくしゃみをした。  
 
「くしゅん!」  
「とっ…!?寒いですか?窓を閉めましょうね」  
 
立ち上がる望の腕を掴んで、引き寄せる。  
 
「大丈夫だから、側に居て…」  
 
もう一度、望を座らせてから手を取る。  
冷えた自分の頬に触れさせて、その上から手を重ねる。  
寝ていたときのように、頬を擦り寄せた。  
可愛らしい動作に、望は何も言えなかった。  
ただ、甘える少女に好きにさせて。  
何も言わず、頬を固定する。  
少し顎を上げさせて、こちらを向かせる。  
金属の塊の、眼鏡は冷たい。  
でも、触れ合っている唇は温かった。  
触れ合って、すぐ離れる。  
次は、唇に手を寄せる。  
微かに残った望の体温が、全身に染み渡る。  
 
「…温かいね、せんせぇ」  
「そうでしょうか?」  
 
ニコリと笑う望。  
朝の日差しが、部屋を暖め始める。  
 
 
 
 

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