糸色 望は、町を歩いていた。  
特に目的があるわけではない。  
ただ、黙々と歩き続けた。  
町並みの中で、すれ違う人たち。  
微笑む人もいれば、何もしない人もいる。  
そんなこと、気付きもせず、気にも留めず。  
望は歩いていた。  
 
そんな時に、一つの骨董屋を見付けた。  
他の何にも興味を抱かなかったのに、何故か、それは目に留まった。  
店の前にまで机を出して、所狭しと物が置いてある。  
狭い通路に身を捻じ込んで、商品を物色していた。  
レジの前で、爺さんか婆さんかも分からない老人が一人。  
佇んだまま、ボーっとしている。  
この空間の中で、望と老人しか居ないのに。  
唯一の客でさえも、無視していた。  
人との接触を避けて、此処まで辿りついた望からすれば有難かった。  
何も喋らず、黙って棚を見上げる。  
興味をそそられるものがあれば購入しようか。  
キラキラと輝く彼の瞳は少年のようで。  
とても、幼かった。  
ふと、一つの商品が目に留まる。  
綺麗な、それでいて、妖艶。  
美しい形を携えた、金魚鉢。  
彩りは爽やかで、とても夏らしさを醸し出している。  
宿直室に飾れば少しは涼しくなるだろうか、と手に取る。  
金魚を飼う当てなどないが、とにかく気に入ったようで。  
望はそれを、レジまで持っていった。  
 
「1980円になります」  
 
しわがれた声が、狭い空間に響く。  
代金を払い、金魚鉢を持ち去ろうとすると、老人が。  
 
「お客さん、それで金魚を飼ってはいけないよ…」  
「何故です?金魚鉢なんですよね…?」  
「私は、忠告しましたからね」  
 
それ以降は黙ってしまう老人。  
何となく納得のいかない望だが、それ以上は追及しなかった。  
元から金魚を飼うつもりなど無いからだ。  
陽はまだ高かったが、早くそれを部屋にかざりたくて。  
望は帰路を急ぐ。  
陰から陰へと移動して、陽に当たらないようにしながら。  
たまに、手の中の金魚鉢を見つめた。  
その美しさに、段々と心を奪われ始めた望。  
早く早くと急く気持ちを抑え付けて、また歩き出す。  
しばらく歩けば、もう学校で。  
真夏の太陽が照り付ける中を必死に歩き、校内に入ると。  
どんなときでも、毛布を脱がない少女がいる部屋に向かう。  
ドアが開くと、予想通り、小森 霧がそこにいた。  
 
「おかえりなさい、せんせぇ。早かったね」  
「ただいま、小森さん」  
 
こんなに暑い日でも、霧は毛布を脱がない。  
なのに、扇風機の前を陣取っている。  
そんな、奇妙な光景だ。  
 
「先生、そんなにその金魚鉢が気に入ったのですか?」  
「い、いたんですか…?」  
「えぇ、ずっと」  
 
後から続く常月 まとい。  
自分と同じく、和服を身に纏う少女が部屋に上がり込んできた。  
望には愛しい気持ちを、霧には嫌煙の念を。  
見事に表して、付き纏うまとい。  
早速睨み合いを始めた二人を放って、望は台所へと向かう。  
買ってきたばかりの金魚鉢に水を注いだ。  
鮮やかに、その美しさを示す金魚鉢。  
見惚れながらも、蛇口はしっかりと締める。  
緩めにしておくと、後で霧から怒られるのだ。  
相も変わらず爆発寸前の二人の前に、そっと置いた。  
金魚が居ないのは少し寂しかったが、それはとても美しくて。  
喧嘩を止めて、二人とも魅入った。  
 
「…綺麗でしょう?」  
「うん、せんせぇ」  
「はい、とても…」  
 
ゆらゆらと揺れている水面。  
しばらく時間が経つと、治まった。  
取り憑かれたように、それを眺める三人。  
時が経つのも忘れて、見ていた。  
その時、ポツリと望が呟く。  
 
「この中で一生を過ごすのは、一体どんな気分なのですかね…?」  
「「…?」」  
「狭い世界の中で、好きでもないものに眺められる」  
「「…」」  
「そんな、寂しい生活なんでしょうか…」  
 
急に興が削がれたのだろうか。  
望はそれ以降、金魚鉢を見ようとしなかった。  
そんな望を見つめる二人。  
こういう時だけは、協力する気が起きるのか。  
目を合わせて、一度頷いてから、じりじりと望に近付く。  
窓の外を見ていた望は、二人の接近に気が付かない。  
ガバッと抱き着いた二人。  
望の右頬に霧が。  
左頬にまといが。  
軽く触れるだけの接吻。  
そのまま二人共、左右の腕にしがみついて。  
甘えた声で語りかけた。  
 
「私はそうは思いません、先生」  
「例え、こんな狭い中に入れられても」  
「大事にしてくれる人がいるのなら」  
「きっと幸せだよ…」  
「ですから」  
 
もう一度、顔を寄せていく。  
あまりの早業に、望は顔を赤く染めることしかできない。  
先程より、少し長い愛の証。  
しな垂れかかる二人を支えた。  
 
「大事にして下さい♪」  
「大事にしてね♪」  
 
目をつむり、望の心音を聞いている。  
動くこともできず、望は二人を抱き寄せた。  
幸せに満ちた二人の笑顔。  
望もつい、顔が緩んだ。  
 
「全く、敵いませんね」  
 
金魚鉢の水が、軽く揺れた。  
 

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