雑誌に付属するパーツを集めて製作する高性能『糸色望』型ロボット。  
発売されるなり、霧はすぐにこの商品に飛び付いた。  
早速、ネットで全号購読の手続きを済ませた霧は、少しずつ届けられて来るパーツをコツコツと組み立てて、  
ついに今日、糸色望型ロボットの完成にまで漕ぎ着けた。  
製作途中では、なんだかホラーに出てきそうな不気味な球体関節人形にしか見えなかった望ロボだったが、  
最後のパーツ、足袋を装着し、その全身を改めて眺めてみると、どこから見ても望そのもの。  
仮に本人と入れ替わっても区別がつかないのではないかと思われるほどの完璧な出来栄えだった。  
霧は望ロボの瞳をまっすぐに見つめ、胸を高鳴らせながら最初の命令を言った。  
「チューしなさい」  
しかし、口に出してみるとこの命令、かなり恥ずかしかった。  
だいたい、どこまで精巧に作られていると言っても、相手は所詮、単なる機械人形なのである。  
頬を真っ赤に染めた霧は  
「ヤダ、私バカみたい!作りものに何させようと!」  
なんて、自分にツッコミながら、望ロボを小突いた。そして、望ロボに対して改めて命令を下した。  
「今の取り消し、ドブさらいしなさい」  
 
というわけで、部屋の外で行う仕事が大の苦手な霧に代わって望ロボにドブさらいを任せ、  
霧は黙々と家事をこなしていた。  
「はぁ………なんだろ?せっかく完成させたのに……」  
流しで食器を洗っていた霧の口からため息がこぼれた。  
霧は先ほどの自分の言葉を思い出していた。  
『ヤダ、私バカみたい!作りものに何させようと!』  
全て承知で購入を決意した筈だった。  
本物でないとわかっていても、自分の意のままに動く望が手に入るのだと今日という日を心待ちにしていたのに。  
『作りもの』、その言葉が霧の胸に突き刺さる。  
『作りもの』が必要なのは、本物を自分の思う通りに出来ないが故の代償行為だ。  
それを考えた途端、自分と望の心の間にどうしようもないくらいの距離が開いていると気付いてしまったのだ。  
今の霧が望に対して「キスしてほしい」と頼む事など出来はしない。  
実行する勇気もなければ、その願いを受け入れて貰えるという自信もない。  
もしも、本当にその言葉を、想いを望に伝えればどうなるか?  
おそらく望はまず戸惑い、次に霧の話に真剣に耳を傾けて、そして最後には断るのだろう。  
優しく、しかしきっぱりと。  
霧は、望が自分の事をどれだけ大事に考えてくれているかを知っている。  
だけどそれは、一人の生徒に対して、そして一つ屋根の下で生活を共にする家族同然の存在である少女に対してのものだ。  
霧の願うような関係はそこには存在しない。  
あの望ロボは、霧の前に横たわるそんな現実を図らずも浮き彫りにして見せたのだ。  
「…私じゃ駄目なのかな……先生……」  
食器を洗い終えた霧は先ほど望ロボを起動させた押入れの前にやって来る。  
何はともあれ望ロボは完成したのだ。  
組み立てのために使っていたこのスペースも元に戻さなければいけない。  
そう思って、まずは床に散らばる『週間絶望先生』を束ねていく。  
後片付けをしていると、心に覆い被さる虚しさがその色を濃くしていくように霧には感じられた。  
「…………捨てちゃおっかな」  
ポツリ、霧は呟いた。  
望ロボの完成を一日千秋の想いで待ち焦がれていたけれど、今となってはあの作りものの望の存在は霧の心を抉るばかりだ。  
だいたい、本物の望相手にロボの存在をいつまでも隠し通せる筈もない。  
ロボが完成する今日に至るまで、望にバレないように霧がどれだけ努力してきた事だろう。  
しかし、それだって限度と言うものがある。  
もし、望にロボを見つけられて、「どうしてこんな物を買ったのか?」などと問われたりしたら?  
霧には到底、上手く答えられる自信はない。  
強く願っても手に入れられない、望の代用品だったなんて言える訳がない。  
「アレって、粗大ゴミでいいのかな?」  
そうして、霧が望ロボを処分する算段を始めたそんな時だった。  
俯いた姿勢で片づけを行っていた霧がある物に目を留めた。  
「……ん?……これって?」  
畳の上に転がっていた、割れた円盤状の何か。  
なんだか、霧はそれに見覚えがあるような気がした。  
一体、何だろう?  
霧はその正体を確かめるべく、そっとソレを手にとってみた。  
 
「ふう……ここなら、きっとバレないよな……?」  
その頃、糸色交は学校の中でも特に人のやって来る事の少ない、校舎裏手の倉庫にいた。  
まだ幼い少年の傍らには、何かがパンパンに詰められた段ボール箱が三つ、重ねられている。  
最上段の段ボールは蓋が僅かに開き、何やら人の手のような物が少し頭を覗かせている。  
交はこれを隠すために、職員室に忍び込んで今はほとんど誰も使っていないこの倉庫の鍵を手に入れ、  
そして小さな彼にとって余りに大きくて重たい三つの荷物を引きずってここまでやって来たのだ。  
今からこの倉庫に封印しようとしている物、それは彼が壊してしまった望ロボの残骸である。  
決して故意ではなかった。  
組み立て中の望ロボを偶然にも発見してしまった交は、その異様な姿を見てたまらずその場から逃げ出そうとした。  
その時不運にも、彼が足を引っ掛けた為に望ロボは床に倒れ、その衝撃でバラバラに壊れてしまったのだ。  
霧の怒りを恐れた交は、その事実を隠蔽しようとした。  
今、霧が望ロボだと思っているものは、交に言いくるめられて自分がアンドロイドであると思い込まされた望本人である。  
三箱の段ボールを倉庫の奥に押し込めながら、交は深くため息をつく。  
「どうしてこんな事になっちゃったんだろう……」  
交は少しマセた所はあるが、望や霧の言う事をちゃんと聞く良い子だった。  
もし悪い事、やってはいけない事をした時もきちんと謝る事ができる。  
そんな交が今回だけは、どうしても自分のしでかした事を霧に打ち明ける事が出来なかった。  
知っていたからだ。  
きりねーちゃんはノゾムの事が好きだから。  
よりにもよってこんな趣味の悪い偽者を買う事はないと思うけれど、それだって霧が望を大好きだからこその行動だ。  
この事がバレれば霧はとてもとても怒るだろう。  
怒って、そして、きっととても悲しい表情を見せるのだ。  
その場面を思い浮かべるだけで、交の胸はどうしようもなく締め付けられてしまう。  
悪い事だとわかっていても、交はそれに耐えられなかった。  
「こうするしか……こうするしかないんだ……」  
望ロボの残骸を隠し終えて、交は倉庫の扉に鍵をかけ、その場を立ち去る。  
とぼとぼと歩くその背中には後悔という名の重荷がたっぷりと圧し掛かっているのだろう。  
俯いた表情はただただ暗い。  
やがて、宿直室の前まで辿り着いた交は、入り口の扉に手を掛けたその時、中から響いてきたその声を耳にした。  
「な、何なのよ、これ……っっっっ!!!!!!!」  
普段、滅多に聞くことのない霧の叫び声。  
交は、その声に全身をビクリと震わせて後ずさった。  
だが、望ロボの一件もあってすっかり動転してしまった彼は、思いがけず足をもつれさせてしまう。  
「うわぁああっ!!!!」  
ドスンッ!!!  
その場に尻餅をついた少年の悲鳴は、宿直室の中の霧の耳にまで届いた。  
そして、軽く床に頭を打ちつけた痛みを堪えながら、ようやく立ち上がった交の目の前で、扉がゆっくりと開いていった。  
「交くん……」  
爆発寸前の感情を必死で押し殺しているような、そんな霧の声。  
「きり…ねーちゃん……」  
暗く影のかかった表情の霧。  
彼女が右手に持っているものを見て、交は完全に凍りついた。  
「これ、どういう事なの?……知っていたら、教えてほしいんだけど……?」  
耳だ。  
壊れた望ロボから飛び散った部品の一つを、交が回収し忘れていたのだ。  
霧はそれを見て悟ったのだ、交が何を仕出かし、そしてその後始末として何をしたのかを。  
ほとんど金縛り状態の交の耳には、何かが崩れ去るような音が聞こえたような気がした。  
 
暗い家の二階の部屋にずっと引きこもっていたあの頃だって、あんなに頭ごなしに人を怒った事などなかった。  
交に向けられた烈火の如き怒りを、霧自身も止める事が出来なかった。  
謝る交を何度も怒った。  
そして、その燃え上がる感情の中には、自分と望の間にある深い溝への苛立ちまでが込められている事も、霧は気付いていた。  
要するに、八つ当たりだ。  
確かに、自分の悪事を隠そうとした交の行動は許される事ではない。  
だけど、霧はそれにかこつけて、いかんともし難い自分の感情を交にぶつけてしまったのだ。  
霧のお説教を聞き終えた後、交は暗い校舎のどこかへと消えてしまった。  
無理もない。  
あんな怒り方をされれば、誰だって傷つくのが当たり前だ。  
残された霧の心もぐちゃぐちゃだった。  
「交くんに、たくさん酷い事言っちゃった………」  
霧が暗い顔で呟く。  
自分の中に、あんな醜い感情があるなんて知らなかった。  
行き場のない苛立ちをぶつけられる対象を見つけた途端、  
それが間違った行動だと理解知っていながら、相手をズタボロにやっつけてしまうような嫌な自分。  
そもそもこんな醜く汚い人間を、望が相手にする筈など無かったのだ。  
嫌われて当然だ。  
頭から毛布をかぶって、霧は目の端に涙を浮かべて宿直室を出て行った交の事を何度も思い出す。  
ズキズキと痛む胸。  
もはや、家事など一切手に付かず、霧に代わって望が作ってくれた夕食にも手をつけていない。  
その後、望は交を探して夜の校舎へと出て行ってしまった。  
今の霧は宿直室に一人ぼっちだ。  
「最低だよ、私………」  
そうして、鬱々とした気持ちのまま、どれだけの時間を過ごしただろう。  
霧は何気なく時計を見て叫んだ。  
「もう十時なの……っ!?」  
窓の外の暗い空を見て、霧は愕然とする。  
霧に怒られた交が宿直室を飛び出したのはまだ夕方、せいぜい午後の五時くらいの事である。  
あれから五時間、いくら何でも遅過ぎる。  
パソコンを確認すると、望から『校舎の中を探しても交が見つからないので、少し学校の周りを調べてみる』というメールが届いていた。  
青ざめた顔で、霧は立ち上がった。  
何てことだ。  
交がどれだけ傷ついているのか、理解していたつもりだったのに……。  
「交くん……ごめんね……」  
交を見つけなければ。  
探すアテなど有りはしなかったけれど、それでも見つけなければならない。  
全ては、感情に任せて大切なものをないがしろにした自分のせいなのだから。  
そうして、サンダルを足に引っ掛け、霧は暗闇に包まれた夜の校舎に飛び出していった。  
 
まずは校舎をぐるり一巡り。  
教室を一つずつ見て回り、交が隠れられそうなスペースもくまなく調べた。  
男子トイレにだってかまわず踏み込んだ。  
今の霧には交を見つける事以外は何も考えられなかった。  
そうしてあらかたの教室や倉庫を見終わって、各教室の鍵を戻しに職員室にやって来た霧はある事に気が付いた。  
学校の教室や倉庫の鍵は基本的に職員室入り口脇のボードで保管されている。  
だが、その横にある小さな書類棚の際下段の引き出しにもいくつかの鍵が収められているのを見つけたのだ。  
引き出しの前面には中にある鍵の名前が書かれていた。  
しかし、その中で一つだけ、引き出しの中に収められていない鍵があった。  
「北倉庫………」  
霧も校舎の窓から見た事がある。  
大きく校舎を回りこまないと辿り着けないため、ほとんど使われる事のないうら寂れたその倉庫を。  
もしかしたら、いや、きっと………!!  
「交君………っ!!!!」  
霧はもう落ち着いている事など出来なかった。  
職員室を飛び出し、パタパタと足音を響かせて廊下を走る霧の脳裏には、ただ交の顔だけが浮かんでいた。  
 
「よいしょ……これで、腕が繋がるな……」  
懐中電灯の頼りない明かりに照らされた倉庫の暗がりの中で、交は黙々と作業を続けていた。  
今が何時なのか、どれだけの時間が経過したのか、そんな事は頭に無い。  
小さくつたない指先で、交はバラバラになった望ロボのパーツに挑んでいた。  
割れた部品を接着剤で固め、吹き飛ばされたネジの代わりを宿直室から持ち出した工具箱から探し出し、もう一度締め直す。  
こっそり持って来た『週間絶望先生』とにらめっこしながら、何度も失敗を繰り返しつつ、少しずつ少しずつロボを修理していく。  
秋だというのに、閉め切った倉庫の空気は妙に蒸し暑い。  
着物の袖で何度も額を拭いながら、交は作業に没頭する。  
「きりねーちゃん、ごめん……でも、きっと直すから……」  
交の脳裏に、霧の怒りの表情が蘇る。  
そしてその合間にふと見せた悲しげな表情。  
(バレないように隠してしまおうなんて、オレ、何考えてたんだろう……)  
交は霧の事が大好きだ。  
笑っている霧も、泣いている霧も、怒るときの霧も、そして望が大好きでたまらない霧の事も……。  
だから、交は決めたのだ。  
この望ロボを必ず直して見せると。  
相手は複雑な機械の塊で、何の知識も持たない交なんかの手には負えるようなものではない。  
現にこれだけやって、作業はまだ全体の一割にだって達していない。  
だけど、逃げ出す訳にはいかない。  
霧の気持ちを知っているから。  
この望ロボには、霧の望への想いが託されている。  
直す以外の選択肢など、交の中にはもはや存在しないのだ。  
汗ばんだ指先から部品を取り落として倉庫の中を這いつくばって探し回った。  
割れた部品の尖った先端で指先を傷つけた。  
手の平も着物も、機械油で真っ黒に汚れてしまった。  
それでも交は、空腹も、疲労も、時間の経過も忘れて、ただひたすらに指先を動かし続ける。  
もう一度、大好きなきりねーちゃんを笑顔にしてあげたいから。  
 
そんな時だった……。  
「交くん………っっっ!!!!」  
聞き慣れたその声に、交は思わず振り返った。  
そこにいた人物。  
いつの間にか開け放たれていた倉庫の入り口には、安堵のあまり今にも泣き出しそうな表情の霧が立っていた。  
 
校舎裏の北倉庫。  
確かに盲点だった。  
普段誰もが目にしていながら、あまりの使用頻度の低さから存在自体を忘れてしまう、そんな場所だった。  
交の行方を心配するあまり焦った望はその存在を見落としてしまったのだろう。  
霧は、息を切らせながら全力で校舎裏まで走った。  
年中、ほとんどが日陰になってしまうその場所の、湿った土を踏みしめて霧は倉庫に向かって疾走した。  
だけど、辿り着いた倉庫の扉を開いた先に、霧が見たものは、彼女が予想もしていなかった光景だった。  
「きり…ねーちゃん……」  
「交くん……それ、直してくれてたの………?」  
きっと、自分の言葉に傷つけられて、膝を抱えて泣いているのだろうと思っていた少年は、  
しかし、この倉庫の中でただひたすらにある作業に没頭していたのだ。  
望ロボの修復。  
割れた破片を一つ一つ繋げて、バラバラになった関節をつないで、交はどう考えても一人では不可能なその作業に挑んでいた。  
交は、シュンとした表情で俯いて、だけどハッキリこう言った。  
「ごめん、きりねーちゃん……今はまだこんなだけど、きっと直してみせるから……」  
霧は悟る。  
交は、霧に怒られた事なんかより、望ロボを壊した事で霧を傷つけた事を悔やんでいるのだ。  
霧をもう一度笑顔にしたくて、ただそれだけを考えてここにいるのだ。  
(…それなのに……私……)  
へたり。霧はその場に膝をついた。  
「き、きりねーちゃんっ!?」  
心配して駆け寄ってきた交のまっすぐな眼差しを見た瞬間、霧の胸の奥底から凄まじいまでの感情の爆発が巻き起こった。  
堪らずに溢れ出た涙が、ぼろぼろと霧の頬を零れ落ちていく。  
「ごめん、きりねーちゃん、オレがあのノゾムのロボットをこわしたから……」  
交はそれを、霧が壊れた望ロボを目にした為だと勘違いしたようだった。  
「違うよ……」  
そんな交に、霧は涙をぬぐって微笑みかける。  
「ありがと、交くん……」  
「えっ?…オレ……悪い事したのに……」  
「………でも、私の事を心配してくれたから、ロボットを修理してくれてるんでしょ……?」  
全ては、霧のために。交の頭の中にはそれ以外の何も無かった。  
そんな交の思いやりが、不安と焦燥を抱えてささくれ立っていた心を優しく包み込んでいくのを霧は感じていた。  
「ありがとう…本当にありがとう……交くん、私、すごく嬉しいよ……」  
「…うわっぷ…きり…ねーちゃん……!!?」  
霧の腕が交の体を優しく抱きしめた。交は少し驚きながらも、霧に素直に従う。  
誰かが自分を心の底から大切に思ってくれている。その確かな実感は、霧を何よりも安心させてくれるものだった。  
そしてそれは、暗い部屋の奥に引きこもっていたかつての霧が強く求めながら、決して得られなかったものだった。  
やがて、霧は湧き上がる感情の中、自分の心の奥深くに芽生えた新しい『気持ち』に気付く。  
(…………私…交くんのこと、好きになってる……?)  
それに気付いて、最初に感じたのは微かな戸惑いだった。  
十歳以上も年の離れた、まだこんな小さな男の子を相手に、自分は一体何を考えているのかと。  
しかし、やがて霧は思い直す。どんなに理屈を張り巡らせようと、この胸の内に芽生えた暖かな気持ちを否定する事は出来ない。  
(……私は交くんが好き………)  
心の中で呟いたその言葉は、宝石のようにキラキラと輝いて感じられた。  
「ごめんね…交くん……交くんの話も聞かずに、一方的に怒ったりして……」  
「そんなこと………」  
「わざとじゃなかったんでしょ?」  
「そうだけど………でも、オレが壊したのには変わりないよ……」  
「そう……」  
交の自責の念は未だに晴れないようだった。  
そこで、霧は交に優しくこう言った。  
「……それなら…一つだけ……たった一つだけでいいから、私のお願いを聞いて……それでぜんぶ終わりにしよう…」  
「う、うん……オレ、何でもするよ…tぅ!!!」  
「ありがとう…それじゃあ……」  
そして、霧は”それ”を囁いた。  
「チューしなさい」  
「えっ!!?」  
驚く交の体を、きゅっと抱きしめた。  
そして、おでことおでこが触れ合うほどの至近距離で、霧は目を閉じた。  
やがて、ためらいがちに、優しく触れた小さな唇の感触を、霧は一生忘れないだろうと思った。  
 
それから二人は、壊れた望ロボの部品をゴミの日に出せるように片付けていた。  
「本当にいいの?きりねーちゃん……」  
「いいの。私には偽物の先生なんて、もういらないよ……」  
微笑む霧の顔に、少し前までの辛く悲しげな色合はもう見えなかった。  
霧の胸の奥深くまで届いた温かな思いが、それをかき消したのだ。  
「さあ、交くん、宿直室に戻ろう。先生も戻ってるかもしれないし」  
「うん!」  
そうして、二人は校舎裏の倉庫を後にした。  
ようやく戻ってきた宿直室は無人で、どうやらまだ望は帰って来ていないようだった。  
「先生に、交くんが見つかったって連絡しなくちゃ……」  
望へのメールを送るため、霧はパソコンの前に座る。  
そして、妙な事に気が付いた。  
「ちょっと…交くん…これ、見て……」  
「ど、どうしたの?……って、これは!!?」  
ディスプレイ上に開かれたテキスト、そこには片仮名で八文字、こう書かれていた。  
『 サ ヨ ウ ナ ラ   ノゾム 』  
「もしかして……」  
交は思い出す。  
自分が望に対して『お前は本物の望を元に作られたアンドロイドだ』なんて出まかせを言ってから、  
誰も望に対してそれがウソであるとは教えなかった。  
他の人間ならいざ知らず、騙されやすさでは他に類をみない望である。  
自分が本当にアンドロイドであると思い込んだ可能性は残念ながら否定できない。  
そして、これが望の打った文章なら、ついさっきまで望はここにいたという事だ。  
もし無人の宿直室を見て霧や交の姿を探し始めた望が、校舎裏の倉庫まで辿り着いてさきほどの会話を聞いたのなら……  
『いいの。私には偽物の先生なんて、もういらないよ……』  
交と霧の顔がさーっと青ざめていく。  
「ノゾムーっ!!はやまるなーっ!!!」  
「先生―――っっ!!!!!!」  
血相を変えた二人が、慌てふためきながら宿直室を飛び出していく。  
結局、望が発見されるのは翌朝早く、学校近くのゴミステーションでの事だった………。  
 

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