『Tょレニヵゞリレ→T=〃∋、≠モレヽこ`⊂±せωU〃ゃЙё→∋/ヽヶ〃』  
 
「これ何て読むんですか?」  
二年へ組の担任である絶望、もとい糸色望は、ケータイの画面を開いて教壇に立っていた。  
彼が見下ろす二年へ組の面々は、今日も今日とて曇りガラスのむこう。もうすぐ梅雨なのかレイニーブルー。  
 
「ケータイに表示された文字の解読なら音無さんでしょうか。お願いします」  
と、自らのケータイを見せると、彼女はいつものようにもじもじしながら翻訳文を糸色の携帯電話に送信してくれた。  
そして、「・・・だ、だって無益なまま潰してしまうのももったいないじゃありませんか!」  
液晶に表示されたメールの文章を読み、糸色は叫んだ。  
しかしそこで、彼は以前、もったいない精神から自宅をゴミ屋敷にしてしまった事を思い出し、その後の言葉に詰まる。  
それからは思考のループだった。  
「はい先生!」  
そんな思考を断ち切ったのは、翳る空の色にも負けない快活な少女の声。  
「何物にも価値を見出すのは少し難しいかもしれません。  
ですが、だからこそ私たちで有益にしてあげるのです!  
ここはエロパロ板ですから誰かを祭り上げて一発、殿方を満足させるような事をしてしまえばいいんですよ!」  
「そんな簡単に言って…。で、舞台はここなんですか…?」  
「教室で衆人監視プレイもいいかもしれません。ですがどこで何をしようと自由なんですよ?」  
自分が祭り上げられてしまう可能性は考えているのだろうかと軽く心配しながら、  
糸色は可符香の視線を受け止めた。  
彼女の瞳に恐れの色は全くない。  
 
「分かりました。住人のみなさんのご要望とあればしょうがないですね」  
糸色は盛大なため息をつきながら可符香から目線を逸らした。  
彼女の瞳はまっすぐなのに何を考えているのかさっぱり分からない。  
じっと見つめていると見てはいけないものを見てしまうようで怖くなる。  
「先生は私のこと嫌いなんですか?」  
「嫌いというほどではないですが、苦手であることは確かですね」  
「……私は先生のこと好きなのに」  
思いつめたような可符香の声に糸色は思わず顔を上げた。  
 
「なのに、先生は私を見てくれない」  
可符香は依然として糸色を正面から見据えている。  
だが、その表情はどこか寂しげだった。  
「私を見てください、先生。私と先生なら、きっと、上手くやれると思います。  
だから先生、先生さえ良ければ、私と……」  
一語一語を噛み締めるように、可符香はゆっくりと且つ真剣に訴えかける。  
だがその一方、糸色はどうも深刻な気分にはなれなかった。  
今日の可符香に違和感を覚えていたからだ。  
おかしい、何か違う。普段の彼女ならもっと積極的に――。  
 
このまま祭り上げられる対象は可符香に決まるかと思われた。  
しかしここは教室。ここにいるのは、糸色と可符香だけではないのだ。  
「先生!そういう行為を行う際は、私との関係をきっちりとさせてから、私を選んでください!」  
ぴんと手を伸ばして真っ先に異議を唱えたのは千里だった。  
それに次いで「私と先生は前世からの仲なんですよ?」と教卓の中からまといが声を発し、  
カエレは別人格の楓に替わったらしく、遠目に糸色の姿を切なげな表情で見つめている。  
修羅場になるのは必然と思われたその時であった。  
可符香は素早く糸色の頬に手を添えた。  
そして、可符香の言に何らかのリアクションで抗議を始めた女生徒達や顛末を眺める他の生徒達の眼前で、  
唇を重ねた。柔らかな唇が触れる。一瞬の出来事だった。  
「先生、ここは少し場所が悪いようなので移動しましょう!」  
普段と変わらぬテンションで糸色の腕を強引に引っ張って教室から走り出す。  
だが、糸色の手を握って走る彼女の横顔はほのかに赤く染まっていた。  
「…先生は」  
「な、何ですか?」  
「先生は今度こそ、私を見てくれますか?」  
可符香は前を見つめたままこちらには顔を向けずに問いかけた。  
普段の明るい調子ではなかった。初めて聞く、必死さの滲んだ声。  
繋いだ手は微かに震えている。自分を引っ張って行く腕の細さ、肌の白さがまぶしい。  
糸色は可符香に急速に惹かれている自分に気付いた。  
「もう、目を逸らしは…」  
そうして、授業中の校舎の中を二人で走って行く。  
 
「こっち!」  
可符香は強く腕を引き、階段を駆け上がっていく。  
階上の扉を開いた二人が辿り着いたのは、時計台だ。  
部屋の外に人の気配が感じられないことを確認して、可符香が言う。  
「これでやっと、二人きり、ですね」  
息が少し上がっているものの、疲れた表情など全く見せない。  
 
「そう…ですね……」  
二人は互いに見詰め合う。長く、長く。  
しばらくして、糸色の目が逸れた。  
「えっ…と……」  
糸色の目線の先は、可符香の顔、足、胸、とまるで何かを探すように落ち着かない。  
顔はすっかり紅潮しきっている。  
「……すみません、これから私はどうすればいいのでしょう?」  
「え」  
 
「なるほど、つまり先生はどうて」  
「あー!!今、憐れみの目で見ましたね!」  
糸色は小さく涙を浮かべた。  
「いやだなぁ。その歳で童貞だからといって憐れむはずないじゃないですか。  
むしろ先生は誇りに思うべきですよ。希少ですから」  
可符香本人に悪気はないのだが、その言葉は糸色の胸に突き刺さる。  
「先生、どうかなさいました?」  
「……いいえ」  
「大丈夫。たとえ童貞と処女でも、愛し合う二人に出来ない事など何もありません」  
愛し合う、という言葉に糸色はドキリとした。何故彼女は臆することなく、そんな言葉を  
使えるのだろう。糸色は可符香のまっすぐな心に魅せられた。  
が、糸色のネガティブな思考回路は、まだ不安を生み続ける。  
「……処女だったんですか。ああ、もしも何か間違えてしまったら……」  
一方、可符香のポジティブな思考回路は、希望を以って糸色を勇気づける。  
「構いません。先生がしてくれることなら、何だって、間違いだって喜んで受け入れられます」  
可符香は上目遣いで微笑んだ。  
「さぁ、先生。私に口づけをするなり、私の服を脱がすなり、先生の望むようにすれば  
いいんですよ」  
 

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