黄昏時の小石川区、某高校校舎。  
周辺の住宅地から夕飯のカレーの匂いが漂い始めた頃。  
関内・マリア・太郎はいつものように校内廃棄物置場をひととおりチェックし、  
しかる後校庭の向こうの校舎を見やった。  
視線の先には男性教員更衣室があり、この時間、決まって甚六先生が帰宅前に着替えを行っている。  
 マリアの優れた視力は校庭を挟んでなおはっきりと窓のさなかに甚六先生の姿を捉えていた。  
かつて木津千里の命で無差別に生徒の間の抜けた姿を激写して回った際、  
ただ一人終日微塵の隙も見出せなかったのが甚六先生であった。  
それ以来、マリアはその中年の教師にただならぬ興味を抱いている。この平和ボケも極まった日本で、  
あれほどの隙のなさは極めて珍しかったからである。  
 
 男性教員更衣室。落日の陽光に身をさらしながら、教師甚六はその日の勤務の汗を吸ったシャツを脱ぎ捨てようとしていた。  
しかし一刹那、肩口に突き刺さる、陽光とは違った温度を持った気配−。  
それが自らに向けられる何者かの視線であると脳が知覚するより先に、甚六はカーテンを引き、視線を遮断していた。  
『現役』時代のごとく地面に伏せたりはしない。  
かつてさんざん味わった赤外線スコープのポイントの無機質な殺気とは違い、害意を感じられなかったためだ。  
ここは戦場ではない、平和が当たり前の日本なのだ。  
 だが、その視線の気配には覚えがあった。  
糸色先生のクラスの、褐色の肌の娘だ。  
関内・マリア・太郎と言ったか。  
どういうわけか自分はあの異国の少女の興味を引いたらしい。  
あの娘の出身は東亜細亜の某国と聞く。  
確かに私も興味を抱かずにはいられないよ、なにせあの国は‥。  
甚六はそこまで考えるとロッカーの鏡に写った己の顔を見、  
普段その身に纏わせている頼りなさげな佇まいが飛んでしまっていることに苦笑した。  
私の自己韜晦の仮面も薄くなったものだ‥。  
着替えのシャツをロッカーから取り出し、袖を通す。  
本性は注意深く隠してしまわねばならない。  
この平穏な生活こそが、今の自分の日常なのだから。  
 その体には日本の平穏な日常とは到底相容れないものが刻まれていた。  
背に見事な和彫りの般若面。  
そして胸には『仁義』の二文字。自らの、栄光と戦慄の時代の記憶であった。  
 甚六は唇をゆがめると襟を整え、空腹であったことに気づく。  
そうだ、ラーメンでも食べて帰ろうか‥あの店、糸色先生に紹介したが、食べに行ったかな‥?  
 
 「ん−、甚六鋭イ!」  
 マリアは眉をしかめながらぴょん、と廃棄物のテレビから飛び降りると、校門に向かって走り出した。  
同じ国からやってきた友達の待つ下町の部屋に帰るのだ。今日は『仕事』の日でもあった。  
 
 小石川区、某下町。  
狭い路地が入り組むさなか、個人営業の商店や町工場もちらほら点在する、木造の家屋の多い一画である。  
賃貸の値段も相応に安く、出稼ぎの外国人労働者などが共同生活するにはうってつけの地区でもあった。  
関内・マリア・太郎の住居は、その下町の雑居ビルにあった。  
 「おかえり、マリアちゃん」  
 傷んだドアを開けたマリアを出迎えたのは、ともにこの国に不法入国した同居人ではなく、  
クラスメイトの風浦可符香であった。  
勝手知った様子で、狭い部屋にたたずんでいる。  
 「今日もお客さん、連れて来たよ」  
 「うん、アリガト」  
 「あの子は、別のところでお仕事してるよ」  
 「うん」  
 可符香に朗らかに答え、マリアは素足の裏をタオルで拭き、ささくれた畳の部屋に上がる。  
可符香の陰に座る小太りの、スキンヘッドの眼鏡の男を見てにっこり笑った。  
 「じゃあ私はこれで‥、お金はマリアちゃんのぶん、忘れずに貰ってね」  
 「うん、マリア感謝してル‥。あの国にいた時より、ずっトまし。みんな優しい!」  
可符香はローファーを履くと、振り返らずにドアを開けた。  
 「それはマリアちゃんが可愛いからだよ‥。じゃあ、前田さん、あとごゆっくり」  
その表情は窺い知れなかった。  
ドアが閉じられると、前田と呼ばれた男は鼻息も荒く、マリアに迫ってきた。  
 
 密入国後知り合った可符香の紹介してくれた商売がこれだった。  
 「ままっま‥マリアちゃん‥結構僕、順番待ったんだよ‥!」  
 前田は粘つく汗を滴らせ、マリアを背から抱きすくめる。  
お腹をごつごつした手で撫でさすり、首筋に舌を這わせ始めた。  
 「うわぁ、マリアちゃん、お日様の匂いがするよぉ」  
 「あわてルな、ふふ‥くすぐったいナ」  
 前田はシルエットは未熟だが、よく運動してしなやかな童女の柔肉の感触を楽しみつつ、擦り切れたセーラー服をたくし上げた。  
わずかに浮いたあばら骨に頬よせて高まる少女の動悸を味わいながら、あらわになった乳首をつまみ、はじき、指の腹で転がす。  
 「ふぁあ‥」  
あどけない少女の瑞々しい唇から嬌声が漏れる。前田は片手で薄い胸を玩びながら膝をつくと、紺のプリーツスカートを捲りあげた。  
 「マリアちゃん、はいてないんだね‥。それにつるっつるだ」  
 スカートに頭を突っ込んだ前田は、マリアの無垢な部分に夢中になった。  
ぷっくりした下腹の弾力を舌で確かめながら指をそろそろと下に這わせてゆく。  
やがて未熟な割れ目を探し当てると、そこはしっとりと濡れていた。  
やわらかな媚肉を丁寧に押し広げ真ん中の小さなつぼみを剥き出しにしてやる。  
綺麗な桜色の襞なかにぷっくりとふくらむそれは、たまらなく卑猥だった。  
少女は身をよじり、いささか舌っ足らずな発音であえぐ。  
 「そ、そコ、は‥」  
 指でつまんでやると、「きゃんっ!」マリアの口からひときわ高い嬌声が洩れた。  
抵抗なく吸い込まれた指が膣内をかき回す度、かぼそい肢体がふるえ、のけぞる。  
やがてその身を軽く痙攣させながら、立っていられなくなったマリアは前田の足元に膝からくず折れた。  
 
 「んぅ、ふー、お前、上手だナ‥」  
 マリアはすっかり快楽に潤んだ瞳で微笑むと男のベルトをはずし始めた。  
前田のふくらんだ下着をあらわにさせると、裾から手を突っ込み、既にはちきれそうになっている男根をきゅっと掴む。  
緩やかに上下させながら、鼻先を下着に包まれた亀頭の裏に押し当てた。前田が呻く。  
たっぷり唾液をのせた舌で舐めあげながら、空いた手で睾丸を転がし、  
やがて下着の上端を噛むと、美味しい獲物の皮を噛み剥ぐ猫科の獣のように引きおろした。  
 「おっきいな、お前‥、それに、イイにおい」  
 壁に寄りかかって座り込んだ前田に八重歯を覗かせて舌なめずりすると、マリアは限界まで怒張した肉茎を躊躇いなく咥えこんだ。  
可憐な唇がこれほど広がるものか、太い肉棒を半ばまで飲み込むと、四つん這いになって首を前後に動かし始める。  
背骨のばねを使いリズミカルに肉棒を口内でしごきあげながら、舌を暴れさせることも忘れない。  
粘液質の音が狭い部屋に響き、お互いの鼻息と喘鳴が耳に残る。  
マリアはもみしだく睾丸の上がってゆく感触から、射精が近いことを覚った。  
首をひねって媚びた視線を頭上の男に送りつつ、マリアは膨張する亀頭の先走りを吸い上げ飲み、  
とどめに尿道口に舌先をねじ込み、転がした。  
 「ま、マリアちゃん、も、もう出るよっ!」  
前田はあまりの快感に情けない声を上げながら、少女の頭を引き寄せ、その喉奥に白濁した欲望をぶちまけた。  
 「ん〜、んんぅ‥うぅ」  
マリアはくぐもった嬌声を上げながら、目を細めて口内の精液を喉を鳴らして飲み下す。ずるり、と萎えない肉棒から唇を離すと、  
 「美味しかっタぞ‥」  
ちゅ、と亀頭に甘く口付けた。  
 
 「信じられないくらい、気持ちよかったよ、マリアちゃん‥。君みたいなちいさなコが、こんなに上手いなんて」  
マリアのような年端もゆかない少女が娼婦も裸足の技術で男に快楽を与えているということが、どんな意味を持つことなのか。  
 「みんな、そう言っテくれる、日本人優しい!」  
前田にとってはその事実はただ性感を高めるものに過ぎない。  
事実の原因については想像もできないだろう。  
 「マリア、日本に来る前、しばらくこうやってお金貰ってタ。だから、上手ダヨ」  
 「え‥?」  
その言葉の意味が頭に浮かぶ前に、  
 「挿れないのカ‥?」  
いつのまにか膝に跨っている少女に囁かれると、男のとぼしい理性は即座に蒸発した。  
 
前田がもう十分に濡れた幼い性器に肉棒をあてがった刹那、薄い扉が蹴破られた。  
何が起こったのか、脳が凍っている時、膝の上の少女はぴょんと部屋の奥がわに飛びのいていた。  
乱れたセーラー服をぱっと直す。  
 「ダレだ、お前ら!?」  
 そこにはおよそ社会的な職業に従事しているとは言いがたい男たちが立っていた。  
身に纏わせた爛れ荒んだたたずまいが、彼らが暴力にまつわる生業であると告げている。  
男たちはモヒカン、金髪、小太りの三人組だった。  
一人が土足で畳に上がる。金髪のその男は、うろたえる前田の頭にいきなり踵を叩き込んだ。  
 「いぎっ!」  
 「この辺でウチに断りなく商売なさっている方がいると聞いてね‥お嬢さんが元締めってわけじゃぁないようだが」  
 最後に部屋に入ってきた一番偉そうな態度のモヒカンが顎をしゃくると、他の二人が前田に拳足を浴びせる。  
 「まぁそいつも、客取ってる女も連れてきてシメろ、ってね、まぁ若頭が言うもんでね」  
 マリアは男が言い終わる前に窓から飛び出していた。  
男たちは密林の狭間にあった故郷を焼き討ちした奴らほど剣呑ではなかったが、危険である事はにおいでわかるのだ。  
マリアは路地に転げ出ると裾を翻し、闇に包まれ始めた下町の迷路を駆け出した。  
すぐ後ろから逃がすな、という怒声と足音が聞こえてくる。  
 逃げる。あの時と同じだナ、マリアはそう思った。  
 
下町のラーメン屋の狭い店内は常連客でぎっしりだった。  
客の人種もさまざまで、大半は近くで就業する労働者だ。  
 (腹がすいた時に食いたいものを食べられる。そんな当たり前のことが、昔は想像も出来なかったな)  
 麺を腹に収め箸を置き、残ったスープを啜りながら、甚六は過去を振りかえっていた。  
傭兵部隊に属し、一隊を率いて戦った日々を。  
砂漠。市街地。寒冷地。正規軍、テロリスト、反乱軍。  
様々な場所、状況で、あらゆる武器を用い、あらゆる敵と戦った。  
任務が優先される戦場。血と鉄、泥と草。雪と岩。砂と風‥。  
おちおち飯を食ってもいられなかった。  
オレンヂロードの単行本一冊で一個小隊を相手取った事もあった。  
そう、そして忘れもしない、密林でのゲリラとの戦い‥。  
最後の戦場、東亜細亜某国。  
 あの国は最悪の状況にあった。反政府ゲリラが跋扈し、治安は最低。内乱で経済が混乱し貧困が常態化。  
衛生状態と食料流通の悪化で国民は疲弊しきっていた。  
痩せ細った子供たちを見るたび、胸が痛んだものだ。  
 政府の依頼はゲリラの一部隊の奇襲、殲滅だった。  
それはほぼ成功しかけたが‥取り逃がした少数のゲリラが密林の村に逃げ込んだ。  
そこで奴等は村を抵抗拠点化するために‥住民を虐殺し、家を焼いたのだ。  
私のチームは逃げ惑う住民に混じってゲリラを倒していった。そして奴等の生き残りが最後に立て篭もった家で‥。  
 「甚六先生!」  
その声でふいに過去から引き戻された。カウンター席の角に、少女が立っている。  
 「君は‥確か糸色先生のクラスの」  
 風浦可符香。愛らしげな容貌だがその名は偽名(ペンネーム)。  
人種国籍の特定不能。  
担任教師糸色望との特別かつ複雑な関係。  
背後の人脈、資金力、情報収集能力、いずれも‥。  
かつての職業柄か、茫洋とした表情は取り繕ったまま一瞬で相手の情報をひとさらいする。  
ところが不意の客は一人ではなかった。  
小柄な、そうちょうど関内・マリア・太郎のような背格好の、短髪の浅黒い肌の少女が連れ立っていた。  
手に布にくるんだ何か筒状のものを持っている。甚六はそれも銃であると一瞬で見抜く。  
可符香が口を開いた。  
 「助けて頂けませんか?」  
 
 走る。走る。マリアのしなやかな体は、夜の闇を自在に駆けた。  
けれども、かなり鍛えた連中なのか、男たちは少女に追いすがる。  
そんな危険の中で、マリアはしかし楽観していた。不法入国者を取り締まる官憲との追いかけっこには慣れている。  
舗装された道は平坦で走りやすい。ブッシュで皮膚を裂かれることもない。  
家を焼く炎が呼吸を奪う事もない。銃弾や弓矢も飛んでこない。  
足元を毒蛇が這う事もないし、何よりここは夜でも明かりがある‥。  
だが、狭い角から通りに矢のように入りざま、車の明かりが視界を覆った。  
 「ワッ」  
 咄嗟に身を捻り、地面を蹴る。急制動と怒声。  
運転者は地面に転がったマリアを罵ると、車を発進させ走り去ってゆく。  
幸い膝を擦りむく程度で大事はなかったが、  
「手こずらせやがって‥」  
追いついた男たちに囲まれていた。  
 
 いわゆる『事務所』と呼ばれる建物‥。小石川区一帯に根を張る、指定暴力団といわれる組織の所有物件。  
三階建てのそのビルの奥まった一室であった。神棚の下に刀が飾られた殺風景な寝室で、数人の刺青の男たちが褐色の肌の少女に群がっていた。  
 セーラー服が乱暴に引き剥がされ、複数の手が無遠慮に体中を撫で回してゆく。  
はじめは抗ったマリアだったが、後ろ手に革のベルトのようなもので拘束されると、抵抗をやめた。  
 (ゲリラが家に来た時と同じだナ‥すごく痛くて怖くテ‥でもあの時よりはましダナ‥)  
少なくとも今回は、誰も目の前で殺されたりはしないのだから。  
   
 「コラ、セーラー服脱がすんじゃねぇよ」  
 「さすがにこの年頃のは初めてだぜオイ」  
 男たちはマリアの未成熟な肢体に倒錯した欲情を剥き出しにしていた。  
ベッドに少女を転がすと、金髪の男が早速勃起した肉棒をマリアのふっくらした頬に擦り付ける。  
小太りの男が鼻息も荒くおなかを舐め回し、  
モヒカンの男が太ももに肉棒を挟みつけ、動かし始めた。  
 「や、柔らけぇ」  
金髪は我慢できなくなったのか、少女の唇を押し開くと肉棒をねじ込んだ。  
仰のけに転がるマリアのおとがいを反らし、まるで膣を犯すように喉奥をめがけて腰を前後させる。  
小太りがちいさな肉ひだを押し開いて舌を暴れさせ、モヒカンが引き締まった尻の奥のすぼまりを指でほぐし始めると、  
マリアの体から力が抜け始め、褐色の肌もほんのり上気してきた。  
 「何だこいつ、感じてやがんのか」  
 「そりゃあこのナリで客とってたんだ。もう十分女の体だぜ」  
うるさく感想を漏らしながら男たちは少女の体の感触を味わう。  
やがて頃はよしと、小太りは仰向けに寝た自分にマリアを跨らせる。  
肉茎を膣にあてがうとかぼそい腰に手を回し、一気に引き寄せいきなり奥まで貫いた。  
 「にゅあッ」  
 相手のことなどお構いなしの一方的な腰使いで、小太りはマリアの狭い膣から快楽を貪り取った。  
その間ずっとモヒカンの指が尻穴をかき回す。  
やがてそれも肉棒に換わり、モヒカンは手馴れた様子で小太りと呼吸を合わせて文字通り少女の穴を嬲りになぶる。  
マリアは呼吸も詰まるほどの快感の波に翻弄されながら、一方で落ち着いてきた。  
 (あの時も同じようにされタ‥殺されると思っタヨ‥でも今は‥)  
 自分に欲情するこの男達と同じように快楽に身をゆだねてしまえばいい。  
過去において何度もそうしなければ生きていられなかった経験から来る、それは哀しい防衛本能なのかも知れないが。  
 
いきなり髪を掴まれる。金髪が喉元に肉棒を突きつけてきた。  
マリアは見上げて笑うと、ちいさな唇をいっぱいに拡げてそれを飲み込んだ。  
 「こ、このガキ、マジでヤベェ」  
 「な何だ、マジモンのド淫乱かよ、へへ」  
 全身で媚を示すかのように腰をくねらせ、欲情に濁った眼で男を見上げ、肉棒に口を塞がれ声は出せぬかわりに猫のように鼻を鳴らしてみせる。  
マリアの非凡な体の芯の筋肉は腰のうねりとともに肉穴の襞に微妙な運動を与え、いつしか男たちの欲望を自在に翻弄し始めた。  
 女の体の扱いに慣れたはずの男たちはまるで底なしの沼のような、童女の魔性の肉壷にすっかり絡め取られていた。  
 「す、凄ぇ、どうなってんだ」  
精力には自信があったはずの自分が、どうしてもう限界の手前にいるのか。  
男どもにそんな疑問がふと浮かんだが、今はこの柔肉を貪るのが全てに優先する。  
夢中で腰を振るうち、やがて三人は限界に達した。  
 「あひ、駄目だ射精るっ」  
腰を使いながら、綺麗な桃色の乳首を吸っていた小太りが情けない息を漏らしてマリアの膣内に精を放った。  
同時にモヒカンも尻肉をわしづかみにして、直腸の奥に精液をぶちまける。  
 「んゥ、あはッ、あぁアッ‥」  
マリアは背骨をそらせ、走り抜ける絶頂感に脳髄を焼かれながら、口内の肉棒に最後の愛撫を加える。  
ちゅぽんと吐き出した肉棒からのほとばしりを、あどけない顔に受け止めた。上気したふるえる肌を、精液が白く汚してゆく。  
 
 
 たった一度づつ射精した程度でどうしてこれほど疲れるのか、男たちはあるいはへたりこみ、あるいはベッドに大の字になっていた。  
いまだ手を拘束されたマリアはゆっくり上体を起こすと、部屋の隅で一部始終を冷ややかに眺めていた男に話しかけた。  
 「お前は、しないのカ?」  
 「私は幼女を性的に愛好する趣味はなくてね‥。まぁ君には少々驚かされたが」  
モヒカンたちから『若頭』と呼ばれていた男は撫で付けた髪を掻き揚げながら気取った口調で返答する。  
 「そんな事より、君に客を紹介していた人物の事を教えて貰えないかね?我々の世界で言うところのしめしをつけねばならないんだよ」  
 マリアには可符香のことかとすぐに思い当たったが、答えは最初から決まっている。  
 「ヤダ!」  
若頭はため息をつくと、ベッドに歩み寄って部下の尻を蹴飛ばした。  
 「お前ら、何時まで寝てやがるんだ!今度はきっちり仕事をするんだよ!吐かせろ!」  
飛び起きた男たちは衣服をなおし、そうした拷問に使う道具を取り出そうとキャビネットに寄ろうとした。  
その刹那、分厚いはずの部屋のドアが蹴破られ、轟音とともに床に倒れ落ちた。  
 ゆっくりと扉のあった場所をくぐって現れたのは、疲れた肩を安物のスーツに包んだ‥冴えない中年だった。  
 「甚六!」  
 
甚六はドアのあった場所をくぐると、自らの名を呼んだ少女の姿を確認する。  
 (あの時もゲリラに気取られぬよう家屋に侵入するのは容易だった。  
だがそこで観たものは自暴自棄になったゲリラが住人を殺し、その家族であろう娘達を陵辱している光景だった。  
怒りに我を忘れた私達は、ゲリラを文字通り殺戮した)  
 その時生き残った少女達を保護しようとした時、物陰に潜んでいた生き残りに甚六は撃たれたのだ。  
幸いヘルメットを貫通して威力が減殺した弾丸は致命傷にはならなかったが、混乱のさなか少女たちは逃げ散ってしまった。  
部下の話では、二人の少女のうち片方が、ゲリラの銃を拾って逃げたと言う。  
その時受けた弾丸は、つい最近まで甚六の頭に入っていたのだ。  
 (あの負傷で私は引退を決めた。あの少女たちを保護できず、結局救えなかったからでもある‥。  
だが皮肉なものだ‥平穏なはずの日本でふたたび似たような光景を見ることになるとは)  
次いで首を廻らし、室内の諸情報を一瞬で把握する。  
くぐったドアは壁の右隅。正面隅にベッド。部屋は一辺8メートルほどの広さ。  
高めの天井。窓、照明の位置。そして、敵の位置。自分の左前方に三人の男、部屋の奥対角の位置、神棚の下にもうひとり。  
 「何だジジイ!」  
 「どうやって入って来た!?誰かいねえか!!」  
凄むモヒカンどもに、甚六は極めて平静に返答する。  
 「他のみなさんはゆっくり眠ってもらっています」  
 「あ?」  
 一瞬、その意味を理解するために男達の表情が止まる。  
その一拍ひと呼吸の間隙に、甚六は数メートルの間を一足で詰め、正面のモヒカンの喉を指拳で射抜いていた。  
悲鳴が上がるより速く金的に膝を叩き込む。  
くず折れる男の耳と頭髪を掴んで首を捻り、横を向いた顎に膝を叩きつけた。  
首がありえない方向まで回転し、床に転がったモヒカンは痙攣の後動かなくなった。  
 仲間が瞬きの間に無力化させられたのを目の当たりにし、さすがに小太りと金髪も自分達の商売の本分を思い出す。  
彼らも腕に覚えの格闘技術の熟練者だった。  
だが甚六の動きは彼らの経験と反応を異次元の領域で上回った。  
甚六は二人の動きが起こるより速く一歩で金髪のみを相手取る位置を占めざま、下段の横蹴りで金髪の膝関節を蹴り抜く。  
蹴り足を引かずに足甲を踏み潰し、同時に指を立てた掌底で顎を打ち上げ、眼球を抉った。  
たまらず上体をそらし仰け反った金髪の剥き出しになった鳩尾を、腰の回転と体重移動を十分に効かせた縦拳で刺し貫き、  
そのまま背後の小太りに向け吹き飛ばした。  
 戦闘力を喪失した仲間の体を抱きとめる形になった小太りは、眼前に迫る甚六の拳に反応できなかった。  
鼻の下の急所を精確に打ち抜かれ、後頭部から床に激突し、血泡を吹いて昏倒する。  
部屋の入り口に立ってから三人を倒すまで、その間30秒と経ってはいまい。  
 三人の体をふわりと越え、甚六は部屋に入って来たときと同じように若頭の前に立った。  
   
 「なるほど剣呑剣呑。冴えない中年男がこれはとんだ人間凶器だ」  
 若頭は一方的な立ち回りの間に、神棚の下の日本刀を抜き放っていた。  
天井の高いこの部屋は武器の取り回しに支障はない。  
つい、とベッドのマリアを見やる。  
軽口を叩きはしたが、彼は内心眼前の化け物じみた中年男を相手にこの娘を確保するのは諦めていた。  
他の部屋や階下の部下達がこの部屋の喧騒を聞きつけた気配はない。  
この中年の言うとおり全員おねんねさせられたってわけか。  
暴力の世界に生きて初めて遭遇する、人知を超えた戦力だった。  
なにしろこの部屋にたどり着くまでに行われた闘争の気配が、部屋にいた自分達に全く感じられなかったのだから。  
とあらば己の生命を全うするため、久々に生き死にの斬り合いをせんのみ。  
その見切りの潔さと覚悟を決めたときの勝負強さが、彼をしてその地位にあらしめたのかも知れぬ。  
若頭は臍下丹田に気合を込めると、切っ先を対手の左目につけ、半身に構えた。  
 一変した空気を敏感に察したマリアは、ベッドから飛び降りると甚六の背後に走る。  
普段と容貌は変わらぬものの内に何かを漲らせた甚六に、普段自分が抱いていた疑問に確信を新たにする。  
 (やっぱり甚六、普通じゃなかっタよ)  
同時に、別の疑問も浮かんでいた。そのたたずまいに既視感があった。  
 (甚六‥ひょっとシテ‥?)  
 
通常、刃物とは恐ろしい武器である。  
肉体の何処に当たっても皮を破り肉を裂き、僅かな傷であっても戦闘能力は確実に減退する。  
ましてや若頭の得物は日本刀である。  
刃筋を立てる技術を持った熟練者が振るうそれは、手・足・首・胴、人体のどのような部位でも両断できるのだ。  
甚六の見るところその身構えの品格・呼吸、切先にこもる気圧、相手は相当な遣い手のようであった。  
相応のやり方が必要のようだ。  
 甚六は僅かに右足を前に出し、間を整えながら口を開いた。  
 「この子の商売の情報を誰から知ったのかね?」  
 「もともとあのあたりにはウチを通さない立ちんぼやら売人やらが結構いてね。何せ外人の割合が多いんだ」  
甚六はかすかに抱いていた疑問を確認するためさらに問いかける。  
 「匿名のタレコミがあったのではないのかね?」  
 「‥会った事はないがな」  
 それだけ聞けば十分であった。  
先ほどの立ち回りで示した戦力を背景に場の空気に圧力を掛け、会話から必要な情報を引き出す。  
一種の合気術であった。  
若頭は必要のないことまで喋らされた事に気づいていない。  
 「ではそろそろ」  
甚六はまるで眠り猫のような半眼で若頭を見るともなく見据えた。  
 
 じわり。若頭は切先の向こうにいる中年男の輪郭がぼやけ、気配が膨れ上がるのを感じた。  
来るか?間合いが混乱する。  
間とはお互いの身体状況−構え、呼吸、拍子−が相互に関係することで変化する相対的・流動的なものである。  
単なる距離ではないのだ。  
単に右足を出して立っているだけの相手を、そうした感覚で図りかねていた。  
奴にはそうした情報は何もない。呼吸も、リズムも全くの無だ。  
変化未然の圧力のみが、こちらの存在を侵食してくる。  
焦りとともに、気力と体力が凄まじい速さで削ぎ取られてゆく。  
 
 やがてついにそれに耐えられなくなった若頭は自分から仕掛けることに腹を決めた。  
だがその思考そのものが甚六に釣り出されたものであることには気がつかない。  
 「チェェェェイ!!!!」  
若頭は裂帛の気合とともに踏み込みながら構えを上段に変化させ、甚六に袈裟に打ち込んでいた。  
 甚六は若頭の踏み込みより一刹那前にその太刀道の内側に入り込み、頭上に迫る白刃の柄中を受け止める。  
同時に相手の肘を突き上げて極めながら正中線を崩して体を浮き上がらせ、真下に投げ落としざま太刀を奪い取っていた。  
全てひと拍子に行われたそれこそは、至極の絶技・無刀取り。  
電瞬の攻防の決着は、寸毫の一瞬であった。  
 「片付きましたね‥。関内君、大丈夫ですか?」  
息も乱していない甚六が刀を放り、立ち上がってマリアを見た。  
 
 脳天から床に激突した若頭は息はあった。頚椎がずれ、体は動かない。  
何が起こったか理解できず、片腕はあらぬ方向に曲がっていた。  
ただ一言、やっと口にする。  
 「てめ‥何‥もの」  
 「ただの教職員ですよ‥前職は『砂漠のネリ消し』ですがね。お大事に」  
若頭は、その珍妙な名前が伝説の特殊部隊の名であることに思い至る前に、意識を失った。  
 
 「甚六!」  
 マリアが抱きついてくる。  
甚六は取り合えずハンカチを取り出し、体の白濁をふき取ってやり、スーツの上着をかぶせてやる。  
そのときマリアは、甚六の背後で金髪の下敷きになった小太りが震える手で短銃を向けているのを見た。  
 「アッ!」  
銃声が響いた。  
 
小太りの腕は、銃弾に打ち抜かれていた。  
過去と同じ状況で同じ過ちを繰り返しそうになり、今度は助けられるとは。  
甚六は自嘲気味に笑うと小太りの顔面を踏み抜いて止めを刺す。  
そして振り返り、ドアのほうを見た。  
そこには旧式のライフルを手にしたマリアと同じ肌の色の短髪の少女が立っていた。  
 少女よりも、その銃に見覚えがあった。  
あの時のゲリラが使っていた物に間違いない。  
銃を持って逃げた子供。  
あの国。あの人種。そして年格好‥。  
少女はマリアの友達のようで、抱き合ってくるくる回っている。  
 (では‥この子達は‥あの時の)  
 甚六は笑った。運命の巡り合わせとはなんとも面白いことか。  
甚六はひとしきり笑うと、少女たちの頭をなでる。  
 「さぁ、帰りましょうか」  
 
 事務所ビルを後にして、下町の路上。  
可符香の家に行くという少女たちを送る道すがら。  
 「関内君‥君たちは普段はあんな商売を」  
一応教師の身ではある。そんな台詞が出た。  
 「んー‥デモそうしないと生きて来れなかっタヨ‥。村から逃げて、町に隠れテ‥何年も何年もマリアたち、そうやって生きてタ」  
想像していた答えだった。自分とて人を殺める商売をしていた身だ。何が言えようか。  
 「そうか‥日本では自分で?」  
 「ううん、友達の紹介ダヨ」  
甚六の中で、ひとつのパズルが組みあがる。  
だがそれは、彼女たちに言うべきことではないのだろう。  
 マリアが、じっとこっちを見ていた。  
 「甚六‥それ、なんて読むんダ?」  
甚六は若頭を倒した際、ワイシャツのボタンが飛んでいたことに気づいた。  
胸の『仁義』の二字があらわになっている。  
 「じんぎ‥慈愛の心をもって、正しい行いを心がける事」  
 「ふぅン‥」  
 側頭部の古傷−弾痕にマリアの視線を感じた。  
眼が合う。  
澄んだ少女の目には、何かが浮かんでいた。  
それは疑問が解消された時の子供が浮かべるたぐいのものであった。  
ふいに、マリアが跳びついてくる。  
腕が首に回され、お日様のにおいが甚六の鼻腔をくすぐった。  
頬にやわらかなものが押し当てられる。  
 「やっぱり、甚六優しい!アリガト!」  
 マリアはぴょんと飛び降りると、傍らの友達を促して駆け出した。  
やがてちいさな二つの影は、夜の闇に溶けてゆく。  
甚六は少女の唇の温度が残る頬を撫でると、振り返り、歩き出した。  
彼にも今では帰る家があるのだった。  
   
 いくらも歩かぬうち、甚六はとある電柱の前で足を止める。  
その影に少女がたたずんでいた。  
電灯の明かりは弱く、表情は定かではないが、髪留めが僅かな光を反射して鈍く輝いている。  
 「お疲れ様でした、甚六先生。お怪我が無くて何よりです」  
 「あの組はもうお仕舞いだよ‥。たいしたものだよ、あの子達を囮に使って私に暴力団を叩き潰させるとはね」  
 「囮?いやだなぁ、小石川区の治安とクラスメイトの安全のためですよ。市民として当然の義務ですよ」  
その口調に狼狽のきざしは無い。  
甚六はきゅっと唇を歪めると、言葉をつないだ。  
 「関内君たちに客を斡旋していたのは君ではないのかね‥?また若頭が言うには匿名のタレコミがあったそうだよ‥。  
 これで君の商売はやりやすくなるという事かな」  
 「‥」  
 少女の顔は、笑っていたか、どうか。  
 甚六は追求をやめた。  
自分もまた、秘めておきたい過去を持つ身だ。  
あるいはこの少女もそうなのかもしれない。   
甚六は明かりに背を向ける。  
その背は、いつもの頼りない中年男のそれに戻っていた。  
 「あの子達は君の家に行くと言っていた。友達なんだろう?大切にしてやってくれ。関内君に制服を頼むよ」  
 「わかりました。先生ごきげんよう」  
背後の少女の気配が消えるのを確認する。  
ため息をひとつつくと、男もまた闇に溶けていった。  
 
                                    『ZIN義6B戦記』 了  
 

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