「ええと、明日は常月さんのお宅に家庭訪問したいと思います」  
 
望は教壇に立ちながら、教壇の下にいるまといに言った。  
最初はびっくりしたような表情をしたまといも、みるみるうちに笑顔になる。  
あからさまにその視線を避けながら、望はプリントをまといに渡した。  
 
「今日中に地図を書いて提出して下さい、あとは…特に連絡事項はないです」  
 
千理の号令で朝のHRが終わる。  
悲しむ臼井だが、誰も気付かない。  
職員室に戻る望の後ろに、くっついて行くまとい。  
底無しの笑顔が、少女の喜びを示していた。  
あまり期待されても困る望は、注意を呼び掛ける。  
 
「あ、あの、常月さん。私は、貴女の親御さんに会いに行くのですからね」  
「はい」  
「決して、貴女に会いに行くわけではありませんよ」  
「えぇ、よく存じ上げてます」  
 
いやに素直なまといに不気味さも感じるが、企みは分からない。  
どうすることもできない望。  
放課後に、黙ってまといから地図を受け取った。  
 
翌日の朝。  
普通なら休日の土曜日だが、望は出掛ける準備をする。  
目指すのは、もちろんま  
といの家。  
 
木漏れ日の射す階段を上り、曲がり角に突き当たる。  
右に向かい地図に目を向けた。  
方向は間違っていない。  
ついでに、後ろを振り返った。  
今日は、ディープラブ少女がいない。  
何となく背中に寂しさを感じたが、気にせず進む。  
ある程度歩いて行き、表札が見えた。  
珍しい苗字の、常月の文字。  
玄関に歩いて行き、インターホンを押そうとすると。  
突然ドアが開いた。  
ドアの隙間から顔を覗かせたのは、先程いないことを確認した少女。  
望の姿を見るなり、ニコリと笑いかける。  
 
「お待ちしていました、先生」  
「こ、こんにちは、常月さん。よく来たのが分かりましたね…」  
「先生がいらっしゃるのを、ずっと見てましたから」  
 
そう言うと、望に取り付けた発信機の受信機を大事そうに抱えた。  
望は何も見ていないふりをして、家の中に入れさせてもらう。  
中に入ると、自分によく似た人の写真を見付けた。  
縄を輪の形に結び、どんよりとした表情をしている。  
 
「って、私じゃないですか!」  
「まだありますよ?」  
 
奥に招かれて入ると、家の中の至る所に望の写真がある。  
しかも、汚れないように額縁に入れて。  
最初は驚いていた望も。  
居間に通されたときには、もう慣れていた。  
机の前に座り、まといが煎れたお茶を啜る。  
そうして、周りをキョロキョロと見渡した。  
 
「ところで常月さん、親御さんはどちらに?」  
「それが先生、両親は今、旅行中なんです」  
「えっ…!?」  
「先生が突然家庭訪問などとおっしゃるので、伝えることができませんでした」  
「いや、昨日伝えたではありませんか!!」  
 
素知らぬ顔で微笑む少女。  
望は、その悪戯っ子の心境を、完全に悟った。  
自分は嵌められたのだと。  
最初から二人きりになるのが目的だったのか。  
だからこそ、昨日はあんなにも素直だったのだ。  
全てを理解すると、望は急に力が抜けた。  
どちらかと言えば、緊張が抜けた感覚。  
張り切っていたのに、空振りさせられた気分。  
じと目で見つめていたが、少女はうっとりとした表情をするだけで。  
このままでは埒があかない。  
 
「…それでは、仕方ありませんね。では、取りあえず、常月さんの勉強部屋だけ見せてもらえますか?」  
「勉強、部屋ですか?」  
「はい。普段どのような環境で勉強してらっしゃるのかだけ確認させて下さい」  
「分かりました」  
 
正面に座っていたまといが立ち上がる。  
着こなした着物がゆらり揺れて、望を誘う。  
後に続いて、まといに付いていく。  
いつもと立場が逆で、普段は見ることのないまといの後ろ姿を眺める。  
室内では厚底の靴も履けず、少女の小柄さが露呈している。  
浮かれて歩いて行く小さなまといに、可愛らしさを感じた。  
部屋に着いたのか、ドアの前でまといが立ち止まる。  
望は思考を切り替えて、まといを見た。  
 
「ここです、先生」  
 
まといがゆっくりと開いたドアの先。  
それは、望には堪え難い環境だった。  
一面に張り詰められた写真。  
捨てたはずのレシート。  
使うことのなかった七輪。  
千切れたロープ。  
まさに、ストーカーの部屋で。  
あちこちから自分を見つめてくる自分に、目眩がする。  
 
「な、なんですか!?これは…」  
「私の宝物です」  
 
そうして愛おしそうに、写真を見渡すまとい。  
ざっ、と部屋を見渡したその視線は、最終的に本物に向けられていた。  
自分を見つめている少女の視線から逃れようと、望は部屋の中に進み込んだ。  
しかし、どこを向いても自分に縁のあるものばかりで。  
とても、落ち着くこともできない。  
そのまま部屋の中を佇んでいるとまといが。  
 
「先生、お茶を煎れ直してきますので、ゆっくりとしていて下さい」  
 
望の返事も聞かずに、部屋を出ていくまとい。  
一瞬、もうお暇しようと思って止めようとしたが。  
少女の浮かれた表情を見ると、気が引けて。  
戸惑う。  
別に、この後用事があるわけではないと、自分を納得させて。  
まといの部屋のベッドに腰掛けた。  
手持ち無沙汰となり、無駄な時間を過ごす望。  
自分一色に染められているまといの部屋を見渡す。  
よくもまぁ、ここまで集めたものだ、と少しだけ感心した。  
けれど、同時に彼女ならやりかねないと、妙に納得してしまう。  
ふと、あるものを見つけた。  
それは、とても懐かしいもので。  
無くしたと勘違いしていた。  
古ぼけた眼鏡。  
亡霊に持って行かれたのだと、考えていた。  
今、ここにあるのは。  
やはり、あの少女の行動によるものだろう。  
それを手に取り、眺めていると、まといが部屋に帰ってきていた。  
 
「その眼鏡、先生とお揃いなんですよ」  
 
そりゃあ、私の眼鏡を取ったんですから、と言おうとしたら。  
小さく整った手が、眼鏡をさっ、と奪う。  
おかっぱの髪に、少し引っ掛かりながら、眼鏡をかけた和服美人。  
普段、決して見ることはないだろう。  
いや、そういえば小森さんが交の眼鏡をかけていた気がする。  
他の女性を考えることもできない程、望の目線は目の前の少女に集中した。  
 
(…)  
 
よく似合った、賢そうなつり目の瞳。  
その眼が、細く閉じられて微笑む。  
素直に、そう感じた。  
 
「…よく、お似合いですね」  
「そうでしょうか?」  
「えぇ」  
 
褒めたはずなのに、少女はその眼鏡を外した。  
いつもの、付き纏う、まとい。  
けど、それは悪巧みを考えてる、まとい。  
少し自信に溢れていて、これから起こることに心躍らせる。  
 
「私は、あまり眼鏡をかけるのは好きじゃありません」  
「そうなんですか」  
「もちろん、先生が眼鏡をおかけになるのと、先生の眼鏡は好きですよ」  
「は、はぁ…」  
 
素直に好きと言われる。  
嫌な気はしないが、焦ってしまう。  
少なくとも、この少女は不細工ではない。  
むしろ、かなり可愛い部類に入る。  
だから、焦る。  
少しずつ近付く動作にも。  
 
「ただ、私自身が眼鏡をかけるのは、あまり好きじゃありません」  
「どうしてでしょうか…?」  
「だって…」  
 
もう、少女の顔は目の前だ。  
これは駄目だ、と思ったとき。  
既にまといの作戦は成功していた。  
軽く触れ合い、離れていく唇。  
熱が移ったのか、まだ温かい。  
それは、脳で理解するのではなく。  
体がそう感じていた。  
 
「キスをするときに、邪魔になっちゃいますから」  
 
少女の笑顔が、眼鏡の奥に焼き付いた。  
 
 
 
 

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!