私は待っていた。  
ずっとずっとその場所で、一人っきりで待っていた……。  
 
その日、私は学校近くの桜並木の脇、桃色ガブリエルが堂々と枝を広げるその根元にやって来ていた。  
桃色ガブリエルの周囲は少し開けた場所になっていて、青く晴れ渡った空が良く見えた。  
きっと空の上からも、こちらの様子が同じように良く見えるだろう。  
「よいしょ、っと……」  
私は足元に持って来た荷物を下ろした。  
色々な色や大きさの各種ボール類に、色画用紙や色紙、十数本もの竹ざおに各種工具がひとそろい。  
その他にも数え切れないほどの、さまざまな雑貨類が袋から溢れ出す。  
これらは全て、ポロロッカ星人に着地点を知らせるためのオブジェの材料だ。  
数日ほど前も私は同じようにオブジェを作って、ポロロッカ星人とのコンタクトを試みたのだけれども、成果は芳しくなかった。  
今回はそのリベンジなのだ。  
前回のものより目立つ、もっとポロロッカ星人にアピールできるようなオブジェを作るつもりだ。  
既にイメージは固まっている。  
前回のオブジェを基本に、色々と新しい飾りつけを試してみるつもりだ。  
「よし、がんばろう!!」  
というわけで、早速私はオブジェの製作にとりかかった。  
 
オブジェの台座部分になる竹ざおを組み合わせて、ロープで縛り付けて固定していると、ちょうど奈美ちゃんが通りかかった。  
「奈美ちゃん、どこいくの?」  
「あ、可符香ちゃん。うん、ちょっと学校に……って、何か凄いの作ってるね」  
「あはは…ポロロッカ星人にはこのぐらいしないとアピールできないと思って」  
ちょっと驚いている様子の奈美ちゃんに、私は重ねて質問する。  
「学校って、もしかして……?」  
「うん、先生のお見舞い」  
 
実は、今週の私のクラスはちょっと慌しかった。  
先生が何者かに拉致された挙句、後頭部を何度も強打されて記憶喪失になってしまったのだ。  
しかも、そこにもう一波乱。  
記憶を失った先生に、自分を先生のお嫁さんであると思い込ませようとして、クラスの女子のみんなで争奪戦が起こってしまった。  
先生は記憶をリセットする為に何度も後頭部を叩かれて、ついに限界を迎えてしまった。  
早速、絶命先生がやって来て診察したところ  
「まあ、三日も寝かせていれば治るだろ」  
先生はとても頑丈なようだった。  
それから三日間、先生は糸色医院の奥のベッドで寝かされていた。  
学校に置いておくと、また同じ事が起きるんじゃないかと心配した絶命先生の考えだった。  
その間、私は毎日、先生の寝ている部屋にお見舞いに行った。  
すやすやと眠る先生は何も話してくれないし、何をやっても反応してくれない。  
退屈だったので、私は図書室から借りてきた久藤君オススメの本をぱらぱらと捲りながら閉院の時間までをそこで過ごした。  
それでも、思っていた以上に可愛かった先生の寝顔を、存分に見られた事はなかなかの収穫だったと思う。  
クラスのみんながお見舞いにやって来る事もなかったので、私はいつまでも先生とふたりぼっちだった。  
たぶん、争奪戦を繰り広げた女子達みんなが罪悪感を感じてたんだと思う。  
みんな、本当に先生が好きだから。  
大好きだから。  
その雰囲気がなんとなくクラス全体に伝わって、みんな先生のところに行き辛くなってしまったのだと思う。  
でも、いくら眠ってるとはいえ、さすがに一人ぼっちは可哀想なので、ときどき出てくるあくびを噛み殺しながら、私は先生の傍に居続けた。  
 
そして、三日目。  
いつものように先生のベッドの脇で本を読んでいると、待合室の方から声が聞こえてきた。  
「あの……先生のお見舞いをさせてもらいたいんですが……」  
「ああ、構わないよ。そろそろ望も目を覚ます頃だろうしね」  
いつになく緊張した様子の千里ちゃんの声と、それに応える絶命先生の声。  
みんな、ようやく先生の顔を見る決心がついたみたいだった。  
「う……ううん……」  
と、その時、すぐそばから聞こえてきた声に、私はベッドの方へ視線を向けた。  
ベッドの上で、もぞもぞと動く先生。  
絶命先生の言葉の通り、先生もそろそろ目を覚ますようだった。  
「………先生、治って良かったですね。みんなも来てくれるみたいですよ……」  
すっと私はベッド脇の椅子から立ち上がり、カバンの中に本をしまった。  
「それじゃあ先生、お大事に……」  
そうして、先生が目を覚まさない内に、私は部屋を出て行った。  
 
「それじゃあ、先生の調子、だいぶ良くなったんだね」  
「うん。記憶もぜんぶ元に戻ったみたい。……せっかくだから、先生に食べてもらおうと思ってクッキー焼いてきたんだけど、喜んでもらえるかな?」  
「大丈夫だよ、奈美ちゃんの作るお菓子、普通においしいから」  
「普通って言うなぁ!!」  
奈美ちゃんは、どうせ沢山人が集まってるだろうからと、クッキーも多めに作って袋に小分けにして持って来ていた。  
おすそ分けにと、私もその中の一袋をもらった。  
「ありがとう、奈美ちゃん」  
「えへへ……あ、そうだ、可符香ちゃんもこれから一緒にお見舞いに行かない?」  
何気なく奈美ちゃんが口にした言葉に、私の心臓がきゅっと締め付けられた。  
「でも、私、このオブジェを作らなきゃいけないから……」  
「学校まではすぐだし大丈夫だよ。きっと先生も喜んでくれると思うし」  
「……そうかな?」  
「そうだよ」  
にっこり笑顔の奈美ちゃんが、私の手を優しく握った。  
だけど、私は首を横に振る。  
「やっぱりやめとくよ。あんまり大勢で行っても迷惑だし、先生にはまた明日会えるから……」  
「可符香ちゃん……」  
残念そうな顔で、手を引っ込めた奈美ちゃんに、私は笑顔で言う。  
「先生によろしくね、奈美ちゃん」  
 
ああ、一番勇気がないのは、意気地なしなのはきっと私なんだな……。  
桜並木の道を駆けて行く奈美ちゃんの背中を見送りながら、私はそれを痛いほどに感じていたのだった。  
 
それからも私は、せっせとオブジェ作りに精を出した。  
なにしろポロロッカ星人の宇宙船が飛ぶはるか上空からでも見えるものを作らなければならないのだ。  
大きさもそれなりのものが必要になるし、そうなると必然的に力仕事も増える。  
桃色ガブリエルの木陰は吹き抜ける風のお陰で涼しかったけれど、それでも額から滲む汗をときどきタオルで拭わなければならなかった。  
奈美ちゃんが去ってから、この桜並木の道を通る人は全くいなかった。  
ざわざわと風に揺れる木の葉の音と、時折上空を横切る小鳥達のさえずりだけをBGMに私は作業を続けた。  
「これで配置は完璧かな……」  
そして、オブジェがようやく完成した頃には、時刻は午後の四時近く、太陽も徐々に西へと傾き出していた。  
完成したオブジェの傍らに座って、私はその全景をじっくりと眺めた。  
ポロロッカ星人にアピールする要素をてんこもりにしてみたつもりなのだけれど、なにしろ本来は上空から見るものなのだから、  
横から眺めているしかない私には、その出来・不出来の判断はできない。  
それでも、一仕事終えた達成感からなのか、私は不思議に満足した気分でそれを見ていた。  
 
それからの時間をずっと、私はオブジェの横ですごした。  
風が少しだけ、冷たくなった。  
太陽がもう少しだけ西に傾いて、空がだんだん赤くなって、その分だけ地面に落ちた影は黒く長くなった。  
もうほとんど仲間もいないだろうに、それでも諦めずに鳴き続けるセミの声が少し寂しかった。  
待てど暮らせど、ポロロッカ星人の宇宙船は姿を現さない。  
ひょっとすると、ポロロッカ星の技術で夕焼け空に完全に溶け込んで、地上を見下ろしているのかもしれないけれど、  
もしそうなら、地面に座り込んで、薄着で来た事を少し後悔しながら、彼らの出現を待ち望んでいる私に対してちょっと失礼なんじゃないかと思った。  
「来ないな……」  
何度呟いたか知れないその言葉を、私はまた口にした。  
今回は焚き火を燃やして、ライトアップもして、夜遅くまで粘るつもりだ。  
だけど、予想外の肌寒さのせいで、少し計画を改めなければいけないかもしれない。  
見上げる秋の夕空はどこまでも澄み渡っていて、紫とオレンジでグラデーションされた空には宇宙船の影一つ見えない。  
「来ると…いいな……」  
私はもう一度、小さく呟いた。  
その時、私の肩にそっと温かな布がかけられた。  
私にはちょっと大きすぎる、男性ものの外套。  
じんわりと伝わってくるぬくもりは、さきほどまでそれを着ていた人のものだろう。  
「待たせましたね……宿直室が人でいっぱいでなかなか抜けられなかったんです」  
振り返った先、その人はいた。  
夕陽を背に受けて、少し困ったような顔で、先生は私に微笑みかけていた。  
 
「あなたのやり方はいつだって迂遠で、わかりにくくて、まだるっこしくて………まあ、流石にずいぶん慣れちゃいましたけど…」  
先生は私のとなりに腰を下ろした。  
「体は良いんですか、先生?」  
「ええ、ピンピンしてます。むしろ殴られる前より調子が良いくらいです。………正直、暴力を受けるのに慣れてしまった自分が怖いです……」  
先生は苦笑いして、  
「待っていてくれたんですね」  
と言った。  
「…………」  
私はどう答えていいかわからず先生から視線を逸らした。  
「学校への道で何か変なものを作ってる女の子がいる………そういう話が方々から耳に入ってきましたからね。  
そして最期はダメ押しで、日塔さんからの目撃情報……気にならないって方がおかしいですよ……」  
そうだ。  
私は待っていた。  
大きなオブジェを組み上げて、その傍らに座ってずっとずっと待っていた。  
だけど、自分が本当に待ち望んでいるものには、目を閉じて見ないようにしていた。  
「さりげなく要素を配置して、特定の結果へと誘導する。あなたがいつもやってる方法ですね」  
「あはは……できれば気付かずに来てほしかったんですけど、バレちゃったんなら仕方ないですね」  
「当たり前です。一体、どれくらいあなたの悪戯につき合わされたと思ってるんですか」  
私は臆病者だから……。  
他のみんなのように、面と向かって先生に気持ちを伝えられないから……。  
遠回りで、ややこしくて、わかりにくくて……そんな方法しか取れない自分を情けないと思いながら、結局待つ事しかできずにいた。  
 
 
「というわけで、随分遅くなっちゃいましたけど、風浦さん、私は間に合う事ができましたか?」  
だけど、先生はいつもと変わらない笑顔で、こうして傍にいてくれる。  
「はい……」  
「それは良かったです」  
先生の腕が、私の体をそっと抱き寄せた。  
「……おわっ!?…風浦さん、体、思ってた以上に冷えてますよ?大丈夫なんですか?」  
「オブジェ作りで汗をかいたまま、ずっとここにいましたからね……そういう先生も、やっぱり痩せてるだけあって、あんまり温かくないですね」  
「うぅ……でも、私は別に好きで痩せっぽちなわけじゃ……」  
「だから、ほら、体温が低い人間同士、もっと温かくなるために……」  
私は、抱きしめてくれた先生の腕に応えるように、そっと自分の腕を先生の背中に伸ばし  
「ほら、もっとくっついていましょう……」  
寒さに負けないよう、ぎゅっと先生に抱きついた。  
「先生……」  
「風浦さん……」  
それから、どちらともなく、先生と私は互いの唇を近づけていった。  
そんな時だった。  
「あっ………」  
既に紫紺に変わり始めていた夕闇の空を、ジグザグの光の軌跡が切り裂いた。  
高い空の上から、きっと私たちの事を見下ろしている、ポロロッカ星人の宇宙船………。  
「ほ、本物は初めて見ました……いいんですかボーっとしてて、風浦さんっ!?」  
驚きの声を上げる先生。  
だけど、私のやる事は変わらない。  
愛しい人のぬくもりに包まれて、その唇の柔らかさを味わった。  
「待たせておけばいいんです」  
そして、そう言った私に、今度は先生の方から唇が重ねられる。  
それから、遥か星の彼方からの訪問者達が見下ろす中、私達はずっと抱きしめ会って空を見上げていたのだった。  
 

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