年に一度の文化祭、その会場を長大な一枚の壁が真っ二つに分けていた。  
たくさんの予算をかけて文化祭を盛り上げようとする実行委員会と、緊縮財政を掲げる木津千里書記長派との対立によって、  
同じ校内で全く違う方針を掲げた二つの文化祭が開催される事となってしまった。  
しかし、それだけならまだ良かったのである。  
千里書記長の断行した文化祭大革命によって、書記長側の文化祭はその中でさらに細分化されてしまった。  
無数の壁で区切られた狭いスペースの中で、各々が展示や催し物を行う一人文化祭の乱立する状態になってしまったのだ。  
 
さて、ここは糸色望教員による一人文化祭区画、果たして彼がどんな催し物を用意したかと言うと……  
「う〜ん、一人ぼっちなのは寂しいですが、この展示は我ながらなかなかに壮観ですね」  
何やら満足げに呟く彼の視線の先にあるのは、壁一面に並んだ首吊り用のロープの数々。  
望はそれらを眺めながら、少し影のある表情で呟いた。  
「ふふっ…所詮は私の命なんてこのロープ一本で簡単に断ち切れてしまうもの……。人生とは何とも虚しいものです」  
「うわぁ、このロープ、頚動脈や気管を圧迫しないように出来てるんですね。どういう仕組みなんですか、これ?」  
「…って、おわああっ!!?」  
突然、隣から聞こえてきた声に望は驚く。  
横を見ると、彼にはお馴染みの超ポジティブ少女、2のへの黒幕、風浦可符香がロープを一つ一つ手にとって、その具合を確認していた。  
「ロープ一つにもこれだけの工夫。やっぱり先生の生きる事への執着は相当なものですねっ!!」  
「執着なんてしてませんからっ!!!」  
キラキラと目を輝かせてそう言った可符香に、望はお決まりの文句を叫び返した。  
「だいたい、どこから入ってきたんですか?いつから居たんですか?私の一人文化祭に何の用ですか!!?」  
「何って、それは勿論、先生の展示を見に来たに決まってるじゃないですか」  
まあ、確かに個人レベルまで細分化してしまったとはいえ、文化祭の展示を見に来て文句を言われる筋合いはない。  
むぐぐ、と黙らされた望の前で、可符香は展示物を一つ一つ見回していく。  
「あ、アロマ練炭新しくなったんですね。へー、今度のは部屋の空気をきれいにしてくれるんだ」  
望が持ち歩いている自殺道具の数々は、使用しても死に至らないようにするための様々な工夫が凝らされている。  
望の会場にはアロマ練炭の他にも、通気性と強度の両方をアップさせる事に成功した新型ガムテープなど、  
かわいそがりの望のために開発された死なない自殺グッズが狭いスペースにずらりと並べられていた。  
「これなら万が一にも先生が死んじゃう事はありませんね!安心しました!!」  
「だから、違うんですよぉ……私は本気でですねぇ……」  
十も歳の離れた教え子に良い様に遊ばれる望の姿は、ハッキリ言って情けなかった。  
まあ、これもいつもの事だと望が半ば諦め始めた頃、可符香がこんな事を言った。  
「でも、私、本当に嬉しいんですよ。この展示を見てると、先生の『何が何でも生きてやるぞ』って意気込みが伝わってくる気がします」  
「……風浦さん、お願いです。もう参りましたから、これ以上いじめないでください……」  
力なく言い返した望だったが、そこでふと気付く。  
こちらを見つめる可符香の、その眼差しに込められた真剣な色に。  
「本当に嬉しいんです。……だって、人って簡単に死んじゃうじゃないですか……」  
「風浦さん……」  
「どんなにポジティブに考えても、これだけは否定できないですから……」  
寂しげな、可符香の笑顔。  
それを見ながら望は思い出す。  
時折、可符香が語った自分の過去の事。  
現在は身寄りもなく一人で暮らしている事。  
彼女の過去に何があったのか?  
正確なところは判らずとも、だいたいの想像はつく。  
「みんなきっと天国で幸せにしてる……。でも、もう会えないんです。話す事も出来ないんです……」  
ぽつりぽつりと語られる可符香の言葉に、望はどう答えていいかわからない。  
「ほら、先生、覚えてますか?初めて会った時の事……あの時、私、本当に先生が死んでるんだと思って……」  
望は思い出す。  
この学校に赴任した最初の日、満開の桜の下で、望は首を吊った。  
それを偶然に見つけてしまったのが、この少女だった。  
 
「……結局のところ、皆さん曰く『かわいそがり』の私の、本当は死ぬつもりのない首吊りごっこに過ぎません。  
心の弱い私が、自分をかわいそうだと思うためにやったつまらないお芝居です………」  
「でも、そうせずにはいられないぐらい苦しかったんですよね?絶望してたんですよね?」  
可符香は一歩前に進み出て、望の頬に触れる。  
「先生は弱虫です」  
「ズ、ズバリ言いますね……」  
「弱虫で、泣き虫で、ネガティブ思考の塊で、生きるのが辛くて仕方がなくて、ほんとならとっくの昔に死んでてもおかしくなかった……」  
可符香の赤い瞳が望をまっすぐ捉える。  
望はみじろぎもせず、彼女の言葉に聞き入る。  
「でも、先生は生きた。『絶望した』って叫んだり、自殺ゴッコをして自分を慰めて、  
這い蹲ってでも、のた打ち回りながらでも、先生は生きて生きて生き続けてくれた………だから…」  
そこで、可符香は笑った。  
嬉しそうに、愛おしそうに、望に微笑みかけた。  
「だから、私は先生と出会う事ができた。先生と色んな事を話して、先生の隣にいることができた……今も、こうして…」  
どんなに無様でも、みっともなくても、望が生き続けた事が、二人を繋いだ。  
それはどんな奇跡よりも尊いものだと、可符香は信じる。  
「なので、私は、先生が生きる事に執着してくれると嬉しいです……」  
「風浦さん…………」  
ならば、と望は思う。  
些細な事にすぐ打ちのめされし、命を絶とうとしてもそれが出来ない自分。  
何よりもそんな自分自身に望は絶望してきた。  
だけど………。  
「それが、私を風浦さんに出会わせてくれたのなら、情けない私の人生にも意味はあった……」  
望の言葉に、可符香が嬉しそうに肯いた。  
望はそんな可符香の背中にそっと腕を回し、彼女の華奢な体を抱きしめる。  
そして、望の抱擁に応えるように、可符香も望の体に腕を回し、ぎゅっと力を込めた。  
 
と、そんな時である。  
「………ちょっと、聞こえてるの!!?」  
少し怒った様子の、聞き覚えのある声が二人の耳に入った。  
「あ……カエレちゃん?」  
「えっと…あのその…これはですね……」  
そこには、実行委員会側の文化祭との境目となる壁の上からじとーっとした目でこちらを見るカエレの姿があった。  
望の一人文化祭の区画はその壁のすぐ近くにあったのだ。  
再分化され、一人一人が孤立した状況にすっかり油断し切っていたのが拙かったのか。  
決定的瞬間を見られて、望はうろたえる。  
「こっちの文化祭が性に合わなくて、壁の向こうには理想の文化祭があるって聞いて、壁を乗り越えてみたんだけど……なるほど、これが理想ね……」  
望に向けて、呆れと軽蔑の入り混じった視線を送ってから、カエレは再び壁の向こうに消えた。  
取り残された二人は何とも気まずい雰囲気。  
やがて、望は壁にかけられたロープの一つを手に取り……  
「絶望したっ!!今度こそ、もう完膚なきまでに絶望しましたっ!!!」  
首吊りの輪っかを首にかけて、青く晴れ渡った空に向かって叫んだのだった。  
 

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