見事な秋晴れの日曜日。
雲ひとつない青空の下、その遊園地では家族連れやカップルなど大勢の来園客達が休日を楽しんでいた。
が、その中で一箇所だけ、他とは様子の違うアトラクションがあった。
「ぐわぎゃあああああああああああああっ!!!!!!!!!」
この遊園地の最大の目玉である、今年新しく運転を始めたばかりの超大型ジェットコースター。
いつもならば、コースターに乗った客達の歓声や悲鳴が聞こえる筈なのだが、
今日に限ってはたった一人が発するその絶叫に全てかき消されてしまっていた。
断末魔の如きその叫びはコースターが三連続の大型ループに突入した事で、一際大きくなる。
「ぎああああ…あああっ!!…おぎゃあああああああああああっ!!!!!!」
なんだか新しい生命が誕生したみたいな叫び声に、コースターの順番待ちの客達も困惑の表情を浮かべている。
やがて、ようやくコースターが出発地点に戻り、ふらふらと席から立ち上がった声の主は瞳に涙を浮かべてこう言った。
「ぜぇぜぇ…はぁはぁ………し、し、死んだら…どーするっ!!!」
「いや、死にませんから」
呆れた表情で突っ込んだ、前髪を真ん中分けにした少女・木津千里の前で、
彼・糸色望は力尽きたようにその場に膝をついたのだった。
10分ほど後、ジェットコースター近くのベンチに、望は今にも崩れ落ちそうな状態で座り込んでいた。
「絶叫系が苦手な人は珍しくないけど、まさか先生がここまでだったなんて…」
望の肝の小ささにため息をつきながらも、心配そうな表情で奈美が言った。
今日は、望と2のへの生徒達でこの遊園地に遊びに来ていたのだが、
いかにチキンな望とはいえ、まさかジェットコースターの一回でダウンしてしまうとは誰も予想していなかった。
「だ、だ、だ、だから…ジェットコースターだけは…ダメだって言ったじゃないですか……」
「すみません…流石に先生がここまで怖がるなんて思ってなかったですから……」
先ほどは望の発言に突っ込んだ千里も、息も絶え絶えな望の姿に少し心配げな表情を浮かべている。
「いや…ほ、他の絶叫系ならどうって事ないんですけど…ジェットコースターは…アレだけは……」
実は望はジェットコースターに関して、ちょっとしたトラウマを持っていた。
それはまだ、望が中学の2年生だった頃、夏休みに少し蔵井沢から遠出した彼はさびれた遊園地を見つけた。
入園料はなし、アトラクション……というのもちょっと躊躇われるようなオンボロの乗り物達に乗るのにも大してお金は必要ではなかった。
望はほんの暇つぶしのつもりでその遊園地に入ってみる事にした。
よほど老朽化しているのか、ギシギシと金属の軋む音がする海賊船に乗り、日焼けして真っ白に色落ちしてしまった観覧車から周囲の景色を眺めた。
そして、望が最後に乗ったのがそのジェットコースターだった。
ジェットコースターといっても、その規模は小さく、ループはなし。
ただ、狭い敷地をくねくねと走るレールに振り回されてみるのはなかなかにスリルがありそうだった。
望は乗降り口で眠たそうにしていた係員の男性にチケットを渡し、小さなコースターに乗り込んだ。
座席には安全バーのようなものはなく、代わりにシートベルトで体を固定する仕組みのようだった。
望は早速ベルトの長さを調整し、バックルに金具を差し込んだ。
だが、しかし……
「あれ、壊れてるのかな……」
金具を差し込んでもバックルからは何の手応えもなく、すぐにベルトが外れてしまう。
何度かガチャガチャと抜き差しを試した望だったが、やはりベルトは固定されない。
諦めて、係員にベルトの故障を伝えようとしたその時である。
ジリリリリリリリリリリリッ!!!!!!
「えっ!!…ちょっと…シ、シートベルトがまだ……っ!!?」
けたたましいベルの音と共に、ゆっくりとジェットコースターの車体が動き始めた。
「と、と、止めてくださぁああああいっ!!!シートベルトが壊れてるんですっ!!!!!」
必死に声を張り上げた望だったが、係員の男はジェットコースターの操作盤の前でぼんやりと宙を見つめるばかり。
そして、地獄が始まった。
先述の通り、このジェットコースターは小型であるが故の迫力不足を、狭いスペースにくねくねとレールを張り巡らせ、乗客を振り回す事で補っていた。
シートベルト無しの望を乗せたコースターはそのコースを可能な限りのスピードで走りぬけた。
望はジェットコースターの車体のフチを必死に掴み、無数のカーブや上下の落差にふりまわされる体が吹き飛ばされてしまわないように堪えた。
コースを一周して元の乗降場に戻ってきたときには、望の魂はほとんど真っ白に燃え尽きていた。
「………以来、ジェットコースターの類はそれがどんなに安全に気を配られてるとわかっていてもダメなんです」
「それはトラウマにもなっちゃいますね……」
運動神経ゼロの自分がそのコースターに乗ったらどうなるか。
少し想像してしまったあびるは、望に同情の眼差しを送った。
「それじゃあ、先生が回復するまで、ここで少し休んでいきましょうか」
「いえ、せっかく来たのに、それは悪いですよ。私はしばらくここにいますから、みなさんは遊んできてください」
准の言葉に、望は首を横に振った。
自分一人の都合の為に生徒達の楽しみを奪うのは気が引けたのだ。
「でも、いいんですか?」
「心配しなくても、私もすぐに復活しますから、さあ、行って来てください」
そして、心配げにちらちらと望の方を振り返りながら人ごみの中に消えていく2のへの面々を望は見送った。
「はあ……せっかく遊園地に来たのに、水を差してしまいましたね……」
ベンチの背もたれにぐったりと寄りかかりながら、望は呟いた。
未だに頭の中はグラグラ、平衡感覚が戻ってくれない。
先ほどはああ言ったものの、いつになったら元に戻るのか見当もつかないし、生徒達だけを行かせたのはやはり正解だった。
「あうう……我ながら情けない……」
「いやだなぁ、そんな事ないですよ」
突然聞こえてきた声に、望は驚きに目を見開いて自分の真横を見た。
そこにはいつもの笑顔で微笑むポジティブ少女の姿があった。
「風浦さん…何してるんですか?みなさん、とっくに別のアトラクションに行きましたよ!!」
「そうですね。今からじゃ、ちょっと追いつけないと思いますから、私もここで休んでていいですか?」
ベンチに座る望のすぐ隣に、可符香がちょこんと腰掛けていた。
「ほら、先生も一人でみんなを待つのは退屈でしょう?」
「そりゃあ、そうですけど。……あなたにまで気を遣わせてしまうなんて……」
「毎回、思いつきで暴走してクラスの騒動の発端になる人の言葉とは思えませんね」
「む…うぅ……」
可符香の言葉は望を容赦なくコテンパンにしてしまう。
だが、この少女が一人残される望を気遣ってここにいるのは明らかなのだ。
申し訳なさと嬉しさがそれぞれ半分ずつ、複雑な心境の望に可符香はにっこりと笑ってもう一言
「それにこれなら、しばらく先生を独り占めできますから……」
「な…あ……ふ、風浦さん……っ!?」
彼女のその発言にドギマギとうろたえる望を見ながら、可符香は楽しそうに笑う。
すっかり彼女の手玉に取られていた望だったが、遊園地のざわめきや楽しげな空気、色とりどりのアトラクションを背景に
微笑む彼女の顔を見て、不意にソレを思い出した。
ずっと昔、同じように良く晴れた日曜日の遊園地で、望をからかっては楽しそうに笑っていた小さな女の子の事を。
「そういえば、あの時以来ですね……」
「えっ?」
唐突な望の言葉に可符香がきょとんとした表情を浮かべる。
「以前もこんな風に、あなたと遊園地に行った事があったでしょう?」
自分の手をきゅっと握り締めてくる小さな手の平の感触が可愛らしく、愛おしかった。
日曜日の遊園地は予想通りに人でいっぱいで、望は少女がどこにも行かないようにその手をぎゅっと握り締めた。
まあ、その程度の事で止まってくれるような娘なら、最初から苦労など無いのだけれど……。
「すごいですね、おにーちゃん!!」
望の足元の幼い少女、杏は彼の心配をよそに賑やかな遊園地の風景にすっかり心奪われているようだった。
本当に嬉しそうなその笑顔を見ていると、先行きの苦労も心配も気にならなくなってしまうのだから、
「それじゃあ、今日は思う存分に楽しみましょうね」
「もちろんですっ!」
望の言葉に、杏は満面の笑顔で答える。
「なんたって、きょうはお兄ちゃんとはじめての『でーと』ですからっ!!」
高校に入学したばかりの望が偶然出会った幼い少女、杏。
何故だか杏に懐かれてしまった望は、彼女の強烈な悪戯の数々に翻弄され続ける事となる。
だが、どういうわけか、望はそんな杏の事を嫌いになれなかった。
むしろ、悪戯を成功させてクスクスと笑う彼女の笑顔にどこか心惹かれるものを感じていた。
それは、何につけても後ろ向きでネガティブな望が持っていなかった輝きを、その笑顔に感じていたからかもしれない。
騙されやすい望は少女の口八丁に踊らされて散々痛い目を見たが、それでも杏と顔を合わせると何故だか笑顔になる事が出来た。
そんな杏が神妙な顔でとあるお願いを持ちかけたのは、二週間ほど前の事である。
「どうしたんですか?僕に出来る事なら、何でも協力しますよ」
「は、はい…えっと……その…」
いつもならハキハキと喋る杏が、その日に限っては落ち着きなさげに辺りをきょろきょろと見回し、口ごもってばかりでなかなか話を切り出してこない。
望には、どうしていつも元気な杏がこんな状態なのかが理解できない。
しかしやがて、覚悟を決めたらしい杏が顔を真っ赤にして口にした言葉で、望もまた同じような状態に陥ってしまうのだけれど……。
「わ、わたしと『でーと』してくださいっ!!!』
それからしばらく、杏と一緒に完全なパニック状態に陥っていた望だったが、気分が落ち着いてくるにつれて、
この少女がどれだけの勇気を振り絞ってその言葉を口にしたのか、それが身に沁みて理解できてきた。
「やっぱり、だめですか?」
上目遣いに望の様子を伺いながら、不安げに杏が尋ねてくる。
彼女の表情を曇らせたままにしておくのは、望の本意ではなかった。
「ああ、わかったよ。僕でよければ、デート、つき合わせてもらいますよ」
瞬間、杏の表情がパッと明るくなる。
「ほんとに、ほんとにいいんですかっ!!」
「本当の本当ですよ」
望の手の平を握り、ぴょんぴょんと飛び跳ねて、全身でその喜びを表現する杏の姿に、望まで嬉しくなってくる。
高校生と幼稚園児、歳の差は10歳以上、本来ならこんな感情を持つのはおかしいのだろうけれど……
(ああ、やっぱり僕はこの娘の事を……)
しみじみと湧き上がる愛おしさを、望はしばしの間噛み締めていたのだった。
というわけで、ついにやって来たデートの当日。
はしゃぐ杏が手を引っ張って、二人は遊園地のアトラクションを次々と巡っていく。
途中、巨大なジェットコースターを見て望が完全に固まってしまう場面もあったが、そもそも幼稚園児としても小柄な杏が最初から乗れる筈も無く、
望は彼女の前で醜態を晒す羽目にならずに済んだのだった。
しかし、遊園地での杏はとことんまでパワフルだった。
例えばそれは、メリーゴーランド。
「うぅ、この歳でこれに乗るのは恥ずかしいですね……」
なんて躊躇っていた望を
「ほら、お兄ちゃん、こっち来てください」
と座らせた場所は杏が座っているのと同じ木馬の上。
木馬のやや後ろの方に望を座らせた杏は、前の方のスペースに跨る。
「ちょ…えっ!?」
「ふたりのり、楽しいですね、お兄ちゃん」
無邪気なその笑顔に望が言葉を失くしている間に、メリーゴーランドはゆっくりと回転を始めた。
例えばそれは、コーヒーカップ。
「わ、わ、わ、わ、わっ!!?これいじょ…も…まわさないでくださ…あああああああああああっ!!!!!」
「あははははははははははははっ!!!!!」
杏の手がカップ中央のハンドルをこれでもかと回す。
周囲の景色が残像になって尾を引くほどに高速回転するカップの中から、望の悲鳴と杏の笑い声が響き渡った。
例えばそれは、オバケ屋敷。
「……ちょ、ちょっと怖すぎじゃないんですか、ここ?あんな所から突然出てこられたら、こっちの心臓が持ちませんよ」
「え?とつぜんですか?」
ビクビクと怯えながら進む望に、杏は不思議そうに問い返した。
「とつぜんなんかじゃないですよ」
「へ?」
「ほら、あそこにも、あっちにも、わたしたちが入ったときから、みんなずっとみてますよ?」
暗闇のあちこちに指を差して杏が言った言葉。
最初はその意味が全く解らなかった望だったけれど……
「ほら、お兄ちゃんのせなかにも、さっきからずっと……」
「って、何!?何がいるんですか!!?誰がいるんですかっ!!?」
「だから、オバ…」
「あああああっ!!!やっぱり言わなくていいですっ!!聞きたくないです!!!」
「こわがらなくてもだいじょーぶですよ。お兄ちゃん、気に入られてるみたいですから。『いえに行ってもいい?』って聞いてますよ?」
「イやああアアアああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」
そんなこんなのドタバタを繰り返しながらも、望と杏は時間いっぱいまで遊園地での『でーと』を楽しんだ。
そして、二人が最後に乗ったのは、ゆっくりと回る巨大な観覧車だった。
膝をくっつき合わせ、向かい合って座席に座る望と杏。
二人を乗せたゴンドラは観覧車の動きに合わせてゆっくりと上昇していく。
窓の外、だんだんと小さくなっていく眼下の景色を眺めながら、杏は望に言った。
「ありがとう、お兄ちゃん…今日はほんとうにたのしかったです」
「それは僕もだよ。まあ、多少疲れ気味ではあるけれど………」
今日一日の興奮がまだ抜けないのか、頬を赤くした杏の頭を望は優しく撫でてやる。
たぶん、こんな気持ちは望一人では味わう事なんて出来なかった筈だった。
自由に、しなやかに、笑顔と共にどこまでも突き進む小さな少女の姿は、望の瞳にはやはり眩しく映った。
杏はそのまま、気持ち良さそうに頭を撫でる望の手の平の感触に身を委ねていたが
「そうだっ!いちばんたいせつなことをわすれちゃう所でしたっ!!」
そう言って、唐突に望の方に向かって身を乗り出し、とんでもない事を言い出した。
「キスしてくださいっ!!!」
「えっ!!?」
突然飛び出たその言葉を、望の脳は処理しきれない。
慌てふためき、事態を必死に理解しようとしている内に、さらにズイッと杏は望に顔を近づけてくる。
「な、なんでいきなり?どうしてそんな……」
「この遊園地のかんらんしゃのこと、ずっと前におかあさんのともだちから聞いたことがあったんです」
その遊園地の観覧車で、ゴンドラが一番高い場所にやって来たときにキスをすると、その相手とずっと一緒にいられるのだ、と。
「も、もしかして、君がこの遊園地に来たいって言ってたのは……!?」
望は、デートの場所について杏と話したとき、彼女がどうしてもこの遊園地に行きたいと言って譲らなかったのを思い出した。
(でも、それは……)
理屈も根拠もあったものじゃない、ただのオマジナイ。
どこにでもありそうな、単なる噂話。
だけど、目の前で望を見つめる少女の瞳はどこまでも真剣だった。
望は考える。
(キスなんて……こんな、小さな娘に……)
杏がどれほど切実にそれを望んでいるのかは、彼女の瞳を見ればわかった。
それでも、こんな幼い少女に、そんな形で触れる事が果たして正しい事なのか、望にはわからなかった。
望が躊躇っている間にも、ゴンドラはゆっくりと、しかし確実に上昇していく。
杏はとても頭の良い娘だ。
向き合った望が何を考え、何を躊躇しているのか、おぼろげには理解していた。
(やっぱり、わたしとお兄ちゃんじゃ……)
やがて、ゴンドラは観覧車の一番上まで到達する。
望の意思を曲げてまで、この願いを聞き届けてもらうつもりは杏にはなかった。
ゆっくりと俯いた杏。
大好きなお兄ちゃんとの『でーと』が実現しただけでも嬉しくてたまらなかったのだ。
これ以上、無理を言って望を困らせるような事はしたくない。
ただ、出来るならば、本当にお兄ちゃんとずっと一緒にいられる方法があるというのなら、それがウソでも構わない。
どうしても、試してみたかった。
「ずっと…ずっと、いっしょにいたかったな…お兄ちゃん……」
ポツリ、杏が呟いた。
だが、ゴンドラが下降を始めようとしたその瞬間……
「あ………」
柔らかな感触が、ぬくもりが、杏の額に触れた。
驚いて、杏は顔を上げる。
そこには、困ったような、だけどどこまでも優しげな顔で微笑む望の顔があった。
「ずっと一緒にいたいのは、僕だって同じですよ」
「お兄ちゃんっ!!!」
声を上げ、杏は望の体に抱きついた。
そのあまりの勢いにバランスを崩して、危うく椅子からずり落ちそうになった望だったが、ギリギリのところで杏の体を抱きとめる。
それから、ゴンドラが地上に下りるまでの僅かな時間の間、杏は望の胸に顔を埋めたまま、離れようとはしなかった。
さてはて、観覧車のオマジナイとやらがどれほどの効果があったものか。
「……そうでしたね。そんな事もあったんですよね…」
呟いたかつての少女、赤木杏、今は風浦可符香というペンネームを名乗る彼女は少しだけ寂しげに呟いた。
あの後、望と杏の二人は、長らく別れ別れになる事になった。
その長い時間の中で、杏は何とかして望の事を、彼との思い出を忘れようとした。
全てを奪い去られ、日に日に孤独になっていった彼女にとって、あの懐かしい日々を思い出す事はあまりにも辛すぎた。
やがて、彼女はあらゆる事を肯定的に捉えるポジティブ思考の鎧で自分の心を覆い尽くす事となった。
そんな、可符香の心中を察してか、望は努めて明るい調子でこう言った。
「まあ、まじないの類なんてそんなもんですよ。………それに、全く効果がなかったわけでも、ないじゃないですか」
二度と出会うことの無いはずだった二人。
だけど、とある卯月の、桜の舞い散る日に、望と杏は再会を果たす事になった。
『いけません!命を粗末にしてはいけません!』
『死んだらどーする!』
あの日、もう一度二人が出会ったあの時から、望と可符香は互いの傍らから離れる事はなかった。
「でも、正直、人間の運命というのはわかりませんから、もう二度と離れたくはありませんが、その願いが果たして叶うかどうか……」
もしも、望と可符香が再び別れ別れになるとしたら。
望の中から、いつまでもジェットコースターのトラウマが消えないのと同じように、
強く刻まれた思いは、感情は、そう簡単には人の心の中からは消えてはくれない。
果たして、二度目の別れがやって来たとして、この想いを抱えたまま生きていけるほどに自分は強いのだろうか?
晴れ渡った空を見上げながら、望は自問自答する。
と、その時
「それなら……」
突然立ち上がった可符香が、望に顔を寄せて屈み込んできた。
「ふ、風浦さん……?」
「あんまり効果のないオマジナイでも、重ねてやれば少しはマシになるかもしれません」
言いながら、自分の唇を望の唇にそっと近づけてくる。
「ちょ…あれはあの場所でするから意味のあるおまじないだったんじゃ…ていうか、そもそもこんな公衆の面前で…」
「それじゃあ、また私と別れ別れになりたいですか?」
「そ、それは…………」
そう問われて、望の中に他の答えなどある筈も無い。
「先生、ずっと一緒に……」
「わかってます。もうあなたを離したりはしません……」
触れ合った唇は、柔らかく、甘かった。
秋晴れの下の遊園地、望と可符香の下へ2のへの仲間達が戻ってくるまでには今しばらく時間がかかりそうだった。