『懺夏の夢』  
〜あるいは、加賀愛の帰還?  
 
 
 そこは海沿いの町にありがちな、険阻な地勢の町だった。  
海から陸に上がるとそこはすぐに坂。  
山の急斜面が坂に変わるあたりに、人の住む世界が張り付いている。  
その町へ廃線も囁かれるローカル鉄道が一本、峻険な山を縫って通っていた。  
 夏も終わりに近いある日−。  
町を見下ろす駅に、二時間に一本の電車が止まる。  
 ホームに下りた客はたった一人の男。  
袷に袴を瀟洒に着こなした男は、糸色望と言った。  
中性的ですらある整った顔にうっすらと汗を滲ませている。  
彼は荷物を持ち直すと、無人の改札を悠然とくぐった。  
落日が海も町も黄金色に染め上げる黄昏時のことであった。  
 
 
 望は、何のためらいも無く坂道を下ってゆく。  
入り組んだ路地を左右に折れ、やがて地元の漁師たちが夜に憩う場所−飲み屋が点在する横丁にたどり着いた。  
そこは見るからにさびれた一画だった。  
道の片隅には港町だというのに痩せこけた猫がやる気なさげにうずくまっている。  
望はその猫をみて、この町に漂うどうしようもない疲れた空気を痛感した。  
そういえば、先ほどから住人の一人にも行き逢わない。  
およそ活力という物が感じられないほどの、鄙びた町である。  
 (やれやれ‥なにもこんなところに‥)  
 
 望は潮の香りと、微かに漂うなまものの腐敗臭に眉をひそめながら、とあるスナックの前で足を止めた。  
その店は、『スナック 謝緒里』と言った。  
 軋む音を立てるドアをくぐる。  
こぢんまりとした店内は落ち着いた色と木の香りで調和がとれていた。  
店内の適度な狭さに、望は好感を抱いた。  
 
 「いらっしゃい。この辺じゃ見ない顔ね」  
カウンターにひっそりたたずんでいた女が、望に声をかけてくる。  
この店のママのようだ。  
店名どおりならば謝緒里ママだろう。  
彼女は磨いていた皿をそっとしまうと、こちらを向いて薄く笑みかけてきた。  
望は女の対面のスツールに腰掛け、荷物を足元に置いた。  
 「ハイボール」  
この国でのウイスキーのソーダ割の俗称を告げる。  
ママは無言で、しかし手際よく注文の品をあつらえると、望の前に静かに出した。  
 ひと口あおりざま、望は自然にママを見やる−。  
この町にある意味相応しく、どこか疲れたたたずまいの女だった。  
黒いワンピースにあらわになる、力なく儚げな肩。  
肉付きのうすい背にうっすら浮かぶ肩甲骨の隆起が艶めかしい。  
束ねた短い髪のほつれたうなじが、かすかに色気をはなっていた。  
年のころは判らなかったが、張りのある肌は彼女がまだ若いことを物語る。  
望は僅かに眉をひそめ、ため息を押し殺す。  
 
 背を向けた彼女はレコード機の電源を入れ、古びたLP盤を取り出してセットしていた。  
曲が流れ始める。  
無言に戻ったママを半眼に見つめながら、望はグラスを時折口に運ぶ。  
 (バッハの無伴奏バイオリン・ソナタ&パルティータ、ですか‥。  
  このような店で聞くとかえって味がありますかね‥。  
  演奏はハイフェッツ‥でしょうか。場違いではありますがいい趣味です‥)  
会話を妨げることは無いであろう控えめな音量のバッハに聴き入ることしばし−。  
 
 ハイフェッツの熟練した技巧が奏でるバッハは鮮鋭な豊かさを湛えていたが、むしろ店内の静寂を否が応にも意識させた。  
沈黙したままグラスを時折傾ける望。  
カウンターの女は、望を横目でちらちら見ながら、やはり黙ってグラスを磨いている。  
その手つきは、どこかいらいらしているようにも見えた。  
どれほど時間が流れたのか−。  
やがてその静寂な時空に耐えられなくなったのか、女は客に話しかけた。  
 「お客さん‥どちらから?」  
 「遠くからですよ」  
 
カウンターを挟んではいながら、二人は視線を己の手元に落としている。  
その間を、バイオリンの旋律が流れてゆく。  
 「お仕事か何かで?」  
 「そんなところです」  
 「お仕事、ですか‥。  
  何をなさっているのですか?」  
その言葉にこもる微妙な温度。  
望はからりと氷を転がすと長い睫毛を伏せた。  
 「若輩ながら、教師‥をしております。  
  そういう謝緒里‥さんは、なぜここでこんな商売を?」  
ややもつれた舌をグラスの酒で湿しながら答えを告げる。  
その瞬間。  
穏やかだったママの気配に、僅かに激しいものがこもるのがわかった。  
 「わたしもお酒、いただいてよろしいかしら」  
ぞくり。  
来ましたね。  
望は僅かに唇の端を吊り上げながら、グラスを口に運んだ。  
 
   
 ママは望と同じ酒をグラスに満たすと、つい、とあおった。  
一度、二度、三度−。  
白い肌膚に微かに火がともってゆく。  
望には同時に彼女のなかに何かこわいものが宿ってゆくように感じられた。  
その上下する白い喉に見とれながら、望は彼女の言葉を待つ。  
 「好きなひとが、いたんです‥。わたしは学生でした。  
  そしてそのひとは、先生でした」  
 「‥ほう」  
がん。  
謝緒里はカウンターにグラスの底を打ち当てた。  
飛び散る琥珀色のしぶきを受けるのも構わず、続けた。  
 「ある日わたしは、級友に背中を押され、先生に告白しました。  
  けれど、あのひとは何も言ってくれませんでした。ただ頬を赤くして黙ってわたしを見つめていただけ−」  
 「‥」  
 「年頃の娘が、それからどんな思いで日々を送ったと思います?」  
 「それは‥」  
どこか疲れた、控えめな印象の女に一瞬閃いた情念は、望を少々たじろがせた。  
酒を一気に呷ったせいもあるのだろう。  
彼女はあまり酒が強そうではないようだった。  
謝緒里は垂れ気味の眉をひそませながら、望の方に酔眼を向ける。  
 
 「先生は同級の女生徒にとても人気がありました。  
  先生は家が燃えてしまったので宿直室に間借りしていたんですが、同棲していた娘までいたんですよ」  
謝緒里は言いながら、減ってしまった自分のグラスにウイスキーを注いでゆく。  
 「‥‥」  
 「他にも、ずっと先生をつけまわしていた娘、保健室で同じベッドで寝ていた娘。  
  恋文をしたためて来た下級生や、高校生で人妻なのに先生と不倫を望んだ娘だっていました」  
 「‥大した色男ですね」  
注ぎ足した酒をあおった謝緒里ママの眼が、次第に据わって来る。  
その眼線は、いつしか望に絡みついてきていた。  
 「先生は時々、わたしに付き合ってくれました。  
  映画や遊園地、プール‥。そんなことだけでわたしは有頂天。  
  可愛いものですよね?手さえ握って貰えなかったのに。  
  結局先生は、わたしに、何も‥言ってはくれなかった、のに‥」  
ひと言ごとを区切るその言葉が望の耳に、刃のように切りつけられてくる。  
 
 「夏のある日でした。あのひとはその女生徒たちをはべらせてプールで水遊び。  
  わたしは水に浸かってそっと姿を見ているだけでした。  
  そこでわたしは見てしまったんです。  
  先生が、見たこともない綺麗なひとと、うっとりお酒を傾けながらボートで流されてゆくのを」  
その表情には何か凄愴ともいうべき何かが湛えられているように見えた。  
 「それっきり、先生はいなくなりました。  
  あとは解りますよね?青臭い、恋とも呼べない何かを喪った小娘が、どう流れどう堕ちていったか」  
 「‥なるほど‥」  
望は冷ややかに過ぎるほど平静な態度で、謝緒里の震える肩から眼をそらし、店のドアを見つめた。   
奇妙なことに、客は一人も入ってこない。  
 「興味深いお話でした。  
  どうです?お客さんもいらっしゃらないようですし、こちらで一緒に頂きませんか?」  
謝緒里は一瞬戸惑ったような表情を見せたが、望を見て頷く。  
棚からボトルを掴むとこつこつと靴音を立ててカウンターのゲートをくぐり、謝緒里は客席に廻った。  
 
 
 謝緒里は望の隣のスツールに腰を下ろす。  
横顔に突き刺さる謝緒里の視線を受け流しながら、望はゆっくりと席を立った。  
 「それで?貴女はその先生にどうして欲しかったのですか?」  
ひくり。  
謝緒里は肩をひとつふるわせ、そのぼうとかすんだ瞳を振り向いた望に向き合わせた。  
 「そっ‥それ、は‥」  
望は整った指先を謝緒里のあごに掛けて上向かせると、鼻先を触れ合わせんばかりに自らの顔を近づける。  
 「たとえば?こんな?」  
 「あっ!‥や、やめてください!」  
男をはねのけんと伸ばしたしたその腕に込められた力はあまりに弱く。  
望は抵抗なく謝緒里を引き寄せる。  
自らのグラスの酒を口に含むと、無遠慮に女の口唇に自らの唇を押し当てた。  
後頭部を押さえつけ、口中の酒をきっかり半分、相手の口腔に流し込む。  
謝緒里はその酒を少しむせながら飲み下した。  
緩んだ口の端から琥珀色の雫が垂れるのも構わず、望は舌先で謝緒里の唇を舐めた。  
そのまま下唇をついばむと、覗いた謝緒里の白い歯めがけて舌を侵入させる。  
 「んあっ‥あんぅぅ‥」  
探り当てた謝緒里の舌を絡めとりあえぎを殺すと、ねぶり、口外に吸い出してやる。  
その先端に望はまるで乳首を愛撫するように吸い付き、自らの口唇でしごきあげてやった。  
ぴくぴくと謝緒里の顎が痙攣し、望の胸に張り付いたままの指先がふるえるのが解った。  
糸を引いて唇を離すと、望に抱きすくめられた謝緒里のからだからもともと弱かった力がぬけ去っていた。  
 
 望は謝緒里の赤く染まった耳朶にほほよせる。  
犬歯を立てて甘噛みしながら、囁いてやった。   
 「流れただの堕ちただのと、世にすれたような事を言う割にはずいぶんうぶな反応ですね‥。  
  可愛いですよ?謝緒里さん」  
かっ。  
耳まで赤く染めた謝緒里は手を振り上げようとしたが、望の手がそれを掴む。  
 「叩けますか?あなたに」  
 「‥」  
 「謝緒里さん、いいですか?わたしは『行きずりの客』、ですよ?  
  あなたのよく知っている人物に、似ているかも‥しれませんが‥ね」  
望のもう一方の手が謝緒里の背に回された。  
 「あなたの望むままを、わたしにぶつけてくれていいのですよ?」  
−のぞむ、ままに。  
謝緒里の息がしだいに荒くなる。  
そのあらぬ虚空をまどう視線は逡巡のためか、それとも−。  
 
 
 「『一期は夢よ、ただ狂え』‥閑吟集でしたかね。  
  これは夢、そう残夏の一夢ですよ」  
 「ゆめ。‥ああ、夢。‥せんせい‥」  
考えようによっては男の言葉は卑怯そのものだったが、謝緒里の理性はもはやそれを認識する状態にはなかった。  
彼女の中で抑圧されていたなにかが、かちりと音を立てる。  
それはいわば、スイッチが入る音−。  
 
 謝緒里はかぼそい指を望の襟もとに伸ばし、その首をするり撫でると襟をかき開く。  
カッターシャツのボタンをはずすと覗いた鎖骨に口付け、歯を立てた。  
 「せんせい。せんせい。せんせい。ああ、あぁ、ずっとずっと、わたし」  
唇は首筋を吸いながら手を袴の帯に伸ばし、結び目をもどかしげにほどく。  
地べたにおちた袴を追うようにスツールをすべり降り男の足をかき抱いた。  
 望はふるふると震える女の頬の感触を楽しみながら唇を歪めると、袷の帯を自ら解く。  
下帯をあらわにその股間を謝緒里に擦り付け、奉仕を促した。  
謝緒里はむしろ嬉しげに頷くと、唾液をたっぷりのせた舌をためらい無く下帯に這わせ始める。  
自分の欲しかったものの場所を探り当てると、そのふくらみに鼻先を押し付け、白い指でもみしだく。  
 謝緒里は手の中の布の舌で体積と硬さを増すそれをいとおしげに撫でさすり、霞がかった瞳で望を見上げた。  
薄紅を引いた唇で何度も接吻を捧げられた下帯はところどころに紅い染みが出来ていた。  
謝緒里には、その布は邪魔なのだ。  
 「あぁ、解きかたがわかりませんか?すみませんね、いまあげますよ」  
望は懐いた仔犬をあやすように跪く女の頭をなでると、下帯を解く。  
あらわになった肉棒がぴんと反り返り、謝緒里の鼻先に突きつけられた。  
 「せんせ‥?」  
 「いいですよ、どうぞ好きにして下さい」  
 
 謝緒里は切なげに喉をならすと望の肉棒を両の手で捧げるように包み、先端に口付けた。  
あおのいて望を見上げながら、開いた口に差し伸ばした舌の上で亀頭の裏を転がし、先端を舌の裏でなぞってやる。  
しかしその動きはどこかたどたどしかった。  
舌を赤黒い肉棒に這わせながら、時おり謝緒里の瞳に不安げな色が浮かぶ。  
−せんせい、これでいいでしょうか?わたしの、その、‥口は、気持ちいいですか‥?−  
 「どうかしましたか、謝緒里さん?だいじょうぶ、気持ちいいですよ。  
  不慣れを恥じる事はありませんよ?」  
望は優しげに微笑みながら女の髪をなでてやる。  
謝緒里は未熟な自分の舌の働きにそれでもぴくぴくと反応してくれる望に雌の心をくすぐられるのか、  
嬉さといくばくかの恥じらいのこもった笑みを返した。  
 その時であった。  
望の顔の笑みが、優しさを通り越したところまでつり上がる。  
謝緒里の髪を撫でていた望の手に急に力がこもった。  
 「でもこのままでは夜が明けてしまいますね‥。失礼して、動かせてもらいましょうかね」  
何のことかと見上げた謝緒里の喉奥めがけ、望は腰を突き出していた。  
 「んぅ、んんっ」   
喉奥を突かれ、軽いえずきとともにむせる謝緒里。  
望はそれが収まるのを待ってから、引いた腰を今度は優しく使い始めた。  
 「舌を遣うのも忘れないで下さいね、謝緒里さん。そう、舌の腹でしごいて‥、いい子です、上手ですよ」  
顎を撫でて口をいっぱいにひらかせ喉やほおの裏側の粘膜の感触を楽しむ。  
肉棒のせいでぷっくり膨らんだ謝緒里のほほをさすりながら、見上げてくるその蕩けた顔に満足げに頷いてやる。  
 
 (わたしの口に出たりはいったり‥いやらしい、へんな‥におい。せんせいの、おちん‥)  
まるで脳髄を犯されているような錯覚をおぼえ、謝緒里はぶるっと背筋を震わせた。  
それでも時おりぴくりと震える肉棒にいとおしさを覚え、望の腰使いにあわせ必死に舌を働かせた。  
僅かに温度と体積を増す口中のそれに、  
本能かあるいはかすかに持っていた知識からか、射精が近いのだとうすぼんやりと思い至る。  
望と眼が合った。  
きっと自分は今すごくはしたない顔を見られているのだろうな。  
上気した頬をすぼめつつ舌を動かしながら、そんな思考が謝緒里の脳裏をよぎったとき、それは来た。  
 
 耳朶を揉んでいた望の指がこわばるのを感じた瞬間、喉の奥に温度を持った何かが叩きつけられる。  
それが自分が愛撫を捧げた男の絶頂の証なのだと思い至る暇もあればこそ−。  
 「んあっ!んんぅっ!」  
驚きながらもその粘つく白濁を必死で受け止める謝緒里。  
射精のあまりの勢いに閉じてしまっていた眼をひらくと、顔をかすかに赤らめた望が自分を見下ろしているのが解った。  
唇をすぼめ、肉棒の奥に残る精の残滓を吸い出すと、にっこりと微笑んだ望が頭を撫でてくれた。  
その笑みに嬉しくなった謝緒里は、ためらいなく口中の白濁液を飲み下した。  
 「せんせい‥、わたし、うまく出来ましたか‥?おち‥んち、あの、気持ち良かったですか‥?」  
わざと、性器のことを口にしてみる。  
他にいくつもある直接的な名詞は、謝緒里には羞恥のあまりとても口に出せるものではなかったが、  
幼さの残るその表現は何とか口の端にのせることが出来た。  
望はいささか強く唇の端をつりあげると、膝を突いて謝緒里の耳に唇を寄せてきた。  
 「はい、謝緒里さんのフェラチオ、とっても良かったですよ。とても我慢出来ませんでした」  
自分のほうで動いて女の口を犯していたことなど棚に上げ、謝緒里の恥じらいを楽しもうと、わざわざそうささやいてやる。  
 −いや、せんせい、嫌です、そんないやらしいこと言わないでください−。  
 
 
 望は期待通りに身をよじる謝緒里の腰を抱いて立たせると、カウンターに肘を突かせた。  
その突き出された尻の後ろにまわる。  
 「せんせ‥?」  
不安げに首をめぐらす謝緒里のうなじに口付けると、望は小ぶりな丸い尻肉を撫で回しワンピースの裾をまくり上げた。  
繊細な刺繍の薄絹の下着と、ストッキングを吊るガーターがあらわになる。  
華奢な肢体の、抜けるような白い肌を飾る黒のレースがなまめかしい。  
 「そのままでいて下さいね‥今度はわたしが謝緒里さんを気持ちよくして差し上げますよ」  
 「え‥?」  
 
 酒精に焼かれ性感に燃えた頭でも、男の言葉の意味するところを悟ったのか。  
今度は謝緒里の後ろにひざまづいた望が鼻先を尻に押し当ててくると、謝緒里はたちまち顔を赤く染めあげた。  
 「いや、せんせ、やめてください‥」  
何か抗議めいた台詞を望に浴びせはしたが、期待感に膝が笑ってしまう。  
だいいち、すでに下着を糸引くほど湿らせてしまっているのを男の眼前に晒している身ではそんな言葉など何の意味も持たない。  
ふふ、と笑った望の鼻息にすら感じてしまい、  
膝をすり合わせようとした様をじかに見られては、謝緒里はあきらめてしまう他なかった。  
 望は謝緒里の両の腰骨の下に結び合わされている下着の紐に指を掛ける。  
すい、と引くと、そのちいさな絹の布地はするりと謝緒里の尻から離れていった。  
それはぺたり、僅かに粘液質の音を上げて床に落ちる。  
 「あぁっ!」  
見られた。見られている。せんせいに、わたしの一番恥ずかしい、ここを‥!  
 「おやおや、単に蝶々に結んだだけですか?なんですか、こんな風に剥ぎ取られ易いようにしていたなんて‥」  
 「ち、ちがいます!これは、その‥」  
 「貴女のように普段おとなしげな人ほど、その身に秘めた欲望は深く大きいということですかね?  
  瑣末な事からわかるものですよ、いやらしい方です、ほんとうに−」  
望にそんな風に罵られるたび、謝緒里の脳髄の奥に被虐の快楽が押し寄せる。  
 −そうです。毎日下着を換えるたび、これを脱がすのがせんせいなら、と幾度思ったことか。  
  わたしはいやらしい女です。せんせい、ああせんせい、はやくわたしの『そこ』をいじめてください−。  
空気にふれ、望の眼にふれた己の秘部をひくつかせ、謝緒里は期待を燃え上がらせたが、望はそこに触れようとはしなかった。  
 
 「いやらしい‥雌のにおいは確かにしますが‥、ねえ、謝緒里さん?  
  何処にふれて欲しいのか、どうかわたしにわかるようにそこを拡げて貰えませんか?」  
男はもう鼻先に『そこ』を捉えながら、意地悪くのたまい、そこに吐息を吹きかける。  
 「ひんっ!」  
手ひどいおあずけに狼狽した謝緒里はますます膝を震わせて、カウンターをつややかな爪でかきむしった。  
 「えぇっ‥?い、いや、せんせい‥いじわるしないでください‥許して‥」  
犬歯をむき出して女に見えぬ笑みを浮かべた望は顎をそらすと、ゆれる尻の肉をわしづかみにする。  
 「駄目です。さ、早くしてください‥貴女の綺麗なそこを、わたしに見せてください」  
巧みにおだてながら、望は謝緒里の両肘を引くと、その指先をまるい尻の合わせ目へと引っ張ってやる。  
謝緒里は観念したのか、白い歯をきしらせると自分の指先に力を込めた。  
 
 ‥くぱり。  
 「あぁ‥、変態!変態!へんたい!せんせいは変態です!変態!  
  こんな、こんなことさせるなんて‥!」  
 謝緒里は罵られたり褒められたり、すっかり望に乗せられて、あるいは乱れる己に酔ったのか。  
口調こそ望を咎めるように荒げてはみたが、男の望みどおり自らの肉襞をその眼前にいっぱいにひろげてさらけ出した。  
 「たいへん よく できました」  
くすりと笑った望は舌を差し伸ばしひくついた桃色の膣穴に吸い付いてやる。  
じゅるり、わざと音を立て入口の柔肉をねぶり、吸い、舌先でかき回した。  
鼻先で植生を掻き分ける動物のように割れ目に唇をねじ込みながら、  
 「おいしいですよ?謝緒里さん。それにとても綺麗ですね‥流れて堕ちても、あまりここは使わなかったということですかね」  
いちいち淫らな責め言葉を吐いて女の脳を焼くことも忘れない。  
 「あっ!ぃあっ!あぁぁ‥」  
上体をカウンターに突っ伏した謝緒里はひくひくと細かく体を痙攣させ、舌を出してあえいだ。  
 「使ってません‥いっかいも‥せんせいに、して欲しかったから‥、あぁっ!」  
答える必要も無い、羞恥をともなう台詞を意識せずに吐き出す謝緒里は、もうすっかり出来上がっていた。  
 
 ぴしり。  
忙しく舌を使う傍ら、望の指の腹が謝緒里の肉の芽を軽くはじいた。  
声にならないあえぎを漏らしくず折れる謝緒里の膝を、望が咄嗟に空いた手で支えてやる。  
 「いけませんね、ちゃんとお尻を突き上げていて頂かないと‥。してあげられなくなりますよ‥?」  
 「いや、いや、いやぁ‥」  
何がいや、なのやら。  
望は尻肉に甘噛みしながらくすりと笑うと、手指を膣の入口にあてがう。  
既に太ももにいく筋か粘つく垂れをつくるほど潤ったそこは男の指をすんなり受け入れる。  
 「ひぃっ!」  
それでもずっと自らの秘所を律儀に拡げ続けていた謝緒里の腰から、すっと力が抜けるのがわかった。  
望は謝緒里の肉の内と外ではさみこむように指を、舌をうごめかせる。  
 「せんせい、だめ、だめです‥わたし、だめなのぉっ‥!」  
皮をむきあげた肉の芽をつまみ、転がし、優しく引っ張りながら舌先でとどめの愛撫を加えてやると、謝緒里はたまらず達した。  
手足を突っ張らせ、望の指を締め付けながらふるふると痙攣する。  
ぴゅうとふき出した飛沫が望の袖口をぬらし、力を失った謝緒里が下半身から床にずり落ちていった。  
 
 望は袷を脱ぐと床に敷き延べ、謝緒里をそこに寝かせてやる。  
なきぼくろに光る涙を一粒、唇で吸うと、謝緒里の背に手を廻し、ワンピースのジッパーを引き下げた。  
服をぬがせ、のこったブラジャーも引き剥がす。  
謝緒里の薄い胸が絶頂の余韻に上下するのを見下ろしながらその膝を割り、覆いかぶさるように女の体の横に手をついた。  
肉棒を、謝緒里のそこにあてがう。  
 さて−。  
奇妙に冷静さを保った望は、顔をそむけた謝緒里のほほを撫ぜた。  
 今回はわたしもたいがい流されてしまいましたが、ここらできっちりしなくてはいけませんかね。  
 「ねぇ、謝緒里さん」  
 「せんせ‥しちゃうんですか‥?」  
謝緒里はぼうと霞がかかった、しかしどこか期待に満ちたような瞳で望に向き直った。  
 「いいんですか?」  
 「‥はい、優しく、どうか‥」  
 「ちがいます」  
 「え?」  
髪を撫で、耳たぶを撫で、顎へと手指を流しながら−。  
 「貴女はスナックのママで、わたしはゆきずりの客。たまさかの縁に酔った二人の、行きずりの情事−。  
  そんな事でいいのですか?」  
 「‥え?」  
性感に乱れていたはずの謝緒里の緩んだ顔貌に、望の投げかけた影が何かを呼び起こす。  
 「それは‥!で、でも、でも!」  
酔いなどとうに醒めていたのか、それともあえて乱れることで最も繊細ななにかから、目を背けていたのか−。  
 「でも、そうじゃないと、‥そんなかりそめの関係じゃないと、わたしなんかが!  
  わたしのようなものが、先生とこんなこと出来ません!」  
わたしのようなものが−。  
悲鳴のように叫んだ謝緒里を、望はきゅっと抱きしめた。  
 「本当は、お互いが何者であるか、知っていますよね‥。わたしが、何をしにここに来たのかも」  
 「‥‥『お仕事』で来たんでしょう?『お仕事』ですよね?」  
 
 望は自分の店に来たときの発言が、謝緒里の心に澱のようにわだかまっていた事に気がついた。  
あぁもう。  
拗ねないで下さい。  
結構覚悟決めて、来たんですから−。  
 「ええ、仕事、確かにそれもあります。わたしは教師で、貴女たちの担任ですからね。  
  でもただ仕事だけでここまでしませんとも−」  
 「‥」  
 「一期の夢と、狂う度胸がなかったんです、わたしも。あなたと同じですよ」  
 「あ‥」  
 「先ほどのあなたの告白は、本当にこたえました。  
  すみません、あなたがどんなに傷ついていたか」  
 「せん‥せい‥」  
 「確かに酔いやら何やらに流され、調子に乗りはしましたが‥。  
  ここに来たのは‥あ、‥愛、のためですよ!ああもう、恥ずかしいですね!」  
上った血の熱さを振り払うように、ぶんばぶんばと頭を振る望。  
 「え‥?」  
 「それはあなたの名前、そしてわたしの想いです。‥迎えに来ました、加賀‥愛さん。  
  ‥新学期が、はじまるんですよ」  
 「せ、せんせ‥」  
言いかけた謝緒里、否、加賀愛の唇は望のそれに塞がれていた。  
望の唇はぴりぴりと強張っている。  
自らの告白の照れ隠しであることが愛にはわかった。  
先ほどの接吻のような巧みさはなく、それはまるで中学生の初恋のようなつたなさ。  
それだけに伝わってくる望のまごころが、愛の胸を締め付けた。  
 「加賀さん。本当に心配させてくれましたね。わたし一人では、こんなところ見つけられませんでしたよ。  
  他の皆さんともどもいなくなって、どんなに心配したか‥」  
 「‥すみませんすみません!わたしのようなものが、本当に先生に被害を与えてしまい−」  
 「一緒に帰りましょう。これを、済ませてからですが」  
真っ赤になった愛を見て、望はにっこり笑う。  
 
   
 望は上体を起こすと、自らの肉棒で愛の十分に濡れた膣の入口をねぶりまわしはじめた。  
 「ひぁっ!」  
 「まったく−。加賀さん、あなたには本当におしおきが必要ですよ、いいですね?」  
 「は、はい、でもせんせい‥優しく‥お願いします‥」  
うっすら透けた黒いストッキングに包まれた愛の両膝を開かせる。  
スナックのママなどという仮面の剥がれた愛は、糸色望の学生である、ただの年頃の娘に戻っていた。  
 ひかえめな乳房も、尖った先端も、あばらの浮いた白い腹も、両足の付け根の薄い翳りも、  
ただの教師と生徒の関係ならさらけ出すことなどありえない場所。  
けれど、今は。  
 「いきますよ、加賀さん」  
 
 あてがわれた望の肉棒が、愛の一番深いところに向かって侵入してくる。  
愛が夢にも思い描き、覚悟していた痛みは、一刹那閃いただけだった。  
残った酒精のせいか、既に十分なほど潤っていたせいか−。  
抵抗少なく望を受け入れた愛は、それだけで意識が飛びそうになった。  
 「だいじょうぶですか?つらくありませんか?」  
 「あっ?‥はい、せんせい‥でも、あつい、です‥」  
ささやくように、初々しい睦言が交わされる。  
 「わたしもあったかいですよ。だいじょうぶそうですから、動きますね‥」  
 「‥はい、せんせい、やさしくおねがいしま‥」  
優しく?  
とんでもない。  
これは、おしおきですから。  
かすかにうねる、愛のかぼそい体に雄の嗜虐心を刺激されたのか、望は歯をきゅっと噛むと、腰をいきなり激しく突き入れた。  
 「うぁっ!あっ!せ、せんせい、いきなりっ‥!」  
望はそれには答えず、上体を起こすと愛の乳房をもみしだきながら、いっそう激しく動き始めた。  
 「おしおき、って言いましたよ、加賀さん」  
 「いぁ、あぁあ、せんせいっ‥!ずるいです、こんな、わたし‥っ!」  
望は突き入れる肉棒のせいでそこだけぷくりと盛り上がった愛の下腹をなでさする。  
複雑に絡み合った肉襞を出入りするたび、つい先刻まで乙女だった愛の肉が、その口から上がる嬌声に相応しく痙攣していた。  
 「あぁ‥、加賀さん、あなたのかたちがわかりますよ‥?きつくて、せまくて、あたたかくて」  
 「いやぁっ!いやです、せんせい、そんなこと言わないでくださいっ」  
−こんな時でも『ください』なんですね、加賀さん−。  
乱れながらも身についた品の良さを失わない愛に、望はむしろ興奮した。  
この娘を、もっともっとのけぞらせたい。  
恥ずかしいところが、見たい−。  
 
 
 動く望から飛び散った汗が、愛の体にぱたぱたと落ちる。  
望は愛の上体はそのままに、その両膝をあわせて腰をひねらせた。  
 「え‥?ぇあっ?ん、んんぅ‥」  
愛の嬌声が耳に心地よい。  
ひねることで強調された腰のくびれにうっすらあばらが浮きいで、成熟一歩手前の少女を貫いているという背徳感をあおる。  
 愛は態勢が変わることで先ほどとはまるでちがう快感に襲われていることに気づき、驚いていた。  
突かれているのは自分の下半身なのに、望が動くたび、まるで脳の裏側を直接愛撫されているような錯覚に襲われる。  
 −自分の身体なのに、まじわりかたによってこんなに感覚がちがうものになるの−?  
頭をよぎった『まじわる』という自分の思考に、羞恥する。  
 (まじわってる。わたし、せんせいと交わっているんだ)  
頭の中がそんなことばでいっぱいになり、もう他に何も考えられなくなりそうになった。  
 
 愛のあえぎが低くうめくようなものに変わった。  
 「可愛いですよ、加賀さん‥。さぁからだを廻して、膝を立てて‥」  
望はやわらかくしなる愛の肢体を四つんばいにさせると、その持ち上げられた尻を上から押しつぶすように肉棒を送り込む。  
 「せんせ、いや、いや、こんなかっこう‥」  
息も絶え絶えにあえぐ愛。  
敷き延べられた望の袷をかきむしりながら、快感のあまり上体を支えられない肘がかくりと折れる。  
頬を床に押し付けて尻だけを高く望に向かって突き上げた自分の痴態を認識することも、もはやできるかどうか。  
 「加賀さん、だいじょうぶですか?」  
空調が効いてはいるものの、絡み合う二人はもう汗とその他の液体で濡れそぼっていた。  
 「あ、あ、あぁあ‥」  
何度かゆっくり浅く浅く入口をかきまわしたあと、深く強く突き入れてやると、愛の嬌声はひときわ高くなるようだった。  
 「ひんっ!ぃ、せんせい‥きもち、いいです‥」  
ぽそぽそ、愛はやっとそれだけを言うと唇をきゅとむすび、快感に堪えかねたように身をよじる。  
限界が近いようだった。  
望もずれる眼鏡を直す余裕も無いほど、切羽詰ってきてはいた。  
十分に感じている愛に満足はしていたが、最後に一度いじめてやりたい、そんな雄の情念が望を持たせている。  
 
 望は伏した愛の肉の芽に這わせていた指を滴る粘液に湿らせるとそこから引き抜く。  
よつんばいの突き上げられた愛の尻の、肉棒の出入りする上に見えるもう一つの穴−そのすぼまりに指をあてがう。  
 「ひぁぁっ!そ、そこはっ」  
恥ずかしいそこは、愛にとっては何かを入れることなど考えもつかない場所−。  
飛びかけた意識が羞恥と驚きにつなぎとめられた一刹那。  
つぷり。  
望の指がそこに侵入し、肉棒の動きにあわせて中をかき回していた。  
 「んぁぁっ!!」  
とたんに今までよりひときわ大きな快感の波が押し寄せ、愛の脊髄を駆けのぼる。  
それと同時に望はペースを上げ、愛の最も深いところへと肉棒を突きこんでいった。  
 「せんせい、せんせい、せんせい‥っ」  
 「加賀さん、加賀さん、加賀さん‥!」  
脳髄が溶け出し、時空感覚が混濁し、意識が交じり合う。  
もうどちらがどちらを責めているのか責められているのか、愛にも望にもどうでもよくなっていた。  
 「加賀さん、先生ももう限界です。いいですね、加賀さんの中、一番奥にあげますよ?」  
 「だめですっ、せんせい、だめですぅっ‥」  
肉と肉、心と心の奥で膨らんだ何かが見えない容れ物を満たし、沸騰し、はじけてゆく。  
愛のからだがふるりと揺れ、ひきつり、望の分身をしぼりあげる。  
天を仰ぎながら身をのけぞらせた望は、愛の膣奥に精を放っていた。  
   
 二人のからだが脈打ち、長い射精が終わると‥愛は横に崩れ、前のめりに身を支えた望の腕の横に転がった。  
望は自分も床の袷の上に転がると、愛を抱きとめ、ふるえの残るからだをそっと撫でてやる。  
 「今度は、いなくなったりしないで下さいね‥加賀さん。あなたは、わたしの‥」  
そこまで言って、愛が気を失っていたことに気づくと、望は苦笑いを浮かべた。  
しばしのまどろみに、愛はどんな夢を見るのだろうか。  
そのまま誰にも聞かれることのない言葉を眠る愛の耳にささやくと、望もまた眼を閉じた。  
 
 何周めになるのか、ハイフェッツのバイオリンの音が、再び時空に満ちていった。  
 
           『懺夏の夢』了  
   
 
 

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