……一体、何が起きている状況なのでしょう。  
 
先程から幾度となく頭の中へと浮かんでくる言葉をもう一度繰り返し、部屋のほぼ真ん中の位置で正座しながら、  
目の前に垂れ下がっている蛍光灯の紐を見つめている。  
畳敷きの床ではあるものの、その床の大部分を覆うように柔らかいカーペットが敷かれている為、実際の気温ほ  
どの寒々しさは感じられなかった。  
「…ちょっとまってくださいね。すぐに暖まると思いますから」  
自分の目線の斜め前、カーテンを敷かれた窓のそばにある  
ファンヒーターのスイッチを入れながら、彼女はこちらへと振り向いて微笑んでみせる。  
軽く会釈を返しながら愛想笑いを浮かべ、ちょっと照れたように目線を逸らし、何気なく部屋の中を見回してみ  
る。  
弱めの蛍光灯に照らし出されている室内にあるものは、ヒーターの他には家具らしき物や装飾類は見当たらず、  
壁には今彼女が脱いだコートが掛けられているだけで全体的にがらんとした印象をうけた。  
部屋の隅に丁寧に畳まれた寝具が置かれている事から、基本的にこの部屋で寝泊りしているのだろう。他にも部  
屋があるようだが、この様子では何も置いてない空き部屋である事は想像に難くない。  
質素というよりは、あまり生活感の見られない部屋に思えるが、掃除はきちんとなされているらしく、埃っぽさ  
は感じられなかった。  
 
部屋の様子を眺めているうちに、彼女はおそらく台所の方へ向かったのだろう。  
廊下の向こうから、ヤカンか何かを扱うような音が聞こえてくる。  
「……あ…!」  
不意に、台所の方向から小さな声が聞こえ、望は微かに眉を動かすと、立ち上がり、廊下へ続く引き戸を開けた。  
「どうしました?」  
それと同時に、廊下の奥からぱたぱたと駆けてきた彼女の姿が近付き、ちょっと困ったような顔で笑いながら目  
の前を通り過ぎてゆく。  
「…あの?」  
「すいません。……ちょっと、えっと… お茶を切らしてしまっていて! すぐ買ってきますから」  
少々焦りながら靴を履いている彼女に、先生は笑い返すと廊下の方へと踏み出してくる。  
「ああ。じゃ、私が……」  
「あ、ホント、すぐそこですから。ちょっとだけ、待っていてくださいね」  
軽く手を振りながらニッコリとしてみせると、しっぽのように背中で一つに束ねた髪を揺らしながら背を向け、  
玄関の戸を開けて外へと出て行ってしまった。  
 
すぐに聞こえなくなった玄関先の足音を見送ると、苦笑を浮かべて頭などを掻きながら、望は部屋を覗き込み  
ヒーターが動き出している様子を確認する。  
所存無げにして、部屋に入るでも廊下に出るでもない位置でしばらく立っていたが、やがて何とはなしに台所の  
方へと向きを変えるとそちらへと足を向けた。  
「…何でしょうね、この状況は……」  
指で軽く頬をかき、困ったような嬉しそうな表情を浮かべたまま、遠慮がちに台所へと入って行った。  
 
 
──時間にして、ほんの十数分前の事、  
しごく真面目な表情で、冷え込み始めた空気の中、望は一人、表札の入っていない門柱の前に佇んでいた。  
声に出して溜め息をつき、少しうつむき加減の顔を小さく捻って、その家の隣へと視線を動かす。  
空き地だ。それ以外には何の例えも出てこない。  
すっかり更地になっているそこには、以前自分が生活していた痕跡など、かけらも見当たらなかった。  
「何をやっているんでしょうね、私は…。」  
誰にともなく呟いて、望は目の前の一軒家へと顔を戻した。  
そろそろ暮れ始めているのだろうが、灰色の雲に覆われた空では夕日の光も届かず、辺りはゆっくりと暗くなり  
続けている。  
そんな時刻にもかかわらず、目の前の家は灯りが入った様子もなく、  
外から見える窓はずっとカーテンに遮られており人の気配は感じられない。  
それに加えて、表札すら無いとすれば、空き家以外の何物でもなさそうに思える。  
玄関先まで進んでインターホンを鳴らせばさらにはっきりするのだが、望は門柱と睨みあったまま動こうとはし  
ない。  
 
記憶を辿り、何とか思い出そうとするが、どうしても以前までここに付けられていた表札が何と書いてあったか  
が浮かんでこなかった。  
単純に注意力が足らなかっただけとも言えるが、望には表札など最初からなかったように思え、しきりに首を捻  
っている。  
ほとんど人通りの無い道を通りかかった人が立ち止まり、そんな望の様子を不思議そうに眺めていた。  
 
やがて唸るのを止めると、望は肩の力を抜いて短く溜め息をつき、顎を上げて家を見上げ口を開く。  
「……人違い… 見間違いだったのでしょうか……」  
どこか納得の行かない表情で呟いて、もう一度溜め息をついた。  
「あの…… 糸色さん?」  
やおら背後から名前を呼ばれ、望は思わず叫び声を上げてしまいそうなくらいに驚き、目を見開く。  
先ほどからそこに誰かいる様子は何となく分かっていた。  
が、ただの通行人だと思っていた相手から発せられた声は、望を動揺させるのに十分なものをもっていた。  
聞き覚えはもちろんある。久しく聞けなかった声が耳から入り、直に心臓を揺さぶっていると思えるほど動悸が  
激しくなり、望は喉をごくりと鳴らすとゆっくり振り返ってみる。  
「お久しぶりですね。」  
振り向くと同時に相手の方から声をかけられると、望は返事をする事も忘れ相手の姿を凝視してしまった。  
──何も変わっていない。  
まず、一番に浮かんだ印象はそれだった。  
長く、柔らかそうな髪を後ろで無造作に束ねただけの髪型。向けられただけで安心してしまうような笑顔と眼差  
し。  
「…ええ……っと。……はい。お久しぶりです。」  
とぼけた返事を返す望に、彼女は可笑しそうにクスッと笑いかけた。  
 
「…その。…実は今朝方、駅の方でお見かけしまして。  
いや、なにしろ一瞬の事でしたので見間違いかとも思ったのですが、どうしても気になってしまいまして。」  
しどろもどろになりながら説明を始める望に、彼女は少し驚いたように口を開ける。  
「わざわざここまで……?」  
「あ! いえ、今日は放課後も暇でしたし。夕食の買い物もありますし。ちょっと寄ってみただけでして!」  
さらに焦った表情を顔に出し、意味もなく片手を振りながら弁解する望に、彼女は嬉しそうに目を細めて口元を  
ほころばせた。  
「憶えていてくれたんですね。」  
「あ…… その……」  
少し顔を赤くしながら言葉に詰まった様子で、望は一旦仕切り直す様に顔を背けて人差し指でずれた眼鏡を直す。  
 
微笑んだまま、そんな望の様子を見ている彼女に再び向き直ると、やや落ち着きを取り戻した顔で小さく口を開  
く。  
「…いまは、どちらに?」  
望の質問に、彼女は短く「あ。」と声を出した形に口を開き、横の家に視線を向けた。  
「この家にはもう、時々、手入れをしに来るだけなんです。少し不便もありますし。あ、でも、まだ十分使えま  
すから──」  
何かを思いついたように足を踏み出して敷地の中に入ると、彼女は振り向いて玄関のドアを手で指し示す。  
「立ち話もなんですから。よかったら中でお茶でもいかがですか?」  
そう言いながら、着ているハーフコートのポケットに手を入れてキーホルダーを取り出した。  
数歩離れた場所に居る彼女の全身が望の視界に入っている。  
温かそうな黒っぽい褐色のハーフコートに、下はスカートだろうか。コートに隠れて判別できないが、裾の下か  
らはコートと同色のストッキングに包まれた細い足が見えている。  
ふと顔を上げると、自分の服装を見ていた望に気がついているのだろう。  
彼女は僅かに頬を赤くしながら、恥ずかしそうに微笑んでこちらを見ていた。  
望は瞬時に赤面し、口をぱくぱくさせながら目を泳がせている。  
分かりやすい狼狽ぶりを見せる望に彼女は何も言わず、笑みを浮かべたまま取り出した鍵をドアの鍵穴に伸ばす。  
「まっ……!」  
「そういえば糸色さんに上がって頂くのは初めてですよね?」  
「え? あ…… そ、そうでしたかね…… ……そう……ですね、確か」  
唐突に尋ねられ、望はやや狼狽しながらも、それでも正確に答えようとしたのだろう、一瞬だけ記憶を辿り、そ  
れを確認してからうなずいてみせる。  
 
気がつくと、望が少し逡巡している間に、彼女はすでにドアを開けて玄関へと入り込み、靴を脱いでいる。  
「…糸色さん? どうぞ。遠慮なさらずに」  
先に家に上がり、コートを脱ぎながら振り返ると、後ろでもたもたしている望を遠慮していると見たようで、笑  
いながら軽い口調で片手で廊下の奥を示しながら、自分も上がるように促している。  
「……そ…… それでは、ちょっとだけ失礼して……」  
彼女からは視線を逸らし、少しはにかんだような笑いを浮かべ、必要以上に丁寧な動作でドアを閉めると、望は  
ゆっくりと下駄を脱いでひんやりとした板張りの廊下へと足を乗せた。  
 
 
「……やっぱり、遠慮するべきでしたかね……」  
あごに手を乗せて、困ったように眉を曲げた表情で、望は意味もなく台所の食器棚のあたりをうろうろしながら、  
自分の言動を思い起こしていた。  
「…仮にも、一人暮らしの女性宅に、ずかずかと上がり込むなどと……」  
ぶつぶつ呟きながら、落ち着きなく目を動かしているうちに、ふと、彼女がやりかけのままにしているらしき、  
ガスコンロに乗せられたヤカンの姿が目に入ってきた。  
何気なく近づき中を見てみるが、その少し小さめのヤカンはまだ水も入っていないカラの状態で置かれており、  
望はおもむろにその取っ手を持つと首を動かして台所の中を一通り見回してみる。  
ざっと見た限り冷蔵庫らしき物が無い様子を確認すると、苦笑しながら流しの蛇口をひねり、ヤカンの中へと水  
を注ぎ始めた。  
「…水道水でかまいませんよね」  
そんな独り言をつぶやいて適当な量の水でヤカンを満たすと、そのままコンロの上へと乗せる。  
「…ああ、元栓が閉まって…………おや?」  
火をつけようとしてガスの元栓が閉まったままな事に気が付き、それをひねろうと手を伸ばした所で、コンロの  
脇のスペースに置かれている物に気が付き、伸ばした手をそちらへと向けた。  
円筒形のそれを掴み、目の前に持って来ると、望はそれのフタを開けてみる。  
「…お茶…… 十分にあるじゃないですか…?」  
筒の中を満たしている緑茶らしき茶葉が目に入ると同時に玄関の方からドアの開く音が聞こえ、すぐに廊下をト  
ントンと靴下の足で歩く音が近づいて来る。  
 
「お待たせしました。ちょっと手間取っちゃいました…… あら? 糸色さん?」  
「ああ、すみません。勝手ながらお湯を沸かしておこうと思いまして……」  
「え? あ、そ、そうでしたか。すみません、かえって気を遣わせてしまって……」  
やや狼狽している様子の彼女へと不思議そうな視線を投げかけながら、望は手に持っていた茶筒にフタをしてコ  
ンロの横に置いた。  
「それはそうと、お茶なんですが…… まだ、十分入っていましたよ? 買いに…… 行かれなくてもよろしか  
ったのではと…」  
愛想笑いを浮かべる望の前に立つ彼女は、買い物に行ってきたにしては手ぶらのままでレジ袋なども持っている  
様子もなく、今の服装ではとても商品を入れておけるポケットなどはあるようには見えない。  
少し気になるのは、こちらから隠すように体の後ろに回してある右手で、見ようによってはそこに何かを隠し持  
っている様にも取れる。  
「……ここで、突然、包丁とかを突きつけられてしまうオチなんですかね?」  
「えっ……!?」  
苦笑を浮かべてもらしたその独り言は、小さな声ではあったのだが、十分に彼女の耳にも届く音量だったらしく、  
びっくりしたように目を見開きながら慌てて両手を目の前でパタパタと振って見せた。  
「いえいえ! そんな危ないもの──」  
苦笑しながら反射的に差し出した時に、無意識に手のひらを開いてしまったのだろう。  
そこに握っていた物が手を離れ床に落ち、勢いのついていたそれはカラカラと軽い音を立てて板張りの床を転が  
ってゆく。  
「あ、私が──」  
「あ!? ちょっ……」  
自分の足元で止まったそれを無造作にしゃがんでひょいと拾い上げる望に、彼女は追いかけようと差し出した手  
を前に出したまま硬直してしまっていた。  
煙草の箱より少し小さいサイズの箱は見た目以上に軽く、拾い上げ、何気なくそれに目をやった望は、目の前の  
彼女と同じように動きが止まり、目を見開いた状態で手の中のそれを凝視していた。  
          
 
ゆっくり10を数えたくらいの時間が経っただろうか。  
錆びた機械のようにぎこちない動きで首を曲げ、望は彼女の方へと顔を向ける。  
途端に顔を赤く染め、勢い良く顔を背けてしまった彼女に、望はどんな表情をしていいのか解らないようで、何  
とも中途半端な笑みを張り付かせて、自分もやや赤くなりながら乾いた笑い声を上げた。  
「は… ははは…… これは、その…… あの… 指サック、ですね? 指サックを買いに行かれていたのです  
ね…」  
混乱している様子が手に取るようにわかる望の様子に、彼女も顔を背けたままチラリと視線をこちらに向けて小  
さな声を出す。  
「……そ、そうですよ。……指サック、です。………………男性用の」  
「あ…… えっと… えー……」  
ぽつりと付け加えた言葉が冗談なのかそうでないのか判別できず、望は手の中のそれを持て余しているように、  
何度も持ち方を替えている。  
「…………すみません……」  
蚊の鳴くような細い声を出した彼女に、望は慌てて首を振ってみせると、一つ咳払いをして見せ、努めて落ち着  
いた声で口を開く。  
「…ここは寒いですから…… とりあえず向こうで話しませんか?」  
望へは顔を背けたまま、こっくりと小さく頷いた様子を確かめると、彼女は体の向きを変えて部屋の方へと足を  
踏み出した。  
 
 
うっかり望が部屋の戸を開け放したままだった為か、部屋の中はさほど暖かい訳ではなかったが、台所で佇んで  
いるよりはずっと過ごしやすい室温にはなっている。  
小型のファンヒーターが働く音を聞きながら、二人はどちらからともなく微妙な距離と向きを保って座り込んで  
いた。  
「……な ……何だか緊張してしまいますね」  
だいぶ快適になってきているはずなのに、寒そうに何度もゴソゴソと身をよじったり手を擦り合わせたりしなが  
ら、望はやや上ずった声でそんな言葉をかける。  
彼女はやはり顔を見せないように望からは背けたまま、やがておずおずとした様子の声で、ぽそっと呟いてみせ  
た。  
「……軽蔑…… されました……?」  
「へ!? いや、そんな! ありえませんよ! 軽蔑するような事じゃないでしょう!」  
がば、と勢いよく顔を向けて答える望に、彼女は顔を少し上げて、まだ目は伏せたまま上目使いに落ち込んだ表  
情で口を動かす。  
「…でも…… 最初から…… そのつもりでお誘いした、事…… こんな、あからさまに……」  
恥ずかしそうな声で、再び耳まで赤くなって語尾が縮んでいってしまった彼女に、望は少しきまり悪げに笑いな  
がら頬を指でかいて、ぼそぼそと呟き返した。  
「…いえ、まあ…… 私も… ほんの少し、期待していたような所が有るでも無いでも、な感じでして……」  
「…………」  
望の呟きに、少し空気が解れた様子で、彼女はまだ赤い顔をようやく上げると、座ったままゆっくりと体の向き  
を変えた。  
「…糸色さん」  
「は…… はい?」  
少々、先程の消沈した声とは違った雰囲気を彼女から感じ、望はとっさに裏返った声で返事を返す。  
「糸色さんが…… 私の事、お嫌でなければ……」  
ゆっくりと上半身を望の方へと寄せながら、両手を正座した望の膝にそっと添え、彼女は熱っぽく潤んだ瞳で望  
の顔を覗き込む。  
瞬時にその意図を理解し、望はびくりと一度体を震えさせると、背筋を伸ばして膝の上に置かれた両手に自分の  
手を被せた。  
「…つい今、期待したとか言っておいて何ですが…… やはり私としては、こういう事はその… 少しずつ、お  
互いを知りながら階梯を登って行きたいと思うわけで…… いえ、決してあなたが嫌などとそんな事ではなく!  
 むしろ、気持ちの方は飛び上がらんばかりなのですが──」  
「でも……」  
口早に弁解するような言葉を述べてゆく望に、彼女は見上げる形で覗きこんだ瞳を微かに潤ませ、ぽつりとした  
呟きで望の声を断ち切った。  
「次に、こうして二人だけになれるのは、いつになるか…… そんなの、私は…… もう…」  
「それは……」  
返す言葉が見つからなかったのだろう。  
目を逸らして口篭ってしまう望に、彼女は潤んだ瞳を笑みの形に変えて、膝に置いていた両手をゆっくりと持ち  
上げて望の背中へと回し、抱きつくような格好で体を預けてくる。  
 
「あ……!?」  
とっさに支えようとした格好のまま、ふわりと軽く倒れこんだ望の背中がカーペットの床に付いた。  
彼女は望の上に覆いかぶさった状態で、その胸に顔をつけて鼓動を確かめるように耳と頬を当てている。  
「…触れたかった。ずっと、こうして糸色さんに触れる事が出来る時を待って…… その待っていた人が今こう  
してここにいるなんて…… 嬉し過ぎて、何て言って良いのか……」  
両手を望の背中に回したまま、とろけそうな声で囁く彼女に、望は少し頬を赤くしながら困った表情を作ってみ  
せる。  
「…何だかもう夢なんだろうなと思ってしまいますよ。…私がこんなに愛……されるなんて、この状況でもまだ、  
何かの間違いとしか思えなくて──」  
力の抜けた声でぼやく望に、彼女は小さく吹き出すようにクスッと声を上げ、体を起こして天井を背にし、望の  
顔を正面から見つめる。  
「じゃあ、一緒に確かめましょう…? 間違いじゃないって……」  
組み敷かれたようにも取れる姿勢で、真上にある彼女の口からこぼれた言葉に、望はのぼせたように顔を染めて  
しまう。  
反射的に顔をそらそうとした望の顔を左右から両手で捕まえるように挟み、間を置かず近付いた彼女の唇が望の  
唇と重なり合った。  
 
 
「あ…… あの… これって結構、情けない絵じゃないかと…」  
「そんな事ないですよ? 誰かに見られるわけでもないんですし。任せてくださいね」  
寝転がったまま彼女の手によって着物を脱がされてゆく今の自分の姿を想像したのだろう。  
少々情けない声を出した望へと笑顔で返し、するすると手を動かし続けて着物を脱がしてゆく。  
やがて、少々ためらいを見せながらも最後の下着まで取り払われると、さすがに羞恥に耐えかねた望の手が伸び、  
自分の局部を隠そうとする。  
「あ…… そんなに恥ずかしがらないでも…」  
望の手が自分の局部に届こうとするより先に、それを察した彼女の手が伸び、まだ縮こまった状態のそれにそっ  
と覆いかぶさり、僅かに撫でるように触れてくる。  
ひんやりとした指が自分の敏感な部分を優しく撫でている感触に、望は次第にもぞもぞとした物が自分の中から  
湧き上がって来る事を感じ、局部へと熱い血液が集中しようとしている様子を悟る。  
手の中にあるそれが、やや膨らみを帯びてきた事に気がついたのだろう。  
彼女は手の動きを止め、気恥ずかしげな視線を望の方へと送りながら口を開く。  
「…糸色さんは ……手と、く…… 口と、どちらがお好きでしょうか?」  
「えっ!? ええっ…… と……!」  
全く予想していなかった質問を投げかけられ、望は泡を食ったように口をぱくぱくとさせて言葉が出せずにいる。  
狼狽している望へと小さく笑いかけると、彼女は一瞬だけ小首をかしげ、すぐに上体を倒して望の局部へと顔を  
近づけてゆく。  
「やっぱり、お口で…… するのが基本でしょうか?」  
「あ、いや…!」  
何か言おうとしている望の目の前で、彼女の唇が自分のそれに近付き、ゆっくりと小さな口が開かれた。  
恐る恐るといった様子で口を近づけながら、まだ縮んだままのそれが入るくらいの大きさまで調整し、指で支え  
た先端部から口の中へと飲み込んでゆく。  
「あっ……」  
すぐに先端が暖かい舌に触れ、望の口からそれを感じ取った声が小さく漏れる。  
男性の部分全てを口中に収め、彼女はぱくりと唇を閉じ、絶棒の根元を包み込んだ唇で少しきつめに押さえ、数  
回、柔らかく咀嚼するように口の中の絶棒を刺激する。  
「うあああ……」  
目の前で自分のそれが彼女の口の中へと収まって行く光景と、絶棒を包み込んだ暖かい感触に望はたまらず声を  
上げ、あっという間に局部へと全ての感覚が集中してゆく。  
「ん…っ!? んむ、んっ…… あ…」  
たちまちのうちに硬くなり口の中で立ち上がった絶棒が彼女の口からはみ出してゆき、唾液に包まれたそれが唇  
から飛び出して淫猥な水音を立てた。  
 
「すごい…… 糸色さんの、これ、あっという間に大きくなって…… そんなに、気持ちよかったですか…?」  
驚いた表情で絶棒の幹へとそっと撫でるように手で触れ、掌へと伝わってくる絶棒の熱い脈動を感じ、彼女は愛  
しそうな視線を望の方へと送る。  
自分でも驚いてしまったのだろう。やや気恥ずかしげな表情で、望は彼女の方へとチラリと目をやり、慌てて視  
線をそらしてしまった。  
 
「…それは…… あなたに、口でしてもらっている事が…… あなたの口の中へ自分のそれが入っていると思う  
と、もうそれだけで……」  
顔を背けたまま呟く望の言葉に、彼女は一瞬だけ目を見開き、すぐにその目元を赤く染めて、潤んだ瞳で恥ずか  
しそうに笑う。  
「……じゃあ」  
小さな声で一言言いながら膝立ちになった彼女は、タートルネックの裾へと手を伸ばし、そこに隠れているス  
カートのベルトへ手を掛ける。  
「私の…… 口じゃない方へも…… は…… 入りたいと思って、下さいますか…?」  
「そっ……!?」  
ひき、と表情を固ませて、のどに何かが詰まったような声を出し、そのまま沈黙してごくりと小さく喉を鳴らす  
望だったが、そそり立った絶棒が彼女の言葉に反応してぴくんぴくんと震えている様子を見れば、返事の言葉は  
一つしかないのは確実だろう。  
「……男って悲しい生き物ですねぇ」  
本当に自分の一部なのかと疑いたくなるほど歓喜に震える絶棒の様子に、望は悟ったような口調で溜め息交じり  
にそうもらした。  
 
自嘲するような望の言葉に、彼女は顔を赤らめたまま目を笑みの形に細め、悪戯っぽく笑ってみせる。  
「年上の男の人にこんな事言うのは失礼ですけど…… 糸色さん、すごく、可愛いです…… 生徒さんたちが何  
かにつけてちょっかいかけてくるのも分かる気がしますよ。ちょっと、虐めたくなっちゃうような気持ちになる  
のかもですね」  
どう返事をするべきか考えあぐねて、とりあえず曖昧な笑みで返す望の前で、ベルトを外した彼女のスカートが  
ストンと落ち、ストッキングに包まれた彼女の下半身が目の前に現れる。  
おもわず凝視してしまう望の視線の先で彼女はストッキングも脱ごうと腰に手をまわし、そこで望の視線に気が  
ついたのだろう、手を止め、恥ずかしそうに笑い、手を蛍光灯の紐の方へと伸ばした。  
「…すいません。……電気。消させていただいても?」  
「あ!? あああ、すいません! つい、ジロジロと眺めて……!」  
反射的に謝る望へと笑って答え、彼女の手により部屋の明かりは落とされた。  
一瞬の暗闇ののち、すぐに入れ替わるようにカーテンを通して外の月明かりか星明かりが部屋の中へと入り、ま  
だ目が闇になれる前でも、彼女のシルエットくらいはすぐに認識できる程度の明るさに保たれる。  
ストッキングと下着を脱いでいるらしい布すれの音を耳にしながら、望はふと、先ほど脱いだ着物の方へと手を  
伸ばして中を探り、袂の中から彼女が買いに行っていた小さな紙箱を取り出した。  
手さぐりでそれを開け、ビニールのパックで包まれた一枚を取り出して、おもむろに封を切り、それをすぐに使  
える状態にして片手の指で挟む。  
 
やがて彼女が服を脱ぎ終わったのだろう。  
段々と暗闇に慣れてきた目に、薄明かりを受けて鮮やかな程の白い脚が飛び込んでくる。  
服を取り払ったのは下半身だけなのか、上はまだタートルを着たままの様子で、顔まではよく見えないがおそら  
く恥じらった表情を浮かべているのだろう。自分の陰部を片手で隠した状態の彼女が、そっと望の体を跨ぎ、そ  
の上に膝立ちになった様子がうかがえる。  
空いてる方の手が望の絶棒へと触れ、その首元あたりへ指を回し、軽く握り締める。  
陰部を抑えていた手が除けられて、視線の先には彼女の秘裂が自分の絶棒とすでに触れんばかりの位置にある様  
子が見て取れた。  
彼女の手が絶棒をゆっくりと誘って行き、もう片手の指で自身の秘裂を少し広げ、湿り気を帯びた柔らかい陰唇  
へと絶棒の先端を近づける。  
キスをするように、陰唇と棒の先端部を軽く触れ合わせると、彼女の口からは感嘆の溜め息が漏れ、望の方はそ  
の蕩かされるように柔らかく魅かれる感触に、思わず腰を軽く震えさせて駆け抜けた快感を逃しているようだっ  
た。  
「…ああ…… 糸色さん……」  
「まっ……! ちょっと、まって下さい…! まだ… 付けていませんよ…!?」  
このまま彼女の中へ溶け込んで行きたくなる衝動を抑え込みながら、望は指で挟んだそれを差し出して、必死の  
様相で声を上げた。  
彼女は、答えない。  
絶棒を支えた手はそのまま、もう一方の手でそのリング状のゴムを持った望の手に触れ、わずかに押し返したよ  
うだった。  
「あ、いや、でも…… こういう事はちゃんと……」  
「…私…… やっぱり、糸色さんとの間に少しでも隔たりがあるのは、嫌です……」  
 
「あ…… その……」  
「我儘言ってごめんなさい… でも… でも、やはり糸色さんが、ご心配して下さるのでしたら、付けて、しま  
しょう? あなたが望まれるのでしたら、私も……」  
もう、暗闇に慣れた望の目には、切なそうに瞳の奥を揺らしたままにっこりと微笑む彼女の顔が、薄明かりの中  
でも見て取れる。  
望の顔に戸惑いが浮かび、すぐにそれが苦悩するような表情に変わるが、それも一瞬の事で、小さく喉を鳴らす  
とゴムを持った手を床の上に置き、指先で挟んでいたそれを手放した。  
彼女の唇が震え、期待と愛しさの入り混じった瞳で、神妙な面持ちとなっている望へと言葉をかける。  
「……は、恥ずかしくなかったらで、いいですので… その…… 仰って下さいませんか?」  
「…え?」  
「糸色さんが…… ど…… どう… なさりたいのかを… 私へ……」  
赤らめた顔で、少し声をつっかえさせながら言う彼女に、望はすぐにその意味を理解してこちらも顔を赤く染め  
てしまう。  
もう、条件反射なのか、顔をそらしてしまうが、その視線だけは彼女の方へと固定したまま、何度か口を無音で  
ぱくぱくとしながらも、緊張した声で答えた。  
「……は、……は、はいり…… 入り…… たい、です…… あなたの、中、へ…… 繋がり、たい… です…  
…」  
最後の方は消えて行きそうな声で告げた望の声に、彼女は何とも言えない感極まった笑みを浮かべて大きく息を  
吸い込み、絶棒を支えたままの手を強めにしっかりと握りなおして、すでに陰唇と触れている先端をそっと押し  
込んだ。  
「あああ……」  
「うあ!?」  
望の目の前で彼女の秘裂を押し広げて自身の先端部が埋没し、すぐに絡み付いてきたとろりとした蜜のようなも  
のと、熱くすら思える彼女の体温に包まれ、思わず声を上げてしまった。  
まだ先端が入り込んだだけというのに、すでに射精の準備を始めようとしている絶棒に気が付き、望はわざと鈍  
感になるように努め歯を食いしばって自身を制する。  
そんな望の様子を知ってか知らずか、彼女は甘い鼻声を漏らしながら、じらしているようにも取れる速度で、ゆ  
っくりと体内の奥へと望を誘ってゆく。  
「は…… ああ…… 糸色…さ……ん」  
絶棒を小さく揺らし、自分の膣内を静かに掻き回すようにして、ゆっくりと、ゆっくりと挿入してゆく。  
頭の中で火花がちらつくような快感に立て続けに襲われながらも、望は目をそらさず、目の前で彼女の一番大事  
な場所へと侵入してゆく自分を見つめ続けている。  
絡み付いては離れ、暖かい蜜を浴びせ続けながら絶棒を飲み込んでゆく彼女の動きが止まり、望の絶棒が全て埋  
没した様子を知らされた。  
 
「入っちゃいました…… 入っちゃいましたよ… 糸色さんが、私の、中に……」  
恍惚とした笑みを浮べながら、泣きそうな声で望へと報告するように話し、彼女は確認するように視線を下へと  
向けて、自分たちが繋がっている部分を確かめる。  
「…私たち、一つになってる…… 私、糸色さんと、エッチしてます……」  
もう興奮の制する事が出来なくなっているのだろう。  
荒く、熱い吐息を吐きながら上ずった声で独白するように呟くと、彼女は少しずつ腰を動かし始める。  
絶棒が出入りする度に彼女の体内から掻き出された蜜があふれ出し、二人の体が打ち付けられる度その水音が大  
きくなってゆく。  
やがて溜まりかねたようにして望の腰が動かされ、寝そべったまま、自分の上で絶棒を愛撫している彼女を何度  
も突き上げる。  
「あっ…! や… 糸、色…さっ ……んんっ! そんなに、……そんなに、激しくえぐられたら、私… ああ  
ああっ!」  
彼女は望の体の上で跳ねながら、髪を振り乱して首を左右に振り続け、それでも自分の中を掻き回す絶棒を必死  
に奥へと打ち込み続けていた。  
自分に跨った彼女が乱れる姿をのぼせたような顔で見守っていた望は、不意にそっと手を伸ばして、今だ服で覆  
われたまま揺れる胸の膨らみへと軽く触れた。  
「あ……っ?」  
「あ! す、すみませ……」  
驚いたような声を上げた彼女に、望は慌てて伸ばした手を引っ込めるが、彼女はさして気にした様子もなく、自  
分の手を背中に回して素早くブラのホックを外したようだった。  
腰の動きを変えゆっくりと前後に動かすようにしながら、続けて裾をまくりあげて、望の目の前に柔らかそうな  
膨らみをこぼれさせる。  
「どうぞ……」  
一瞬だけ小さく唇から舌を覗かせて、恥ずかしそうな声で望へそう告げた。  
    
やや気まずさがあったものの、望の両腕が伸び、恐る恐る二つの膨らみへと触れた。  
包みこんだ望の掌から少しはみ出る位のそれのサイズは結構大きい部類に入るだろう。見た目通りの柔らかさを  
持ったそれを指で揉みしだきながら、すでに固く立ち上がっている先端の突起の先を人差し指の腹でくりくりと  
捏ね回す。  
「やああっ……! ああ、んっ!?」  
ビクビクと上半身を震わせて上がった彼女の嬌声が望の耳に入った時、今まで必死でこらえていた何かがボー  
ダーラインを越えてしまった様子を感じ取り、望は悲鳴に近い声を上げる。  
「す! すいません! もう…っ! 私、もう限界です! 抜かないと……! …すいませんっ! 早漏ですい  
ません!」  
切羽詰まった声で訴え、自身の動きは止めて、張りのある彼女のヒップへと両手を移し、その体を持ち上げよう  
とする。  
その望の両手を制するように彼女の手が伸び、望の手を取り両手を自分たちの目の前へと運んでくると、自分の  
両手で包みこむようにして握りしめた。  
「…な……?」  
「糸色さんが、私の事を気に入って下さったのでしたら──」  
狼狽した表情の望の顔をまっすぐに覗きこみ、彼女は微笑みを浮かべて口を動かし、その続きを言葉にする。  
「──このまま、あなたが、欲しいです」  
一瞬、呆けたように口を半開きにした望だったが、その喉をごくりと鳴らすと、いつになく真剣な顔で彼女の手  
を握り返し、緊張した声で返事を返す。  
「一生、大切にしますから……」  
望の言葉が返された瞬間、彼女の瞳の奥で一瞬のうちに様々な感情がよぎったような揺らめきが見え、泣き出し  
そうな笑みを浮かべると、望の唇の上へと素早く口づけを落とした。  
どちらからともなく行為を再開し、望の体の上で揺れながら、彼女も上気した色の顔で望の絶棒を絶頂へと導い  
てゆく。  
「…あああ! 糸色さんっ! 私も……! 私も、もう、駄目です…! いっちゃいます……っ!」  
「一緒に! 一緒に……!」  
「ああ! もうっ… もう駄目…… 糸色さん、恥ずかしい…! お願い、目を閉じていて下さい…… あああ  
っ!」  
「…あ! はい! すみません! 見てませんから! 一緒に……!」   
望は慌てて目を閉ると、ひくひくと動く彼女の体内へと神経を集中させて、自分の中から駆けあがって来る物が、  
もうすぐ絶棒を通り抜ける悦びを噛みしめる。  
彼女が握っていた手を離し、そのままたくし上げていた上着を脱ぎ去ったらしい布すれの音が聞こえ、望の頭の  
上辺りの床へと、それが脱ぎ捨てられた音が続けて聞こえた。  
その瞬間はほんの一瞬だったのだが、自分の上を通過した際に、微かにではあるが違和感があった事を感じ取り、  
望は押し寄せる快感の中でそれが何であったのかへと思考を巡らせた。  
例えるなら、布地とは違った…… 長く細い… 髪の毛先の束に、肌をくすぐられたような感触──  
 
些細な事かもしれないのだろうが、どうしても消え去れない違和感に、望はきつく閉じていた瞼をうっすらと開  
いてみる。  
ちょうど彼女もこちらを見ていたのだろうか。  
まっすぐに望の瞳を覗きこんでいた彼女と目が合ってしまい、そして、それとは別の物が視界に入った事に、望  
は思わす目を見開いてしまう。  
横に分けた前髪を額の端で留めた、大きなバツ印の髪留め。  
そして、背中側で束ねていた長髪はどこにもなく、うなじの辺りには少し癖のある短い後ろ髪が跳ねているだけ  
となっている。  
目元と口元にうっすらと残ったメイクで、まだ彼女の面影を感じる事はできるのだが、そこにいるのはあまりに  
も見慣れた少女の顔だった。  
呆然とした顔で、開いたままの望の口から声が飛び出す前に、その少女の口が開き、明るい声が望へとかけられ  
る。  
「いやだなあ、先生。──鶴がハタを織っている間は見ちゃダメだって、昔話にあるじゃないですかあ」  
窘めるような口調でそう言うと、少女の口が、にいっ、と白い歯を見せて笑みの形を取った。  
普段であれば、どうという事もない笑顔に見えるのだろう。  
が、暗い部屋の中、見上げた位置、影となった目元で薄明かりを反射して光る瞳と白い歯だけが鮮やかに映るそ  
の笑顔は、ともすれば凄絶とも言えるほどの圧力を感じさせる笑みだった。  
「あ── あああああああ!?」  
「大丈夫ですよ! 私、昔話のツルとは違いますから! 我慢できずに見てしまっても逃げたりしません!」  
「ど、どういう…!?」  
切羽詰まった思考の中、それでも何とか冷静を保とうと働いた頭で、望はその言葉の意味を問い返した。  
少女── 可符香は、普段通りの軽やかな笑みを浮かべたまま、力強くうなずいてみせる。  
 
「せっかく先生が我慢せずに出す事に決められたのですから! さあ、出しちゃいましょう、先生!」  
「だめえええ! ど… どいてください! 風浦さ……」  
いつも通り、言葉の意味以上の物は何も感じ取れない可符香の表情だったが、悲しくも反応してしまった絶棒が、  
少女の中へと欲望を送り込むべく脈づき始める。  
それと同時に、可符香の体内で望を包み込んでいる膣壁が別の生き物のようにうねり、絶棒を握りしめるように  
張り付き、そこから放出されようとしている物を吸い出そうとでもするかのように柔らかい襞の塊が締めつけて  
くる。  
すでにもう、自分の意志では止められない状態になっていた快液が絶棒の根元へと送り出されてきた。  
出してはならないという義務感と、出さなくてはならないという欲望と。  
先ほどまで愛し合っていた女性が消え去った衝撃と、いつも自分の心の隙間に入り込み陥しめてくる少女と今、  
男女の行為で繋がっているという違和感。  
そして、その状態でも消えない、繋がっている相手へと自身の全てを吐き出したい切なさと、様々な物が入り混  
じり、完全に混乱した思考の中で、絶棒の中を快液が駆け上がり初めた快感に頭の中が真っ白になり、目の前に  
ある可符香の微笑みが視界一杯に広がって行き──  
 
望は次の瞬間、無我夢中で起き上がり様に少女の体を突き飛ばしていた。  
ごつん。という、軽い音を立てて可符香の小柄な体は仰向けにひっくり返り、それと同時に二人の結合が解け、  
可符香の蜜にまみれた絶棒が外気にさらされ、ぶるぶると小刻みに震える。  
「あたた……」  
「す、すみませ……! う……っ…!」  
あまり痛そうには見えない苦笑を浮かべた可符香が頭をさすりながら上体を起こし、慌てて手を伸ばそうとした  
望の視界には、可符香の広げた脚の間にある女性器が、今、自分の絶棒を受け入れていた事を示すように、膣内  
へと向かってぽっかりと小さな穴が広がっている状態が飛び込んできた。  
その瞬間、限界を迎えたらしい望の絶棒が哀しそうに震え、先端から勢い良く迸った快液が可符香のへその辺り  
まで飛び、白い小さな水溜りが出来上がる。  
「お…?」  
目を見開いて、望の鈴口から快液が飛び出した様子を見ていた可符香が小さく呟き、望は慌てて射精を続けよう  
とする絶棒を両手で包んでしまう。  
「うっ……! ううっ… あ……」  
一度始まった放出はやはり止められないのだろう。  
苦しそうな呻き声と表情で、自分の手で欲望の液体を受け止めながら、望は放出が収まるまでひたすら耐えてい  
るように見える。  
「おおーー……」  
感嘆したような声を上げてまじまじとその様子を可符香に見守られながら、何かを言い返す余裕もなさそうな望  
は、見ようによっては自慰行為をしているようにも見える態勢で、じっと快感が通りすぎるのを待っているよう  
だった。  
 
やがて、放出が収まったのだろう。  
深い溜め息をついた望の目の前へと、ティッシュボックスを持った可符香の両手が静かに差し出され、望は沈痛  
な面持ちのまま、それでも「どうも」と短く礼を言う。  
可符香はというと、自分の体に付いたそれはいつの間にかふき取ってしまったらしく、望が手の平と絶棒に広が  
ったそれを綺麗にしている間、すました笑顔を浮かべて、無言でその様子を見守っている。  
居心地が悪そうに後処理をしていた望だったが、やがて一通り終えると、暗い表情の顔を前髪の間からのぞかせ  
て口を開く。  
「…どうせまた、チキンとか言われるのでしょう?」  
自嘲気味の笑いを口元に浮かべ、そう呟く望に、可符香はすぐに笑みの表情を見せると快活な声を上げた。  
「先生、もう少し地球に優しくしないと。今はエコの時代ですよ?」  
「は…… はあ?」  
完全に予想外の反応を返されてしまったのか、望は呆けたような声で何ともいえない戸惑った表情となる。  
「ゴミを増やさない為、ゴムの使用は無しで── 外に出すとティッシュのゴミが増えるのでそれも無しで──  
 ほら! 環境に優しいです!」  
場に相応しくないほどの明るい声でそう言いだした可符香に、望はその場に崩れ落ちそうになるほどの脱力感を  
覚えるが、何とかそれに耐え、あえて冷静になり、その声に答える。  
「……それは、女性には優しくないのでは……?」  
疲れた声で返された返答に、可符香は小首をかしげて片手の指先を首の角度と同じ位置にそろえた変なポーズで  
口を開く。  
「ありゃ? なるほど! 先生は、地球より女性に優しく、と推奨しているのですね! それは素晴らしい事で  
す!」  
 
「それは…… そうで……」  
苦笑を浮かべ、可符香の言葉に頷こうとした所で、ほんのつい先程の自分の記憶がフラッシュバックし、望は頭  
を抱えると床に額をこすり付けて伏せってしまった。  
 
「ああああ…… 私という人間は、何て……」  
どんよりとした影が纏わり付いた様子が見えるくらい落ち込んだ望の背中を、可符香の手が軽い感じで、ぽむ、  
と一つ叩いて見せた。  
「先生。あまりに無沙汰の射精でしたから、気持ちよくなれなかったんですね」  
「…だれのせいだと。…勝手にご無沙汰にしないでください」  
暗い声で、それでも律儀に返事を返す望に、可符香は急に眉を落として心配そうな表情となり、声のトーンが下  
げられる。  
「…と言う事は、このままだと先生が大変なことに……!」  
「は?」  
意味が解らず、やや顔を上げて聞き返した望に、可符香は不安げに曇らせた表情で望の顔を覗き込む。  
「快感を伴わない射精を行ってしまった男性は、その負担から、寿命が百日縮んでしまうのです……!」  
「どこぞの新聞ですか!? そんな事あるわけないで……」  
がば、と顔を上げ、さすがに抗議の声を上げた望だったが、可符香の悲しそうに眉を寄せた表情と、口元を隠し  
て目をそらした仕草に、思わず言葉を途切れさせてしまった。  
顔を逸らしてしまった可符香の横顔を見つめ、しばし息を呑んで沈黙していたが、やがて擦れた声を喉から絞り  
出してくる。  
「……あの? マジで……?」  
ぼそりとした望の声に、可符香は沈痛な面持ちのまま、ゆっくりと頷いてみせた。  
「…ど…… どうすれば…… よいので…!」  
不安そうに目を泳がせて焦りだした様子の望に、可符香は人差し指を立てて力強く頷いてみせる。  
「簡単です! 十倍返しですよ、先生!」  
「じゅう… ばい……?」  
「一日過ぎるまでに十倍の数だけ絶頂を迎えれば良いのです! もちろん気持ちよく!」  
可符香の言葉に望は目を見開き、絶望的な表情で体を仰け反らせてしまう。  
「そんな…… いくらなんでも十回など……」  
「大丈夫です!」  
頼もしそうに可符香は自分の胸を叩き、望はその拍子に揺れた少女の膨らみに、自分たちがまだ裸のままだった  
事を思い出したらしく、思わず赤面して可符香の体から目を逸らしてしまった。  
 
その隙を狙ったのだろうか。  
可符香は一動作で四つん這いの姿勢になると、すばやく望の股間に顔を近づけて、しぼんでしまっている絶望を  
口に含んでしまう。  
「な!?」  
「では、始めましょう!」  
それを含んだ口で器用に喋ってみせる可符香に望は目を瞬いて驚くが、すぐに少し赤らめた顔のままで遠い目と  
なり、諦めたような口調で呟いた。  
「……ちょっと、いくらなんでも、まだ間も無いですよ? 私は、そんな盛んな……」  
ぶつぶつと続ける望をよそに、可符香は唇を閉じて口淫を開始する。  
──途端、望の顔色が変わった。  
「ちょっ!? ふ、風浦さ……!」  
まだぐったりとしている絶棒へと少女は舌を絡ませ、表面をこするように温かい舌を這わせたかと思うと、舌先  
を尖らせて茎の裏側を舐め上げ、飴を舐めるように舌の上で転がし、再び絡みついてゆく。  
濡れた唇で絶棒の幹をなぞりながら口の中で絶棒を弄り、その絡みつく少女の舌は、二・三本生えていなくては  
不可能なのではと思えるほど、縦横無尽に絶棒を翻弄してゆく。  
「ああっ! うう…っ!?」  
空いた手で棒の根元から下へと辿り、四本の指で望の前立腺を強弱をつけて押したり、ほぐしたりして刺激を与  
え続け、もう片手で望の陰嚢をそっと包み、掌の上で転がすように撫でながら、時々やさしく揉みしだく。  
本能的に恐怖も覚えるほどの勢いで湧き上がる快感に、望は上体を仰け反らせてその攻めから逃れようと後ずさ  
りするが、体の方はすでに可符香の愛撫を受け入れてしまっているらしく、両脚をピンと伸ばして突っ張った状  
態の下半身は言う事を聞いてくれない様子だった。  
 
「あ…… あああ…!」  
情けない声を上げながら快感に翻弄される望の股間で絶棒が再び硬度を取り戻し、先程よりさらに見事にそそり  
立つ姿は、この少女との行為を行う事を催促しているようにも見える。  
ちゅぽん と、音を立てて、含んでいた亀頭から唇を離し、可符香は満足そうな笑みで絶棒を撫でると、いつの  
間にか手にしていたゴムをその先端へと乗せて見せた。  
 
「先生は女性に優しい方── それは素晴らしく尊い事ですよ! もっと誇ってください」  
「それだけ聞くと、何だか良い事のように聞こえるのですが……」  
微妙に半笑いをうかべながらも、大人しく可符香にゴムを装着してもらっている自分の絶棒を、何となく気恥ず  
かしそうに眺めている。  
細い指を器用に動かしてそれを装着している少女の姿は、これから男女の行為を行う事を暗に仄めかし、望は自  
分の中に芽生えた後ろめたさに思わずそれから目をそらしてしまう。  
「そうですよ! 素晴らしくチキンである事を誇りに思って!」  
「褒めているようには聞こえませんが!?」  
目を見開いて言い返す望に、可符香は顔をそらして口元に手をやり、言葉は返さずに上品に笑ってそれを流す。  
 
 
不服そうな顔でそれを見ていた望だったが、すぐに状況を思い出したようで、気まずそうな視線を可符香に送り  
ながらぽそりとした声を落とす。  
「…その… あなたと、する… 訳ですか?」  
わざとだろう。不満そうな表情を作り、溜め息混じりの声でそう呟く。  
「チェンジも可ですよ!」  
「…は!?」  
あっけらかんとした声で即答した可符香に、望は思わずその顔を覗きこみ驚いた声を上げた。  
相変わらず快活そうな微笑みを表情に乗せ、可符香は片手でオーケーサインを作って目の高さまで持ってくる。  
「女子大生さんなんてどうですか?」  
「!?」  
さらりとした口調で言った可符香の言葉に、望は表情を引きつらせて全身を強張らせた。  
ぷるぷると震える拳を握りしめて、声にならない様子の望をよそに、可符香は後ろを向いて手を伸ばし、先ほど  
投げ捨てたタートルネックに絡まるようにしてそこにあったウィッグへと手を伸ばす。  
次の瞬間──  
唐突に、勢いよく伸びた望の両手が背中を見せている可符香のヒップを左右から鷲掴みにし、力任せに自分の方  
へと引き寄せた。  
「!?」  
さすがに驚き、目を見開いた可符香が振り向くよりも早く、張りのある小さな尻の肉を左右へ引っ張るようにし  
て脚を開かせ、その間に見える秘裂に絶棒の先端をあてがったかと思うと、躊躇なく可符香の中へずぶずぶと挿  
入してしまう。  
「せっ……? あ……っ!?」  
これは予想外だったのか、あっという間に自分の奥まで侵入してきた望を受け止めきれず、突き上げられた可符  
香は細い背中を一度びくんと震わせて体勢を崩し、腰を掴まれた状態のままうつ伏せになってしまった。  
 
間を置かず、望は後ろから激しく何度も腰を打ち付け、乱暴なほど性急に可符香を攻め始める。  
「せっ……! んせ……?」  
「いつもいつも! あなたはどうしていつも私を! どうしてなんですか!?」  
可符香への問いかけというよりは、ただ闇雲に声を発しているだけといった様子で、望は荒い声を吐き出しなが  
ら、可符香の中へと自分の絶棒を打ち付ける。  
人の肌を平手で激しく打ち付けているような荒っぽい音を立て、休む間もなく腰を打ち付ける望に、可符香はま  
ともに声を出す事もままならないようで、乱れた呼吸の合間に短く呻く位がやっとの状態に見える。  
突如、望が動きを止めて絶棒を抜き去ると、まだ勢いの残っていた可符香の体はそのまま床に突っ伏してしまう  
が、間髪入れず望の両手が可符香の体を掴んで仰向けにひっくり返すと、両の足首を掴んでその細い両脚を左右  
に広げてしまう。  
「……!」  
まだあまり余裕はなさそうに見えるが、望が何をしようとしているかは想像できたらしく、ちょっとびっくりし  
た形に眉を上げて望の顔を見つめる。  
望は剥き出しとなった可符香の秘裂に絶棒の先端をあてがい、少しずれてきたゴムの根元を指で押さえながら、  
一息に腰を突き出した。  
「…………っく!?」  
一瞬のうちに奥まで打ち込まれた衝撃に、可符香は身をよじってその圧力を散らそうとするが、続けざま、ほと  
んど倒れんばかりに抱きついてきた望の体に抑え込まれてしまう。  
床を背にした可符香の背中に強引に左右から両腕を入れ、がっちりと細い体を抱きかかえた状態で、先ほどより  
も激しく、壊しそうな勢いで、何度も何度も可符香へと自身をたたきつける。  
「…そんなに私を弄るのが……! そんなに私を疎ましく……! どうしてそこまで!?」  
意味は通っていないものの、言いたいことは理解できたらしく、望に何度も貫かれながら、可符香はわずかに眉  
を寄せた。  
「ええ、私はこんな人間ですから! 鬱陶しいでしょうとも! …でも、こんなにも、貶める事ないじゃないで  
すか!? どうせ、あなたは私の事なんて…… あなたは、どうせ…… 何とも…」  
           
困ったような笑みを浮かべて、わずかに自由に動かせる腕を望の肩へとまわし、耳元でつぶやき続ける望の声を、  
可符香ははただじっと聞いている。  
可符香の中で暴れていた絶棒の動きが変わった。  
びくんと大きく震え、その幹の部分から激しい脈動を感じ、可符香は少し腰を動かして絶棒を包む膣壁を収束さ  
せ、きゅうきゅうと締め付ける。  
「……あ!? う……」  
柔らかい襞に締め付けられた瞬間、望は体を反りかえらせると、小さくうめき声をあげながら快感を解き放った。  
自分と望を隔てている薄いゴムの向こう側で、本来は可符香の膣奥へと放たれる液体が放出されている様子が、  
はっきりとではないが確かに感じられる。  
望の受けていた快感を示ように大量の快液がゴムを膨らませ、替わりに努張していた絶棒が少しずつ小さくなっ  
てゆく。  
上半身を突っ張らせて可符香の中で放出していた望だったが、やがて力尽きたように崩れ落ち、可符香の体の上  
に倒れこんでしまった。  
「……すいま……せ……」  
最後に泣きそうな声で苦しそうに告げると、望の体から力が抜け、ぐったりと自分の体重を可符香へと預けた。  
 
 
華奢ではあるものの、やはり男性である為だろう、それなりの重量でのしかかってくる望の体を受け止めたまま、  
可符香は汗の伝う望の背中へと手を回し、こちらも汗ばんでいた自分の両手の指を広げぺたりと貼り付けるよう  
に触れる。  
「いやだなあ、先生── さっきちゃんと……」  
呼吸を整えつつ軽く目を閉じ、腕の中にいる望へと語り聞かせるような口調で声を向けるが、ふと、望の様子に  
気が付き目をあけて、ずっしりと体重を掛けてきている望の様子を伺っている。  
望は、まだ呼吸は荒いものの、どうやら気をやってしまったらしく、ぐったりと伸びてしまい何の反応も示さな  
い状態となっていた。  
相変わらず薄く笑みを浮かべた表情のまま、わずかに唇の端を上げて苦笑のような形を見せると、下腹部に少し  
力を入れて自分の中で望の体と同じように果ててしまった絶棒を一瞬締め上げ、まだその中に残っていた快液を  
吐き出させる。  
望の腰がぴくんと震え、意識はないものの小さな快感を与えられた体が反応した様子をみせた。  
口を閉じた可符香は喉の奥で少しだけ低く笑ってみせると、目を細めて、自分の真横で顔を突っ伏している望の  
髪に掌を添えた。  
「──あら、先生。言いそびれちゃってますよ? 『絶望したー!』って」  
初めて声に出してクスリと笑い、体の力を抜いて、軽く息を吐き出してみせる。  
それ以上は何も言わず、抱きかかえた望の重さを感じながら、どこも見ていないような表情の瞳で、可符香は暗  
い部屋の天井を眺め続けていた。  
 
 
──スズメの鳴き声、ですか。  
望はぼんやりとした頭にそんな事を思いながら、ゆっくりと目を開いた。  
室内はまだ薄暗いものの、カーテンから透ける朝日は部屋の中を仄かな白い光で照らし出し、窓の外からはスズ  
メの鳴き声に混じって新聞配達か何かのバイクが通る音が聞こえる。  
いつの間にかファンヒーターは止まっており、部屋は朝の寒気に満たされひんやりとした空気となっているが、  
包まっている布団の中は暖かく、望が、まだ眠気が消えない頭を振りながら再びその中へともぐりこもうとした  
時、  
もぞり── と布団の中で何かが動き、即座に緊張し目が覚めた望は、そっと掛け布団をめくりその中を覗き込  
む。  
自分と同じ布団の中、隣に寄り添うようにして、丸裸の少女が一人、体を丸めた姿勢で寝息を立てていた。  
前髪で交差する髪留めを見ればこの少女が誰なのかなど自問するまでもなく、すぐに蘇ってゆく昨夜の記憶が頭  
の中で広がり、望は冷えた空気の中、頬に汗を一筋たらしながら目を逸らして掛け布団を戻そうとする。  
が、望の動いた気配を感じたのか、目を閉じたままの少女がもそもそと身をよじって、ゆっくりとした口調で声  
を漏らした。  
「…ん…… せんせい… すごいですね…… 私、もう…… 腰、がくがくです… よ……」  
布団を戻そうとした姿勢のまま固まり、血の気の引いた顔をひきつらせていた望だったが、ふと、自分たちの包  
まる布団の周井がやけに散らかっている様子に気が付き、メガネの下に指をいれて目を擦ると、部屋の様子を確  
かめようとする。  
すぐにそれが何か判り、望の頭に軽く頭痛が走る。  
数えるのも嫌になるくらいの丸められたティッシュがそこかしこに散らばっている光景に、望はしばし絶句して  
しまった。  
 
「…ゆめ、ですよ…… ええ、これはきっと夢……」  
自分に言い聞かせるように小声で呟きながら再び布団の中にもぐろうとするが、すぐにその中にいる少女の顔が  
目に入り、慌てて戻ろうとして、今度は布団の外の光景が目に入り、望は虚ろな視線で天井を仰ぎ肩を落とした。  
「……何ですか、この状況」  
力なく呟く望の下、布団の中から微かに可符香のクスリと笑う声が聞こえたようだった。  
 
 
冷え込みはそれなり。  
風もなく、雲もなく、朝日が全開で降り注ぐ朝の通学路。  
過ごしやすい一日となる事が予想される日差しの中、疲れた顔で少し猫背気味となってのろのろと歩む望と、対  
照的に、元気良く足を上げて手を振り、望の少し斜め前を歩く可符香の姿があった。  
手にした鞄も軽やかに振り、快活そのものの笑顔で歩きながら望の方を顔だけで振り返る。  
「どうしたんですか先生! 元気ないですよ!」  
さわやかな声を掛けてくる可符香に、望は大儀そうに顔を向けて、重そうな声を出す。  
「……いや、もう、何が何やらで…… 正直疲れてます……」  
「大丈夫ですよ先生! 頑張れば体力年齢60歳も57歳くらいまでなら回復できます!」  
「三歳分だけ…!?」  
さらに疲労が増したように肩を落とし、望は溜め息をつきながらもちゃんと足は前へと進めてゆく。  
 
やがて校門が見えた所で、望の姿を見つけたのだろう、こちらに向けて声が掛けられる。  
「あー! 先生どこに行ってたんですか!?」  
校門前にばらばらと集まっていた女性徒の中から千里の声がまずかけられ、それを合図に他の女生徒達と一緒に  
こちらに駆け寄ってくる。  
「もう! 昨日から消息不明だって霧ちゃんが言うから皆で探しに行こうとしてたんですよ!」  
「……いつもの死にたがりにしては、誰も行き先聞いてないっていうし、さすがにちょっと変かなって思った」  
「朝のニュースにも、出ていなかっタからナ!」  
口々に言いながら傍に寄ってくる生徒達に、望は少しジーンとしたように涙さえ浮かべ、千里たちの顔を見回し  
た。  
      
「……みなさん、私を心配してくれていたのですか……!?」  
「本当に行方不明だったりしたら、それは心配しますよ……!」  
安堵したように溜め息をついて苦笑する千里に、望が思わず感極まった声を上げようとした時──  
「ちがいますよ、千里ちゃん! 行方不明だったんじゃありませんよ」  
横手から、可符香の涼しげな声がかけられる。  
「──先生は、行方不明じゃなくて朝帰りですよ!」  
 
空気の凍りつく音が確かに聞こえた気がした。  
 
いつの間にか望の背後にいたまといが、その服の背中から何かをつまみあげ、日の光に掲げてみせる。  
「……長い…… 女の人の髪ですね… まだ、あの女と続いていたのですね…」  
口調は静かだが、その中に含む物の圧力に望は思わず顔色を白くして、絶句してしまう。  
「なんだ…… 取りこし苦労だったの… まあ、良かったですよ、先生が無事で…!」  
千里の目つきが急速に変化し、背中から取り出したスコップを両手で構える。  
「そうね、先生が無事だったから、私は何も聞かないであげる」  
あびるの腕の包帯が不自然に伸び、絞首紐のように両手に絡め、こちらににじり寄ってくる。  
「私も何も聞かないであげますから、先生……」  
大振りの包丁を構えたまといと、いつの間にか後ろにはバットを持った真夜が立っており、望は完全に取り囲ま  
れていた。  
「ちょっ……! ちょっと待ってください! これは……」  
なぜか姿が見えなくなってしまった可符香の姿を探し、望があたふたとしている間にも女生徒たちは包囲の輪を  
縮めてくる。  
「いいんですよ、何も、聞かないであげますから、何もね。…何も、聞か ──ぬ!」  
千里のスコップが振り上げられ、それを合図に他の女生徒達も一斉に間を詰めてきた。  
 
「あら、糸色先生は?」  
「先生は行方不明中です!」  
教室の入り口から中を覗き込んだ智恵先生に、黒板を拭いていた可符香が明るい声で返事をする。  
「また一週間もすれば帰って来るでしょ。」  
日直の表示を丁寧に直しながらそう付け加えた千里の言葉に、智恵先生は小さく息をつくと教室の中へと入り、  
教壇の前へと進んで出席簿を手に取る。  
「じゃ、しょうがないわね。とりあえず私が出席を取ります。…皆さん席について」  
淡白な感じで告げて名簿を開いた智恵先生に、可符香と千里は黒板から離れ自分の席に戻る。  
 
穏やかな日差しに包まれた教室の中に、普段と変わらぬ始業のベルが鳴り響いてきた。  
 
 
 

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