『昭和八十二年・如月』  
   
 決心はついたものの、新学期が始まると倫はやはり忙しい日々に翻弄された。  
その中で先年より倫が関わった製菓業の方も無事に創業し、工場の稼働を開始していた。  
彼女の考案になる痛チョコなどの珍商品も今月のバレンタイン商戦において売れ行きはなかなかであった。  
その際兄と童貞男子を含むその教え子たちを工場に招き、『チェリーとチョコレート工場』に掛けたちょっとしたイタズラも試みている。  
兄を見学から締め出し『のべつまくなしやんちゃな時期』などをからかっても、以前のような黒い痛みはもう、湧かなかった。  
今はもう、時期を選んで挑むだけ―。そう想い定めた倫は、純粋に兄と触れあう時間を楽しめたのであった。  
ちなみにこの糸色製菓は後に『神シールチョコ』というヒット商品を発売し、倫をして「お金を刷っているよう」と言わしめる程の  
莫大な利益を上げることになる。  
 転校の手続きも並行して進められていた。   
学習院から転出するにあたってやはり出席日数が不足していた倫は、転入先でさらにもう一度二年生をやり直す事になった。  
望の勤務するその小石川区の某高校で、倫は自分が兄のクラスに編入されるよう工作する事も忘れない。  
倫は一つ一つ事案を片付けながら、己の心が平静な事に少し驚いていた。  
もう以前のように専用竹林で荒れ狂う事もふっつりと絶えている。  
友と刃を交えた時からの戒めか、真剣はあまり執らないようになっていた。  
 
 
 『昭和八十二年・弥生』  
   
 その日は学習院女子高等科の卒業式であった。  
満開の桜が在校生と卒業生の頭上を覆い、思い出の日に文字通り花を添えている。  
このとき倫は学校から依頼を受け、壇上はじめ会場各所を飾る花を仕上げている。弟子も動員しての大仕事となった。  
式も無事に済んだ後、校門前でマスコミと護衛に囲まれる内親王に倫は歩み寄っていく。  
 「ご卒業おめでとうございます、先輩」  
倫のそのからかうような物言いに、内親王は眉をしかめる。だがその眼は笑っていた。  
 「本当はあなたも送られる立場のはずでしたのに。でも、ありがとうございます」  
内親王は国際基督教大学への進学が決まっていた。今度は日本以外の文化を積極的に学ぼうと志したとのことである。  
彼女はふいに倫の耳に口を寄せ、周りに聞こえないようにささやき声で問いかけた。  
 「その後、上手くいきましたか?」  
 「いえ、まだですの。ただD-DAYは決めております。糸色倫、一世一代、史上最大最後の作戦ですわ」  
 「倫さん‥頑張って」  
倫は頷くと、友人に携えてきた花束を捧げた。  
 「今日が私にとっても学習院最後の日です。眞子さんも、どうかお元気で」  
その眼は力に満ちて澄んでいる。風に翻る倫の髪に過ぎし日の香の薫りを嗅ぎながら、内親王はやはり強い瞳で微笑みを返した。  
 「ごきげんよう‥ひとまずは、さよなら‥絶倫先生」  
別れの感傷が、内親王の胸を満たす。  
だがそれゆえに、友人の言葉にただようどこか切羽詰った危うさには気がつけなかった。  
 
 互いに振り返らず去ってゆく少女たちのあいだを、ひとひら散った桜の花弁が、風に乗って飛んでいった。  
 
 
 『ふたたび昭和八十二年・卯月』  
 
 湯浴みを済ませ、髪を乾かした倫は湯殿を出ると自室に向かった。  
廊下から庭のはるか彼方に皓々と照る月を見やる。信州の澄んだ空気に照る月は美しい。今宵は更待月であった。  
 (もう十年以上も経つのね‥。私の世界が変わった夜から)  
新年度を控えた春休みも終りに近い宵であった。倫はまさにこの休み明けから東京府小石川区の高校の生徒となり、兄の教え子となる。  
同じく帰省してきている兄の望も今夜は自室でくつろいでいるのは確認済みであった。  
倫は新しい学校の環境について話を聞いておきたい、そんな口実で兄の部屋を訪う約束を取り付けてある。  
しばし立ち止まった倫は胸に手を当てる。動悸はない。それを確認して頷くと、自らの部屋にこもった。  
 
 鏡台に向かい、艶紅の貝殻を取り出す。薬指―それは紅差し指とも言われる―でつややかな唇に薄く紅を引く。  
髪に櫛を入れ、浴衣を脱ぎ捨てると、素肌に肌襦袢、そして白無垢の小袖に袖を通す。  
前をはだけたまま、香を焚いた香炉の前に膝立ち、襟をくつろげて肌に香を焚きしめた。  
身を整える倫の仕草は落ち着いていた。作戦、などと内親王に謳った倫であったが実のところそんなものはなかった。  
ただ生のままうぶのままの心と身体をまっすぐ兄に晒すのみである、倫はそう決めていたのだ。そう、今宵はあの夜の続きなのだから。  
 襟を合わせ、帯を締める。  
倫は衣裳部屋の隅の刀箪笥の引き出しを開けると、所有する本身のなかから鎬造りで厚重ねの短刀を選び出す。  
寝刃を合わせて身に帯びた。準備はすんだ。  
覆いを備えた優美な手燭に蝋燭を差し火を灯す。障子を開け、廊下に出た。  
ためらいはない。ひんやりとした空気が、倫には心地良かった。  
 
 薄暗い廊下を、おぼろな火を掲げた白装束の少女が歩む。  
もしもこの情景を見るものがいたら、その眼には人の世の者ならぬあやかしめいた幻想とすら映ったかも知れぬ。  
歩みを進める倫の眼前には曲がり角―この先が、望の部屋であった。  
と、その角の暗がりから染み出るように倫の進路を扼する黒服の人影が、ひとり―。  
執事の、時田であった。  
 
 「時田‥」  
初老の老執事は、恭しく、しかし重々しく口を開いた。  
 「どうしても‥行かれますか」  
 「‥」  
 「この時田、倫様ご幼少のみぎりよりずっと見守って参りました。倫様のお気持ちはこの時田よく存じあげておりますが‥。  
  ‥ご兄妹でありますぞ。こればかりは、こればかりは倫様‥」  
時田は倫に従い長年その行状を見てきていた。  
人の心の機微に通じた彼には、倫の抱く兄への恋情は自明のものとして写っていたに違いなかった。  
だが倫はきっぱりと言い放った。  
 「時田。あくまで阻むなら、この糸色倫を討ち止めるつもりでかかってくる事ね。  
  今宵の事は思い決めた譲れぬ願い。私が引き下がる事はないと覚えよ」  
時田とてこの家に仕えて様々な修羅場をくぐった古強者と言っていい男である。腕に覚えの無いはずは無かった。  
しかしその時田から見てなお今宵の倫は、揺るがぬ力に満ち満ちているように感ぜられた。  
なにより、倫の言葉には彼の胸を打つ成長の確かなしるしがあったのである。  
初老の執事は、動きを起こすことができなくなってしまっていた。  
 (‥みごとな‥女になられて‥)  
彼もまたけして表には出さなかったが、倫に自分の孫に対するような愛情を秘めていたのかも知れなかった。  
眼前の少女にみなぎる力。気迫。覚悟。それは―。  
 「時田。私は行きます。私が私であるために」  
 「り、倫‥様‥」  
時田は、今の自分の心に従う事に決めた。その場に膝を折り、頭を垂れる。何かあれば、自分が全力でこの方をお守りすればよい‥。  
 「ご武運を」  
 
 時田は後々までその時なぜそんな台詞が自然に出たのか、思い出しては苦笑していた。  
確かに倫の凛々しきたたずまいは恋に燃える乙女というよりは先陣に赴く姫将軍、といった威が漂っていたのだが。  
 十数秒ののち、倫は兄の部屋の前に立っていた。  
やはり、ふるえは、なかった。  
 
 「お兄様。倫です。入ってもよろしいですか?」  
すぐに応えがあった。  
 「ああ倫ですか。どうぞ」  
倫は障子に手を掛け、静かに開ける。部屋に入ると障子を閉め、兄の方に向き直り、音も立てず膝行する。  
望は文机に向かい書類を整理していたようだった。  
 「ちょうど良かった、いま出席簿に‥」  
言いながら振り返った望は、倫の身体が膝が交わるほど近くにあるのを見て驚く。  
ちょこんと正座した倫と眼が合い、その真っ直ぐ自分を見つめてくる視線に気圧されるものがあった。  
 「倫‥お前‥」  
その瞳の色に見覚えがあった。そう、あれは‥。  
 
 「糸色倫は、糸色望を愛しています」  
望の脳が記憶を探る前に、倫の言葉がまるで大上段の一太刀のように望の心に切りつけられた。  
 「な‥!いきなり何言ってるんですか‥?そりゃあ兄妹ですから、その‥」  
混乱する望に、倫は言葉を継ぐ余裕を与えない。  
 「いいえ。倫は一人の娘として、お兄様を愛しています」  
それを聞いて望は思わず後ずさった。肘が文机にぶつかり、机の上の書類が畳の上に何束か散らばる。  
寝室への襖に背が当たり、それ以上下がれないことに気づいた。  
いま自分はなにかとんでもない場面に遭遇しているのではないか?彼の危機回避の本能がそう告げている。  
その時望は元の位置で身じろぎせず座する妹が、まっさらな白装束に身を包んでいることにやっと気が付いた。  
ずれた眼鏡をなおし、その顔を見返す―。  
倫の顔は桜色に染まり、耳まで血がのぼっている。けれども真っ直ぐこちらを見る瞳の強さは、いささかも損なわれていなかった。  
 「お‥お前‥」  
本気だ。あの妹の顔は、真剣そのものの恋する少女の顔だった。  
かつて望が乱脈生活を送ったのべつまくなしやんちゃな時代、望に思いを告げた娘たちもこんな顔をしていた。  
そして―。  
望は思い出していた。   
すべてが始まったあの夜の、湯殿であった出来事。  
そうだ。倫のこの瞳の色は、あの時自分を見つめていたあの眼の先にあるものではないのか。  
 「倫‥お前‥あの日から‥ずっと」  
真っ赤な倫がかすかに頷く。その後で僅かにかぶりを振った。  
 「その前から、きっと一緒に遊んでもらった時からずっとですわ‥」  
うつむいた倫は膝の上に置いた両手をきゅっと握り締めると、再び望に顔を向けた。するすると膝行し、たちまち望の目の前に迫る。  
 「今宵はあの夜の続きをしたくてやって参りました。お兄様、私を受け入れて下さいますか‥?」  
どくん、と望の内で何かが脈打つ。‥続き。この妹はあの時、その手に私の‥。  
   
 望は己の体の中に揺らめいたものを押さえつけていた。  
予感はあった。望とて木石ではない、他者の心の動きにそれなりの感度を有している。  
 ―ですが。ああ、倫。   
望は何かを振り払うようにかぶりを振り、倫の肩を掴んでいた。  
 「いけません‥倫‥私たちは‥」  
ぱっと倫が望の手を払う。兄の眼を見て悲しげに顔がゆがめた。  
望はその顔を既視感を持って見た。雪の夜、廊下を駆け去った妹の顔。  
その妹の髪が揺れ、薄い笑みが浮かぶ。  
望はそれにぞっとしたその瞬間、彼女が何をするか一目で悟っていた。  
 
 倫は帯に差した厚重ねの短刀を鯉口を切ると、右手で逆手に一気に抜き放った。  
柄尻をいま一方の手で支えると、胸乳の下をめがけ―!  
 「やめなさい!」  
咄嗟であった。  
彼に抜刀そのものを抑えるほどの反射神経は無かったが、刃が姿を表した瞬間やっと動いた手で倫の手首と刃を掴んでいた。夢中だった。  
倫は兄の反応と、なにより刃を掴んだその手を見て驚いていた。力を入れたら、兄の手指が落ちてしまう!  
力の抜けた妹の手から短刀をもぎ取ると、望はそれを部屋の隅に放る。幸い猿の手のように峰の側から刃を掴んだ望は無傷であった。  
望はその手で片手をついている倫の頬桁を張り飛ばした。  
びしゃりと物凄い音があがり、倫は畳に叩きつけられた。  
 「莫迦!何を考えているんですか、お前は!こんな、莫迦なことを!」  
 
 いざりよった望の膝を、伏した倫の手が掴んでいた。  
 「‥なの」  
 「‥」  
 「だめなの、だめなの。お兄様じゃなきゃだめ。だめなの」  
倫の肩はおこりのように震えていた。その叫ぶでもなく吐き出すようでもない低い淡々とした声は、高ぶった望の心に重く響いてくる。  
 「お兄様だけだったの。周りには誰もいなくて‥ずっと一人で‥だからお兄様がずっとずっと好きだったの」  
 「お前‥」  
ぱたぱたと、こぼれ落ちる倫の涙が畳にはじける。望は膝の上の妹の手におのが手を重ね、じっとそれを見ていた。  
 「いつも周りに誰かがいて、かっこ悪くても楽しそうなお兄様が羨ましかったの。  
  でも‥お兄様が他の女といるのが嫌だったの」  
倫は顔を起こすと望に向き直った。  
 「私を見て。倫をみて。お兄様、私はお兄様が好きなの!」  
望は思った。  
この妹は確かに外ではずっと一人だった。内親王を除けば同年代の友達の姿どころか話さえ聞いたことはない。  
弟子、部下、使用人、スタッフ、庶民、平民。対等に接することのできるものは、倫の周りにはほぼいなかった。  
様々な分野に才能をもってはいたが、それゆえにさらに孤独は深まったのだろう。  
だからこそ、兄の自分へわがままを言い、いたずらを働いたのだ。  
そしてそれは、愛情の屈折したあらわれだった。  
 望の胸に、この妹への切なさと憐れみと、愛情がないまぜになって湧き上がってきた。  
 「確かに、お前は‥ずっと一人でしたね‥」  
 
 望は膝の上の倫の手を引き、その肩を抱き寄せる。妹はぐったりと望の胸に頭をあずけてきた。  
 「こんなに‥綺麗にしてきて‥」  
その薄紅を引いた唇。まるで絹のようになめらかな黒髪。薫る香のかおり。柔らかな、艶と張りのある肌。おろしたての白無垢。  
改めて見て妹がこの部屋に来るためにどれだけ身を磨き上げてきたかが伝わってきた。  
同時に、この純白の装いが死さえも賭した恐るべき覚悟のあらわれであったと遅まきながら気づいた。  
それだけに兄である自分への想いと時々の関わりだけが、この孤独な妹の心の平衡を今まで辛うじて保っていたのだと感じられた。  
十年。それは十年以上も。  
何があったのかは知らないが、何かのきっかけで倫は勇気を振り絞って今夜の挙に及んだのだろう。  
だがその心の力とは別に、倫の精神そのものはもう研ぎ過ぎた刃のごとく鋭くも脆い、危うき瀬戸際にあったのだ。  
極端へと振り切った針が、戻らぬように。  
あんな刃などを、自分自身に向けてしまうほどに。  
人の精神にも、耐用限度はやはりある。  
私の躊躇の言葉に、妹は本人も気づかぬ炉心融解の臨界点を越えてしまった。  
誰かが支えてやらねばならなかった。そしてそれができるのは―。  
 
 糸色望という男は臆病で小心であるゆえに、他者の心の痛み苦しみに敏感であった。  
それは他者への本質的な理解と深い優しさとなって現れる。  
そして文学で培った感性と高い共感能力もあいまって、その理解と優しさは望本人すら意識せずに相手の心の最も深い場所に入り込んでゆく。  
それが、糸色望の魅力の本質、彼が持っている特別な力であった。  
その力こそが、彼をして幾多の女性の心を捉えさしめたのだろう。大抵の場合、望は遊んでいるつもりはなかったに違いない。  
彼はその都度、本気で相手を思いやり、共に泣き、笑ったのだ。  
そしていままた彼は妹へ向きあおうとしている。  
妹の想いに応える、彼なりの真摯な愛情をもって。  
 
 「いっぱいいっぱいだったんですね‥あんな真似までして‥。」  
 望は倫の耳朶に唇をふれさせた。  
 「お前はやることなすこと極端なんですよ‥。心臓が止まるかと思いましたよ、本当に」  
 「だって、だってお兄様」  
 「‥わかりました、倫。お前は私が支えます。‥兄としても、そして」  
 「おにい‥さ、」  
倫の微かに開いた唇を、望の唇がふさいだ。  
一人の男としても。  
そう、望の唇が動いた。    
 
 お兄様の舌が、私の口をかきまわしている。私の舌をさぐり当て、ああ、先端を絡めてきて―。  
倫は兄の抱擁と口づけに驚くより早く陶然となっていた。膝の裏が、腰骨の後ろが痺れ、指先から力が抜ける。  
唾液の糸を引いて離れた兄の顔を見上げた。突然のことに少々の混乱はあった。  
 「お兄様‥いきなり‥」  
 「あの夜の続きと言ったのはお前でしょう。それに‥思えば今の私も、‥あの夜から生まれたのかも知れませんね」  
 「え‥?」  
望の手が倫の帯にかかる。結び目に指を差し入れ、器用に解いてしまうと緩め始めた。  
 「お、お兄様‥ここでは廊下に聞こえます‥せめて」  
倫の脳裏には一瞬、先ほど退けた時田のことが浮かんだのだろう。  
もちろんいま彼が外にいるはずはないが、先に立った恥じらいの言い訳だった。  
 「わかりました‥では」  
二人の揉み合ったここは、もともと部屋の奥、寝室の襖を背にしていた。望は手を伸ばすと、その襖をすらり開け放った。  
 
 暗い寝間には夜具が敷き延べられていた。  
望は倫を引き寄せたまま立ち上がりながら、一方の手でその両膝を掬い上げ、いわゆるお姫様抱っこに抱え上げた。  
解かれた帯が畳に落ちて重なる。抱えられた倫の太ももが、裾からあらわになった。  
兄の意外なたくましさに、倫は少し驚く。  
 「お兄様‥けっこう力ありますのね」  
 「お、女の子に格好つけるくらいはありますよ。なに言ってるんですか」  
照れる兄の仕草言い草が可愛らしい。  
そして女の子、の言葉に倫は嬉しくなった。それは兄からの、初めての女の子扱い。  
望は鴨居をくぐり、倫をしとねにおろし座らせる。さがって襖を後ろ手に閉めた。  
透かし彫りの鴨居から僅かに漏れる光が、暗闇に倫の白装束をほのかに浮かび上がらせている。  
倫は近づいてくる兄の衣擦れの音に、からだが熱くなってゆくのを感じていた。  
 
 膝を崩ししどけなく座る倫の背後から望の手がその身を抱きすくめる。  
望はさすがに手馴れた仕草で襟から手を差し入れ、すべらかな腹を撫で回しはじめた。  
妹の波打つ髪をかき分け、その香のかおりを呼吸しながら、首筋に舌を這わせる。  
倫はただなすがままに身を委ねながら唇を噛み、漏れ出ようとする吐息をこらえている。  
 「倫‥お前はあの日、私の‥その、初めての時、廊下にいたんですよね‥?」  
ひくりと震える倫。  
 「あれから私は女性とこうするたびに、何処かにお前の視線、気配を感じていたんです。ええ、それは錯覚とわかっています。  
  でもお前がいるはずのない場所でも確かにそれがあった」  
もどかしくなったのか、望は倫の襟をくつろげ乳房をあらわにさせる。  
張りのあるそれは倫の動悸にあわせて微かに揺れた。  
望は脇から手をまわし、それにそっと触れた。  
そして乳房を手のひらにのせ、手首をうねらせてそのつきたて餅のような丸いふくらみを思うさま揉みしだく。  
その薄桃色の乳首が起き上がってくると、そっとつまみ、転がし始めた。  
 「お前のあの眼、手指の感触、そして裸身。それがずっと頭から離れなかった。どんな女性に出会おうともです」  
 「ぁあ‥」  
 「いやむしろ、お前に見られているような気がして興奮すら覚えていたんです」  
兄の言葉はなんとか耳に入ってはいたが、もう倫は我慢が効かなかった。  
眼下で自分の乳房がいいように弄ばれるのを見て、あえぎが唇から溢れてしまう。  
 「さっき言ったのはそういう意味です。そう、あの夜から、私もあるいはお前に呪縛されていたのかも知れません‥。  
  思えばお前のいたずらのお陰でずいぶんと酷い目にあいましたね‥職場を変えねばならないほどの目にも遭いました」  
乳首がつままれ、きゅう、と引っ張られる。痛いか、痛くないかの際で兄の指がはなれ、倫の胸ははずみながら元の形に戻った。  
 「‥それにしても、立派に育ちましたね」  
くすりと笑った兄の気配に倫は恥らいに耳まで赤く染ながらあえぎ、鼻をならした。  
 「いやぁ‥お兄様、私の胸であそばないで‥」  
兄の指が唇を割り、口内に侵入してくる。倫はそれに夢中で舌をのばし、舐めしゃぶった。  
 
いつの間にか倫の身体は横倒しにされている。  
望の標的は胸からもっと下の部分に移ったのか、もう一方の手が倫の白無垢の片襟を大きくさばくと腰骨のあたりをうろつきはじめた。  
 倫はその微妙な感覚はここち良かったが、さっきまで胸に与えられていた快感に比べると物足りない。  
下腹のうずきも耐えられそうになくて膝をすり合わせ始めているというのに、兄は一向に強い刺激を与えてくれなかった。  
 「どうしました?倫、物足りないですか?」  
倫はちいさく頷く。倫の唇から離した指を今度はあばら骨の上に這わせ、爪の先で琴でもひくように小さく掻き始めた。  
 「ぁあっ‥!で、でも、もっと‥」  
 「自分の手があるじゃないですか、倫。ほら」  
望は意地悪くささやくと倫の手首をとり、乳房に導いてやる。  
 「いやっ、お兄様、お兄様がして」  
兄の眼の前で自分の胸を揉むなんて。ひとりの時ならともかく―。官能にあえぎつつも、倫にはまだ己を客観視できた。  
闇に眼もだいぶ慣れた二人は互いの表情までおぼろに判別できるようになっていた。  
恥じらう妹の表情を楽しみながら、望はその下腹に手を伸ばす。  
 「ここも一緒にしてあげます。きっともっと気持ちいいと思いますよ」  
 いじわる。お兄様のいじわる―。  
いつもとは違う攻撃的な兄に翻弄される倫は、きゅ、と唇をかむと自分の乳房を手で包み、揉みしだきはじめた。  
 (今までこの部屋に連れ込んだ女達にも、こんなふうにしたのかしら―)  
一瞬胸を黒いものがよぎるが、意識から強いて追い出す。今は私だけが、兄と抱き合っているのだから、と―。  
気を持ち直した倫はさっき兄にされたように乳首もつまみ、転がしてみる。  
 「あ、ぁ、ぁ」  
―兄に見られていると、こんなことでさえも気持ちいい。  
手指の一動作ごとに小さくあえぐ倫を見た望は、約束どおり彼女の両足のつけねに手をのばす。  
片手で倫の膝を少し持ち上げ、もう一方の手指で秘所をさぐりあてた。  
 「ああああぁっ!」  
倫は突然敏感な部分に触れられ身を震わせた。望の指先はそのちいさな肉の芽をそっと転がしている。  
やがてそれはさらに下へと這ってゆき、糸引くほど濡れそぼった秘裂へと埋まっていった。  
 「ぃああっ!ああっ、お兄様、気持ちいいです、お兄様っ!」  
倫は自分の中でうごめく兄の指に、たまらず悲鳴のような喘ぎをもらす。  
兄を想い自分で何度も慰めたはずのその場所。その想い人からの愛撫はそれまでの感覚とまったく別だった。  
自分で聞いたこともない声をあげながら、倫は胸の何処かに生まれた幸せ、という想いを感じている。  
尻に、何か固いものが押し当てられているのに気づく。  
布越しのそれは、倫が身体を震わせるたび尻肉の合わせ目にそってゆるく動いているようだ。それは倫が湯殿の夜に握った、あの―。  
いつのまにか兄の手が快感のあまり胸に載っているだけになっていた倫の手をのけ、そこを責めたててきていた。  
ぎゅう、と肉の芽がつねられたとき、倫の意識は真っ白になっていった。  
 
 倫の意識を呼び覚ましたのは、乳房の先端の、新しい快感だった。  
仰けに横たわった自分の胸を兄が吸っているのだと気づいた。きらりと光るものも見える。望の眼鏡の弦だった。   
 (お兄様ったら、こんな時まで眼鏡を)  
軽く苦笑しながら、揺れる兄の頭を抱きしめる。夢中で胸に顔を埋める兄を見ていたら、なんだか可愛く思えてきた。  
 「気づきましたか。軽く、イってしまったみたいですね。可愛かったですよ、倫」  
倫はまた恥ずかしさに顔を赤くしてしまう。胸から顔を離した望は倫の上体をおこすと、その手を軽く握った。  
 「倫、今度は私のも‥いいですか?あの夜の続きを、してくれるんですよね‥?」  
 「‥あ」  
倫は望の部屋着の襟がはだけているのに気づいた。胸板と薄い腹筋が闇を透かして見える。その下には―。  
 「み、見えませんわ‥」  
どうやら倫が気をやっている間に、望も帯を解き、下着を脱いだようだった。倫と同じように、前をあけた着物だけになっている。  
 「じゃあ少し、明るくしましょうか?」  
不意に兄の上体が遠ざかった。もそもそと闇を探る気配がする。そしてカチリというスイッチの入る音。  
と、急に弱いが暖かい光が少し離れた場所に灯った。どうやら枕元の置行灯のようだった。  
望は普段これを就寝前の読書にでも用いていたのだろう。  
今の明るさは最低限に調節してあるようで、先ほどの暗闇よりはましというほどでしかない。  
が、お互いの身体が見える程度ならば十分だった。陰影が強く出て、輪郭は闇に溶け込んでいる。壁に襖に、大きな薄い影が映じていた。  
 枕元に腰をおろした望が振り返る。  
 「うっすら見えます‥綺麗ですよ、倫」  
倫は兄の言葉に引き寄せられるようにその膝下に身体を伸ばした。  
 「あ‥」  
今度は見えた。ほの明かりに屹立する、兄の肉棒が。  
 これが、お兄様の―。そういえばあの時は直接これを眼にしたわけではなかった。ふと見上げると兄も顔を真赤にしているのがわかった。  
そろそろと手を伸ばす。そうだ、あの時、自分は―。  
 倫は兄の膝にまたがるとその首に腕をまわし、そして肉棒を手のひらに包んだ。  
赤い兄の顔を見ながら、ゆっくり手を上下に動かし始めた。時に強く、早く。そしてゆっくり、やわらかく。  
 ―戻ってきた。私の手の中に、これ。私の、お兄様―。  
今度はもうはねのけられたりはしない。望は視線を泳がせ、口を半開きにして喘いでいる。ああ、可愛い、お兄様。  
倫は望の足に乗った腰をうねらせ、敏感な部分を擦り付ける。背筋を駆け上がってくる快感に顎をそらせながら、兄へ問いかけた。  
 「お兄様、気持ちよくって‥?倫の手、気持ちよくって?」  
 「ええ、いいですよ、倫‥」  
兄の肩が時に震え、すくめ、どうにもやるせないような感覚を味わっているのだとわかった。  
眼鏡の奥の、睫毛の長い瞳が潤んでいるのが見える。妹と目が合った望は恥ずかしさを覚えたのか、眼を閉じてしまった。  
ところが、その手は倫の揺れる乳房に伸びてきた。片手に倫のうねる腰を抱き、片手で胸をもてあそび始めた。  
 「あっ!お兄様、手癖がよろしくなくてよ‥」  
倫は指を肉棒の先のほうににもってゆき、亀頭のえらをしごきはじめた。指が何か粘つく液体に湿る。  
 「お兄様、これ―」  
 「知らなかったんですか、倫。男も、濡れるんですよ―」  
 「まぁ。‥倫の指で、感じてらっしゃるのね‥いやらしいお兄様」  
薄く笑った望が、唇を重ねてくる。倫は躊躇なく舌を絡め、吸い付いた。  
粘液質の音が時おり響く中、二人の手は互いの身体をまさぐり続ける。  
しだいに荒くなる望の呼吸に、倫はある瞬間が近いのかと感じ取る。さっきのお返しとばかり手の動きを激しくし、兄の顔を凝視する。  
 「お兄様、お兄様もいきそうですの?‥見せて、私に見せて、お兄様のイくところ見せて!」  
 「り、倫、もう‥あぁっ」  
望の身体が一瞬こわばった。波打つような痙攣―。倫が掌中の兄の分身に眼をむけたその時、望は妹の手の中に精を放っていた。  
 「きゃっ」  
思いもよらない勢いに手から撥ね飛ぶそれを、倫はほの明かりにはっきり見た。  
同時に背筋を走るたまらぬ快感―。腕の中の兄は、眼をあらぬ方にそらし、低く喘いでいる。あの時見れなかった、その顔―。  
倫の視線に気づいたのか、一瞬こちらを見てすぐに眼をそらした兄に、倫はたまらぬいとおしさが湧いてきた。  
 「お兄様、可愛い‥」  
   
 火が出そうな顔になった望は、冷ますようにかぶりを振ると手を置行灯の方に伸ばした。  
その下に置いてある鼻紙箱から何枚か摘み取ると、倫の手をぬぐい始める。  
 「ほ、ほら。綺麗にしなさい」  
倫にはその細やかな気づかいは嬉しかったが、拭き取られてゆく兄の絶頂のあかしが、なんだか少し勿体無いような気もする。  
つい、と手を引くと残滓の残る指の谷間に鼻先を近づけてみた。頭がくらくらするような、濃い匂い。兄の、牡のかおり。  
 「こ、こら‥倫‥」  
何か言いかける兄の眼を見ながら、それに舌を伸ばした。  
 「へんな味‥お兄様の‥味」  
倫の膝には、まだ頭をもたげている兄の分身が当たっていた。  
倫は濡れた唇を舌でなぞると、兄の太ももから降りてその腿に膝枕のようにころり横たわる。まるで子猫のようだ。  
 「綺麗に、しますわ‥」  
 「そ、そういう意味では‥!」  
倫は鼻先にある兄の肉棒にくちづけると、先端を口に含んだ。  
 「うぁっ!り、倫」  
 射精直後の敏感な亀頭を、妹の舌が這い回っている。望は背をそらせ、それでも眼下の倫のあられもない横顔から眼を離せない。  
ぎこちなくはあったが思い切りのいい舌の動きに、望は声が出るのを堪えるのに必死だった。  
 身をよじる兄の反応が面白くなったのか、倫は肉棒の根元に指を伸ばすとゆるゆるとしごきあげる。  
同時に先端をねぶる舌がそろりと動くたび、ぴくりと引きつる兄の反応が倫を興奮させた。  
体の奥が、また熱くなってくる。倫は今度は我慢しなかった。空いた手を己の秘裂に伸ばしまさぐりだした。  
芯が抜けたようだった兄の肉棒がだんだん硬さを取り戻し、やがて倫がしっかりくわえていないと飛び出してしまいそうになった。  
 ちゅぷちゅぷと、糸を引くような音が倫の唇から上がっている。  
倫はひとまず肉棒を口内から解放すると兄を見上げ、唇は触れさせたまま聞いた。  
 「お兄様、倫の口は、舌はいかが?気持ちよくて‥?」  
 「ま、まったく‥お前は‥この方面の才能も大したものですね‥。ええ、気持ちいいですとも。気が遠くなりそうですよ」  
答えながら、望は倫の髪を撫でてやる。  
 「嬉しい‥」   
 「ああもう、つくづく可愛いですね‥。じゃあお返しに」  
望はまだ手に持っていた先刻の丸まった鼻紙を行灯の向こうの屑籠に放り投げ、自分も倫の足の方へと倒れ込んだ。  
妹の柔らかい太ももを持ち上げ、その足と足の間に頭を突っ込む。  
 「や、そこは」  
 「お前のも舐めてあげますよ」  
望はそこにあった倫の手首をつかむと、その濡れ光る指先にくちづける。指先を口にくわえ、舌を這わせねぶりあげた。  
 「ふふ‥倫の味がします」  
 「やぁあ‥」  
   
 望は妹の手をどかすと鼻先をさらに奥へと進めた。もっちりと柔らかい太ももの弾力が頬に心地よい。  
糸すら引いてぬめるそのあたりは、倫の甘い牝の匂いでむせかえるようだ。  
 「綺麗ですよ、倫。お尻も、‥ここも」  
薄めの茂みをかき分け、めざす妹の秘所を目の当たりにした望はふぅ、と息をふきかけてやった。  
 「きゃぁっ!‥いやぁ、お兄様‥みな‥いで‥」  
肉棒をくわえる倫が悲鳴のように鼻をならす。それでも肉棒をしごく手の動きが止まらないのが可笑しい。  
 「すごく、綺麗ですよ‥倫のにおいが、します」  
くすりと笑った望はうすい茂みをかきわけ、その先の肉の芽に軽く口づけた。  
 「ひぁ‥っ」  
二度三度、舌で舐め上げ転がすと、たまらなくなったのか、倫の片足が望の頭にくるり巻き付けられてきた。  
肉襞を押し広げる。脈打つそこに唇を押し付けると舌を挿し入れ、あふれる蜜を舐めすすった。  
忘れずに指も挿し入れると、肉の芽の裏をこね回してやる。  
じゅるじゅるという淫らな音に、倫は思わず声を上げてしまう。  
 「あぁ、やぁああ!お兄様、お兄様のばか!そんなこと‥っ」  
 ―舐めまわされている。吸われている。かきまわされている。お兄様に倫の、あそこが―。  
一秒ごとに味わったことのない快感が自分の脳をひっくり返す。  
じゅるり、ぴたぴた、ちゅくちゅく。淫らなねばつく音はその間ずっと続いている。  
兄の丹念な愛撫は自分への愛情そのものなのだと、倫は胸がいっぱいになった。  
 ―好き。お兄様好き。でもそれ以上、倫を苛めないで―。また、おかしく――。  
倫は、唇のなかの兄の亀頭への愛撫に気を散らそうとしたが、どうやら無駄だった。  
 「やぁあぁあっ‥!」  
押し寄せる快楽の波に、ふたたびさらわれてしまった。  
   
   
 撫でられている。頬が撫でられている。  
倫が気づくと、望の顔がすぐ近くにあった。添い寝のように、二人並んで寝そべるような態勢らしい。  
兵法を嗜んだ者らしく、倫は自分を取り巻く状況を本能的に把握しようとする。  
身体がしびれ、けだるく重い。  
 「まったく‥お前はすごく感じやすい質なんでしょうかね。大丈夫ですか?」  
感じやすい、などと言われて倫は途端に恥ずかしくなった。襟をかきあわせると兄から顔をそらす。  
と、その視界に陰がよぎる。  
望が上体を倫にかぶせるように手をついた。膝が割られる。頬が再び、優しく撫でられた。  
 あ。そうか。  
倫は望が何をしようとしているか思い至る。  
 「お兄様、その‥するんです‥ね」  
ひんやりとした空気の中で汗ばむ二人の身体は熱かったが、それでも兄のより熱い部分が脈打っているのが倫にはわかった。  
 「え、ええ‥」  
 「すみません、また私だけよくなってしまって‥。お兄様もどうか、倫で気持ちよくなって」  
倫はゆっくりと膝を開いていったが、望はそれから動かない。  
 「倫‥本当にいいんですね‥?此処から先は」  
この期に及んでいつもの気弱な兄が帰ってきたのかと、倫は半ば呆れつつ苦笑した。  
刃を抜いた先ほどなら冗談ではすまなかったろう。  
だが想いを通わせ肉体の親しさを持った今では、情けない兄の発言も愛嬌のひとつ位に思えるようになっていた。  
あんなに格好良く啖呵を切ったくせに。  
こういういざとなって弱いところも、兄なのだ。私の愛しい、兄なのだ。  
 「まぁ!お兄様ったらなんたるチキン!妹の身体をこれほどもてあそんでおいて、今更いいか、もありませんわ」  
倫の手がふわりと伸びる。下から望の首を抱きしめると、そっとささやいた。  
 「来て、お兄様‥。私をお兄様のものにしてください。想いを遂げさせて‥」  
 「‥倫」  
 
望は倫の入り口に肉棒をあてがうと、そのまま一気に奥まで貫いた。  
 「いっ‥あ‥!」  
倫のそこは一瞬だけ、にぶい痛みが閃く。兄の背に回した腕に力がこもった。  
 「倫、大丈夫ですか?」  
 「‥ええお兄様。どうか好きに動いて。この日を私が忘れないように」  
 「まったく‥お前は‥」  
妹の剛毅さに少々気圧されつつも、望は言われるまま遠慮なく腰を使い始める。  
はじめ抵抗を少し感じたものの、十分に濡れていたせいかそのうち気にならなくなった。  
 「ああ‥きついですね‥でも暖かくて‥。すごく良いですよ、倫」  
倫は直前の軽い絶頂の余韻もあったためか、痛みはさほど感じなかった。  
今はただ、己の暗い妄想の中の産物でしかなかった兄との交わりが現実のものとなったという感動にひたっていた。  
ほろりと一粒、涙がながれ落ちる。  
その涙が枕の上に消えるころには、倫は自分の奥底から押し寄せる体験したことのない快感の中に浮かんでいた。  
望が動くたび、奥に望の先端がぶつかるたび、倫は衝動を抑えることができずにあえいだ。  
 「はぁ、ふぁあっ!おにいさまあぁっ‥!」   
 「倫、いいんですね?私も凄く気持ちいいですよ‥!」  
倫の入り口はきつかったが、奥のしめつけは絶品だった。剣術で鍛えられた体幹の肉が、臍下丹田のさらに奥底で望を絞り上げる。  
望はその子宮を何度もこづき、腰にひねりを与えながら、今度は浅く入り口をこね回してやる。  
どう動いても上がる妹の甘いあえぎが、官能を煽りたてる。  
慣れた望も気を抜くとあっという間に果ててしまいそうになる。  
 「おにいさま、これ、いいです、おにいさまっ」  
互いに汗まみれだった。夢中で妹の肉に腰を打ち付ける望は、もう熱さに我慢ができなくなった。  
望は上体をおこし、汗で重くなっている部屋着の袖をはらい脱ぎ捨てる。  
眼下に喘ぎとともに上下する妹の乳房をわしづかみし、もみくちゃにした。  
 「やぁっ!‥もう、おにいさま、私の胸、すきなんですの‥?」  
 「ええ、程よい大きさで、可愛いですからね‥」  
 「‥すって。私のむね、吸って!」  
望はいわれるまま倫の白い乳房にむしゃぶりつく。勃起した乳首を舐めまわし、吸い上げ、甘噛みしてやる。  
腰の動きに合わせて愛撫してやると、倫の嬌声はひときわ高く上がった。  
   
 女のからだに慣れた望でも、倫との交わりは格別だったといっていい。  
小さな頃から遊び相手になってやった、十程も年の違う妹。  
女わらべの時分からおんなとして熟してゆくその全ての姿を、自分は見てきていた。  
嫁入りして糸色の姓を捨てたい、などと言っていたその妹。  
その言葉通りに自分の前からいずれ離れてゆくのであろうと思っていた妹のからだを、今こうして兄の自分が抱きしめている。  
倫もこうなることを望んだ日から、それは想い遂げたとしてもけして陽の下では一緒になれないとわかっていたはずだ。  
だから、この闇の中では。  
その禁忌を犯したからこそ得られる禁断の果実―背徳の愉悦と官能が、自分たちの脳髄を灼く。  
今はその果実を、官能を、一瞬でも長く味わいたい。この愛しい妹にも味わわせてやりたい―。  
 
 望は乳房から口をはなすと倫のからだを抱きかかえながらともに上体を起こし、つながったままあぐらをかくように座った。  
倫の腰を抱きながら下からゆっくり奥深くをかきまわす。  
兄の首に両手をかけた倫は兄の腰がうねる度にのけぞり、後ろに倒れそうになって揺れながらあえぎ続けた。  
 「おにいさま、いや、こわい、怖いの‥。でも、きもち、よくて‥」  
置行灯の薄い灯りに倫の肉が跳ね、うねり、反る。倫の背後で壁に映ずる淡い影も同じく美しくも淫らな影絵を踊っていた。  
倫の髪が揺れ、汗が舞い散る。まるで幻のような光景の中で、望は限界に近づいていた。   
 「倫、そろそろ、私は‥」  
 「だめ、だめ、おにいさま!一緒じゃなきゃだめ!‥もっと、ね、あと少し‥」  
望に抱きついて背をかきむしる倫は、今度は自分から腰をひねりだした。  
 「うぁっ!り、倫、それは‥」  
 「おにいさま、うふふ、どう?もっと気持ちよくなって‥」  
望の肩を甘噛みし、舌を這わせる倫。  
味をしめた倫は首筋や鎖骨に歯を立て、兄の背に爪を立て引っ掻き、そして首筋にキスの雨を捧げる。  
唇で吸いつきながら、兄の肉を前歯で細かくついばみ、舐めまわした。  
 「あ、つっ‥倫、やめ‥!」  
望にはそんな痛みすらも快感だった。腕の中の妹を突き上げながら、そのうねる腰の与えてくる刺激に陶然とする。  
これ以上は本当にまずい。このままでは、妹の膣内に‥。  
   
 体重をかけてくる倫の上体の動きに、望はそのまま後ろにひっくり返ってしまった。  
 「はじめと反対ですわね、おにいさま‥ふふ‥おにいさま可愛い」  
今や倫は望の腰にまたがり、感性の赴くまま腰をうねらせていた。  
自分が動くたびに湧き上がる新しい感覚に、そして兄の反応に官能を昂ぶらせてゆく。  
その激しい動きに白無垢が肩からしだいにずり落ち、やがて倫は兄の上で一糸まとわぬ裸体となった。  
 「まったく、お前は‥初めてのくせにはしたないですよ」  
望は下から倫の胸をすくい上げ、揉みしだきながら腰を跳ね上げる。  
それは倫の子宮を、脳髄をえぐり、快楽を刻みつけた。  
 「きゃぁっ!ぁあ、でも、おにいさまだから、‥おにいさまだからこんなにいいの」  
倫も突き上げてくる望の動きに、もう腰に力が入らなくなっていた。  
上体を折るとぱたんと望の胸に倒れこむ。  
最後は兄の胸に抱かれていたかった。  
望は倫の尻肉をつかむと、最後の力とばかりに妹の内に腰を送り込む。   
 「ふぁ、ぁあおにいさまぁああっ‥!」  
倫が望の胸にしがみつき、力を込めてその肉をつかむ。剣を執らぬ間伸びていた爪が食い込んだ。  
薄くにじむ兄の血を見た時、倫に自分でも恐ろしいほどの昂ぶりが押し寄せてきた。  
 ―今日でいくつ、兄の身体に傷をつけただろう。でもいいのだ。つけていいのは、私だけなのだから―。  
 「倫、もう限界です、外に‥っ」  
 「だめ、私に、わたしのなかに!」  
 「‥り、倫っ!」  
 「おにいさまぁぁっ‥!」  
兄の肩をおさえ、下腹を擦り付ける。ぜんぶ、うけとめられるように。  
ああ。わたしの、お兄様。  
望の吐息が聞こえ、倫のなかに何か熱いものが叩きつけられる。  
世界が、真っ白に晴れ上がった。  
 
 
どれほど経っただろう。  
倫は、まるで眠りから覚める一瞬前のような、そんな夢うつつの官能の波に浮かんでいた。  
もうひとりではない。孤独の時間は永遠に終わったのだ。心結んだこの時間が、倫にそれを教えてくれる。  
あたたかい兄の胸にすがりながら、幸せで泣きそうだった。  
‥そうか、泣いてもいいのだ。  
悲しいからではない、悔しいからでも怖いからでもない。  
嬉しくて泣いてもいいのだ―。  
‥そう、この世界は、昨日までとは違う世界に、変わったのだから。  
 
 静かに流れる倫の涙を、兄の指がそっとぬぐった。  
 
   
 
 
 翌朝。  
あのあと倫は何度か兄を求めた。疲労の果てに眠った後、兄より早く起き出して自室に戻っていた。  
身を清め、衣服を整える。  
そしてなんとなく居着けなかったので、庭に散歩に出た。  
 庭の池を臨むあずま屋には着替えた望が座して茶を喫していた。  
ぼう、とほほに上ってくる血の温度を感じながら、倫は声をかけた。  
 「おはようございます、お兄様」  
望の方もどこか気恥ずかしいらしい。挨拶をかえすと視線をそらしてしまう。だが一服茶を立て、倫にすすめてくれた。  
倫は礼を返し、望の隣に座った。しばし無言の時間が流れる。  
やがて、望が口をひらいた。  
 「倫、昨晩は」  
 「‥はい」  
兄の首筋に自分の噛み跡を見つけた倫は、そのままうつむいてしまった。  
 「その‥」  
 「‥お兄様、顔が赤いですよ」  
 「お前の方こそ。‥ええ、まぁ、なんというか」  
望は手にした茶碗を一気にあおった。  
 「言い方は悪いんですが、いや、お前にも悪いんですが‥。我ながら大変なことになったな、と―」  
 「まぁ」  
いつも通りの何処か情けない兄の台詞に、倫は呆れつつも微笑ましい思いを抱かずにはおれない。  
やはり、兄は相変わらず兄なのだ。  
情けなくて、カッコ悪くて、臆病で、でも愛しい―私のお兄様。  
 「それと‥倫。必死だったのかもしれませんが‥あんな刃物を自分に向けるような真似はもう二度とは」  
 「‥すみません、お兄様。‥でも、普段やたらと死にたがるお兄様がそんな事をおっしゃるなんて」  
倫は冗談に紛れさせようとしたつもりだったが、望は真顔だった。  
 「私は今まで一度も本気で死にたいと思った事はありません」  
 「お兄様‥」  
 「今日からは離れていても一緒ですよ。それを忘れないで下さい」  
倫は返答のかわりに、頭を兄の肩にあずけた。  
 「いやぁ‥それにしてもとんでもない事に‥明日からが思いやられます、本当に」  
 「またいつもの恨み節ですの?‥ふふ、そんなに仰るなら『長恨歌』にでも書いておけばいかが?」  
そのいつもの兄に、倫も普段のごとく舌鋒でちくりと刺してみた。  
 「‥書けるわけないでしょう」  
むろんそんな事をしたらそれは破倫の恋の証拠品になってしまう。できるわけがない。  
望は抱えたままの茶碗を盆に戻すと、ふいに倫の方を向く。  
 「ですがそれとは別に‥お前との事は‥墓まで持って行きますよ」  
きっぱり言った。それはこの関係を誰にも明かさないという意志のあらわれだった。  
倫も心得ている。それは昨晩しとねでかわした黙契なのだ。  
 「休み明けからは、お前は私のクラスの生徒です。学校では、大人しくしていてくれないと困ります。  
  うちのクラスは、何と言うか、やっかいな生徒ばかりですから」  
 「わかっていますわ、お兄様。なんでもクラスの女子は全員お兄様のお手つき、とか」  
 「そっ、そ、そんなわけ‥」  
倫は、兄の眼を見てくすりと笑う。  
 「安心なさって。張り合うつもりは、ありませんもの‥」  
そして兄の手指に指を絡めながら、新しい世界に、思いを馳せた。  
 
兄と妹、教師と生徒の恋人同士。  
陽の下では絶対に秘さねばならない関係となった今となっては―。  
きっと自分は今までにも増して、学校で兄をからかい、いじり、いたずらを重ねることだろう。  
兄を取り巻く同級生たちに、表には出せぬ嫉妬を抱くだろう。  
それでいいのだ。  
この恋は、誰にも明かせぬ、かげのみやび。  
光の下では、胸につかえを積み上げよう。  
そして胸の重さにあえぐ頃、ふたりきりの闇の中。  
思い切り愛し愛されよう。  
一夜の破倫の交わりに、胸のつかえを飲み干せば。  
明日からまた、仮面のままでいられるのだから――。  
 
 「でも、それまでは‥。ね、お兄様、もう一度‥今から」  
 「‥え?!」  
 
 
 
 数日後、東京府小石川区某高校、新学年度開始日。  
同日付をもって、糸色倫、二のへ組に編入。  
 
 
 
 『その後・昭和八十三年・神無月』  
 夕刻の小石川区。糸色倫は自らの通学する某高校の校門をくぐり、区内に所有する自宅に帰宅しようとしていた。  
倫はそのこぢんまりとした家への帰還には徒歩を心がけている。  
その家は兄の高校に通うため、倫にすれば小遣い銭にもならない額で即金購入した仮宅である。  
執事の時田には『貧乏ごっこの一環』などと揶揄されていたが、倫は黄昏時の下町の雰囲気が気に入っていた。  
彼女には未知の、庶民の生活感息づく世界だったからだ。  
 いくらも歩かぬうち、歩道を行く倫の歩みに合わせるように後方からゆっくり走行してきた黒塗りの車が、横にふいに止まった。  
倫はその車に見覚えがあった。  
日産プリンスロイヤル。それは過去において皇室の御料車であった車であり、倫の同級生が通学に用いていた車であった。  
倫は停車の状況から、校門を出た時から尾行されれていた事を悟った。  
だが倫は驚かない。なぜなら、その車が自分の歩みを追う理由など、ただひとつしか考えられなかったからだ。  
防弾仕様であろう窓ガラスがゆっくりと下がってゆく。  
 「お久しぶりです倫さん。乗っていかれませんか?」  
あらわになった堅牢な車体の中、シートに背を預けこちらを向いていたのは、懐かしい無二の学友の顔だった。  
互いの環境の変化もあり、剣の稽古を共にすることも絶えていた。再会は一年半ぶりとなる。  
倫は何の躊躇もなく友人の誘いに乗った。  
 
 「私この国の未来に憂れいています」  
挨拶もそこそこに憂い顔の内親王は凛然たるかんばせを曇らせて、時勢の不穏を論じ出しかねない剣幕だった。  
だがそれは、かつての学友との私的な会話のための導入に過ぎなかったらしい。  
彼女は途端に口調を変え、倫を見て続けた。  
 「ですが、友人の恋のゆくすえも案じていました。倫さん、首尾はいかが?」  
 
 それこそ倫の予想し、また待っていた質問だった。  
それもそのはず、倫がこの話題を語ることの出来る同性の友は、この世で内親王ただ一人だったからだ。  
彼女は学習院の制服を纏って来ていた。  
倫に会うのに往時と変わらぬ友誼を示すためわざわざ着込んできたとの事である。携えた刀もあの時のままだ。  
ちなみに前部座席と仕切られたこの後部では、会話は運転手に漏れる事はない。  
 「‥想いを遂げました」  
万感こもったその短い返答に、内親王は一瞬遠くを見るような表情を見せ、そして柔らかく笑みをこぼした。  
 「そう‥よかった。おめでとうございます、倫さん」  
倫は頬を赤らめて微笑む。友人を慮ってか少々の罪悪感をただよわせたその表情に、内親王は初めて倫を可愛らしい、と思った。  
 「いろいろ障りはあるでしょうが‥どうか頑張って」  
 「ええ‥確かにいつも一緒にいれるわけでもありません‥でも、そのもどかしさは、貴重な時間の、よろこびの糧となりますわ」  
 
 倫のその言葉に、今度は内親王の頬が赤く染まった。  
けして許されぬ関係を生きる者たちの、秘められた淫靡な時間を想像してしまったからだった。  
 ―やっぱり、倫さんに先を越されてしまいましたね―。  
自らの未だ知らぬその世界。敗北感とちょっぴりの羨望を込めて、かつて恋した友を横目に見る。  
確かに、以前と何処かたたずまいが違う。  
 ―倫さんは、少女から女へと変わったのだ。  
 「綺麗になりましたね、倫さん‥。  
  私もいつか、よい殿方と出会って、結ばれて、その方の赤ちゃんを宿して―そんな日がくれば‥。  
  ‥あ、申し訳ありません‥。倫さんどうか気を悪くされないで‥」  
意識せずにつらつらと、倫の痛いところに触れてしまったかと狼狽する内親王。  
だが倫の反応は意外だった。  
 「大丈夫。きっとあなたにも素敵な物語が待っていますわ。そうですね、もし私に赤ちゃんができたら‥」  
 「‥あらあら」  
 
 「私の赤ちゃん‥。男の子なら、なんて名前にしましょうか‥」  
本気で思案する倫を見て内親王は心に白旗を掲げ、振り回した。  
―まったく、この糸色倫という友は。剛毅も剛毅、花の下での出会いから色々あったけれど。  
 やっぱり倫さんは倫さん。  
 とりあえず今日は――ごちそうさま、というところかしら。  
 ‥どうかあなたとあなたのお兄様が幸せでありますように。  
 「では、女の子なら?」  
 「それなら、華、とでも名づけますわ」  
なんじ、人中に咲く絶華なれ。その意はすなわち絶世美人―。  
 「華。いとしきはな。まぁ、可愛らしい名前‥。  
  でも今の倫さんこそ、まさに華のよう」  
 二人は、顔を見合わせて静かな笑みを交わした。  
それは、過去と未来を祝福する笑いであった。  
 
 
 
 二のへの教室。  
担任教師糸色望は、今日も女生徒にとりまかれている。  
彼を巡っての恋の鞘当ては陽に陰に激しさを増し、時には血を見る日もあるという。  
だが、糸色倫はそれを時には超然と、時にはいたずらっぽく笑いながら見ている。  
そのやわらかな笑みの意味を知るものは、この教室には一人もいない。  
 
 ―糸色倫の物語は、つづいてゆく。  
いつか誰にも訪れる、定められた最後の日まで。  
 
 その日に華はまだ咲いているか―それはまだ誰にも、わからない。  
 
 
                                             『絶華の暦 破倫の歌』  完結  
 

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