「風浦さんー、貴方のセンスを見込んでちょっと相談があるのですが」  
 
「なんでしょうか?、先生から私にふるなんて珍しい」  
 
「あれです、確実とは言わないまでも、大体笑いを取れる事ってないですかね?」  
 
「………は?」  
 
気だるそうに教壇にもたれていた望が突拍子も無くその様な事を言い出すので、  
つい間の抜けた返事をしてしまう可符香だったが、持ち前の能力で素早く気持ちを立て直し、  
もしや自分の聞き間違いではないのかと「……先生、もう一度お願いします」と聞き返してみた結果――  
 
「?、聞こえませんでしたか?、確実とは言わないまでも――」  
 
「あ、いいです、聞いてました」  
 
……どうやら、自分の耳に問題は無いらしい。  
先ほどの発言をリピートしようとする望を制する。  
 
「でも、一体どうしていきなりそのような事を?」  
 
全く望の意図が掴めずに可符香が尋ねると、理由はとても単純かつ明快な物である事が判明した、  
どうにも、「あぅ……やっぱり、私一応学園コメディーの主人公ですし、ちゃんと笑いも取らないと……」だ、そうだ。  
 
自分から聞いておいてこの様な事を思うのもなんなのだが、望が真剣に語ったその意図よりも  
『学園』と『コメディー』の間に『ラヴ』の文字が入らない事に流石先生だとどうでもいい所に感心してしまう可符香であった。  
 
「――で、何か無いものでしょうか?」  
 
中々返答が無いことを疑問に思ったのか、望は軽く首を傾げると冒頭の事を再度問いかけてくる、  
……が、やはり全く返って来ない返答。それに不安を感じたのかおずおずと可符香の瞳を覗き込み名を呼んだ辺りで、  
いつの間にやら『フラグクラッシャーの更正法』なるものを考えていた可符香が直ぐ目の前にあるその存在に気が付き――  
 
「きゃああ!?、わ、先生………何なんですか、もう!」  
 
「わっ!?……急にボーっとしてぶつぶつ言ってたかと思えば……私何かしましたか?」  
 
「……あぁ、やはり自身の問題行動、お気づきで無いですか……流石せんせー、そこに痺れる憧れるー……」  
 
「な、何ですか?、貴方そんなキャラでしたっけ……?」  
 
突然のことに思わず悪態吐いてしまう可符香だったが、自分の行動の何が悪いのか  
サッパリ分かっていない望を見ていたら何だか馬鹿馬鹿しく思えてきて、投げやりに返答した後、  
唐突に「……モノマネでもやれば良いんじゃないですか?」と繰出す。  
 
「………はい?」  
 
突然すりかえられた話題にキョトンと可符香を見つめると、その口からもうどうにでもなれと言うように  
「……ほら、先生が言ってた事ですよ、今流行のお笑い芸人のモノマネでもすれば大概笑いを取れます」  
 
と、続けられた。すると望はそれで納得したのか、「ふむ、一理ありますね」と言うと、  
ちょっとブームを研究してくる、と教室を後にした。  
 
望が去ったことで、静寂が広まった教室に残された生徒達が思うことは只一つ。  
 
――ま た 自 習 か 。  
 
 
その日は、結局望は戻って来なかったのだが、このクラスの生徒ならそれ位日常茶飯事。  
そして、自習だからと怠けていると、教師の変わりに授業を始める千里のチョークで机に穴が開くのもまた――日常茶飯事なのだ。  
 
――翌日。朝学活では望が教団の前に立ち、意気揚々と「ブームつかみました!」等と  
目を輝かせていたかと思えば、右腕を伸ばし、おもむろに羽織をバサリと横に広げ――  
 
「先生のここ、空いてますよ」  
 
――先程までの教室のざわめきが、嘘のように消えた――  
そこまで見事にスベったのかと望が溜息を吐くが、生徒の一部はそのあまりにつまらない(と、言うと失礼だが)  
ボケに静まり返ったのでは無く――その瞬間、千里がガタッと席を立ち、ずかずかと望に接近する。  
 
「先生。」  
 
「?、な、何でしょうか?木津さん……」  
 
「空いてるのなら、キッチリ私が納まらせて頂きます!」  
 
千里の行動が引き金になり、他の女生徒もわらわらと群がっていく。  
勿論、その様な反応は予想だにしていなかったのだろう、望は突然揉みくちゃにされ、教室は最早パニックと言っても過言で無い。  
 
「え?、え!?、な、何ですか皆さん!?」  
 
そして、そのまま女生徒の間で繰り広げられる争い――  
時折、「先生は私のものだ」等と聞こえてくる叫び声に、いや自分の所有権はいつの間に移動したのだと、  
望は心の中でどこか他人事のような突っ込みを入れる。この危機的状況にこれ程の余裕が持てるのは、  
きっとこれから争いは収まらず、戦ってる隙をみて逃走できるからだ。……否、訂正しよう、今までなら『できた』からだ。  
 
「あぁもう!、このままじゃ埒が明かない!……皆!」  
 
「何よ!?」  
 
「今日は和解って事で―――」  
 
「……ん、そうね、それで手を打ちましょう」  
 
何やら千里が妥協案か何かを出したようで、その上他の女生徒もその案に同意。  
望はそのまま手を組んだ女生徒にじりじりと距離をつめられ……逃げ出そうと背を向けた瞬間、  
背後から千里とまといになすすべなく縛り上げられた。  
 
「な、何するんですか!?」  
 
「いえ、私達が争ってるといつも先生逃げちゃうので、皆で仲良くする事にしました。」  
 
「え、あ、仲良きことは美しきかな、っていいますもんね……って、だから何で私が縛られる必要があるんですか!?」  
 
――嫌な予感しかしない、身を捩りやけにいい笑顔の千里から逃れようとするも、手足が拘束されているので満足に動けず、  
周りを取り囲む他の女生徒もニヤニヤと何か企みを含んでいそうな笑みを浮かべ望を見下ろしている。  
 
「先生、そろそろ覚悟決めましょう?」  
 
「千里ー、今日は放課後まで外の体育倉庫空いてるらしいよ!」  
 
「よし、でかした晴海、それじゃあそこで――」  
 
「いやああああ!物騒な話が聞こえます、アーアー聞こえなーい聞こえなーい!」  
 
「小学生か!」  
 
そんなコントの様な会話をしつつも、準備が完了したらしい千里達は仮にも成人男性である望をひょいと担ぎ上げ、  
何とも手際の良い動きで運びやすい体制へと変えていく。  
 
「ひっ!?、嫌!、嫌ですってば!!誰かあああ!助けてええええ!!」  
 
必死にもがく望を気にも留めず、そして集団の列も乱さず、淡々と。  
そのまま体育倉庫へと向かっていく図は、さながら何かの生贄のようであった、と、後に偶然居合わせた生徒Kは語っていた――  
 
――そして、現在時刻4時02分、風浦可符香は携帯で時刻を確認しながら望の帰りを待っていた。  
部活動も本格的に始まるこの時間、きっちりと計画をたてる千里ならそろそろ退却する頃だろう。  
そして、解放された望は恐らく……いや、確実に職務を放って逃げ出てくる筈――  
 
「はぁっ、はぁ……殺されるかと思った……」  
 
「……ここまで予想通りに動けるのって、ある意味凄い事ですよ」  
 
「え?」  
 
「こっちの話です」  
 
その返答に納得がいかなかったのか、文句を言おうとする望を軽く制し、  
まぁまぁ、そんなことより、と、可符香が話を続ける。  
 
「あの中で、何があったんですか?」  
 
「……こ、こんな所で言えるわけ無いじゃないですか!」  
 
思わぬ展開に真っ赤になり顔の前で両手を振ってあわあわしだす望を見て、  
可符香の中に何か熱い衝動の様な物が沸き起こる、そのまま可符香は一息置いて……  
 
「いや、ここ言える場所だと思うんですけど……というか言わないといけない場所です、  
 寧ろちゃんと細かく描写しないとここの方々にご迷惑が掛かりますよ?」  
 
「何の話ですかああ!!」  
 
「だって、ここ先程から神的エロ投下の多いエロパロ板じゃないで……」  
 
「やっぱりいいです!というか外部の話をここでしてはいけませーん!」  
 
余計な事を言った自分に後悔しつつ、慌てて可符香を止める望だが、  
勿論彼女がこの状況を楽しんでることは知る由も無い。  
 
「……それで、実際の所どんな感じだったんですか?」  
 
「また貴方は……何でそんなに知りたがるんです!、逆に何が知りたいんですか!?」  
 
「そ、それは……その、あの……だって……」  
 
自棄になった望が反撃に出ると、可符香の態度は一変してしおらしくなった。  
先程の茶化すノリはどこへやら、頬が少しばかり紅潮していて、視線が定まっていない。  
 
「風浦さん?……わ、私何か不味い事でも言いました!?」  
 
「いえ……ちょっと答えて貰いたいんです、千里ちゃん達は、その……良かった、ですか?」  
 
「うぇ……あぅ、正直、その、わ、悪くは無かった、ですけど……って何言わせるんですか!」  
 
真剣な眼差しに押され、凄く気まずそうにポリポリと頬を掻きながら顔を真っ赤にして『あの出来事』の感想を述べる望。  
その瞬間、可符香が嬉しそうにニヤリと笑った、罠に嵌められたと望が感ずくも既に時遅し。  
 
「そうですかー、強引なのは悪くなかったですかー……それはそれは」  
 
「ふ、風浦さん!?、目が座ってますよ!?」  
 
喜びとも怒りとも悲しみとも取れぬ表情のまま、無言で携帯電話を取り出し、  
どこかへと通話を始める可符香に、望は本日二度目の悪寒を感じたとか――  
 
「……あぁ、はい、場所はそこで大丈夫、早急に」  
 
「どどど、どこに掛けていらっしゃるんでしょうか!?」  
 
「あ、来ましたよ、流石、速いですね」  
 
可符香が淡々と指した先には、明らかに『そっち系の方々』しか乗れないような黒光りする大きなリムジン。  
一体お前はどことどう繋がりがあるんだ、とか、そもそもどこに掛けたんだよとか色々と言いたい事はあったのだが、  
何も言えないまま、行き先も告げられず可符香に車へと押し込まれる望であった――  
 
 
糸冬  
 
 

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