とある日曜日、自宅の机の引き出しの中を整理していた可符香は懐かしいものを見つけてその手を止めた。  
「こんなところにあったんだ……」  
たくさんの文房具やらノートやらに紛れて引き出しの奥の方に隠れていたソレ。  
お守り袋より一回り大きいぐらいの小さな茶巾袋をじっと見つめながら、可符香は我知らずため息を吐いた。  
この袋の中に入っているもの、それを手に入れたまだ幼い頃の自分を思い出したのだ。  
この世界に生まれ出たその瞬間から、子供は周りにある様々なものを見て、聞いて、触って、自分の中にどんどん取り込んでいく。  
様々なものに興味を持ち、既に成長し切った大人とは全く違う、様々な角度から自由に世界を見つめる。  
そして、その過程でしばしば子供は自分の心を惹き付けてやまない『宝物』を見つけるのだ。  
それは、大人になった後では何でこんなものを気に入ったのか、自分でも不思議に感じてしまうようなものだったりする。  
だけど、それを大切に思っていた当時の記憶は、心の奥でいつまでも息づいて、その人を形作る核となる。  
何度もお話しをして、寝るときまでずっと一緒だった縫いぐるみ。  
色んな場所を連れ回して遊んで、ほとんどの塗装が剥げかけてしまったヒーローのソフトビニール人形。  
可符香もかつては色んな宝物を持っていた。  
ただ、そのほとんどは何度も繰り返した引越しの最中に失くしてしまったけれど。  
だけど、彼女の一番のお気に入りで、いつもポケットに入れて持ち運んでいたこれだけは最後まで彼女の下からなくならずに済んだのだ。  
可符香は袋の口を開け、その中から転がり出てきた『宝物』と数年越しの再会を果たした。  
「変わってないな…ぜんぜん……」  
手の平の上に載せたそれをじっと見つめながら、可符香が少し嬉しそうに呟く。  
それは、ビー玉だった。  
それもラムネの壜のフタに使われるような、無色透明のヤツだ。  
子供が好きそうな色んな色や模様のビー玉があっただろうに、可符香の心を捉えて離さなかったのはこの透明なビー玉だった。  
「色んなところに持ち歩いて、ほんとにちっちゃかった頃には口の中に入れてたりしたのに、ぜんぜんキレイだな……」  
ビー玉の表面には傷一つ無く、窓から差し込む太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。  
可符香はビー玉を机の上に置き、自分も机にほっぺたをくっつけるようにしてもたれかかりその中に映る光を見つめた。  
 
自分がこのビー玉を気に入った理由。  
可符香はそれをちゃんと覚えている。  
このビー玉は元々、とある町に住んでいた頃、幼い可符香の為にアパートの大家のおばさんが、  
もう大きくなって家を出て行った娘が昔遊んでいたビー玉やおはじきのうちのいくらかを見つけて持って来てくれたものだ。  
かご一杯のビー玉やおはじきを貰って、小さな可符香はとても喜んだ。  
だけど、その時には色々な色のビー玉達に紛れて、可符香はこの透明なビー玉の存在に気付く事さえなかった。  
その後、畳の上でビー玉をいくつか転がして遊んでいたとき、可符香はそれに夢中になるあまり、うっかりビー玉の入ったかごをひっくり返してしまう。  
思い思いの方向へ勢い良く転がっていくビー玉を、彼女は必死で追いかけてかごの中に戻した。  
ベランダに通じる窓にぶつかって止まっていた三つを摘み上げて、これで終わりと思ったその時、  
彼女はそれと出会った。  
「ビー玉が散らばって慌ててたし、透明だったから、それまで全然気付かなかったんだよね……」  
畳の上、窓からの光を曲げてかすかに輝いていたそのビー玉を、可符香はなるべく優しい手つきで、そっと拾い上げた。  
彼女にはそれが、触れただけで溶けて消えてしまいそうなほど、儚く壊れやすいものに見えたのだ。  
だけど、ビー玉は可符香が触っても、溶けてなくなったり、幻のように消える事は無かった。  
ただ、硬く冷たいガラスの塊である筈のその手触りは、滑らかで優しくて可符香をひどく安心させてくれた。  
可符香は改めて、無色透明なそのビー玉をまじまじと見つめた。  
どこまでも、どこまでも、流れる川の水よりもずっと透き通ったビー玉。  
それを通り抜けた光は、可符香の周りに降り注ぐ光よりも、どこか穏やかで安らかなもののように感じられた。  
幼い可符香はそれを両手で優しく包み込み、胸の辺りできゅっと抱きしめた。  
それから、このビー玉は可符香の宝物になった。  
小さな茶巾袋は、いつもビー玉を持って放そうとしない彼女が、うっかりそれを失くしたりしないように母が作ってくれたものだ。  
それから既に十年以上、可符香は再びビー玉の前にいて、その輝きに見とれていた。  
「なんであんな暗い引き出しの隅っこに忘れていたんだろう。大切な、本当に大切な宝物だったのに……」  
少し寂しそうに、だけども本当に嬉しそうにそう呟いてから、可符香はビー玉を袋の中に再び収める。  
そして、部屋着のスカートのポケットにそれをそっと忍ばせた。  
再び出会えた宝物を、ずっと身につけていたい。  
そんな気分だったのだ。  
 
翌日、月曜日。  
学校への道を急ぐ可符香の鞄の中には昨日見つけたビー玉を収めた、茶巾袋が入っていた。  
(持ってきちゃった………)  
心の中、可符香は自分の行動に苦笑する。  
昨日、このビー玉を発見して以来、幼い頃、この宝物を持っていると感じる事が出来た安心感が忘れられなくなってしまったのだ。  
可符香が一歩進む毎、鞄の中のビー玉が右に左に揺れるのを感じる。  
その感触だけで、あのビー玉が放つやわらかな光が可符香の瞼の裏に蘇ってくるのだ。  
(やっぱり子供じみてるな……でも…)  
久方振りに出会った親友が傍にいてくれるような、そんな嬉しさがこみ上げてくるのだ。  
いつもよりほんの少しだけ足取り軽く、可符香は学校へ続く道を歩いていった。  
 
学校に着いて授業が始まってからも、可符香の頭の隅っこにはいつでもビー玉の事があった。  
まるで本当に昔の自分に戻ってしまったみたいに、可符香はビー玉の存在に夢中になっていた。  
昼休憩、千里や晴美達数人と机をくっつけてお弁当を食べていると、そこに奈美が自分の椅子を引っ張ってやって来た。  
「可符香ちゃん、隣いい?」  
「もちろんだよ。奈美ちゃん」  
彼女は胸に菓子パンのたっぷり入った紙袋を抱えている。  
どうやら、今日の彼女はさっきまで購買にパンを買いに行っていたらしい。  
「それじゃあ、いっただきまーす!」  
奈美は早速紙袋の中からクリームパンを取り出してかぶり付いた。  
本当に美味しそうにパンを食べる奈美の笑顔を見ていると、可符香の顔も自然とほころんでくる。  
ただ、彼女の抱えた大きな紙袋はパンパンに膨らんでいて、少なくとも10個以上のパンが入っていそうだった。  
(ま、まあ、奈美ちゃんですから……)  
瞬く間にクリームパンをお腹に収めて、次はシュガートーストをぱくついてる奈美の姿に、流石に可符香も若干の不安を覚える。  
それでもともかくは、明るい会話の飛び交う楽しい昼食の時間が過ぎていった。  
そして、しばらく後、可符香が自分のお弁当を食べ終えた頃……  
 
「ふう、ごちそうさまでした」  
「私もごちそうさまー」  
「えっ!?奈美ちゃん!!?」  
自分より後からやって来て、自分の弁当など比較にもならない大量のパンを食べていた筈の奈美が、ほとんど同時に同じ言葉を口にした。  
満足げな奈美の顔を呆然と見つめていると、奈美の方から可符香に話しかけてきた。  
「どしたの、可符香ちゃん?私の顔、なんかついてる?」  
「う、ううん…何でも…ないよ?」  
「そう?なんか今日の可符香ちゃん変だよ?」  
言葉が口から出て来ないというか、何と言ったら分からないというか……。  
屈託のない奈美の笑顔に見つめられて、可符香はすっかり返答に窮してしまう。  
だけど、次の奈美の言葉を聞いて、可符香は思わず聞き返した。  
「可符香ちゃん、今日は朝からやけに機嫌が良さそうに見えたのになぁ……」  
「そ、そうなの、奈美ちゃん?」  
「うん。たぶんみんなも気付いてるんじゃないかな?」  
奈美のその言葉に応えるように、千里が口を開く。  
「そういえば、今日は確かに可符香ちゃんの笑顔が目に付いた気がするわ」  
「うん。声もいつもより張りがあるっていうか、元気っていうか」  
千里に続いて晴美も同意する。  
「そうそう!いつもの可符香ちゃんが暗いってわけじゃないけど、今日は特別って感じだったかな」  
千里と晴美の言葉にうんうんと奈美は肯く。  
あのビー玉一つでそんなに自分の態度が変わっていたのかと、可符香は呆然とするばかり。  
だけど、その直後、可符香はその会話の中からとてつもない衝撃を受ける事になる。  
「特別って言うより、自然体って感じかな……」  
それはあびるの何気ない一言だった。  
「ほら、可符香ちゃんが明るいのはいつもだけど、どこか落ち着いた感じの明るさだったから。  
可符香ちゃんっていつも色々考えてる感じがするけど、今日のは嬉しい気持ちがそのまま顔に出ちゃったみたいに見えたな……」  
足元の大地が一気に崩れ落ちて、奈落の底へ落ちていくような気分。  
その後も続く友人達の会話は、もう可符香の耳には入らなかった。  
ただ、凍りついたような笑顔を何とか維持するのが精一杯の彼女の頭の中を、ぐるぐると一つの考えだけが回り続ける。  
もし、今朝からの自分の態度が、笑顔が『自然』だというのなら、これまでの自分は一体何だったのかと………。  
 
午前中、無自覚に明るさを振り撒いていた可符香は、午後に入って自分でも分かるくらいに落ち込んでいた。  
「ごめん。お昼のとき、何か悪い事言っちゃった?」  
休憩時間、問題の発言をした当人、あびるが可符香の様子の変化を気に留めて話しかけに来てくれた。  
「ううん。そんな事ないよ」  
可符香は正直に答えた。  
そう、彼女達は何も悪くない。  
ただ、そんな僅かな言葉で揺れてしまう自分が、今の可符香の心の中には存在する。  
それだけの事なのだ。  
(『自然』か………)  
六時限目、教壇の前で喋り続ける教師の言葉もほとんど耳に入らないまま、可符香は自分の『宝物』の事について考え続けていた。  
誰かが何かを価値あるものだと、即ち『宝物』であると認識する行為はそもそもどんな所に根ざしているのだろうか?  
午後いっぱいをその疑問にだけ費やした可符香が得た結論、それは……  
(『宝物』っていうのは多分、その人が必要としているものなのに、その人には欠けているものの事なんじゃないかな……)  
全身黒尽くめのカラスが輝くものに惹かれ、それを集めるように。  
貧しい人間にとって、たとえ僅かな額だとしてもお金が貴重なものであるように。  
時間に縛られて忙しく生きる人間にとって、僅かな急速の時間が何にも代えがたい大切なものであるように。  
彷徨い歩く飢えた獣がようやく見つけた獲物。  
干からびた大地に降り注ぐ雨。  
長い夜が明けて降り注ぐ日の光。  
その者が自身の力では補う事の出来ない、欠けたパズルの最後の1ピース、それが『宝物』なのではないか。  
可符香はそう考えた。  
(よくよく思い出したら、あの頃からもう家の生活はあまり楽じゃなかったんだよね……)  
当時の可符香はとりたててその事を意識もしていなかったが、それでも家の中に漂うどこか重い空気を無意識に感じていたのかもしれない。  
父も母も、まだ元気で家の中に笑いがあったあの頃。  
だけど、ほんの少しずつ、注意しなければ分からないレベルで両親は心身共に磨耗していったのだろう。  
テーブルに突っ伏したまま、疲れた顔で眠る母。  
日に日に辛くなっていく職場での出来事を、何とか笑い話に変えようとしていた父。  
そんな日常の中で、幼い可符香がどれだけ求めても手に入れられなかった安らぎを、あのビー玉の優しい光の中に見ていたのだとしたら……。  
(……そして、それは今の私にも欠けているものなんだ………)  
急速に心が冷え切ってていくのを感じた。  
あのビー玉は結局、幼い自分が失われつつあった安らぎの代用品でしかなかった。  
不安に苛まれ、隙間だらけになった心を埋め合わせようと、溺れる可符香が必死にしがみついた藁くず。  
そして、その心の隙間は今も消える事なく可符香の胸の中にあるのだ。  
ビー玉の輝きにひと時ばかり孤独と寂寥を埋め合わせる事が出来ても、それはいつか醒める夢にすぎない。  
目を覚ましたベッドの上で、きっと可符香は思うだろう。  
ああ、やっぱり自分は一人ぼっちなのだ、と。  
嘘っぱちの笑顔と、詭弁だらけのポジティブで築き上げた城壁の内側には価値のあるものなど何も無いのだ、と。  
憂鬱な気持ちはついに抑えきれず、ため息となって可符香の口からこぼれた。  
 
そして放課後、夕陽の差し込む教室の隅に座って、可符香は黄金色に輝く雲が空高く流れていく様子をぼんやりと見ていた。  
家に帰る気にはなれなかった。  
一人ぼっちのアパートの一室で、自分自身の孤独とにらめっこをするのは勘弁だ。  
いずれ、家路に就かなければならないと分かってはいても、腰を落ち着けた椅子ともたれかかった机の上から彼女は動き出す事が出来ない。  
可符香は机の上に件のビー玉を入れた茶巾袋を置いていた。  
こんな気分の最中にあっても、その存在は可符香の心を癒し、慰めを与えてくれた。  
ただ、それは可符香が心の内に抱えている空しさを浮き彫りにする事でもあったのだけれど………。  
「でも、このビー玉がキレイで、私の心を惹きつけること。その事実には間違いなんて無いから……」  
縋りつくように、もしくは神様に祈るように、可符香はビー玉の袋をぎゅっと両手で握り締める。  
そんな時だった。  
「おや、まだ教室にいたんですね、風浦さん」  
耳慣れた声が聞こえて、可符香は教室の入り口扉の方を見た。  
そこには可符香の席に向かって歩いてくる担任教師・糸色望の姿があった。  
「先生……すみません、すぐ出ていきますから…」  
「いえ、構いませんって。下校時間にはまだしばらくありますし……それに人間誰しも、一人っきりになりたい時ってのはあるもんです」  
慌てて立ち上がろうとした可符香を、望は苦笑しながら制した。  
「帰り際に宿直室にでも声をかけてもらえれば、施錠も私がやっときますから……って、あれ?風浦さん、その手に持っているのは……?」  
望は可符香が再び椅子に座ったとき、彼女が右手に持っていたビー玉入りの茶巾袋に気付いたようだった。  
「これ……ですか?…これはですね……」  
可符香にとっては現在、あまり触れられたくない話題ではあったが、隠すほど大仰なものでもない。  
複雑な表情を浮かべながらも、彼女は袋の中身を取り出し、コトリ、と机の上に置いた。  
「あはは……子供っぽいですよね、こんなの持ってるなんて……」  
机の上のビー玉を横目に見ながら、可符香は少し自嘲気味に笑った。  
「これは……ビー玉ですか……風浦さん、これ触っても?」  
「宝石とかじゃないんですから、気兼ねせずにどうぞ」  
可符香にそう言われ、望はビー玉をそっと摘まみ上げ、手の平の上に載せた。  
望の目の前で、夕陽を映したビー玉がきらきらと輝いた。  
望はしばし言葉も無く、その輝きに見入った。  
 
「きれい…ですね……」  
その後、望の口からようやくため息交じりに出てきたのが、その言葉だった。  
「ビー玉ってこんなに透き通っていたんですね。……それが、色んな色を映して……」  
「私の小さい頃の宝物だったんですけど、昨日机の引き出しの隅にあったのを偶然見つけたんです」  
「そっちの袋は?」  
「こっちは昔、母が作ってくれたものです。私がこのビー玉を持ち歩いても、失くしたりしないようにって……」  
望との会話の中で、可符香は少しだけ明るい気持ちを取り戻すことが出来た。  
彼が同じビー玉を見て、同じように綺麗だと言ってくれた事が何だか変にこそばゆくて、嬉しかった。  
先ほどまで思い悩んでいた自らの孤独、それが少しなりと埋め合わされたような気がしたからかもしれない。  
「風浦さんの『宝物』ですか……いい物を見せてもらいました…」  
それから可符香は望の手からビー玉を受け取り、もう一度茶巾袋の中にそれを仕舞おうとする。  
その途中、茶巾の口を閉めようとしたところで、彼女は望が自分の方を見て微笑んでいる事に気付いた。  
「どうしたんですか、先生?」  
「いえ、あなたらしい宝物だなって……そう思って…」  
その言葉を聞いて、可符香の中に先ほどまでの憂鬱な気持ちが蘇る。  
(たぶん、そんな事、ある筈ないけれど……)  
望に自分の悩みを見透かされたような気がした。  
このビー玉が自分の中にある虚ろを埋めるための物であること、それを見破られたのではないか。  
そんな考えが頭をよぎった。  
だけど、その後、望が言った言葉は彼女の想像したものとは全く違っていて……  
「そんな小さな袋の中に隠して、きれいなものを持っている………ちょうど、風浦さんみたいだって、そう思ったんですよ」  
「えっ?あ…そ、そうなんですか?」  
予想もしていなかった答えに、可符香はひとたまりもなく動揺した。  
そんな可符香の様子を見て、望も自分の言った事を意識したのか、照れくさそうに顔を赤くしながら、  
それでも何とか言葉を続けた。  
「い、一応、これでも担任ですし、あなたの悪戯にはどれだけ困らされたか分かりませんからね……風浦さんの事なら、よく見てますよ。  
いつも飄々としてて、うちのクラスの大騒ぎもどこ吹く風って様子で……だけど、ときどきハッとするぐらい綺麗な笑顔で笑ってるんです……」  
「私が……ですか……」  
「正直、女子生徒をじろじろ見てるなんて言われそうで、なかなか言えなかったんですけど……  
そういう時の風浦さんはほんとに嬉しそうで、楽しそうで、目を離せなくなるんですよ………」  
そこで恥ずかしさの限界が来たのか、望は真っ赤な顔を隠すように俯いてしまった。  
一方の可符香は、ただ呆然と望の言葉を頭の中で何度も繰り返していた。  
 
(そっか……先生、そんな風に見てくれてたんだ……)  
可符香の胸に溢れる温かな気持ち。  
そう考えると、先ほどまでの悩みにも、また違った答えが与えられるような気がしてきた。  
自分の笑顔を、欠けた心を代用品のピースで強引につなぎ合わせたまがい物と見るか、  
それとも身近な場所にある宝物をかき集めて、その輝きを目にしてこぼれ出た真実の笑顔と見るか、  
それは結局、可符香自身が自分の事をどう見るか、そこに集約される。  
可符香は手の平の上のビー玉の袋に視線を落とし、思う。  
望はこれを、可符香みたいだと、そう言ってくれた。  
可符香がさっきまで考えていた通り、自分には失ったもの欠けたものが沢山あるのだろう。  
だけど、彼女は細い糸をたぐるようにして、様々な素敵な人やものに出会い、それを自分の中に貯め込んできた。  
ちょうど、茶巾袋の中に宝物のビー玉を収めるように。  
継ぎ接ぎだらけの心でも、そこに秘められた輝きにきっと偽りはない。  
(ああ、そうだ……そうなんだ…)  
たとえ百万人に取り囲まれて『それは嘘だ』と断言されようと、この胸を高鳴らせる気持ちは現実のものだ。  
「先生!」  
彼女は、自分にそれを教えてくれた担任教師に明るい声で呼びかけ、その胸元に飛び込んだ。  
「お、おわぁ!!?何ですか、藪から棒に!!」  
「いいじゃないですか。先生と私の仲なんですから」  
すっかりいつもの気まぐれな少女の顔を取り戻した可符香を、望は苦笑まじりに受け止め、その体を優しく抱きしめた。  
「それにしてもさっきの台詞、いつもの先生らしからぬ大胆さでしたね……」  
「いや、その…あなたの様子が午前中と午後ですっかり変わったのが気になったものですから……何か言ってあげられればと思ってたんですけど…」  
なるほど、見透かされていたという可符香の見立ても多少は当たっていたらしい。  
まあ、自分でも自覚できるほどに酷い落ち込みようだったのだから、当然と言えば当然なのだけれど。  
今は、その『当然』が何にも増して嬉しかった。  
今の可符香は、彼女が必死にかき集めた輝くものの上に成り立っている。  
2のへの級友達。  
日々の様々な出来事。  
そして、その中心にあるのはいつだって……  
「先生、嬉しかったですよ、さっきの台詞……」  
「……それは何よりです……」  
見上げれば、優しげな眼差しで自分を見つめる望の顔があった。  
可符香は彼の笑顔に、あのビー玉と同じ穏やかで心安らぐ、やわらかな光を見たような気がした。  
 

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