チョコレートを湯煎にかけて溶かし、ハートの型に入れて冷やし固める。  
たったそれだけの単純な作業の全てが、幼い少女の小さくつたない手の平には大変な大仕事だった。  
本来大人が使うように作られた台所は何もかもが少女にとっては大きすぎて、  
ボールに張ったお湯の熱でチョコを溶かすときも、迂闊に触れてひっくり返してしまわないかと心配で仕方がなかった。  
それでも何とか溶けたチョコレートを型に流し入れ、首尾よくハートのチョコを作る事が出来た。  
「よく出来たわね、杏。きっと、そのお兄ちゃんも喜ぶわよ」  
「うん!」  
ずっと横で自分の様子を見守り、手伝ってくれた母に頭をなでられて、少女は満面の笑顔で頷いた。  
最後の仕上げにアイシングペンを使って、飾りの模様と心を込めたメッセージを書き込む。  
『のぞむおにいちゃん だいすきです』  
完成した手作りチョコレートを見つめながら、少女は大好きなあの人にこれを手渡すときの事を考えて、  
うきうきと胸を弾ませていたのだった。  
 
それから10年以上の月日が過ぎたが、今年も変わることなくあの日は、2月14日はやってくる。  
かつての小さな女の子は、今は一人で自宅の台所に立っている。  
作っているのはトリュフチョコ。  
バレンタインの贈り物としては定番中の定番の一つだ。  
温めた生クリームにチョコレートを入れて、丁寧に丁寧に泡だて器で混ぜ合せる。  
何事も器用にそつなくこなす彼女はお菓子作りもお手の物で、  
彼女の手先の動く度に用意された材料達は見事に姿を変えていく。  
本当なら余裕しゃくしゃくで、歌でも口ずさみながら作っていても問題ない筈なのに、  
調理台の上のチョコレートを向き合った彼女の表情はどこまでも真剣そのものだ。  
一つの動作、一つの手順、その全てに心を込めて、彼女は甘いトリュフチョコを形にしてゆく。  
丸めたガナッシュをココアパウダーの化粧を施し、さらに粉砂糖や溶かしたホワイトチョコの飾りで彩りを添える。  
ずらりと並ぶ完成したトリュフチョコの中から端の一つをつまみ、口に放り込んだ彼女が一言。  
「うん。我ながらなかなかの出来かな」  
満足げな顔で頷いた。  
しかし、チョコレートの用意は結局のところ、年に一度のバレンタインにおける前哨戦に過ぎない。  
果たして、完成したこのチョコ達を彼にどうやって渡すか?  
彼はちゃんと受け取ってくれるのか?  
そこからが彼女の本当の勝負なのだ。  
 
 
というわけで、2月14日。いつものセーラーに袖を通した彼女・風浦可符香は、  
同じ目的を持った多くの女子生徒達が登校をしている筈の学校へと出発した。  
カバンの中でラッピングされた手作りチョコが揺れる感触に若干の緊張を感じつつ、  
彼女はいつもの通学路を少しだけふわふわとした足取りで歩いていった。  
「先生、私のチョコよろこんでくれるかな?」  
 
2月14日は一年の中で一番、糸色望の心を重たくさせる日だ。  
彼が担任を務める2年へ組の面々をはじめとして、結構な数の女子生徒が彼に想いを込めたチョコレートを手渡す。  
女子学生が自分のような教師に恋心を抱くのは、言うなればはしかのようなもの。  
なんて割り切った振りをしてみても、望の内心は穏やかではない。  
高校時代など望にとってはもう何年も前に通り過ぎた事、ではあるがその時抱いた感情・想いの数々を忘れた訳ではない。  
たとえ『はしか』だったとしても、まっすぐ彼に向けられた女子生徒達の想いは本物であると、望は知っているのだ。  
望の元に届く数多くのチョコと、そこに込められた想いの全てに応える事は到底不可能なことである。  
両手で抱え切れないほどに積み重なったチョコ達は、その想いを実らす事なく散りゆく運命を負うているのだ。  
にもかかわらず、毎年山のようなチョコを貰ってしまう自分を望は嫌悪していた。  
ついでに言うと、自己嫌悪する事で問題から目をそらし、現状に甘んじてしまう自分はもっと嫌いだったし。  
そんな風に自己分析をする事で、反省したようなつもりになる自分はもっともっと嫌いだった。  
「絶望しましたよ、ほんと……」  
窓の外、葉を落とし寒々しい姿を晒す冬の桜に目をやりながら、望はいつもの決まり文句を呟く。  
そして、振り返るとまた一人、彼の後ろ姿を見つけた女子生徒が緊張した面持ちでこちらに歩いてくるのが見えた。  
これでもう幾つ目になるのやら。  
まだへ組の絶望少女達の姿はほとんど見ていないので、チョコレートの数はもっと増える事になるだろう。  
糸色望のバレンタインデーはまだ始まったばかりだった。  
 
それからしばらく後の事。  
可符香は自分の行動に、内心すっかり頭を抱えていた。  
「先生は大のショコラ好きっ!!」  
千里が望にチョコを渡す際、バレンタインデーでチョコを相手に与える側が『受け取ってください』と下手に出るのはおかしいのではないか、  
といった発言をし、それに対して望が受け取る側がそれを望んでいるとは限らない、自分は甘い物は苦手だ、と反論したのだ。  
そこで、可符香がその場をさらに混乱させようといつものノリで、  
彼が本当は休日を使ってまで美味しいチョコを買いに行くほどのチョコ好きである事を、その証拠写真と共にぶちまけたのだ。  
そしてそれをきっかけにいつもの如く、話題はあらぬ方向に転がり可符香がチョコを渡すチャンスは遠ざかってしまった。  
(あはは……我ながら、ちょっと情けないなぁ…)  
苦笑いで自分を誤魔化しながら、可符香は事の成り行きを見守る。  
彼女の目の前を数多くの少女達がチョコを持ってやって来ては、望にそれを渡して去っていった。  
中には望の近くまでやって来たものの、手渡す勇気が持てずにそのまま逃げ出してしまう女子生徒もいたが、  
可符香のチョコは未だカバンの中。  
彼女は未だ望を巡るバレンタインのあれこれの、そのスタートラインにすら立てていないのだ。  
そうして、可符香が手をこまねいている内に、望は何か相談事があるのかカウンセリングルームへと入ってしまった。  
ガラガラと目の前で閉ざされた扉を、可符香はじっと見ている事しか出来なかった。  
 
「……ありがと、話したらスッキリしたわ」  
「相談しに来たのは私なんですけどね」  
自分の抱える悩みを聞いてもらいにカウンセリングルームに来たはずが、  
公務員の窓口対応に対する不満に始まる智恵の日頃の不満の数々を聞かされる羽目になった望。  
(…まあ、目下悩んでる事を話したら、智恵先生に何を言われるかわかりませんから、これで良かったのかも……)  
望のバレンタインに対する諸々の悩みは、本来彼自身が決着をつけるべき類の事柄である。  
チョコを貰うも貰わないも、そこに込められた気持ちを尊重するもしないも、全ては望が決めるべきこと。  
大の大人がそんな事でカウンセラーに泣きつくなと、ジト目で睨まれながら諭されるところだろう。  
(…それに、そもそもこの悩みの根っこにあるのは……)  
ボンヤリと考えながらカウンセリングルームを後にしようとした望。  
そんな彼を智恵が背後から呼び止めた。  
「忘れてたわ、糸色先生」  
「何でしょう?」  
振り返った望の目の前に、差し出された智恵の手の平の上にのった、赤い包装紙に包まれた小さな箱が一つ。  
「私は、職場での義理チョコ配りとかいつもはやらないんだけど、  
生徒たちの様子を見てたら今年ぐらいはお世話になってる人にって思って、甚六先生と糸色先生だけにね」  
「あ、ありがとうございます」  
「まあ、いつもは私が糸色先生の愚痴を聞いてるわけだけど、今日はそっちに色々聞いてもらったし……」  
望は今年初めての義理チョコを不思議な気持ちで見つめる。  
そんな彼に微笑みかけながら、智恵は言葉を続ける。  
「それから、チョコのついでにアドバイスを一つ」  
「はい?」  
「糸色先生、貰ったチョコの事で色々お悩みなんでしょう?  
大方、生徒の気持ちに応えられる訳でもないのにチョコを受け取ってしまう自分に絶望した、とか……」  
どうやら見透かされていたようだ。  
たじろぐ望をからかうように、智恵はもう一言。  
「しかも、貰えなかったら貰えなかったで寂しがる癖に」  
「うぅ…その通りです…」  
望は図星を突かれてぐうの音も出ない。  
「それぞれの生徒への対応は別として、先生自身がどう思ってるか、それだけハッキリさせとけばいいんですよ」  
「自分で言うのも何ですが、チキンの私にそんなのあるんでしょうか?」  
「チョコをくれた全ての生徒に八方美人な対応は出来ないし、するべきでもない。これぐらいは分かってるんでしょう?  
それだけ頭に叩き込んでおけば、大事な事は見誤りませんよ。だから、それ以上、変に悩んだりしないで……」  
「そうですね……」  
確かに智恵の言う通りなのだろう。  
望にチョコを託した生徒たちの想いは、望自身には触れられないし、変えようも無い。  
彼女たちの気持ちを思いやるのは大切な事かもしれないが、実際に望が彼女らに出来ることは微々たるものだ。  
取り繕ったり誤魔化したりせず、自分の思いに従って彼女たちに接していく事、望に出来るのは結局それしかないのだ。  
「これで少しは落ち着きましたか?」  
「ええ、まあ……本当に、いつもありがとうございます、智恵先生」  
「いいえ、いつものあなたの長い愚痴を聞くのに比べたら、これくらいどうって事ないですよ」  
相変わらず辛辣な智恵先生の言葉に苦笑しながら、一礼して望はカウンセリングルームを後にした。  
扉をピシャリと閉めた後、彼は心中で密かに呟く。  
(まあ…その自分の思いってのが、一番の問題なんですけどね……)  
 
カウンセリングルームから出てきた望を待ち受けていたのは予想だにしない事態だった。  
あびるから手渡された紙には『通信簿』の三文字と、望の名前が書かれていた。  
最近よくある生徒の側から教師を評価する通信簿、それが何故だかこのタイミングで望の所に山ほど運ばれてきたのだ。  
この手の生徒側からの評価は嫌いな教師なんかに対して必要以上に辛辣になったりする事もあるのだけど、  
何だかんだ文句を言われつつも、2のへの生徒たちに好かれている望の場合はそんな事はなかった。  
生徒達は公平に、かつ正直に望の事を評価してくれていた。  
そして、だからこそそれらの通信簿は望の教師としての問題点をかなーり的確に指摘してしまっていた。  
「が…ああああああ…確かにそうです。…言われてみれば、あの教え方じゃ解りにくいですよね……うああああっ!!!」  
次から次へとやって来る通信簿を読んで、望の心は後悔と自己嫌悪の負のスパイラルに突入してしまう。  
そして、ここにこの展開に困惑している人物がもう一人……。  
(ああ、どんどん話がバレンタインの方向からズレてる!!?)  
望にチョコを渡すタイミングを密かに狙っていた彼女だったが、今の彼は完全にそれどころではなくなってしまっている。  
もはや躊躇っている場合ではない。  
何とかしてチャンスを作らなければ、こうしている間にも2月14日は終わってしまう。  
(まずは、何でもいいから先生に近づかないと!!)  
意を決して、可符香は望の元へ歩み寄った。  
「先生、ダメ下克上は立場大逆転のチャンスなんですよ!さあ、私たちも!!」  
「へっ!?ふ、風浦さん!!?」  
毎度毎度、話の流れをあらぬ方向に引っ張って行く可符香のいつものやり方。  
望をこっちのペースに引きずり込んでしまえば、チョコを渡す機会も見いだせるハズ。  
相変わらず肝心な事をなかなか伝えられない自分がもどかしかったけれど、今はまず行動あるのみだ。  
可符香が伸ばした手に、望の手の平が触れる。  
瞬間、ドキンと高なる胸と、ぽっと熱を帯びる頬。  
それを悟られぬよう前を向いた可符香は、望の手を引いて学校の外へと走り出した。  
 
バレンタインの街をようやく二人きりになれた望と共に、可符香は駆け抜けていく。  
アイドルグループのイベント会場でアイドル達から「また来てる」と、逆に見られる立場になってしまった熱狂的ファン  
通称ピンクさんにダメ下克上の典型例を見たりしつつも、可符香は望にチョコを渡すタイミングを図り続ける。  
(とりあえず、ピンクさんの前ではナシだよね。他のお客さんも大勢いるし……)  
なかなか訪れないチャンスに、可符香はこっそりとため息を一つ。  
(というか、先生との会話の内容もついついいつものノリになっちゃうし、このままじゃ……)  
「大丈夫ですか、風浦さん?なんだかさっきから妙にソワソワしてるような……」  
「い、いやだなぁ…そんな事ぜんぜん全くないですよ!」  
隠しきれない焦り。  
着実に過ぎていく時間。  
それなのに可符香はどうしても最後の一歩を踏み出す事が出来ない。  
アイドルイベントを後にして並んで街を歩く可符香と望。  
ちらりと横を見ればチョコを渡したい相手はすぐ傍にいるというのに、今の可符香にはそれがとてつもない距離に感じられる。  
ただ、そんな焦燥とは別に、可符香はこうして望の間近で過ごす時間を心地よく感じていた。  
ポジティブとネガティブ、発言や思考のベクトルは真反対を向いている望と可符香だが、  
その実、二人のものの見方や価値観はおどろくほど似通っている。  
2のへで過ごす騒がしい毎日の中で、なんだかんだと言い合いつつ二人互いの傍にいる事が多いのはそのせいなのだろう。  
ウマが合う、というヤツなのかもしれない。  
そんな事をつらつらと考えている内に、可符香と望の二人は、今度はとある書店の前に通りかかった。  
可符香は店内にいた、今まさに本を買おうとしていた客に向けてすかさず一言。  
「面白く買ってください!」  
面白い本を選んで買うハズの読者に、面白リアクションを求めるダメ下克上である。  
いきなりそんな事を言われても、そうそう面白い買い方なんて思いつく訳も無い。  
奇妙なポーズで本をレジに差し出す客の姿に、可符香と望は揃って黒い笑顔を浮かべ……  
「…ちょっとイマイチでしたね…」  
「…いやぁ、私は好きですけどね……」  
なんて勝手な事を言ってみたり。  
本屋を出た後も、可符香と望はなんだかんだとくだらない話題で会話を交わしては、二人してクスクスと笑い合った。  
 
もう太陽は西の空に沈みかけ、街に夜が迫っている。  
チョコレートを渡せる時間ももう残り僅かだ。  
そんな切迫した状況だというのに、可符香の胸の中は楽しい気持ちでいっぱいだった。  
(ああ、先生と一緒にいると、やっぱり楽しいな………ううん、それだけじゃなくて…)  
可符香は改めて感じていた。  
自分はここにいるのが、望の隣にいるのが好きなのだと。  
はっきりした理由なんて聞かれても困る。  
ただ、何気なく交わす会話の中に漂う二人の間の独特の空気や  
望の時折見せるさりげない優しさ。  
くるくると変わる彼の表情と、それを見ている内に知らず知らずに微笑んでいる自分。  
何でもないような、そんな時間の積み重ねがいつの間にか空っぽだった自分の胸を満たしている事に可符香は気づいた。  
(私は先生が好き。大好きなんだ……)  
心の中で確かめるように呟いた後、可符香の手はごく自然にチョコを収めたカバンへと伸びていた。  
今まで迷っていた心は嘘のように静まり、ただ一つの気持ちに満たされる。  
望にこのチョコを、チョコに込めた自分の想いを受け取ってもらいたい。  
意を決した可符香は、チョコを取り出し、望を呼び止めようとして……  
「風浦さん……」  
「は、はい……」  
その前に望に名前を呼ばれて、きょとんとした顔で立ち止まる。  
目の前を見上げると、そこには先程までとは違う、真剣な表情の望の顔があった。  
「これを、受け取っていただけませんか?」  
差し出されたのは可符香もよく知る、有名チョコレート店の包装紙に包まれた箱が一つ。  
「え?あの、これ……?」  
「風浦さんもご存知の通りのショコラ好きの私のセレクトです。きっと、美味しいですから……」  
事態を把握し切れないまま、可符香は受け取った望のチョコを呆然と見つめる。  
「ほら、去年辺りから逆チョコがどうとかよく聞くじゃないですか。  
それに、女性がチョコを送る形のバレンタインは日本特有のものだってのは有名な話ですし……」  
バツが悪そうに、照れくさそうに笑いながら、望は言った。  
「受け取ってほしかったんです。風浦さんに、私の気持ちを……」  
 
望がバレンタインのチョコを受け取る事に感じていた悩み、その根っこにあったのがこの感情だった。  
女子生徒達から貰ったチョコと、そこに込められた気持ちに対してはどう対応していいのか。  
そういった諸々の事に対してはみっともないくらい延々と悩んでしまうくせに、  
彼が胸の奥底に秘めたその感情だけは、心のなかにしっかりと根を張って小揺るぎもしない。  
その気持ちを貫くためなら、他の何を犠牲にしても構わない。  
望自身が戸惑うほどに彼の心の中で確固とした存在となったその感情。  
(私は…風浦さんの事が……)  
この気持がある限り、望は他の女子生徒の想いには絶対に応えてやる事はできない。  
エゴイスティックなまでにその感情を貫き通そうとする、今まで知らなかった自分の激しい一面に戸惑い、嫌悪さえを覚えながらも、  
望はその気持ち、風浦可符香に向けた想いの正しさだけは露とも疑わなかった。  
まあ、どんなに大仰な言い回しをしたところで、彼には可符香にチョコレートを渡すのが精一杯だったのだけれど……。  
ただただ戸惑うばかりの可符香が、望の顔を見上げて問いかけてくる。  
「先生の…気持ちって……?」  
「そうですね。きちんと言わないと、フェアじゃないですね。  
……風浦さん、私は…あなたの事が好きです………」  
一言一言を確かめるように、ハッキリと望はその言葉を口にした。  
それを聞いた可符香の顔が、今にも泣き出しそうなくしゃくしゃの顔に変わって……  
「ふ、風浦さん…大丈夫ですか!?」  
「せんせい…どうして…くれるんですか?」  
彼女をなだめようと伸ばした望の手の平に、ぎゅっと何かが押し付けられる。  
「これは……?」  
「これを渡したくて…今日一日、私がどれだけ悩んでたか分かってるんですか?」  
手渡されたチョコの包みを見て、今度は望が呆然とする番だった。  
やがて、落ち着きを取り戻した可符香は、心の底からの安堵に満ちた表情を浮かべて望にこう問いかけた。  
「…先生、私のチョコ、受け取ってくれますか?」  
まっすぐに自分の瞳を見つめながら放たれた少女の言葉。  
言うべき答えはわかっているハズなのに、何故だか胸が詰まったみたいに何も言えなくなってしまった望は、  
その言葉の代わりに、可符香の震える肩をぎゅっと抱きしめたのだった。  
 
それから望と可符香はしばらく二人だけの時間を過ごし、それぞれの家路に就いたのだったが……  
「す、す、すみませーん!!!」  
背後から聞こえたその声と共に意識を失った望は行方知れずになってしまう。  
そして三日後……。  
 
望にとっては命の綱となりえたそのチョコレートを持ってやってきた愛が  
「やっぱり、私のような者が……!!」  
なんて言いながら走り去ってしまった後、再び訪れた冬山の静寂の中に望はとり残されてしまった。  
「……ていうか、制服と学校指定のコートだけで雪山にやってくる加賀さんは何者なんですかっ!!」  
かぼそい声でそんなツッコミをしてみても、周囲に応えてくれる者は誰もいない。  
一人ぼっちの白い闇の中で、望はついに死を覚悟した。  
「思えば、風浦さんにチョコを渡したり、渡されたり……三日前のあの日が私の人生のクライマックスだったんでしょうか?」  
そんな時である。  
「いやだなぁ、そんな事あるわけないじゃないですか!」  
自分の耳に届いたその声を、望は最初、幻聴の類だろうと考えた。  
しかし……。  
「これから先生は麓の病院まで運ばれて、そこでうんと高い熱を出しながら、私の手厚い看病を受けて  
私の先生への愛情の深さを、これでもかというほど思い知る事になるんですから!!」  
「風浦さん?幻じゃ、ないんですよね?」  
「もちろんです。山そのものの特定はすぐだったんですけど、吹雪のせいで発見が遅れちゃいました。でも、何とか無事だったみたいですね」  
「これが無事に見えますか?」  
軽口混じりの言葉のやり取りは、互いにプレゼントしたチョコに込められた想いの分だけ、より愛しく感じられるような気がした。  
可符香の持って来た毛布にくるまって空を見上げると、こちらに向かって飛んでくるヘリのローター音が聞こえた。  
「これが山小屋だったら、もっとロマンチックなシチュエーションも望めたんでしょうけど……」  
「流石若い頃はやんちゃで鳴らした先生……言う事が一味違ってますね…」  
「いや、そんな変な意味で言ったんじゃないですよ!?」  
さっきまで命の危険を感じていた筈が、今は二人でクスクスと笑っている。  
彼女が、可符香がそこにいるだけで、真っ白な世界に彩りが満ちる。  
互いの笑顔を見つめ合いながら、望と可符香は自分が今、一番大切な人といられる幸せを噛み締めていた。  
 

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