振り返った瞬間、唇をふさいだ柔らかな感触に一瞬驚いた命だったが、自分の体に寄りかかり縋り付いてくる体温を感じて、
すぐにその少女の、倫の肩を優しく抱きしめてやった。
「ぷぁ……命お兄様……すみません、私…」
「どうした?なんで謝る必要があるんだい、倫?」
唇を離してすぐ、視線を俯けて謝った倫。
いつも意気揚々、興味のある事には先陣を切って飛び込んでいく快活な妹の姿はそこにはなかった。
微かに震える肩を何度も撫でてやりながら、命は倫に再度のキスをする。
すると倫はそんな命に甘えるように、何度も繰り返しキスをせがんできた。
我を忘れたように甘い接吻に溺れていく倫を、命はただ優しく抱きしめ続ける。
(ああ……まだ震えているんだな、倫……)
さきほどから続く倫の体の震えは、命の腕に抱かれてもなお消えない。
むしろ、命の間近にいる事で震えが増しているような気配すらある。
そんな妹を少しでも慰めてやりたくて、命は抱きしめる腕に力を、キスを繰り返す唇に熱情を込める。
そして、ふとこんな事を考える。
(それとも、震えているのは私の方なのだろうか?)
何かに怯えたような倫の姿にざわめく命の心。
それを鎮めようとして自分は倫を抱きしめているのではないか、命の頭にふとそんな考えがよぎる。
だが、どちらにせよ同じ事だ。
今の倫が命を求めずにいられないように、命もまた倫を離す事が出来ない。
「倫…、倫……」
「命…お兄様……」
今、抱きしめた腕を緩めれば、重ねあわせた唇を離せば、それを最後に目の前の愛しい人と引き裂かれてしまうのではないか。
胸の奥からこみ上げる根拠のないそんな感情に身を任せて、薄暗い部屋の中、命と倫はその行為に没頭し続けた。
不安なのだろう。
考えなくてもそれは理解できる。
昼下がりの糸色医院、午後の診療開始を待つ静かな時間、命は最近の倫の様子を思い出していた。
倫の様子がおかしくなり始めたのはいつの頃からだったろう。
毎夜の如く命の部屋を訪れ、湧き上がる不安をかき消そうとするかのように、必死に命に縋りつく倫。
一体何がきっかけになったのか、命には全く分からない。
ただ、その不安の源は何となく理解できた。
命と倫は実の兄と妹でありながら、男女として愛し合う仲にある。
それがどれほどに困難な道であるかは命も倫も嫌というほど思い知っていた。
二人が互いの想いを打ち明けるのにどれほどの勇気を振り絞った事だろう。
おいそれと公に出来る関係ではない為、二人一緒の時間を過ごすにも様々な努力が必要だった。
そして将来の事。
今の命と倫の関係はあまりにも不安定な足場の上に立っている。
いかに互いが強く想い合っていても、どうしようもならない別離の時が来るのではないか?
そんな懸念は、いつも二人の胸の中にあった。
「覚悟は……出来ていたつもりだったんだけどな……」
自分たちの前に立ちふさがる様々な障害、困難、それらの事は承知で側にいると誓い合った筈だった。
何が起ころうと二人で乗り越えていく、その覚悟は出来ていた。
それでも、である。
それでも、やはり怖いのだ。
不安に立ち向かい乗り越えていく覚悟と、心が不安を感じるか否かは全く別の問題である。
胸の奥にどんなに強く確かな気持ちを持っていても、それでも人の心は揺らぎ惑う。
今の倫はその不安を必死で堪えようと、より強く命を求めているのだろう。
そして、そんな倫を受け止める命の心もまた………。
「全く、まいったな……倫が揺れてるなら、俺がしっかりしないといけないのに……」
深い深い溜息と共に吐き出された言葉はそれと分からないほどの澱みとなって一人きりの診察室に滞留する。
見えない糸に心を絡め取られた命は、閉じた瞼の裏側に浮かぶ倫の不安げな顔の事だけを思いながら気怠い沈黙に沈んでいった。
ここ最近の自分がおかしくなりつつある事は自覚していた。
それでも、止まらない。
湧き上がる不定形の不安に押し流されて、命に依存する自分を止める事が出来ない。
こうして日中、学校にいる時も膿んだような鈍い痛みが、倫の心を苛み続けている。
「命お兄様…今頃どうなさってるんでしょう……?」
早く命お兄様のところへ行きたい。
命お兄様の体にぎゅっと抱きついて、抱きしめられて、この不安を少しでも忘れていたい。
一日の授業が終わり喧騒に包まれる教室にいながら、倫の心はどこか遠くにあった。
(このままではいけない……このままでは命お兄様の迷惑にしかならないのに……)
絶えることの無い不安をかき消す為に命の存在を求めてしまう自分。
今の倫の様子を見て命もまた不安を感じているのは明らかだった。
本当は今だって命と一緒にいたい。
何もかもを放り出してただただ命だけと過ごす時間を送っていたい。
糸色製菓の経営や土地の売り買いなどで今の倫は既にそれなりの財産を築いている。
贅沢さえ考えなければ、実際のところ、煩わしい俗世のあらゆる物事から離れ命と二人だけの生活を送る事も不可能ではない。
だけど、それはたぶん無理だろう。
全ての条件を整えたところで、他ならぬ命自身が首を縦に振らない事は分かり切っている。
心優しい兄が家族との縁を切る筈はなく、また生真面目な医師としての自分を捨てる事も出来よう筈がない。
そして、それは倫にしても同じ事。
学校を、友人を、家族を、華道家としての自分を捨てたとき、同時に彼女の心の中の大切な何かが失われてしまう、そんな予感があった。
結局、ままならない我が身を抱えたまま不安に晒され続ける倫はただただ命の温もりに救いを求める事しかできない。
(今日はこれからどうしましょう……)
顔を俯けたままの倫は自分の席から立ち上がり、とぼとぼと教室から出て行った。
命は今も病院で仕事の真っ最中、倫が彼に会いに行けるのは夜になってからの事だ。
それまでの数時間が、今の倫には永遠にも等しく感じられる。
(会いたい。会いたい。命お兄様………)
廊下を歩く倫の意識は狂おしいその想いを押さえつけるだけで精一杯だった。
だから、彼女は気付かなかった。
「おわっ!?倫、危ないじゃないですか」
「お、お兄様……!?」
廊下の真向かいから歩いてきた望の体に、倫は正面からぶつかってしまう。
「すみません…ですわ。少しぼんやりしていたもので……」
「いや、それはいいのですが………」
小さな声で謝罪した倫の顔を、望は何やら意味深な表情を浮かべて覗き込んでくる。
その視線を真正面から受け止めて、倫が何も言えずにいると……
「倫、少しこっちに来てくれますか?」
「え?あ?お兄様……!!?」
望の手の平が倫の手をぐいと掴み、彼女を引っ張って歩き始めた。
「少し話をしましょう、倫」
つかつかと廊下を進んでいく望。
戸惑うばかりの倫はその手を引かれるままに彼の後をついて行く事しか出来なかった。
「以上が前回の検査の結果です。もう随分数値も改善しましたし、これなら当面は安心でしょう」
「ああ、良かった……。これでようやくホッとできましたわ」
午後の診察時間、命は目の前に座る老婦人に先日行った検査の結果を報告していた。
「ほんと、何もかも糸色先生のおかげですわ」
「いえ、手術から三年間、辛い治療を頑張って乗り切ったあなたの努力があってこそですよ」
幼い頃から病気知らずで元気に過ごしてきた彼女が大病を患ったのがちょうど三年前。
当時はそのあまりに大きな精神的ショックのため、持ち前の明るさを失い、不安に怯える日々を送っていた彼女。
なんとか手術が成功し退院してからも、なかなか回復しない体調に彼女の心は沈み込んだままだった。
その頃からかかりつけ医として、命は彼女を助け、見守ってきた。
「でも、本当に糸色先生には感謝してるんですわよ。ほら、あの頃の私、この先の自分がどうなるか不安で不安で……
あんな大きな病気になったのは初めてでしたもの……正直、もうダメなんじゃないかって考える事もありましたわ」
以前ほどでは無いものの何とか健康を取り戻した彼女の語る言葉は三年前には考えられなかったほど穏やかだ。
彼女は柔らかな微笑みを命に向けて、さらに続ける。
「怖いこと、不安なこと、それで胸が潰れそうになってた私に、先生、言ってくれたじゃありませんの。
『そういうものを無理に溜め込まなくてもいい』、『不安な事はぜんぶ私に話してください』って……」
「そうでしたね……」
「こんなおばあちゃんの言う事に糸色先生がいつもちゃんと耳を貸してきちんと答えてくださったから、私はここまで頑張れたんですよ……」
そして、命に深々と頭を下げて、何度も感謝の言葉を述べてから、彼女は診察室を後にした。
その背中を見送った命の顔に浮かぶのは心からの安堵の表情。
「本当に良かった。……一時は心の落ち込みが酷すぎて、体の回復までが引っ張られてるような状態だったからな。よくあそこまで回復してくれたな」
それから次の患者が診察室に入ってくるまでの僅かな時間、命は倫の事を思い浮かべた。
命の最愛の妹は、今、言い表しようのない不安の中でもがいている。
そして、そんな妹の苦しみを目にして命の心もいつしか深い闇の中に捕われていた。
もし、その膠着した状況を打破するものがあるとすれば……
「……不安を言葉にする、か………」
確かめるように呟いた命の言葉は、午後の診察室の空気の中に静かに響いた。
望に手を引かれ、倫が辿り着いた場所は学校のカウンセリングルームだった。
「お兄様…私は別に新井先生に相談するような事は何も……」
「心配しなくても今日は智恵先生は出張ですよ。場所を借りるだけです」
と言って鍵を取り出し、扉を開く。
あらかじめ鍵を用意していたという事は、最初から望は倫をここに連れてくるつもりだったのだろう。
(まあ、無理もありませんわね。これだけ浮かない顔をしていれば、いくらお兄様でも何か勘付くのは道理ですわ……)
自分の落ち込みぶりを再認識した倫を、部屋の中から望が手招く。
扉を閉めて鍵をかけ、倫と差し向かいで椅子に座ったところで望は話を切り出した。
「……最近、何かありましたか、倫?」
「別に……何もありませんわ」
単刀直入な問い掛けに、倫は目を伏せてそう返すだけで精一杯だった。
実際、倫の言葉に偽りは無かった。
何もない。
その筈なのに、止めどなく不安が湧き上がってくる。
原因が分からないから、それを解決する術も見つけ出せない。
不安の正体が見えないために、そこから抜け出るための足がかりを見つける事が出来ないのだ。
だから、答える事が出来ない。
実態のつかめないそれを言葉に変える事は不可能だからだ。
しかし、これで望が納得する筈がない。
わざわざ他人の立ち入れない場所まで連れて来て倫を問いただした彼がそんな返答で満足はしないだろう。
だが………
「そうですか……」
思いがけず、望はあっさりと引き下がった。
「……もっと深く切り込んで、お尋ねにはならないのですか?」
「いえ、まあ………分かるような気がしますから…何となくですけど……」
戸惑いつつも問い返した倫に、望は困ったような笑顔を向ける。
「言い表しようのない不安や悩みって、けっこうよくある事ですから。
それをしつこく聞くのもあんまり良くないと思って………ただ……」
「ただ……?」
「それでも、倫は今不安を感じている。これは正解なのでしょう?」
望の言葉に、倫はおずおずと肯く。
「なら、それをぶちまけちゃえば良かったんですよ」
「ぶちまけるって……」
「今日も昨日も一昨日も、ここ最近はずーっと浮かない顔をして押し黙ってたじゃないですか、お前は。
学校が終わってからもあんな調子だったんでしょう?………きっと、命兄さんの前でも……」
驚いたように顔を上げた倫の頭を望の手の平がそっと撫でる。
「そりゃ、問わず語らず以心伝心ってのが理想でしょうし、言葉がときに誤解やすれ違いを生み出すのは事実です。
だけど、それを差し引いても、話し合う事、語り合う事ってすごく大事なものなんですよ……」
「命お兄様の前で私の気持ちを……でも、今の私にはそれをどう伝えたらいいかがわからないんですの」
「なら、どう言っていいのかわからない、それを言えばいいんですよ」
望の言葉が、倫の心の奥で凝り固まっていたものを解きほぐしていく。
ゆっくりと、凍りついていた指先に力が戻るのを、倫は感じていた。
「変ですわね。今日のお兄様、本当にちゃんとした私のお兄様みたいですわ」
「昔から、倫にはマトモに兄扱いされた事がありませんでしたからね……」
倫の照れ隠しの言葉を苦笑まじりで受け止めて、望は彼女に最後の言葉を放った。
「倫。今、お前が一番信頼している人、自分の気持ちを知っていてほしい人は誰ですか?」
その問いの答えは最初から分かり切っている。
無言で椅子から立ち上がった倫は、感謝を込めて望に向けた微笑を返答の代わりにした。
それから、ばね仕掛けのような勢いでカウンセリングルームを飛び出していく後ろ姿を、望は少しホッとしたような表情で見送っていた。
診療時間が終わり、看護師達もそれぞれの仕事を終え帰宅した後、一人糸色医院に残った命。
彼がいるはずの診察室のドアの向こうで、倫は拳をぎゅっと握りしめて立っていた。
命と話そう。
そう考えてやって来た筈なのに、いざ間近にまでやって来ると喉がカラカラに乾いて、言葉が出て来なくなる。
『どう言っていいかわからないなら、わからないその事を伝えればいい』と望は言った。
だが、これはそれ以前の状態だ。
今もまだ倫の胸の内を圧迫し続ける得体の知れない不安。
それがこの土壇場で倫の心と体を縛り付けている。
(だけど……いつまでも、ここにこうして立っている訳にはいきませんわ……)
それでも何とか心を奮い立たせ、倫は診察室のドアをノックする。
「命…お兄様……入りますわ……」
何とか喉の奥からそれだけの言葉を搾り出して、倫はドアを開く。
その向こうには、少し驚いたような様子で倫の方を見る命の姿があった。
「倫……」
気遣うように呼びかける命の声だけで、ぐらり、倫の足元が揺らいだような気がした。
(駄目…ですわ……こんなのじゃ、とても話なんて………)
倒れこむように、命の体に自分の体を預け、そのまま抱きついた倫。
八方ふさがりの現状を変えようとしていた筈なのに、何も出来ない、話せない。
命の暖かな腕に包まれても一向に収まらない震えの中、倫は心中でつぶやき続ける。
(怖い…怖い…怖い…怖い…………)
このまま全てがその感情に塗りつぶされて終わってしまう。
倫がそう考えた時だった。
「…倫……」
おもむろに口を開いた命が、倫の耳元に語りかけた。
「…私は…怖いよ……」
驚き、顔を上げた倫に、命が気弱げな笑顔を向ける。
「訳も無く不安で…胸が締め付けられるようで…とても苦しいんだ……倫、お前はどうなんだ?」
「命…お兄様……」
背中に回された命の腕にぎゅっと力がこもるのを感じた。
予想もしていなかったその言葉は、しかしまぎれもなく命の本当の気持ちなのだろう。
そして命の言葉が、倫の心の中、形になる事なくたゆたっていた感情にひとつの実体を与えていく。
「怖い…ですわ。…私も怖い………」
まるで、先ほどまでろくにしゃべれなかったのが嘘のように、倫の口から言葉が溢れ出す。
「怖くて、怖くて、ただ怖くて…とても不安で、押しつぶされそうで……でも、私、それをどうお兄様に伝えていいかわからなくて……」
命の肩に顔をうずめたままの倫は、今の今までどう言っていいのかも分からなかった心の中を必死で言葉に変えていく。
訳も分からず、ほとんど子供が泣きじゃくるように……。
そうだ。
ただそれだけでよかったのだ。
『どう言っていいかわからないなら、わからないその事を伝えればいい』
そして、『怖い』のならば、その『怖い』という気持ちをきちんと言葉に変えれば良かったのだ。
不安や怖さ、それそのものが消えた訳ではない。
だけど、限界まで溜め込んでいた感情のダムが決壊して、倫は自分の心が軽くなっていくのを感じていた。
そんな倫の背中を撫でながら、命は少しだけ安堵の息を漏らす。
(咄嗟の考えだったけど…上手くいったな………)
自分自身の抱える感情を表現する方法さえ分からず、ただ命に縋るしか術を持たなかった倫に、
ストレートに気持ちを言葉に変えてみろと言ったところで、そう簡単に出来るものではない。
だから、命はまず自分の胸の内を倫にさらけ出す事にした。
何をどうしていいのかも分からず戸惑う彼女に、それを見せる事で感情を吐き出す為の糸口を与えたかったのだ。
自分だって怖いんだ、だから倫、お前もその気持ちを我慢せずに言ってくれていいんだ、と。
昼間、自分の患者であるあの老婦人との会話の中で命が気付いた事。
それは、自分や相手の気持ちを言葉に変えて伝え合う事が、それだけで心を癒し楽にしてくれるという、言われてみれば何て事の無いものだった。
確かに、それですぐに問題が解決するというものではない。
だけど、自分のそばに同じ気持ちを共有して、一緒に前に進んでくれる人間がいると分かれば、それだけで状況は変わる。
「…命…お兄様……私、ずっと怖くて…とても怖くて………」
「ああ、本当に怖いな……でも、私の隣にはお前がいてくれる。そして、私もお前のそばにいる。だから……」
伝え合った気持ちは、もう一人だけのものではない。
一人ぼっちは誰だって不安だ。
しかし、目の前の問題に、一緒に立ち向かってくれる誰かがいる、そういう実感が得られたのなら……
「だから、倫、お前はもうそうやって一人でそんな気持ちを抱え込まなくてもいいんだ……」
「命お兄様……お兄様……っ!!」
糸色倫はもう一人ではない。
強く強く自分を抱きしめてくれるこの人は、倫と同じ方向を見据え、一緒に悩み、同じスピードで歩いてくれる。
いつの間にか瞳に涙を滲ませていた倫からのキスは、昨日までの不安を忘れるためのものとは違っていた。
そこには、命と倫の間に互いに伝え合う、たしかな温もりが存在した。
そして、二人のほかには誰もいない診察室の静寂の中で、間近で見つめ合った命と倫は互いにこくりと小さく頷き合う。
それを合図に、二人だけの密やかな行為が始まる……。
あくまで優しく、そっと触れた手の平。
だけど、その感触だけで倫の体は狂おしいほどに燃え上がってしまう。
「あっ……命…お兄様……ひああっっ!!?」
「…倫…可愛いよ……」
湧き上がる愛おしさに任せて倫の体を愛撫する命の指先。
そこで感じ、伝え合う互いの体温は、二人の心を瞬く間に虜にしていく。
「うぁ…ああっ…命お兄様のゆび…ふあっ……あ…つい……ああんっ!!!」
昨日までだって、命と倫は強く抱きしめ合って夜を過ごしていたのに、今この瞬間に感じる熱からは
その時には感じられなかった、愛しい人が確かにそこにいるという実感が感じられた。
荒く切れ切れに繰り返される呼吸の狭間、何度となく交わされるキスはただひたすらに甘い。
「変…ですわね……命お兄様とは毎日会っていた筈なのに…何だか凄く久しぶりのような気がしますわ……」
「そうだな。…でも、これからはずっと一緒だ……」
セーラー服の下からするりと潜り込む命の手の平。
それが下着をおしのけて、倫の胸に触れ、形の良いその乳房を彼の手の平の形に歪ませる。
「あっ…やぁ…んんっ…はぁ…み…こと…おにいさまぁああっ!!!」
命の繊細な指先に両の乳房を揉みしだかれ、その先端の突起まで指先の上で思う様に転がされる。
幾度となくおしよせるその甘い痺れに体を震わせる倫。
命はその震える肩の後ろから、今度は長い黒髪の間から覗いた耳朶に唇を寄せ、そっと甘噛みをする。
「ひはっ…ああっ…みみ…命おにいさまにかまれて…ひや…あああっ!!!」
普段は髪に隠れて見えない、ちょこんと小さく可愛い妹の耳たぶ。
命はそこに丹念に舌を這わせ、歯先で優しく刺激を与える。
敏感な部分に与えられる形容し難い甘い痺れ。
倫はそれが駆け抜ける度に、その体をたまらずにくねらせ、堪えきれずに甘い悲鳴を上げる。
いつの間にかセーラーをたくし上げられ、スカートも足元に落ちて、次第に露になっていく倫の裸身。
彼女はそれに恥じらいながらも、間断なく押し寄せる快感の前には抗いようもなく、ただ押し流されていく。
「倫っ!倫っ!!……」
「みこと…おにいさまぁ……ああ…好き…好きですわ……」
鬱々とした不安に苛まれる日々の中で、いつしか乾きかすれていったその感情。
肌を触れ合わせ、キスを繰り返す、その交わりの中で、それが確かな手触りを持って再び自分の胸の内に感じ取れるようになってくる。
やがて、命の指先は倫のショーツの内側に滑り込み、押さえ切れないほどの熱を閉じ込めた、彼女の一番敏感な部分に触れる。
「ああっ…くぅ…ひあ…みことおにいさまのゆび……ふああああああああっっっ!!!」
鋭敏で繊細な神経を刺激され、倫は体を弓なりに反らせて声を上げる。
命は、放っておけばそのまま吹き飛ばされてしまいそうな、その体をしっかりと抱きしめてやる。
命の腕の中、撫でられ、かき回され、倫の秘所はさらにその熱量を増し、とめどなく蜜をしたたらせる。
「あ…ああ…だめですの……命おにいさま…わたくし…おにいさまと……ひとつになりたくて……」
「倫…私もだよ…倫のぜんぶを感じたいんだ……」
硬く硬く、それまで堪えてきた熱情の全てを込められてそそり立つ命のモノ。
脈打つソレが秘所にあてがわれただけで、倫は切なげに悲鳴を上げ、縋るように命にキスを求める。
「きてください…命お兄様……きて……」
「ああ……」
濡れた柔肉を割り、ゆっくりと命が倫の中に入っていく。
奥へ奥へ、触れ合った粘膜の熱と痺れに互いの体をぎゅっと抱きしめ合いながら、命の分身が倫の中を進んでいく。
「うあ…ああっ…みことおにいさまの…あつい…あつくて……私…もう…っ!!」
くちゅくちゅと恥ずかい音を立てて、倫の中をかき混ぜ、奥の方へと突き上げる命のモノ。
だんだんと激しくなる腰の動きが、倫の意識を幾度となく快感の小爆発で寸断させる。
繋がり合った部分からこぼれ落ちた蜜が作り上げた水たまりに、また一つ雫が落ちて飛沫が上がる。
「くぁ…ああっ……倫っっ!!!」
「みこと…おにいさまぁあああああっっっっ!!!!」
互いの名を呼び合い、迸る熱と快楽の中に溺れていく二人。
無意識の内に重ね合い、絡め合っていた指先にぎゅっと力を込めて、二人は行為を加速させていく。
ずんっ!ずんっ!と突き上げられる度に視界に飛び散る火花が倫に我を忘れさせていく。
絡み合う肉体がもたらす快楽と、愛する人に抱かれる悦びに悩ましげに歪む倫の表情。
その潤んだ瞳が、命をさらに一層、行為に夢中にさせていく。
「あっ!あっ!…みこと…おにいさまぁ!!…すご…私…もう…おかしく……っ!!!」
自分自身が粉々に砕けて流されていきそうな刺激と感覚の濁流の中、倫は必死で命の体にしがみつく。
命の背中に回した腕から感じる温もりが頼もしく思えるのは、きっと、先ほど取り交わした言葉と気持ちのおかげなのだろう。
もっとこの人を強く感じて、触れて、抱きしめて、ずっとずっとどこまでも一緒にいたい。一つになりたい。
そして、ヒートアップしていく熱が感情が、命と倫の行為を限界ギリギリまで加速させていく。
「くぅ……倫っ…!!」
「ひぅ…ああああっ!!!…ああ…みこ…おにい…さま…私…私ぃいいいいいっっ!!!」
視界に弾ける光。
体を貫く電流のような感覚。
耳元に絶えず聞こえてくる自分と、自分の愛する人の荒い呼吸。
全てが灼熱の快楽の中で融け合って、二人の心と体をはるかな高みへと導いていく。
そして、命の強く激しい突き上げがトリガーとなって、倫の中で張り詰めていた全てが雪崩を起こして彼女を飲み込む。
「くああっ!!…倫っ!!…倫っっっっ!!!!!」
「ひあ…あああああああっっっ!!!!みこと…おにいさまぁあああああああっっっっ!!!!」
突き抜ける絶頂感に弓なりに反らした体を震わせる倫。
それから糸の切れた人形のように脱力した妹の体を、命が優しく抱き寄せる。
そのまましばらく、切れ切れの呼吸で声も出せないまま至近距離で見つめ合っていた二人は、
最後にそっと互いの唇を重ねあわせたのだった。
それから数日後のとある日曜日の事。
命と倫は春の日差しの降り注ぐ川沿いの道を、二人並んで歩いていた。
命に向けて、自分の中の不安を言葉にして伝えた事で倫はどうやら落ち着きを取り戻したようだったが……
「それでも、まだやっぱり不安なんだな、倫は……」
「ええ、こればかりは消えろと言って消えてくるものではありませんもの……」
倫の答えに、命も少しだけ苦い笑いを浮かべ
「……私もだよ。…まあ、世の中、全く不安を感じてない人間なんていないのだろうけれど……」
「そうですわね。でも……」
倫の手の平が、そっと命の手を握る。
「今は、私だけの不安じゃない。命お兄様が一緒にいますもの……きっと、大丈夫ですわ」
「ああ、そうだな……」
笑顔で答えた命も、倫の手の平を強く優しく握り返す。
手をつなぎ合った二人は、涼やかな風の通り抜ける道をどこまでも寄り添って歩いていく。
二人の行く手に広がる空はどこまでも青く澄み渡っていた。