新芽の芽吹く茶畑にて、いつもの2のへ面々と共に『摘んでおかなければならない芽』について、  
毎度の如くくだらなくも楽しい会話の花を咲かせていた望。  
そんな彼の前にふと通りかかった女性が一人。  
「おや…確かあなたは?」  
「以前楽屋で」  
柔和な笑みを浮かべた女性の表情に、望も笑顔を返した。  
普段は2のへの少女たちに追い回されてキリキリ舞いの日々を送る望であるが、基本的に女性には弱い。  
そんな彼の緩み切った表情を見て誰かが呟いた言葉  
「つまねば。」  
それが聞こえたか聞こえなかったかの刹那、空を切る鋭い音と共に望の意識は断ち切られた。  
望の意識は、自分に何が起こったのかも認識できないまま、深く暗い闇の中に沈んでいった。  
そして…………。  
 
カーッ、カーッ、と遠くに聞こえるカラスの声を聞いて望はうっすらと目を開いた。  
薄暗い天井と、部屋をぼんやり照らすあかね色の光。  
障子越しの夕日が、畳の上に格子柄の影を落としている。  
痛む頭を抱えながら起き上がった望は周囲を見回した。  
「……ここは…どこでしょうか?」  
その言葉に不安な様子はなく、せいぜい『またか』といったような軽い困惑がその顔に浮かんでいる程度である。  
望は2のへの面々との騒動の中で、意識を失うほどのダメージを受けたり、見知らぬ場所に迷い込むといった事を度々経験している。  
今更、この程度で驚くほどの事はない。  
見たところ、なかなかに立派な日本家屋の一室であるようだ。  
まあ、そう思っていたら、実は全部望が気絶している間に作られたセットだったなんて事も少なからずあったので油断はできない。  
「…まあ、あんまり心配しても仕方がないんですが……さて…」  
本来ならば交や霧の待つ学校の宿直室に早く帰りたい所だが、何しろまだ目を覚ましたばかりで、体に残ったダメージも抜けていない。  
望は畳の上にどっかりと腰をすえて、しばらく体を休める事に決めた。  
この辺り、肝が据わっていると見るべきか、2のへでの生活の中で被虐慣れしてしまったと見るべきか、見解の分かれる所である。  
障子越の夕日の色を眺めながら、望はぼんやりと意識を失う直前に言葉を交わしたあの女性の事を思い出す。  
名前も知らぬ彼女とまた顔を合わせる事となったこの偶然に、望は少し胸を踊らせていた。  
今回はほとんど会話も出来なかったが、次の機会があればもはや偶然ではなく運命と言っていいかもしれない。  
………この辺の思考回路の調子の良さが、望を度々生命の危機に追い込んでいる主な要因なのだが………  
一人ぼっちの部屋の中、妄想に浸ってニヤマリとする姿はハッキリ言って情けない。  
というか、多少不気味ですらある。  
そうして望がすっかり自分の世界に陶酔しきっていた、そんな時である………。  
 
「なんだかご機嫌みたいですね、先生?」  
「ええ、まあ大した事があった訳じゃないんですが、気分が良いのは確かですね」  
「うふふ、先生、本当に幸せそうな顔してますよ?」  
「そうですか?照れちゃいますねぇ」  
「せっかくですから、その笑顔の意味するところが何なのか、調べてあげます!!」  
「えっ?」  
背後から不意に話しかけてきた声に何の疑問も持たず答えていた望は、ここでようやくその違和感に気がついた。  
「ふむふむ、なるほどこの笑顔は、独りよがりで永遠に報われる事のないストーカー的恋愛のめばえですね」  
「………って、あ、あなたは!!?」  
振り返った望の目の前にいたのは、彼にとっては最も馴染み深い女子生徒、風浦可符香だった。  
茶畑で着ていた着物から着替えた彼女は、いつものセーラー姿で望の後ろに立っていた。  
「なななななな、何ですか!!?人の恥ずかしい笑顔を覗き見した挙句、その上ストーカーのめばえだなんて!!!」  
「何をおっしゃる!この『恋のめばえ』は全国の保護者の皆さんから絶大な信頼を得ているんですよ!!」  
顔を真赤にして抗議する望の目の前に、一冊の本が突き出される。  
そのタイトル、その表紙を飾るイラストに、望は見覚えがあった。  
「これって、あの『罪のめばえ』とかいう……」  
「はい!これで先生の中にほのかに芽生えた危険な恋愛感情も一発で見抜けちゃうわけです」  
「だから、危険って何ですか?私は別に……」  
「まあまあ、先生もこの『めばえシリーズ』、読んでみませんか?」  
頭を抱える望ににこやかな笑顔を向けて、可符香は件の『恋のめばえ』と一緒に数冊の本を手渡してきた。  
「『病のめばえ』に『殺意のめばえ』、それに『信仰のめばえ』ですか……。よくもこれだけ揃えたもんです」  
「えへへ…」  
「こっちのは最初に木津さんに見せたヤツですね。『罪のめばえ』って……  
言い出しっぺの私が言うのも何ですが、赤ちゃんの悪い笑顔はさすがに『罪』の芽なんかじゃないと思いますよ?」  
などと言いつつも、ついつい本の内容を読みふけってしまう望。  
各ページに描かれた赤ん坊の見せる笑顔は何やら不気味で、確かにこんな表情を目にすればその子供の将来を心配したくなるかもしれない。  
「『七つの大罪になぞらえた連続殺人事件のめばえ』って……いや、流石にこれはないでしょう」  
 
そうやって『罪のめばえ』を読み進めていった望はやがてあるページに行き着く。  
そこに描かれた赤ん坊のその笑顔。  
それは何だかとってもダークな雰囲気で、いかにも何かを企んでいるような風情である。  
そこで再び背後から、望に声がかけられる。  
「先生……」  
その声に振り返った、望は気付く。  
「風浦…さん……」  
「どうしたんですか?何だか顔が青ざめてますよ?」  
強張った顔の望に、近づく可符香の笑顔。  
それは寸分違わず、そのページに描かれたイラストと同じものだった……。  
昼間、木津千里はこのページから可符香の笑顔が何を表しているのかを知り、ショックのあまり気を失ってしまった。  
今、望の目の前に、その笑顔が最終的に辿り着く罪の名前があった。  
「先生、そんなに怖がらないで……」  
「あ…うあ……ふ、風浦さん……」  
額を流れ落ちる冷たい汗。  
ゆっくりと近づいてくる可符香の眼差し。  
望は『罪のめばえ』をパサリ、取り落として……  
 
「はい、そこまでですっ!」  
 
自由になった両手の平で可符香の頬を「ふにっ」と掴んだ。  
「ふえっ!?…せ、先生!!?」  
「私だって、いつもいつもあなたに担がれてばかりじゃないんですよ」  
予想外の望の行動に驚く可符香のほっぺを、望の指がぐにぐにと弄ぶ。  
「ど…どうしてですか?千里ちゃんだって倒れたくらいなのに……」  
「なるほど、あの時木津さんが倒れたのは貧血じゃなくて、この本のせいだったんですね。………まあ、理由は単純ですよ」  
望は可符香の額に自分の額をくっつけ、自信満々にこう言い切った。  
「あなたなら、良い事だって悪い事だって、この本に書いてある事なんかよりずっと大きな事をする筈です」  
それが望の確信だった。  
いつも自分の周りで騒がしく歌い踊り笑うこの少女の眼差しは、実はずっと遠く、誰にも届かないほどの遥か彼方に向けられているのだと。  
何かをその裏に必死に押し隠したような笑顔とは裏腹に、彼女の赤い瞳がどこまでも澄み渡っている事に、望は気付いていた。  
「伊達にあなたの事をずっと見てきた訳じゃないですよ。あなたはいつも自分の気持ちの一番肝心なところをぼかそうとする。  
………ていうか、そもそも、この本はあなたの用意したものですから、仕掛けも細工も最初から自由自在、何もない訳がありません」  
「うぅ……今回はちょっと詰めが甘かったですね…」  
 
それから望は、少し悔しそうな表情の可符香を、ヒョイと自分の方に抱き寄せて……  
「せ、先生……!?」  
「……ふふふ、あなたに対して優位に立つチャンスなんて、なかなかあるもんじゃないですからね」  
困惑し、頬を赤らめる可符香の顔を見下ろしながら、畳に散らばった『めばえシリーズ』の中から  
『恋のめばえ』を取り上げて、言った。  
「あなたの今の表情が、どんな恋のめばえなのか、じっくり鑑定してあげます」  
「へ?ふわ!?…ちょ…ちょっと……先生っ!!!」  
抱きかかえられた望の腕の中、いつになく慌てふためいた様子の可符香がジタバタともがく。  
望はその反応を楽しむように、一枚一枚、ゆっくりとページを捲っていく。  
「これも違う。これも違う。これは……うーん、ちょっと違いますねぇ」  
「…せ、先生…待ってください!…待ってくださいってばぁ!!!」  
『恋のめばえ』を取り返そうと手を伸ばす可符香と、それをかわす望。  
争っているのやら、じゃれあっているのやら、傍目には何とも微笑ましい二人のやり取りがしばらく続いた後、  
望はそのページを発見した。  
「……な、な、何ですか、先生?そんな…私の顔をマジマジと……!!?」  
「……見つけましたよ。どうやらこのページ、この表情で間違いないみたいですね」  
「…せ、せせせせせ、先生っっっっ!!!!?」  
「さて、この表情の意味するところは………?」  
慌てふためく可符香と、ニヤニヤ顔の望。  
二人は息を呑んでそのページの表題を読んだ。  
そして……  
「…………先生……これって……私、今、こんな顔してるんですか……?」  
「……えっと…はい……その辺に間違いはありません………」  
「じゃあ……今、私の中にある『恋のめばえ』って………」  
望の顔が真っ赤に、既に赤面していた可符香の顔はほとんどゆでダコのように真っ赤に染まる。  
パサリ、『恋のめばえ』を取り落とした事にも気づかないまま、望と可符香は呆然と見つめ合い……  
「ふ、風浦さん……」  
「先生……」  
そのまま完全に硬直してしまった。  
果たして可符香の表情が何を意味していたのか?  
『恋のめばえ』には何が書かれていたのか?  
伏せられたページから読み取る事は出来ないが、見つめ合う望と可符香の表情が何よりも如実にそれを教えてくれていた。  
 

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