黒い喪服を着た1人の若い女性が棺の前に座っていた。  
 彼女は何かに気をとられているようだった。棺の方は見向きもせず、貪るように何かを読んでいた。  
 時折ため息をつきながら、その長い、筆で書かれた古風な手紙を読んでいた。。  
 
 
 
 
 
 
 
…………(中略)…………  
 私はそのとき、今から見ればまだ楽観的に考えていました。  
 みんなが消えたのは、また彼女の差し金だろうと。  
 だからその日、放課後の体育館裏で、私は自分の考えを−また貴女の仕業でしょう、といった考えを−彼女に話すと、彼女は悲しそうに笑いました。  
 「先生らしくないですね」と彼女は言いました。  
 彼女は私の根底にあるものを見抜いたようでした。私もまた彼女らしくない、ネガティブな雰囲気を感じましたが−それはあえて追求しませんでした−、私はどうしてもそれを信じることができませんでした。  
 
 
 
 小森さんの失踪からでした。倫、おまえは覚えていますか?メモ1枚残さず宿直室から消えたのを合図に、2週間の内に教え子が(それも女生徒ばかりが)立て続けに行方不明となったあの悲しみを。  
 このとき、風浦さん1人を残して女子生徒全員が暗闇に消えていました。(倫、実家に帰っていて本当に幸せでしたね。それだけが慰めです)  
 
 普段の風浦さんと言えば、貴女も知っている通り私をからかって陥れようとする小悪魔のような(可愛いものではなく、本当に小悪魔のような)生徒さんでした。  
 当然、私はまた彼女の仕業だと考え、はなから彼女を疑っていたのです。彼女は心理操作の上手い子でしたから、私は必要以上に警戒しました。  
 私は彼女を追求しました。  
 
 
 「交は憔悴しきっているんです。親御さん方も皆さん心配してらっしゃるんですよ。これ以上の悪ふざけは、本当にやめて欲しいんです」  
 「先生、どうすれば先生は私を信じてくださるんですか?」  
 彼女−風浦可符香−は、反抗的にも見える、彼女らしくない態度をとっていました。  
 「みんながいなくなった理由なんて、私は知らないんですよ?それなのに、どうして先生は……」  
 私には、彼女が私を挑発しているように見えました。  
 「貴女は本当に強情だ。どうせまた、私をからかっているんでしょう?女子生徒が集団失踪だなんて、崖っぷち先生、100人切りのキス魔にはぴったりな記事ですからね」  
 「いいかげんにしてくれませんか」と、彼女は仮面を貼り付けたまま言葉を荒げました。  
 「私だってみんなに会いたいんです。一生懸命捜しているんですよ。もう少しで居場所が掴めそうなんですよ?」と、彼女は珍しくそう吐き捨てました。  
 糸色家のあらゆるコネを使っても見つからないというのに、ただの女子高生に一体何ができようか−。私は鼻で笑いました。  
 
 
 「それならば、証拠がなければ。口先だけで信じるほど単純じゃないですからね」  
 「証拠、ですか」  
 
 彼女は笑ったまま私を睨みました。彼女は顔を朱に染めて興奮していました。もっとも、私も同じような状態だったでしょうから、端から見れば告白の最中に見えたでしょう。  
 「そんなに証拠が欲しいのなら……あげますよ」  
 「ほう。それは是非とも拝見したいですね」  
 私がそう言うと、彼女は1枚の茶封筒を取り出し、少しためらってからそれを私の手に渡しました。そのとき微妙に彼女の顔が引きつったのですが、茶封筒に興味を抱いたために、私は気にもかけませんでした。  
 「これは……?」  
 私は少しばかり戸惑っていました。書類にしては重量感のある中身のようでしたから。  
 「明日、私が回収に来なかったら……放課後にそれを空けてください」  
 「中身は、何ですか?」  
 興味のせいで私の警戒心は消えていました。  
 「見たところ、書類ではなさそうですが」  
 「それは秘密です。今は絶対に開けないでください」  
 「どんな物が入っているんです?」  
 そう聞くと、彼女は少し考えてから「居場所を示す物です」と言いました。  
 「居場所……というと、発信機か何かですか」  
 「そうですよ、先生。……開けたらすぐにわかりますからね?」  
 すっかりいつものペースに戻った私に、彼女は落ち着きを取り戻したらしく口に手を当ててニコニコしていました。  
 「信用、無いんですね」  
 「ええ、わりと」  
 私は突然、昔に戻ったような心境になりました。このやりとりは幾度も繰り返された、しかしたった2週間前の日常でした。  
 私が少しを失い、彼女が少しを得る。しかし私は何も失っていない……。  
 こう書いたとしても、倫、おまえにはあまりよく理解できないかもしれません。私にもよく理解できていないのですから。いや、もしかすると他人の目線の方が状況をよく掴んでいるかもしれません。  
 
 とにかく、私は少しだけ和みました。彼女も少しだけ和んだようでしたが、そう長くは持ちませんでした。  
 
 
 そのとき猫が1匹、彼女の方へ駈けていきました。彼女は驚くような仕草を見せず、黙ってしゃがみ込みました。しばらく猫の首を撫でると彼女は立ちました。そして猫も走り去りました。  
 「あの、その猫は?」  
 私は彼女に問いかけましたが、彼女は黙っていました。どうやら猫が手紙を運んできたようです。  
 「伝書猫ですか、風流ですね」などと言ってみるのですが、彼女は無視しました。  
 何度か読み返してからやっと、彼女は顔を上げました。  
 「あの、風浦さん……?」  
 私はそのとき、彼女の表情ががらりと変わっていることに気づきました。かつて崖っぷち先生と初めて呼ばれたとき、あのとき見せた悲しげな表情です。  
 
 
 私は最初、彼女がまた私を陥れようとしているように見えました。しかし、私は長い付き合いの中で彼女の表情を読むことを覚えました。  
 崖っぷち先生と呼ばれたときの悲しげな表情は、感情を完全に偽りのものでした(あのときは雰囲気に押されて……知っての通りですが)。  
 ですが、私を見つめているその表情は、彼女が時折見せた、笑みを残した泣き顔でした。  
 オフエアバトルのとき、授業の合間、下校時間……泣き顔とはいかなくても、彼女は不自然な顔をすることがありました。笑顔なのか泣き顔なのか、どちらなのか微妙な顔です。  
 いずれもほんの1瞬だったことを考えれば、仮面を作り損ねた、感情をさらけ出してしまった表情だったのでしょう。  
 もっとも、ここ2〜3年はそのような表情を見ることは稀でした。  
 その表情は私を不安にさせました。しばらく見ていない表情だっただけではなく、いったいその手紙に何が書かれていたのか。何が彼女の仮面を剥いだのか……。  
 彼女はしばらく仮面を取り戻そうとあがいていましたが、やがて今更取り繕っても無駄だということに気づいたようでした。  
 「あの……先生……」  
 彼女は何か言いたそうにしていました。  
 
 「……な、なんでしょうか」  
 彼女には何とも言えないオーラが漂っていました。近寄りがたい、というべきでしょうか。彼女はしばらくうつむいたまま、微動だにしませんでした。  
 「あの……どう……なされました?……風浦さん?」  
 私がそう言うと、突然彼女は私に飛び込んできました。  
 「……!!ふ、風浦さん!?」  
  茶封筒といい伝書猫といい、まったく予想外の出来事ばかり起こりました。自分より背が低くか弱いはずの少女が、腰の骨が折れんばかりに抱きしめてきたのです。  
 教え子が見たらなんと言うか、とつい考えてしまいましたが、すぐに皆いなくなってしまったことを思い出しました。  
 何も言わず、しばらく私の腰を抱きしめると−とても震えていました−、彼女はくるりと回って走り出しました。  
 しばらく呆然としていました。彼女は本当に何も言わず、走り去ってしまいました。  
 
 
 
 
 
 案の定、次の日はついに男だらけの授業となってしまいました。2のへだけが男子校になってしまったようでした。  
 一部では空気を読まず下ネタを爆発させている連中もいました。皆、失踪はただの悪ふざけだと思っていたのでしょう。  
 崩壊後に宿直室で茶封筒を開くと、風浦さんに言われた通り中には発信機の位置を示す小型液晶画面が入っていました。  
 一緒に手紙も入っており、そこには  
 
「糸色先生へ  
 
液晶画面の示す場所に私はいます。  
赤い髪留めが発信機になっていますので、私が見つからないときは髪留めを探してください。  
 
私のお気に入りの黄色い髪留めを同封します。預かってもらえたら嬉しいです。  
 
残念です。  
 
風浦可符香」  
 
と書かれていました。  
 
 私は違和感を感じました。  
 しかし、昨日から違和感は感じっぱなしですし、そのときは違和感の原因を彼女の髪留めに求めました。  
 多分、いつも制服のときは黄色い髪留めをつけているのに、昨日は赤い髪留めだったから違和感があったんですねと、私は考えたのです。  
 
 
 
 その場所は古い燃料倉庫でした。  
 なぜ彼女がこんなところにいるのか……よくわかりませんでした。  
 鍵は開きっぱなしでした。何か鋭利なもので壊されたような跡も見えます。  
 私は思い切って扉を開けました。  
 暗い倉庫の中には多数のドラム缶が並べられていました。  
 倉庫の中は石油にしてはおかしな匂いで充満していました。それに、もう使われていない倉庫になぜこんなにたくさんのドラム缶があったのでしょうか。  
 私そう思いながら倉庫の真ん中までゆっくり歩いて行きました。  
 そこが、発信機の示す場所だったからです。しかし、そこにはドラム缶しかありません。私は頭をひねりました。  
 「地下……それとも上でしょうか」  
 「どちらでもないですよ、先生。」  
 私は驚きました。ここにいるのは私だけだと思っていましたから。  
 「き、木津さん!木津さんですか!」  
 暗がりにいた木津さんはゆっくりと私の正面に迫ってきました。  
 「ええ……先生。私ですよ。」  
 彼女は私の1メートル先で立ち止まりました。  
 「良かった……貴女は無事だったんですね……!他に誰かいませんか?」  
 「先生……?」  
 「貴女以外にも大勢行方不明になっているんです……倫を除いた、2のへ組の女子生徒全員が」  
 「本当に……それは大変ですね。」  
 「ええ、風浦さんが昨日、手掛かりを見つけたと言って珍しく取り乱してから……あれ?」  
 
 彼女は、木津さんは余りにも平然としていました。余りにも。  
 「どうなさいました……先生?」  
 「何故…………今まで出席しなかったのです?」  
 「…………何故でしょうね。」  
 「……え……ぐ…………もし……や……?」  
 「先生……。」  
 彼女は少しずつ近づいて来ました。自然と私は逃げ道を探して、後ずさりしましたが、出口は右側でした。コンと音がして、私はドラム缶にぶつかりました。  
 「こんなお伽話はご存知……?ある学校に1人の好色な教師がいた……。」  
 「……はは……何を……」  
 「その教師は多くの生徒をたぶらかし……生徒はその懐を奪い合った。」  
 「き……きつ……さ……」  
 「そして1人の生徒が思いついた……邪魔をされず、教師と1つになる方法を……」  
 「あ……あ……」  
 「正直、晴美や可符香ちゃんは予想外だったなぁ……」  
 逃げだそうとした私はドラム缶に向かって体当たりしてしまいました。  
 倒れるドラム缶の蓋がとれ、そこにあるべき液体燃料の代わりにセメントが詰まっているのを目撃しました。  
 そのセメントの片隅には赤い×印の刻印のようなものがありました。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 私はどうやって逃げ出したのでしょうか。まったく覚えていません。  
 執拗な追跡を振り払って事の顛末をここまで書き記すことができました。  
 あまりわかりやすくないかもしれません。しかし、これが限界です。  
 この手紙が届く頃、私はとうに死んでいるでしょう。  
 今にも木津さんは私の居場所を掴むでしょう。それが恐ろしくてたまりません。  
 風浦さんの髪留めは、持ったまま逝こうと思います。  
 きっと彼女は、……  
 …………(後略)…………  
 
 
 喪服の女性はそこまで読むと、フッと大きなため息をついた。  
 棺の上には、1枚の写真が乗っていた。眼鏡をかけて、微笑む優しい先生。  
 「やっぱりか……ふふ。先回りして正解だったわね、……先生。」  
 喪服の女性は手紙をくしゃっと握りつぶすと、気づかれないように棺の小窓を開け、その中に隠した。  
 
 
 
 
 
 
 十数人の女子生徒の行方は今でもわからない。  
 

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