「どうしてこんな事に…」  
人気の無い暗い夜道を一人の青年が息を切らしながら夢中で走る。  
青年の後ろにはスコップを持った、見るも恐ろしい少女の姿。  
その少女のすぐ後ろには、巻き添えを食らったのか複数の人が倒れている。  
返り血を浴びてより一層不気味な姿になった少女を見て、青年の表情は更に恐怖に染まっていく。  
「木津さん、もう勘弁してください!!」  
何とか和解しようと話しかけるも、少女は聞く耳を持たない。  
「逃げないでください、今日こそ先生が他の女性に気を向けないようにキッチリ粛清します」  
「粛清って…そんな事言われて逃げない訳無いじゃないですか!!」  
青年糸色望が、この状況に陥ったのは今から少し遡る事数時間前…  
 
 
「あら、糸色さん久しぶりですね」  
「尾吐菜梨さん、お久しぶりです」  
望は久しぶりに隣に住んでいた女子大生に出会い、少しの間話に華を咲かせていた。  
「そうですか、糸色さんも毎日大変ですね」  
「いや〜、でも楽しい事も沢山あるので辛くはないんですよ」  
「そうですね、糸色さん生徒さんのお話をしている時、とても楽しそうですもの」  
「そ、そうですか?」  
望は照れながら笑う。  
尾吐菜梨は望の手を取って、両手で包むように握って笑う。  
「へっ!?あの…尾吐菜梨さん!!?」  
「糸色さん…私でよかったらいつでも会いに来てくださいね…」  
「えっ!?……はっ、はい!!」  
望はいつもとは違う慣れない状況に顔を赤くする。  
望のその様子を見て、尾吐菜梨はニコリと微笑むとゆっくりと手を離す。  
「それでは糸色さん、またお話聞かせてくださいね」  
「はい、待ってますよ!」  
軽く挨拶をすると尾吐菜梨は家に帰っていった。  
「いや〜、次に会う時が楽しみですね」  
「先生……」  
すっかりご機嫌な様子の望は、声がした方に振り向く。  
その先には鬼のような顔をした千里が立っていた。  
「随分、あの人と親しい仲みたいですね…」  
「き、木津さん!?」  
その光景を見た途端、望の顔が青くなる。  
千里の手にはおなじみのスコップが握られていた。  
「木津さんこれはですね…」  
「問答無用!!うなっ!!!」  
「うわっ!!」  
望は千里の振り降ろしたスコップを辛うじて避ける。  
その衝撃でコンクリートの道路にヒビが入る。  
「死んだらどーする!!」  
望は必死に叫ぶ。  
だが千里は攻撃の手を止める気が無い。  
「い、いやーーーーー!!!」  
望はどうにもならない事を察し、その場から逃げだした。  
 
 
そして今に繋がる…  
(何処かに隠れなくては!!)  
望は曲がり角を曲がり、辺りを見回す。  
(この家に隠れましょう!!)  
ちょうど良く部屋の電気がついていない建物を見つけ入り込む。  
望が隠れたすぐ後に千里の足音が通り過ぎる。  
「ふぅ…鍵が開いてて助かりました…」  
ひとまず難を逃れた望は、その場に座り込む。  
「電気もついていないし、鍵も掛けてないところをみると空き家なんでしょうか?」  
近くには使い古された家具などが置いてあった。  
望は辺りを見渡すと一つのドアを見つける。  
「この先はどうなっているんでしょうか?」  
ドアを開けるとその先には先程の部屋とは違い、清潔感のある部屋に出る。  
テーブルに食器などが置いてあるという事は誰かここに住んでいる事が予想出来る。  
「人が住んでいるみたいですね…勝手に入ってしまいました…速く出ないと」  
望は慌てて玄関を探す。  
ガチャリと玄関のドアが開く音がする。  
(まずい!誰か帰ってきちゃいました!!)  
侵入した理由を話さなくてはいけないのだが、チキンな体が反射的に隠れる行動をとってしまう。  
望はとっさに近くにあった大きめのクローゼットに隠れた。  
そのクローゼットは完全にどちらからも見えない作りになっており、望からも相手からもお互いの様子を確認  
する事は出来なかった。  
開けたり音を立てたりしない限りバレる心配はなかった。  
ガチャリとドアの開く音がする。  
「あれ?物置のドアが開いてる。」  
(さっきの部屋は物置でしたか…それにしても何か聞き覚えのある声ですね…)  
望は首を傾げる。  
望の方にだんだん足音が近づいてくる。  
(やっぱりクローゼットは失敗でしたか!?)  
望のすぐ近くで足音が止まる。  
(もう駄目だ!!)  
クローゼットのドアが開かれ光が差し込む。  
「へっ?」  
驚きの声を上げたのはもちろん家の持ち主の方である。  
「すいません、これはちょっとした訳がありまして!!」  
望は慌てて謝罪の言葉を言う。  
「先生、何しているんですか…?」  
「えっ?」  
その言葉に不思議に思い望は目を凝らす、よく見ると目の前にいるのは自分の教え子である風浦可符香だった。  
 
「それじゃあ先生はここに逃げて来たんですね」  
望から事情を聞いた可符香は楽しそうに言う。  
「今回は本当に死ぬかと思いましたよ…」  
望は疲れた様子で呟く。  
「先生も毎日大変ですね」  
「ん…?何処かで聞いたような言葉ですね」  
「気の性じゃないですか?」  
「そうですか?」  
望が何かを思いだそうとしていると、可符香の髪の一部が動く。  
「…………。千里ちゃんはまだ先生を探しているみたいですね」  
「何でわかるんですか…」  
可符香の謎の特殊能力に、望は軽くツッコミをする。  
「それじゃあ先生、今日は家に泊まっていきますか?」  
「えっ!?それはまずいのでは…」  
「外に出て、千里ちゃんにばったり出くわす方がまずいと思いますけどね」  
「うっ……泊まっていきます…」  
望はあの時の千里の姿を思い出し身震いする。  
「寝るところはそこですよ」  
可符香の指さす方には、しっかりとした造りのベットが置いてあった。  
「いいんですか?あんないいベット使わせてもらって」  
「はい、大丈夫ですよ」  
可符香は笑顔で答えた。  
 
 
 
「お風呂まで使わせてもらって、風浦さんは優しいですね…」  
「お客様には当然ですよ。それでは私もお風呂に入ってきますね。疲れているでしょうから先に  
 寝ていてもいいですよ」  
可符香はそう言って浴室に入っていく。  
千里に追われて、精神的に限界状態だった望には可符香の気遣い一つ一つが嬉しいものだった。  
今の望は何か裏があるんじゃないかと疑う事すらなかった。  
望はベットに寝っ転がる。  
「たしかに走り回ってくたくたです。お言葉に甘えて寝る事にしましょう」  
望はゆっくりと目を閉じる。  
ベットの心地いい感触が望を包み込んだ。  
「………………」  
 
 
1時間ほど経った後に可符香が風呂からあがる。  
可符香はベットで規則正しい寝息をたてている望を見つめて微笑む。  
「先生、実はこの家にはベットが一つしかないんですよ…」  
もちろんその声は望には届かない。  
「先生、あんまり私の事話してくれないんだもの…」  
可符香は少し不満そうに言う。  
実は望は尾吐菜梨と話をする時、可符香の事をあまり話題に出す事は無かった。  
「それじゃあ、変装して先生と話している意味ないじゃないですか…  
 なので少し過激な方法を取る事にしました」  
可符香はそう言うと布団を被り、望の隣で横になる。  
「えへへ…、今だけ一人占めです…」  
可符香はすぐ隣の望の顔を覗き込んで嬉しそうに笑う。  
可符香が目を瞑ろうとした瞬間、望の手が伸びて可符香を抱きしめる。  
「ふぇっ!?…せ、先生!?」  
突然の事に慌てて目を開けると、何と望の目も開かれていた。  
「先生、眠ってたんじゃ無かったんですか!?」  
「変に意識したら眠れなくなってしまいましてね…。でもおかげでこんな状況になる事が出来ました」  
望はそのまま可符香を更に抱き寄せる。  
「風浦さんの意外な一面も見る事が出来ましたしね」  
「えーと…あれは……」  
望のその言葉に、可符香は今までの事を全部聞かれていたという事に気付いて顔を赤くする。  
「私も今だけ風浦さんを一人占めです」  
望は意地悪そうに笑って言う。  
「それと、別に風浦さんの話題がなかった訳じゃないですよ」  
「えっ?」  
「話す事が多すぎて、一回話し出したら風浦さんの話だけになってしまうからですよ。  
 あと風浦さんとの出来事は一人占めしたかったというのもありますね」  
「先生、随分言うようになりましたね」  
「開き直っただけですよ」  
可符香は立場を逆転させる為に作戦を考えるが、いい案が浮かばない。  
「そうだ、先生いいんですか?この状況教師として結構いけないと思いますが」  
「さっき言いませんでしたか?今は風浦さんを一人占めする事に専念しますよ」  
「うー……」  
今回は完全に望の勝利だった。  
もちろんこの状態は朝、目が覚めるまで続いた。  
 
 
「いや〜すがすがしい朝ですね!!」  
「先生、随分とご機嫌ですね」  
そう言う可符香も機嫌は良かった。  
なんだかんだいって望を一人占めする事は出来たからである。  
「はい、今だけ希望先生と呼ばれても何の遜色もありませんよ!!」  
たしかに朝からこんなにテンションの高い望も珍しい。  
「先生、そろそろ学校行った方がいいんじゃないですか?」  
「そうですね、そろそろ行きますか」  
望は玄関のドアを開ける。  
「あっ…」  
「あっ!」  
玄関の前には昨日と全く同じ姿の千里が立っていた。  
「先生、やっと見つけた…。しかも可符香ちゃんの家で一体何をしていたのかなぁー!!」  
「えっと、あの…これは…」  
冷や汗を流す望の肩に可符香はポンッっと手を置く。  
「頑張って、絶望先生!!」  
「絶望した!一瞬だけの希望に絶望した!」  
望は叫ぶだけ叫んで走り出した。  
「逃がさ……ぬ!」  
その後を千里が追う。  
「昨日の仕返しです!!」  
そう言った可符香の表情は楽しそうな笑顔だった。  
 

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