僕はずっと人に気付かれないこの体質に悩んでいた。  
だって酷いじゃないか、目の前にいるのに気付かれないなんて。  
だから僕はこの体質が大嫌いだった。  
 
 
「うわっ!?」  
道を歩いていると突然トラックが走って来た。  
偶然道を歩いていた臼井は、トラックにぶつかりそうになってとっさに避ける。  
そのトラックは臼井に気付く事が出来ない事を差し引いても乱暴な走り方をしていた。  
居眠りか、酔っているか…そのくらい不自然な走り方をしていた。  
もしここで臼井がトラックに轢かれてしまったら、誰にも気付かれる事無く臼井は倒れ続ける  
事になっていただろう。  
体質からかそういう事に対しての警戒心が強かった臼井だから避ける事が出来たのだ。  
「危なかった…」  
避けた衝撃で近くに飛んでいった眼鏡を拾いながら臼井は呟いた。  
その後も何度かトラブルに遭いながら、やっとのこと学校に辿り着く。  
ここまでくればある程度の安全は保障される。  
自分の教室に入ると臼井が真っ先に目を向けるのは、彼の憧れの少女、小節あびる。  
常に何処かに包帯を巻いている怪我が絶えないのが特徴の少女だ。  
「今日もまた一段と素敵だ…」  
そう言った臼井の声は決して小さくは無い、だが誰もその言葉には気付かない。  
臼井が彼女を好きになったのはいつからだっただろうか、そのきっかけもドラマなんて物は無く  
自分の性癖によるものだった。  
臼井はあびるへの想いを隠している訳ではない、むしろ他の人と比べて積極的な方である。  
しかしあびるは臼井の気持ちには気付いていなかった、そういう事に関して鈍い事もあるが  
殆どの原因は臼井のこの体質によるものである。  
つまり今の状況は臼井の一方的な片思いの状態であった。  
だが臼井も遠くで眺めているだけでよかった。  
もちろんお近づきになれるのならそうしたいが、それによって嫌われる事を臼井は恐れていたのだ。  
臼井はあまり女性に受ける外見をしていない、自分自身がそれを自覚しているからこそ  
何度も干渉して、彼女に嫌な思いを抱かれたくなかったのである。  
所詮は叶わぬ想い…  
臼井もそう自覚していた。  
 
 
ある日の体育の時間。  
臼井はいつも通り、あびるの体操着姿を見つめていた。  
こういう本能に忠実すぎるのも臼井の欠点であった。  
しかしずっとあびるを見続けていた事もあり、彼女の事に関してはかなり詳しい。  
たとえば彼女はスタイルはいいが運動はかなり苦手な事。  
背の高さやスタイルの良さからよく人から勘違いされるが、あびるはかなりの運動音痴である。  
だが臼井はそれに対してある気になる事があった。  
それはあびるの怪我の原因の事である。  
あびるの怪我の原因は大きく分けて二つある。  
一つはバイト先の動物園で出来るもの。  
これに関してはあまり危険性はない、動物達とじゃれあっているだけなので大きな被害には遭わない。  
臼井が気になっているのはもう一つの運動神経の鈍さから身に降りかかる危険を回避する事が  
難しい事であった。  
以前もそれによってトラックに轢かれてしまった事があった。  
自分の好きな人が怪我を負っているのが、臼井にはどうしても面白くなかった。  
そして悩んだ結果ある考えを思いついた。  
それはこっそりとあびるの後をつけて、彼女が危険な目に遭いそうになったらさりげなく  
守るというものだった。  
臼井の体質は特殊で、善い行いをすれば存在は更に薄くなり、悪い行いをすればその存在は濃くなっていく。  
それを利用してあびるには全く気付かれずに助ける影のヒーロー的な立場になる事を決めた。  
自分なんかが助けても彼女を困らせてしまうかもしれない…  
そんな後ろ向きの気持ちがあったからわざとあびるには気付かれない方法をとったのである。  
いやそんな事はあるはずない、きっとあびるは感謝してくれるだろう。  
だが臼井はこの方法を選んだ。  
自己満足かもしれない…  
しかし臼井はそれでもよかった。  
彼女に感謝されたくてやるのではない。  
ただ純粋に彼女が好きだから、疾しい思いなど無かったから、一人の男として好きな人を  
守りたいから。  
一人の男の決意は誰にも気付かれる事無く、ただ静かに堅く誓われた。  
大嫌いだった自分の体質が初めて人の為に役に立つ事に、臼井は嬉しさを感じていた。  
 
 
放課後…  
臼井は予定通り家に帰るあびるの数メートル先を追いかける。  
目標は一切の怪我を負わせずに、家まで見守る事。  
「よーし…初日から失敗しないようにしなくちゃ…」  
願う事ならあびるに危険が迫る前に家に着いてくれることを祈る。  
「あれ、どこに行くんだ?あっちは家に帰る方向じゃない筈…」  
臼井は見当違いの方向に進むあびるに首を傾げる。  
後をつけていくと、突然あびるの足が止まる。  
あびるの視線の先には仔猫がいた。  
「何だ…仔猫に釣られてここに来たのか…」  
道に迷った訳じゃない事に臼井はホッとする。  
臼井はしばらく仔猫と遊ぶあびるを眺めていた。  
「楽しそうだな…」  
微笑ましい光景に臼井の顔が綻ぶ。  
しばらくするとあびるは仔猫に手を振って家に向かう。  
「おっと…見失わないようにしなくちゃ」  
臼井も慌てて歩き出した。  
 
初日にしてはなかなか順調だった。  
もう家まで後僅かな距離である。  
「この調子だったら大丈夫そうだね」  
臼井はそう呟いた瞬間、ある事に気付く。  
「あれ…もしかして朝の…」  
臼井の視線の先には朝、臼井に向かってきたトラックが走っていた。  
その走り方は朝と変わらず、右へ左へと真っ直ぐ進まない不自然な走り方だった。  
「このままじゃ小節さんが危ない!」  
トラックの走る先にはあびるが歩いている。  
臼井はあびるに向かって走り出す。  
 
「…………?」  
次第に大きくなる音にあびるが振りかえると、もうトラックが目の前に向かって来ていた。  
「…っ!?」  
突然の事に体が動いてくれない。  
(ああ…またか…私鈍いからなぁ…)  
迫りくる危機を前にあびるが思ったのは諦めの言葉だった。  
ふと腕が何かに掴まれる感触を感じる。  
「えっ…!?」  
急に何かに引っ張られる。  
それによってあびるは襲いかかるトラックから間一髪で避ける事が出来た。  
トラックはそのまま壁に突っ込み動きが止まる。  
あびるは引っ張られた空間の先に手を伸ばす。  
「あれ……?」  
そこにはやはり何も無く、手は空を切るばかりだった。  
民家の人達が大きな音に気付いて駆け付ける。  
「君!、大丈夫だったかい!?」  
「あっ…はい、大丈夫です」  
「この運転手酔っぱらっているぞ、怪我はしていない、警察呼んでくれ!」  
運転手の無事を確認していたもう一人の男がそう言う。  
「気の性…だったのかな…?」  
あびるはまだ掴まれた感触が残っている腕を見つめながら呟いた。  
 
「やった!小節さんを助ける事が出来たぞ!!」  
あびるを避難させたすぐ後にその場から離れていた臼井はガッツポーズをする。  
「この調子で頑張ろう!」  
臼井はあびるが無事なのを確認して家に帰っていった。  
 
 
その日から、臼井は次々とあびるを危機から救った。  
時には音をたててあびるの注意を逸らし、時には身を挺してあびるを守った。  
「あびるちゃん、最近大きな怪我をしなくなったね」  
可符香は笑顔で言う。  
「うん、でも何だか不思議なんだ、急に体が動いたりして…」  
「へえ…そうなんだ。  
 そう言えば最近、臼井君見ないね。いつもの事だけど」  
可符香はあびるの後ろにいる臼井に視線を向ける。  
(あ、あれ!?もしかして見えてるの!?)  
見えない筈の自分に対して急に視線を向けられ臼井は驚く。  
その様子を見て可符香は楽しそうに笑った。  
「じゃあ私は先生に用事があるから、二人とも頑張ってね!!」  
可符香は何か思いついたような表情をしてあびるに耳打ちをする。  
「あびるちゃん、実はね…臼井君は今みたいなある人と一緒にいる時によく見かけるんだよ」  
可符香は笑みを浮かべながら教室を出ていった。  
「……………?」  
可符香の言葉にあびるは首を傾げる。  
(あの人は敵にまわさないようにしよう…)  
疑問を抱くあびるの後ろで、臼井は顔を青くしながら思うのだった。  
 
 
夕方…  
「小節さん今日は、買い物に出かけるのか…忙しくなりそうだな」  
学校にいる時にその事を盗み聞きした臼井はいつも通りあびるの後をついていく。  
あびるは無駄な仕事を増やすプロと呼ばれるほどのドジの持ち主だ。  
店の商品をぶちまけ兼ねない。  
今回の臼井の目的は主にそれの阻止だった。  
臼井はあびるの後について近所のスーパーに入り込む。  
あびるの進む方向に先回りをして危ないものがないか確認する。  
「こんな所にガラス玉が、踏みつけたりしたら危ないじゃないか…」  
臼井はガラス玉を拾う。  
その時近くで少し大きめの音が聞こえる。  
「…………え?」  
その方向に振り向くと転んだ拍子に棚を倒してしまったあびるの姿があった。  
「何も無い所で転ばないでよ…」  
臼井はその光景を少し呆れながらあびるに駆け寄った。  
あびるに気付かれないようにさり気無く商品を片づけるのを手伝う。  
「少し詰めが甘かったかな…」  
臼井は残念そうに小さく呟いた。  
 
「またやっちゃった…片づけなくちゃ…」  
商品を倒してしまったあびるは急いで片づけを始める。  
「…………?」  
ふと横で一つの商品が独りでにしまわれたように見えた。  
あびるは横に手を伸ばしたがそこには何もなかった。  
「………………」  
 
 
買い物を終えたあびるはスーパーから出る。  
片づけに思ったほど手間取ってしまい、辺りはすっかり暗くなってしまい人気は無くなっていた。  
遠くから誰かの声が聞こえる。  
「勘弁してください!」  
そう叫びながら出てきたのは、あびると臼井の担任の教師の糸色望であった。  
「逃げないでください!」  
その少し後に出てきたのはスコップを持ったクラスメートの木津千里の姿。  
「先生、毎日大変ですね…」  
遠くで眺めていたあびるが言う。  
その言葉に臼井は何も言わずに頷いた。  
曲がり角を曲がった望はそのまま民家へと入っていく。  
「あっ…あの家は確か…」  
それを見たあびるが呟く。  
「あれ?あなた、何でこんな所に…」  
千里がこちらに気付いて近づいてくる。  
「ねえ、先生見なかった?」  
「先生ならあっちに走っていったよ」  
あびるはそう言いながら、民家では無くその先の曲がり角を指差す。  
「今日こそ先生を粛清しなくては!!」  
千里はそう言いながら走り出す。  
「先生…命拾いしましたね…」  
臼井は走る千里の背中を見つめながら呟いた。  
 
 
そんな事もありながら、あびるはやっとの事、自宅に到着する。  
「さて、僕も帰らなくちゃ…」  
あびるは自宅の前に辿り着くと急に足を止めた。  
「どうしたんだろう?」  
臼井は急に立ち止まったあびるを見て首を傾げる。  
「臼井君、そこにいるの?」  
「えっ!?」  
いきなり名前を呼ばれて臼井は驚きの声を上げる。  
「そんなところにいたんだ…」  
名前を呼ばれ反応した事によって、臼井の姿があびるに見えるようになる。  
「な、何で僕の事を……!?」  
「トラックから助けられた次の日から少し気になっていたの…  
 気付いたのは可符香ちゃんの言っていた事と、さっきのスーパーの時、商品が勝手に動くの見つけたんだ」  
臼井は可符香があびるに何かを言っていたのを思い出す。  
「あとね…私に不思議な事が起きる時、いつも臼井君がいなくなってたから…」  
「そんな事からバレるなんて思わなかったな…」  
臼井は困ったような顔をする。  
あびるは微笑んで言う。  
「臼井君、もう私を助けなくていいよ」  
「えっ!?や、やっぱり迷惑でしたか!?」  
臼井は慌てながら言う。  
臼井の言葉にあびるは首をとこに振って言う。  
「違うの…守ってくれたのは嬉しかった。  
 でも、臼井君はちゃんと見えるところにいて欲しい…見えていないとやっぱり少し寂しいから」  
「へっ…?」  
「じゃあね…また明日学校で…」  
あびるは家のドアに手を掛けたあとに臼井の方に振り向く。  
「助けてくれてありがとう」  
普段あまり出さない笑顔を見せて家に入っていった。  
「どういたしまして…」  
臼井はゆっくりと目を閉じて、あびるの言葉を何度も頭の中で繰り返した。  
 

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