『失踪の日々』
『私は今の生活に疲れてしまいました。
どこか遠い地で残りの人生をひっそりと暮らしていきたいと思います。
どうか探さないでください…
望 』
「こんなもので良いでしょうか」
望は自分の書いた文章を読み返して、教壇に置く。
そのあと少し辺りを見渡して人がいないか確認する。
「常月さん…いますね」
「はい、ここに」
望に呼ばれるとまといが何処からともなく現れる。
一体どうやったらここまで上手く隠れれるのかいつか聞いてみたいものだ。
だが今の望の目的はそれではない。
「朝、お茶を淹れすぎたんですけど飲みますか?」
「ありがとうございます」
まといが望に貰ったものを受け取らない訳があるはず無い。
望の予想通りまといは嬉しそうにお茶を飲み干す。
飲み終えてしばらく経った後、まといは謎の眠気に襲われ、眠りについてしまう。
「旅立ちパックの睡眠薬がこんな所で役に立つとは思いませんでした」
まといが完全に眠りについたのを確認して教室を後にする。
望の苦労の日々が始まろうとしていた。
望の思惑通り教室はざわめいていた。
原因はもちろん担任である望がやって来ない事である。
「一体先生は何しているの!」
時間通りにやって来ない望にとうとうしびれを切らし、千里が声を荒げる。
確かに、千里程ではないが他の生徒達も待っているのにうんざりしている所であった。
そして例によって例のごとく、また可符香が教壇に置いてある紙に気がつく。
「先生はまた取材でお休みです」
「またかよ!」
千里がツッコミをした後に智恵が教室に入ってくる。
「という事なので、出席だけでも取りますね」
久しぶりの出席を取り、その日の自習は望の話で持ち切りになった。
話の結論はまぁいつか帰ってくるだろうというところに落ち着き。誰も望の心配をする人は
出てこなかった。
「そういえばまといちゃんは?」
「先生の紙の横に『先生を探す旅に出ます。』っていう紙があったからきっと探しに行ったんだと思うよ」
望がいなくなってから二週間ほど経ったころ、いつも通り賑やかな2のへの教室を遠くから
見つめる影があった。
「何で誰も心配してくれないんですか!」
そんな普通少女が言いそうな事を言ったのは失踪した望、張本人だった。
失踪したのは気紛れだったが、ここまで気にも止められないと面白くない。
「絶望した!薄情な生徒達に絶望した!
いいですよ、こうなったら探しに来てくれるまで絶対に戻りません!」
半分逆ギレ気味に望は2のへ生徒達を見張り、帰るタイミングを計る事にした。
「ねえ、あれから二週間経ったけど、先生いつまでやってるんだろう」
奈美が退屈そうに言う。
望のいない2のへはいつもと比べ、大人しくなっている為に、多少刺激が足りないものがあった。
もちろんいつもと比べるとだが…
「あと一週間もしたら食べる物でも無くなって帰ってくるんじゃないかな?」
あびるが答える。
そんな2のへメンバーが話し合っている中、可符香だけが窓の外を眺めていた。
窓の外でこそこそとしている影を発見したあと、視線を外して何事も無かったように装う。
「可符香ちゃんはどう思う?」
全員がそれぞれの予想を言い終わり、最後に残った可符香の考えを求める。
「うーん、あの調子だったら当分戻って来ないと思うよ」
「随分具体的だね、もしかして知っているとか?」
望の様子を全て知っているような可符香の返答に奈美は首を傾げる。
「いやだなぁ、あくまで予想ですよ。いくら私でも見ていないものを知っている訳無いじゃないですか」
可符香は笑って言う。
奈美は「そうだよね」と納得してそれ以上深く追求しなかった。
…望が失踪してから三回目の日曜日…
「皆さん楽しそうですね…」
望は今、遊園地のベンチに腰かけていた。
みんなで遊びに来ていた2のへ一行についてきてここまで来たのである。
「遊園地で一人なんて悲しいですね…」
望は今の状況に溜息をつく。
手に持つ双眼鏡の先には楽しそうに笑う生徒達。
もう少し心配してあげてもいいのでは…と本人じゃなくても思ってしまいそうである。
「今度はお化け屋敷ですか…あまり得意じゃないんですけどねこういうの」
と言いつつもノリノリでお化け屋敷に入っていく。
何だかんだで望は遊園地を満喫していた。
…お化け屋敷内部…
「暗いですね…」
暗い通路を道なりに進む、恐る恐る歩いていると何かが横に来て、一瞬だけ光が現れる。
「う、うわーーーーー!!!!」
「さっき…先生の声が聞こえなかった?」
出口のすぐそこまで進んでいた奈美が尋ねる。
「気の性じゃないかな。失踪中の人が遊園地に来ないと思うよ」
それにあびるが答える。
「あれ?可符香ちゃんカメラ持って来てたの?」
「うん、自分が写ってる写真が無かったら後でいじけちゃうかなって思ったから」
「誰が?」
「目の前にお家があるのに帰ろうとしない迷子さんです!」
「……?」
可符香の言葉の意味を理解することが出来ず、奈美は首を傾げる。
だが途中で考えるのを止めて次のアトラクションに向かった。
……っとそんな事もありながら殆どのアトラクションをあらかた乗り終わり、ベンチに座って
休憩をしていた。
「私達こんなに写真撮ったっけ?」
奈美がフィルム数残り僅かのカメラを見つめて言った。
「私達は乗るの優先してたけど、カメラ使ってた可符香ちゃんが時々ふらっといなくなった
りしてたからそういう時に何か写してたんじゃないかな?」
「うん、そうだよ」
晴美がそう言うと可符香は頷く。
そのあと可符香は急にベンチから立ち上がりカメラを手に持ってみんなの前に立つ。
「それじゃあ最後にみんなを撮ってあげる」
「可符香ちゃんは写らなくていいの?」
千里がこの状態では可符香が写らない事に気付いて言う。
「大丈夫だよ。それじゃあはい、チーズ!」
可符香はそう言いながらカメラのシャッターを下ろした。
「おや…もう皆さん帰るようですね」
望は生徒達がそれぞれに散らばっていくのに気付く。
「…………?」
最後に残った人影がゆっくりとこちらに近づいてくる。
その人影がある程度近づいたころ、それが誰なのか理解する。
「風浦さん?」
呼ばれた事に気付き、可符香は小走りになる。
それから一分もかかることなく可符香は望の元に辿り着く。
「どうして私がここにいる事に気付いたんですか?」
「いやだなぁ、先生そういうの苦手なので簡単でしたよ。
数日前に先生が教室に帰って来た時から気付いていましたよ」
「要するに初めからですか…」
上手く隠れていたつもりだったが可符香に対しては意味はなかったらしい。
「ところで先生はもう見つかってしまった訳ですけど、まだ隠れているんですか?」
「そうですね…ある意味今日で十分楽しみましたし…」
「あっ、先生の写真もちゃんと撮ってありますよ!」
可符香はカメラを取り出して望に見せる。
「時々見えたフラッシュはそれでしたか…」
望はお化け屋敷や他に思い当たりのある場面を思い出す。
その時、望はある事を思いつく。
「風浦さん、そのカメラちょっと貸してください」
「いいですよ」
望は可符香からカメラを受け取ってフィルム数を確認する。
カメラには残り1と表示されていた。
「風浦さん、ちょっとこっちに…」
「…………?」
望はよくわからないまま近づいて来た可符香をカメラを持っていない方の手で抱き寄せる。
「せ、先生!?」
「はーい、撮りますよ」
カシャッという音の後にフィルムの巻かれる音がする。
「私の見たところ風浦さんはカメラに一度も写ってなかったですよね?」
そう言いながら望は可符香を抱き寄せていた腕を離す。
可符香は嬉しさと恥ずかしさから顔を赤くしながらコクリと頷く。
「私もまともな写真がありそうには思えませんし、これで大丈夫ですね」
望は可符香にカメラを返す。
「それでは風浦さん、明日学校で会いましょう。まだ夕方ですけど気をつけてくださいね」
望はそう言って学校に戻っていった。
「先生、また明日…」
…翌日…
清々しい朝だった。
目覚めもかなり良く、何故だか体も軽く感じる。
「やっぱり学校にいかないというのは結構寂しいものでしたね」
望はそんな事を呟きながら教室の前に立つ。
「おはようございます!」
ガラリと音を立ててドアを開く。
「先生!」
(ああ…この反応を待っていたんですよ)
「おはようございます、皆さん少しの間いなくなっていましたが……」
言葉の途中でズドンッ!という音を立ててスコップが望のすぐ横に突き刺さる。
「はいっ!?」
もちろんスコップを投げつけたのは千里である。
だが何故こんな事になっているのか望には全くわからない。
「先生…昨日遊園地に来ていたらしいですね…」
「何故それを!?」
「先生…これ…」
望が疑問の言葉を出した瞬間、奈美が一枚の写真を見せる。
その写真は例の望と可符香のツーショット写真だった。
「なっ!?現像するの早すぎる気がするんですが…」
「知り合いのところで頼んだら優先してやってくれたんです」
望の疑問に可符香が答える。
「それにしてもそんなに早く出来るものなんですか!?」
「みたいですね」
可符香はこの状況を楽しんでいるらしく表情は笑顔であった。
そんな会話をしているうちに、千里が望に接近して来る。
「そうですか…失踪はこの為の口実だったんですね」
「誤解です!結果的にそうなりましたが決してそんな疾しい気持ちでやった訳では…」
「ゆるさ…ぬ!」
「い…いやーーーーー!!!!」
再度スコップを構え始めた千里を見て望は走り出した。
この状況を誰もが顔を青くしながら眺めていたが、可符香だけは楽しそうに笑っていた。
後ろに迫る千里から逃げながら望は叫んだ。
「この反応は私の求めていたのと違います!」
その悲痛な叫びは学校中に響いたという…