『奇妙(ふしぎ)な重眼鏡(ちょうめがね)』
「ねえ先生、眼鏡を交換してみませんか?」
「どうしたんですかいきなり」
「たいした意味はありませんよ。ちょっと思いついただけです」
「別に構いませんが。特に断る理由もないですし。……はいどうぞ」
望は眼鏡を外し、晴美に手渡す。
「付けてみましたけど、どう? 可愛いですか?」
「見えないです……眼鏡がないので」
「あっゴメンなさい。そう言われればそうですよね」
その瞬間、晴美は何か思いついたのかニヤリとした。
「それじゃあ先生、顔をこっちに寄こしてください」
望は頭の位置を少し低くして、言われた通りに顔を晴美の方に向けた。
自分の方に向けられた望の顔に、晴美は素早く眼鏡ではなく自分の顔を持っていく。
視界が悪いためか、反応が遅れた望は避ける間もなく唇を奪われた。
「なっ何をするんですか!」
望は顔を赤くして叫んだ。
「別にいいじゃないですか。それよりハイ、眼鏡をどうぞ」
同じように頬を赤らめ、そっぽを向きながら晴美は眼鏡を差し出す。
望は釈然としない様子で、またキスされるのではないかと警戒しながら自分の顔を晴美の方に預けた。
「今度こそちゃんと掛けてくださいね」
「分かってますよ」
そう云って藤吉晴美が糸色望に眼鏡を掛けた刹那、彼の膝は崩れ落ちるように折れ曲がった。
此れに付随し、瞬く間に上半身も後ろに倒れ込み、後頭部が地面に叩きつけられる。
あたかも質量を持つかのような、鈍く暗い音がした。頭部と地面の衝突音。そして――頭蓋が砕ける音。
「あっ、ごめんなさい。私の眼鏡はちょっと重いんでした」
おどけて舌を出す藤吉晴美に彼は応えない。
虚空を見つめるその瞳の奥には、無明の闇が広がるのみであった。
終