「絶望できる題材は……」
「どうかしましたか?」
現在、望は学校の近所にあるスーパーで夕飯のオカズを買いに行っているのだが、
頼まれていた物がある所から、特に関係の無い所まで色々な所を無駄に右往左往しており、
みかねたまといが背後からメモ用紙を持って話しかけるが、買う物を忘れたわけでは無いらしい。
「いえ、その……最近、絶望してませんし?」
どうやら、何か絶望できる物が無いか探していたらしく、望は恥ずかしそうに視線を泳がせる。
絶望する事が無いのならそれで良いのではと尋ねてみると、
それをやらないと絶望先生の名が廃る、とのこと。
「名が廃るって……先生、その呼ばれ方嫌がってたじゃないですか」
「……そうでした、なら問題ありませんね」
自分が指摘するなりさらっと意見を変えて上機嫌で買い物に戻る望を見て、
(この人、私がついてないとダメな気がする……)と更に固く決心するまといであった。
望が買い物を終え店を出ると、遠くのほうに見覚えのある小さな影が見える、
その影は、望を視界に捕らえると、パタパタと駆け寄ってきた。
「糸色先生、こんにちはー!」
「奇遇ですね、こんにちは」
片手にレジ袋を下げ、短い髪を棚引かせながら
駆け寄って来た可符香も先ほど買い物を終えた所なのだろう……が、
普段突拍子も無い行動が多い彼女に振り回されてきた望のこと、
ついつい不審物でも入ってるのではないかと中身を勘繰ってしまう。
「……風浦さん、そ、その袋、何が入っているのですか……?」
「……本当に知りたいですか?」
瞳を濁らせ、薄く笑みを浮かべて見上げてくる可符香に恐怖を覚え、
「い、いえ!、やっぱり結構ですごめんなさい!!」と涙目で下がる望。
「それならいいんです、先生は何をお買い求めに?」
「私ですか……面白い物は入っていませんが」
望が手に下げているレジ袋には、ニンジン・ジャガイモ・鶏肉……
確かに極々普通の食材だが、それを見た可符香が一瞬何か複雑な表情になったのを
観察力に長けたまといは見逃さず、気配を消してそうっと背後から可符香の袋を覗き見ると、
――中には、ニンジンや牛肉、ジャガイモ等、殆ど望と同じような物が詰まっていた――
「?、常月さん?、どうかしましたか?」
「え?、わっ、まといちゃん!?」
まといが固まっていると、望がそれに気がついたようで不思議そうに尋ねてくる、
可符香もいつの間にか自分の背後に居たまといに気がつき、
気まずそうにレジ袋を隠すと、心配そうにまといを見つめる。
――どうやら先ほどのは完全にハッタリだったようだ――
まといは溜息を一つついて、望の質問に「いえ、何も」と答える。
……武士の情けとでも言おうか、それに近い感情からの行動である。
「先生の家、今日はカレーなんですか?」
「はい、小森さんの作るカレーは美味しいんですよー、今度作り方を習ってみましょうか……」
「……や、先生が料理上手になってどうするんですか」
「料理上手の方が良いお嫁さんになれると思って、ふつつかものですが――」
「嫁ぐんですか!?」
「いえ、冗談です」
予想外の返答に思わず大々的につっこんでしまった可符香だったが、
くすくすと笑う望を見て我に返ると、何となくいたたまれない気分になってくる。
「……はぁ、もういいです」
「え?、な、何か悪いことしましたか?……むぅ、本気で嫁いだ方がよろしいですか?」
「そこじゃないですから!、晴海ちゃんは喜ぶと思いますが……」
必ず一歩以上ずれて返答してくる望に、呆れるを通り越して疲れ気味な可符香だが、
そんな二人にまといから「あ、そういえば……」と横槍が入る。
「最近、小森さんのマイブームでデトックス料理が多めね……ちょっと毒が抜けてるかも」
「デトックスって……えっなにそれこわい……」
「……貴方、そんなネタに走る性格だったっけ……?」
デトックスには本来体から毒素等悪い物を抜く効果という意味の筈だったが、
望の場合心の毒素が抜けてるというか、寧違う物が入ってるというか……。
何にしても、健康食一つでこれはちょっと怖い……いや、結構怖い。
それでついネタ発言に走ってしまった可符香だった。
……が、毒が抜けてくすくすと笑みを浮かべる望を見ていると、
何だか悪戯心が沸いて来たので、さりげなく気づかれぬよう携帯を構え――
――カシャッ――
突然のシャッター音。 それに驚いた望が、おどおどと可符香を見下ろしてきたので、
ここぞとばかりに可符香は悪戯が成功した子供の様な顔で、
「びっくりしました?、これでおあいこですよ」と言って携帯の画面を見せる。
「……何か、間抜けな顔に写っちゃってますね……恥ずかしいです」
「可愛く写ってますよ?」
「私これでもれっきとした男性なので、可愛いって言われても……」
困ったように可符香をみつめる望だが、ふと自分がおつかい帰りで、
袋の中に鶏肉等の生物が入っていることを思い出す。
「っと、そろそろ帰らないと……生物が傷んでしまいますね、常月さーん」
「あ、はい!」
こっそりと望を激写していたデジカメを覗きこんで一人にやついていたまといだったが、
望に呼ばれると慌ててカメラを隠し、ぴっとりと後ろについていく。
「それでは、また学校で会いましょうね、風浦さん」
「……はい!」
――いつもと感じは違うけれど、ふわふわした感じの先生も悪くないかなー
と、一瞬思ってしまった自分に気が付くが、あの笑顔をみたら仕方ないと妥協しつつ、
先程撮影した毒が抜けた望の写メをこっそりと『大切』フォルダに保存すると、
鼻歌を歌いながら帰路に着く可符香であった――。
糸冬れ