1つの星さえ見えない、真っ暗な夜だった。
風浦可符香は家路を急いでいた。ちょっとした問題のせいで時間が遅くなったのだ。
もう、寒い季節だ。コートにマフラーを着込んでいるというのに、短いスカートに生足という非常に寒そうな格好である。手袋を履いた手に鞄を下げて、頬は冷気でほんのり赤く染まっていた。
近道をするために路地へ入る。ビルとビルの隙間、幅約2メートルの狭い通路だった。コツン、コツンと靴の音が反響し、白い息が流れていく。
路地の中ほどまで歩くと、可符香は不意に殺気を感じた。
「神か?」
背後に誰かがいた。
「あなたは、神か?」
ゆっくり振り向くと、そこには糸色景がいた。この寒さにも関わらずサンダルを履いているのは感心する。
「何か、用ですか?」
可符香は微笑みながら−それを笑顔と呼べるならだが−、景に問いかけた。
「まだしらを切るか。大したものだ」
景は右手を顔の前に掲げると、ゴキンという音を出す。そして何の前触れもなく、可符香に向かって畳み込んだ。
「神は死んだ!」
右手が可符香の顎を直撃する……が、可符香はスルリと受け流した。少女は間髪入れず、景の背中に肘鉄を食らわすが景もこれを避ける。
「いささか女性に乱暴じゃありませんか?絶景先生」
懐から小型の護身用自動拳銃を取り出すと、可符香は余裕綽々という感じで景に問いかける。ジャキッという音がいつでも撃てる状態になったことを知らせた。
「ふむ。やはり一筋縄ではいかないか」
ゴキン。景は可符香に向き直ると、すぐに攻撃を繰り出す。パァンと拳銃が火を噴くが、景はさっと避けた。
「滅ぶべし!」
景の攻撃はまたしても外れたが、可符香はよろめいて一瞬ではあるが隙をつくった。
「……え」
3発目の手刀は少女の首を直撃した。死ぬ間際の痙攣で、可符香は拳銃の引き金を引き絞る。どこか遠くに弾が飛んでいき、身体は冷たい路地に投げ出された。
「せめて安らかに逝くがよい」
可符香の身体はぴくりとも動かない。しばらく彼女の身体を見つめてから、景は次の神の元へ歩き出した。
どこか遠くで、パトカーのサイレンが鳴り響いている。
「……ふっ、ひどいなぁ。1回死んじゃったじゃないですかぁ」