『変化の華』  
 
問:都内一等地に合法的にタダで住む方法ってあるノカ?(質問者:関内・マリア・太郎)  
答:宿直担当として学校に住み込むことでしょうか。私のように(回答者:糸色望)  
 
ただし、それには役務提供と言う等価交換が前提となります。  
たとえば、下校時刻を迎えた校内の見回り作業。  
多分に面倒な作業ではありますが、この地域の家賃相場を考えれば、等価どころか聖母くらい慈愛  
に満ちた換金率だと言えるでしょう。  
以上、生徒とのとりとめもない問答終了。  
 
校内の見回り作業は、階段の昇り降りと窓の施錠確認が面倒な点を除けば、楽な作業と言える。  
帰宅部が大半を占めるこの学校において、下校時刻まで生徒が校内に残っていることは珍しく、声  
をかけて下校を促す煩わしさとはほぼ無縁。  
誰にも会うことなく三階の見回りを終え、二階に降りる。  
 
主に二年生の教室が占めるこの階には、自身が担任を務める二年へ組の教室がある。  
学校側が意図して集めたのではと思うくらい、問題児揃いのへ組。  
電波、猟奇、学校引きこもり、ストーカー、毒舌メール、多重人格、被DV疑惑、加害妄想、多重債務、  
腐女子エトセトラ。  
‥神様、どうかへ組にだけは誰も残っていませんように。  
 
い、ろ、は、に、ほ組と順調に見回りを済ませ、懸念事項であるへ組の教室に差し掛かる。  
神様、どうかへ組にだけは誰も残っていませんように。  
 
おそるおそる教室の扉を開けると、そこには窓際に佇む制服姿の少女がひとり。  
神は死んだ!  
 
しかし、こちらへ振り向いた少女は想定の範囲外の生徒であった。  
出席番号三十番、丸内翔子。ミディアムショートの髪型に、一般的に見て可愛いらしい顔立ち。  
不幸中の幸いと言うべきか、表面上はあまり問題の無い生徒である。  
 
表面上と前置きしたのは、丸内翔子の属性に関係する。  
外見は「可愛い」に分類される女子高生だが、わずかな商機も見逃さない商売人でもある。  
いつもその相方的な存在、同じ組の根津美子と一緒に行動しており、人呼んで「無限連鎖商女」  
見方を変えれば、現状のような商機とは無縁の事柄には無害な生徒と言える。  
 
「あ、先生。忘れ物ですか?」  
「いえ。校内の見回りですよ」  
「‥あ、ごめんなさい。下校時刻過ぎてるんですね。すぐ帰ります」  
遠回しな下校の促しを察してくれたらしく、丸内翔子は傍にあった鞄に手を伸ばし、下校の準備を始める。  
準備が完了するまで数分というところか。  
 
「それにしても」  
準備が完了するまでの間繋ぎでもと、当たり障りのない話題を差し向けてみる。  
「丸内さんが根津さんと一緒ではないとは珍しいですね」  
「あー、やっぱり先生もそれを言っちゃいますか‥」  
「も?」  
準備の手が止まり、その表情がかすかに曇る。  
私、何か地雷を踏んじゃいましたかね?  
 
「今日は会う人全員に訊かれているんです。『根津さんは一緒じゃないの?』って」  
「あ・・」  
踏んだのは地雷ではなく、彼女の心の琴線の方でしたか。  
 
「私って、皆から見ると美子の付き人みたいな立ち位置なんですね‥」  
確かに、やや能動的な印象を与える根津美子に対し、丸内翔子はその随伴者という印象が強い。  
 
周囲の人間が自分たちに抱く印象。そのほんのわずかな差。  
大人びているとはいえ、彼女もまた青春期にある少女である。  
そこから小さな棘に触れたような痛みを感じたとしても不思議ではない。  
 
「だから、美子がいないと一気に存在感が薄くなるというか」  
「薄くなると言うほどではないと思いますが・・」  
そもそも、他の女子生徒の存在感が濃すぎるんですよ。  
 
沈黙が辺りを包む。  
不用意な発言など許されない、何ともいたたまれない空気。  
まさか、自分が中学生日記みたいな場面に立ち会うことになるとは。  
 
神様。厄介ごとから逃走することを第一としている者に、この仕打ちは一番の拷問です。  
あぁ、そういえば神は先ほど亡くなったのでした。  
 
「私の存在感なんて‥」  
ありがたいことに、沈黙を破ってくれたのは丸内翔子本人であった。  
 
「喩えるなら、国会中継放送における○○○○党の議員とか」  
「‥政治ネタは避けましょう」  
長くなるので理由は述べませんけど、予想外の方向から注意みたいなものが飛んで来るんですよ。  
 
「えーと、じゃあカラオケに収録されているインストゥルメンタル曲とか」  
「まぁ、たしかにあれは存在感が薄いですけどね」  
そもそも歌詞の無い曲を収録する意図がわかりません。  
 
「国内自動車業界におけるいす○とか」  
「あぁ、以前は結構良い軽自動車出していましたけどね」  
やはり普通乗用車開発から撤退してしまうと、一般人には印象が薄くなりますよね。  
 
「東海道新幹線の新富士駅とか」  
「せめて富士駅や吉原駅と隣接していれば、もう少し利便性は高くなったんでしょうね」  
ちなみに、JR富士駅は身延線、吉原駅は岳南鉄道とリンクしています。  
 
それにしても、自虐的な喩えの割には、心地よいくらいのテンポの発言。  
これはひょっとして‥  
 
「それから・・」  
「丸内さん、結構楽しんで言ってません?」  
「バレました?」  
先ほどまでの元気の無い表情が一転し、普段の彼女らしい明るい表情に戻る。  
 
「何だか先生と話していたら、掛け合い漫才をやっているみたいに楽しくなってきて」  
こちらにそのつもりはありませんが、とりあえず元気になったのは重畳。  
後はこのまま下校してくれれば言うこと無しなのですが。  
 
「先生って、欲しい所へ欲しいツッコミ入れてくれますね」  
‥言うことありですね。しかも、どこかで聞いたような台詞です。  
 
「先生が人気あるのもわかる気がします」  
何だか風向きが良くない方向に変わった気がします。  
 
「私みたいな脇役は、先生みたいな人気者と関係を持たないと存在感が出ないんでしょうか?」  
「どこの枕営業ですか!?」というツッコミを、丸内翔子の真直ぐな視線が止める。  
 
アイドルグループAKB(アカバネ)84のセンターを務めるだけあって、その視線にはどこか人を‥  
ん?アイドル?AKB?  
「いやいやいや!よくよく振り返ってみれば、丸内さんはAKB84とかの活動で、ソロでも存在感ある  
じゃないですか!」  
「バレました?」  
 
「その切り返しは今から16行くらい前に通りました。それに‥」  
「それに?」  
丸内翔子が小首をかしげて聞き返してくる。  
 
「世の中、主役より脇役の方が旨みがあることって多いですよ」  
・M-1優勝コンビよりも2位のコンビの方が売れたり(NON-STYLEとオードリー)  
・ヤクルトではドラフト1位指名選手より2位以下の方が大成したり(土橋、古田、真中、宮本、高津、  
 稲葉、岩村他)  
・プロ野球はリーグ優勝よりもCS進出争いの方が注目されたり(2009年の東北楽天、2010年の千葉  
 ロッテ)  
・唯より澪の方がオタクに大人気だったり(けいおん!)  
・脇役なのにスピンオフ作品が作られたり(踊る大捜査線、相棒)  
・海老蔵の代役を務めて、人気が急上昇したり(片岡愛之助)  
・菓子本体よりもおまけのシールの方が人気あったり(ビックリマンチョコ他)  
・主力ゲーム機よりも携帯ゲーム機の方が好評だったり(PS3とPSP)  
・キャラクターの人気投票ではヒナギクが圧勝したり(ハヤテのごとく)  
・アニメ化で原作漫画家よりもそのアシスタントの方が有名になったり(前田くん)  
 
「ところで、先生って、おっぱいが大きい子が好きですか?それとも普通サイズが好きですか?」  
「羅列ネタをここまで素通りされたのは、先生初めての体験です」  
いや、以前にも他の生徒に素通りされたような記憶も‥  
 
「いえ、別にスルーはしていませんよ。要するに、女の子の場合は顔が主役でおっぱいが脇役という  
意味ですよね?」  
「スルーされた方がまだマシでした‥」  
「多分、私は普通よりやや大きいサイズです」  
「あのー、もしもし丸内さん?」  
「触って確かめてみます?今日は下着を着けていないので、よく判ると思いますよ」  
「聞いてませんから!丸内さんのおっぱいのサイズとか、下着とか!って、ええっ!?」  
 
今、スルーできない動詞が聞こえたような。  
 
「はい、先生どうぞ」  
そう言って、自分の胸を下から掬い上げるように強調する。  
たしかに、普通よりはやや大き‥いやいや、そうじゃなく。  
自分で掬い上げながらも恥ずかしそうな表情に萌え‥いやいやいや、それでもなく。  
 
冷静になれ私。ここは大人らしい冷静なツッコミ、じゃなくて対応をしなくては。  
 
「ははは‥、丸内さん、あんまり大人をからかうもんじゃありません。それよりも、早く帰らないと親御  
さんが心配されますよ」  
定型文しか出てこない自分を情けなく思いますが、‥神様、どうかこれで終りますように。  
 
「あれ?」  
丸内翔子の返答は、肯定でも、否定でもなかった。  
あれの一言を発した後、おもむろにスカートのポケットの中から携帯電話を取り出す。  
留守番機能の再生と思われる動作の後、再びポケットの中に携帯電話を戻す。  
 
「‥あ、ごめんなさい。下校時刻過ぎてるんですね。すぐ帰ります」  
その返答は97行くらい前に通りましたが、ここはスルー。  
神はいた‥。先ほどは死んだとか言ってすみませんでした。  
 
翌日  
 
朝のホームルームを終えた後、人気の無い廊下で声をかけてきたのは、丸内翔子であった。  
昨日の今日だけに、その出方に多少の不安を覚えたものの、その表情はいつも通りに見える  
 
「先生。昨日は遅くまで引き止めてごめんなさい」  
どうやら昨日の件は杞憂だった模様ですね。  
 
「いえいえ、いいんですよ」  
とりあえず、定型文の大人の対応をしてみる。  
 
「それから、いいものをありがとうございました」  
「いえいえ、どういたしまして」  
などと再び大人のいいも・・、え?昨日は何も‥  
 
「えーと、いいものとは?」  
「はい、これです」  
 
丸内翔子が取り出したのは、昨日の携帯電話であった。  
『丸内さんのおっぱい!』  
携帯電話が喋った、それも私の声で。  
神様、どうか聞き違いでありますように。  
 
「えーと、いいものとは?」  
「だから、これですよ」  
『丸内さん 先生初めての体験です‥』  
携帯電話が喋った、それも再び私の声で。  
神は死んだ!  
 
「昨日、先生と話している最中、いつのまにか携帯電話の録音ボタンを押していたみたいで」  
「えーと」  
「昨日は急すぎたかなと反省したんですよ。でも、先生との逢引の余韻を残したくて、録音した会話を  
編集して、着メロにしてみました」  
「えーと」  
なぜ着メロにとか、なぜこの台詞にとか、なぜそこで顔を赤らめるのかとか、そもそも逢引じゃないとか、  
私はどこからツッコミを入れればいいんでしょうか。  
 
「ただ、先生が私のお願いを聞いてくれるなら、録音データを廃棄してもいいですよ」  
「えーと」  
「大丈夫、お金は請求しませんから」  
そう言った丸内翔子の笑顔は、アイドルとして舞台上で振りまくものよりも可愛らしく見えた。  
それはまるでシャクヤクの造花が生花に変わるように。  
 
「昨日の続きを放課後に‥」  
耳元でシャクヤクが囁く。  
 
「ちなみに、放課後の場面はあと七回続きます」  
「どこぞのハルヒのエンドレスエイトオチですか!?」  
神様、すみません。生き返って、昨日の放課後前まで場面を戻してください。  
 
−終ー  
 
 

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