第五夜
こんな明晰夢を見た。
何でもよほど由緒ある寄席で、神代に近い昔に建立されたと思われるが、誤って裏木戸から
入り込んでしまったところ、事情を話す暇もなく守衛に生捕りにされ、寄席の席亭の前に引き据
えられた。
その席亭は人を威圧する様な鋭い髭を生やしていた。席亭は灯火で自分の顔を見て、演芸を
披露するか埋まるかと聞いた。これはその寄席の因習で、不届き者にはだれでも一応はこう聞
いたものだと言う。披露すると答えると入門した意味で、埋まると答えると裏山へ棄てられるとい
うことになる。自分は一言披露すると答えた。
何の演芸を披露するのかと聞かれたが、咄嗟のことなので思い浮かばなかった。それならば、
と席亭がひとりの娘を呼び出した。そして、この娘、音無芽留は金糸雀の様な歌声を持つが、
肝心の歌声を無くしてしまったので、他の芸を仕込むか埋めるかを決めねばならぬと言った。と
どのつまり、二人で組んで芸を披露する運びとなった。
席亭は一番鶏が鳴くまでなら待つと言った。鶏が鳴くまでに二人で演芸を披露せねば、自分
も芽留も埋められてしまう。
落語、講談、漫談、浪曲、と思い付く限りの演芸を挙げてみるも、そもそも自分には芸の素養
は無く、芽留には声が無い。更に芽留は字も書けず、八方塞がりの有様である。捨て鉢になっ
て畳の上に寝転がると、弱腰を跨ぐ様にして芽留が腰を下ろしてきた。
その手には端を結んだ一本の黒紐。あやとりの要領で、川、亀、箒、梯子を小気味好く形作っ
ていく。見事な手管ではあるが、残念ながらこれは演芸には含まれない。梯子から金剛石へ
繋ぎ、トリは文福茶釜。御愛想として拍手を送ると、目の前に茶釜が差し出された。
視線を上げると、茶釜に芽留の姿が重なって見えた。茶釜の黒が、黒の羽織へ繋がり、羽織
が色物の演芸の二人羽織へ繋がる。芽留があやとりで伝えたかったのは、二人羽織の提案で
あることに気が付いた。声や字は無くとも、繋がる方法はいくらでもあるのだと思った。
二人羽織による娘義太夫は思いのほか好評であった。芽留に黒い大きめの羽織を着せ、自
分が羽織の中から台本を読むだけの素人芸であるが、その珍妙さが好しとされた。
席亭からは、比翼鶏の亭号を与えられた。比翼鶏望・芽留を名乗る間は二人は夫婦である。
第五夜 ―終―